閑話2 とある貴族の慣習について(その3)

「(あの幼かったヴェル君と、私が……)」




 私の名前は、アマーリエ・フォン・ベンノ・バウマイスター。

 つい二ヶ月ほど前、夫を亡くした未亡人です。

 とはいえ、夫は病死や事故死ではありません。

 貴族である実の弟を殺そうとし、それに失敗して自滅したのです。

 詳しい説明は省きますが、そのせいで私は暗殺未遂犯の妻、子供たちは暗殺未遂犯の子となってしまいました。

 普通なら、私も子供たちも死ぬまで肩身が狭い思いをしなければいけないのですが、幸いにして夫の弟さんの援助によってあまり不自由もなく生活しています。

 私の夫に暗殺されかけた弟本人が、暗殺未遂犯の妻と子を養っている。

 世間では、私の義弟は剛毅で懐が大きい人だと思われていました。

 さらに、子供たちには将来領地が分与されるそうです。

 とてつもない幸運だとは思いますが、同時にどこか不安も感じています。

 もし将来、その約束が反故にされたら?

 夫の弟であるヴェンデリン君はそういう人ではないと思うのですが、どこか心配でもあるのです。

 ですが、彼は本当に出世しました。

 彼と初めて会ったのは、私が夫に嫁いだ十八歳の時。

 当時はまだ小さくて可愛らしい子供だったのに、彼は魔法で狩猟や採集を行い、貧しい実家の食卓に貢献していました。

 お義父様やお義母様は、その才能が領内で争いを生むという理由で彼の行動に不干渉を貫き、彼自身も十二歳になると領外に出てしまいます。

 その時の彼の表情は、晴れ晴れとしていました。

 夫からすると、彼は自分の家督を奪う敵という認識だったのでしょうが、彼からするとあの領地は重荷でしかなかった。

 そういうことだったのだと思います。

 そして、一年もしない内に竜を二匹も討伐。

 魔法使いとして不動の地位を築き、独自に爵位まで得ました。

 夫はまた不安を再燃させたようですが、それはある意味正しかったと思います。

 彼の意思は別にして、王都の大貴族たちがその力を利用しないはずがないのだから。

 予想どおり彼は実家に戻り、魔の森で依頼を受けたり、未開地の開発を始めました。

 その成果に領民たちは喜び、彼を新しい領主にと望むようになり、凡庸な跡取りでしかない夫は次第に追い詰められます。

 可哀想だとは思いましたが、これも貴族の宿命ですし、夫にはいくらでも生き残れる手段がありました。

 どうせ開発できないのだから、未開地を分与するようにとお義父様に進言する。

 そうすれば、王国の思惑である未開地の開発を弟に任せるという考えに賛同したと理解されて潰される心配もありませんし、バウマイスター騎士爵領への援助もしてもらえたはず。

 ですが、夫はそれを選択できませんでした。

 自分は長男であり、未開地の権利は王国が認めたもの。

 だから、未開地も含めて全て自前で開発をして爵位を上げるのだと。

 そして、それに弟である彼が協力して当然であるという態度を隠さず、結局双方の関係は敵対関係となってしまいました。

 できれば私も忠告はしたかったのですが、この領地では女性が男性に助言するなど、出しゃばりにも程があると言われてしまうだけ。

 私は、毎日彼を罵りながら荒れ狂う夫から距離を置くことしかできなかったのです。

 そのせいもあってでしょうか?

 私は、彼を夫の仇だとは思えなかったのです。

 そもそも、最初に義弟の暗殺を企んだのは夫の方だったのですから。


「まさか、こういうことになるとは……」


「私も意外だったわ」


 お義父様に言われて新築されたばかりの小屋へと向かうと、そこには彼が待っていました。

 そう久しぶりでもないのですが、やはり正式に伯爵様になった事実は大きいようです。

 責任が増えた分、大人びて見えるようになっていたのですから。


「ええと……アマーリエ義姉さんは……」


「その話はやめましょう。堂々巡りだと思うから」


 正当防衛とはいえ、自分の夫を殺した男という話なのでしょうが、それはすでに過去のことで、もう考えるだけ無駄なのですから。

 なにより、あの結末を変えることなど不可能なのです。

 もはや語る意味がありません。 


「それにね。あの人は、この方面では誠実でもなかったし」


 新婚当初は妻として大切にしてもらっていたと思うけど、私が二人の子供を産むと、次第に女としては見られなくなっていたと思う。

 特にこの二~三年ほどは、新しい愛人に夢中であったのだから。


「愛人? そんな話は……」


 初耳だったようで、彼は驚きの表情を隠せないでいました。


「言えるわけがないでしょう。お義父様が、事件後に密かに後始末をしたくらいだから」


 夫は、『貴族には、複数の妻が必要だ!』という理念に基づき……いえ、実はただの女性好きだったのか?

