第181話 レジャーに出かけてみる(その1)
俺がエリーゼたちと結婚してから、およそ一ヵ月半が経過した。
結婚式や披露宴は面倒であったが、新婚生活は順調なのが幸いである。
周囲の、特にローデリヒは、まるで呪文のように『お館様ぁ~~~、跡継ぎを早く』と呟いているが、俺たちはまだ十六歳だ。
ヴィルマなん十四歳なので、そこまで焦る必要はないと思っている。
『とは思いますが、なるべくに早くとも焦ってしまうのです』
便宜上、相続権は兄さんたちの子供にも設定されているが、これは俺に子供が生まれると順位が下げられる予定になっている。
兄さんたちは万が一に備えてという理由で引き受けているのに、すでに『バウマイスター伯爵には、なにか持病などありませんか?』と聞いてくるアホな貴族たちがいたらしい。
確率論的に考えても、そう簡単に若い俺が死ぬわけがないのに、バカな連中だ。
大方、幼い甥たちや元は田舎貴族の子供でしかない兄さんたちを操って、自分がバウマイスター伯爵領の実権を握る、とか痴人の夢を抱いているのであろう。
『ヴェルの強烈な存在こそが開発を促進させているのにね。バカな貴族とは本当に多いものさ』
エーリッヒ兄さんは普段王都にいるので、そういうバカな貴族たちと一番接する機会が多いそうだ。
溜息をついてから、俺に愚痴を溢していた。
世界は違えど、バカの相手って疲れるからなぁ。
『というわけで、僕の安寧のためにも早く子供を作ってね。エリーゼさんたちと仲良く』
『エリーゼたちとは仲良しですよ。それにしても、エーリッヒ兄さんまでそれを言いますか……』
『言うさ。私や他の兄さんたちの子供の将来にも関わるからね。まだだ判断力がないうちにおかしなことを吹き込む貴族が出ないように気をつけないとなぁ……』
なまじ相続順位が高いので、将来甥たちに『あなたには、バウマイスター伯爵領を継ぐ資格があるのです!』とか吹き込むバカを心配しているのであろう。
甥たち本人がそれを信じてしまうと、確実に不幸な将来が待っているであろうからだ。
そして、もし本当に俺になにかあると、未開地利権の奪い合いや争いに巻き込まれてしまう。
子を思う父親としては、そういう事態は避けたいと思っているはず。
『ヴェルは、頑張って子作りをしないと』
『はあ……』
兄弟間の話題としては微妙であったが、貴族とはそういうものなのかもしれない。
子供がいないと、相続で面倒事が増える。
その争いの醜さや、それが原因で発生した過去の様々な事件や不祥事を考えると、まともな貴族ならば巻き込まれたくないと考えて当然か。
『あははっ、俺は頑張りますよ。師匠の魔法もありますしね』
というわけで、この一ヵ月半は頑張ってきたつもりだ。
師匠が残した魔法の本の袋とじを開放し、精力を回復させながら毎日毎日貴族と夫としての義務を果たす。
今もベッドの上では、俺の隣に裸のイーナが横になっていた。
「子供ねぇ……ウーーーん、子供なぁ……」
「ヴェルは、今すぐにでも子供が欲しいの?」
俺がエーリッヒ兄さんとの会話を思い出していると、イーナが申し訳なさそうに聞いてくるが、まだ新婚一ヵ月なのでそこまで焦る必要ないだろう。
子供が生まれないと妻は肩身が狭くなるらしいが、それはずっと先のことなのだから。
「将来は欲しいけど……というか、二十歳くらいまでにできればいいんじゃないの?」
「さすがに四年も子供ができないと、新しい側室を勧められるわね」
「なるほど。そういう可能性もあるのか……。随分と気が早いな」
「当の本人たちよりも、周囲がヤキモキする。大貴族ってそういうものみたい」
「その焦りがプレッシャーを生むって理解しているのかね?
