第187話 フィリップ公爵家の女当主(後編)

「ヘルムート王国にも、次々と若く優秀な魔法使いが現れたようだの。これが両国の安定と平和に繋がればいいが……」


「確率論から言えば、両国の人口比を考えると、優秀な魔法使いは同じ数くらい出てくるはずです。双方が拮抗すれば、両国は平和なままである可能性が高いです」


「若いのに、うちの内務大臣のようなことを言うの。面白い子だ」




 

 その日の夜。

 皇帝陛下主催の晩餐会が行なわれた。

 親善訪問団の中から選ばれた人たちのみが招待され、その中には俺と導師とカタリーナも入っていた。

 エリーゼは正妻なので同じく招待されていたが、エル、イーナ、ルイーゼ、ヴィルマは、限られた招待客しか入れない皇宮パーティーには出席できない。

 その下の迎賓宮で行なわれる、身分が低い招待客専用のパーティーに出席していた。

 

『護衛役は必要だと思うんだけどなぁ』


 エルが愚痴を溢していたが、皇宮でのパーティーに護衛を伴うのは禁止だそうだ。

 少し危険な気もするが、国内外の大切な招待客になにかあれば、アーカート神聖帝国の威信は地に落ちてしまう。

 ヘルムート王国側も、国を代表している自分たちが暗殺に怯えてパーティーに出席しなければ、臆病者のレッテルを張られてしまう。

 親善の目的も果たせない。

 この二百年間で特にトラブルも起こっていないそうで、エルたちには迎賓宮でのパーティーを楽しむようにと言っておいた。


『運命の可愛い娘とかいないかな?』


『エルには、一応私たちの護衛の仕事があるんだけど……』


『わかっているけど、三人とも必要ないように感じるな』


『それでも、仕事なのよ』


 真面目なので、ちゃんとエルに仕事をするようにと言うイーナと、それを仕方なしに聞き入れるエル。

 いつもの光景と言えば光景である。


『イーナ、失恋したエルに少しはチャンスを』


『それは思っても言うなぁーーー!』


 ヴィルマの少し毒がある発言に、エルは半分涙目で怒鳴っていた。

 やはりそう簡単には、カルラ嬢にフラれたダメージから回復しないようだ。

 そんな事情もあって分かれてパーティーに参加していたのだが、その席で俺は、ウィルヘルム十四世陛下から直接話しかけられるという名誉に与っていた。

 内心では、緊張はするが、特に名誉だとは思っていないことは秘密である。

 陛下は七十八歳の老人であり、そんな彼からすれば俺などまだ子供なのであろう。

 ニコニコと笑う陛下から『面白い子』と呼ばれ、数分間、世間話を中心に話をした。

 内容は主に、俺の生い立ちとか竜退治の話である。

 最近ではよく聞かれるので俺も大分話に慣れていて、上手く要約して話せたと思う。

 数分って短いけど、帝国の皇帝陛下が数分も歓談する時間を作ってくれた俺は、かなり特別な存在だそうだ。


「陛下、ご歓談中のところを申し訳ありませんが……」


「もう時間か。これでも皇帝なので、声をかけねばならぬところが多くての。バウマイスター伯爵はこの国を楽しんでいってくれ。テレーゼがそなたを気に入っているようだから、案内でもさせるがよい」


