第171話 ヘルタニア渓谷開放作戦(前編)

「広大なのはいいけど、本当に不毛な荒野だなぁ……農業は無理か……」




 バウマイスター伯爵家が、和解金の減額と引き換えに貰った『ヘルタニア渓谷』はとにかく広い。

 ほぼ長方形をしたヘルタニア渓谷は、ほとんど草木が生えておらず、岩場と荒野が大半を占め、多数ある山々もまったく植物が生えていない岩山ばかりであった。

 そしてほぼ中央部に、東西百キロの長さで走る幅百メートル、深さ百メートルほどの断裂もあり、魔物の領域でなくても農業などにはまず適さない土地であった。

 実はこのヘルタニア渓谷は、東部と南部の境界境近くにある、ブロワ辺境伯領の飛び地となっている。

 ここは、古代魔法文明時代に記された書籍によると、多くの鉱物資源が眠る鉱山と鉱床の密集地帯だそうだ。

 その古文書には採掘できる鉱物の種類や場所なども記載されており、中央部の断裂も同様に様々な鉱物の鉱床であった。

 元々その断裂自体が、採掘によってそこまで広げられたと記載されている。

 なぜか古代魔法文明はこのヘルタニア渓谷を放棄したわけだが、のちにここを抑えた権力者たちは、このお宝の山の有効活用にことごとく失敗している。

 ブロワ辺境伯家は言うまでもなく、他にいくつもの貴族家に、王家も昔にここの開放を目指して失敗したそうだ。

 失敗の度に犠牲が多く、『果たして本当に開放できるのか?』という意見の多さから、現在では冒険者ギルドでも『無謀なので、侵入はしない方が好ましい』という評価に落ち着いていた。

 そのためか、冒険者予備校などはすでに情報の開示すら行なわれていなかった。

 下手に教えて、冒険心溢れる若い冒険者たちが無謀な侵入をしないための処置なのであろう。

 俺だってヘルタニア渓谷の存在は、貴族たちの世間話から知ったくらいなのだから。

 カタリーナが知っていたのは、爵位を得られるほどの功績をあげられる場所を探していたからであろう。


「ブランタークさんは知っていましたか?」


「名前だけはな。過去には、ここの開放で一攫千金を夢見た冒険者は多かったそうだ」


 裁定交渉から一抜けをした俺たちは、ヘンリックの小型魔導飛行船でヘルタニア渓谷を臨む岩山の尾根に立っていた。

 

「生物の気配がないですね」


「ここに立っているとな。あそこに石碑が立っているだろう?」


「ええ」


 ブランタークさんが指差した先には、銘も刻まれていない石碑が立っていた。

 

「エルの坊主、あのラインをほんの少しだけ越えてみろ」


「はい」


 ブランタークさんに言われた通りにエルが石碑を越えて一歩奥に入ると、俺は途端に魔物らしき反応を『探知』した。


「エル!」


「わかっている!」


 突然、岩陰から狼が飛び出してエルに飛びかかった。

 よく見ると、その狼は岩でできているようだ。


「ロックゴーレム?」


 続けて二匹の狼が飛び出し、エルに襲いかかった岩狼は合計で三匹。

 俺の剣の腕ならばアウトであったが、エルは時間差をつけてまるで舞を舞うように次々と狼たちを切り捨てていた。

 岩狼は、普通の生き物と同じく頭部や心臓の部分を切られると活動を停止してしまうようだ。

 バラバラの岩くれの山が三つでき上がり、エルはそこからビー玉大の魔石と鉱石らしき石を拾って戻ってくる。


「あーーーあ。いい剣だったのになぁ……。あとで研ぎ直さないと駄目だな」


 エルは、刃が欠けてしまった自分の剣を見て溜息をついていた。

 相手は岩だから仕方がないのか。


「とまあ、こういうわけだ」


 過去の犠牲から、ああして石碑が建てられて領域との境目が示されており、その周囲も岩山や荒野なので近寄る人もいない。

 境界線内に一歩でも入ると、ああして謎の岩でできた獣たちが襲ってきて、倒すと魔石と鉱石などが手に入る。


「ヴェル、この鉱石ってなんだ?」

 

