閑話3 エルヴィン・フォン・アルニムの従軍日記?(前編)
「(天使だ! 天使がいた!)」
「バウマイスター伯爵様の軍勢ですか。私たちは降伏します」
「(綺麗な人だなぁ……)降伏されるのでしたら、我々は慣習に従った待遇をお約束しましょう」
「承知いたしました。全員に武器を捨てさせます」
主君であるヴェルからの命令で、軍勢を率いてブロワ辺境伯軍本陣へと赴いた俺は、この日生まれて初めて恋に落ちた。
長引く紛争で、提示される裁定案に不満を持ったブロワ辺境伯家は最大の禁じ手を実行してしまった。
装備する武器を実戦用のものに変えて、全軍での夜襲を試みたのだ。
だがこの夜襲は、俺の親友にして主君であるヴェルの『広域エリアスタン』によって防がれている。
『大規模魔法で吹き飛ばせばいいじゃないか』
『味方の被害はなるべく防ぎつつ、敵の損害もなるべく少ない方がいいに決まっている。多くの犠牲を出すと、王国からなにか言われるかもしれないだろう?』
『この状況で反撃するんだから、なにも言わないと思うけどなぁ……向こうが悪いんだから』
『それでもだ』
ヴェルは、妙に気を使いすぎというか、周囲の評判をえらく気にするよな。
ここまで状況が悪化し、さらに先に手を出してきたのはブロワ辺境伯家の方だ。
その軍勢を大魔法で壊滅させても文句は出ないような気がするけど、自ら危険を犯してまで損害が少なくなる方法を選ぶのだから。
歴史に名が残るような人って、俺たちと根本的に考え方が違うのかね?
『もし駄目なら、俺はお前を担いで逃げるからな』
『その辺の判断はエルに任せる』
ヴェルと出会ってから、骨竜、老属性竜、ドラゴンゴーレム、貴族とその軍勢ときて、ついに一万人の大軍だ。
ブランタークさんとカタリーナが手伝ったとはいえ、二人が戦闘不能にさせた軍勢は合計で数分の一ほどでしかない。
ヴェルがほぼ一人でブロワ辺境伯家の軍勢を全滅させたに等しく、また王宮や大貴族たちが大騒ぎしそうだな。
『ブライヒレーダー辺境伯様から、兵を出してくれとの要請がきた。お館様はお休み中ではあるが、この状況で出さないのもな。お館様へは事後承認となるが、こちらも兵を出そうと思う』
大魔法を発動させたため、気絶してしまった三人を寝かせると、そこにモーリッツさんが姿を見せる。
ブロワ辺境伯家による夜襲は失敗に終わり、わずかに後方で生き残っていた軍勢はすぐに降伏したそうだ。
前方にいた味方の大半が、いきなり麻痺して動かなくなったのだ。
わずかに生き残った指揮官もいない兵士たちが、五千人もの敵と戦って玉砕などするはずもない。
それは降伏するだろう。
『急遽、後方の敵本陣を占領することになったそうだ』
魔力を失ったヴェルたちは気絶したままであったが、その間にも状況は動く。
夜襲への懲罰的な意味も込めて、ブライヒレーダー辺境伯様は東部領内への侵入と、ブロワ辺境伯家諸侯軍本陣と補給物資の集積所などの占領を決定した。
俺もモーリッツさんと共に、兵を率いて敵本陣の占領を目指す。
応援のブライヒレーダー辺境伯家諸侯軍と共に本陣に向かうと、そこにはろくな戦力が残されていなかった。
夜襲を成功させるため、ブロワ辺境伯家はほぼ全軍を投入したようだ。
戦力の集中は間違っていないのだけど……。
「我らはブライヒレーダー辺境伯家・バウマイスター伯爵家連合軍である! ブロワ辺境伯軍に告ぐ! 降伏せよ!」
麻痺しているブロワ辺境伯家諸侯軍の捕縛と救助に忙しいとはいえ、一応は五百人ほどはいる味方の軍勢に対し、ブロワ辺境伯家側は百人ほど。
まともに戦えば、まず向こうに勝ち目はない。
「我らが降伏などするか! 明日には援軍が来てまた戦況が逆転するのだから!」
ブロワ辺境伯家諸侯軍本陣から、責任者と思われる中年男性が姿を見せ、絶対に降伏などしないと声を荒げた。
味方全滅の情報を知っているはずだし、すでにこうやって敵軍が本陣に攻め寄せているのだ。
