第172話 ヘルタニア渓谷開放作戦(後編)

「回収した魔石の数は?」


「全部で二千五十六個だ」


「こんなものかぁ……」




 討伐自体が目的ではなかったが、今日の成果を聞くとやはり軍勢による正攻法での攻略は難しいという事実が判明する。

 そんなことはわかり切っていたが、エルやモーリッツたちの実力を見るためでもあったので無駄ではない。

 我が軍が少ない割に精鋭であり、一日に二千体ものゴーレムたちを倒すことができるが、向こうはそれ以上の回復能力があるから頭が痛いという事実がわかった。

 それに、この二千体のうち半数は魔法で仕留めたという現実もある。

 でも百人で千体なら、うちの諸侯軍は将来期待できそうだな。


「魔石はどうするんだ?」


「この前の『広域エリアスタン』で消費した魔晶石の補充に使う」


「なるほど」


 俺の答えに、エルが納得する。

 持っていた魔晶石がすべて空になり、いまだに魔力の補充が終了していなかったため、その補充のために魔石を稼がせたわけだ。

 予備の魔晶石の数が、作戦の成否を分けるかもしれないのだから。


「しかし、魔石の製造装置ねぇ……。 イシュルバーグ伯爵って、天才なんだな」


「その天才のせいで、俺たちは常に全力戦闘だけどな」


 低品位とはいえ、今では生成過程解明の糸口すら掴めていない魔石の製造装置を作ってしまったのだ。

 できれば、無傷で鹵獲したいところである。


「あくまでも、できたらだね」


「だよなぁ」


 ルイーゼの言うとおり、余計な欲をかいて失敗したら目も当てられない。

 まずは、ロックギガントゴーレムの破壊を優先すべきであろう。


「それで、いつまで戦闘訓練を続けるの?」


「お友達が到着するまで」


「はあ?」


 作戦では、俺たち五人の魔法使いが突入してロックギガントゴーレムを破壊するわけだが、古書によればロックギガントゴーレム自体はあまり強くない。

 素材が岩なので、五人の内の誰かがある程度の魔力量を残して辿り着けば、一定以上の威力がある魔法で破壊可能である。


「問題は、ロックギガントゴーレムが操るゴーレム軍団をどうするかだな」


 活動中のすべてのゴーレムを破壊するなんて現実的には不可能なわけで、可能な限り最低限の数だけ破壊しながら、ロックギガントゴーレムを目指すわけだ。


「俺たちは飛んで行くから、空のゴーレムたちだけ相手にすればいい。だけど、ロックギガントゴーレムの傍に地上のゴーレムたちがワラワラと群がっていたら破壊の邪魔になる。これらを誘き寄せる陽動役が必要になるわけだ」


「バウマイスター伯爵家諸侯軍だけで?」


「全然足りないから、他にも援軍を頼んでいるよ。だから、導師にも冒険者として討伐依頼を受けてもらったわけだし」


「それって、もしかして……」


 数日後、ヘルタニア渓谷の上空に大型魔導飛行船によって編成された、合計四隻からなる空中艦隊が浮かんでいた。

 ルイーゼは、その光景に絶句しているようだ。


「これって、ルート運行されている大型魔導飛行船の予備だよね?」


「そうだよ。これじゃないと、兵数が運べないし」


「経費かけてるねぇ……」


 どうせヘルタニア渓谷を開放すれば、色々と利権を求めてくるのだ。

 ならば、できる限り王国から力を貸してもらえばいい。


「どうせ金を出すのは俺だし、失敗してもそんなにダメージでもないから」


「ブロワ辺境伯家が、後方かく乱をした理由がよくわかるよ……」


 ローデリヒがいい顔をしないかもしれないが、王国軍は経費をこちら持ちで訓練と実戦経験が積め、参加する指揮官や兵士たちはゴーレム相手とはいえ武功を積める。

 この話をエドガー軍務卿に持ちかけたら、すぐに魔導飛行船に軍勢を積んで送ってくれた。

 

「エドガー軍務卿の命で参りました。司令官のアロイス・フォン・ヴィリ・アヒレスです」


 合計三千の兵を率いて来たアヒレス氏は、四十歳くらいに見える軍官僚タイプの真面目そうな人であった。

 法衣子爵家の当主で、アームストロング伯爵家とは縁戚関係にあるそうだ。


「なかなかに派手な作戦ですな。ところで……」


「あっ、はい。準備していますよ」


「さすがですな」


 アヒレス子爵が急いで軍を率いて来れたのは、食料や水などの準備をあまりしていないからである。

 港もないので大型魔導飛行船もちゃんと降ろせず、兵士たちは綱梯子で一人ずつ降りていた。

 これも訓練かな?


