閑話3 エルヴィン・フォン・アルニムの従軍日記?(後編)

 ヘルタニア渓谷開放後は、本陣を移動してゴーレムの残骸から魔石や鉱石を回収したり、鉱脈の確認を行なったりと。

 一日でも早くお金になるようにして、同時に横取りを企む不届き者たちへの対策を行なうようになる。

 俺もそれなりに忙しかったが、カルラさんとはよく話をするようになった。

 これって、次第に仲がよくなっている証拠……可能性が見えてきたぁーーー!


「こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、私はブロワ辺境伯家になどいたくはないのです」


「気持ちはわかります。俺も、実家とはほぼ絶縁状態ですから」


 カルラさんは、自分の人生を翻弄してばかりのブロワ辺境伯家を嫌っている。

 俺も、実家には言いたいことが山ほどあった。

 冒険者になると決意した際に、親父や兄貴たちから半ば勘当、切り捨て扱いされていた。

 わずかな独立支援金だけ渡されて、『もう実家に戻って来なくていいから』と言われていたのだ。

 ヴェルの実家よりは多少マシ程度の騎士爵家なので、五男の俺に居場所などなかった。

 その前に、子供の頃から人が苦労して獲った獲物を横取りして当然という態度とか、兄貴たちは人をなんだと思っているのであろう。

 独立後を考えての、金を貯める行為にまで兄貴たちは邪魔をしてくる。

 未成年者から成果を搾取するなど、一体なにを考えているのか?

 ただ、その罰は受けている。

 俺がヴェルの親友であり、バウマイスター伯爵家の重臣に確定している事実を知った実家はいきなり手紙を送ってきた。


『シュトフェルとヴィーラントは、どのくらいの家格の陪臣になれるのだ?』


 この手紙を受け取った時に、俺は最初意味がわからなかった。

 向こうから縁を切ってきたくせに、俺が当主の親友でコネがあると知ると兄たちの仕官の世話をして当たり前だと手紙を送ってくる。

 あまりの衝撃に、俺は呆然とするしかなかった。


『呆れるばかりだな』


『このシュトフェルとヴィーランって?』


『三番目と四番目の兄貴』


 五人全員母親は同じであったが、兄弟仲はあまりよくない。

 上の兄が下を虐げて搾取する構図ができていたので、一番目と二番目の兄たちに搾取されていた三番目と四番目の兄たちは、一番下の俺をその対象にしていたからだ。

 冒険者予備校で他の同じような立場の奴から同じような話を聞いたが、うちはかなり酷い部類に入るようだ。


『そういうわけだから、無視でいいですから』


『多少は考慮しないとまずくないですか?』


 ブライヒレーダー辺境伯様が気を使って忠告してくれたが、事情を話すと納得してくれたようだ。


『さすがに少し酷いですね。優遇しろとは言いませんが、せめて邪魔はしないのが常識でしょう』


 独立資金を貯めるのを邪魔をするということは、外に出てから野垂れ死んでも構わないと思っているからだ。


『野垂れ死んでも構わないと思っていた五男が独立したのです。それで十分だと思いますよ』


『そうですね』


 そんな話のあと、うちの実家への優遇は一切しないことが決まった。

 それを伝えるとまた手紙を送って来て、『厳しかったのは、我が子を谷底に突き落とす獅子に倣ったのだ』とか、『お前が優れていたから仕方なく』とか言い訳が書いてあったが、当然無視している。

 さらにこの件が、西部を統括するホールミア辺境伯家に漏れたそうだ。

 ホールミア辺境伯は、俺との縁で多少の優遇処置を受けられると思っていたらしい。

 ところが実際には、普通の対応しかしてもらえなかった。

 東部のように除外されたわけではないが、当てが外れたのは事実で、その事情が知られてから実家は西部で白い目で見られるようになったらしい。 


『母さんが生きていれば、少しは考慮したかも』


『お母様がですか?』


 唯一庇ってくれたのは母だけであったが、俺が十一歳の時に病死してしまっている。

 義理を果たす理由が、もうあの実家にはないのだ。


『そうですか……。私には母がいます。それだけでも、幸せなのかもしれません』


 こんな話をするようになり、俺とカルラさんとの仲は相当に深まったはず。

 俺たちは似た者同士だから、お互いのことが深く理解し合えるのだから。

 その間にもヴェルは、開放されたヘルタニア渓谷の開発、防衛計画を急ぎ推進しており、そのあまりのスピードに後継者候補たちが裁定交渉の席に縛られているブロワ辺境伯家はなにも対応できていない。