下品な言い方ではあるが、することはしているので、そのうち自然と子供ができるはずだ。
ところがイーナの表情は優れない。
「イーナ、なにか悩みでもあるのか?」
「ほら、私たちって最近魔力が上がったでしょう? 最初ははしゃいでいたんだけど、その副作用があるのではないかってね……」
魔力の上昇が妊娠を妨げる。
確かに、100パーセントそういう副作用がないとは言えない。
でも、そんな話は聞いたことがないなぁ。
「でもさ、魔力の伸びは止まったでしょう?」
「さすがに止まったわね。でも、一ヵ月で中級クラスの魔力量まで増えたから大満足よ」
魔法使いの中で、中級は十人に一人くらいしかない。
使える魔法が少なくても戦闘力の嵩上げには貢献しているので、イーナは満足しているようだ。
そういえば、この前ローデリヒと槍で試合をして彼が負けていたな。
やはり、魔力があると武芸でも有利なようだ。
『さすがは、奥方様ですな』
ローデリヒは笑っていたが、俺は知っている。
彼が少しでも時間が空くと、また槍の訓練を再開していたのを。
実は、ローデリヒは負けず嫌いだったのだ。
「魔力の上昇が止まった以上、きっと普通に妊娠するはずだ」
「そうね、きっとそうよ」
「そういうわけだから、もう一回しておこう」
「ヴェル、もう少し言い方はないのかしら?」
残念ながら、女性がうっとりするようなセリフは言い慣れていない。
普段イーナが読んでいる本の主人公のようなセリフを吐いたら、俺は恥ずかしくて悶絶してしまうだろう。
あんな恥ずかしい口説き文句、元日本人でシャイな俺には不向きなのだから。
「どうしようかしら?」
「おいおい、それはないだろうに」
男ってのは、その気になったところで女性に断られるのが一番堪えるんですぜ……なんてリア充みたいな発想に至った俺であった。
なにより、俺の肉体はまだ十六歳なのだから。
「なんてね、嘘よ。アマーリエさんの所に頻繁に行かれても困るし」
「アマーリエ義姉さん? なんのことかなぁ?」
「アマーリエさんの魔力は上がったのかしら?」
「それが全然」
「ヴェル、隠す気ないでしょう?」
「イーナの誘導尋問に引っかかったんだよ」
「わざとらしいわねぇ……」
カマかけをされているのには気がついたが、わざと引っかかった振りをしておく。
イーナも、すぐにそれに気がついていたけど。
アマーリエ義姉さんのことは、今さら隠してもなぁ……って思い始めたんだ。
「なんだ。バレていたか」
「まったく。初めて出会った時には究極のお人好しだと思っていたのに」
「今も大概そうだと思うよ」
「それもそうね、私みたいなのを奥さんにしてしまうんだから」
そんな話をしたあと、まだ夜は長いので頑張ってみるが、いざ始めると一回では済まないのは世間の法則かもしれない。
そして、またいつものように朝を迎える。
ベッドの上の惨状はいつものこととして、二人で朝風呂に入るのは習慣になってしまった。
『女と混浴とか。ヴェル、モゲちまえ!』
一人、エルが俺といる時だけ呪詛の言葉を吐いていたが、さすがに他の家臣たちがいる時には言わないだけの分別はあった。
バウマイスター伯爵家家臣としてのエルからすれば、早く子供が生まれてくれた方が自分の生活が安定するのだから、どうぞ奥さんと仲良くしてくださいって感じなのだ。
「イーナは、髪が綺麗だな」
「ありがとう。実は女として唯一の自慢かも」
普段は束ねているが、イーナの燃えるような赤い髪は癖もなくサラサラである。
日本なら、ヘアモデルとかできそうだな。
「カタリーナは、たまに髪が爆発しているからな」
「毎朝、時間をかけて整えているわね」
カタリーナのお嬢様ドリルヘアーは、実はもの凄い癖っ毛だから、それを誤魔化すためであった。
毎朝、強引にあの髪型にしているのだ。
ドライヤーのように魔法で熱を出して髪を整えているのを見ていると、地球ならパーマ機械なしで美容室が開けるかもと思ってしまうほどだ。
「ヴェルが作ってくれた髪の調整剤がもの凄くいいわ」
この世界にシャンプーは存在していたが、リンスは存在していなかった。
貴族の子女などは、香油などでシャンプー後に髪を整えていたのだ。
そこで俺は、酢を材料に天然リンスを作製して妻たちに渡していた。
評判は上々で、いつの間にかアルテリオさんが嗅ぎつけ、商品化して販売する予定になっている。
さすがはバウマイスター伯爵家の御用商人というか……相変わらずの嗅覚の鋭さであった。
「それはよかった。じゃあ、その髪を洗ってあげよう」
「自分でできるわよ」
「週に一回くらいいいだろう」
「……ありがとう」
