第176話 大お見合い会(前編)

「まだかなぁ……。カルラさん、早く来ないかなぁ……。そうしたら、俺とカルラさんは……えへへ……」


「ヴェル、エルは楽しそうね……」


「だなぁ」




 ようやく面倒な紛争が終わり、日常生活が戻ってくる。

 延期されていた大お見合い会の準備もローデリヒによって進められ、それが三日後と迫った日。

 エルは一人バウルブルク郊外の魔導飛行船専用の港で、しまらない笑顔を浮かべながら船の到着を待っていた。

 ブロワ辺境伯家によって翻弄されていた末の娘カルラ嬢が、このバウルブルクにお礼を言いに訪ねて来るという連絡があったからだ。

 現在の彼女は、新しいブロワ辺境伯によってブロワ辺境伯家の籍から抜かれ、今は自由の身となっている。

 先代の看病やお飾りの総大将をした謝礼をゲルトさんから貰うと、母親に会うために王都に戻っていたのだ。

 そして今日、あらためてバウルブルクにやって来るという。


「きっと、俺の奥さんになりに来たんだ。うん。ああいうシッカリした人なら、家を任せても安心だ」


 エルは間違いなくカルラ嬢を自分の奥さんにできると思っているのだけど、今までの経緯でそんな話はあったかな?

 それなのに、エル本人はカルラ嬢が賢妻になれると本気で思っており、俺は少し怖かった。

 なにをどう考えるとそうなるのかと。

 イーナも、半分夢の世界にいるエルに呆れている。

 まずは、これを機に大お見合い会に誘うとか、そういうところから始めた方がいいのでは……エルにそう言おうと思ったんだけど、なんか怖くてつい言いそびれてしまった。

 しかし、カルラ嬢本人はどう思っているのか?

 最初に出会った頃から彼女には策士の部分が感じられ、こちらに真意を見せないところがあったので、多少のミステリアスさがあった。

 このまま素直に、カルラ嬢がエルの奥さんになるとは到底思えなかったのだ。

 しかもながら、こういう考えをあまり表立って口にするのはどうかと思い、それが余計にエルをお花畑状態にしていた。

 みんな、窘めにくかったわけだ。


「一度、あの男の頭の中を見てみたいものですわ」


「一人だけ盛り上がってる」


 カタリーナとヴィルマは、エルには脈がないと思っていた。

 ゆえに、百パーセントカルラ嬢が自分の妻になると思っている彼をお目出度い人だと思っているのだ。

 でもそう思わないと、恋愛なんてできないんだよって、同じ男性として心の中で擁護しておく。


「エリーゼ。王都時代のカルラさんって、誰かと噂になっていたのかな?」


「いえ。聞いたことがありません。ですが……」


「ですが?」


「カルラさんほどの方だと、密かにそういう関係の人がいても不思議はないかと……」


「確かになぁ……(隠すのが上手そうだ)」


 カルラ嬢が男性にだらしないとか、そういう意味ではない。 

 むしろ自分の父親のような女性を蔑ろにする男性を嫌っており、その手の欲が見えにくい人であった。

 下手をすると、恋愛になんて興味がないんじゃないかと。

 ただ、ブロワ辺境伯家の娘では難しい相手でも、それを上手く隠しつつ、その困難を乗り越えて恋愛を成就させるような。

 そういうタイプの人に見えるのだ。

 実際に俺もゲルトさんも。カルラ嬢に上手く利用されたような疑念がいつまでも脳裏から消えない。

 しかし、それはあくまでも俺たちの想像でしかなかったけど。


「私には不可能な芸当です」


「俺も無理」


 恋愛偏差値が低い俺には、リア充の行動規範など解らないのだから当然だ。

 エリーゼは、黙っていても男性にはモテそうではあるが。


「私は、お祖父様からヴェンデリン様を紹介されたので、そういう方は必要ありません。ヴェンデリン様が旦那様でよかったです」


 そう言いながら、顔を赤く染めるエリーゼは可愛かった。

 俺は非リア充でも十分だな。

 

