第175話 結局、後始末をする羽目になる(その3)
結局、一時間もしない内に襲爵の儀は終わった。
帰る前に、一緒に襲爵の儀に参加していたルックナー財務卿が、『バウマイスター伯爵を敵に回すとは、愚かだの。貴殿は、気前がよい貴族なのに』などと言っていたが、それは買い被りであろう。
俺はただ、ブロワ辺境伯家に嫌らしい復讐をしているだけなのだから。
『瞬間移動』でゲルト邸に戻って王都でのあらましを話すと、残されていた家臣たちはすんなりとゲルトさんの襲爵を認めた。
特にゲルトさんに同伴して陛下から念を押された連中は、全員目が据わっている。
「お館様。領主館に入って、先代の葬儀の準備を始めてください」
彼らは、屋敷に残っているかつては同じ候補者を推していた上司を最悪排除する覚悟を決めたようだ。
ゲルトさんと、その息子であるリーンハイトを伴って屋敷に入る。
すぐに彼らの私兵たちが二人の護衛に入り、先代ブロワ辺境伯の遺体が安置されている部屋に入ると、突然のことに驚く元上司たちに対し、彼らはこう宣言した。
「新しいブロワ辺境伯は、ゲルト様である! 王都にて陛下から正式に襲爵の儀を受け、その証明に新しいマントも得た! これより、正式に政務に入っていただく」
「バカな!」
「そんな嘘を信じるものか!」
「気でも狂ったか!」
フィリップ派、クリストフ派を問わず、遺体の傍にいた家臣たちは一斉に彼らを非難をし始めた。
格下が相手なので、余計にその口調は強い。
「一体、いつ王都で襲爵の儀など受けたのだ! 妄想もいい加減にしろ!」
「バウマイスター伯爵様の魔法により、その時間は短縮された。当然、襲爵の儀にも同行なされている。文句はありますか?」
「……」
彼らは重臣なので、俺、導師、ブランタークさんの顔を知っていた。
さらに、俺の隣にはカルラ嬢もいる。
「やられたのか……」
「やられたというのはおかしいですな。後継者争いでブロワ辺境伯領を混乱に陥れたお二方を排除し、ゲルト様に治めていただく。バウマイスター伯爵様が隣の混乱を見かねて手を貸していただけた」
「まあ、そういうことですね。譲渡後に開放されたヘルタニア渓谷の開発にも影響しますし」
「……」
唖然としたままの重臣たちに向けて、俺はトドメの一言を言い放つ。
「今なら、まだ取り返しがつくと思うけど。出陣して捕虜になっている連中や、無駄な交渉引き延ばしをしている連中に比べれば」
寄子と領地の減少に、和解金支払いによる借金の増加。
新しい領主就任と同時に、今後のブロワ辺境伯家では家臣団のリストラと再編成が始まる。
早く新領主への支持を表明すれば生き残れ、上手くすれば今まで支持者が少なかったゲルトさんに重用される可能性もある。
「あなたたちは留守番役だったからこそ、逆にチャンスだと思いますけどね」
二人に重用されているからとついて行った連中は、よくて当主強制引退か、役職剥奪か、家禄の減少だ。
悪いと、二人と一緒に追放されるか、あの夜襲を計画した連中は間違いなくお家取り潰しと、当主縛り首しか未来が残っていないのだから。
「ゲルト様に従います……」
彼らも腹を括ったようで、すぐに私兵を集めてから領主館の警備強化をしてゲルトさんの家族を受け入れ、同時にフィリップとクリストフの家族や逆らうと予想される同僚などの軟禁を行なった。
同時に教会にも使者を送り、先代の葬儀を明日に行なうと連絡を入れておく。
「早いですね」
「外部から弔問客を呼んで行う対外的な葬儀は、もっとあとで行なっても問題ありません。今は、家臣と家族だけで行なう内向きの葬儀ですね。布告も出すので、近隣の領民たちも参加するかもしれません」
急遽葬儀委員長に任じられたリーンハイトは、突然お気楽な立場から次代ブロワ辺境伯にされて少し戸惑っていた。
それでもしっかり勤めを果たしているので、優秀ではあるのだ。
「まったく、バウマイスター伯爵様はやってくださる」
「これも、我が身の安寧のため」
「私の安寧は綺麗サッパリ消えましたよ……」
先代の葬儀の喪主をゲルトさんが務めるということは、その跡を継ぐと周囲に宣言するのに等しい。
