第157話 謀臣って、こういう人を指すのかもしれない

「うーーーん」




 バウマイスター騎士爵領で発生した反乱は、無事に犠牲者ゼロで鎮圧された。

 首謀者であったはずのクラウスには上手く縛り首をかわされてしまった挙句、彼の思惑どおりの結果になってしまったようだが、どこかホッとしている部分もあった。

 やはり俺は、人の処刑シーンなど見たくないのが本音なのであろう。


「ヴェルは、クラウスさんに複雑な感情を抱いているわけね」


 無事に反乱鎮圧も終わり、事後処理にみんな奮闘していたが、俺は一人領地外れの草原で寝転がって空を見ていた。

 護衛はイーナ一人であったが、少なくとも今はあまり役には立たないと思う。

 なぜなら、俺が彼女に膝枕を要求したので動けないからだ。

 ここには野生動物も滅多に来ないし、来たら俺が魔法で追い払うか倒せばいい。

 それにこういう身分になったので、少し離れた位置で兵士が数名俺の護衛をしているから問題ないのだ。

 偉くなると、なかなか一人になる時間が作れなくなってしまうようだ。


「複雑というか、ただクラウスにギャフンと言わせたい」


「ギャフンって……。子供じゃないんだから」


 ヘルマン兄さんたちの救助目的で館の食堂に突入したあと、俺はクラウスに『そんなに縛り首は嫌か?』と尋ねた。

 元日本人の俺は心から縛り首など望んでいなかったが、それを言えばクラウスが動揺すると思ったのだ。

 だが結果は、見事にハッタリであると読まれてしまったようだが。


「クラウスさんくらいになると、ヴェルの感情を顔の表情から読むくらい造作もないはずだから、出し抜くのは難しいと思うわ」


 それでも、クラウスとて人間なのだ。

 心の中では、悩み、驚き、腹が立つこともあるはず。

 例えば、孫たちのこととか。


「孫たちのバカさ加減に、彼は溜息をついているとは思うわ。内心では」


「さすがのクラウスも、別人格である孫たちには手を焼いたようだな」


 今は軟禁状態であったが、やらかした俺の異母兄たちは、明日から新しい村落建設予定地に送られる予定だ。

 この陣容は、ヴァルターとカール、反乱に参加した若い領民たちとその妻と子供たちで合計二十二名。

 まずは住む家を自分たちで建てて、それから自力で開墾をすることになっている。

 以前の畑と家は没収され、新しい家を立てる資材はヘルマン兄さんが準備する。

 前の家の中にあった家財道具や現金などの所有は認められたが、理由はそれがないと食料が買えないからである。

 決められた税を支払わないといけないし、栽培した作物にも同様に税がかかるが、これは三年間の免除が決まっている。

 ただ、三年間で税を払っても自分たちが食べられる分の畑を作らないと飢え死になので、クラウスは孫たちへの仕送りのためアルバイトをするわけだ。

 なにしろ彼も、元の家と畑を没収されているのだから。

 金銭などの財産については、クラウスに聞くとそれほど多くもなかった。

 普通の名主の平均くらいだ。

 もし、父の代から税でもチョロまかしていたら縛り首危機再びという可能性もあったのだが、それはなかった。

 少し残念でもあり、だがクラウスなのでそんなヘマはしないだろうなとも、俺は思っていた。

 俺について来るクラウス自身も、あまり現金などは所持しておらず、少しの着替えと身の周りの品を入れたカバン一つだけ持っていた。


『六十歳を超えて、外の世界で働く。なかなかにワクワクしますね』


 そんな状況を心から楽しんでいるのだから、クラウスの肝は相当に大きいのであろう。

 