「ええと。低品質の鉄鉱石」


「だあぁーーー! 割に合わねぇ!」


 『分析』で鉱石の成分を探ると、含有率の低い鉄鉱石であった。

 魔石も、品質がもの凄く低い。

 それなのに、たった三匹を斬っただけでエルが普段愛用しているかなりお高い剣が研ぎ直しになってしまった。


「つまり、こいつらを倒しても実入りはゼロどころか赤字なわけだ」


 冒険者の狩り場としても不向きで、もしこの領域にエルがもっと長く留まっていたら数十、数百、数千と襲撃してくる岩の魔物たちは増えていくそうだ。


「鉱床の採掘を目指して軍を入れると、いつの間にか岩でできた魔物たちに包囲されるわけだな。そして、多勢に無勢で屍を曝すと」


 ブランタークさんが言うには、少し奥に入ると朽ち果てた軍勢の残骸が残っているそうだ。

 回収するのは危険なので、そのまま放置されているらしい。


「古文書によると、大規模なミスリルの鉱床があるらしいから」


 高品質の武具や魔道具造りには欠かせない金属であり、常に足りていないのでその値段は高止まりを続けていた。

 俺も含めて一部高位の魔法使いが銀に魔力を添加して製造は可能であるが、その量は非常に少ない。

 現在ある鉱山も、採算を無視して含有率が低いものまで強引に採掘している状態なのだ。

 当然、その手間分コストは増してしまう。

 うちの領地で新規に見つかったミスリル鉱山は、『とにかく早く採掘を始めろ!』と王国から言われて、操業を前倒ししたくらいなのだから。


「大規模なミスリル鉱床を得るか、全滅するか。ハードな選択だなぁ……。あの、ところで一ついいですか?」


「なんだよ」


「どうして、カルラさんがここに?」


 ブロワ辺境伯家とバウマイスター伯爵家との裁定交渉は終了したはずなのに、なぜかカルラ嬢が、俺たちの傍から離れずにここまでついて来たのは不思議だった。


「なぜって、ブライヒレーダー辺境伯家とブロワ辺境伯家との裁定交渉は終了していないからだろう」


「彼女は、ブライヒレーダー辺境伯家の捕虜でしたっけ?」


「半分な。あとの半分はエルの坊主が説得して捕虜にしているから、バウマイスター伯爵家にも権利がある」


「その辺の利権関係は、シビアですね」


「身代金も、重要な収入源だからなぁ」


 まさか、人を半分に割るわけにもいかず。

 だからといって、カルラ嬢を男性ばかりの場所に置くと危険なのでうちに預けられている、らしい。

 だから俺たちがヘルタニア渓谷へと向かうと彼女も同行となってしまい、今もエルが楽しそうに彼女に話しかけていた。

 彼女に惚れているエルからすれば、一緒にいられるのが嬉しくて堪らないわけだ。


「エルヴィンさんの剣術は、素晴らしいですね」


「いやあ、カルラさんの弓に比べたら全然大したことはないですよ」


 カルラ嬢に褒められて、エルは鼻の下を伸ばしていた。

 美人に褒められて嬉しくない男性はいないので仕方がないか。

 