 立ち去る陛下を四人で見送ると、今度は先ほどの四つ子の魔法使いが近づいてきた。

 あの色分けされたローブ姿のままであったが、魔法使いにとっては正装なので、別に問題ない。

 カタリーナは女性なのでドレス姿になっていたが、俺も新しい綺麗なローブに着替えてそのまま出席していたのだから。


「お初にお目にかかります。バウマイスター伯爵殿。私の名は、アインス・ジーモン・ピーチュと申します」


 赤いローブを着た四兄弟の長男アインスは、自分に続けて三人の弟たちを紹介していく。

 それにしても、一卵性の四つ子なのでそっくりだな。 

 魔法で分裂していると言われても疑わないかも。


「これはご丁寧に。ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターです」


 確かアーカート神聖帝国では、お抱えの筆頭魔導師が黒で、上位者が灰色、見習いや下級者が白いローブを着ける決まりであったと聞いていた。

 なのに、この四人は特別な色のローブが認められている。

 それだけの実力者ということなのであろう。


「話に聞くと、竜を退治したり、一万人の軍勢を瞬時に戦闘不能にしたとか?」


「一部大げさな噂もあるようですね」


 一万人の軍勢を戦闘不能にしたのは、ブランラークさんとカタリーナの三人で成した成果であった。

 なので、そこは間違いであると訂正しておく。


「素晴らしい成果ですな。同じ魔法使いとして私も頑張らなければと思いますよ」


 アインスも他の兄弟たちも、同じ顔で俺の功績を褒め称えていた。


「ですが……そのくらいならば、私たちにでも十分に可能でしょう」


 しかし、すぐに話の流れが変わってしまう。

 四人は、自分たちでも竜退治くらいなら余裕でできのだと、少し顔を歪めながら話を続けたのだ。


「(ええと……対抗心? 嫉妬?)」


 どちらかはわからないが、あまりいい性格はしていないようである。

 友達にはなれそうにないな。

 