「本当に急いで来たのですね」


「我々の仕事は陽動だと聞いていますし、物資は現地で準備されている。ならば、急ぎ開放してしまいましょう」


「なぜです?」


「このヘルタニア渓谷は、裁定案でバウマイスター伯爵に正式に譲渡されたとはいえ、もし我らの動きが知られてから時間が経てば、余計なことを考える輩が増えますからね」


 自身も貴族であるアヒレス子爵は、ブロワ辺境伯家の誠意など微塵も信じていないらしい。

 なるべく早く終わらせて、既成事実化することが重要だと述べていた。


「それもそうですね。あっそうだ」


 俺は、準備していた大量の物資をアヒレス子爵に渡す。

 昨日の内に、臨時の物資集積所を作ってそこに置いておいたのだ。


「物資がないと軍勢は動けませんからな。それの準備がしてあれば、意外と無茶は利くのですよ」


 大型魔導飛行船から綱梯子で降りて来た三千人の兵士たちは、すぐに隊ごとに纏まってから物資を取りに行った。

 急ぎ、陣地の設営や食事の準備を始めるためである。


「この境界線内に人が入るとゴーレムたちが作動して、出ると襲ってこなくなる。事前に報告は受けていましたが、不思議な構造ですな。数日間、訓練がてら効率のいい陽動の方法を模索します」


 アヒレス子爵率いる王国軍三千人は、境界線を出たり入ったりを繰り返しながら、地上にいる岩ゴーレムたちをおびき寄せたり、狩ったりを繰り返していた。

 本番に備えての訓練であろう。

 

「深追いはしないように。数が増える前に、外に出るのを忘れるな」


 アームストロング家の面々やエドガー軍務卿とは違い、アヒレス子爵は冷静に軍の指揮を執る。

 すでに死傷者も出ていたが、このくらいは想定の範囲内だとアヒレス子爵は言う。


「死ぬのが嫌なら、軍人や冒険者にはならないことですな」


 アヒレス子爵は、本番に向けて淡々と陽動の訓練を行った。

 彼らの任務は、俺たちが突入する時に地上のゴーレムたちを引き付ける陽動が任務なのだ。


「それで、お味方の援軍は?」


「今日、明日中には揃いますよ」


 三千人の王国軍だけでは陽動役としては不足なので、他にも近場の貴族たちに援軍を要請していた。

 

「バウマイスター伯爵殿、助かる……」


 ヘルタニア渓谷に領地を接している貴族の大半は、今回の紛争でブロワ辺境伯家に翻弄されて損害を出している。

 ブライヒレーダー辺境伯家側に寝返って損害の肩代わりをしてもらってはいるが、ブロワ辺境伯家が裁定案を結んでくれなければ借金は残ったままだ。

 とにかく懐具合が厳しいので、諸侯軍を出して陽動任務に加わっていた。

 バウマイスター伯爵家が出す謝礼を目当てに、傭兵の仕事を請けたに等しいというわけだ。


「うちは、本当に人手がないからなぁ……」


「新興の在地貴族はみんな同じですよ」


 ヘルタニア渓谷には、王国軍と五十家を超える貴族家の軍勢が到着し、十個の軍団に分かれて陽動作戦の訓練を繰り返していた。

 境界線を越えてゴーレムたちを誘き出し、ひと当てしてから外に逃げる。

 ゴーレムが姿を消すと、また境界線を越えて挑発を行なう。

 なるべく多くのゴーレムたちを引きつける方法を模索しながら、同時に効率よくゴーレムたちを破壊する訓練も続けていた。

 その期間は一週間にも及び、彼らに食料や娯楽品などを販売する商人なども姿を見せ始める。

 ヘルタニア渓谷は、一種の開放作戦特需に見舞われていた。


「さて、そろそろ突入を開始しますか」


 最後の会議の後に、作戦はスタートする。

 ヘルタニア渓谷の周囲十ヵ所から軍勢が境界線を出たり入ったりしながら地上のゴーレムたちを挑発し、その注意を最大限に引いたところで、ロックギガントゴーレムに一番距離が近いポイントから五人で突入を開始する。