「エリーゼは、たまにヴェルのハートを鷲づかみにするね。ボクにコツを教えてよ」


「コツですか? 私はルイーゼさんが羨ましいですけど……」


 体が小さくて軽いのを利用し、よく俺におぶさっているのを羨ましいと思っているのであろう。

 

「駄目だよ。エリーゼがヴェルにおぶさったら、ボクの優位が消えてしまうし」


「消えてしまうのですか?」


「ヴェルの背中に、ダブルインパクトがねぇ……」


 あの胸が背中に当たる……確かに男のロマンではあった。


「胸がですか? ヴェンデリン様は、そういうのが嬉しいのでしょうか?」


「男なら、ほぼ全員が嬉しいはず」


 ルイーゼも温かくていい匂いがするので素晴らしいが、エリーゼが俺の背中におぶさってくれば、もっと素晴らしいことになるはずだ。


「ヴェンデリン様がそう仰るのなら」


「あんたらねぇ……船が来たわよ」


 バカみたいな話をしている俺たちに、イーナが船の来訪を告げた。


「わーーーん、イーナちゃんの意地悪」


「どうしてそうなるのよ……」


 エリーゼが俺におぶさるのをやめてしまい、その原因になったイーナにルイーゼが文句を言っている間に、魔導飛行船は無事に到着した。

 新規仕官者、魔の森を探索する冒険者、出稼ぎ、移民志望者たちと、増便された魔導飛行船によって多くの人間がバウルブルクを訪れる。

 今日の便で、自由の身となったカルラ嬢が、お世話になったからとお礼を言いに来る予定で、エルはそれを心待ちにしているわけだ。

 エルからすると、もう自分とカルラ嬢との仲を邪魔する人間はいないという認識であった。

 それはあまりに締まらない笑顔を浮かべているため、みんなに『処置ナシ』とか言われるはずだ。


「ところでヴェルは、エルとカルラさんはアリだと思っているの?」


「相思相愛なら、別にいいと思っているけど……」


 イーナの問いに対し、俺は二人の結婚はアリだと答えた。

 今のカルラ嬢は、現ブロワ辺境伯家当主であるゲルトさんによって籍を抜かれている状態だ。

 この世界の貴族は当主の権限が強いので、実はこういう現象がたまに発生する。

 昔の日本などでいう、子供を勘当したという行為に近いのかもしれない。

 ただ今回のケースでは、カルラ嬢の方から望んで籍を抜けた形だ。

 俺たちも、あの紛争の解決に必要な情報を提供してくれた彼女の願いを受け入れてもらうため、ゲルトさんに口添えをした。

 もし今エルとカルラ嬢が結婚してもブロワ辺境伯への配慮は無用だから、俺も二人の結婚はアリだと答えている。

 ただ、確実にそうなるとは一言も言っていないんだよなぁ……。

 結婚には双方の合意が必要で、まさか無理強いするわけにいかないのだから。


『私はそれなりに恩があったから動いたが、我が姪御殿はそうだよなぁ……』

 

 カルラ嬢からすれば、ブロワ辺境伯家には恩もいい思い出すらないのだから。

 それがわかるゲルトさんは、すんなりと彼女の除籍を受け入れた。


『実は、除籍する人は多いのですがね』


 今回やらかしたフィリップとクリストフとその家族は、すべて王都にあるブロワ辺境伯家が所有する屋敷に押し込められている。

 彼らが余計なことを考えると再びブロワ辺境伯家が混乱するので、俺のようにブロワ辺境伯家が権利を持っていた騎士爵を長男であるフィリップが継ぎ、ワケ有り法衣騎士爵家として家を運営することになったのだ。

 家名はブロワ家を名乗ってもいいとゲルトさんが伝えたそうだが、辺境伯家の相続には子々孫々未来永劫関われないと王国が公式文書に記載していたし、今回の紛争に関わる不祥事は王都中で噂になっている。