負けは理解しているはず……だが、ここでなにもしないで降伏などしたら、恥の上塗りだと思っているのであろう。
「エルヴィンさん、頼んだぞ」
「わかりました」
ブライヒレーダー辺境伯家諸侯軍を率いている家臣の一人が、俺に説得を頼んできた。
俺にそういうスキルはないのだけど、ヴェルの家臣である俺から、主君が成したことを伝えて降伏を促す計画のようだ。
「(上手く行くのかね?)先に伝えておくが、ブロワ辺境伯家諸侯軍は一人残らず全滅したからな」
「嘘を言うな!」
「全滅しなきゃ、数が少ないうちが軍勢を割いてあんたたちに降伏を勧告できないじゃないか。ブロワ辺境伯家諸侯軍は、バウマイスター伯爵様の魔法で壊滅した」
あまり言葉を飾り立てても意味がないから、すべて正直に話すことにした。
俺の言葉を聞いたブロワ辺境伯家諸侯軍本陣内では、次第に動揺が広がっているようだ。
あきらかに浮足立っている。
「早く降伏した方がいいと思う。我が主人の魔力は、少なくとも援軍とやらが来るまでには回復しているだろうからな」
「くっ……カルラ様と相談する……」
カルラ様とは、ヴェルが言っていたブロワ辺境伯家諸侯軍総大将代理を務める女性のことだな。
完全なお飾りのようで、さすがに夜襲には帯同させなかったようだ。
もしなにかの間違いで戦死でもしたら、それは問題になるからな。
それに、古い家ほど女性を参陣させるのを嫌がるから。
「(そういえば、ヴェルは綺麗な人だって言ってたな)」
とはいえ、『ただ綺麗なだけの深窓の令嬢ではな……』と思う。
成人してから、ブランタークさんに王都のそういう店に連れて行ってもらって、そういうのは納得したというか。
綺麗な女性は一定数いるけど、人生を共にしようなどと思える女性は少ない。
ヴェルは立場があるから大変だろうけど、俺はしばらく結婚とかは勘弁してほしいと思っていた。
もっとも、この紛争が終われば強制的にお見合いがあるんだけど。
どうやってかわすか……果たしていい女性なんているのかね?
そんなことを考えていると、ブロワ辺境伯家がお飾りにしていたカルラ嬢が降伏を受け入れる旨を伝えてきた。
どうやら、思ったよりも芯がある女性のようだ。
「(ヴェル、本当に綺麗な女性なのか?)」
なんて思っていると、そのカルラ嬢が姿を見せた。
さすがは大貴族のご令嬢。
ミスリル製の装備に身を包んで、まるで後光が差すようだ。
「ブロワ辺境伯家諸侯軍総大将代理であるカルラ・フォン・ブロワです。降伏いたしますので、兵たちには寛大な処置をお願いします」
「……」
「あの……私たちは降伏を……」
「そっ、そうでしたね。降伏を受け入れます」
「よかった」
「(めっちゃ綺麗な人だ。こんな人と結婚できたらいいなぁ)」
初めて近くでその顔を見て、俺は大きな衝撃を受けた。
この世に、こんなに美しい女性がいるのかと。
本陣から出て降伏を宣言したカルラ嬢の美しさに、俺は一瞬で恋に落ちたのであった。
「カルラさんだけど、うちで面倒を見ることになったから」
「うちには女性がいるからか?」
「正解だ。はあ……戦争とか本当に面倒だな」
「そうだな(ラッキー)」
降伏したカルラ嬢たちを後送し、追加でブロワ辺境伯家諸侯軍の物資貯蔵所などを占領して戦果を稼いで戻ると、ヴェルが溜息をついていた。
紛争どころか戦争になった状況で終結への筋道が見えないのと、カルラ嬢を預かることになって面倒が増えたと思っているようだ。
「(しかし、俺には好都合!)」
俺はヴェルの護衛でもあるので、彼女と接しても一切不自然さが出ない。
上手くすれば、二人きりで話すこともできるかも。
カルラ嬢の面倒はエリーゼたちが見るはずだから、そこは残念かも。
俺もカルラ嬢をお世話してみたい。
とはいえ、これからのカルラ嬢はヴェルと接触する機会も増え、それはすなわちヴェルの護衛でもある俺とも接触する機会も増える。
俺は今、ヴェルの護衛役であることをなによりも喜んでいる。