 最短距離で、最低限の空を飛ぶゴーレムたちだけ排除しながら、一気にロックギガントゴーレムを破壊するわけだ。


「ブランタークさん、ここが最短突入ポイントですよね?」


「伯爵様も『探知』しただろう? ご本尊はヘルタニア渓谷のど真ん中にいる」


 正確には、中央を走る断裂の一番奥のど真ん中である。

 そこの魔力溜まりに、足がないロックギガントゴーレムが鎮座していた。

 その大きさは百メートルを超え、前方の頭部と後方の尻尾は八本ずつある。

 十万体ものゴーレムを同時に操る巨大な人工人格の結晶と、低品位ながらも魔石を一日最大五千個も製造可能な装置を体内に納め、ヘルタニア渓谷に侵入した敵をすべて排除する。

 古代魔法文明時代の天才魔道具職人イシュルバーグ伯爵が製造した、まるで生きているかのような防衛装置なのだ。


「頭と尻尾が八本ずつですか……」


 動けはしないが、頭からブレスではなくて岩弾を発射し、尻尾も振り回して侵入者にダメージを与える。

 すべて岩でできているので、以前戦ったミスリルゴーレムほど堅くはないが、時間が経つと再生するらしいので、決して侮るわけにはいかなかった。


「昔に聞いた、『ヤマタの大竜』似ているのである!」


 日本神話に出てくる『ヤマタノオロチ』に似ているが、この世界にも頭が八つある竜の伝説は残っている。

 導師が知っているのは、冒険者関連の学校に行くと基本的な座学で教わるからだ。

 ヤマタの大竜が実在しているかどうかは、これは不明であったが。


「前から思ってたんだけど、頭が八つなら『ナナマタの大竜』なんじゃないの?」


「ルイーゼさん。そんな昔の伝承に文句をつけても仕方がないではないですか。それよりも、そろそろ時間なのでは?」


 ルイーゼの屁理屈に、カタリーナがツッコミを入れていた。


「カタリーナの言うとおりなんだけどさぁ」


 境界線の外にある岩山の尾根で五人で待機している間に、眼下では王国軍とバウマイスター伯爵家諸侯軍及び混成部隊が引き寄せたゴーレム軍団との戦闘に入っていた。


「おりゃあーーー!」


「エル、気合が入ってるなぁ。理由は邪だけど……」


 前線に立って秘蔵のオリハルコン製の剣を振るうエルに、ルイーゼは容赦なかった。

 エルだって、一番の目的は味方に被害を出さないために、剣の切れ味が落ちない自分が前に出ているはずなのだから。


「その理由と、カルラさんにいい所を見せようとしている気持ちが鬩ぎ合っているのでは?」


「カタリーナも容赦ないなぁ……」


「あの年の男なんてみんなそんなものだろう。ほら、そろそろいくぞ」


 十ヵ所を超える敵の侵入に対し、推定八万体のゴーレム軍団はほぼ外縁部に集まっているのが確認できた。

 これをすべて相手すれば味方は全滅だが、そこまでする必要はない。

 俺たちが『飛翔』でロックギガントゴーレムを目指しても、すでに外縁部に引き寄せられているので、作戦の邪魔にはならないからだ。

 ただ、空中の二万体はあまり動いていなかった。

 どうやら彼らは、空から侵入した敵にだけ対応するようだ。


「二万体かぁ……」


「普段はヘルタニア渓谷中に散っているからな。ゴーレムたちが集合する前に、急ぎロックギガントゴーレムを破壊するぞ。いいな?」


