第177話 大お見合い会(後編)

「ふーーーん。失恋ねえ……。まあ、そういう予感はしていたよ」


「そんなこと言っていましたっけ?」


「そんなこと、事前にエルの坊主の前で堂々と言えるわけないだろうが。心の中でそんな予感がしていただけだ」


「それなら、あとでなんとでも言えるような……」


「伯爵様も嫌な予感はしてたんだろう? 正直な話」


「ええまあ……」


「俺も同じだっての」




 エルの失恋から三日後。

 八割以上が完成したバウマイスター伯爵家領主館の広大な庭で『大お見合い会』が始まった。

 我が家に仕える独身の家臣たちと、彼らと結婚したい貴族の子女たちが、食事をしたり話をしながらいい婚姻相手を見つける。

 俺は参加したことがなかったが、日本におけるお見合いパーティーに似たものとなっているはずだ。

 参加資格は正規雇用され、さらに俺がその功績を認めて参加許可を出した者たちのみであり、実は既婚者も含まれている。

 幹部か幹部候補のみであったが、大身の陪臣になるのだから複数の妻を持つのは当たり前だと周囲から言われ、強制参加させられている者も多かった。

 うちに仕官したばかりなのに、色々と大変だなって思う。


「しかし、もの凄い数の参加者だな」


 王都~ブライヒブルク~バウルブルク間の魔導飛行船の経費をうちとブライヒレーダー辺境伯家の負担にしたので、沢山の若い女性たち参加していた。

 他にも、未だ失恋のショックから立ち直れていないエル、ルックナー財務卿の孫である八歳の少女を隣に置いているローデリヒ、エドガー軍務卿からの手紙を持参した少女たちに囲まれているトリスタン、ヘルタニア渓谷の開発で忙しいモーリッツとフェリクスも参加していた。

 彼らは日帰りの予定で、俺が『瞬間移動』でここまで連れて来た。

 ちなみに、帰りは確実に奥さんになる人を連れて帰れと親から釘を刺されているらしく、若干顔を引き攣らせながら女性たちと話をしている。


「あの二人は、しばらくヘルタニア渓谷から動けないからな」


 大規模なミスリル鉱床があるバウマイスター伯爵家の金蔵なので、その開発と防衛に責任が大きかったからだ。

 今日中に奥さんを決めて、現地で結婚式をあげる。

 これがすでに決まっており、なるほど結婚とは家同士の繋がりが重要だという証拠でもあった。


「なにかお取りしましょうか? コリンナ様」


「ローデリヒ様、私はフルーツが食べたいです」


「お取りしましょう」

 

 ローデリヒとルックナー財務卿の孫娘のコンビは、傍から見ていると親子にも見えてしまう。

 たとえまだ八歳の娘でも、彼女はルックナー財務卿の直孫なので、ローデリヒはえらく気を使っているようだ。


「あとは……」


 何気に若い神官たちも多かった。

 教会の建設ラッシュで、そこを管理する司祭の人事も決まっており、バウルブルクには南端部を統括する教区の本部も設置されるので、本部から赴任してきた枢機卿と、その幹部や下っ端の神官の数も多い。

 神官が結婚禁止なのは極一部の宗派だけなので、ここで結婚相手を見つけて教会の仕事を手伝ってもらうつもりなのだ。

 あとは、結婚式の予約を取るという商売上の話もあった。

 大変に商売熱心と言えよう。


「なんとも欲に塗れたお話だな」


「ブランタークさん。残念ですが人ごとではないのでは?」


「わかっているけどよぉ……」


 俺と話をするブランタークさんの後ろには、多くの若い女性たちが待ち構えていた。

 今回の大お見合い会では、花嫁候補を輸送する大型魔導飛行船の代金はブライヒレーダー辺境伯家と折半であった。

 なぜ折半なのかと言えば、この大お見合い会にブライヒレーダー辺境伯家の人たちも大勢参加しているからだ。

 男性は妻を、女性は夫を探しにだ。

 そして彼らを引率するリーダーは、今をときめくブライヒレーダー辺境伯家の筆頭お抱え魔法使いであり、陪臣としても地位が高く、しかもいまだに独身のブランタークさんであったというわけだ。