「所属不明の密偵らしき奴らが何人か捕まったな」


「所属不明って、ブロワ辺境伯家しかあり得ないだろう」


「どこの密偵でも、今のヘルタニア渓谷は準戦時状態だからな」


 可哀想ではあるが、密偵は捕まれば処刑される。

 平和な時代ではあるが、仲が悪い貴族同士は密偵を送り合い、それが捕まれば殺されてしまうのが普通であった。


「特に、応援に来ている王国軍に捕まったのは駄目だな」


 たまに水面下の交渉で密かに解放されるケースもあるのだが、決まりどおりに動く王国軍に捕まればすぐに首を刎ねられる。

 ブロワ辺境伯家としても、すでにバウマイスター伯爵家のものになっているヘルタニア渓谷に勝手に密偵を送っているので苦情を言うわけにもいかず、無駄に訓練された密偵を失ったわけだ。


「トップが不在だから、現場が混乱しているのでしょう」


 カルラさんの言うとおりだな。

 もし情報を得たいのであれば、もっと計画的に密偵を送るべきなのだから。


「やはり、自分の道は自分で切り開くしかないのでしょうね……」


 ヘルタニア渓谷開放から数日後、カルラさんは俺にこう漏らしていた。


「自分で切り開く?」


「はい。私はブロワ辺境伯家の籍から抜けたいのです。柵(しがらみ)のない立場で、自分の力で生きていく」


 弓の腕前から考えると実力的には可能だが、あの二人の兄たちが政略結婚の駒となる彼女を手放す可能性は低い。

 一体、カルラさんはどうやってそれを成すのであろうか?


「ブロワ辺境伯家には、継承権第三位の叔父がいます」


 彼女は、ヴェルに一つの情報を提示した。

 先に亡くなったブロワ辺境伯家当主よりも、三十歳近く年下の末の弟。

 この人物にブロワ辺境伯家を継がせ、紛争の早期決着を目指す方がいいであろうと。

 

「カルラさんは、彼から籍を抜いてもらうつもりですか?」


「それしかありません」


「なるほど。それはいいアイデアですね」


 ブロワ辺境伯家の娘ではなく、母親の実家である貧乏法衣騎士爵家の子女となる。

 これならば、彼女の行動の自由も広がる。


「(家格的に考えても、俺と釣りあう。素晴らしい作戦じゃないか)クラウスさん」


「私も絶対の確信があって言ったわけではないのですが、カルラ様はなかなかに……」


 クラウスさんは、カルラさんが思った以上に知恵が回ると思っているようだ。


「綺麗で賢妻とか。素晴らしい巡り合わせだな」


「はあ……そうですなぁ……」


 少しクラウスさんの口調が気になるが、今はことを成すのが先決だ。

 俺もヴェルの護衛として、ブロワ辺境伯領へと乗り込む。

 そしてヴェルが色々と画策した結果、ブロワ辺境伯家は第三の候補者であった人物が当主に就任し、裁定案の受け入れを実行する。

 あの夜襲を指導した重臣たちは、全員が縛り首となって家も改易。

 他にも、当主強制引退と減禄、改易で没落した家も多い。

 そして二人の後継者候補たちを含む先代の家族はほぼ全員が王都に押し込まれ、捨扶持代わりの騎士爵家を与えられて力を失ってしまった。

 自業自得とはいえ、ヴェルを怒らせるからこうなるんだ。

 あいつは自分に害がなければ、絶対にこんなことはしないのだから。


「ようやく終わりましたね」


「はい」


 紛争終結後、カルラさんは無事にブロワ辺境伯家の籍から抜けることに成功した。

 これからの予定を聞くと、まずは王都に住んでいるお母さんに報告を行いたいそうだ。

 お母さんに報告……もしや、俺という結婚を考えている素晴らしい男性がいるって……いよいよ来たぁーーー!


「このあと、しばらくは共稼ぎでしょうが」


「共稼ぎ?」


「はい、私は結婚します」


「そんな方がいるのですか? どんな方なのです?」


 衝撃の事実に鈍器でぶん殴られたようなショックを受けるが、彼女が続けてその相手の特徴を語り始めると、次第に嬉しさで胸が一杯になってきた。


「年齢は一つ下で、馴れ初めは弓を教えたことです……」


 他の特徴を聞いても、間違いなく俺のことを示しているとしか思えない。

 それなら俺って言えばいいのに……きっと、カルラさんでも好きな人に堂々と言うのは恥ずかしいんだろうな。

 そういう奥ゆかしいところも、カルラさんの素晴らしいところなのだから。


「(もしやこれって……)」


 前に、適当にパラパラとページを捲ってみた恋愛物語の一つで、主人公に『結婚します』と言って一旦落としておいてから、実は女性の方から主人公にプロポーズするというパターンによく似ていた。