 すべてを破壊する必要はない。

 どうせロックギガントゴーレムが破壊されればすべて岩塊に戻るし、そんなに時間をかけていたら作戦は失敗する。

 ブランタークさんは、特に導師に念を押していた。


「その場に留まって、無双とかしないでくれよ。導師」


「一応、某もプロの冒険者なのであるが……」


 こういう場合、やはり経験豊富なブランタークさんの意見が尊重される。

 導師も、年長者である彼の意見には素直に従っていた。


「念のためってやつさ。他のみんなもな」


「了解!」


「任せて」


「腕が鳴りますわ」


「ではいくぞ!」


 ブランタークさんの合図で、五人は『高速飛翔』によりヘルタニア渓谷へと突入する。

 陣形は、俺とカタリーナがツートップで、その後ろをルイーゼとブランタークさんが。

 殿役を、追いかけてくるゴーレムたちを排除するために導師が務めていた。


「ブランターク殿、うしろに敵がいないのであるが」


「今の時点で追いかけられていたら失敗だし、どうせすぐに忙しくなるさ」


 まだ突入直後なので、空中にいるゴーレムたちはそのほとんどが俺たちに対応できていなかった。

 たまたま数体が前方にいたので、まずは槍状の竜巻を作って投擲する。

 命中したワイバーン型のゴーレムと、その周囲にいた数体が砕け散って地面へと落ちていった。


「魔力は節約しないと。カタリーナもな」


 古書の資料を元に完璧に作戦は立てたはずだが、なにが起こるのかわからないので、魔力はできる限り温存するのが作戦の基本となっていた。


「当然ですわ。私は、ヴェンデリンさんよりも魔力量が少ないのですから」


 続けて、カタリーナが前方に見え始めた十数体の大鷹型のゴーレムたちに魔法を使う。


「『トルネードブレイク』!」


 『暴風』の名に相応しく、突然前方のゴーレムたちの中心部に竜巻が発生し、彼らを上空へと巻き上げていく。

 竜巻の中でぶつかり合ったゴーレムたちは破壊され、バラバラの岩塊になって地面へと落下していった。


「凄いねぇ。ボクもなにか攻撃したいけど……」


「ルイーゼは、温存だ」


「だよねぇ……」


 元々放出系の魔法は一切使えないので、ルイーゼの役割はロックギガントゴーレムに強烈な攻撃を直接加えることにある。

 到着まで魔力を極力温存して、ロックギガントゴーレムにトドメを刺す。

 これがルイーゼの仕事であり、他にはなかった。


『渾身の力で、秘奥義を出しちゃうよ』


『なにか期待できそうだな(やっぱりあるのかな? 魔闘流にも秘奥義とか……一子相伝……なわけないか)』


『ヴェル、大いに期待したまえ』


 出撃前のルイーゼは、いつもどおり……自信もあるようだな。


「思ったよりも、ゴーレムが少ないな……」


 突入開始から十分ほど経ったが、ブランタークさんが首を傾げていた。

 古書によれば、さすがにこれだけ時間が経てば空のゴーレムたちはもっと集まってくるはず。

 それなのに、数体から数十体の集団を五回撃破しただけで、ほとんどこちらの進行を阻止されていなかったからだ。


「もしかすると……」


「もしかするとなんです? ブランタークさん」


「意外と人工人格さんが仕事をしているのかもな」


 さらに十分ほど飛行を続けると、ついに目標ポイントに到着する。

