第189話 どこかで聞いたような眠たい政治の話(その2)

「ふわぁーーーねむ……」


「寝るなよ、伯爵様」


「気を抜くと寝てしまいそうです……」


「俺もだ……」




 皇帝陛下の急死から八日後。

 俺たちは皇宮の近くにある貴族議会会議場の見学席で、欠伸をしながら長い演説を聞いている。

 昨日行なわれた皇帝陛下の葬儀は、テレーゼ様たちの準備によって無事に終了した。

 葬儀には貴族から平民まで多くの参列者たちが訪れ、俺たちもヘルムート王国代表として、かなりの上座で神官のありがたい説教を拝聴する羽目になった。

 こういう席では、どこの世界や国でも共通して坊主の説教が長い。

 朝の鍛錬で汗をかき、お風呂に入って朝食を食べてきた俺たちには、眠りの魔法の呪文にしか聞こえず、何度も居眠りをしそうになってしまう。

 『神聖な議場で寝るな!』と怒られるかと思ったが、よく見るとシュルツェ伯爵たちも少し眠そうであった。

 彼らはお飾りの俺たちとは違って、情報収集などで忙しかったので余計に疲れているのであろう。

 まだ一人目のブランデンブルク公爵の時点で、みんな眠たそうであった。

 よく見ると、ただの見学者である俺たちとは違って議員なのに、平気で寝ている人たちがいる。

 葬儀の準備で忙しかったのであろうが、議員のくせに居眠りをしているのはどうかと思う。

 帝国の政治が少し心配……日本の国会中継と同じかな?


「議員が寝てますね」


「悪い大人の見本だな」


「ブランタークさん、隣にも悪い見本がいるけど……」


「確かにな」


 ルイーゼの視線の先では、やけに静かだと思ったら導師が軽くいびきをかいて寝ていた。


「導師はいいんだよ」


「なぜなんです?」


「目が開いているじゃないか」


「こんなことを言うと失礼だと思うけど、本当に不気味ね」


 確かに導師は居眠りはしているのだが、その目は開いたままであった。

 随分と器用だなとは思うが、イーナの言うようにただ不気味だ。

 その外見と合わさって、子供が見たら確実に泣くであろう。

 シュルツェ伯爵たちなどは、導師に視線すら送らないで、眠気と戦いながら演説を聞いていた。

 導師に面と向かって居眠りを非難するリスクを避けたのであろう。


「別にあんな退屈な演説を聞かなくても、原稿は貰えるけどな」


 あとの質疑応答と合わせて、速記官がメモを取り、それが紙に纏められて議員や関係者たちに配られるそうだ。

 俺たちも貰えるそうなので、居眠りをしても問題はないことになっていた。


「次の皇帝陛下の指針なので、重要なことではあるんですよね」


 今にも居眠りしそうな俺が言うセリフでもないか。

 貰った紙を読んで分析すればいいのだから。


「とは言ってもな。誰がなっても、そんなに政策に変化はないんだよ」


 平和で安定している時代の皇帝選出なので、保守中流に寄って誰がなってもそう政策に変化はない。

 停戦を続けて、徐々に平和条約の締結と通商の拡大を進めていく。

 人の出入りも、もう少し解禁しましょうか?