「我らは子供の頃から、帝国の秘蔵っ子と呼ばれていましてね」


 どんな生まれかは知らないが、四つ子が生まれて全員が上級魔法使いなのだ。

 帝国としても、是非囲いたかったのであろう。


「そのせいで、討伐などに出させてもらえなかったのですよ」


 別に聞きたくもないのに、青ローブの次男ツヴァイが話を続ける。

 才能のある若い魔法使いたちなので、最悪死ぬ可能性もある魔物の領域の解放などには使いにくかったのであろう。

 両国の人口と魔法使いが生まれる比率がほぼ同じならば、在野にいる高位の魔法使いに依頼すればいいのだから。

 四人は秘蔵っ子扱いされたがために、実戦経験を積めなかったのか。

 帝国政府もお役人なので、もし彼らを竜退治にでも出して死なれると責任問題になってしまう。

 だから魔法の訓練や、安全な仕事のみをさせたのだと思う。


「当然、やれと言われれば余裕でできますがね」


「まあ、そうでしょうね」


「認めるのですか?」


「はい」


 今日の実演で四人の魔法は見たので、ヘルムート王国の魔法使いに竜が退治できれば、アーカート神聖帝国の魔法使いでも可能であろう。

 俺はそのように思い、その考えを正直に話した。 


「(というか、こいつらはなにを言いたいんだ?)」


「我らも、これからはバウマイスター伯爵殿に負けないようにしないとな」


「すぐにあなたを追い抜きますとも」


「はあ……そうですか……」


 それからしばらく、彼らは自分たちの魔法がいかに優れているか、期待されているからこそ秘蔵されていたのだという話に終始していた。

 俺なんていつも危ない仕事ばかりなので、ちょっと彼らが羨ましくなってきたのは秘密だ。

 四人は俺を羨ましいと思っているようで、隣の家の芝生は青い、だよなぁ。

 これでも、死にかけた経験だってあるのだから。


「(貴族って、こんな下らない話を長時間聞かないと駄目なのかね?)」


 心の中で欠伸をしたフリをしながら、表面上はにこやかに四兄弟の話を聞いていた。

 前世でも、能力が微妙な癖に説教魔の上司がいたので、その人の話を聞き流すために覚えたスキルを発動させたのだ。


「じきに、バウマイスター伯爵殿を超える功績を打ち立てることになると思いますよ。正直、少し悪いとは思うのですが……」


「そうですか……」


 『頑張って』というと怒りを買いそうであるし、『負けませんよ』とか言うのはキャラに合わない。

 曖昧な返事になってしまったが、彼らは俺にベストな回答など望んでいないようだ。

 話すだけ話すと、別の来賓の下へと向かってしまった。


「なんなのです? あの方々は?」


「さあ?」


「年下であるあなたに功績で負けているから、嫉妬しているのでは? その気になれば、すぐにあなたを超える功績をあげられると」


「それしかないよね」


「微妙な宣戦布告じゃの」


 カタリーナが首を傾げ、エリーゼが彼らの考えを予想して話をしていると、そこにテレーゼ様が姿を見せた。

 彼女は、その深い胸元がよく見える紫色のセクシーなレース主体のドレスを着ており、つい彼女の胸元に視線を向けてしまう。

 こればかりは男の本能なので仕方がないんだ。

 しかし視線を上げると、テレーゼ様がそれを見透かしたような笑顔を……わかっていて、わざわざセクシーなドレスを着てきたのか。

 悔しいので、エリーゼとカタリーナの胸元も見ておいた。

 俺はバカである。


「ようやく挨拶が終わっての。あとは、ずっとヴェンデリンの元にいられるぞ」


 やはり俺は、彼女に気に入られてしまったようだ。

 またすぐに腕を組まれてしまうが、不意に後方から殺気のようなものを感じてしまう。

 視線を向けると、そこには鋭い視線を向けるピーチュ四兄弟の姿があった。


「彼らはテレーゼ様狙いなのですか?」


「そんなところじゃの」


 まだ貴族にはなっていないが将来はそれが確実であるピーチュ四兄弟は、上手くテレーゼ様の婿に納まろうと色々と画策しているらしい。

 もの凄い自信の表れと言えよう。


「あの者たちならば、妾の婿か子の父親になる条件に一致しておるからの」


 魔法の才能があって貴族にはなれるが、新興貴族で家の力など皆無に等しい。

 逆に言えば、外戚の専横を防げるのでフィリップ公爵家としては都合がいいとも言える。

 テレーゼの兄たちからしても、自分たちの子供に跡を継がせるのに都合がいいというわけか。

 ピーチュ四兄弟とテレーゼ様の子供は、肌の色が褐色にならない可能性が高いのだから。


「同じ顔で、妾を取り合っているという噂じゃ」


「いい婿候補なのでは?」


「妾が嫌じゃ。少しくらいは、婿を選ぶ権利がほしいのでな」


 テレーゼ様が言うには、たまに彼らが見せる露骨なまでの下心が嫌悪感を抱かせるらしい。

 確かに俺への態度を見るに、本心を隠すのが苦手なタイプに見えるな。


「それに、そなたの方が顔も能力も優れているからの。心根も素直であるし」


「そうですか?」


 どう控えめに考えても、中身が四十歳近い俺が少年のような心を持っているとは思えなかった。

 性格も、周囲にろくでもない貴族ばかりいるせいで、相当にひねくれているはずだ。


「ブロワ辺境伯家との紛争では貴族として大変であったようじゃが、初めてにしては上手く動いておるようだし、至らぬ部分もあるが可愛いものじゃて」


 弱冠二十歳でフィリップ公爵領を支配する傑物から見れば、俺がしていることなんて貴族ゴッコ程度だろうからなぁ。

 さらに四つも年下なので、弟のような扱いなのかもしれなかった。


「妾の気を引こうとしているのに、自分たちよりも年下の若造に魔法使いとしての功績で負けておる。彼らにも不幸はあったのじゃが……」

 

 上級レベルの魔力を持つ四つ子の兄弟ということで、彼らは子供の頃から帝国に囲われて訓練の日々を過ごしていた。

 帝国としても、中途半端な実力のうちに無理をさせて死なれても困るわけで、今まであまり上位の魔物などを狩った経験もないそうだ。


「(やっぱり温室育ちなのか……)それで、なぜ俺に対抗心を?」


「そなたが、十二歳から活躍しておるからの」


 一方、実家がアレで自立が早かった俺は、偶然の要素が強かったが十二歳の時には竜を退治している。

 彼らからすると、俺のせいで相当な焦りを感じたというわけだ。


「ピーチュ四兄弟の慎重な育成方法に批判的な者たちもおっての。彼らが、『ヘルムート王国のヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターは、十二歳で竜を二匹も退治しているのだがな』と嫌味を言ったそうじゃ」