さらにその葬儀委員長であり、席次が彼の次であるリーンハイトは、次のブロワ辺境伯に内定したに等しかった。
本人はかなり嫌がっていたが、お気楽な分家の跡取りから次代辺境伯にされてしまったので仕方がないとも言える。
「このような仕打ち! 決して許しません!」
「なぜ夫が葬儀に参加できないのです!」
「反乱分子の癖に、亡くなられたお館様の葬儀なんて!」
当然、騒ぐ人たちもいた。
軟禁している先代ブロワ辺境伯の本妻に、フィリップとクリストフの妻たちである。
だが、俺は彼女たちにまったく同情できなかった。
みんなそれぞれに、己の欲のため、二人の後継者候補たちの争いを煽っていたからだ。
「こんな若造に、いいようにブロワ辺境伯家を掻き乱されて!」
その中でも、特に先代の本妻である老女が激高していた。
高価なドレスと装飾品に身を包み、実家の家柄もいいそうで上品そうに見えるが、怒ると鬼ババのように見える。
「ヴェル様、鬼ババ」
「ヴィルマは、こんな風になってくれるなよ」
「ならないようにする」
葬儀に出るために借りた喪服を着た俺たちは、鬼ババの怒りなど無視していた。
気丈なように見えるが、彼女が自分の息子可愛さに次男クリストフを推して無茶をした結果、余計に後継者争いが拗れたという原因もあったからだ。
「ブロワ辺境伯家は終わる! 成り上がりの、水呑み騎士の八男風情に家を乗っ取られて!」
鬼ババの発言に、周囲が凍りつく。
裏でならともかく、俺本人の前で暴言を吐いたからだ。
「ゲルトさん。そちらのご夫人は、精神的な疲労のせいで錯乱されているようですね」
「はい……。これからは、療養に専念してもらいます……」
鬼ババも、二人の妻たちも、まずは王都にあるブロワ辺境伯邸へと移送され、そこから教会や軟禁先などに送られることになるそうだ。
教会で始まった葬儀で、ゲルトさんとリーンハイトの次に棺と対面させられてから、強制的に王都行きの魔導飛行船に押し込められていた。
「自分の領地だけでも手一杯なのに、ブロワ辺境伯領の統治なんてしませんよ。内輪揉めも結構ですが、他の人たちの迷惑にならないようにしてください」
最後に、港に強制連行される鬼ババたちに対しピシャリと言い放つ。
鬼ババたちはうな垂れながら、家臣や兵士たちによって葬儀会場から連れ出されて行った。
葬儀自体は丸一日続き、多くの領民たちも献花などをしていた。
式は内向きのものであったが、喪主はゲルトさんで俺たちも参列している。
領民たちは、誰が新ブロワ辺境伯なのかを理解したはずだ。
「しばらく忙しいでしょうね。あの二人は……自滅以外の何物でもない……」
葬儀は無事に終わったが、難題は山積みであった。
まだゲルトさんを支持する家臣の数が少ないからだ。
「反乱しようにも、兵力がないのが救いですか……」
捕虜になっている者が多いのと、当主が不在なのに勝手に兵を挙げるわけにもいかないからだ。
「ここに、夜襲で当主が戦死した家のリストがあります」
「十七家ですか。意外と多いですね」
戦功を求めて前線にいたのが大きかったようだ。
「残っている子供なり兄弟に家を継ぐのを認めれば、支持は得られますか」
新ブロワ辺境伯の名の下に、新当主を承認する。
他の捕虜になっている陪臣たちも同じだ。
お咎めなしで、家禄はそのまま。
そう伝えると、残されていた家族や使用人たちからの反発は出なかった。
彼らからすれば、誰が主君でも家が保たれればいいのだから。
「ですが、看過できない者たちもいます」
覚悟を決めて新ブロワ辺境伯になったゲルトさんが、すぐに兵を送った場所がある。
フィリップ、クリストフの姉妹たちが嫁いでいる分家や陪臣家、あの夜襲を指導した従士長コドウィンとそれに連なる諸侯軍の重臣たちである。
当主と男手が出陣していたために、彼らの家族は突入した兵士たちによって呆気なく捕らわれてしまった。
「綺麗事は言っていられません。兄の直系の血筋の方々には出て行ってもらいます」
領内に残すと、またろくでもないことを企む可能性が高いからだ。
コドウィン以下の重臣たちは、大失態の咎で本人は縛り首、家族は全財産没収でブロワ辺境伯領から追放という処置になる。