 ヘルタニア渓谷を走る巨大な断裂。

 その奥にロックギガントゴーレムが鎮座しているはずだが、地表スレスレのところに、万を超えるゴーレム軍団が俺たちを待ち構えていたのだ。

 どうやら、ロックギガントゴーレムの人工人格は思っていたよりも優秀らしい。

 まさか、待ち伏せされるとは思わなかった。


「俺たちの目的を察知して、ゴーレムたちを配置したのか……」


「あんなに数が多いと、そう容易に断裂の中に入れませんね」


 ロックギガントゴーレムは断裂の中にいるので、まずは断裂の上を塞ぐように配置されたゴーレム軍団を排除しなければならない。

 二万体の大半が集まっていると推測される地表スレスレの上空には、空の青さがわからない密度でゴーレムたちが集まっていた。


「伯爵様。まだ想定内だ。やれ!」


「了解!」


 ゴーレムたちに接近しながらも、俺は十個ほどの魔晶石を出して両手に握る。

 さらに意識を集中させながら、極大上級魔法の準備を始めた。


「(基本的に、こういう魔法の方がスカっとするんだよな)」


 一分ほどの溜めを行なってから、両手を前に出して魔法を発動させる。

 以前のグレートグランド戦では二分かかったので、俺もそれなりに成長しているようだ。


「『バーストトルネード』!」


 詠唱の必要はないが、気分的なものと、みんなに発動のタイミングを知らせるためでもある。

 少し距離が離れたゴーレムたちの中心部で発生させた巨大な『竜巻』は、数千体のゴーレムたちを巻き込んで激しいうなりをあげていた。

 『竜巻』の中でゴーレム同士がぶつかって破壊され、暫くして竜巻が消えると、下方にいた『竜巻』の被害を受けなかったゴーレムたちをも巻き込んで地面へと落下していく。


「ヴェンデリンさんは、こういう魔法の方が得意なのですね」


「そうだな。スカっとするし」


 相手がゴーレムなので、前の『広域エリアスタン』のように威力などに気を使う必要がないからだ。

 

「こちらを排除する脅威と認定したようですわね」


 四分の一ほどを一気に破壊されたので、ゴーレムたちは俺たちを排除しようと動き始めた。

 およそ半分の七~八千体が、こちらに向かってくるのが確認できた。


「もう一発!」


 今度は、ドラゴンゴーレム戦で使った無属性の放出魔法を再び両手を前に出してから発射する。

 『バーストトルネード』よりも威力は落ちるが、命中すると後ろに吹き飛ばされて後方の無事なゴーレムたちと衝突し、互いに砕けて地面へと落下していく。

 密集していたのが仇になったのと、やはり数が優先であまり強くはないようだ。


「初めて見ましたけど、デタラメな威力ですわね」


 カタリーナも竜巻の魔法を連発して数千体を破壊したが、彼女は予備の魔晶石をほぼ使い切ってしまったようだ。


「ですが、大分数も減って……増えていませんか?」


 確か、五千体くらいまでは減らしたはずなのに、なぜかまた倍くらいにまで戻っている。


「魔石を元にもう復活したのか?」


「一日五千個でしたっけ?」


 古書の説明によると、ロックギガントゴーレムは一日五千個の魔石を製造可能で、お尻の部分から魔石を出すとそれをゴーレムたちが持っていき、まるで生き物のように小さなゴーレムを生み出す。