 彼らはすでに、別の家名を名乗っているそうだ。

 先代の正妻と側室と、嫁ぎ先を離縁された娘たちは全員が教会送りにされ、残された家族がフィリップとクリストフの肩に重く圧し掛かる。

 昔の実家も真っ青なほどの貧乏騎士爵家となり、フィリップはエドガー軍務卿のツテで軍の仕事に、クリストフは会計などの雑務をして生活費を稼ぎ始めたそうだ。

 あれだけのことをしておいて処刑されなかったのは恵まれているのかもしれないが、逆に言うと生き恥のような気もする。

 正直なところ、少し複雑な心境ではあった。


「お互いに、その気があればの話だけどね」


 俺の今の立場なら、カルラ嬢に対しエルに嫁げと命じることも可能……できなくはない。

 一応籍を置いている母親の実家も、文句など言わない、言えないはずだ。

 

「エルが好きな人だから、俺が強引に奥さんに指名してしまうという手もあるんだけど……」


 前にそれとなく聞いてみたのだが、それはエルに断られてしまっていた。


『ヴェルが気を使ってくれているのはわかるが、それだと俺が納得できない。俺がカルラさんを選び、カルラさんも俺を選ぶ。そういう形にしたいんだ』


 それだけ自信があるとも言えるが、恋愛感がどちらかと言うと俺の前世の基準になってしまっている。

 この世界の現実では非常に珍しいとは思うのだけど、実は創作の世界ではとても多かった。

 現実では家同士の都合で結婚する人が多いので、どうしても恋愛物に憧れてしまう傾向にあるのだ。

 うちの女性陣も、たまにそういう本を読んでいるのを俺は目撃していた。

 さすがに、現実にあてはめてくるのはエルだけだったけど。


「イーナもそういう本が好きだよね?」


 女性陣の中では一番本を読むのが好きなので、彼女の部屋には大きな本棚が置かれているのを俺は知っている。


「物語として読むのは好きよ。でも、エルがそういうものに憧れを持っているとは思わなかったわ……」

 

 イーナは、自分の友人の意外性に少し驚いているようだ。

 憧れというか、夢見ているというか。

 判断に悩むところではあるけど。


「そんなに長くはなかったけど、あの一緒に生活をした日々でなにか絶対の自信を得たのかしら?」


「かもしれないけど……そんな出来事あったかな? こう、カルラさんがエルに惚れるような事件、アクシデント、イベントが」


「……ないわね。少なくとも、私は目撃していないわ」


 二人で話をしている間に、次々と港に着陸した魔導飛行船から人々が降りてくる。

 移住に、仕官に、商売にと。

 彼らは、新しい土地での生活に思いを馳せているのであろう。

 楽しそうに話をしながら、それぞれの目的地へと散って行く。


「お久しぶりです、みなさん」


 最後の方で降りて来たカルラ嬢が、エルや俺たちの前に姿を見せた。

 ブロワ辺境伯家の娘であった頃とは違って、今日の彼女は下級貴族の女性が着る地味なものであったが、それでも彼女の美しさは際立っていた。


「カルラさん、あれからどうでしたか?」


「母の実家の方もなにも言って来ないので、開放された気分です。兄様たちの末路を見て、下手になにかすると危険だと思ったのかもしれません」


「それはあるかもしれないなぁ」


 カルラ嬢はあの大貴族であるブロワ辺境伯家から除籍された娘なので、実家の方も政略結婚には使えないと放置しているのであろう。

 これまでの話を聞くと、もしそこを他者に突っ込まれても、上手く切り返せる能力がある人たちとは思えなかったから。


「それはよかったですね。それで、これからどうするのですか?」


「結婚します」


「結婚ですか……」


 結婚するとは……これは意外な回答だった。

 ふと横を見ると、エルがとても喜んでいる。

 もしかすると、俺の与り知らないところで二人は仲良くなっていたのか?