可哀想だが、あれだけのミスを庇いようがない。
「この女狐め!」
「お前の母親と同じよ! 水呑み騎士の息子を誑かして、ブロワ辺境伯家を地獄に叩き落した淫売め!」
カルラ嬢は、俺とゲルトさんが行なうことをただ淡々とした表情で見つめていた。
まるですべてを記憶に刻むように。
彼女は先代ブロワ辺境伯の娘であったが、自分はそうは思っていない。
他所の家がどうなろうと、彼女にとっては心の底からどうでもいいというのもあり、かなり客観的に見ているというのもあるのかな。
彼女の異母姉たちは、可哀想に分家に見捨てられてしまった。
潰すと統治に影響が出るので、家禄の減少、罰金、当主を異母姉たちの子供ではない親族に継がせるという条件を呑み、彼女たちは離縁されて母親たちと同じく教会送りとなる予定だ。
連行されている途中、カルラ嬢に暴言を吐いていたが、彼女は無表情のままで特に気にもしていない様子であった。
「カルラ様は、ある意味凄いわ……」
ブランタークさんは、カルラ嬢の態度に珍しく少し引いていた。
普通の少女なら、なにか言い返すくらいするだろうからだ。
それをしないってことは、それだけカルラ嬢が達観している、これら一連の処置を誰よりも冷静に客観的に見ている証拠なのだから。
「叔父の立場から言わせてもらっても、そう感じます」
彼女は思慮深い優しい人であるが、大切なものとそうでないものとを冷静に分け、後者を冷徹に切り捨てる。
思えば、この一連のブロワ辺境伯家当主交代劇も、彼女が最初に導火線に火をつけたとも言えるのだから。
「(いや、彼女なりの復讐か……)」
母や自分を翻弄した、ブロワ辺境伯家への復讐なのであろう。
そう思うと、その結末を知らないまま死んでしまった先代は幸せだったのかもしれない。
「彼女を娶ってくれとかいう話はなしですよ」
「いや、それはさすがに言えません……。関係を修復するにしても、次世代以降でしょうね」
新しいブロワ辺境伯は南部との確執を引き摺っていないので、まずは交易や未開地開発に行く出稼ぎ労働者の受け入れなどから徐々に開放していく。
婚姻などは、跡継ぎであるリーンハイトかその子供の代でということになるはずだ。
永遠に揉め続けるわけにもいかないし、追い込みすぎると再び暴発する危険もある。
本当に、貴族の近所付き合いというは色々と大変であった。
「バウマイスイター伯爵様。私も、ブロワ辺境伯家の呪縛から逃れることができました。本当にありがとうございます」
ゲルトさんは、早速当主権限でカルラ嬢をブロワ辺境伯家の籍から外した。
彼女は母親の実家であるベンカー騎士爵家の娘という扱いになり、晴れて自由の身となったわけだ。
ベンカー騎士爵家とて、ブロワ辺境伯家から籍を外された娘など、政略結婚の道具にも使えないはず。
その前に、あの家自体に政略結婚をする価値もないと言われればそれまでなのだが。
「よかったですね」
俺にお礼を言うカルラの所作は、本当に美しかった。
普通の男なら惚れてしまうのであろうが、俺はかなりドン引きしている。
彼女と結婚して子供を設けると、後日バウマイスター伯爵家がブロワ辺境伯家の二の舞になりそうな、そんな予感だ。
「(カルラさん。わざと俺にそう思わせているな……)」
しかも、わざとそういう風に見せて俺に惚れさせないようにしている。
彼女自身も、バウマイスター伯爵家に嫁ぐのは嫌なのであろう。
「(いえいえ。俺はあなたに興味がなくなりました……)」
『さらば、俺の元彼女に似た人よ』という感じである。
こうして、人は過去を捨てて大人になっていくのだ。
「ヴェル様?」
「ヴィルマは、可愛いなぁ……」
「ちょっと恥ずかしいけど、いい……」
近くにいたヴィルマの頭を撫で撫ですると、彼女は嬉しそうに顔を赤らめていた。
だが、あの男がこの程度で引くはずはなかった。
「(ヴェルは俺の親友だよなぁ。カルラさんが俺に嫁ぐ障害を排除してくれて)」
エルは、嬉しそうに俺にお礼を小声で言った。
あのカルラさんを見ても、彼の気持ちにはまったく変化がないというのが凄い。