 本当に貴族とはそういうものだと思っていたのか?

 今となっては真相はわかりませんが、領内にある貧しい農家の娘を密かに囲っていたのは事実でした。

 夫はその存在を隠しているつもりでしたが、当然お義父様にはバレていて……。

 まあ、この手の話題はすぐに噂になるので隠せるはずもないのですが。

 なんでも、正式に領主になったら妾にすると言っていたそうです。


「悪いことではないんですけど……」


「そうね……」


 それならせめて、私たちに隠すことなく、自分の才覚だけでそういう女性を囲ってほしかったのものです。

 ちなみにその女性は、事件後にある程度の慰謝料兼口止め料を貰って領外へと嫁いでいきました。

 お義父様が、内密に処理したのです。

 幸いにして子供はできていなかったので、それだけが唯一の救いだったと思います。


「二人も子供がいるのにあまり経験豊富じゃないから少し心配だけど、短い間だけどよろしくね」


「はは……。よろしくお願いします」


 二人でぎこちない挨拶をしてから、私たちは抱き合いながらベッドへとなだれ込み、そういう関係になりました。

 ヴェンデリン君の婚約者たちのことを考えると、少し後ろめたい気持ちもありつつ、ちゃんと彼に抱かれた私は、実はまだ女なのだと再確認できて安心もしている。

 子供たちのこともあり、彼が結婚するまではこの関係を楽しんで、少しだけ女性に戻る時間があってもいいのかも。

 事が終わり二人で生まれた姿のままベットで寝ていると、そんな風に思えてしまう。

 

「ヴェル君……大人になったのね」


 まだあの頃の可愛さも残っていて、でも伯爵様として多くの家臣たちの上に立って仕事もしていて……私はそんな彼が完全な大人になるまで見守る女でいいのかもしれない。

 そんなことを考えていたら、彼が目を覚ました。


「ううん……アマーリエ義姉さん」


「ヴェル君? あっ!」


 もう私は、ヴェル君なんて呼んでは駄目よね。

 彼はバウマイスター伯爵様なのだから。


「ヴェル君かぁ……懐かしいですね」

 