「クラウスさんは、目的を達したわけね」


 あのままの状態で放置しておくと、クラウスの死後にヴァルターとカールが暴走する可能性は否定できなかったので、彼らにお灸を据え、殺されずに済むように手を打った。

 それが、あの反乱の目的だったのであろう。

 未開地に引っ越し、一からの開墾作業で苦労するヴァルターとカールはご愁傷様だが、自業自得なので仕方がない。


「困難な開発に、監視の目もあるか」


 必要なものは商店で買えるが、新しく商店を経営するライナーには安く売るのも禁止だが、高く売るのも禁止だと、ヘルマン兄さんが命令を下している。

 これに加え、二十四時間交代で監視の人員もつけるそうだ。


『次になにか企んだら、俺が責任を持って始末する。ヴェルに二度も鎮圧など任せられん。ここは俺の領地だからな』


 以上のようなやり取りがあり、彼らは大人しく処罰を受け入れたようだ。

 縛り首ではないので甘いという意見も出そうだが、なにもない草原を死ぬまで自力のみで開墾しないといけないので、ある意味縛り首よりも厳しい罰であろう。

 逃走も不可能であった。

 監視はあるし、いくら開発が始まったとはいえ彼らが開墾をする草原の周囲にはまだ凶暴な野生動物も多いからだ。

 弓くらいしか使えないヴァルターとカールでは、逃走は不可能であろう。


「そちらはヘルマン兄さんに任せて、俺たちは戦争だな」


「ヴェルも貴族らしくなったわね」


「イーナは、奥さんらしくなったか?」


「自信がない……」


「全員が同じようでもつまらないから、それはいいんじゃないの? 俺は、イーナとは普通に話せるからありがたいし」


 エリーゼだと少し畏まっているし、ルイーゼは面白いけど変な時があるし、ヴィルマはたまに毒舌だし、カタリーナはなんというかズレている時がある。

 そのため、普通に話せるイーナという存在を俺は貴重に思っているのだ。


「そういうわけだから、今は普通の婚約者のように膝枕を続行で」


「そうね。私の足って硬くない?」


「そうかな? 別に硬くないけど」


「それはよかったわ」


 俺はイーナの膝枕で、一時間ほど浅い眠りに入るのであった。






「バウマイスター伯爵様、お迎えに参りました」


「ご苦労様。やはりこういう時には、小型の魔導飛行船は便利だな」


 反乱鎮圧とその後処理が終わった翌日、俺たちを迎えに一隻の小型魔導飛行船が到着した。

 この大切な時期に俺たちの足を引っ張ってくれた、東部を纏めるブロワ辺境伯に一撃かます。

 そのくらいはしておかないとまたなにかを企む可能性があり、加えて南部との境に大規模な出兵もしているとかで、ブライヒレーダー辺境伯からも参軍要請が出ていた。

 寄親の要請はなるべく聞き入れ、その代わり、それに応じた便宜を図ってもらうのが正しい関係と言えよう。

 ブロワ辺境伯に対し仕返しをする必要があるので、俺は諸侯軍の移動に小型魔導飛行船を使うことにした。

 ちょうど小型魔導飛行船を保有しているアームストロング導師の次男ヘンリックから、船をレンタルして運んでもらうことになった。 

 一時的に、傭船契約を結んだというわけだ。


「稼ぎ時なのにすまないな」


「いえいえ、利益は十分に出ていますから。それで人数は予定どおりでしょうか?」


 参加者は、俺たちにブランタークさん、あとはバウマイスター伯爵家諸侯軍にそれを率いているモーリッツという布陣になっている。

 反乱鎮圧時と同じメンバーとも言うな。


「クソっ! 俺も兵を出したかった!」


 ヘルマン兄さんも少数でも兵を出したかったようだが、犠牲は出なかったが内乱が終結したばかりなので忙しく、悔しそうな表情で不参加を俺に伝えた。

 ここで兵を出しておけば、ブライヒレーダー辺境伯に対するいいアピールになったからだ。


「唯一参加しているのはクラウスですね」


「あの野郎、全部計算しているのか?」


「俺も最近よくわかりません」


 唯一の例外として、名主を引退してフリーターになったクラウスに、反乱に失敗して捕らえられたブロワ辺境伯家の兵士たちの姿もあった。

 

「あんなのを乗せて大丈夫ですか?」


「クラウスが見事に説得しやがったからな」


「あの人、反乱の首謀者ですよね?」


「元な。だからこそ説得できたという可能性もあるのかなって」


「確かに、そんな気もしますね」


 ふてぶてしいクラウスに顔を引き攣らせる、父親には似ずに常識人なヘンリックであったが、実際にクラウスがあの連中を寝返らせてしまったのは事実であった。



 