「しかし、よくブロワ辺境伯家が同行を認めましたね」


「どうせ、向こうに置いておいてもなんの役にも立たん。だが、伯爵様と同行させると可能性が出る」


「はいはい。俺がカルラさんに惚れるわけですね」


「彼女の兄たちは自信があるんだろうな。カルラのお嬢さんは、誰が見ても美人だから」


 確かに、エリーゼやカタリーナにも引けを取らない美人ではある。

 むしろ少し控えめな印象があって、この国の男性ならば喜んで妻にする人が多いはずだ。


「伯爵様はどう思っているんだ?」


「美人だとは思いますよ……」


 美人なのは間違いないし、実は学生時代の彼女に雰囲気が似ていた。

 だから危ないかもと思ったのだが、実はあまり恋愛感情は持てていない。

 まずは弓の才能に驚き、少し尊敬の念を抱いてしまったので、そういう感情が沸いてこないのだ。


「そういうものなのか。若いのに淡泊だねぇ……」


「別に淡泊でいいじゃないですか。それに、なんかエルに悪いですしね……」


 エルのカルラ嬢への態度を見て、彼の気持ちに気がつかないバウマイスター伯爵家の人間はいない。

 なぜならあきらかに身分違いの恋なのだが、俺にカルラ嬢を娶る気がないのと、つい気になって二人の様子を見物する時間が増えてしまっていたからだ。


「あいつ、自分の立場がわかっているのか?」


「わかっているから、気合を入れているのだと私は推察します」


「クラウス……」


 俺とブランタークさんの話に割り込んできたのは、クラウスであった。

 実は、俺は知っていた。 

 クラウスが、エルになにかアドバイスのようなことをしているのを。

 クラウスだという時点で怪しさ満点なのだが、まさか彼もエルに悪事を示唆するような真似はしないであろう。

 もしそうなら、エルもそれを受け入れるはずがない。

 だが、どうしても彼の胡散臭さと怪しさが前に出てしまうのだ。


「エルを炊きつけて、バウマイスター伯爵家の混乱でも狙っているのか?」


「今の状況で私がそれを企んでも、誰も耳を貸してくれないと思いますが」


 いつもこんな感じであったが、実は俺の嫌味攻撃はクラウスの身を助けている部分もある。

 どう繕っても彼は反乱の実行責任者なので、俺に嫌味を言われながら仕事をしている方が、周囲の批判から身をかわしやすいからだ。


「それはどうかね? それで、エルにはなにを?」


「簡単なアドバイスでございます」


 バウマイスター伯爵家によるヘルタニア渓谷開放を成功させ、さらにブロワ辺境伯家を窮地に追い込む。

 そうなれば、ブロワ辺境伯家はカルラの嫁ぎ先の条件を緩和するかもしれないと。

 エルは俺の親友にして重臣でもある。

 可能性は……なくはないのか?


「可能性はなくはないけど、それでエルに婚姻話が行くかな?」


 他の中央の貴族とか、勢いが落ちたブロワ辺境伯家の建て直しのため、他の東部の有力貴族とか。

 他にいくらでもカルラ嬢の嫁ぎ先候補は存在しているのだから。


「その可能性は高いですが、現状ではその可能性に縋るしかないかと。それに、思った以上に脈があると思います。なにしろ、カルラ様がヴェンデリン様について来られたのですから」


 ブロワ辺境伯家としては、どうにかバウマイスター伯爵家及び縁がある人にカルラ嬢を嫁がせて、少しでもいいので開発利権を分けてもらいたい。

 そのためには、カルラ嬢を俺たちに同行させた方がいいだろうと。

 もしかしたら、俺とそういう仲になって……とかも考えているのだろうけど。


「ヴェンデリン様のお傍につけて、他の貴族たちに印象づける作戦かもしれませんね」


「もう俺のお手付きになったとか、そういうことか?」


「そこまでは思わないでしょうが、ブロワ辺境伯家側の意志を周囲に鮮明にしたとも」


 ブロワ辺境伯家としては、なんとしてもカルラ嬢をバウマイスター伯爵家に送り込みたい。

 なるべく当主がいいわけだが、さらに窮地に陥って貧すれば、その重臣でも構わないのではないかと。

 特にエルは、俺の親友で近くにいるので狙い目だと思われるはず。

 確かに、今のエルは俺の寵臣という扱いになっている。

 俺が言ったわけではないが、周囲が勝手にそう思っているのだ。


「とても淡い目のような気もするけど……」


 それでもエルには、バウマイスター伯爵家の家臣としてヘルタニア渓谷で働いてもらわなければいけない。

 カルラ嬢と結婚できるかもという希望を抱かせて、テンションを上げる必要があった。

 こういう策を考える時点で、俺も貴族の仲間入りってことか。


「エルヴィン殿のことはともかく、ヘルタニア渓谷開放の勝算はおありなのですか?」


「かなりある。多少の準備は必要だけど。あとは、参加戦力の徴集に何日かかかるかな?」


「しばらくは、ここで待機ですね」


 総勢百名にも満たないバウマイスター伯爵諸侯軍は、ヘルタニア渓谷の境界ギリギリの場所に陣地を張って応援を待つことにする。

 裁定案によってブロワ辺境伯家から譲渡されたヘルタニア渓谷の中には、魔物の領域ではない不毛な岩山地帯も含まれていたので、その中で俺たちが行動してもなんら制約と危険はなかった。

 ヘルタニア渓谷に足を踏み入れると、岩でできた魔物が襲いかかってくるエリアの外側の領域にも、下手に誰かが足を踏み入れないよう、侵入を推奨しない地域に認定されている。

 そのほとんどがろくに草さえ生えない岩山や荒野であり、そこでは鉱物資源も採れないので、危険なヘルタニア渓谷の糊代という扱いになっていたからだ。

 今では、立ち入る人もいないらしい。


「こんな荒野では、山羊すら育たないだろうよ。農業は論外だし、前に山師が入って鉱物資源も探したらしいが……」


 ただの岩山しかなく、ヘルタニア渓谷のオマケとしてうちに譲渡されたそうだ。


「なら、ここが開放された時のために侵入者対策をしないといけませんね」


「伯爵様は、えらく自信があるんだな」


「でなければ、和解金を減らしてまでここを獲得しませんよ」


 俺は、ブランタークさんとカタリーナを連れて他の貴族領との境界線に岩の塀を魔法で建て始める。

 『ここからはバウマイスター伯爵家の領地なので、余所者は入るな!』という意思表示なわけだが、三人で岩山の岩などを材料に黙々と作業をしていると、外で見ていた他の貴族領の住民たちが怪訝な目で俺たちを見ていた。