 いや、まったく同じシチュエーションだ。


『女って、こういう物語が好きなのな』


『文句ある?』


 本の持ち主であるイーナには悪いことを言ってしまったな。

 今の俺は、そういう物語が女性にウケていることをただ嬉しく思うばかりだ。

 きっとカルラさんも、王都でこのお話を見て参考にしたのであろう。


「王都の母に許可を貰いたいですし、結婚して落ち着いてから一緒に住みたいとも思っています」


「それがいいでしょうね(勝った! 俺は、勝ったんだ!)」


 昨日ヴェルから、『俺が婚姻を命じた方がいいか?』と聞かれて断ったのだが、それで正解だった。

 せっかく結婚するのだから、相思相愛で主君からの強制はよくない。

 実際に彼女は俺を選んでいるのだから、その前に主君命令って……なんか興醒めじゃないか。


「王都で準備を整えてから、バウルブルクに挨拶に参りますね。エルさん、本当にお世話になりました」


「いえいえ、カルラさんの来訪をお待ちしています」


 こうしてカルラさんは王都へと戻り、俺は彼女の再訪……プロポーズを心待ちにして普段の生活に戻った。


「エルヴィンは、ご機嫌なんだな」


「そうですか?」


 トーマスさんに指摘されたとおり、俺は浮かれている。

 それでも仕事はミスしていないので、特に問題はないはずだ。

 結婚したら、俺もますます責任が増えるからな。 

 頑張って仕事をしないと。


「随分と浮かれているようですが、本当に大丈夫なのですか?」


「カタリーナがなにを心配しているのかわからないが、俺は絶好調だぜ」


 カルラさんから、明日にはバウルブルクに到着すると連絡が入り、俺のテンションは一気に上がる。

 そんな俺にカタリーナが首を傾げながら心配していたが、彼女の見当違いの心配など今の俺になんの影響もない。

 そして翌日、念には念を入れて到着時刻の一時間前から港の前で待っていると、着陸した魔導飛行船からカルラさんが降りてきた。

 彼女は、初めて出会った時のようなミスリル製の武具や高価な服装ではなく、下級貴族の娘がよく着る質素なワンピース姿であった。

 それでも、彼女の美しさはまるで揺るがない。

 やはり彼女は、俺の天使であった。


「お久しぶりです、エルヴィンさん」


「お久しぶりです、カルラさん」


 待ちに待ったカルラさんとの再会を果たし、俺の心が歓喜に満ち溢れている。

 彼女は、俺と結婚するためにここまで来てくれた。

 それだけで、人生最大の喜びを迎えたのだ。


「私の婚約者をご紹介しますね」


「(まだ物語が続くのか。カルラさんって、意外とロマンチスト?)」


 その後、その相手が俺だと知れて二人は抱きあったり、キスをしたりするわけだ。

 わずか数秒後のことでも、待ち遠しくて仕方ない。

 それでもその瞬間までの喜びを、俺は余すことなく甘受することを決意するのであった。





「……(あれれ? どういうことだ? おかしいぞぉ……)」


 のはずだったのに……俺はなぜか一人港の前で佇んでいた。

 なぜだかわからないのだが、カルラさんは後ろにいた俺に雰囲気がよく似ている男性を婚約者だと紹介したのだ。

 もしかして、俺と間違えているとか?

 よく似ているからな。

 そんなこともあるのかも……なんてミスはなかった。

 カルラさんが紹介した俺によく似た彼は、武芸大会の弓の部で優勝した逸材君だ。

 その腕を見込まれて、ホールミア辺境伯家に弓術指南役として仕官が叶い、夫婦で新婚旅行も兼ねて魔の森で狩猟と採集も行なうのだと。

 俺とじゃなくて?


『エルヴィンさんには、大変によくしてもらって』


『カルラが大変お世話になりまして』


『……おめでとうございます』


 どうにか気力を振り絞っておめでとうの言葉を言うが、これが俺の限界だ。

 それが言えただけでも、俺を褒めてやってくれ。


「なあ、エル」


「ヴェル、そっとしておきなさいよ」


「でもさ、イーナ」


「今触れると、エルが瓦解するから」


「瓦解って……言得て妙だなぁ……」


「そこを感心されても……」


 ヴェルとイーナがなにかを喋っているけど、俺にはよく聞こえないや。

 というか、どうしてこうなった?

 俺は、なにか悪いことでもしたか?