「勿論、バウマイスター伯爵様ではありませんよ」


「それはわかってますよ……」


 すでに俺は、カルラ嬢に対し一欠の恋愛感情も持っていない。

 前世の彼女に似ているという記憶はただの思い出となり、最初は弓の腕前に尊敬し、最後にはブロワ辺境伯家の新当主を擁立する一連の行動で、その策士ぶりに少し引いていたからだ。


「(それにしても結婚とは……。いったい誰だ?)」


 エリーゼはそういう噂を聞いていなかったし、かと言って相手がエルかと聞かれれば疑問を感じてしまう。

 だが、エル本人は完全に自分のことだと思ったようで、にこやかな笑みを絶やさないままであった。


「(今のエルは、幸せの絶頂の最中なんだろうなぁ……。俺は知らない、なにか自分だという確実な証拠があるのか?)」


 思えばここしばらく、暇さえあればエルからカルラ嬢と過ごした楽しい日々の話を聞いていたような気がする。

 多分エルの視点では、二人はつき合っていたという認識なのであろう。

 ただ護衛していただけ……人の恋模様は様々ってことなのか?

 ところがエルの話の中で、カルラ嬢に告白をしたとか、結婚を約束したという話は一つもなかった。

 ただ、楽しそうに話をしているエルに水を差すのはどうかと思ったし、あまり深く追求してはいけないような気がしたのだ。

 おかげで、ここまであやふやな状態だったわけだけど、今カルラ嬢は結婚すると断言した。

 どういう結果になろうとも、これでエルの恋愛が成就したかどうか、ハッキリとわかるわけだ。


「(でも、彼女はわざわざここまで来ているからなぁ……)」


 ブロワ辺境伯家から先代の介護とお飾りの総大将としての報酬は貰っているが、基本的には貧乏貴族の娘である彼女が高い船賃を払ってここまで来ている。

 もしかすると、本当にエルと結婚するつもりなのかもしれない。

 まるで物語のように、二人が結ばれる光景が見られるのかも。


「それは、おめでとうございます」


 エルが、にこやかに言い放つ。

 

「(エルって、絶対に自分が選ばれると思っているよな……)」


 物語的に言うと、『おめでとうございます。で、それはどんな人なのでしょうか?』みたいな会話の流れから、カルラがエルの特徴を並べ立て、最後にそれがエルだと気がつかせて、二人は結ばれるというパターンであろう。