 彼が実家を出るまで、一番接して話をしていたのは私だったと思う。

 でも、お義父様とお義母様の彼に対する方針と、亡くなった夫の目もあって、多分第三者から見たらそこまで親密に見えなかったかも。

 それでも、ヴェル君は私にここまで配慮してくれて。

 優しいから縋ってしまいそうになるけど……でも駄目よね。


「ヴェンデリン様、お館様、バウマイスター伯爵様……どれがいいのかしら?」


「ヴェル君でいいですよ」


「いいの?」


「どうせ今は二人きりですし、周囲にはそういう風に呼ぶ人ばかりですからね」


「そうなの……」


 元々ヴェル君は自立を目指していたけど、貴族になることを目指していなかった。

 優れた魔法使いだから、あえて面倒事が多い貴族に拘らなかったのだと思う。

 それが、思わぬ運命の流転で貴族になってしまって、他人に対する責任も背負ってしまい、色々と大変なんだと思う。 

 ならば今の私にできることは、彼の……ヴェル君の心身の疲れを少しでも癒すことなのだろう。


「(ヴェル君が結婚するまで、私が少しでもお役に立てたら)ヴェル君」


「懐かしいですね。アマーリエ義姉さんが初めてバウマイスター騎士爵領に嫁いで来た時に……」


「ヴェル君はまだ子供で、私もまだ若くて」


「アマーリエ義姉さんはまだ十分に若いですよ」


「まあ、ヴェル君はちゃんとお世辞も言えるようになったのね」


「お世辞じゃないんだけどなぁ……」


「本気にするわよ」


「していいですよ」


 それから二人で就寝するまで、過去の思い出話に花を咲かせました。

 こんな楽しい時間は長くは続かないだろうけど、私は自分が女性であることを再確認でき、残りの人生も強く生きていけそうな気がしてきたのでした。






 と、初日の逢瀬で思ったのだけど、私やお義父様の予想とは大分ズレが出てきたような気がします。

 彼が、妙に私を大切に扱うのです。


「アマーリエ義姉さん、色々と苦労をかけてすみませんね」


「パウル様、お気遣いは無用ですよ」


 ヴェル君とそういう関係になってから一ヵ月ほど。

 密会のあった翌朝。

 いつもどおり小屋の掃除をしていると、そこに領主である義弟のパウル様が一人で姿を見せ、私に声をかけてきました。

 ヴェル君と密会を行なう小屋には、パウル様の命令で関係者以外の一切の立ち入りが禁止され、普段は鍵がかかっています。

 掃除などの管理は私の仕事で、鍵を持っているのは私とヴェル君とパウル様だけ。

 ヴェル君からは魔導携帯通信機も渡されており、彼がここに来る時には事前に連絡が入る仕組みになっています。

 期間限定のあてがい女に高価な魔道具を渡していいのかとも思うのですが、これは将来的には子供たちに渡される予定の品だそうで、問題はないとのことです。


「私は、かなり楽しんでいますから。悪い妻ですね」


「もうクルトの兄貴は死んでいるから、それは別に……。凡庸だけど、親父の言うことは素直に聞く。俺は、クルト兄貴のことをそういう風にイメージしていたんだけどなぁ……どうして家族を巻き込んで……」


