第182話 レジャーに出かけてみる(その2)

「絶好の海水浴日和であるな! 青い空! 青い海! 太陽も燦燦と照っているのである!」


「(導師、似合わないこと言ってるなぁ……)」




 朝食後に『瞬間移動』でプライベートビーチへと飛ぶと、導師は白い砂浜と青い透明度の高い海に大喜びであった。

 この中で一番年齢が高いのに、誰よりも子供のようにはしゃいでいる。

 他人の視線など気にならず、自分が楽しければいい導師は、ある意味最強かもしれない。

 今は季節的には冬であったが、未開地は北側のリーグ大山脈沿いの北部でも朝方に少し涼しいくらい。

 南部の海沿いは、一年を通して海水浴が可能なくらいに暑かった。

 それでも日本ほどは蒸し暑くないし、気温も体感では三十度を少し超えるくらいだ。

 日本ほど蒸さないので木陰に入れば涼しいし、比較的すごしやすい南国とも言える。

 

「ところで、エルヴィン少年はどうしたのであるか?」


「研修ですよ」


 普段は俺の警護役であるが、やはり将来は軍人としての仕事も任せたいので、トリスタンの元に定期的に研修に行かせていたのだ。

 剣技のみならず、軍勢を指揮できるようにというわけだ。


「熱心であるな。某に軍隊の指揮など不可能であるが」


 それは仕方がない。

 なぜなら、導師は単体か高位の魔法使いと組んで戦うのが一番戦闘力を発揮するからだ。

 陛下もそれがわかっているから、普段は彼を自由にさせているのであろう。


「さてと、海水浴といえば水着であるな。残念ながら用意していないのであるが……」


 いつでも海水浴ができるように水着を持ち歩いています、なんて人がいるわけないので当然だ。


「伯父様、ちゃんと準備してきましたよ」


「さすがは我が姪である!」


 エリーゼたちは今日の海水浴で使う水着を持参しており、導師の分もエリーゼが用意していた。

 早速みんなで、木陰に衝立を立てて着替えを始めるが、導師はいきなり俺の前でローブを脱いで着替え始めた。

 ボディービルダーも真っ青になるほどの、鍛えに鍛え抜かれた鋼の筋肉がこれでもかと視界に入るが、俺は男の裸なんて見たくはない。

 後ろを向き、自分もローブを脱いで着替えを始める。


「変わった水着であるな……」


 ある程度予想はしていたのだが、導師は地球で昔の人が着ていたような、膝と肘くらいまで布で覆われた古風な水着を着ていた。

 俺は、前に王都のお店で作らせていたトランクス型の水着である。


「着替え終わったよ」


「失格!」


「ヴェル、早っ!」


 そしてエリーゼたちも、色気もへったくれもない膝と肘まで厚い布で覆われた水着だったので、俺はすぐにダメ出しをする。

 一番早く着替え終わったルイーゼは、俺からの即時のダメ出しに驚いているようだ。


「ダメって……。水着ってこういうものだよ」


「色気がない」


「ヴェルの言わんとすることは理解できるけど、そう思うのなら新しい水着でも準備しておかないと」


「ほほう……言ったな、ルイーゼよ」


「ゲッ! もしかして準備してあるとか?」


「正解です、ルイーゼさん」


 俺は服には素人であったが、大体のデザインくらいは覚えている。

 そこで、当世日本で女性が普通に着ている水着を、王都で一流の服飾職人に作ってもらっていたのだ。

 それがなければ、非リア充の俺がたとえ妻たちとはいえ、女性を海水浴に誘うわけがないじゃないか。


「こちらに着替えてね。これは当主命令であるから」


「うわーーーっ、布が少ないなぁ。当主命令だから着るけど、ボクへの初めての当主命令がこれってどうなの?」


「俺は間違っていない。なぜなら俺は当主様だからだ」


「別にいいけどね。ここはプライベートビーチで他に誰もいないし。でも、サイズは?」


「ルイーゼ、結婚してもう一ヵ月以上だぞ。妻の体のサイズくらい当然把握している」


「ヴェルのエッチ」


 とは言いつつも、ルイーゼはノリノリの表情で他の妻たちの水着も持って着替え用の衝立へと戻っていく。