「ヴェル様個人の護衛は私がする。エルは人手が足りないから、エリーゼ様たちを含めた奥周りの警護責任者」
「えっ?」
と思ったら、早速仕事内容の変更がヴィルマから告げられた。
「うちの兄は、陣地の統括や運営などで急がしい」
「だよなぁ……」
ブロワ辺境伯家がいまだに使者すら寄越さないので、ブライヒレーダー辺境伯は保障占領の枠を広げる決断をした。
追加で援軍も来るが、うちにも多くの仕事が割り振られてモーリッツさんは忙しいようだ。
俺も、バウマイスター伯爵諸侯軍本陣の警護責任者にされてしまった。
「(まあいいさ、それでもカルラさんの傍にいられるのだから。空いた時間にお話とかできるから)」
「エル、なにをにやけているの?」
「別にぃ……」
「怪しい」
「怪しくはないさ」
ヴィルマは、とにかく勘が鋭い。
今の時点でカルラさんへの気持ちに気が付かれると困るので、俺はすぐに表情を元に戻して警備の仕事に打ち込み始めるのであった。
『エルヴィンさんは、弓もお上手なのですね』
『お館様と同じで、地方貴族の嗜みというやつです』
カルラさんがうちに来てから数日、俺は幸せの絶頂にいた。
本陣警備の仕事はあったが、空いた時間に弓の名手であるカルラさんからその指導を受けることができたからだ。
彼女と色々な話をしながら、弓を教えてもらう。
しかも彼女、教えるのももの凄く上手だ。
弓に矢を番えて構えると、手を添えてアドバイスをしてくれるのだが、とてもフローラルな香りがする。
少し変態チックな喜びであったが、男性ならみんなそうだろう。
『私は剣がまったく駄目なので、エルヴィンさんが羨ましいです』
『俺は、一芸に秀でたカルラ様が羨ましいですけど』
『エルヴィンさん。様付けは不要です。私はブロワ辺境伯家の娘ですが、つい一年前まではただの貧乏貴族の娘だったのですから』
忘れられた娘であった彼女は、ブロワ辺境伯の一方的な都合で呼ばれた。
だから、彼女はブロワ辺境伯家への愛着が薄い。
それでも、あの本陣での対応は見事だった。
ただ綺麗なだけではない。
そこには、別の美しさも存在していたのだから。
だからこそ、俺はカルラさんに惚れたとも言える。
『今日の食事は、私が作りました』
『料理もお上手なんですね』
『王都にある母の実家で居候をしていましたので、最低限の嗜みは』
『いえいえ、とても美味しいですよ』
弓ばかりでなく、カルラさんが作る食事はとても美味しかった。
あの飯にはうるさいヴェルが美味しいと言うのだから、相当なものだと思うのだ。
エリーゼと、ほぼ互角なはず。
『エルヴィンさん。このお洋服ですけど、解れた部分を直しておきました』
捕虜とはいえ賓客なのでそんなことをしなくてもいいのに、カルラさんはエリーゼたちと一緒に甲斐甲斐しく働いていた。
『エリーゼさんたちとお話をしながら、働いている方が楽しいですから』
『(天使だ! マジ天使だ!)』
きっと、こんな人が奥さんになってくれたら最高なんだと思う。
しかし、今の俺とカルラさんには身分の壁がある。
俺はヴェルの家臣で、カルラさんはブロワ辺境伯家の末娘。
さらに、ようやく再開した裁定交渉の席で、ブロワ辺境伯家の二人の後継者候補たちは、共にカルラさんをヴェルの奥さんに押し込もうと画策していた。
その事実に、俺の心は大きく動揺する。
「(なんだとぉーーー! カルラさんがヴェルの妻にぃーーー!)」
俺は今まで生きてきて、これほどのショックを受けたことはなかった。
「なぁ……。ヴェル?」
「受け入れられるか! ブライヒレーダー辺境伯も、ローデリヒ以下の家臣たちに聞いても、賛成なんて一人もいないわ!」
未開地の開発で経済的にも潤い、貴族や陪臣の次男以下を新規雇用しているバウマイスター伯爵家という、美味しいパイの分け前を狙っているのが明白であったからだ。
「うちの実家への反乱教唆に、この無駄な出兵。身代金をなるべくふんだくって黒字で戻るのが一番」