 魔物の領域を開放したり、未開地の開発を進めて、国力を増大させる努力は続けます。

 魔法技術の開発も、今までどおりに進めましょう。

 午後からはバーデン公爵が演説と質疑応答を行なうが、二人の政策にそう違いはなかった。

 開発重点地域が違うのは、自分の領地のある地域を優先しているからだが、これはどの候補も同じことを言う。

 そうしないと、同じ地域出身の議員の票を得られないからだ。

 人は、利権がないと動かない生き物なのだから。

 それにしても、昼食を食べた後なので死ぬほど眠かった。

 前世で居眠りをしている国会議員を『けしからん!』などと言っていたが、これは確かに眠い。 

 議場の議員も、ほぼ全員睡魔と戦っているようであった。 


「明日もあるのかよーーー!」


 エルは俺の護衛で一日中立っていたので、無駄に疲労していた。

 立ちながら呪文のような演説を聞いているだけなのに、動いている時よりも疲れているようだ。


「話を聞くだけで丸一日は、冒険者には苦痛ですわね」


 カタリーナも、眠い目を擦りながら迎賓館への道を歩いていた。


「眠いし、お腹減った」


「早く帰ってなにか食べましょうね」


「はい。エリーゼ様」


 ヴィルマも途中で居眠りをしていたが、エリーゼは完璧超人なのでメモを取りながら最後まで話を真面目に聞いていた。

 常人には真似できない偉業である。


「エリーゼは眠くないの?」


「『聖』の治癒魔法には、眠気を醒ます魔法があるのです」


「知らなかった……」


 この魔法は、神官が上司の説教を聞いている最中に居眠りをしないように開発されたそうだ。

 なるほど、寄付以外では教会に近寄っていない俺には、知りようがない魔法である。

 それとやはり神官も人間で、退屈な話を聞くと眠くなるのは同じであった。


「明日は、一人気になる方の演説がありますから」


「気になる?」


「少し政策が違う方がいるそうです」


「そんな情報、よく知っているね」


「お祖父様からなので、教会経由です」


 ヘルムート王国の国教がカソリックで、アーカート神聖帝国の国教がプロテスタントという違いはあったが、実はアーカート神聖帝国の国民の三割はカソリックである。

 そこから教会は、独自に情報を得ているのであろう。  


「ほう。ニュルンベルク公爵を知っておるのか」


 突然後ろから声が聞こえ、それと同時に腕を組まれてしまう。

 この腕に感じる素晴らしい柔らかさは、間違いなくあの人であろう。


「陛下の逝去からお久しぶりですね」


「妾は、葬儀の準備で皇宮に泊り込みだったのでな。久しぶりのヴェンデリンじゃの」


 腕にさらに強く胸を押しつけられ、俺はその柔らかさに至福を感じていた。


「(まるで、麻薬のような……)それで、ニュルンベルク公爵とはどんな人なのです?」


「少々過激な男じゃの」


 他の皇帝候補者は軒並み三十代半ばから四十代半ばくらいで、政策は逝去したウィルヘルム十四世陛下の政策の踏襲でしかない。

 ところが、ニュンベルク公爵は今年で二十二歳。

 鍛え上げられた大柄の体に、短く刈り上げた金髪と、鋭い鷲のような青い目をした若き野心家なのだそうだ。


「領地は皇家直轄領に隣接しており、代々武門で栄えた家でな。当主は少しばかり元気なのが多いのじゃが、当代のマックス殿は純粋培養でガチガチの国粋主義者じゃの」


 これ以上のアーカート神聖帝国の成長を望むのであれば、南征こそが必要で、今はその準備を整えるべき。

 こう周囲に発言して憚らないそうだ。


「危険ですよね」


「危険な可能性もあるの。じゃが、ブラフの可能性もある」


 立候補者はみんな同じようなことしか演説で言わないので、目立つために過激な意見をわざと言っている。

 だが現実には戦争なんて難しいので、もし彼が実際に皇帝になっても戦争になる可能性は低いのではないかと。

 テレーゼ様は、そのように予想していた。


「軍部の支持を得るために、わざと過激なことを? 折衷案で軍事予算の増額ができれば、自分のいい支持者になりますからね」


「普通にあり得るかの」


 それがわかるのは明日なので、これ以上俺たちだけで予想しても無駄であろう。

 話を切り上げて迎賓館に戻り、風呂と夕食と楽しんでから自室に入ると、またそこにはネグリジェ姿のテレーゼ様が待ち構えていた。


「テレーゼ様?」


「この部屋は落ち着くの。陛下が亡くなり、妾も葬儀に忙しくて戻れなかったからの」


 テレーゼ様は、またもアクアビットのお湯割りを飲みながら俺に話しかけてくる。

 