 地球では使い古された物語展開であったが、この世界では根強い人気を誇るらしい。 

 イーナがそう言ってた。


「その方は一つ年下でして……」


 カルラ嬢の語るその結婚相手の特徴は、もの凄くエルに似ていた。

 年齢もそうだが、髪型、髪の色、背丈、自分が弓を教えたのが馴れ初めであることなど。

 これまでの特徴を総合すれば、ほぼエルで間違いない。

 エルも絶対に自分のことだと思い、満面の笑みを浮かべていた。 


「その方を紹介してほしいです」


「わかりました、あなた」


「へっ?」


 カルラ嬢が後ろを振り返ると、船から降りて出発の準備をしている人たちの中にいた一人の少年を呼んだ。

 その少年は、俺たちとほぼ同じ歳であろう。

 しかも、髪型から雰囲気までエルによく似ているのだ。


「今度、結婚する予定の……」


「カミル・ローベルト・フォン・プルークです、よろしくお願いします」


 嫌な予感はしたが、やはりカルラ嬢には婚約者が存在していた。

 彼女は朗らかな笑みを浮かべながら、自分の婚約者を紹介する。

 そしてもう一方のエルは、その笑顔が凍りついたままであった。

 今なにが起こっているのか、脳が完全に処理し切れないのであろう。

 エルは、まさか自分がフラれるなんて微塵も思っていなかったようだしな。


「彼は、王都にあるプルーク騎士爵家の三男なのです」


 貧乏な法衣貴族家の子供同士で、幼い頃からの知己であったそうだ。

 ただ、ある程度の年齢になって二人でいると噂になってしまう。

 特に先代のブロワ辺境伯がうるさかったそうで、二人は弓を教え教わる師匠と弟子のような関係と偽り、その間柄を隠していたそうだ。


「私が一歳年上なので、彼に弓を教えていました。でも、今では彼の方が上手なのですよ」


 なんと、俺が無様に予選一回戦負けした武芸大会の弓の部において、見事に優勝を果たしたそうだ。


「優勝は凄い……今、初めて知ったけど」


「ヴェル、武芸大会の結果とかに興味ないものね」


「悪いか……。俺だって弓の部に出れば、予選三回戦突破くらい……」


「ちょっとセコいね。ヴェル」


「ルイーゼは、かなり上まで行けたからいいじゃないか……」


 どうせ俺は予選一回戦負けの身だが、武芸大会の成績と貴族としての格に関連性などないのだと、たとえ負け惜しみでも心の中で思っておくことにする。

 それが、心の清涼剤になるのだから。


「その成果を認められ、この度、ホールミア辺境伯家の弓術指南の一人として仕官が叶ったのです」


 『芸は身を助ける』。

 貧乏貴族の三男でも、突き抜けた才能があれば救いの手はあるわけだ。

 中央で軍務につかないのは、西部の雄であるホールミア辺境伯家に仕官すれば、継承権のある陪臣扱いだからなのであろう。


「そうですか。それはおめでとうございます」


「エルさん、ありがとうございます」


 傍から見たエルは、あまりのショックで笑顔のまま凍りついていた。

 間違いなく、そのメンタルは崩壊寸前であろう。

 それでも最後のプライドで、このまま壊れることをよしよせず、なんとか常識に則り、カルラ嬢にお祝いの言葉を述べていた。

 もし俺なら、そんなことはできないだろう。

 相変わらずの強メンタルだ。


「それほどの腕前ならば、うちがスカウトすればよかったかなぁ?」


 どうにか間を保たせるため、俺は社交辞令に徹することにした。

 言うまでもないが、二人がバウマイスター伯爵家に仕官してしまったらエルの精神がヤバいことになるし、いくら縁を切っても、カルラ嬢がブロワ辺境伯家の係累であるという事実に変わりはない。

