第186話 フィリップ公爵家の女当主(前編)
「必殺の! 『バースト・ライジング』!」
「おおっ!」
「相変わらず凄い威力だな」
「やはり放出した魔法を飛ばすのは不得手のようだが、突然足元から火柱があがるこの魔法は驚異か……」
「十年前よりも強くなっているな」
「あの年齢で、いまだ魔力量が増え続けているからな」
「王国の最終兵器は健在か……」
親善訪問団の一員として、アーカート神聖帝国に到着した翌日。
今日は、両国の魔法使いたちによる魔法の披露会が行なわれていた。
皇宮傍にある、武芸大会などが行なわれるコロシアムには多数の観客がつめかけ、主賓には皇帝陛下の姿もある。
ここで順番に、自分が得意な魔法を披露していくわけだ。
普段なかなか見られない攻撃魔法を見るチャンスだということもあり、平民を含む大勢の観客が押し寄せ、チケットの入手は困難を極めるそうだ。
中にはこれを、『手品ショーの延長』だと揶揄する人もいるそうだけど。
民間では、初級の魔法使いたちによる演芸扱いの魔法ショーは存在しているが、親善訪問団来訪の時には、普段は見られない両国の高名な魔法使いたちの魔法が見られるとあって人気がある。
まずは中級レベルの者からで、見た目が派手な攻撃魔法が、事前に設置してある標的や巨岩に次々と炸裂する。
決闘方式ではないのは、万が一にも貴重な魔法使いを死傷させないためであった。
魔法の披露が進み、導師がクルトに使った火柱魔法『バースト・ライジング』により、高さ十メートルほどの巨岩をマグマ状に溶かしてしまった。
観客はその威力に、大きな歓声と拍手をあげている。
それとは対象的に、帝国の軍人や魔法使いたちは渋い表情を浮かべている。
もし将来戦争になったら、導師と戦うのかと思ったのであろう。
「導師からすれば、欠伸が出るような実技だろうな」
導師が本気を出せば、周囲に大きな被害が出てしまうほどの魔法を使えるからな。
まさかそんなことをするわけにもいかず、高さ二十メートルほどの火柱をあげ、それでお茶を濁していわけだ。
そしてその光景を、俺も貴賓席に座って見学していた。
「あの男なら、万の軍勢でも余裕で蹴散らすであろうからの」
「でしょうね」
「軍事の常識を根本からひっくり返す男じゃからの。それはヴェンデリンも同じであったな。ブロワ辺境伯との紛争における大活躍、妾も小耳に挟んでおるぞ」
「……どうも……」
フィリップ公爵ともなれば、俺の情報は把握済みというわけか。
貴賓席で俺の隣の席に座る、あのお騒がせ肉感美女テレーゼ様が、俺も導師にも負けない魔法使いだと褒めてくれた。
俺はなぜか彼女に気に入られてしまい、好きに抱いてもいいという権利までいただいている。
正妻なので俺の反対側の席に座っているエリーゼは、彼女に大きな危機感を抱いているようだ。
種付けの許可を貰った件についてはまだ話していないが、言えば余計にエリーゼがヤキモチを焼くので、今は秘密にするのと同時に、どうやってこの期間を無難にすごすかで、俺の心の中は精一杯であった。
「(テレーゼ様と子供なんて作ったら、面倒なことばかり増えるじゃないか。まずあり得ない)」
俺は五人の美しい妻を持つ成功者のはずなのに、なぜか心が優れない。
しかも面倒なことに、先日のカルラとは違って、テレーゼ様が俺の男心をくすぐる抱きたくなる美女だから性質が悪い。
誘惑されないように近づきたくないのだが、彼女は俺たち魔法使いの世話役になっている。
彼女が俺の傍にいても、なんら不思議はない。
というか、それが彼女の仕事なのが困った点だ。
「皇帝陛下もお喜びのようですね」
話が種付けの件に行かないよう、俺は導師の魔法に拍手をしている皇帝陛下のことを聞いてみる。
事前に得た情報では、彼の名はウィルヘルム十四世であり今年で七十八歳、在位三十八年になるお爺さんであった。
「陛下はメッテルニヒ公爵家の出でな。貴族会議の投票で三十八年前に即位された」
この国の皇帝は、中央の皇家と七家の選帝侯に任じられている公爵家の当主から立候補した者から、貴族議会の議員たちによる投票で選ばれる。
こういうシステムになっているのは、多くの少数民族居住地を内包しているがゆえの苦肉の策でもあるようだ。
中央の皇家と公爵家で皇位を流動させて、なるべく権力を平等にということらしい。