「亡くなられた陛下には世話になっての」


 わずか十歳でフィリップ公爵家を継いだばかりで、なにもわからないでいたテレーゼ様の後見役として、大変よくしてくれたそうだ。


「でなければ、妾など今でも傀儡であったろうよ」


 さらに、自分の婿取りの件などで無駄に心労が重なって寿命が縮まってしまったのかもしれないと、テレーゼ様は表情を暗くした。


「(カルラ嬢に続き、憂う美人は美しい、か……)皇帝陛下の公務は激務と聞いていますので、なにもテレーゼ様だけのせいではありませんよ。それに、陛下はテレーゼ様を可愛がっていたのでしょう? そんな暗い顔では、陛下は安心して天国に行けません」


「ヴェンデリン、そなたは優しいの」


 そう言ってしなだれかかってくるテレーゼ様の感触に、俺は理性を奪われそうになってしまう。


「テレーゼ様、時期的に不謹慎では?」


 なんとかかわそうとするが、テレーゼ様からとんでもない発言が飛び出す。

 

「陛下も、妾の婿の件は心配しておったからの。安心させるために、妾を存分に種付けする権利を与えるぞ」


「(またかよ!)」


 またも飛び出す過激発言であったが、今夜も乱入者たちによってストップがかかった。

 テレーゼ様に対抗して、絹のナイトガウン姿のエリーゼたちが室内に入ると、一斉にそれを脱ぎ出したのだ。


「よくそんなスケスケなの持ってたね」


「この前、ランジェリーショップで買いました」


 テレーゼ様に対抗すべく、エリーゼは黒、イーナは青、ルイーゼは赤、ヴィルマは緑、カタリーナは黄色と。

 スケスケのネグリジェ姿を俺たちに披露したのだ。

 一対五なので、俺の注目は一気にエリーゼたちへと向かった。

 俺も単純にできているな。


「テレーゼ様、これからは夫婦の時間ですのでお引き取りを」


「残念でした。これからはボクたちがお相手します」


「すみません、夫婦が優先ですから」


「そう。妻たちが最優先。色が、この前の晩餐会にいた四つ子みたい……」


「割り込みは厳禁……みなさん、これって恥ずかしくないですか?」


 五人のネグリジェ姿に圧倒されているテレーゼ様であったが、すぐに怪力を誇るヴィルマに抱えられて部屋の外に出されてしまう。


「あなた、これからもみんなでガードしますのでご安心を」


「助かるけど、大丈夫か?」


 俺の、テレーゼに対する態度には迷いが多い。

 前世から引き続き女慣れしていないので、あまり強く否定してしまうと悪いような気がしてしまい、同時に彼女は大物貴族なので、両国の諍いの原因になるかもしれないと思ってしまうのだ。

 向こうがそれを利用しているのはわかるのだけど、始末の悪いことに、彼女は女性として魅力的なので困ってしまう。

 実は最近になって気がついたのだが、俺は年上の女性が好きなのかもしれない。


「あなたはお立場上、テレーゼ様に面と向かって拒否しにくいと思いますので、私たちが彼女を排除します。貴族同士としてではなく、純粋に女同士の争いだと思わせてです」


 俺が直接テレーゼ様を排除すると貴族同士の関係と取ってしまう人が出るが、エリーゼたちが排除するのであれば、女同士の争いの結果だと思わせることができる。

 エリーゼは、俺にそう説明した。


「その代わりに、あなたは私たちを十分に愛していただかないと」


「エリーゼの言うとおりよ。夫婦の不仲説は、テレーゼ様に付け入る隙を与えるから」


「つまり、ボクたち以外には目もくれるなということだね」


「テレーゼ様はしつこい。徹底的にやらないと駄目」


「ヴィルマさんの言うとおりですわ。あの方はヴェンデリンさんが思っている以上に強かですから、少しくらい強く言っても大丈夫ですのに」


 迷いの多い俺を救ってくれたエリーゼたちであったが、当然それには恩で答えなければならない。

 その日の夜は喪中なのも忘れて、五人と夜遅くまで夫婦の時間を楽しみ、たっぷりと搾られてしまったのであった。

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