「ルイーゼさん、ヴェンデリン様がこれを着ろと?」


「当主命令だって」


「ここで当主命令って……おヘソとか丸見えね」


「肝心な部分は隠れているからいいんじゃないの? イーナちゃん。似合うよ」


「ルイーゼ、あんたねぇ……」


「動きやすくていいかも」


「ヴィルマさんは、そういう考え方ができて羨ましいですわね」


「カタリーナはスタイルがいいから羨ましい」


「私は貴族なので、周囲から常に見られていますから注意していますのよ」


 衝立の中からガヤガヤと話し声が聞こえてくるが、数分で着替え終わって、俺と導師の前で新しい水着姿を披露した。


「なるほど。バウマイスター伯爵は、新しいファッショナブルな水着を普及させるつもりなのであるか?」


「いいえ、純粋に趣味です」


 どうせここはプライベートビーチであるし、俺が作らせた水着が流行しようとしまいと関係ない。

 ただ俺が、エリーゼたちに着せたかっただけである。

 他に理由など存在しないのだ。


「あの……ヴェンデリン様、伯父様……少し恥ずかしいのですが……」


「最初であるからそう思うのであろうが、某はじきに流行するような気がするのである」


 エリーゼは、黄色のビキニタイプの水着姿で恥ずかしそうにしていた。

 少し前かがみで、よく視線を送られる胸を隠していたのだけど、そのせいで余計に胸の谷間が強調されていた。

 しかしながら、やはりエリーゼの胸は凄いと思う。 

 それでいて、ウエストなども普通に細いので、まるでグラビアアイドルのようなのだ。


「エリーゼは素晴らしいな」


「そうですか?」


「どうせ他には誰もいないし、もっと堂々としていなよ。綺麗なんだから」


「はいっ」


 俺が褒めると、エリーゼはとても嬉しそうであった。


「イーナも綺麗だな」


「ありがとう」


 イーナの胸は普通であったが、体をよく鍛えているのでスレンダーでスタイルがよかった。

 それが赤い髪と合わさって、格好よく見えるのだ。

 女子高だと、女子にモテるタイプか?

 最初は新しい水着を渋っていたが、実際に着ると意外と堂々としている。


「イーナさんは、あまり無駄な脂肪がなくて羨ましいですわね」


「そうかしら?」


 プチダイエットの権化であるカタリーナが、イーナの体の細さを羨ましそうに見ていた。


「カタリーナ、ボクはもっと細いよ」


「ええと……」


「新しい水着も似合ってるでしょう? ボクの大人の魅力が前面に出ていて」


「そうですわね……」


 水色のビキニを着ているルイーゼは可愛らしかったが、エリーゼやイーナとは明らかにタイプが違う。

 可愛らしいというのが適切であろうが、それは彼女の魅力でもあった。


「可愛いと思うよ」


「ボクは、エリーゼやイーナちゃんとは別の路線で行くからね。でも、ヴィルマはいいなぁ……」


 同じ体が小さい枠に所属しているのに、ヴィルマは意外と胸が大きい。

 その点を、ルイーゼはとても羨ましいと思っているようだ。


「これ以上大きくなると動きにくい」


「ううっ……一度でいいからそんなことを言ってみたい……」


 ルイーゼは、ヴィルマの胸に強い視線を送っていた。


「ヴィルマも可愛いな。どうだい? 新しい水着は?」


「とても動きやすい、少し恥ずかしいけど、すぐに慣れると思う」


 ピンク色のビキニを着たヴィルマは、俺の前でクルリと回って水着姿を披露していた。


「動きやすいから、沢山エビや貝を獲る」


「そうだね……」


 ただ、やはりヴィルマは食欲の方が優先なようだ。

 このプライベートビーチは、前に海竜を倒した場所なので海の幸も豊富であった。


「あの……ヴェンデリンさん」


「どうかした? カタリーナは恥ずかしがり屋だから、ワンピースタイプにしたんだけど」


「ワンピースタイプでも、これでは恥ずかしいではありませんか!」


 カタリーナは一番の恥ずかしがり屋なので紫色のワンピース型の水着を用意したのだが、まだ文句があるらしい。

 

