第179話 貴族は、結婚式も初夜も面倒だ!(後編)
「貴族の結婚式と披露宴は公式行事と同じであるので、これは仕方がないことなのである!」
長い拘束時間が終わり、完成した屋敷のリビングでみんなで寛いでいると、導師が俺に声をかけてきた。
「結婚式が一番楽だった……」
そんなにすることもないし、地球とそうやり方に違いもなかった。
総司祭の手際もよかったし、時間もさほどかかっていない。
その代わり、披露宴では面倒が多かった。
『私、アロイス・ヒルデブレヒト・フォン・ヴァルタースハウゼン子爵と申します。以後お見知りおきを』
主だった来客全員に挨拶に行き、しかもどういう順番で挨拶に回るのかなども決まっており、とにかく色々と面倒だった。
その辺はローデリヒがすべて取り仕切ったのだが、よくあれだけの貴族を覚えられるものだ。
『さすがに、紋章官のイェフからレクチャーは受けていますよ』
『やっぱりそうか』
『でなければ、覚えきれません』
バウマイスター伯爵家は新興なのだが、未開地開発の件で多くの貴族たちと接する機会が増える。
そこで、急ぎ専門の紋章官を雇ったのだ。
名前はイェフといい、彼はブライヒレーダー辺境伯家の紋章官をしているブリュア氏の次男であった。
あの紛争でツテができたので、彼の子供を雇い入れたのだ。
「挨拶はまだいいんですよ」
挨拶だけしておけばいいからだ。
気疲れはするが、それだけとも言える。
「普通、人の結婚式に来て、『六番目以降の妻を迎える気は?』とか聞くか?」
自分の未婚の娘を連れて来てアピールしたり、お見合い写真を渡そうとする貴族が何名か存在していたのだ。
エリーゼたちを連れて挨拶しているのに、あれは勘弁してほしかった。
「未開地に加えてヘルタニア渓谷の鉱山利権も増えたので、みんな必死である! 娘一人で分け前が貰えるのなら安いものと考えたのである!」
娘を差し出してでも、そこに食い込みたいというわけだ。
それもあって、俺もエリーゼたちもヘトヘトである。
あのすぐにお茶を淹れたがるエリーゼがドミニクに一任していることからして、よほど疲れているのだ。
「だが、今日は初夜だよな?」
「ぶっ!」
突然ブランタークさんが妙なことを言うので、俺は口に含んでいたマテ茶を吐き出してしまった。
「汚いなぁ……伯爵様はよぉ」
「ブランタークさんが、妙なことを言うから」
「別に妙なことじゃない。ドミニクが監視役なんだろう? 失敗しないように頑張れよ」
「それが一番キツイですよ」
そういえば、前世になにかの本で見たことがあった。
初夜の時に、ちゃんとデキたのかを確認する人が任命されるのだと。
この世界でも、貴族が結婚した時にちゃんと花嫁と性交渉が持てたのかを確認する風習があるというわけだ。
「エリーゼ様が、ついに奥様となられるのですね」
男性に覗かせるわけにはいなかいので、この役割は既婚の女性が務める。
先月にドミニクは、カスパルという庭師をしている二十歳の青年と結婚していた。
彼もホーエンハイム子爵家の庭師の次男で、ドミニクとは幼い頃から知り合いであったそうだ。
「ドミニクに覗かれるとは、恥ずかしいですね」
「すみません、エリーゼ様。これも決まりですから」
普通の人は、エリーゼのようにそんなところを覗かれたくはないはず。
俺の方も、他人に見られて興奮するような性癖は持ち合わせていなかった。
「しかも、五日連続だろう?」
「エルヴィンさんは駄目ですよ」
「俺は普通に、主君や友達のそういうシーンは見たくないんだけど……」
なんとか失恋から立ち直り、今は『恋の狩人』という恥ずかしい二つ名を掲げているエルは、ドミニクをからかうように質問していた。
もっとも彼女も、見張り役をエルには譲らないと言い返し、彼を驚かせていたけど。
「他に人がいませんので、私が五日間務めさせていただきます」