 カルラさんとは、もの凄く上手く行っていたはず。

 ヴェルが遠慮をして、弓の指導時と仕事以外ではあまり話をしないから、女性陣を除けば俺が一番仲がよかったはずなのに……。


「(俺はカルラさんの友人扱い? 友達扱いだったのか!)」


 俺によく似た男性を婚約者だと紹介してから、新婚旅行のために彼女は去っていく。


「なあ、大お見合い会なんだけど……」


 ヴェルがなにを言っているのか、よくわからないなぁ。


「エルの坊主、選び放題だな」


 続けてブランタークさんがなにか言っているようだけど、これも俺にはよくわからない……。


「エルヴィン様ですよね? 私、イレーネ・フィリーネ・フェアリーガーと申します」


 なんか、女の子らしき人が話しかけてくるけど、だからなに?

 カルラさんはどこ?


「駄目だな、アレは重症だな」


「ブランタークさん、今回は諦めた方がいいですかね?」


「若いんだから、一年や二年遅れても大丈夫だろうしな。失恋かぁ。俺も昔なぁ……」


「ですねぇ……って、ブランタークさんの失恋って何十年前です?」


「そんなに昔じゃねえよ!」


 外野が色々と言っているけど、本当に意味がわからないし頭にも入らないのだ。


「(でもなぁ……せっかくの大お見合い会だ)」

 

 それだけは、辛うじて認識できる。

 確かに、俺の初恋は終わった。

 完膚なきまでにフラれて終わったのだ。


「(だが、それですべてを諦めるのか?)」


 俺はまだ若いんだ。

 この世界は広いから、きっと第二のカルラさんが……いや、もっと素晴らしい女性がいるはずだ!

 ヴェルが企画した大お見合い会には、多くの参加者がいる。

 中には、ピンとくる女性だっているかもしれない。


「(立ち上がれ! エルヴィン! 俺は、新しい恋を見つけるんだ!)」


 俺は気力を振り絞り、失恋のショックで呆けていた自分を取り戻そうとした。

 このまま呆けている場合じゃないぞ、エルヴィンよ!


「(ヴェルのように、複数の奥さんだってアリなんだ! 目指せ! プチハーレム)」


 失恋を乗り越えた俺には、もうショックなどない。

 きっと、カルラさんを超える素晴らしい女性を奥さんにしてみせるのだ。


「ヴェル、参加者の中で素晴らしい女性は?」


 完璧に立ち直った俺は、すぐさまヴェルに大お見合い会に参加している素晴らしい女性の紹介を求めた。

 なにしろ結婚しろってのは主君命令だ。

 ヴェルもいい人を……。


「えっ? 大お見合い会はもう何日の前に終了したけど? 今さら?」


「えっ? 終わったのか?」


 ようやく失恋のショックから目覚めた俺に、ヴェルはとんでもない事実を突きつけた。

 なんと、もう大お見合い会は終了したというのだ。


「ほら、もう屋敷の中庭はとっくに片づけ終わっているじゃないか」


「いつの間に!」


 確かにヴェルの言うとおり、屋敷の庭にはもう大お見合い会の痕跡すら残っていなかった。

 まさか、こんなにも長く俺が呆けていたなんて!

 恐るべし、失恋!

 

「みんな、お互いに相手が決まって町を観光していたり、もう同居の準備を始めている人もいるけど」


「いつの間にそんなに時が!」


「ゴメンな、エル。今回は、俺がもっと強引にでも手を貸していれば……」


「いや……それはいいんだ……」


 カルラさんが心に決めていた相手がいるのに、ヴェルが強引に俺と結婚させてしまうのは、俺のプライドが許さない。

 それよりも、ようやく我に返ったら大お見合い会は終了していた。

 むしろそのことこそが、なによりもショックじゃないか。


「そのうちに、またお見合いでも……」


「そのうちって、いつだよ?」


「忙しいから、一年後くらい?」


「長い! こうなったら、俺は自分で素晴らしい女性を見つけるんだ!」


 もう意地である。

 絶対に、カルラさんよりも素晴らしい女性を見つけて結婚してやる。

 俺はそう心に誓い、それを宣言するが如くその場で絶叫するのであった。


「そういう夢のような高望みは、独身期間を長くしますわよ」


 カタリーナがかなり失礼なことを言っているが、自分だってヴェル以外の男性とつきあった経験なんてない癖に……。


「それでも、私にはヴェンデリンさんがおりますわ」


 そして、カタリーナに反論できない自分が少し悔しかったのも事実であった。

 俺は必ず綺麗な奥さんを見つけるんだ!

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