 生まれた小さなゴーレムは、その辺の岩をくっ付けて大きくなる。

 そんな説明だったような気がしたが、損害が急激に増えるとある程度の過程は吹っ飛ばせるのかもしれない。


「材料もあるからな」


 先ほど派手にぶち壊して地面に落下したゴーレムの残骸があるわけだ。


「ブランタークさん?」


「時間をかけると、まずいかもな」


 魔石の精製は一日五千個が限界かもしれないが、造った魔石を保存可能ならば、しばらくは増殖し続ける可能性がある。

 ここは、作戦を急ぐ必要があった。


「断裂の奥からは巨大な反応が一つと、数百個の小さな反応のみだ。突入してこっちを破壊した方が早い!」


「そうですね……。突入しましょう。導師!」


「任せるのである!」


 俺はもう一度無属性の放出魔法を放ってゴーレムの数を減らし、それと同時に導師がゴーレムの群れの中に突入していく。

 彼は『魔法障壁』を身に纏い、向かってくるワイバーン型のゴーレムの頭部に拳で一撃を加えた。

 頭部が砕けたゴーレムは、そのまま地面へと落下していく。

 続けて、後ろから襲いかかるゴーレムを回し蹴りで粉砕し、さらに別のゴーレムの尻尾を掴んで振り回し、無事なゴーレム数体にぶつけて破壊していく。

 そんな導師に、ゴーレムたちが一瞬怯んだような……気のせいか。


「もの凄く強いよな、やっぱり」


「ですよねぇ……」


 魔法使いには見えないが、圧倒的に強いのは誰の目から見てもあきらかであった。

 ブランタークさんも俺も、導師の強さに改めて驚いてしまう。


「上空のゴーレムたちは導師に任せて、残りの全員は突入だ!」


「「「了解!」」」


 まだ数が完全に回復していないうちに、ケリをつけるべきであろう。

 急ぎ四人で断裂の中に突入すると、いきなり眼前に岩が飛び込んでくる。

 事前に張っていた『魔法障壁』で弾くと、前方には岩弾を飛ばした岩竜の頭が咆哮をあげていた。


「ロックギガントゴーレム!」


 その巨大な頭は古書の記述どおり八つもあり、次々と口から岩弾を吐いて俺たちを押し潰そうとしていた。

 他にも、この狭い断裂の中に数百体もの大鷹型のゴーレムもいて、こちらに攻撃を仕掛けてくる。

 運悪くロックギガントゴーレムの頭部が発射する岩弾に巻き込まれて壊れるゴーレムも多かったが、いくらでも作れるせいか味方の損害など気にもしていないようだ。


「目標は、胴体内の巨大な人工人格の結晶だ。頭部を破壊して前に進むぞ」


 ロックギガントゴーレムは巨大なので、胴体部分に行くには頭部を破壊して前進しないといけない。

 俺はすぐに『竜巻』を槍状にした魔法をぶつけて頭部二つを潰し、カタリーナも小型の『竜巻』を操ってやはり二つを、ブランタークさんはドッヂボール大の『竜巻』をぶつけ同じく頭部二つを破壊した。

 続けてブランタークさんに大鷹型のゴーレムが襲いかかるが、これはソフトボール大の風属性の弾を作り、それを頭部にぶつけて破壊していく。

 彼の周囲には、常に十個ほどの風魔法ボールがフワフワと浮き、それを飛ばして自分に脅威となるゴーレムを撃破。

 減った分の風魔法ボールは、すぐに補充されてブランタークさんの傍を常に漂っている。

 恐ろしいまでの魔法精度であった。


「俺は魔力が少ないからな。工夫するしかないだろう。あと二つ!」


 ロックギガントゴーレムの頭は、あと二つであった。 

 断裂に横たわっているので、頭部を突破できれば胴体を攻撃されてしまう。

 それを危惧してか?

 二つの頭部は、連射速度を上げて狂ったように岩弾を吐き続けていた。


「ああっ! もう邪魔ですわね!」

 

 カタリーナが『魔法障壁』で岩弾を弾きながら、中型の『竜巻』を飛ばして残り二つの頭部を吹き飛ばす。

 これで前進可能となった。


「でもさ、この胴体のどこに弱点があるのかな?」


「知らん! 手当たり次第に拳で叩き割れ!」


 イシュルバーグ伯爵の残した古書には、ロックギガントゴーレムの設計図までは残っていなかった。

 胴体に内臓されている以上、それを破壊していくしかないであろう。


「ブランタークさんも、案外適当だなぁ……。胴体っていうか、ただの岩の塊?」


 胴体というよりも、断裂の幅五十メートル、長さ百メートルほどを埋め尽くすただの岩の塊にしか見えない。

 ルイーゼは、首を傾げながら壊した頭部に近いポイントに立ち、魔力を込めてから拳を振り下ろす。

 魔闘流の極意なのか? 

 それとも、ルイーゼの魔力が強いだけなのか?

 よくはわからないが、半径十メートル範囲の胴体部分に皹が入り、バラバラに砕け始める。


「当たりか?」


「残念。ハズレだ!」


 ルイーゼの替わりにブランタークさんが答えるが、その理由はすぐにわかる。


「ヴェンデリンさん! 早く結晶を破壊しないと!」

 