いささか不安定にも見えるが、昔から統一が早かったアーカート神聖帝国の方が南部のヘルムート王国を圧倒していたので、成熟した政治制度なんだと思う。
のちに、ギガントの断裂よりも南の領地を失うが、停戦によってヘルムート王国は北上をしなかった。
共に魔物の領域の開放や未開地の開発を優先し、今ではあまり国力に差がなく、戦争をするにもリスクが大きい状態になったからで、今の平和は両国の力の均衡によって支えられているというわけだ。
「お歳なので、そろそろご引退も考えておられるそうじゃ」
もう一つ、ヘルムート王国の王位は死ぬまで放棄できないが、皇帝は病気や老齢による引退が認められている。
辞めても次の皇帝は選挙で決めればいいのだし、その方が皇帝候補者たちにも都合がいいからだ。
なお、引退した皇帝は上皇と呼ばれて年金を貰って余生を送る。
名誉はあるが、なんの実権もない存在になるそうだ。
「そんな噂もあるので、他の公爵たちは通商協定の改定や、技術交流などの世話役で忙しいようじゃ」
次の皇帝になるつもりなので、半分お遊びの魔法使いの実技披露会は女性であるテレーゼ様や年寄りの陛下に任せて、自分たちは実利のある交易技術促進の方に集中し、政治的な実績を稼ぐ。
選挙対策でもあるわけか。
「テレーゼ様は、ご出馬なされないのですか?」
「前の陛下は、我が曽祖父での。あまりフィリップ公爵家の出身者が続くと、不公平感が出るのでな。選挙とはいえ、そういう配慮も必要だし、どうせ妾が出馬しても勝てぬ」
選挙で皇帝を選ぶとはいえ、一つの家ばかりから偏って皇帝が出ると問題になる。
バランスも考慮し、立候補の段階で多少の談合も行なわれるのかも。
もしくは、暗黙の了承でそうなっているとか?
「それよりも、次はヴェンデリンの番じゃぞ」
「みたいですね」
俺は伯爵様なので貴賓席にはいるのだが、魔法も披露しないといけないわけで、俺は急ぎ杖を持って競技場の中に移動する。
杖は別にいらないのだが、見世物なので杖を振るうアクションも必要というわけだ。
「あなた、頑張ってくださいね」
「あまり派手なのは出せないけどな」
妻らしく振舞ってテレーゼ様を牽制しているエリーゼから声援を受けつつ、俺は競技場の真ん中に移動した。
先ほど導師が魔法でマグマ状にしたのと同じ大きさの巨岩が置かれ、それに魔法をかけて破壊すればいいというルールだ。
魔法の系統や種類は問わないことになっている。
「(威力よりも、精度で……)」
杖を構えて精神を集中すると、数秒後に旋風が発生して岩に直撃する。
ただ大した威力には見えないので、一見岩にはなんの変化も起こっていなかった。
「失敗?」
「なんも変化ないよな?」
観客たちが騒ぐが、すでに魔法は無事発動している。
足元から拾った石を巨岩に軽く投げ当ててからその場を後にすると、巨岩は一センチ角ほどのサイコロ状に切り刻まれ、そのまま崩れ去ってしまった。
「すげぇ……」
「これが戦争なら、兵士がみんなサイコロ状にカットされるのか……」
俺の魔法の結果を知った観客たちからは、歓声と共に畏怖の声が上がり始める。
魔法使いは抑止力でもあるので、このくらいのインパクトを与えた方がいいだろう。
将来、これで帝国が戦争を思い留まってくれたら安いものだ。
「へえ、少しは俺の指導の成果が出ているな」
均等にサイコロ状に切れた岩を見て、次に魔法を披露する予定のブランタークさんは一応合格点をくれた。
「次はブランタークさんですね」
「俺も、あまり派手なのは苦手でな……」
次は、ブランタークさんの出番であった。
彼も俺たちと同じく杖を構えて再び設置された巨岩の前に立つと、氷弾ではなくて冷気で岩を極限まで凍らせてから、そこに小さな氷玉をぶつける。
ほぼ絶対零度まで凍っていた巨岩は、氷玉が当たった衝撃で粉々に砕けて地面へと落ちていく。
砕けた巨岩はダイヤモンドダストのような輝きを見せ、一種幻想的な光景を観客に見せつけた。
「いささかも衰えておらぬか」
「テレーゼ様、まだそんな年じゃないですよ」
「新婚じゃからの」
「それに拘りますね。テレーゼ様は……」
貴賓席に戻ってきたブランタークさんにテレーゼ様が声をかけるが、その様子を見てアーカート神聖帝国側の魔法使いたちがヒソヒソと話をしていた。
一応敵国同士なので、不謹慎だとでも思っているのであろうか?