 失わないように慎重なのもいいが、過保護なのもどうかという意見が、軍部などにはあるそうだ。


「(はた迷惑な……)」


 それでも、どうせ向こうは伯爵である俺に表立ってなにかできるわけでもないし、今回の親善訪問団が終われば、最低十年は会わずに済む。

 適当にあしらっておけば、特に問題はないはずだ。


「人に嫌味を言う暇があったら、今すぐにでも竜退治に行けばいいのに……」


「それも、上から許可や命令が出ないと奴らは動けないからの」


 義務で出たので特に面白くもなかったパーティーが終わり、俺たちは迎賓館へと戻った。

 いつの間にかテレーゼ様がいなくなっていたが、忙しいんだろうと思い、自分の部屋のドアを開ける。


「遅かったの、ヴェンデリンよ」


「テレーゼ様?」


 なんと俺の部屋のベッドの上で、絹製だと思われるのナイトガウンを羽織ったテレーゼ様が待ち構えていた。

 昨日と同じく酒瓶を持って。


「夜の退屈な時間を 妾と共にすごすのも悪くあるまい。それとの……」


 いきなり着ていたナイトガウンを脱ぐと、その下からはスケスケのネグリジェ姿が現れる。

 色は紫色で、ブラジャーやパンティーも同色であった。

 見てはいけないと思いつつも、つい見てしまう。

 彼女の色気に、俺は完全に圧倒されていた。


「貴族や皇族でも、時にプライベートな時間は必要だからの」


「そうですね……」


「この部屋でなにが起きても、妾の手の者たちは口が堅い。安心して欲情するがいいぞ」


「(えーーーっ! モロに誘惑されているやん)さすがに、互いの立場上まずいかなと……」


「安心せい。子ができても、妾の子として育てるからの」


 なにが安心なのかは理解に苦しむが、そう言われながら彼女に近付かれると心臓がバクバクしてくる。

 誘惑に抗わないといけないのだが、彼女の色気は本物である。

 とても処女だとは思えないほどだ。


「(ヤバイ……このままだと、誘惑に負けるかも……)」


 もしかして、このままなし崩し的に……などと思っていたら、突然部屋のドアが開いて複数の人間が雪崩れ込んできた。


「テレーゼ様、さすがに看過できませんが」


 部屋に入って来たのは、テレーゼ様と同じくナイトガウンを羽織ったエリーゼたちであった。


「公爵様ともあろう方が、はしたないですよ」


「旦那泥棒は感心しないね」


「いくら格下の伯爵相手でも国が違う。ヴェル様はもっと強く拒否しても構わない」


「テレーゼ様、高貴な身分の方とは思えないお姿ですわね」


 イーナ、ルイーゼ、ヴィルマ、カタリーナにも続けて非難され、テレーゼ様は『邪魔が入った』という表情を一瞬だけ浮かべた。


「思ったよりも、そなたたちの結束は固いようじゃの」


「そのくらいしないと、いちいち奥さんにしていたらキリがない」


 ヴィルマの言うとおりで、今でも隙あらば愛人でもいいから押し込もうとする連中があとを絶たない。

 俺からしても、元々一夫一妻制が当たり前の世界で生きていた人間なのだ。

 俺だって普通にハーレムに憧れていた一般庶民であったが、実際には五人で限界なくらい。

 それでもストレスが溜まるので、極秘裏にアマーリエ義姉さんと密会をしているくらいなのだから。

 なんとも矛盾した一言ではあるが。


「そういうわけでして、今夜は私たちがお相手をしますので。これからも、ヴェンデリン様の夜の時間に空きはありません」

 