 どうやら、予想以上に頭部の修復が早かったようだ。

 カタリーナが、後方から岩弾を吐きながら攻撃してくる八本の頭部を『魔法障壁』で防いでいた。


「そういうことか! こんちくしょう!」


 続けて、ブランタークさんが俺たちの上空に移動して『魔法障壁』を強化し始める。


「導師は、健在だけどよ……」


 一人で無双を行なってゴーレムを次々と破壊していたが、その残骸が降ってくるようになっていたのだ。


「導師がいないと、上からゴーレムの大軍が迫って来るからな……」


 岩の雨くらいは、我慢するしかない。

 ブランタークさんはそう言いながら、導師が討ち漏らした大鷹型のゴーレムに向けて風魔法ボールをぶつけ始める。


「ルイーゼ、どんどん破壊してくれ」


「わかったよ!」


 四人で少しずつ前進をしながら、ルイーゼに胴体を破壊させていく。

 お尻がある前方の守りは俺になっていたが、やはりと言うか八本の尻尾と大鷹型のゴーレムが数十体も迫ってくる。


「ケツで、ゴーレムの核となる魔石を作っているんでしたっけ?」


「らしいなっ!」


 ブランタークさんが、『魔法障壁』で岩の雨を防ぎながら俺の問いに答えた。

 ルイーゼは、持っている魔晶石で魔力を補充しながらロックギガントゴーレムの胴体に向けて拳を振るい続けていた。

 次々と胴体の部分が破壊されていくが、次第に人工人格の結晶に迫っているからであろう。

 太さ三メートルほどの尻尾が八本、鞭のようにうねりながらこちらを攻撃してくる。

 さらにその隙間から、大鷹型のゴーレムも襲来してきた。

 もう形振り構っていられないようだ。


「前は尻尾、後ろが頭で、上は岩の雨かよ! ルイーゼ!」


「もう一気にケリをつける! すべての魔力をこの拳に!」


「おおっ! なんか凄そう!」


 ルイーゼが片手を天に向けて伸ばしながら集中を行なうと、自身の残りの魔力と、残っていた魔晶石内の魔力が集まってくるのが『探知』できた。


「自分の魔力量を超えた魔力を集めたのか?」


 今のルイーゼのなにが凄いのかと言うと、普通の魔法使いは自分の魔力量を超えた魔力を体に留めておけない。

 だから俺たちは、『広域エリアスタン』をかけた時に、魔晶石から魔力を吸い上げるスピードに苦労をする羽目になった。

 ところがルイーゼは、自分の魔力量の数倍の魔力を振り上げている拳に集めていたのだから。


「ちょっと反動が厳しいけど、時間が延びるとジリ貧だからいくよ。魔闘流究極の極意! 『ビックバンアタック』!」


 技名は意外とベタであったが、ルイーゼが魔力を込めた拳でロックギガントゴーレムの胴体を殴った瞬間、目も眩むような閃光が走り、今までとは比べ物にならない範囲で亀裂が走り始める。


「成功だよ! ヴェル」


 一つの岩の塊であった胴体はすべて拳大ほどの岩塊に砕け、俺を攻撃していた尻尾、カタリーナを攻撃していた復活した頭部、断裂内で展開されていたゴーレムたちもすべて岩塊になって地面へと落下していく。

 どうやら本当に、ロックギガントゴーレムの完全破壊に成功したようだ。


「凄いな! ルイーゼ!」

 

 今までに見た事がない大技だったので、俺はただ感動するばかりであった。

 喜び勇んでルイーゼの元へと駆けつける。

 