『お館様は、彼らを自分の駒としてお使いになるつもりですか?』


 クラウスの臨時雇用が決まった直後、彼はすぐに捕らえられた反乱分子たちの使い道を聞いてきた。


『そのつもりだが、まずはブライヒレーダー辺境伯に聞いてみようかなと』


『間違いなく、ブライヒレーダー辺境伯様はなにも仰らずに許可を出すと思います。なぜなら、彼らを捕らえたのはお館様です。彼らをどうにかする権利は、お館様にしかございませんので』


 いくら寄親と寄子の関係でも、ブライヒレーダー辺境伯家とバウマイスター伯爵家とは別の家だ。

 なので、捕虜の扱いや戦利品について余計な口は挟まないのだとクラウスは説明した。


『なので、説得は早めに行うのがよろしいかと。試しに私が説得してみましょう』


『クラウスがか? 裏切り者扱いで大ブーイングになりそうだな』


『そこを逆転させるのが、年寄りの知恵でして』


『クラウスがそう言うのであれば、別に構わないけど……』


 彼らは、絶対にクラウスを裏切り者だと思っているはずなのに、勇気あるよなぁ……。

 クラウスに許可を出して、一緒に彼らが捕らえられている空き家へと向かうと、ドアを開けるなり、予想どおり大ブーイングが発生した。 

 その気持ちはよくわかる。 


『この裏切り者が!』


『さも味方のフリをして、俺たちを売りやがったな!』


 反乱の首謀者なのに、なぜか処刑もされず俺と一緒にいるクラウス。

 彼らの怒りは当然で、俺も彼らを応援したくなるほどだ。


『誤解なきように言っておきますが、私は全力で反乱に協力いたしましたよ』


 クラウスは、だからこそあれほど鮮やかに領主館を落せたのだと語った。

 ただ、運が悪いことに反乱の鎮圧にやって来た相手が悪かったのだと。

 俺の目の前で、全力で反乱に参加したと平気で言えるクラウスは、本当にいい性格をしていると思う。


『バウマイスター伯爵様、ブライヒレーダー辺境伯様お抱えのブランターク様、西部一の魔法使いと評判の暴風様。この三人で『エリアスタン』で制圧されてしまいますと……。私は誓って内通などしておりませんし、そんなもの、バウマイスター伯爵様には必要ないでしょう。ただ我らは魔法で鎮圧されてしまったのです』


 クラウスの説明に、次第にブーイングの声は納まっていた。

 確かに、俺がわざわざクラウスに内通など持ちかけないのは確かだ。

 だって、そんなものは必要ないのだから。


『それで、捕らえられている俺たちになんの用事だ?』


 彼らのリーダーをしている、三十代前後に見える男性がクラウスに質問をした。


『それはですね、トーマス殿。みなさんの仕官の口利きです』


『縛り首になる俺たちがか? なんの冗談だ?』


『いえ、冗談ではありませんよ』


 さらに、クラウスの説明は続いた。


『バウマイスター伯爵家は、ヴェンデリン様が個人の才覚で切り開いた新興伯爵家です。素晴らしいことではありますが、やはり人手は足りません。普通であれば、トーマス殿の罪は縛り首が妥当。ですが、ここで無闇に人材を殺してしまうのは勿体無い』


『人なら余っているだろう。王都のスラムにでも行け』


『そういう開拓民ではなくて、バウマイスター伯爵家で武官なり文官ができる、教育された人たちが必要なのですよ。トーマス殿のように、ブロワ辺境伯領内で訓練や教育を受けた人材がです』


 クラウスの発言に、トーマス以下全員が視線を逸らした。

 彼らはブロワ辺境伯家から、たとえ拷問されても、最後には処刑されても、出自を喋るなと言われているようだ。


『ここに至って、出自を隠される必要もないと思いますが。以前、私に話してくれたではないですか』


 クラウスが老練なので、つい話をしてしまったのであろう。

 もしかすると、自分の娘を妾として差し出した話や、孫たちの不遇話などで、上手く同情心を誘って話を聞き出したのかもしれない。

 やはりこいつは、とんでもないジジイだ。


『ご実家や家族に迷惑をかけたくない。そのお気持ちはよくわかります。ですが、トーマス殿を使い捨てにしたのは誰です? こんな敵地の真ん中で、今出兵している諸侯軍に混ぜてもらえるでもなく、捨て駒扱いで後方かく乱任務をさせられた。私、あなた方と行動を共にしていて思いましたが、ツテさえあればちゃんと仕官できる能力はあると思いますよ』