「次はカタリーナだな」
「そなたの奥方の一人か。なかなかにできる魔法使いらしいの。ヴァイゲル準男爵家を復興させただけのことはあるか」
「はははっ、お詳しいですね」
「小耳に挟んだ程度じゃ」
やはり、テレーゼ様は侮れないな。
ただ、俺との夜の生活で魔力が増えていることには気がついていないか。
でも、イーナの件で気がつかれているのか?
テレーゼ様は自分が女性だから、俺とそういうことをすれば魔力が増えるのではないかと気がついている?
深く考えても仕方がない。
俺がそんなことを考えている間に、カタリーナが軽く巨岩を包み込む竜巻魔法をかけ、それがやむと、巨岩は細切れにされてその場から消えてしまった。
極限まで切り裂かれて砂になってしまったので、風で周囲に飛び散ってしまったのだ。
「準備運動にもなりませんわね」
「それは仕方がないよ。まさか戦いをするわけにもいかないんだから」
「ヴェンデリンの言うとおりよの。そなたたちが決闘で魔法を駆使すれば観客にも被害が及ぶであろうし、一応両国は停戦中じゃ。下手な怪我人や死人は、いらぬ対立を増やす要因ともなる」
「それはそうなのですが……」
カタリーナとて、そのくらいのことは理解しているはず。
ただ、なに食わぬ顔で俺の隣の席を独占し、俺をヴェンデリンと呼び捨てにしているテレーゼ様に含むものがあるだけなのだと思う。
魔法で牽制してみたものの、テレーゼ様には効果がなかった。
貴族としての力量では、カタリーナはテレーゼ様に遠く及ばないのが事実だからだ。
「次はアーカート神聖帝国側の魔法使いか。それでどうなんです?」
テレーゼ様とカタリーナとの間に広がる微妙な空気を察知したブランタークさんが、話題を、これから魔法を披露するアーカート神聖帝国側の魔法使いたちの話に切り替えた。
本当は俺がやらないといけないのかもしれないが、今の俺にはそういう精神的な余裕がなかった。
俺も貴族としては、テレーゼ様に劣るのだから。
「十年前は、アームストロングショックがあったからの」
「導師がですか?」
「あの男の規格外な魔力が知れ渡ったというわけじゃ」
導師の魔力の成長パターンは、完全に大器晩成型である。
二十年ほど前の導師の魔力は中級程度で、しかも彼は放出系の魔法が苦手であった。
今は有り余る魔力で蛇の放出魔法を使うが、昔は使えなかったそうで、親善訪問団に加われる実力を持っていなかったそうだ。
「そんな男が、十年後に化け物クラスの実力を発揮した。しかも、今も魔力が成長しておるそうではないか。騒がれて当然じゃの」
そんな理由で、前回は導師が注目の的であったそうだ。
「今回はそれに加えて、お主と『暴風』殿も加わっておる。治癒、浄化魔法特化ではあるが『聖女』殿もおるし、ブランタークも相変わらずの実力を見せておる。ヘルムート王国の魔法使いの層は厚いの」
実力者が集まっているのでそう感じるのかもしれないが、言うほどアーカート神聖帝国側も劣ってはいないはず。
平均すれば、そう変わらないと思うのだが。
「帝国も、この十年でそれなりに実力者も出ておるからの。まあよく見ておくがいい」
テレーゼ様からそう言われて魔法の実演を見学するが、アーカート神聖帝国側にも優れた魔法使いは多かった。
国家の威信もあるので、質と数を揃えたのであろう。
筆頭魔導師であるブラットソンさんから始まり、他の魔法使いたちも中級の上程度の魔力量を持つ者が多い。
そして後半に入ると、会場が大きな歓声で包まれた。
「ピーチュ四兄弟だ!」
「四兄弟が出るぞ!」
「王国の魔法使いたちに負けるな!」
隋分と人気のようで、観客から大きな声援が飛んだ。
「ピーチュ四兄弟、有名人なのですか?」
「然り。ピーチュ四兄弟は、今の帝国で最も有名な魔法使いじゃからの」
俺の問いに、テレーゼ様が頷きながら答える。
「兄弟で魔法使いなのですか」
「正確に言うと四つ子じゃの」
魔法の才能は遺伝しないので、親兄弟が使えるからと言って自分が使えるわけでもない。
だがピーチュ四兄弟は四つ子なので、同じ才能を持ち魔法を使えるというのだ。
「(遺伝子が同じだから? 多分、二卵性とかだと駄目なんだろうな)」
会場に姿を見せた四兄弟は一卵性の四つ子のようで、確かに四人とも同じ顔をしている。
黒い髪に黒い瞳だが、日本人顔というわけでもない。