「でも、ちょっと体が動かない……」


 ただ大技であった分、体への反動が大きかったようだ。

 岩塊の山の上でフラフラしているルイーゼを、俺はすぐに抱えて回収した。


「大丈夫か? ルイーゼ」


「魔力が切れる寸前で、ちょっと眠い」


「そうか、よく頑張ったな」


 ルイーゼの頭を撫でながら褒めると、彼女は目をトロンとさせ始めていた。

 魔力を完全に使いきってしまった証拠だ。


「ご褒美に、ちゃんとヴェルが抱っこして連れて帰ってね。お姫様抱っこのままで」


「要望には答えましょう」


 功労者からの願いは無下にはできない。

 俺はすぐに承諾の返事をする。


「ならボクだけ幸せだね。暫く意識がないし」


「はあ?」


 俺にはルイーゼの言っていることが一瞬理解できなかったが、そぐにその答えは判明することとなった。

 つまりだ。

 すべてのゴーレムを統括していたロックギガントゴーレムが破壊され、ゴーレムたちは岩塊へと戻ってしまう。

 空を飛んでいるゴーレムたちのかなりの数を、導師が上空で引きつけていた。

 当然だが、それらのゴーレムたちはすべて岩塊となり、物理的法則に従って地面に落ちていく。

 どこに落ちるのかといえば、ちょうど俺たちのいるここであろう。

 なぜなら、飛行するゴーレムたちは俺たちを待ち伏せしていたのだから。


「退避ぃーーー!」


 俺は大声を上げて、ブランタークさんとカタリーナに退避命令を出した。

 もう一刻の猶予もないだろう。


「こんなのって! 勝利の余韻に浸る余裕もありませんわ!」


「そんなのは後だ!」

 

 俺がルイーゼをお姫様抱っこしたまま、三人で『魔法障壁』を展開しながら上空へと退避する。

 その途中、何百トンもの岩がゲリラ豪雨のように降り注ぎ、その威力は物理で習った落下速度も加わった結果、ロックギガントゴーレムの頭部が撃ち出す岩弾よりも凄かったほどだ。

 一気に大量の岩が落ちてきたので、ヘルタニア渓谷は局地的な地震にも襲われ、断裂にも崩れたり亀裂が入った箇所が多かった……これはあとで報告を受けたのだけど。


「なんとか脱出したな……」


「ゴーレム軍団よりも、ロックギガントゴーレムよりも、岩の雨で死に掛けたな」


 魔力がかなりギリギリだったブランタークさんは、安堵の溜息をついていた。

 下手をしたら、落下する岩塊に押し潰されていたかもしれないからだ。


「もう散々ですわね。ルイーゼさんは幸せそうですけど……」


 魔力が尽きて眠っているルイーゼはご機嫌な表情をしており、カタリーナが羨ましそうにそれを眺めていた。


「カタリーナも、お姫様抱っこを希望か?」


「ヴェンデリンさんはなにを言って!……あとで少しだけ……」


 カタリーナは、やはり顔を赤くさせながらモジモジとしていた。


「しかし、坊主も導師の元で体を鍛えておいてよかったな。ルイーゼの嬢ちゃんをちゃんと抱っこしているじゃないか」


「ブランタークさんの中で、俺はどれだけモヤシ君なんですか……」


 一般的に、魔法使いにモヤシ君が多いのは否定はしない。

 導師などは、滅多にいない例外なのだから。


「まあ、導師に比べるとな」


「それで、その導師なんですけど……」


 一人で数千体のゴーレムを足止めしたもう一人の殊勲者である導師は、俺たちが浮いている位置よりもさらに上空にいた。


「ふぬぅ! 我らの勝利である!」

 

 誰も心配していなかったが、やはり導師は傷一つ負っていない。

 一人で奇妙な勝利の雄叫びをあげていたが、俺たちの姿を見つけると嬉しそうに近付いてきた。


「ルイーゼ嬢から習った格闘技が役に立ったのである。『魔導機動甲冑』は燃費が悪いゆえに、大変に助かったのである! ところで、ルイーゼ嬢は魔力切れであるか?」


「秘奥義が炸裂しましたからね」


「あの眩しい光であるな」


 俺がルイーゼが使った技の説明をすると、導師は感心したような表情を浮かべながら聞いていた。


「なんと! 反動が強いながらも、己の魔力量の数倍の魔力を拳に込めて放つとは! 某にもピッタリな技であるな! 必ずや、あとで教えてもらわなければ!」


「いや、やめとけよ。導師がそんなの放ったら、この大陸が崩壊するから」


「それは些か大げさであろう」


「(いえ、大げさとも思えません……)」


「(可能性は、なきにしもあらずですわ……)」


 ブランタークさんのボヤキに、俺とカタリーナも同意してしまう。

 こうして無事にヘルタニア渓谷の解放に成功したのであったが、導師の『ビックバンアタック』習得は、主に難易度のせいで成らなかったことだけは明記しておこうと思う。

 世界の平和は、無事に守られたというわけだ。

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