ヴェルは、もう金輪際ブロワ辺境伯家と係わり合いになりたくないようだ。
「左様にございますな。今出している人数ですら、バウマイスター伯爵家では痛手でしょうから」
「反乱の首謀者が、そう言うくらいだからな」
「いえいえ。ヴェンデリン様。私は、実行責任者というところが妥当でしょう」
貴族になったヴェルは、個人的な感情ではカルラさんを妻にはしないはず。
本人もそう言っているし、間違いはないはずだ。
うん、きっとそうだ。
『なんの柵(しがらみ)もなければ、最高の女性だけどね』
とは評価していて、俺も少し不安ではあるのだが。
しかし、ヴェルの嫌味を余裕で受け流すあのクラウスという老人は恐ろしい。
こんな妖怪のようなジジイ、うちの実家にはいなかった。
きっと彼は、生まれてくる場所を間違ったのだ。
「エルヴィン殿は、なにかお悩みでも?」
しかもこのジジイ。
俺の、カルラさんへの気持ちに気がついたらしい。
早速探りを入れてきた。
「悩みなんてないけど」
「そういえば、裁定交渉の進展次第では再びカルラ様をヴェンデリン様が娶るという条件が現実味を……」
「ええっ!」
クラウスからの突然の暴露に、思わず俺は驚きの声を挙げてしまう。
「お若いですな、エルヴィン殿は。もう少し感情を隠されることを心がけた方がよろしいかと。こういうものは経験なので、今は焦る必要もございませんが……」
やはり、このジジイは妖怪だ。
どうせバレてしまったし、ヴェルに報告するであろうと、俺は正直に自分の気持ちを話した。
「身分違いの恋ですか。私には生憎と経験がございませんので……」
「そういえば、クラウスさんの奥さんの話は聞かないな」
「若くして病死しましてね。私は元は次男で、名主を継げる立場にはなかったという話は聞いていると思いますが……」
そんなクラウスさんにも婚約者がいたそうだ。
「近くの農家の次女でして、幼馴染でした。お互いに、貧しくてもいいからどうにか二人で一家を立ち上げたいと……」
ところが、父と兄が急死してクラウスさんが名主になることが確定してしまう。
「そうなると今度は、『名主になったクラウスさんには相応しい妻が必要だ』とか周囲が勝手に言うのです。私は、意地でもマルタを諦めませんでした」
唯一これだけは譲れないと、周囲の反対を押し切ってその幼馴染の女性を妻としたそうだ。
「ただ、彼女には負担をかけてしまいましたね……」
周囲から『農家の次女程度が、名主の妻など本当に務まるのか?』というプレッシャーを受け、まだ子供たちが幼い時に病死してしまったそうだ。
「可哀想なことをしたのかもしれません。ですが、病床でマルタは『幸せだった』と言ってくれました。私に気を使ったのかもしれませんが、その言葉で十分ですよ」
その後は、周囲の後妻を娶れという勧めにも従わずに、独身を貫いているそうだ。
普通なら、名主ともなれば正妻が死ねばすぐに後妻を娶る。
それをしなかったのは、クラウスさんが自分を貫いたからなのであろう。
間違いなくそれを勧めたヴェルの親父の面子は潰しているので、あの二人の仲の悪さも納得できるのだけど。
「私の経験は、あまり役に立たないかもしれませんね。身分差がある恋。たとえば、エルヴィン殿は資産を持っています。ご自分で領地などを開発して貴族になれば……」
それも考えなくはなかったけど、ヴェルを見ているから余計に思うのだ。
貴族になるよりは、雇われている方がよほど気が楽だと。
「それに、その間にカルラさんの旦那は他の奴に決まるだろうし」
「そうですよねぇ。ならば逆を考えるのです」
「逆?」
「カルラさんの価値を落とします」
カルラさんはブロワ辺境伯家の末娘で、今の立場だと最低でも男爵家以下の貴族家の当主か跡取りに嫁ぐのが普通だそうだ。
「ですが、ヴェンデリン様の正妻というのは不可能ですね。長女や次女ならともかく」