「俺、このまま死ぬまで独身でいたいんだけどなぁ……」


 半世紀も独身でいたので、今さら結婚などしたくないのであろう。

 それに彼は、文字通り独身貴族なのだから。

 元々資産家なのに、俺たちと組んで色々と仕事をしたらまた資産が増えてしまった。

 仕事を終えて家に帰ると、そのまま家でノンビリと酒を飲むか、ブライヒブルクの歓楽街に遊びに行ってしまう。

 一応屋敷は持っているが、年配の女性をメイドを雇って掃除と洗濯だけ任せているらしい。


「気楽なお一人様生活がなぁ……」


 そんなブランタークさんの生活についにキレたのが、その主人であるブライヒレーダー辺境伯であった。

 



『いいですか、ブランターク……』


 年下ではあるが一家の主としては先輩の主君に、ブランタークさんは説教をされてしまったそうだ。


『仮にも、我が家の筆頭お抱え魔法使いが、歓楽街の常連では色々と風聞がですね……』


『ああいうところは人生の潤いの部分でして、そういうところに金を回して経済を回すのは重要なんですよ。それに、お館様だってたまに行くじゃないですか』


『その言い方。バウマイスター伯爵の発言ですか? 間違ってはいませんけどね。それと、私のはあくまでも仕事上のおつき合いですから……。大体私が行くのは、綺麗な女性がお勺をしてくれるレベルのお店ですよ』


 ブランタークさんは独身なので、その手のお店に行っても悪いことではない。

 と言いたいところだが、その社会的な身分も考えてくれと、ブライヒレーダー辺境伯に説教されてしまったと聞いた。


『しかも、エルヴィン君まで連れて行って……』


 王都でも、ブライヒブルクでも、エルまでそんな場所に連れて行ったことを問題視していた。

 

『約束だったので。冒険者は契約と約束は守るものなんですよ。さすがに、伯爵様は連れて行けませんけど』


『絶対にやめてください! 変な娼婦が、この子はバウマイスター伯爵の子ですとか言って騒ぎ始めたら、私が困るんですから』


 そんなことがあったあと、ブライヒレーダー辺境伯による謀略だと周囲の貴族たちが騒げば、せっかく良好な両家の仲に皹が入りかねないからだ。

 貴族の足の引っ張り合いは大変だな。


『病気とか避妊とか、ちゃんと対応している高級店ですよ』


『そういう問題ではないのです。おっと、話が逸れましたね……』


 ブライヒレーダー辺境伯は、ブランタークさんに結婚をして子供を作り、その子に家を継がせるようにと命じたそうだ。


『あなたは気楽でいいかもしれませんが、あなたの死後が面倒なんですよ』


 師匠が死んだ時に、その財産を巡って多くの有象無象の詐欺師たちが出てきた。

 それよりも資産が多いブランタークさんの死後となると、どれだけ手間がかかるか、怖くて堪らないとブライヒレーダー辺境伯は語ったそうだ。


『今なら、子供が成人する頃でもあなたは元気でしょう?』


『さあて? どうなんでしょうかね?』


『魔法使いは、長生きな人が多いじゃないですか』


 確かに、魔法使いには長生きの人が多い。

 大量の魔力が体に影響するからという説が有力だが、体力が資本の剣士や武道家と違って、年配者の方が魔法の精度などが上がる人も多く、八十歳を超えても現役の人も一定数存在していた。