雇ったばかりのメイドにいきなり初夜の監視役など任せられないようで、エリーゼから始まり、ヴィルマ、カタリーナ、ルイーゼ、イーナと。
五人全員の確認を、ドミニクがすることになっていた。
それはいいけど、なんかドミニクが変な性癖に目覚めてしまうかも。
あとは、俺もか……。
「(もの凄い、羞恥プレイ……)まあ、仕方がない」
残念ながら、それを拒否する度胸も言い訳も見つからず、俺は師匠が残してくれた魔法の本を捲り始めた。
まだ六歳の頃に師匠から受け継いだ本であったが、実はこの本。
雑誌のように袋とじの部分があった。
師匠が細工しており、俺に渡す時に『結婚したら袋とじを開けてね』と言い含められていたのだ。
週刊誌のフロクでもあるまいし、だが師匠に相応しいやり方とも言える。
あの人は、意外と茶目っ気が多かったのだ。
「アルが結婚してから開けろって?」
「はい」
「むむむっ、もしかして」
「あの魔法か……。あんまり難しくないからな。伯爵様なら大丈夫だよ」
ブランタークさんと導師はなんの魔法が書かれているのか、すぐに想像がついたようだ。
視線を合わせて苦笑いを浮かべていた。
「とにかく、開けますよ」
ペーパーナイフで綺麗に袋とじを切ると、そこには『水』系統の大人魔法『精力回復』の解説が書かれていた。
「こんな魔法、あったんですね……」
なるほど。
当時まだ子供だった俺に教えても無意味だと思われたのであろう。
「そういう魔法とか薬とか。貴族には必須だろう?」
子孫繁栄のために?
それとも、多くの奥さんたちを満足させるために?
いや、大半は『年を取っても、昔のままの自分で』という目的で使っているとしか思えなかった。
若い愛人相手などには重宝しそうである。
ブランタークさんも、実は愛用しているのであろうか?
「(魔法版○イアグラ?)」
「その魔法を使って、五人の奥さんと子孫繁栄に励めよ」
「でも、あんまり子供が多いと……」
うちの実家のように、次男以下が悲惨な待遇になってしまう可能性があった。
さすがに、アレはないだろうと今でもたまに思うのだ。
「身代がまるで違うし、そんなことはあとで考えればいいのである! 子ができぬとまた面倒なのである!」
導師が珍しく貴族的な忠告を行い、俺とエリーゼを寝室に強引に押し込んでしまった。
「ええと……これからもよろしく」
「はい、こちらこそ」
多分、エーリッヒ兄さんならこういう時になにか気の利いたことが言えるのであろうが、俺にそんなスキルは存在しない。
普段は完璧超人ぶりを発揮するエリーゼも、経験がないことには対応できないらしい。
二人は、ベットの上で挨拶をしたきり、お互いに黙ってしまった。
「外に耳があるけど、気にしない方針で」
「はい、そうですね」
前世に少なくても経験があって、さらにこのところの秘密の練習をしていて助かった。
でなければ、かなり手間取っていたはずだ。
「これからも苦労をかけると思うけど……」
「ヴェンデリン様と過ごしたこの四年近くはとても楽しかったです。私は苦労だなんて思っていません。これからもきっとそうです」
「ありがとう」
「ただ……」
「ただ?」
「私たちを蔑ろにして、あの方の所にばかり行かないようにしてくださいね」
「……」
前にヴィルマから言われていたように、エリーゼは鋭かった。
大貴族の娘なので、『あてがい女』の風習を知っていたのであろう。
ブロワ辺境伯家との紛争でしばらく行けなかったから、『瞬間移動』が使えるのをいいことに、時間が空けば遊びに行っていたのもよくなかったのかもしれない。
魔法で匂いなどは消していたし、ほとんど外泊はしないので誤魔化せていたと思っていたのだが……。
女性は鋭い。
「ヴェンデリン様、今は私だけを見て、私だけに夢中になってください」