 パウル様も、ヴェル君が実家を出てから数年で、夫の内面が大きく変わってしま

ったことに気がついていないようです。

 まさか、夫が私を放置して他の若い女を愛人にしていたとは思わなかったのでしょう。

 彼はヴェル君の活躍を聞く度に、自分の地位を脅かすのではないかと勝手に恐れ、そこから形だけ貴族として虚勢を張るようになってしまった。

 そして最期に、無謀な賭けに出てしまったのだから。


「ですから、私は久しぶりに女なのだと実感できて嬉しいのです」


「アマーリエ義姉さんがそう言ってくれるのなら、安心できる。しかし、この小屋は凄いねぇ……」


 最初はベッドくらいしかなかったのですが、今ではかなり豪勢になっていました。


『ベッドを交換しましょう。クッションとシーツと枕とかも。一番必要なものですから』


 ヴェル君は若いのに、婚約者が複数いても式を挙げるまでは彼女たちに手が出せません。

 かといって、そういうお店にも行けない身分ですし。

 でも若いから、かなりの頻度で私の元に来るようになり、そうなると小屋の状態に不満があるようで、次々と中の家具や備品を追加し始めました。


『高そうなベッドね』


『貰い物だから気にしないでください』


『貰い物なのね……』


 こんな豪勢なベッド。

 私は、今までの人生で見たことがありませんでした。

 バウマイスター騎士爵家や実家では、まず購入できないほどの高級品なのですから。

 クッションやシーツなどの寝具類もすべてて王都のお店の最高級品だそうで、洗濯などにも気を使ってしまいます。


『部屋が寂しいですね』


 続けて、カーペット、壁紙、カーテンなども追加され、小屋は外見とは違って中身は豪勢になってきました。


『アマーリエ義姉さん、この小屋って一応風呂があるんですね』


『水汲みが面倒だけどね』


『浴槽が狭いし、汚い……』


 別に備え付けてある浴槽は新しい大きなものに変えられ、それに合わせてタイルなども張られます。


『さすがに、浴室の内装はなぁ……。壁紙くらいは張れるけど』


 ところがヴェル君は、王都から風呂とついでにトイレの内装を行なう職人を魔法で連れて来たのです。


『何日かかる?』


『この広さなら、二日もあれば十分でさぁ』


『朝晩に王都に送り届けてあげるから、室内でこっそりと作業をしてくれ。日当は、相場の十倍出すから』


『へい! 綺麗に仕上げてみせますぜ』


 魔法で自由に移動できるので、王都から職人を呼び寄せて浴槽とトイレなどの改装を行なわせていました。


『あのヴェル君?』


『この職人さんなら大丈夫ですよ。そういう職人さんですから』


 貴族や金持ちが、ちょっと家族などに知られたくない妾宅などの改装を高値で引き受ける代わりに、口が堅くて秘密を守ってくれる。 

 彼はそういう職人さんだそうです。

 以上のような経緯があり、小屋は内部がとても豪華になっていたのです。


「だから、この小屋って内装が素晴らしいのか。うちの新築中の屋敷よりも内装が豪華な気がする」


 パウル様は、ヴェル君がその財力に任せて改装した小屋の内装に少し顔を引き攣らせていました。

 気持ちはわかります。


「綺麗な箪笥ですね……」


「ええと……」


 ヴェル君は、私にアクセサリーや衣装などをよくプレゼントしてくれるようになりました。


『王都まで買い物に行きましょう』


『ヴェル君はお顔が……』


『大丈夫ですよ』


 下着も、デザインがいいものを着けていた方がいいそうで。

 王都の高級店に、魔法で買い物に連れて行ってもらいました。

 生まれて初めての、子供の頃から憧れていた王都は、本当ならば高価な魔道飛行船の運賃を払わないと行けませんが、ヴェル君なら魔法で一瞬で到着してしまう。

 この年になって初めて男性とデートをしましたが、こんなに楽しいものとは思いませんでした。


『この指輪をつけてください。変装用の魔道具ですよ』


 大物貴族たちがお忍びで出かける時に使う変装用の魔道具を使って、定期的に私を色々な場所に連れて行ってくれました。

 

『エリーゼ様たちに悪いような気が……』


『それは、結婚後に埋め合わせしますよ』


 ヴェル君は、それから週に五回は夕方から就寝するくらいの時間まで私を連れてデートをしたり、あの小屋で密会を重ねていました。

 多すぎるような気がしなくもないけど、これも彼がエリーゼさんと結婚するまでのこと。

 私も、期間限定で女として最後の楽しみだと思うことにしましょう。


『今日は、工事先で夕食を済ませると言ってあるから』


 と言って、王都の高級レストランに連れて行ってくれたり。


『この下着は、少し派手ではないですか?』


『そんなことはないですよ』

  

 エリーゼ様たちには悪いなと思うほど、色々と買ってもらえたり。

 数年前ならあり得ない生活ですが、これも期間限定の泡沫の夢。

 ヴェル君が結婚するまでのことだと考えて、私はその幸せに身を任せました。


「あいつ、よほどストレスが溜まっているのかね?」


「かもしれません」


 小屋にいる時はそういうこともしますが、軽食やお菓子を食べたりお茶を飲みながら話をしたり、買い物した下着や服などを私が着るのを嬉しそうに見ていたり、一緒にお風呂に入ったり。

 まるで、姉というか母親のように甘えてくることが多かったのです。

 

「ヴェルは、子供の頃はえらく大人びた子だったけど、今になってバランスが取れているのか? しかし週に五回とか、嫁たちにバレないのかね? ああ、家臣たちが全力で誤魔化すのか」


「ローデリヒ様なら、上手く誤魔化してしまうのでは?」


「あいつは優秀だからな。でも、ヴェルがここに多く来ると助かる」

 

 アリバイ工作も兼ねて、領内の土木工事を恐ろしい速度で前倒しして行なうので、パウル様からすれば大助かりなのは事実でした。

 私としても、普段お世話になっているのでありがたかったです。


「あとは、カールとオスカーが継ぐ領地にもすでに基礎工事が入っているな」


 私の子供たちが継ぐ予定の領地は、ここの隣。

 今は無人の草原ですが、すでにヴェンデリン様が魔法で整地や区画整理などを始めています。

 実は来年から、実家であるマインバッハ騎士爵家に家臣や人手を出してもらい、開発を開始することが決定しました。

 そして長男のカールが成人するのと同時に、ある程度は開発が終わっている領地を引き渡せるようにという、ヴェル君からの配慮なのです。

 次男のオスカーは従士長として分家を創設することになっていて、お義父様もできる限りの協力は惜しまないと約束してくださいました。


「なんか、アマーリエ義姉さんを利用してるようで悪いけど。しかし、あいつ。もの凄くアマーリエ義姉さんを気に入ったみたいだな」


「私は結構嬉しいですよ。女として求められていますから」


「あいつ、結婚後も関係を続けたりして」


「それは絶対に駄目ですよ」


 あくまでも、ヴェル君が結婚するまでの関係であり、関係をずるずると延ばしては双方にとってよくないでしょう。


「あの人の死で、私の女としての人生は終わったと思った。でも、この半年ほどでまた女に戻れた。この思い出を糧に、残りの人生はマインバッハ騎士爵家を裏から支えます。上手くやれば、準男爵家くらいまでにはなれるでしょうから」