「『そんなに強く領有権を主張しなくても、そんな場所はいらないよ』というわけだな」


 いくら沢山の鉱床があっても、そこに入って採掘できなければ絵に描いた餅でしかない。

 ブロワ辺境伯家があっさりと領有権を譲渡したのは、和解金の減額の方が魅力的に見えるほど、ここが不良物件であるという事実の証明でもあった。


「それにしても、いくら塀を作ってもなかなか終わりませんわね……」

 

 糊代部分も合わせて、約二万三千平方キロのヘルタニア渓谷を囲う塀なので時間がかかる。

 大雑把に囲って領有権を主張するためだけのものであったが、ヘルタニア渓谷開後には、鉱石泥棒を防ぐため本格的に工事や警戒態勢の強化が必要であろう。


「本当に開放が可能なのですか?」


「カタリーナは、以前に開放を計画していたんだろう?」


「しましたけど、どう計算しても勝算が薄いので諦めましたわ。多勢に無勢なのはわかり切っていましたし」


 一人や二人優秀な魔法使いがいて、広域上級魔法を放って数百の岩でできた魔物を屠っても、次から次へと湧いてくるので侵入すら難しいことに気がついたのだそうだ。


「そもそも、あのゴーレムらしき岩でできた魔物たちの発生原理が不明ですもの」


「それを知っている助っ人がいるけど」


「本当ですか?」


「説明は、強力な助っ人が来てからだな」


「誰が来るのかは、すぐに想像できましたわ……」


 数日後、塀を作る作業がほぼ終了したので本陣に戻ると、そこでは『強力な助っ人』が、エリーゼが淹れたお茶を飲みながらヘルタニア渓谷を眺めていた。


「噂には聞いていたのであるが、不可思議な岩でできた魔物たちが跳梁跋扈するヘルタニア渓谷であるか。しかも、某がこれの開放に加われるとは……」


 強力な助っ人とは、言うまでもなく導師であった。

 ヘルムート王国における『人型最終決戦兵器』の呼び名に相応しい彼に、開放作戦に参加してもらうのだ。

 