俺は返事代わりにエリーゼの唇を自分の唇で塞ぎ、そのままベッドに倒れこむ。
王都での出会いから四年近く、俺とエリーゼはようやく本当に夫婦になれたのであった。
「ヴェンデリン様」
そして翌日の早朝。
長年の風習もあり、二人はいつもの時間に目を醒ました。
ベッドの上で共に全裸であったが、やはりエリーゼの胸は凄いな。
寝ていても、そのままの形を保っているのだ。
ちなみに、前世の彼女はここまで胸は大きくなかった。
「おはよう、エリーゼ。ええと、大丈夫かな?」
「私は大丈夫なのですが……」
共に若く、俺は師匠から袋とじ特別ページで伝授された『精力回復』魔法の練習という大義が存在していた。
いや、ただ自分の欲望に忠実だったわけだ。
エリーゼも、最初は少し痛いとか疲れたとか言っていたが、彼女は治癒魔法が使える。
結果、共に眠くなるまで何度も試行錯誤を重ねたというわけだ。
「朝風呂に入ろうか?」
「はい」
外でドミニクが聞き耳を立てているのと、ベッド上のあまりの惨状に、急ぎガウンを着て二人で逃げるようにして風呂場へと移動する。
「ドミニクも新婚なのに、悪いことをしました」
「いえ……エリーゼ様が無事に奥様になられたということで……」
部屋の外にいたドミニクにエリーゼは謝っていたが、ベッドの上の惨状に彼女は顔を引き攣らせていた。
「もしかすると、これが五日連続……」
信用するに足るメイドが彼女しかいないせいもあり、その後四日間、ドミニクは慣習に従って、寝室で聞き耳を立てる仕事に従事することになった。
「他の奥様たちも、みなさん凄くって……」
「ヴェル様を満足させる」
「ヴィルマは意味がわかっているのか?」
「本で学習しておいた」
英雄症候群のために隔絶したパワーを持つヴィルマは、体力も隔絶していた。
「『精力回復』ですか? 女性には使えない魔法ですわね」
「その前に、カタリーナの頭が沸騰しないか心配だ」
「ヴェンデリンさん。私はこの中で一番の年長者で、大人の女なのですよ」
「(いや、あまりそうは思えないから心配しているんだ……)」
「ヴェンデリンさんの新魔法習得に協力いたしますわ」
カタリーナも治癒の魔法が使え、やはりエリーゼ同様に自身を回復させながら頑張っていた。
「つまり、体力勝負なんだね?」
「武芸の鍛錬じゃないんだけど……」
「おほほほほ。これも、ヴェルとボクとの男女の修行のようなもの! いざ、行かん!」
『瞑想』による治癒が使え、自身も優れた身体能力を持つルイーゼもエリーゼたちに対抗するかのように明け方近くまで頑張っていた。
「私は、他の四人みたいに凄くないわよ」
「俺だって、別に普通だと思うけど」
誤解を解くために言っておくが、『精力回復』とは精力が増大するわけではない。
ただ元の状態に戻すだけなのだから。
「それだけでも十分に凄いと思うけど。私は回復とかできないからね」
「はいはい。了解しています。俺は使えるけどね」
イーナは、素の身体能力ではルイーゼとそう違いがない。
加えて、俺が回復させてしまうのでやはり朝まで頑張ってしまう結果となってしまった。
早朝に風呂に行こうと寝室のドアを開けると、ドミニクが涙を流しながら心から安堵の表情を浮かべている。
「やっと終わりました……。でも、ベッドの上が酷い……。ローデリヒ様にメイドの増員を頼まなければ……」
五日連続の夜勤に疲れ果てたドミニクが可哀想だったので、俺は彼女のメイド増員の陳情をローデリヒ直接伝えた。
彼は……『すぐに手配します』とだけ言っていたけど。
加えて五日間頑張ったドミニクに、三日間の特別休養と特別ボーナスを支給してあげ、旦那さんもお休みにした。
そのおかげか、ドミニクはすぐに子供を妊娠してエリーゼを喜ばせていたけど。
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