「そこまで思い詰めなくてもいいと思うけど」


「それに、ヴェンデリン様の婚約者たちを侮ってはいけませんよ。女性の勘とは鋭いものなのですから。期間限定なら、エリーゼ様などは気に入らないとは思っても目を瞑ってくださるでしょうから」


「そういうのは、俺にはよくわからないなぁ。妻が考えていることもよくわからないくらいだし。しかも、もう少ししたら側室が来るとか。俺には、少ししんどいわ」


「駄目ですよ。パウル様は今をときめくバウマイスター閥の一員なのですから」


「弟の七光りだけどね」


 まだ、ヴェル君の結婚までには時間がある。

 私はタイムリミットまでの時間を、できる限り女として生きて行こうと決意するのでした。

 亡くなった夫や、子供たちには悪いと思いながらも。





「ふーーーん。アマーリエ義姉さんが、ヴェルのあてがい女にねぇ」


「貴族としては、悪くない人選でしょう? ヘルムート兄さん」


「パウル兄さんが隠ぺいに協力……性格的に合わないよなぁ」


「そこは、ローデリヒたちも手を貸しているから」


「ヴェルの家臣は忠実だなぁ」




 とある日の夕方。

 今日は、とある酒場で久々にヘルムート兄さんと一席設けることとなった。

 仕事を終えて約束した酒場に行き、そこでバウマイスター辺境伯家周りの話をするのだけど、話題の中心はヴェルの「あてがい女」が、アマーリエさんになったことだ。

 これほどインパクトはある話題もないかな。


「クルトの兄貴の不始末を、その嫁が償うわけか」


「あまり公にはされていないけど、過去にはそういう人選も多かったそうですから」


 貴族ってのは、なにか過去に前例のある名分が大好きだから。

 この人選にケチをつけられる貴族はいないはずだ。


「貴族的にはわかるけど、感情的にはどうなのかね? ヴェルの奴、ちゃんとデキればいいけどな」


「ああ。それについては心配ないですよ」


「どうしてだ? エーリッヒ」


「あてがい女はですね。私もヘルムート兄さんもそうだったでしょう? 内密の仕事だけど、それには報いますからという話が出る」


「俺の時もそうだったなぁ。義父の知人で同じ森林警備をしている貴族の陪臣の未亡人ってやつ」


 密猟者を捕らえる時に戦傷死してしまい、まだ子供が幼くて仕事ができないので、その間の生活費を補填する条件でヘルムート兄さんのあてがい女になったと聞く。

 僕も似たような条件の人だったと義父からは聞いていたので、貴族の未亡人好きとかあるのかね?


「エーリッヒもそうだったのか」


「僕の場合も、同じような感じですよ」


 僕の場合、モーリッツ子爵の陪臣で若くして病死してしまった者がいて、その残された若い未亡人が相手であった。

 やはり子供が幼かったので、その子が成人するまで家計の面倒を見るという約束であったと。


「一種の救済制度でもありますからね」


 秘密を守ってくれれば、それなりの金を口止め料として支払う。 

 未亡人なので、残された子供たちにためにほぼ百パーセント約束を守ってくれるのだ。


「そうやって、男の罪悪感を少しでも減らすと」


「みんな、そんなものでしょう。最初は、結婚する奥さんに悪いとか考えて」


「確かに考えた」


 僕もヘルムート兄さんも、つい奥さんの姿を思い浮かべてしまった。


「次にその人の事情を聞いて、これを断るのはもっと悪いと思ってしまう」


「思った、思った」


 ここで拒否をすると、その女性と子供たちなど残された家族の生活に大きな影響が出しまうからだ。

 そうやって断りにくくするって理由もあるのだろうけど。


「でも、みんな男ですからね。女性とそういうことができると思うと、本能では大喜びであると。ヴェルも男ですから」


 そんなわけで、みんながあてがい女を受け入れるわけだ。

 元々そういうことが嫌いな男性もほとんどいないというのもある。


「言えてる、俺もそうだった」


「僕もそうですよ。で、一度そういう関係になると、それが終わる時になると惜しくなる」


「俺もなったな。で、義父から『自分もそうだった』ってあとで聞くんだ」


「僕たちは、貴族の前に男性ですからね」


 僕が語った真理を聞いたヘルムート兄さんは大笑いをし、その後は酒を飲みながら別の話題で話を続けるのであった。

 もうすぐヴェルも結婚かぁ……奥さんが多いけどね。

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