「お久しぶりです。導師」


「本当にお久しぶりなのである! バウマイスター伯爵は、ブロワ辺境伯家との紛争で暴れられてよかったであろうが、某は退屈であったゆえに!」


「(退屈って……)紛争ですから、暇な時間も多かったですよ。それよりも、頼んでいたものは持って来てもらえましたか?」


「陛下から許可をもらって持って来たのである。元々バウマイスター伯爵が見つけたものであるし、すでに解読と写本も終えたものなので、持ち出しても問題ないのである!」


「すでに、目をとおしていたものですか? ヴェンデリンさんは、アカデミーで研究をしたことがあるのですか?」


「まさか、一度にみんなに説明した方が早いから」


 カタリーナが首を傾げていたが、俺は効率を考えて作戦会議を招集した。

 参加メンバーは、俺、導師、ブランタークさん、エル、エリーゼ、イーナ、ルイーゼ、ヴィルマ、モーリッツ、トーマス、クラウスと。

 いつもの面子といえば、その通りであった。


「まずは、俺が和解金の減額を条件にヘルタニア渓谷を得たのにはわけがある」


 それは、あの『逆さ縛り殺し』を攻略したあとのことであった。

 イシュルバーク伯爵の書斎で暇潰しに本を読んでいると、そこにはヘルタニア渓谷の記述もあったのだ。


「当時はブロワ辺境伯家のものだから、あまり興味はなかったんだけど……」


 もしブロワ辺境伯家から開放を依頼されてもよほどの報酬でなければ受けなかったであろうし、その前に開放する気もなかったようだ。

 実際彼らは、俺にヘルタニア渓谷の開放を依頼してこなかった。

 まず不可能だと思ったのであろう。

 もし依頼しようとしてもブライヒレーダー辺境伯が妨害すると思ったか、最初から開放する意志すら持っていなかった可能性の方が高いか。

 飛び地の荒れ地なので、最初から眼中になかったのかもしれない。


「その後は、実家への嫌がらせと、不毛な紛争へのご招待だからな。なにか意趣返しはと思ったところにコレだ」


「ブロワ辺境伯家では不良物件扱いのヘルタニア渓谷を、ヴェンデリン様に格安で譲渡させたのですね」


「そういうこと」


「エリーゼは、このヘルタニア渓谷の岩でできた魔物たちが、逆さ縛り殺しのゴーレムたちに似ていると思わないか?」


「繁殖する以外はそうだと思います」


「ところが、『その見た目は繁殖』も、逆さ縛り殺しにあったゴーレムの無人修理工房と似たようなシステムで運営されていると俺は思った」


「つまりは、このヘルタニア渓谷から盗掘を防ぐための防衛システムなのである!」


 導師が持って来たのは、一冊の古書であった。

 あの書斎にあった、イシュルバーク伯爵の『自分の作品目録』という本である。


「地下遺跡とは違い、ヘルタニア渓谷は広い。しかも自然環境下にあるので、金属製のゴーレムでは経年劣化によって腐食する可能性があるのである!」


 無人工房でメンテしようにも、数が多いので時間がかかる。 

 劣化が激しい部品は交換しないといけないし、年数が経てば次第に防衛システムの稼動率が落ちる危険性があった。


「そこで、岩でできた魔物型ゴーレムというわけです」


 稼動用の魔石に、体はヘルタニア渓谷内ならどこにでもある岩でできている。

 鉱石が混じっているのは、立地上の偶然であるようだ。


「これなら数を揃えられるので、広域の防衛も可能になるのである!」


「はいはいっ! 導師」


「なんである? ルイーゼ嬢よ」


「魔石はどこから出てきたのかな? あとは、ゴーレムなら人工人格の結晶があるはずだと思う。エルが岩でできた魔物を倒した時、体内からそんなものは出てこなかったよね?」


「確かに、魔石と鉱石しか回収しなかったな」


 エルは、あの岩製の魔物を倒した時に残骸を調べていたが、人工人格の結晶は欠片すら見つかっていなかった。 


「その理由は簡単である。このヘルタニア渓谷には主がいて、それがすべての岩製のゴーレムを操作しているのである!」


 イシュルバーグ伯爵の『自分の作品目録』によると、ヘルタニア渓谷の中心部にある割れ目の中に、岩と鉱石でできた巨大な岩でできた竜『ロックギガントゴーレム』が鎮座しているらしい。


「逆に考えると、ヘルタニア渓谷のゴーレムはロックギガントゴーレム一体しかないとも言えるのである!」


 岩でできた全長が軽く百メートルを超えるロックギガントゴーレムの内部に、岩でできた魔物を多数同時に操る、巨大な人工人格の結晶が内蔵されている。

 外部からの侵入者を探知するとその規模に応じて迎撃を行い、数が減るとコントロールが可能な数まで回復を行なう。

 その様子が繁殖に見えるのは、イシュルバーグ伯爵の天才ゆえの奇妙な拘りなのかもしれない。


「魔石はどうなのです?」


「ロックギガントゴーレムが鎮座しているポイントに、ヒントがあるのである!」


 巨大なミスリル鉱脈の上に、あえて鎮座させているのだと古書には記載されていた。

 

「ミスリルが生成されるのは、銀に大量の魔力が添加されるからだとヴェルから聞いたわ」


 イーナの言うとおりで、ミスリルの鉱脈は魔力が濃い元魔物の領域に多い。

 そこにある銀が、時間をかけて徐々に魔力を吸収しながらミスリルに変化するのだ。

 

「ロックギガントゴーレムは魔力が多いポイントに居座って、そこから人工的に魔石を精製している?」


「そういうことのようである!」


 岩できたのゴーレムであったが、これは数が戦力みたいなものなので、狼でも猪でも熊でもそう強さに違いはない。

 飛行可能な大鷹やワイバーンなども、飛べてそれなりに動きが似ているだけ。

 本物ほどは強くないのだ。

 岩でできているから自然と防御力が備わり、生き物ではないので破壊されても決して逃げたり怯むこともない。

 そしてなにより……。


「その数が驚異ですね」


「左様、イーナ嬢の言うとおり数が脅威なのである!」


 多少魔法に自信があって一日に数千体を破壊しても、次の日にはすでにその損害は回復している。

 永遠に近い回復力を持つ敵との戦いになるので、ただの大軍や優れた魔法使いでは手に負えないわけだ。

 