 普通に生きるだけなら、百歳を超える人も珍しくないそうだ。

 ボケなければ仕事もできるので、魔導ギルドや魔道具ギルドの上が詰まっている原因にもなっている。


『とにかくですね。陪臣家として相続を認めますから、結婚をして子供を作りなさい。大お見合い会ではうちの団長を任せますから、率先して奥さんを探すように』


『わかりましたよ。ところで一ついいですか?』


『なんです?』


『アニータ様は、どうなのですか?』


『子供が産めないじゃないですか。その前に、本当に叔母上を妻にしたいのですか?』


『すみません、ただ言ってみただけです……』




 以上のような経緯があり、ブランタークさんは大お見合い会のブライヒレーダー辺境伯家団長兼参加者として今日はローブの胸の部分に名札を付けていた。

 この名札は俺のアイデアで、これをつけている人は参加者ですよという合図でもある。

 名前が書いてあった方がお互い話しかけやすいのもあった。

 婚活パーティーとかはこうしていたと思う。

 参加したことないけど。


「なら、俺と話をしていても仕方がないですよ。ちゃんと奥さんを見つけないと」


「伯爵様には、婚約者様が五人もいるからなぁ……。言い返せない」


 ほぼ十代と二十代の参加者しかいない会場内で、一人だけ五十歳を超えているブランタークさんが名札をつけている。

 この光景がツボに嵌ったようで、イーナたちは突然の婚姻命令で困惑しているブランタークさんを見てテーブルに突っ伏して笑っていた。


「ブランタークさんのお家の一大事なのですから」


 唯一常識的に四人を窘めるエリーゼですら、ブランタークさんから視線を外している。

 まともに見ると、一緒に笑ってしまうからであろう。

 かく言う俺も、名札を付けた彼を見ないようにしていた。


「お前ら、覚えとけよ……」


 とは言いつつも、主君の命令なのでブランタークさんはお見合いに戻って行く。

 多くの女性に話しかけられるが、その中には二十代前半くらいの女性が多い。

 そろそろ賞味期限切れと呼ばれる年齢の人たちが、資産家で年齢が高いブランタークさんに殺到していたのだ。


「助かったぁ……」


 同じく年齢が高めで、そういう女性たちに群がられていたトーマスが安堵の溜息を漏らす。

 彼は、二十二~三歳くらいの綺麗な女性と端のテーブルで楽しそうに話をしていた。


「トーマスは、こういうところが如才ないよな」


「そうね」


 イーナも、俺の意見に賛同していた。

 そしてブランタークさんは、砂糖に群がる蟻の群れのように多くの女性たちに囲まれる。

 年齢は高めだが、資産家で、魔法使いで、実は彼も師匠と同じく孤児院出身で家族がいない。

 嫁ぐと問題になる舅、姑、小姑などの問題がないので、それも人気を加速させているのだ。

 こういうのは、世界が違っても同じなんだな。


「主君命令だから、なんとか選ぶと思うけど……」


 続けて周囲を見渡すと、同じく強制参加させられている俺の三人の兄たちもいる。

 エーリッヒ兄さん、パウル兄さん、ヘルムート兄さん。

 みんな、多くの女性に囲まれていた。

 彼らは寄親の命令で、側室になる人を探しにきたのだ。

 

「でも、さすがはエーリッヒ兄さん」


 他の二人の兄さんたちとは違って、優雅にワイングラスを持ちながら女性たちと話をしている。

 元々正統派のイケメンでなので、彼に集まっている女性たちは全員エーリッヒ兄さんにウットリとしていた。


「(リア充だ! 本物のリア充だ!)」


 昔から、エーリッヒ兄さんはバウマイスター家の人間とは思えないイケメンスキルを発動させていたが、結婚後もその能力は健在なようだ。

 むしろ、磨きがかかっているかもしれない。


「同じ兄弟なのにね……(パウル兄さん、ヘルムート兄さん。どうにか上手く切り抜けるんだ)」


 まさか自分たちに女性が群がるとは思っていなかったパウル兄さんとヘルムート兄さんの慌てぶりを見ながら、俺は心の中で二人を応援していた。

 なぜなら、俺はどう考えてもあちら側の人種だからだ。

 人はみな、そう簡単にはエーリッヒ兄さんのようになれないのだから。


「パーティー開始から三時間か……」


 時間が経つにつれて、次々とカップルが誕生していった。

 たまに、男子一人に女子二~三人というグループもあったが、これもこの世界の貴族や陪臣の仕様だ。

 余裕のある人ほど奥さんの数が増える。

 下手に稼ぎのない男性が結婚すると、かえって家族が困窮してしまうケースがあるので、決して一方的に悪いことではないのだ。

 地球の一夫一婦制を信奉する人たちからは攻撃されそうであったが、金持ちや政治家が非公式に愛人を囲っている事実を考えると、ある意味潔いとも言えよう。


「みんな、フットワークが軽いなぁ」


 ある程度相手が決まると、会場から外に出かけていくカップルも現れ始める。

 いまだ建設途上であるが、バウルブルクの町でデートのようなことをしたり、自分の家や建設予定地に案内したりと。

 さらに凄いのは、すでに結婚するのを前提で荷物持参で来ている女性の多いことだ。

 相手が決まると、すぐにその人の家や官舎で一緒に生活を始めると聞いた。

 帰りの魔導飛行船に乗ることはない、片道キップのお見合いって凄いと思う。


「おいおい。大丈夫なのか?」


「それなりの家の人は知らないけど、大半は『もう実家に帰って来るな。次に会うのは結婚式で』という人なのよ」


 イーナが事情を説明してくれたけど、厳しいなぁ。

 うちの血筋がいい幹部連中狙いの貴族子女たちはともかく、そうではない人を狙っている陪臣や一代騎士の娘たちからすれば、今日は背水の陣でもあるわけか。


「可哀想だとか思って、沢山囲わないようにね」


「一人も囲わないよ」


 もしそんな話が漏れたら、架空可哀想話を持つ若い女性が殺到しかねない。

 