このままヴェルに嫁ぐと、序列的にはカタリーナの下で四番目であろうと。
「エリーゼ様については言うまでもありません。正妻の地位など求めたらブロワ辺境伯家に非難が殺到です。教会も敵に回す羽目になるでしょう。二番目もありえません。ヴィルマ様の義父様のご身分を考えますと。カタリーナ様もご自身が名誉爵位持ちなので、いきなり追い抜いたらやはり非難轟々です」
「となると、四番目?」
「それをすると、今度はルイーゼ様とイーナ様を送り込んだブライヒレーダー辺境伯様が怒ります。かと言って、一番序列を下にするなどブロワ辺境伯家としても容認できない」
「最初から無理がある話なんだな」
「そういうことですね」
妻の序列とか、面倒な話だけど、当事者同士には深刻な話なわけだ。
「それがわかっていないのなら、ブロワ辺境伯家はどちらが継いでも未来は暗いですね。しばらくは低迷状態が続くでしょう」
クラウスさんは、ブロワ辺境伯家の将来を悲観していた。
それでも、うちの実家よりも圧倒的に上だけどな。
「それはわかったけど、ならどうすれば?」
「カルラ様は、現時点でもヴェンデリン様の妻になるのは厳しい。ならば、もっと追い込まれればどうなるか?」
末娘なので、嫁ぐ先のハードルが下がるはずだと。
「ヴェンデリン様の親友にして、警備まで任されている重臣が独身である。さて、ブロワ辺境伯家はどう考えるのか」
ヴェルの妻には押し込められなくても、俺の妻にならいけるかもしれない。
しかも、本妻ならば文句も出にくいはずだと。
「バウマイスター伯爵家と繋がりもできます。それが、どの程度の繋がりかはヴェンデリン様次第ですけど……」
そのうち、まったく利権を融通しないがために、再びブロワ辺境伯家に暴発されても困ると考える人たちが出るかもしれない。
多少の融通をする時に、縁があればなにかと便利であろう。
クラウスさんは言葉を続けた。
「エルヴィン殿の妻なら、その辺のコントロールが楽なのです。都合が悪ければ、ヴェンデリン様のお力でその動きを封じられますし」
『俺の妻じゃないから』で、融通しないという選択も可能なわけだ。
「それはわかったけど、これ以上ブロワ辺境伯家が追い込まれるかな?」
今でも、無駄な抵抗しているわけだし。
その内に自暴自棄になって、全軍突撃でもするかもしれない……さすがにそれはないか。
「その件でしたら、カタリーナ様から聞いていらっしゃるでしょう?」
「ヘルタニア渓谷だっけ?」
資源の宝庫ではあるが、繁殖する岩製のゴーレム達に守られて採掘が不可能な魔物の領域。
ブロワ辺境伯家からすれば不良債権なわけだが、ここを貰ってからヴェルたちで開放してしまえば、ブロワ辺境伯家のショックも大きいであろうと。
「多少の和解金の減額など、一瞬で取り戻せるはずです」
もしそうなれば、ブロワ辺境伯家は余計に追い込まれる。
交渉で正式にバウマイスター伯爵家に譲渡し、そこには王都から来た役人も証人として存在しているのだ。
『開放されたから、あの条件はやっぱりなしで』などと言えば、『ブロワ辺境伯家は、決められた裁定案も守れないのか?』と非難されてしまうからだ。
「今の時点で、カルラ様の嫁ぎ先は不明です。状況も、そう簡単には動かないでしょう」
「ならば俺は……」
「ヘルタニア渓谷開放に全力を傾けることです」
それからすぐ、ヘルタニア渓谷のバウマイスター伯爵家への譲渡が決定する。
和解金の減額と合わせて、先にバウマイスター伯爵家は裁定交渉を終わらせたのだ。
随分と呆気なく譲るなと思ったが、ブロワ辺境伯家は過去に何回もヘルタニア渓谷の開放を目指して損失を積み上げたそうだ。
さすがのヴェルでも、開放は不可能だと踏んだのであろう。
俺から言わせると、ヴェルに格安で美味しい利権を譲渡したのに等しい行為なんだけど。
それはヴェルだけじゃ不可能だろうけど、あいつには知己の魔法使いが複数いるからなぁ。
「さあて、導師に連絡だな」
「導師も呼ぶのか?」