「一般兵士には、一体でも十分に脅威なのである!」


 万の軍勢で攻め込んで数千体を破壊しても、人間の軍勢の方は無傷というわけにもいかない。

 戦死、戦傷で数が減ったところに、また昨日と同じ数の軍勢に襲われる。

 これでは、解放に成功するはずがなかった。


「例の古書に、『ヘルタニア渓谷防衛ゴーレム装置』の性能が記載されているのである!」


 導師が開いた古書のとあるページには、こう記載されていた。

 ロックギガントゴーレムは、魔力が溜まっている渓谷の奥に鎮座していて動くことはできない。

 その巨体には、最大で十万体の岩でできたゴーレムたちを制御する、巨大な人工人格の結晶が内蔵されている。

 他にも、魔力を溜めて岩製のゴーレムの核となる低品位の魔石を製造する装置も内蔵されている。

 魔石の製造能力は、一日に五千個ほど。

 岩でできたゴーレムの数が減ると、人工人格の結晶が減った分を補填しようとする。

 魔石をロックギガントゴーレムが体外に輩出し、それを外のゴーレムたちが一旦飲み込んでから、自分を構成している岩を材料に小さなゴーレムを分裂させる。

 見た目には産んだようにも見えるが実際には分裂で、親と同じ形状に生まれた子は、周囲の岩など体につけて体を大きくする。

 同じくその様子は、岩を食べているように見えるわけか。


「完全に自己完結している防衛システムなのか」


 だからこそ、今の今まで稼動していたのであろう。

 

「ようやく謎が解けたわけであるが、だからと言って王国がすぐに開放できるはずがないのである」


 ヘルタニア渓谷を開放する方法は、実はとても簡単ではある。

 ロックギガントゴーレムの体内に内臓されている巨大な人工人格の結晶を砕けばいい。

 この人工人格の結晶こそが、ロックギガントゴーレムと岩でできたゴーレムたちを動かしている大元なので、これを破壊すれば、岩でできたゴーレムたちはただの岩塊に戻ってしまうからだ。


「方法は簡単だなぁ。手段はもの凄く困難だけど……」


 エルがため息をつくのも無理はない。

 最大十万体にも及ぶ岩でできたゴーレムたちを突破し、ロックギガントゴーレムの元まで辿り着かなければいけなかったからだ。


「手段も困難ですけど、ヘルタニア渓谷は元はブロワ辺境伯家のものでしたわよ」


 いくら王国内にあっても、ブロワ辺境伯家が所有している物件に勝手に手を出すわけにはいかなかった。

 カタリーナの意見は正しかったが、今回の紛争が大きな機会となった。

 もしブロワ辺境伯家がヘルタニア渓谷の価値に気がつかないままであったら、裁定交渉の後半で王国が和解金を一部を負担すると言ってここを取り上げ、後で俺たちにその解放を依頼する可能性もあったのだから。


「陛下が苦笑いを浮かべていたのである。バウマイスター伯爵にまんまと攫われたと」


「今から思えば、あの地下迷宮で死に掛けたのが役に立ったというわけですね。同じ開放するにも、自分の物になるのならやる気も出ますし」


 そのため、今回は同じパーティーメンバーでも立場を変えている。

 ロックギガントゴーレムに突入する主要メンバーには、俺バウマイスター伯爵が凄腕の冒険者たちに依頼を出した形にしてある。

 鉱山の利権を分けるのは面倒なので、成功報酬は一億セントと予め決めていた。


「難易度は高いが、破格の報酬だな」


 日本円にして百億円なので、まず滅多にある報酬ではないからだ。


「ブランタークさんは、引き受けてくれますよね?」


「お館様から、受けるように言われているからな」

 

 開放後のことを考えると、ブライヒレーダー辺境伯家のお抱え魔法使いであるブランタークさんは引き受けるしかない。

 この広大なヘルタニア渓谷の鉱山地帯を、バウマイスター伯爵家のみで運営できるわけがないので、かなりの業務をブライヒレーダー辺境伯家に委託する必要があるからだ。

 