「似合っているじゃないか」


「それは素直に妻として嬉しいですけど、なぜこの水着は股の部分の切れ込みが激しいのですか?」


「俺がデザインしたから」


 カタリーナの水着は昔の日本で流行したハイレグタイプで、加えて胸の部分の布を細くデザインしているのでほぼ胸の形がわかるようになっていた。

 なぜそうしたのかと言うと、単純に俺の趣味だからだ。

 他に理由などあるはずがない。


「似合っていると思うけど」


 見た目、カタリーナは高飛車でSに見えるので、こういう水着がとても似合うのだ。


「駄目か? じゃあ、ビキニタイプの方を……」


「駄目とは言いませんが……予備の水着なんてあったのですか?」


「あるよ」


 だって、万が一サイズを間違っていたり、似合わなかったりと。

 なにかアクシデントがあったらエリーゼたちが新しい水着を着れないので、試作品は数組用意してあるさ。

 俺は慎重派なんだ。


「別の水着がいいかな? あっ、普通の布地が多いのは駄目ね。当主命令で」


「なぜにそこで連発いたしますの? これでいいですわ」


「似合っているって」


 全員無事に水着に着替えたので早速遊ぼうとすると、俺の肩を叩く人がいる。

 それは、導師その人であった。


「某だけ仲間外れなのはどうかと思うのである!」


「つまり、導師も新しい水着を着ると?」


「なにかないのであるか?」


「一応、ありますよ……」


 念のため男性用の水着も作ってもらっていたのでそれをいくつか渡すと、導師はその中で一番あり得ないデザインの水着を選んだ。

 俺が洒落で作った、競泳選手が着けるような極小のブーメラン型ブリーフ、色は黒って……もしかしてウケ狙いなのか?


「これが、某には相応しいのである!」


 いきなり目の前で最初の水着を脱いで着替え始めたので、俺たちは全員が視線を反らした。

 あっという間に着替え終わった導師は、まるでボディービルダーのようなポーズを取りながらその着心地を確認している。


「(エリーゼたちの美しい水着姿の記憶が、導師の水着姿の記憶で上書きされていくようだ……)」


 地球でボディービル大会に出ると優勝しそうな肉体美ではあるが、生憎と俺はその方面にはまったく興味がなかった。


「さてと、着替えたので遊ぼうと思うのだが……」


 続けて導師は、なにか液体の入った瓶を取り出した。


「日焼け止めを塗らないと、あとで大変である!」


「「「「「「「(似合わねぇ……)」」」」」」」


 日焼け止めを用意していた導師に対し、本人以外全員の心の声が一致したはずだ。

 逆に考えれば、だからこその肉体美とも言えるのだけど。

 この世界には、日焼け止めが存在している。

 地球のように二酸化チタンや酸化亜鉛などは手に入らないが、植物由来で効果が高い商品が存在した。

 その代わり値段は相当なもので、裕福な人でないと定期的に購入できない。

 貴族の女性は見栄も兼ねて海水浴に行くが、肌が荒れるのは防ぎたいようで、日焼け止めの市場は存在した。

 導師がそのお店で日焼け止めを購入する光景を脳裏に浮かべると……なんだろう?

 さぞや店員さんが驚いたのではないかと。


「バウマイスター伯爵、某に日焼け止め塗ってくれぬか?」


「……(えっ? 嫌……)」


 導師からあり得ないお願いをされたので、俺は彼の姪であるエリーゼに視線を向ける。


「ええと……エリーゼ……」


「お互いに塗り合いましょうか?」


「エリーゼの意見に賛成!」


「私も賛成よ」


「カタリーナには私が塗る」


「では、私はヴィルマさんに」


 導師の姪であるエリーゼですら、彼の体に日焼け止めを塗るのは嫌らしい。

 上手く女性陣同士で塗り合う作戦で、自分たちのピンチを脱した。

 当然俺は、見捨てられることとなる。


「(俺も混ぜてほしかったぜ……)」


 エリーゼたちと『きゃっきゃ、うふふ』と日焼け止めを塗り合う計画が潰れ、逆に導師の体に日焼け止めを塗るという困難が待ち受けている。

 導師にソッチの気は皆無だが、それでもなにが悲しくて筋肉隆々の四十代オヤジの体に日焼け止めを塗らないといけないのであろうか?

 酷い罰ゲームがあったものである。


「某も、バウマイスター伯爵に塗ってあげるのである」


「(それも、もの凄く嫌……)」

 

 俺は、さらにピンチに追いやられた。

 マッチョオヤジに日焼け止めを塗られて喜ぶ趣味などなく、俺だって普通に、エリーゼたちに日焼け止めを塗ってほしいからだ。


「(考えろ! ピンチを脱する方法を……)」


 どうにか最悪の事態を避けようと考える俺の脳裏に、あるアイデアが浮かぶ。 

 非情な方法ではあるが、これも俺がピンチを脱するため。

 俺は心を鬼にしてから、すぐに水着の上からローブを羽織り、『瞬間移動』でバウルブルクにある警備隊の駐屯地へと飛んだ。

 