「扱いは、冒険者に準ずるだけど」
貴族として呼ぶと利権の分配が面倒なので、ヴェルは導師を冒険者として呼ぶことを決定した。
ヘルタニア渓谷の開放に成功したら、すべて現金で報酬を支払うらしい。
「そんな無茶が可能なのは、ヴェルだからか」
ヴェルが報酬に渡す白金貨を数えているのを見て、すぐに納得する。
ヘルタニア渓谷への突入は、ヴェル、導師、ブランタークさん、カタリーナ、ルイーゼで行なう。
メンバーを見ればわかるが、突入は空から『飛翔』及び『高速飛翔』を用いて行なう計画のようだ。
「地上にいる獣型の岩でできたゴーレムたちは、最初から相手にしない。陽動部隊に一任する。エルは陽動部隊の先陣を任せるぞ」
「任せてくれ」
ここで頑張れば、またバウマイスター伯爵家が大きくなって、ブロワ辺境伯家がカルラさんを嫁がせる条件を下げるかもしれない。
クラウスさんの言っていることが本当に実現するのかまだわからなかったが、今はそれに縋るしかないな。
現場であるヘルタニア渓谷へと移動し、早速魔物の領域内に入り、襲いかかる岩でできたゴーレムたちを相手にした。
強さは……普通の狼よりは少し鈍いが、岩でできているから防御力は高い。
三匹ほど切り伏せたけど、剣が研ぎ直しになってしまった。
数で相手の消耗を誘うのが、このゴーレムたちの目的なんだろうな。
「エルヴィンさんの剣の腕前は素晴らしいですね」
そんなことよりも、カルラさんが俺を褒めてくれたんだ。
彼女に褒められると、真面目に剣の鍛錬をしていてよかったと心から思える。
「エルヴィン、カルラさんも応援してくれているぞ」
ヘルタニア渓谷の開放作戦が始まって陽動任務に入ると、モーリッツさんが俺にそう告げた。
後ろを見ると、確かにカルラさんが手を振ってくれている。
「(ここは男の見せ所だ!)」
あのドラゴンゴーレム戦の報酬で買った、二千万セントもしたオリハルコン製の剣でゴーレムたちを斬り伏せていく。
さすがはオリハルコン製。
岩でできたのゴーレムたちがまるで紙のように切り裂かれていき、俺の評価も大いに上がったというものだ。
「お前、凄い剣を持っているんだな」
「冒険者としての報酬で買いました」
「あれだけゴーレムを斬って刀身に傷一つないとか……。主役を任せるからな」
「はいっ!」
ヴェルたちがヘルタニア渓谷のボスであるロックギガントゴーレムを狙っている間に、俺は剣を振るい続ける。
ここで頑張れば、カルラさんは俺の気持ちに気がついてくれるはずだ。
「終わったか……」
多くのゴーレムたちを斬り伏せたところで、ヘルタニア渓谷の大地に轟音が響き、大地震と砂埃が大量に発生した。
どうやらヴェルたちが目的を達したようだ。
領域のボスであるロックギガントゴーレムの破壊と共に、操られていたゴーレムたちがすべてただの岩の塊に戻り、空中に漂っていたゴーレムたちが一斉に地面へと落下し、この大地震と大規模な砂埃を発生させたのだ。
「こほっ、こほっ」
「大丈夫ですか? カルラさん」
「ありがとうございます、助かりました」
俺は、急ぎ砂埃で咳をしているカルラさんに口を覆う布を渡した。
優しい男はポイントが高いからな。
「それにしてもエルヴィンさんは、冒険者としても一流なのですね」
ゴーレムたちが全滅し、後方の陣地に戻るとカルラさんが大量に発生した砂埃で苦しそうだったから、急ぎ綺麗な布を渡しておいた。
それを口にあてた彼女にお礼を言われたが、口元を覆うカルラさんも綺麗だなぁ。
「ヴェルのオマケですけどね」
「バウマイスター伯爵様は、かなり特別なお方ですから例外ですよ。私は、エルヴィンさんも凄いと思います」
「(やったよ! 俺が凄いって!)」
どう見てもヴェルの方が凄いのに、カルラさんは俺を褒めてくれた。
これは……間違いなく脈アリだな。
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