『そんなに世の中は甘くない……』


 トーマスという名のリーダーは、ボツボツと話を始める。

 零細陪臣家の三男以下など、捨て駒としてでも使ってもらえるだけマシなのだと。

 それこそ天才レベルの人なら上からの救いもあるが、自分たちくらいならそんな救済処置はない。

 やはり長男や、コネがある大身の陪臣の子たちが拾われるのだと。


『そんな連中よりも、俺たちの方がマシだろうな。だが、よほどのバカでもない限りはコネが優先される』


 大貴族ともなると、領内の統治がある程度システム化されているので、よほどの無能でなければなんとかなってしまう。

 だから、コネがなによりも最優先されるわけか。


『バウマイスター伯爵家による、開発特需の話は知っている。だが、ブロワ辺境伯家を始めとする東部貴族たちは、長年争っていたブライヒレーダー辺境伯家に恨まれている。俺たちが仕官を求めても、出入り口にも辿り着かないで却下されるんだ』


 両家の仲の悪さは本物だ。

 しかも、この二代ほどでさらに増幅されている。

 ブライヒレーダー辺境伯は、東部に一切の利権を回していないのであろう。

 人材の登用も、東部出身者は完全にカットしているようである。


『ならば、これはチャンスですな』


『チャンスだと! あんた、なにを考えて!』


『出会いは反乱鎮圧なので最悪ですが、これもコネといえばコネでしょう。伯爵家の当主様と直接に顔を合わせました』


 クラウスの衝撃的な発言で、彼以外の全員が絶句してしまう。

 勿論俺もなにも言えず、その場に立ち尽くすのみであった。


『今はマイナスですが、ここで活躍をしてやり直すのはいかがかと。あなた方はお若い。まだ十分にやり直せると思いますが』


『しかし……。そのやり直しとは……』


 彼らを使う一番のネックがそれであった。

 捨て駒にされたとはいえ、自分の実家や元主家に逆らうことになるからで、もしかすると戦場で親兄弟と相まみえる可能性だってあるのだから。

 なので俺も、全員を引き抜けるとは思っていなかった。


『しかしながら、もう向こうはあなた方を家族とは思っていませんでしょう?』


『……』


『沈黙は、肯定と受け取りますよ』

 

 彼らは使い捨ての駒で、ブロワ辺境伯家との関与を喋るなと言われている。

 もし彼らが無事に釈放されても、実は実家に戻っても居場所などないのだ。

 『そんな人は、うちにはいません』ということになっているのであろう。 

 ブライヒレーダー辺境伯が引き取らないとクラウスが断言するのも、そういった事情を察したからのようだ。


『ブロワ辺境伯家は、あなた方を交渉の弱点にしたくありません』


 元々ブロワ辺境伯家が仕掛けた戦争であったが、当然どちらかの館が落ちるまで続くわけがない。

 今のところは上手く占拠している利権の確保を狙って、水面下で交渉が始まるはずだ。

 その交渉で、彼らは邪魔者でしかない。

 いっそ全滅していてほしいから、あんな無茶な作戦をさせたのだ。


『ご実家は、あなた方を生贄として差し出してなんらかの利益を得ているはずです。その代わり、交渉の席であなた方の身柄の話が出ても……』


 うちには、そんな子供は弟はいません。

 そういう風に答えるであろうと。


『悔しいと思いませんか?』


『……』


『ご家族との関係は確かに大切な物です。ですが、それはお互いを思い遣ってのことです。一方が一方を利用するだけの関係など、歪な上に、家族の縁を利用した詐欺にも等しい』


 クラウスの厳しい口調に、トーマスたちは肩を落として落ち込んでいた。

 もっと言い方!