西洋系の顔でそれほど容姿に優れているわけでもなく、ハッキリと言えば普通の顔だ。
年齢は十八歳くらいに見え、身長は175センチほどで痩せ型、どこにでもいる普通の青年に見える。
四人ともローブを着ているが、なぜかその色は赤、青、黄、緑と、全員が違う色であった。
それも鮮やかな原色系なので非常に目立ち、もし俺ならば恥ずかしいのでああいうロ-ブは遠慮したいところだ。
コスプレじゃないんだから。
「(戦隊物みたい……)」
彼らを見て一番最初にイメージしたのは、前世で子供の頃に見たヒーロー戦隊物のテレビ番組であった。
一人足りないとは思っが、そんなことはどうでもいいか。
「あの四つ子は、それぞれに得意な系統魔法が違うのでの」
「そうなのですか」
魔法の才能は遺伝子も関係しているようであったが、同じ遺伝子なのに得意な魔法の系統が違ったりする。
もしかすると、そちらは後天的な原因で変わるのかもしれない。
「長男のアインスは、火の系統が得意であると聞いておる」
赤いローブを着た青年が杖を振るうと、火炎が巨岩を包んでからマグマ状に溶かしてしまった。
「次男のツヴァイは、水の系統じゃの」
青いローブを着た同じ顔の青年が杖を振るうと、水のカッターで巨岩をズタズタに切り裂いてしまう。
「三男の……」
「(もしかして、ドライなのであろうか?)」
「ドライは、土の系統魔法が得意じゃ」
「(当たった!)」
この四兄弟の名前は、全員がドイツ語の数字からきているようだ。
この世界にドイツ語があるのかは不明であったが、人の名前はドイツ系が多いので不思議ではないか。
黄色のローブを着た青年は、高速の岩弾を多数ぶつけて巨岩を砕いてしまう。
「最後に、四男のフィーアじゃの」
緑色のローブを着た青年は、風のカッターで岩をズタズタに切り裂く。
なるほど、なかなかの実力の持ち主である。
「帝国にもピーチュ四兄弟がおり、王国にはそう負けないというわけじゃ」
「四男のローブが緑色なのは、風だからと言って青系統にすると次男の青と被るからかな?」
「お主は、しょうもないことを気にするのじゃな」
ピーチュ四兄弟ですべての魔法実演は終わり、観客からは大きな歓声と拍手があがる。
国に仕えている魔法使いたちが凄腕ならば、今の平和は長く続くと思っているからであろう。
我が国の導師が強力な抑止力であると共に、あの四人を筆頭とした粒の揃った魔法使いたちはアーカート神聖帝国の強力な抑止力というわけだ。
「……」
「あなた。どうかしましたか?」
「あの連中とは、顔見知りというわけでもないと思うのだが……」
実演を終えた四人が俺に視線を合わせてきたので、ただそれだけが気になってしまう。
「ヴェルをライバル視しているんじゃないの?」
「そういうのは面倒臭い」
自分はサクっと魔力を込めた拳で巨岩を砕き、『こんな小さな女の子が!』と観客から驚かれていたルイーゼが、自分の考えを俺に語る。
ピーチュ四兄弟が、俺をライバル視ねぇ……。
そういうのは面倒臭いので、できれば巻き込まれたくないものだ。
「あれ?」
「どうした、ルイーゼ?」
「あそこの観客席の入り口付近から、ヴェルに視線を送っていた人がいるんだよ。ボクが気がついたら、すぐに観客席から出てしまったけど」
「よく気がついたな。どんな人だ?」
「うーーーん、一瞬だったから。頭にローブ被っていたし……眼光が鋭い感じ。もしかして暗殺者?」
「そんなわけないだろう」
俺のことを、ローブを被って密かに見学していた眼光が鋭い人ねぇ……。
大方、どこかの帝国貴族が偵察で送り出した人なんじゃないかな。
そんな人は王国貴族にも沢山いるので、いちいち気にしていたら時間がいくらあっても足りない。
唯一の仕事が終わったので、あとは帝都を存分に楽しむことにしよう。
「お館様、いかがでしたか?」
「困ったことに、自身が魔法使いとして優れているだけではなく、周囲に優秀な魔法使いが多すぎる。バウマイスター伯爵は要警戒だな」
まったく、あんな男がいたら帝国の将来が危なっかしいではないか。
とはいえ、今動くわけにかいかない。
バウマイスター伯爵の相手はテレーゼに任せ、俺は大人しく王国貴族の相手でもしているかな。
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