その後、髪だけでなく体も洗い合ってから風呂場を出てリビングへ行く途中に寝室の前を通ると、ドミニクが新入りのメイドにベッドメイキングの指導をしていた。
随分と幼いような気がするけど、この世界だとこの年齢から働き始める人は珍しくないからなぁ。
「いいですか? 現在のバウマイスター伯爵家には、このように秘する事案が多いのです」
「つまり、お館様は絶倫なのですね!」
「声が大きいです」
イーナと二人で聞き耳を立てていると、ドミニクが若いメイドに注意事項を伝えて……この新人メイド、ちょっと面白いかも。
「お館様が絶倫……つまり、私やドミニク姉さんにもチャンスが!」
「私は既婚者ですが……」
「しかしながら、ドミニク姉さんの美しさにお館様が欲情して!」
「ふんっ!」
ドミニクは、不謹慎な発言をした若いメイドの頭に拳骨を落とした。
俺たちは、彼女の意外な一面を見たような気がした。
あと、こっちまで頭が痛くなってきたような……。
「いいですか? お館様は、そういう不道徳なことはしません」
人妻に手を出さないくらいの分別はある。
俺はドミニクに随分と評価されているようであったが、アマーリエ義姉さんの件を考えると、無理にそこまで評価してくれなくてもと思ってしまう。
「ヴェル?」
「エリーゼの幼馴染のメイドの過剰評価が辛いです」
「アマーリエさんのことはいいんじゃないの? あの人、今は独身だから」
「ううっ、ありがとう」
「泣かないでよ……」
イーナの優しさに、俺は少し涙ぐんでしまう。
「いいですか? レーア。あなたは私の従妹だから推薦されたのです。余計な噂を流してあなたが処罰をされると、私の評価も落ちてしまうのですよ」
コネで職を得たというと日本では非難されることも多いが、それで失敗すれば推薦してくれた人の顔にも泥を塗ることになる。
決して、単純に羨ましいという話でもないのだ。
「それに、お館様が絶倫だという噂が流れると、余計な押し売りが増えます」
関係強化や利権欲しさに娘を差し出す貴族や商人が増えてしまう可能性があると、ドミニクは従妹である新人メイドに対し説明を続けた。
「それは即ち、エリーゼ様のお立場を悪くする可能性があるのです」
あとから入ってきた側室が、寵愛を受けて正妻を蔑ろにする。
奥の和を乱す。
貴族社会ではよくある話ではあった。
「私もレーアも。エリーゼ様がお館様の正妻になられたからこそ、こうして恵まれた待遇を受けているのです」
「確かに給金はいいですよね」
勤務地が王国南端の未開地なので、平均よりも多めの給金を出していた。
俺に言わせると、遠隔地手当のようなものだ。
「おほんっ。というわけなので、静かにベッドメイキングをして他の仕事も早く覚えてください」
「わかりました。ベッドの上の惨状を見るに、特別手当は口止め料ですね」
「ふんっ!」
再びドミニクが、レーアの頭上に拳骨を落とす。
「子供の頃の楽しい思い出とか、教えてもらった仕事の記憶が飛びそうです」
「だったら、余計なことを言わない!」
「ドミニク姉さんが厳しい……」
ドミニクに怒られてばかりだが、レーアというメイドは口は悪いが手際はとてもよかった。
指示どおり、素早くベッドメイキングをこなしていたからだ。
「シーツとか凄いですね。ドミニク姉様。でもここまで凄いと、もしかして私もお館様の側室になれたりして」
「ふんっ!」
三度、ドミニクがレーアの頭上に拳骨を落とす。
……ただちょっと、口が軽いのが欠点かも。
「痛いです。ドミニク姉さん。五歳の時に、レマン湖に泳ぎに行った思い出が消えそうです」
「消えていないじゃないですか。次の部屋に行きますよ」
俺とイーナはすぐに寝室の前からリビングへと移動するが、途中の話題はすべて新しいメイドに関してであった。
なぜなら、なかなかにいいキャラをしていたから。
「あの娘、大丈夫かしら?」
「口が軽い部分はあるけど、仕事の手際はよかったな。ドミニクが上手く教育するだろう」
「それもそうね」
二人でリビングに移動すると、朝食の準備が他のメイドたちによって行われている。
しかし、屋敷にメイドがいて色々と世話をしてくれる生活かぁ……。
元貧乏貴族の八男である俺は、なかなか慣れないものである。
前世から続く元々の貧乏性のせいで、どこか落ち着かないのだ。
「お館様、本日はどちらを?」
「ご飯を」
「某はご飯を大盛りで!」
屋敷での食事は、ご飯かパンかを自由に選択できるようにしてある。
俺は大抵ご飯にしているが、最近王都に帰っている時間の方が少ない導師も、自前の大きな丼を差し出しながらメイドにご飯を頼んでいた。
しかし、この人は王宮に出仕しなくてもいいのであろうか?
