第170話 俺は先に抜けさせてもらうから!

「完全に手詰まりですね」


「ええ……」




 裁定交渉が始まってから一週間。

 なんの成果もあがらない状況に、ブライヒレーダー辺境伯は溜息をついた。

 こちらは王国からの使者であるクナップシュタイン子爵が試算した案を受け入れると言っているのに、ブロワ辺境伯家は『高すぎる!』と拒否しているからだ。

 そして、双方の決して交わることのない金額交渉で、今日も一日が終わる。

 あとは、交渉に出ている二人の後継者たちが口を揃えて言う、『カルラを、バウマイスター伯爵の妻に!』という条件の追加であった。

 反乱幇助のお侘びを込め、非公式にではあるが謝罪して、カルラ嬢を俺の妻に差し出す。

 うちとブロワ辺境伯家との交渉の落とし所としては理解できたが、それはすなわち未開地開発の利権をブロワ辺境伯家にも分けるという事実にも繋がる。

 当然ブライヒレーダー辺境伯の怒りは激しく、これで交渉が纏まるというのも変であろう。


「あの二人の仲は相変わらずですが、共に狙っていることは理解できます」


 今回の紛争は、すでに実質ブライヒレーダー辺境伯家、バウマイスター伯爵家連合バーサスブロワ辺境伯家という構図になっている。

 当然今までの経緯から、ブライヒレーダー辺境伯が引くはずもなく、新興で当主が若造なうちが狙われるというわけだ。

 

「身代金の減額と、カルラさんの嫁入りで利権の分け前ですか。ムシのいい話ですけど、彼らにはこれしか手がないとも言えます」


「酷い話ですね」


「王族でも、貴族でも、商人でも。交渉で弱点を狙うのは定石でしょう?」

 

 俺とカタリーナは、ある程度の身代金さえ取れれば大幅に黒字となるので、一番減額を狙いやすいというわけだ。

 紛争案件の利権には一切絡んでいないので、交渉がシンプルなのもよかった。


「俺たちの身代金の交渉額ってどのくらいだっけ?」


「四億五千万セントですわ」


 うちとカタリーナのヴァイゲル準男爵家、合わせての金額である。

 金額が多いのは、捕虜が多数出ているので身代金が多いからだ。


「十分の一でも黒字だけどな」

 

 うちの軍勢は、合計で百名にも満たない。

 捕虜にした人たちの管理費を考えても、利益率がとんでもないことになっていたからだ。

 今の戦争のルールだと、高位の魔法使いは稼げるという事実の証明にもなった。


「ですが、ここで十分の一では舐められてしまいますわよ」


「ですよねぇ……」

 