 彼女もそれをわかっているからこそ、結婚して知人のいない西部に移り住むのであろう。

 その辺の察しのよさは、貴族である俺からするととても助かるが……。


「カルラが、大変にお世話になりました」


 エルに似たカミルという少年は、とても礼儀正しく俺たちにお礼を述べた。

 なかなかの好青年であり、まさか彼に文句を言うわけにもいかない。

 そして、やはりエルの笑顔は凍りついたままである。

 これはかなりのダメージみたいだな。


「エルヴィンさんには、カルラにとてもよくしていただいたそうで」


「いや、そこまでのことは……」


「本当にお世話になりました」


 これが、常識のない悪党ならばまだ救いはあったはず。

 ところがカミルという少年は心から俺たちに感謝しており、丁寧にお礼を言うのだ。

 しかも、本当に彼はエルに似ている。

 今現在の彼の心境は、俺たちでも正確には察することはできないはずだ。

 あのカタリーナですら、エルを気の毒そうに見ていた。


「エルさんが親切にしてくれたので、私も安心して陣地の中で過ごすことができました。エルさんはカミルに似ているから、お話をしていると安心できたのです」


「それはよかった……」


 その一言は、今のエルがようやく搾り出した一言であった。

 そして俺たちは、とにかく一秒でも早く終わってくれと、心の中で祈るのみであった。


「あの……。お二人のこれからの予定は?」


 さすがにこのままだと、エルが可哀想だと思ったのであろう。

 エリーゼが話に割って入ってきて、二人に今後の予定を聞いていた。


「新婚旅行も兼ねて、魔の森に行きます」


「少し物騒な新婚旅行ですわね」


「こういうのが好きなんですよね。夫婦して。『暴風』さんもそうでしょう?」


「ホールミア辺境伯家繋がりで、私のこともご存知でしたか」


「西部で、『暴風』さんを知らない人はいませんから」


 まだホールミア辺境伯家に行くまで時間があるので、弓の鍛錬も兼ねて二人は魔の森に入るそうだ。

 知己である貴族の子弟たちに冒険者になった人たちがいて、臨時で彼らと組んで魔の森で狩りや採集を行なう計画だと語っていた。


「今度仕える主君に少しお土産でも持って行けば、いい印象も得られるでしょう」


 若造の弓術指南役なので、少し腕前を披露して周囲との軋轢を防ぎたいということらしい。

 本人の考えかもしれないが、カルラ嬢の意見かもしれない。

 カタリーナも、しっかりとしたカミルの考えに、彼女の影を感じたようだ。


「そうですか。でも、気をつけてくださいね」


 カルラ嬢は、冒険者としても優秀であった。 

 旦那はそれよりも腕が上なので、多分危険は少ないはずだ。


「みなさんと一緒に、狩りができればよかったのですが……」


 俺たちはこれから始まる大お見合い会の準備で忙しいし、二人には二人の交友関係がある。

 今回は、縁がなかったということなのであろう。


「魔の森でしたら、すぐにここから船が出るのでは?」


 バウルブルク~魔の森間の小型魔導飛行船は、もうさほど待つことなく発進する。

 二人は、その船に乗って魔の森に向かう予定だそうだ。


「そろそろ時間ですね。本当にありがとうございました」


「このご恩は忘れません」


 最後の挨拶をしてから二人は俺たちの元を辞し、手を繋ぎながら港に停泊している小型魔導飛行船へと歩いていく。

 その姿はまさしくお似合いのカップルであり、あれがリア充という生き物なのであろうと、俺は心の中で思っていた。


「やっぱり、予想どおりだったなぁ……」


「はい」


 俺とエリーゼからは、この言葉しか出なかった。

 嫌な予感はしたが、まさかエルにネガティブな意見をするのは躊躇われ、じゃあ親友としてエルとカルラ嬢をくっつける策はと問われると、正直まったく思い浮かばなかった。

 俺が結婚を命じるという案自体をエルが拒否しており、彼はカルラ嬢と相思相愛で結婚することこそが大切だと語っていた。

 そう言われてしまうと、その分野で特に経験豊富でもない俺には手の打ちようがなく、ただ悲劇の結末を待つしかできなかったのだ。

 つまり、完全にお手上げってことさ。


「さすがに、可哀想になってきましたわ……」


 今まで散々にエルを非難していたカタリーナも、目の前で笑顔が凍りついたままの彼に同情を始めていた。


「エル、元気出しなよ」


「この世には、女は一杯いる」


 ルイーゼとヴィルマも続けてエルを慰めるが、ヴィルマの慰め方はどうなんだろうと、少し不謹慎にも思ってしまう。

 その慰め方って、おっさんの得意技のような気がしてならないからだ。


「エル、魂が抜けかかっているようだな……。クラウス。人生経験が豊富なところで、なにかエルを慰めるいい策はないのか?」


 反乱の首謀者から、紛争で活躍してかなりのボーナスを貰い、そのまま俺の個人的な知恵袋役に滑り込んだクラウスに、エルを慰める方法を尋ねた。

 こうなれば、なんでも利用していくことが貴族として大切だからな。


「前にエルに妙なことを吹き込んでいたんだから、責任を取るように」


「誤解なきように申し上げておきますが、私はカルラ様の立場を落とすため、懸命に働いた方がいいと言っただけですよ」


 他に助言できることなどないはずだが、一応言ってみただけである。


「わかっているけど、念のためだ。それで、なにかいいアイデアはないのか?」


「そうでございますねぇ……。エルヴィンさん、人生とは山あり谷ありでございます。女など、星の数ほどもおりますれば……」


「それって……」


 随分と丁寧に言ってはいるが、基本的にはヴィルマが言っていることと大差はなかった。


「クラウス、もっとなにかないのか?」


「ヴェンデリン様。私には、亡くなった妻とくらいしかそういう経験はないのですが……。失恋した経験もございませんし……」


「それは実は自慢か?」


「婚約者が五人もいらっしゃるヴェンデリン様の方が、経験豊富なのでは?」


「切っ掛けは、恋愛じゃないし……」


「その割には、毎日とても楽しそうですね……」


「悪いか?」


「いえいえ。御家繁栄には大切でございましょう」


 次第に話が脱線していく俺とクラウスの横で、エルはいつまでも失恋のショックで笑顔を凍りつかせたままであった。


「ねえ、ヴェル。エルの魂が抜けかかっているように見えるけど……」


 イーナの指摘は、クラウスとの話の方が忙しくてあまり聞いていなかったが、確かにその間もエルは笑顔のままその場に立ち尽くしており、誰も怖くて声をかけられなかったのだった。

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