 エリーゼはキッパリと言い放つと、テレーゼ様を部屋の外に強引に押し出してしまった。


「他の部屋からベッドを持って来て繋げば大丈夫ですね。あなた。今日からは六人で寝ましょう」


「はい……」


 いつものように笑顔ではあるが、エリーゼから染み出る迫力に、俺は逆らうことの無意味さを知る。

 それに、テレーゼ様の色気のせいで妙に高ぶっていたこともあり、その日はベッドを繋いでそのまま夜の時間に突入する。

 そしてその翌日……。


「これは酷い……」


 ベッドの上の惨状を見て、ベッドメイキングに来たメイドが、その場に絶句しながら立ち尽くしていた。

 気持ちはわかるが、テレーゼ様の夜這いを防ぐにはこれから毎晩六人で寝ることになるため、そうなると若い俺もなにもしないということはあり得ず……毎朝メイドさんは大変になるわけだ。


「メイドさん」


「はいっ! すぐに綺麗にしますので!」


「ええと……色々とやむにやまれぬ事情があって……頑張ってね。これで、あとでなにか美味しいものでも……」


「事情は理解しております、ありがとうございます」


 俺はそっと、メイドに数枚の銀貨を握らせるのであった。





「妾の想い人は、見た目とは違って性豪であったか。それは、好都合」




 朝食の席で、昨晩俺の部屋から追い出されたことを億尾にも出さず、テレーゼ様は楽しそうに俺のことを話していた。


「魔法使いの男なら、使える人は多いですよ。『精力回復』」


 実はこの魔法、魔力が初級クラスしかない魔法使いでも使える人がかなり多い。

 効果に大きな差は出るが、この魔法は自分にしか使えないので、難易度が低い魔法と見なされるのだ。

 ただ、効果が効果なので、未成年者への伝授が半ば禁忌とされているわけだ。

 俺も結婚した時に、初めて師匠の本の袋閉じを開けたわけだし。

 なおその時、『週刊誌のヌードグラビアの袋閉じでもあるまいし』と思ったのは、俺だけの秘密だ。


「まだなにかを企んでいらっしゃるので?」


「そう怒らないでくれ。妾はエリーゼ殿たちとの和解を望んでおるのだから」

 