「(カルラさんはベンカー騎士爵家の娘になったけど、確実にエルの奥さんになるというわけでは……)」
家格的には問題はなくなったと思うが、問題はカルラ嬢本人にその気があるかである。
ベンカー騎士爵家の当主に命じても、その気になれば一人で生きていける彼女が受け入れる保障もない。
それに……。
「(エルだと脈がない。確率は一割を切る)」
ヴィルマの勘の鋭さは本物なので、そう外れた予想でもなかった。
「(大丈夫だって。ヴェルが場を整えてくれたんだから、あとは俺が男を見せる時だ)カルラ様ぁーーー」
そう言い残すと、エルは早速カルラ嬢に話しかけていた。
「(どう思う? ヴィルマ)」
「(エルが自分でやると言ったから、任せればいい)」
今の俺の力なら、強引にベンカー騎士爵家に頼むことも可能ではある。
だが、カルラ嬢に無理強いはしたくないし、親友であるエルにはどうにか自力で恋愛を成就してほしい。
「(それに、エルにだってプライドがあるからな)」
「(男のプライドは厄介)」
「(ははは……)」
俺の命令で強引にカルラ嬢を嫁がせるとなると、それはエルの男としてのプライドを傷付けることにもなる。
ヴィルマの指摘は、相変わらず鋭かった。
「(エル、頑張ってくれ)」
俺は、懸命にカルラ嬢に話しかけるエルを見ながら、心の中でエールを送った。
ブロワ辺境伯家の問題はほぼ解決したものの、俺の悩みはまだ完全に解決していなかった。
「では、あの二人に引導を渡しに行くとするのである!」
「導師、ぶっちゃけたな」
「それにしてもあの二人、慌てて戻って来ると思ったのだが……」
ヘンリックの魔導飛行船の中で、導師とブランタークさんが話をしている。
新ブロワ辺境伯であるゲルトさんによる領内の掌握は、ほぼ完了した。
わずか一週間で、フィリップ派とクリストフ派による争いは影すら消えて、全員が表面上は新当主に忠誠を誓っている。
いきなりのクーデターで対応ができず、今は仕方なく従っている者もいるかもしれないが、時間が経てば経つほど反逆など不可能になる。
王家から襲爵されたという正当性に、紛争でブロワ辺境伯家に完勝した俺たちが手を貸したのだ。
今の当主ならば徐々に関係改善も進むとなれば、家臣たちはゲルトさんが当主になるのを認めるしかない。
それに、今いない重臣たちは改易と没落が決定している。
今のうちに新当主のために働き、あまり腹心がいないゲルトさんに引き上げてもらおうと、懸命に働いている者たちも多かった。
皮肉なことに、家臣たちの流動性が高まった結果、統治効率はそう悪くないそうだ。
会社も貴族家も、似たような部分があるな。
「情報が流れていないのですかね?」
「さすがにそれはないと思います」
導師たちの横で、俺とゲルトさんも話をしていた。
突然のクーデターで、こちらにつかなそうな親族や陪臣たちは捕らえたとはいえ、それは全員ではない。
逃げ延びた者たちが、裁定交渉に出ている二人に報告をしている可能性は高かった。
「抜け出せないんだろう」
一度目の裁定案を夜襲で反故にしているので、二度目まで放置してブロートリッヒに戻るわけにはいかないのであろう。
もしそれをしたら、二人の信用は地に落ちてしまうからだ。
ブランタークさんは、そのように予想していた。
「自分たちが戻れば、大半の家臣たちは自分たちを支持しているのだからと、高を括っているかもしれぬ」
基盤が脆弱なゲルト政権など、簡単に覆せると思っているのかもしれないと、導師は語っていた。
「本当にそうなのですか? 導師」
「そう思いたいのであろう。人とは、そういう生き物なのである!」
ところが、その忠実な家臣たちの大半は、第三の新当主を受け入れている。
それを認めれば家が繋がるので、無理に逆らうような真似はしないわけだ。
「残っていた連中の大半は、元々どっちが継いでもあまり立場に違いがないのである」
フィリップかクリストフが新当主になれば重用される可能性があった者たちは、ほとんどが出陣中だった。
残っていた者たちからすれば、上を追い落とすチャンスでもあったのだ。
重臣の枠が決まっている以上、この滅多にない上級家臣たちの脱落は、中堅、下級陪臣である彼らにとって大きなチャンスというわけだ。