「某も、陛下並びに商、工務卿から密かに後押しを受けているのである」


 王国としては、俺に奪われたヘルタニア渓谷の利権を少しでも取り戻したいわけだ。

 所有権は俺にあるが、採掘、警備、精製、輸送などの利権はある程度は欲しい。

 バウマイスター伯爵家としても、利権に王家を噛ませておけば、開放後にブロワ辺境伯家に難癖つけられたとしても、いい用心棒になってくれる。

 完全に独占すればやっかみもあるので、みんなで幸せになる方法を考えたというわけだ。

 みんなの中にブロワ辺境伯家が入っているのかどうかは、まだわからないけど。


「魔法を使って飛べない組は、ここで陽動か」


「そういうこと」


 エル、イーナ、ヴィルマ、エリーゼは、あくまでもバウマイスター伯爵家の人間として陽動に参加してもらう。

 ロックギガントゴーレムを破壊するメインメンバーは、空を飛んで一直線に目標に突入する。

 その間、地上の陽動組は境界線ギリギリを出たり入ったりして、地上の岩でできたゴーレムたちを引きつける役割を与えた。


「ヴェル様」


「なにかな? ヴィルマ」


「陽動の数が少ない」


 資料によると、ゴーレムは地上の物が八万体で、空を飛ぶ物が二万となっている。

 さすがに、百名以下での陽動は厳しいとヴェルマは指摘した。


「応援も呼んでいるから。その前に少し戦闘訓練だな」


 なるべく魔力を温存して、効率よく進路上のゴーレムを破壊する。

 そのためには、あのゴーレムたちがどの程度の魔法で壊れるのかを確認したかった。

 陽動組も、ゴーレムたちの強さを把握しておいた方がいい。

 そんな理由で、突入組は空から、陽動組は地上から境界線ギリギリでゴーレムを待ち、それらを倒す戦闘訓練を開始する。


「古書によれば、ロックギガントゴーレムの一日の魔石製造量は五千個! よって、それ以上倒せば回復が追いつかないのである!」


「導師は、難しいことを言うなぁ……」


「気合である!」


 導師に発破をかけられたエルは、剣の確認を行って戦闘準備に入った。

 導師は『飛翔』で飛び上がるのと同時に、最低限の『魔法障壁』を纏うと、わざと挑発して呼び寄せた大鷹型やワイバーン型の岩ゴーレムの群れに突入した。


「確かに、見た目だけでさほど強くないのである!」 


「相変わらず、すげえなぁ……」


 突入と同時に、魔力を纏わせた拳と蹴りで次々と岩でできたゴーレムたちを粉砕し、少し離れた目標に向かっては小型の蛇型竜巻魔法を作ってそれを投げつける。

 小型の竜巻が命中すると標的の岩ゴーレムがバラバラになり、砕けた破片が散弾のように周囲のゴーレムたちも襲って破壊を広げていた。


「『魔導機動甲冑』は魔力消費量の点で不採用であるが、こいつらは竜ほど強くないのである! なるべく効率よく、進路上のゴーレムのみを破壊するのである!」


「あまり強力な魔法を放たず、複数を巻き込むようにして数を減らせ」


「わかりました」


「わかりましたわ」


 俺とカタリーナは、ブランタークさんの指導で順番にワイバーン型のゴーレムに小さな『竜巻』をぶつけた。

 『竜巻』が命中するとゴーレムは呆気なく砕けてしまい、破片が周囲のゴーレムたちにも当たって被害を増やす。


「この魔法の連発でいいですかね?」


「他の系統の魔物もいないからな。それだけで十分だ。むしろ、魔力は極力温存しろ。ロックギガントゴーレムに辿り着いた時に魔力が空だと死ぬぞ。悪いが、その前に作戦中止命令を出すがな」