「イーナの中で俺がどれだけ好色扱いなのかは知らないけど、絶対にないから」


「本当に、心当たりはないのかしら?」


「さあてね」


 大お見合い会初日は無事に終了し、翌日は初日に仕事があった者へのフォローと、自由行動日になっていた。

 参加者はみんな、それぞれにデートなどを楽しんでいるようだ。

 そして、早速神官たちと式の予定を相談しているカップルもいた。

 脅威のフットワークの軽さであったが、そう感じるのは現代地球の知識がある俺だけのようだ。


「ブランタークさんも、相手を決めたみたいだな」


 一人の若い女性を連れて、彼はバウルブルクの町に出かけていた。

 若干目が死んでいるようにも見えたが、今までの夜の帝王生活ができなくなるので色々と思うところがあるのであろう。

 そして、つい数日前に失恋したばかりのエルであったが……。


「いかん……」


「まだ意識が半分飛んでいる!」


 ルイーゼが言ったとおり、昨日と同じ場所で一人佇んでいたのだ。

 いくら女性たちが話しかけてもまったく答えず、さらに目の焦点が合っておらず、目が完全に死んでいた。

 そのあまりの異様さに、ついに今日は話しかける女性が一人もいなくなってしまったほどだ。

 エルは今回の大お見合い会のメインなのに、それがまったく機能していない。

 やはりそれだけ、カルラ嬢にフラれたショックが大っきかったのであろう。


「ヴェル、どうする?」


「今回はさすがに無理強いできない……少し時間を置こう……」


「どうやっても目覚めそうにないしね」


「そうなんだよ。そもそも、お見合いが成立しないんだから」


「よほど失恋がショックだったのかぁ」


 もし強引に結婚をさせると、俺の罪悪感が限界を超えてしまうというのもあった。

 今回の大お見合い会によって、バウマイスター伯爵家家臣の独身率は大幅に下がることとなるが、その中にエルは入っていない。

 まあ今回はは仕方がないか……。

 次の機会を待つとしよう。

 こうしてエルだけが誰とも結婚できず、大お見合い会は終了したのであるが……。




「俺は、カルラさんよりも素晴らしい女性と結婚するんだぁーーー! あれ?」


 失恋から一週間後。

 ようやく現実に戻ってきたエルが一人絶叫するが、すでに大お見合い会は終わっていた。


「ヴェル、俺がバウマイスター伯爵家の重臣としてモテモテになる大見合い会は?」


「終わったよ、一週間も前に」


「一週間? その間の俺は?」


「お前は、失恋のショックでずっと呆けていたんだ。いくら呼んでも、返事もなくて不気味だったぞ」


「そんなまさかぁ。一週間も俺が呆けてた? あれ? なんかお腹空いたな……あれ? 俺、痩せてねえ?」


「いくら食事だって呼びに行っても、まるで反応がなかったではありませんか」


 呆けている間、エルはほとんど食事をとっていなかったのでかなり顔が痩せこけていた。

 失恋のショックって凄いんだな。

 簡単に痩せてしまったエルを見てカタリーナが羨ましがっていたけど、不健康な痩せ方はよくないと思う。


「さすがに痩せすぎだと女性にモテないよな。飯食いに行って来ようっと」


 完全に立ち直ったエルは、そのまま駆け足で食堂へと走り出した。

 どうにか立ち直ってくれてよかった。


「どうしてあんなに簡単に痩せられるのでしょうか? 失恋? 私には難しいですわね」


「ええ……」


 カタリーナは自分も失恋すれば簡単に痩せられるのではないかと考えていたが、今の彼女に失恋なんてハードルが高いし、世の中には失恋のショックで太る人もいるんだって教えたくなってしまった。

 

 なお、エルは三日で元の体重に戻ってしまった。

 別に元々太っていないから問題ないだろう。

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