「導師、王城で公務などはないのですか?」
「正確に言えばあるのであるが、別に某が出なくてもいいのである!」
王国の『最終兵器』でもある導師は、最終局面が来なければ基本暇であるようだ。
「某に仕事がないのは、この国が平和な証である! ところで、今日はブランターク殿は?」
「お休みですよ」
ブランタークさんは、俺が『瞬間移動』で迎えに行かなければここにはすぐに来れない。
今日はその予定もなく、彼は最近働き詰めなので、しばらくは新婚の奥さんとの休暇を楽しむそうだ。
「バウマイスター伯爵の予定は?」
「今日は完全休養日です」
「なら、魔の森に狩りに行くのである!」
「いや、行きませんよ。休みだから」
確かに趣味も兼ねているが、魔の森での狩猟は俺の仕事でもあるのだ。
休みならば行く必要もない。
「なんと! つまらんのである!」
「その代わりに、海水浴に行きますけど」
「海水浴ですか?」
実は予告無しのレジャー宣言なので、エリーゼたちにも話していなかった。
突然俺から今日の予定を聞いて、少し驚いているようだ。
「ヴェンデリン様、海水浴とは暑い時期に海に行くことですよね?」
「そうだよ」
この世界にも、海水浴の習慣は存在している。
ただブライヒブルクや王都は海から遠いので、大半の人たちは近場の川や湖で済ませてしまう。
お金持ちたちは、わざわざ休みを取って海まで出かけることもあるそうだが。
「私は、七年ほど前に東の海に行きました」
「エリーゼの実家はさすがね」
イーナは、海水浴の経験があるエリーゼに感心していた。
わざわざ内陸部にある王都から海まで移動する時間と費用とを考えると、そう海水浴の経験がある人はいなかったからだ。
「イーナは?」
「ブライヒブルク近くの川で泳いだくらいね」
「ボクも同じ。海なんてそうそう行けないよ」
イーナとルイーゼには、海水浴の経験はないそうだ。
「ヴィルマは?」
「王都近くの湖に魚を獲りに」
ヴィルマにとっての水遊びとは、魚獲りも兼ねないといけないみたいだ。
泳ぐとお腹が空くからであろう。
「カタリーナは?」
「西部では海も近かったので一度。ですが、そんなに楽しいものですか?」
「それは、カタリーナが一人で行ったからだろうな」
「どっ、どっ! どうしてそれを?」
なぜわかるのかと問われれば、俺も元はボッチだったからだ。
ボッチはボッチを知る。
俺と出会う前のカタリーナを見て思うに、彼女が友達グループ同士で海に行く姿が想像ができない。
そして俺の中での海水浴とは、未開地南端の海岸で塩を作り、魚貝類を獲って食べることだった。
共通事項が多いというか……。
「(海水浴に一人で行くとはレベルが高いな……)」
人のことは言えないが、ある意味大したものだと感心してしまった。
なにがと問われれば、カタリーナの孤独力の高さにだ。
「バウマイスター伯爵家のプライベートビーチがあるから、そこに出かけよう」
「そんなものがあるのですか?」
「俺が設定したんだ。お昼はバーベキューでもして休日を楽しもうよ」
「それは面白そうであるな」
導師がいち早く賛成したので、朝食後、早速『瞬間移動』でバウマイスター伯爵領南端にあるプライベートビーチに出かけるのであった。
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