 飛べなくなれば地上のゴーレムたちに囲まれてしまうし、ロックギガントゴーレムを破壊する魔力も残しておかなければいけないからだ。


「ロックギガントゴーレムへのトドメは、ルイーゼの嬢ちゃんに任せる。ただ失敗する可能性もあるから、そのための他の突入メンバーも魔力は極力温存だ」


 今回の作戦は、五人で突入を行なう。

 ルイーゼを囲って万全の状態でロックギガントゴーレムまで運び、彼女の渾身の一撃でロックギガントゴーレム胴体に内臓されてる巨大な人工人格の結晶を破壊するのだ。

 成功すれば、他のゴーレムたちはその活動を停止させてしまう。

 無理に全滅させる必要はないというわけだ。


「ルイーゼさん、絶好調ですわね」


 カタリーナの視線の先では、ルイーゼがまるで八艘飛びのように飛行するゴーレムたちの頭部を砕きながら空中を移動する姿が目撃できた。

 生き物と同じで、ゴーレムは頭部を失うと地面に向かって落ちてしまう。

 無駄に魔力を使わないという点では、ルイーゼが一番優れていた。


「あとは……」


「今気がついた! 剣が秘蔵のオリハルコンソードなら傷一つつかない!」


 カルラ嬢がいるのでハイテンションなエルは、地下迷宮攻略で得た金で買ったオリハルコン製の剣で、次々と狼型のゴーレムたちを斬り裂いていた。

 確かにオリハルコン製の剣なら、岩など豆腐のように簡単に斬れるはず。


「無茶を言うなよ! そんな業物。よほどの一流冒険者か金持ちでもないと持てるか!」


「俺は持っていますけど」


「マジでか!」


「いいなぁ……」


 エルが実際にオリハルコン製の剣で戦い始めると、モーリッツは驚き、トーマスは羨ましそうな表情を浮かべていた。


「エルヴィン、カルラ様が応援しているから前に出ろ」


「本当ですか!」


「もうエルヴィンしか見えないように声援を送っているぞ」


「前に出ます!」


「カルラ様の注目は、エルヴィンが独占だな」


「あはははっ! 死ねい! 雑魚ゴーレム共が!」


「(モーリッツ。えげつねぇ……)」


 モーリッツやトーマスたちから、カルラ嬢の件を出汁にされて常に前に出されていたが、エル自身の腕前とオリハルコン製の剣の性能によって一人前線で無双を続けていた。

 作戦としては間違っていないのだが……。


「カルラさん、見ていてくれるかな?」


「大丈夫、エルヴィンはもの凄く注目されている。もうお前しか見えないほどにな」


「頑張ります!」


 ただ、モーリッツたちもエルが嫌いなわけではないので、ある程度戦わせたら引っ込ませているようであった。


「エルヴィン、うしろで少し休んで来い。カルラさんが待っているから」


「はいっ!」


 エルは急ぎ休憩のため後方に戻り、エリーゼと一緒に負傷者の手当てをしているカルラ嬢を見つけると、まるで犬のように駆け寄って行った。


「エルヴィンさん、お怪我はありませんか?」


「はい! 全然無傷で余裕です!」


 カルラ嬢は無傷なのにやって来たエルを嫌がる様子もなく、彼女からタオルと水の入ったコップを受け取りながら、楽しそうに休憩をしているようだ。


「モーリッツは、エルの使い方が上手いなぁ……」


 次にイーナの行方を捜すと、彼女はあの懐かしい大技を披露していた。


「槍術大車輪!」


 あの空回りしていた頃のローデリヒが見せていた、強いのかどうかよくわからない槍術である。

 いつの間にイーナが会得したのかは知らなかったが、これが思った以上に役に立っているようだ。


「この技って、対多数用の技なのね。なんとなく想像はつくけど……」


 イーナの周囲には、多数のゴーレムの残骸が散乱していた。

 

「ヴィルマは、どこにいるのかな?」


 ヴィルマを探すと、彼女は前に話していた鉄製の強弓を引いていた。

 矢もすべて鉄でできているようで、放った矢は何体ものゴーレムを貫通しながら破壊していく。

 

「よくあんな豪弓を引けるよなぁ……」


 俺は、彼女の怪力に改めて驚かされていた。

 俺では、その鉄弓を引いてもビクともしないはずだ。


『三年くらい前に、いきつけの武器屋に飾りとして置いてあった』


 以前、ヴィルマから鉄弓を入手した時の話を聞いたけど、飾りで作ったものだったそうで、武器屋の主人も看板の代わりと考えていて、商品としての販売は考えていなかったそうだ。


『引けるから売ってと言ったら、引けるわけがないと言われた』


 もし引けたら無料でやると言われたので、実際に主人の前で鉄弓を引いて手に入れたのだそうだ。

 

「人相手だと躊躇するけど、ゴーレム相手だから都合がいい」


 ただし欠点もある。

 矢が通常のものよりも高価なので、すぐに使い切ってしまったのだ。


「戦争って、お金がかかる」


「真理だな」


 ヴィルマはこの世の真理を嘆きながら武器を戦斧に交換し、それをを振り回して弓矢よりも多くのゴーレムを粉砕する。

 さすがは、ヴィルマと言った感じであろうか。


「ヴェンデリンさん、そろそろ」


「ああ」


 人数的にも時間的にも、そろそろ限界であろう。

 カタリーナから告げられた俺は、少しだけ地上の陽動組を下げてからルイーゼを除く四人で巨大な魔力を使って巨大な『竜巻』を完成させる。


「合体魔法ってか?」


「『スピントルネード』!」


「みなさん適当ですわね。ここは華麗に」


「『テトラゴントルネード』?」


「それですわ! ヴェンデリンさん。疑問形は止めてください!」


 四人による合同竜巻魔法によって、見えていたゴーレムたちはすべて『竜巻』によって砕かれ、互いに衝突し、ただの岩塊となって地面へと落下していく。

 そのあとには、大量の岩塊、鉱石、魔石などが残されていた。


「拾えぇーーー!」


 俺の上空からの命令で、下で戦っていた我が諸侯軍の面々は、一斉にゴーレムたちの残骸を捜索、回収し始めた。


「魔石が優先だ! 鉱石はあくまでもついででいい!」


 とにかく時間がない。

 すぐに、他からの援軍が今以上の数で押し寄せるのは確実だからだ。


「ヴェル! 今の倍以上の数のゴーレム軍団を発見! こちらに向かってくるよ!」


「全軍、境界線の外まで急ぎ撤退!」


 目がいいルイーゼが次々と押し寄せるゴーレムたちを見つけたので、俺はすぐに全軍に撤退命令を下す。

 こうして、実戦経験を積むために行なわれた戦闘の第一日目は無事に死者ゼロで終了するのであった。

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