『ですから、ここで再起いたしましょう。どうせ反乱に失敗して、一度亡くしたはずの命です。バウマイスター伯爵家に仕官して生まれ変わるのも手かと』


『生まれ変わる……』


 クラウスからの真摯な説得を、彼らは神妙な表情で聞いていた。

 俺は、クラウスの詐欺師としての才能を新たに発見したと思っていたが。


『いかがでしょうか?』


『俺はやり直す! 戦功を挙げて仕官して、結婚して家を持つ!』


『俺もやるぞ! もう実家への義理は果たした!』


『俺も!』


 暫くすると次々に手が上がり、最後に残されたトーマスがクラウスに質問をした。


『俺はもう三十二歳なんだ。やり直せるかな?』


『勿論ですとも。私など、もう六十歳を超えておりますよ。それでも動けるのですから、トーマス殿にはまだ三十年以上も時間が残っております』


『俺もやり直す! 実家のクソ兄貴に目にもの見せてくれる!』


 クラウスの説得により、全員がブロワ辺境伯家との戦いに参加することを宣言するのであった。

 可哀想なブロワ辺境伯家。

 クラウスみたいな悪党がこちらにいるとも知らず。





「なんとも、凄い話ですね」


「クラウスは……年の功なのかな?」


「なににしても、交渉と説得の能力が凄いですね。商人としては羨ましい限りです。それでクラウス殿は?」


「こちらについた連中の相談に乗っている」


 いきなりモーリッツが指揮する諸侯軍に混ぜると問題が噴出するので、あのトーマスというリーダーを隊長にして、部隊編成の一切合切を任せることにしたのだ。

 丸投げ……委任とも言う。 

 そしてクラウスは、彼らと俺との間を繋ぐような役割りに落ち着いた。

 正式に任命していないような……でも、すでに機能しているんだよなぁ。

 適任なのはわかるのだが、その見事な填まり具合に俺の心は少し複雑だ。


「大丈夫ですか?」


「また牙を剥いたら、さすがに縛り首だしな。あのクラウスが、そんなバカなことをするはずがない」


 今は、彼らに新しい苗字などを考えてやっているらしい。

 もう実家は捨てるので、新しい姓を名乗って戦功を挙げるのだそうだ。


「親切に助言しているように見えて、実はあの連中の退路を断っていますよね?」


「このままだと縛り首だったから、一応親切なのではないかと……(どうして俺が、クラウスの行動を庇うかね?)」


 さすがに、仕官を断った連中を生かしておくのも難しい。

 王国に押しつけるわけにもいかず、犯罪奴隷のような扱いで使うにしても管理が面倒なので、間違いなく処刑すべきという意見が家中から出てしまうからだ。


「私は、みなさんを迅速に運ぶのが仕事なので……。ええ、ただの傭船の船長ですとも……」


 若干引き気味のヘンリックを他所に、クラウスはフリーダムに動いていた。


「みなさん、独身でしたよね?」


「嫁や子供がいると、実家の迷惑になるからな」


「でしたら、ここは踏ん張りどころですよ」


「というと?」


「実は今回の出兵で延期になってしまいましたが、バウマイスター伯爵様が大規模なお見合い会を企画しておりまして」


 確かに、それは計画している。

 最初は俺に側室を押し込む会だったそうだが、俺が断るとエルやローデリヒに嫁を紹介するお見合い会に変化した。

 だが、二人だけでは希望者たちに不満が出るからと、うちで独身の家臣なら全員が出席できる大規模なお見合い変更されたのだ。


「功績を挙げて正式に仕官が叶えば、みなさんにも参加する権利が出ると、お館様が仰っていました。そうですよね?」


「そうだな」


「おおっーーー!」


「結婚できるぞ!」


「気合が入ってきた! 今の俺なら、親父でも兄貴でも捕らえられそうだ!」


 クラウスから聞いたお見合いの会の効果は絶大で、全員が異常なまでにテンションを上げていた。

 みんな、そんなに結婚したかったのか。

 やっぱり、現代日本とは違うよな。


「効果あるんですね。結婚って」


「クラウスが言うには、若い独身の男には一番効果があるって」


「なるほど、深いですね。私は商売が軌道に乗るまでは、暫く独身でいいですけど」

 

 ヘンリックはまだ独身なのか。

 今は仕事が忙しそうだし、楽しそうでもあるからな。

 バウマイスター騎士爵領を出て丸一日、俺たちを乗せた魔導飛行船は、ブライヒレーダー辺境伯家諸侯軍が駐屯する、境界線近くのエチャゴ草原に到着するのであった。

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