「和解ですか?」


「そうよ。国内の貴族から婿を取る難しさは、エリーゼ殿にもわかろうて」


 旦那の実家が、フィリップ公爵領の統治に口を出してくるからだ。


「ですが、それはバウマイスター伯爵家でも同じですわよ」


「カタリーナ殿。新興のバウマイスター伯爵家と、歴史が長いフィリップ公爵家では事情が違うのじゃ」


 バウマイスター伯爵家は新興なので、これから親族、譜代による一族、家臣団の形成を行なわないといけない。

 中央や南部貴族の親族が大量に流入しているが、パイが大きいので今のところは席に不足はない。

 実家との縁も、次代以降になると薄れてバウマイスター伯爵家が優先になる。

 元々跡継ぎでもなく余っていたから送られてきたので、実家が最優先というような者も少ない。

 もしいても、そういう者は次第に排除されるそうだ。


「新興ゆえに、逆に融通が利くわけじゃ」


 ところが、フィリップ公爵家はすでに家臣団が完璧に整備されている。

 利権なども割合が決まっていて、あまり余剰がない。


「妾が婿を入れたとして、それを盾に婿の実家が見返りを求めてくる。もし妾がそれを受け入れたとすると、そこから弾き出される者が出てくるわけじゃ」


 家臣の人数や人件費の予算枠はほぼ決まっているので、新しい人を入れれば今まで仕官していた人が押し出される計算になる。


「親族や譜代で割を食う者が出るであろう。それが原因で、過去に殺傷沙汰もあったの」


 いきなり当主の婿の実家から来た人間に、己の職や利権を奪われるのだ。

 追い詰められてそういう行動に出る者の気持ちは理解できなくもない。


「そんな事情もあり、妾は二十歳で嫁き遅れが心配される年まで婿が決まっておらぬ。そこで、ヴェンデリンじゃ」


 元から正式に婿にはしないし、子供が生まれても俺の子供だとも公表しない。

 ただテレーゼ様の子供であると発表すれば、周囲はそれで納得するであろうと。


「女当主とは、本当に面倒なのじゃ。どうせ次は兄たちが自分の子供に継がせようと運動するであろうから、特に後ろ盾もない妾の子は、分家の当主にでもして苦労させたくないものよのぅ」


「それって、俺になにかメリットがあるのですか?」


「あるぞ、妾が幸せになる」


「……」


 予想外の返答に、全員がその場で絶句してしまう。


「そなたは、魔法で移動可能であろう? 妾も領主として忙しいからの。週に一度くらい遊びに来てくれれば十分じゃ。妾があまりに恋しくなった時には、もっと来てくれても構わぬぞ。夜は長いからの」


「テレーゼ様、あなたは……」


「エリーゼ殿たちの序列は乱さぬよ。妾とて貴族なので、それくらいは理解しておる。それで返答は?」


 怒涛の勢いで攻めてくるテレーゼ様に、エリーゼは珍しく対応に苦慮していた。

 こういう人が初めてで慣れていないのだろう。

 エリーゼも上級貴族の娘としてなかなかの知恵を持っているが、テレーゼ様は上級貴族そのものなので、正攻法では無理だと思って強く出た。

 そんな感じかな?


「ルイーゼ、どうする?」


「ヴェル次第じゃないの。ヴィルマは?」


「私は、元々下級貴族の娘だから。カタリーナは?」


「ついこの間貴族になったばかりの私には難しい問題ですわね……」


 こういう問題をエリーゼに丸投げしてきたツケがきて、四人も回答に苦慮しているようだ。


「(ここで、もし俺が受け入れたらどうなるんだ?)」


 口では面倒とか言いながらも、実はテレーゼ様の色香に迷いつつある俺としては、かなり悩ましい問題であった。


「(昨日のネグリジェ姿とか凄かったからなぁ、胸もエリーゼに負けていないし……)痛ぇ!」


「ヴェルは、なにを考えているのかな?」


 などとスケベな妄想をしていたら、ルイーゼに蹴りを入れられてしまった。

 ちょっとした心の迷いなのに……。


「……つまりこれは、外国の貴族同士の内縁婚になりますよね?」


「それが一番近いかの」


「ヴェンデリン様や私たちが認めたとしても、陛下が認めるかどうかです」


「それはそうじゃの」


 それ以前に、俺やエリーゼたちが認めなくても、陛下が命令を出せば俺とテレーゼ様はそういう関係にならないといけないという現実もある。

 なぜならそれは、主君命令なのだから。

 ただ、そんな命令が出るとも思わないけど。


「では、なんとか許可を貰うとするかの」


「難しいと思いますが……」


「努力はしてみようと思う。許可が出たら受け入れてもらうからの」


「陛下の命令には逆らえませんから……」


 朝食と話が終わると、テレーゼ様は今日は予定があると言って、すぐに迎賓館を出ていく。

 彼女の『言質を取ったぞ』という得意気な表情の理由が判明するのは、それから数時間後のことであった。




「エリーゼ殿は、してやられましたな」




 アーカート神聖帝国滞在三日目で一番大きな予定は、自国の親善訪問団員たちとの途中経過を報告する会議であった。

 メインである、通商や技術交流などを担当する役人や貴族たちが交渉や交流会の途中経過を報告し、最後にオマケで魔法使いが技の披露会から得たアーカート神聖帝国の有力な魔法使いの個人情報や得意な魔法の紹介も行う。