「先代と血縁がある連中もすべて没落決定である! まあ、あれだけの騒ぎを起こして一族皆殺しにならないだけ幸運であろう」
停戦前ならば、確実に血の粛清が行なわれていたであろうと導師は話を続けた。
「ヴェル様、そろそろ到着する」
「半月前と変化なしかよ……」
ヴィルマの報告を受けて、俺は魔導飛行船から下の景色を見る。
裁定交渉を行っている大型テントと両軍の野戦陣地は、俺たちがヘルタニア渓谷を目指す前とまったく変化がなかった。
「そうなんですか。俺はどちらかと言うと……」
「エルぅーーー。到着したぞ」
「えっ! もう?」
カルラ嬢を捕まえて楽しそうに話をしているエルを引っ張って魔導飛行船から 『飛翔』で飛び降りると、すぐにブライヒレーダー辺境伯が出迎えてくれた。
「ようやく、交渉が纏まりそうな方の到着ですか」
「新ブロワ辺境伯ゲルト・オスカー・フォン・ブロワです。色々と面倒をかけて申し訳ない」
王国から支給されたマントを着けたゲルトさんを見て、ブライヒレーダー辺境伯は心から安堵の表情を浮かべた。
『やっと来てくれた……』と思っているのであろう。
「それで、どうなっているのです?」
「毎日毎日、意地汚く値下げしてくれとうるさいんですよ」
二人とも、この件では協調路線を取り始めていて、ブライヒレーダー辺境伯もいい加減に嫌になっていたようだ。
「そうですか……」
「早速交渉を始めましょうか」
交渉が行われている大型テントに入ると、すぐにフィリップとクリストフが騒ぎ始めた。
まさか、クーデターを起こした首魁がここに来るとは思わなかったのであろう。
「叔父上!」
「私たちの留守に反乱とは許しがたい! 縛り首も覚悟していただく!」
今にも掴みかからんばかりの勢いであったが、それはゲルトさんが連れて来た家臣たちによって阻止された。
「フィリップ。クリストフ。私はすでに、王家から襲爵を認められた身なのだが」
「そんなわけがないでしょうが!」
「計算が合わない! そのマントは偽物ではないのですか?」
「クリストフ。お前は、陛下が下賜されたマントを偽物と言うのか?」
「時間が合わないじゃないですか!」
クリストフの言うことは間違ってはいない。
魔導飛行船で王都に向かい、陛下の空いている時間を待って襲爵の儀を行なっていたら、間に合うはずがないのか事実だからだ。
「なぜかな? 私は、『瞬間移動』が使える冒険者に依頼して王都に向かったのだが」
「まさか……」
「どうも、伯爵兼魔法が使える冒険者です」
「バウマイスター伯爵……」
俺は冒険者として、新ブロワ辺境伯が早く襲爵できるように依頼を受けて彼を王都に運んだ。
公式には、そういうことになっていた。
「私も、新ブロワ辺境伯の襲爵の儀には同席していましたしね」
俺は、自分の魔導携帯通信機を魔法の袋から取り出して彼に見せる。
「まだお疑いなら陛下に直接お尋ねしてみますか? 『私の叔父は、本当にブロワ辺境伯の爵位を襲爵したのでしょうか?』と。お尋ねしてもいいですけど、最悪首が飛ぶことも覚悟してくださいね」
「……」
クリストフは、俺の言葉を聞くとその場にうな垂れてしまう。
もしそんなことを本当に聞けば、陛下の権威を否定したことになってしまうからだ。
たかが辺境伯の次男程度なら、簡単にクビが飛ぶであろう。
「貴様! 貴族として、恥ずかしくないのか!」
まだ元気なフィリップが俺に怒鳴りつけてくるが、これにも俺は冷静に返した。
「先に人の実家にちょっかいをかけておいて、自分が仕返しされないなんて幸運。本当にあると思っているのですか? 心ならずも貴族になってしまった以上、貴族として動くしかないでしょう」
「うちの者たちを百名近くも殺しやがって!」
「掟破りはそちらが最初でしょう。なるべく殺さないようにどれだけ苦労したと思っているのです?」
「……」
「バウマイスター伯爵の言うとおりですね。彼がその気になれば、ド派手な上級広域魔法で、そちらは全滅でしたよ」
ブライヒレーダー辺境伯の指摘に、フィリップは気まずそうな表情を浮かべる。