 なるべく多く身代金を取らなければ、それは貴族としては駄目という評価を受ける。

 だが、今の状態でなるべく多く支払わせるのは難しい。

 時間がかかり、その分は未開地開発の遅延で損をしている状態になるからだ。


「物納はどうなのです?」


「それも難しいだろう」


 領地、鉱山の採掘権、ブロワ辺境伯家で所持している宝物など。

 どれも、そう易々とは渡してくれないはずだ。


「物納に納得して、しかもそれが価値がある」


「しかも、ブロワ辺境伯家は大した価値はないと思っているもの……ありましたわ!」


 カタリーナは暫く考え込んでいたが、なにかを思いついたらしい。


「こうなったら、『ヘルタニア渓谷』を貰ってしまえばよろしいのでは?」


「ヘルタニア渓谷? ……そうだ! その手があったな!」


 知らない人も多かったが、冒険者としての経験が俺たちよりも少し長いカタリーナは知っていた。

 俺も名前だけは知っていたという感じだな。


「良質の鉱山や鉱床が、多数あると伝えられている場所です」


「そんな場所があるんだ。なぜヴェルに簡単に差し出すと、カタリーナが思うのかは知らないけど」


 それだけの鉱山地帯を和解金の減額程度で渡すとは、ルイーゼは考えられないようだ。


「それは、ここが魔物の領域だからですわ」


 古文書によると、ヘルタニア渓谷は古代魔法文明時代には有名な鉱山地帯であったらしい。

 鉄、銅、金、銀、ミスリル、オリハルコン、各種宝石。

 豊富な埋蔵量を誇る未採掘な鉱山や鉱床も豊富に存在し、それが開発できれば莫大な利益になると。


「でも、今までは攻略されていなかったのよね?」


「はい。何度か高名な魔法使いの方々が挑んだそうですが……」


 失敗しているからこそ、ヘルタニア渓谷は魔物の巣のままなわけだ。

 イーナの問いに、カタリーナはそう答えた。


「あそこの魔物は独特ですから……」


 通常、魔物の領域に住まう魔物は、特殊ではあるが一応は生物であった。

 一部例外でアンデッドもいるが、これは発生条件が冒険者の死などであるからそれほど数がいるわけではないし、『聖』の魔法で比較的簡単に退治可能だ。


「ところが、ヘルタニア渓谷の魔物は……」


 どういうわけか、すべて岩でできているらしい。

 狼、猪、熊、大鷹、ワイバーンなど、見た目はどこの魔物の領域にも生息しているものだが、体が岩で構成されており、たまに岩を食べると飢えることもなく、普通に出産をし、岩でできた子供が生まれる。

 この場合は、分裂したとも言えるのであろうか?

 王都のアカデミーに所属する学者たちも匙を投げる、おかしな魔物なのだ。

 聞いた限りでは、高度な自立行動が可能なゴーレムだと思うのだが。


「駆除を頼んでも、冒険者たちはほとんど引き受けません」


 岩でできているが、普通の魔物と同じく頭を切り落せば死ぬし、心臓部分を突いても同じく死ぬそうだ。

 もっとも、生きているのかも不明で、血も流れないでの活動停止と呼ぶに相応しい状態らしい。

 そして倒した魔物からは、魔石と鉱石が取れる。


「大半は鉄か銅の鉱石ですし、雑魚だと拳大がせいぜい。そのくせ岩でできているので武器の損耗が激しく、誰も中に入らないそうですわ」


 普通に考えれば、他の魔物の領域の方がよっぽど効率がよく稼げるわけだ。


「それって、ゴーレムなんじゃないの?」


「という学者も多いそうですわ」


 ルイーゼの疑問に、カタリーナが答える。

 とにかくなんでも構わないが、その岩の魔物たちに阻まれてヘルタニア渓谷の開発は進んでいなかった。


「カタリーナは、よく知っていたな」


「私、ここを攻略して貴族になろうと計画したこともありますから」


「チャレンジャーだなぁ」


 確かにここを攻略できれば、女性でもなんの問題もなく貴族になれたはず。

 もっとも、計画だけで頓挫しているそうだ。

 高名な魔法使いが一人や二人では、とても成功の目がないのはあきらかであった。

 

「先々代のブロワ辺境伯も、兵を入れたことがあると聞いておりますわ」


 一万人ほどの兵をヘルタニア渓谷に入れた途端、数万体の岩でできた狼、猪、熊などの大群に襲われ、さらに上空から万を超える大鷲やワイバーンにも来襲を受け、ボスの影すら見ずに全滅したらしい。


「その負債の回復のために、ブロワ辺境伯家は南部にちょっかいかけているとか?」


「かもしれませんわね」


「どっかで聞いたような話だな……」


 主に、うちの実家のことである。


「魔法使いによる突入も過去にあったそうですが、上級一名と中級二名、上級二名中級二名で突入したものの、魔物の数に圧倒されて撤退。多少の鉱石を持ち帰ったのみと冒険者ギルドの記録にありますわ」