 この報告は、特に軍部などが欲しがっている情報だ。

 席に座っている武官や軍官僚が真面目に熱心にメモを取っていた。

 なお、なぜか報告をしているのは俺である。

 本当は導師がしないといけないはずなのだが、面倒だからと押しつけられてしまったのだ。


『ブランタークさんがしてくださいよ』


『陪臣の俺はパス』


 ブランタークさんにも逃げられ、俺はカタリーナが取っていたメモを参考になんとか無事に報告を終える。

 最初からそうだと言ってくれればメモくらい……テレーゼ様の相手があったから無理か……。

 報告を終えると、俺は隣の席に座っていたカタリーナにお礼を言った。


「メモ、助かったよ」


「ヴェンデリンさんは、もう少し他の魔法使いに敏感になった方がいいですわ」


 正論だが、自分がどんな魔法を使えるのか試しながら習得するのが好きなので、他の人がどんな魔法を使おうとあまり興味がなかったという現実があった。

 自分の魔法の参考にできそうなら興味を持つのだけど。


「メモのお礼は、あとで肉体的に返すよ」


「言い方がいやらしいですわね」


「嫌なのか?」


「嫌とは言っていませんわよ。むしろ、嬉しく……って! 今のはなしです!」


 真面目な報告がすべて終わると、今度は世間話的に砕けた話が主流なる。

 その中で最初に話題の中心になったのは、露骨なまでにテレーゼ様からアプローチを受けている俺であった。

 帝国の公爵様から求婚を受ける俺……他人事ながら興味津々なわけだ。

 

「あれほどの美人からアプローチを受けるとは、バウマイスター伯爵は女性にモテますな」


「羨ましい限りです」


「そうよな。ワシももう十歳も若ければ、声をかけられるのを待っていたかもしれぬの」


 他人事なのをいいことに、年配の貴族たちからからかわれてしまった。

 根堀り葉掘り聞かれ、続けて『どうするのか?』と聞かれたので、エリーゼが陛下の名前を出して断ったという話をすると、商務閥でアーカート神聖帝国との交易を担当しているシュルツェ伯爵がエリーゼに同情的な視線を向ける。

 彼はまだ二十代半ばくらいと若く、線の細い金髪の美青年であった。

 口調も穏やかで、見た目は文系イケメンそのものである。


「してやられた?」


「陛下が許可を出す可能性が、なきにしもあらずなのです」


「まさか……」


「実は、水面下で通商の拡大が計画されていましてね」


 すでに両国は二百年以上も停戦状態にあり、一回も戦争になっていない。

 なのでこのまま、正式に不戦条約を結んではどうかという意見が出ているのだそうだ。


「軍部では、強硬派も結構な勢力を保持していますからね。かなり慎重に話を進めていましたが、軍人以外の貴族で終戦に反対という者はほとんどいません。多数決で決まる可能性があるのです」


 今はお互いに首都しか入れないものが、他の貴族領や都市に出入りできるようになれば経済も回るようになる。

 税収も増えるので、交易可能な場所の拡大には賛成であると。


「それに、不戦条約があっても戦争になる時はなりますから」


 かなりあけっぴろげな意見ではあるが、確かに条約があれば戦争が防げるという話でもない。

 その気になれば条約破りなど普通に行われるのが、人類の歴史なのだから。


「反対するであろう強硬派……とは言っても、あまり極端なのは少ないですしね。結構フリの人もいるんですよ」


 いつ戦争になっても大丈夫なように、常に隣国への危機感を説いて戦争の準備を怠らない。

 という名目で、近年減り続ける軍への予算を確保しようと、運動している者たちも多いのだそうだ。

 敵はいた方が、軍事予算を確保できるからであろう。


「通商に限って言えば、反対する者なんてほとんどいませんよ」


 両国の首都同士だけで、決められた回数の魔導飛行船を飛ばして貿易を行なう。

 これに関わる商人も特別に許可を得た数名だけで、これではほとんど経済の発展に寄与しないと、特にギガントの断裂と領地を接している貴族たちから陳情が上がっているそうだ。