彼に従っていた家臣たちは、次第に彼と距離を取り始めていた。
どうにか、新しいブロワ辺境伯に助けてもらいたい心境なのであろう。
クリストフの方も、次第に家臣たちが離れ始めていた。
「我が家の資産であったヘルタニア渓谷を!」
「それも、バウマイスター伯爵が大金と労力を使って開放しなければ不良債権でしょう? 報告は聞きましたが、五名の優れた魔法使いに牽制のための大軍。必要なものを上手く揃えて作戦を行なうのが貴族だと私は思いますよ。軍人として優れているはずのフィリップさんが、どうしてそんなおかしな因縁をつけるのですか?」
「……」
ブライヒレーダー辺境伯の指摘に、フィリップはまた口を噤んでしまった。
「もうこの辺でいいでしょう。このお二方は、交渉に参加する権利すらないのですから」
「そうですね。彼らの処分はブロワ辺境伯殿の管轄でしょうし」
今まで静かにしていたクナップシュタイン子爵の最終宣告により、二人はゲルトさんが連れて来た兵士たちによって身柄を拘束されてしまった。
「あとは、ゴドウィン以下の諸侯軍幹部も、解放後に身柄を拘束だ」
「わかりました」
もうゲルトさんの正当性を疑うブロワ辺境伯家の人間は一人もいなくなった。
その後は、ようやくまともな交渉が行なわれた。
もういい加減に疲れていたのであろう。
ブライヒレーダー辺境伯は、新ブロワ辺境伯のために和解金をかなり下げた。
新当主となった彼に手柄を与えて、早く東部を安定化させてほしい。
そうなれば、交易なども活発になって減額分などすぐに戻って来るのだから。
「とにかく疲れました……」
「書類でも見ながら居眠りをしていれば、ある程度のお金がいただける。夢のような立場だったのに……」
紛争のせいで大損をしたブライヒレーダー辺境伯に、バカな甥たちの自爆で継ぎたくもない爵位を継がされたゲルトさんと。
確かに、誰も得などしていないのだから。
「バウマイスター伯爵は、ヘルタニア渓谷という有望な資産を得ましたが……」
「それなりに苦労しているんですよ」
「それはわかっていますから、少し噛ませてくださいね」
鉱山技師、工夫、精製を行なう技術者と。
足りない尽くしなので、ブライヒレーダー辺境伯から紹介してもらう必要があった。
「鉱山が閉山して行き先ない人とか、結構いますからね。ヘルタニア渓谷は数百年後も大丈夫でしょうから」
失業者対策になると、ブライヒレーダー辺境伯は嬉しそうであった。
「さて、捕虜を返還して戻りますか」
交渉が纏まり、捕虜が解放されて新ブロワ辺境伯家諸侯軍へと再編成された。
最初はカルラ嬢が飾りで、フィリップの牙城であった諸侯軍であったが、幹部たちは大半が捕らえられ、残った家臣たちは新しいブロワ辺境伯を認めている。
現状維持なら勿論、紛争に関わりすぎて家禄が減少した者たちも、エチャゴ平原に作られた縛り首用の処刑台を見て、もう逆らう気力すらなくしていた。
その前に、長い紛争と捕虜生活に疲れていたのであろう。
無表情で処刑台を眺めていた。
「フィリップ様! 私は、娘をあなたに嫁がせたではないですか!」
従士長のゴドウィン以下八名は縛り首にされる前、叫びながら婿であるフィリップに助命を訴え続けていた。
両軍に処刑が公開となったのは、少しでもブライヒレーダー辺境伯家側に納得してもらうためだ。
可哀想だが、それに相当する罪を犯した以上は仕方がない。
「いささか数が少ないですけど、残りの幹部連中も役職剥奪に減給ですからね。正直なところ見ていてあまり気分のいいものではありませんが、これを見届けてようやく紛争は終わりです……」
その直後、ゴドウィンたちの処刑が実行された。
「終わりましたね……帰りますか……」
縛り首となってプラプラと揺れているゴドウィンたちを確認してから、俺たちはようやく自分の領地への帰路についた。
ヘンリックの魔導飛行船で飛び立ってから下を見ると、処刑台ではまだゴドウィンたちの死体がプラプラと揺れている。
俺は視界を逸らして、すぐに忘れようと努力を始めるのであった。
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