 以前に攻略しか地下遺跡のように、ボスを倒せばこれらの魔物は統率を失い、数も増えなくなる可能性が高い。

 いや、もしかすると完全に活動を停止してしまう可能性があった。

 ここの魔物を、形態を生物に似せた岩製のゴーレムたちだと考えると、ボスを倒せばヘルタニア渓谷を守る仕掛けが消えると考えられるからだ。


「古代魔法文明時代の遺産か……」


「ヴェンデリンさんは、知っているのですか?」 


「パラパラと本で見た程度には。だから今思い出した」


 本を見たのは、あの地下遺跡にあったイシュルバーグ伯爵の書斎にあった本のはずだ。

 魔力切れから回復したばかりの半分ボケた状態で、暇潰しで適当に読んでいたのであまりよく覚えていなかったが、確か彼の作った作品のリストのような本であったはず。


「ヴェル。自分のものじゃないから興味がなかったんだね」


「他の人たちが鉱山から採掘しないように、高度な罠を作ったとか。昔の魔道具職人って凄いのね」


 ルイーゼの言うとおりで、もし開放を依頼されても大金でも貰わないと割りに合わないのだから。

 イーナは、素直に昔の魔道具の凄さに感心していた。


「戦力はあるし、あとは上手く開放する作戦を立てないと」


「ヴェンデリン様、ブランターク様、カタリーナさん、伯父様、ルイーゼさん。この五人が主力になればボスの討伐も可能かもしれません」


 エリーゼの推論に、みんなも特に違和感を感じていないようだ。


「確かにいけるかも」


 今の時点では、ブロワ辺境伯家のお荷物であるヘルタニア渓谷である。 

 身代金の額を少し減らして、ここを物納させる。

 その後に俺たちで開放してしまえば、一気に優秀な利権に早代わりというわけだ。


「駄目そうでも、そう管理に手間がかかるわけでもないからな」


 南部と東部の境界境近くにあるし、魔物の領域のままなら誰も侵入もしてこない。

 一億セントほど身代金の額を減らしても莫大な黒字になるし、面倒な裁定から一抜けが可能になる。

 そう考えると、悪い条件ではなかった。


「早速、提案してみよう」


 そして翌日。

 相変わらずなにも決まらない裁定の席でこの案件を出すと、予想以上にブロワ辺境伯側の食いつきがよかった。


「あのヘルタニア渓谷をですか? もしかすると、バウマイスター伯爵が開放なさるおつもりで?」


「試す価値はありますよ」


「それは結構ですが、お命を大切に……」


 三人がかりで一万人の軍勢にエリアスタンをかけたら魔力切れになった俺たちに、数万体の岩でできたゴーレムたちが集う、ヘルタニア渓谷の攻略は不可能だと思っているのであろう。

 珍しく二人は対立もせず、すんなりとこちらの条件を呑んだ。


「クナップシュタイン子爵。この裁定案を公式の記録に残してください」


「よろしいのですか?」


「構いません」


 公式の記録に残すと、王国の基準ではヘルタニア渓谷はバウマイスター伯爵家のものとなり、ここに他家が手を出すと世間的には侵略とみなされる。

 利権があやふやなままがいい物件だと、公式の記録に残すとかえって不利になるケースもあるが、ここを永遠にうちのものと記録させるのは、開放に成功したあとブロワ辺境伯家に因縁をつけられるのを防ぐためであった。


「では、和解金は三億五千万セントで十年払い」


 いきなり全額払うのは不可能なので、分割払いは仕方がない面もあった。

 

「今までも経費を計算した結果、和解金一年分だけでも黒字。これで、ヘルタニア渓谷が開放できたら大黒字だな」


 ブロワ辺境伯家に一泡吹かせられるし、裁定交渉で一抜けして暇からも抜け出せる。

 なにしろ、これからヘルタニア渓谷の開放を目指すのだから。


「ブライヒレーダー辺境伯、少しお願いが」


「いいですけど、ヘルタニア渓谷を開放したら少し噛ませてくださいね」


「それは勿論」


 採掘を実際に行なう時の人員の手配や、ヘルタニア渓谷と隣接する貴族たちからの妨害と盗掘に対応するため、警備人員などの強化も必要となる。

 ブライヒレーダー辺境伯家に少し利権を分けても協力を得るのは、安全な採掘のためには必要なことであった。


「では、しばらくあの二人の相手をしていますか。もしバウマイスター伯爵がヘルタニア渓谷を開放したら、彼らはいったいどんな顔をするでしょうね?」


「当然、100パーセント成功させるつもりでやりますよ。そのために、魔法使い以外も大勢動員しますから」


 こんな実りのない交渉からは早く抜け出すに限る。

 俺は、退屈な裁定交渉の席から離脱して、再び冒険者として困難な仕事に挑戦を始めるのであった。

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