「ギガントの断裂の向こうと貿易をしたいでしょうし。まあ、実は密かにしていますけど……」


 たまにある亡命者の行き来や、夜中にロープを張っての密貿易などは少量ではあるが行われているらしい。


「最初はすべて取り締まっていたんですけど、今は少量なら黙認ですね」


 密入国者などに手を貸せば処罰の対象であったが、小規模の密貿易は黙認されている。

 ただこういう状態はよくないと考えたようで、交易を行なえる港を増やしたり、首都限定になっている商人の行動範囲を正式に広げたいのだそうだ。


「あとは、他国の貴族同士の婚姻許可ですか」


 友好の架け橋となるか、それとも外患の原因となるのか?

 これも水面下では話し合いが行なわれており、解禁される可能性があるらしい。


「試しに、フィリップ公爵の内縁の夫にバウマイスター伯爵が認められる可能性があるのです。交易推進派が賛成に回る可能性があるので」


 反対派からすれば、バウマイスター伯爵家がヘルムート王家の後ろ盾を使用してフィリップ公爵家の相続に口を出してくるか、または逆のパターンがあると言って反対してくるはず。

 だが、それさえクリアーしてしまえば、認められてしまう可能性があるというわけだ。


「フィリップ公爵閣下は、エリーゼ様が陛下の名を出すと予想していたのでしょうね。だから、あえてそれを言わせて言質を取った。陛下が許可をすれば、バウマイスター伯爵を内縁の夫にできますから」


 エリーゼでもこれなのだ。

 俺なんて、テレーゼ様からすれば簡単に落とせると思われているのであろう。


「相続直後はあの方は傀儡でした。ですが、五年ほど前からはほぼフィリップ公爵家を掌中に納めております。情報によると、異母兄たちですら表向きは逆らわない状態だと。あの方は傑物ですね」


 シュルツェ伯爵からの情報を聞き、俺たちは改めてテレーゼ様の強かさを知ることとなる。

 さて、帰国するまでどう逃げ切るか、と考え込んでいると、そこに親善訪問団の一員である若い役人が血相を変えて駆け込んできた。


「どうかしましたか?」


 通商目的が一番強いために親善訪問団の団長にも選ばれているシュルツェ伯爵が声をかけると、その役人は声を上ずらせながら報告する。


「大変です! 先ほど執務中にウィルヘルム十四世陛下が倒れられ、治療の甲斐もなく崩御なされたとのこと!」


「それは、ちょっと前例のないことですね……」


 この二百年間で、親善訪問団が訪れている時に崩御した皇帝や国王は存在していないそうだ。

 シュルツェ伯爵は役人らしい言い方ながらも、その顔には驚きの表情を浮かべていた。

 不測の事態に遭遇すると、誰もが悩むよなぁ。

 特に、社畜であった俺などからすると。


「これは困りました。もう通商交渉どころではありませんね……」


 せっかく話を纏めつつあるところに、それを承認する皇帝陛下が崩御してしまったのだ。

 新しい皇帝が決まってその人が許可を出さないと、話がストップしたままになってしまう。

 通商交渉の責任者であるシュルツェ伯爵からすると、困った問題のはずだ。


「滞在期間の延長を陛下に通信して、許可を得ないと……」


 亡くなられたウィルヘルム十四世陛下の葬儀にも出席しないいけないし、新しい皇帝陛下の情報収集や、外交儀礼としての即位式典への参加などもある。

 だがその詳しい予定は未定で、予想外の出来事により俺たちの帝都滞在の期間はかなり伸びてしまいそうだ。 

 はたして、その間にテレーゼ様がどう出るか?

 俺たちは俺たちだけの悩みのせいで、これからどうなるのかと思案に耽ってしまうのであった。

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