「お館様?」


「エルに用事だ」


 門番の検問を顔パスで抜けて研修室に入ると、そこでトリスタンから講義を受けているエルを発見する。


「お館様?」


「トリスタン、エルを少し借りるぞ」


「えっ? なに?」


 事態をよく理解できていないエルの手を掴むと、俺はまた『瞬間移動』で砂浜に戻った。


「なあ、どういう用事で……。うひゃーーー、スゲェ水着」


 エルは、エリーゼたちの水着姿を見て鼻の下を伸ばしていたが、彼女たちはエルを窘めなかった。

 なぜなら、俺の極悪な企みに気がついたからだ。


「導師、エルがどうしても日焼け止めを塗りたいそうです」


「そうであるか。では頼むぞ」


「えっ? 俺がなに?」


 エルが声がした方を向くと、そこには黒いブーメランブリーフ水着を着用した導師が立っており、加えて日焼け止めの瓶を彼から渡された。


「エルヴィン少年よ、某に日焼け止めを塗ってくれ。全身にくまなく頼むのである!」


「おい、ヴェル……」


 ようやく俺の意図に気がついたエルは、心の底から嫌そうな表情を俺に向けた。


「エル、当主命令だ」


「お前は鬼だな。ヴェル……」


 エルは、初めての当主命令が導師の体に日焼け止めを塗ることだという事実に、心の中で打ちひしがれているようだ。


「実は俺は、男性の肌に一分以上触れると蕁麻疹が……」


「一発で嘘だとわかるわ!」


 勿論、エルの言うように俺の嘘である。

 ただ、導師の肌に日焼け止めなんて塗りたくないだけだ。


「とにかく命令ね。俺は、エリーゼにでも日焼け止めを塗ってもらおうかな?」


「地獄に落ちろ」


 間違いなく、俺がエルの立場でも同じことを言ったであろう。

 他の家臣がいれば不敬罪も甚だしいが、器が大きい俺は軽く聞き流し、エリーゼたちの元に直行する。


「万遍なく頼むぞ、エルヴィン少年よ」


「はい……」


 エルは、半ば放心しながら導師に日焼け止めを塗っていた。

 そして俺は、まだ日焼け止めを塗り終わっていないカタリーナに日焼け止めを塗る作業に入る。

 エルに任せるという決断を即座にした俺の勝利である。


「どうだ? 気持ちいいか?」


「なにか聞き方がいやらしいような……」


「夫婦の間で、いやらしいもなにもねぇ……。お尻にも塗ってあげよう」


「ヴェンデリンさん。私は別に構わないのですが、周囲の視線も考えてですね……」


 見た目とは違って、その方面で俺に強く押されると、カタリーナは大人しくなってしまう。

 それでも特に嫌がらずに、俺に日焼け止めを塗られていた。

 俺はカタリーナの全身に日焼け止めを塗り、俺もエリーゼたち全員から日焼け止めを塗られていく。

 お返しに、塗り残しがないかチェックも忘れない。


「ヴェル、ボクもお尻に塗って」


「喜んでお引き受けしましょう」

 

「はぁーーー。気持ちいいねぇーーー」


 ルイーゼも、気持ちよさそうに日焼け止めを塗られていた。


「こういうのもいいな」


 これを堕落というのか?

 それとも、幸福というべきか?

 などと思っていると、エルに日焼け止めを全身に塗らせた導師がボディービルダーのようにポーズを取っていた。

 エルはちゃんと日焼け止めを塗ったようで、とても満足している様子だ。


「これでよしなのである! あまり日に焼けると、肌が火傷をすることもあるのである!」


「導師なら、地獄の業火で焼かれても火傷一つ負わないと思いますが……」


「エルヴィン少年よ、某はそこまで頑丈ではないのである!」


 導師はエルが冗談を言っていると思っているようだが、間違いなく本心から出た発言だ。

 なぜなら、俺もエリーゼたちもエルの呟きに納得してしまったから。


「それで俺の仕事は?」


「これで終わり」


「おい……」


 俺はエルが文句を言う前に、再び『瞬間移動』でバウルブルクにある警備隊の駐屯地へと飛び、トリスタンにエルを引き渡してから砂浜に戻った。

 可哀想だとは思うが、せっかく伯爵になれたのだ。

 導師の体に日焼け止めを塗るなどという苦行は、他の人に任せても罰は当たらないだろう。

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