第156話 憎まれっ子は、年を取っても世にはばかる(後編)

「人質は、食堂に集められているのか……」


「よくわかりますね」


「『探知』では、まだ俺の方が上だな」


「いやあ、魔法を使えない微細な魔力の持ち主を『探知』で探るとなると、この人数では……」


「私も、ここまでは詳しく探知できませんわ」





 魔法による反乱軍の制圧と人質の安全確保を同時に行うため、俺たちは作戦会議を開き、まずはテーブルの上で手書きの地図を広げた。

 包囲に参加している従士長や運よく逃げ延びた使用人たちから聞いた屋敷とその周囲の詳細な地図と、ブランタークさんから調べてもらった人員の配置などが描かれている地図だ。

 自分の実家なんだが、俺は全体の配置を大体でしか覚えていなかった。

 ヘルマン兄さんが新しい屋敷を建てる計画は立てていたけど、暫くは今の屋敷を使わなければいけないので、内部を改装していたという問題もある。

 自分の部屋、食堂、書斎とそれらをつなぐ廊下。

 このくらいは覚えているが、年を経るごとに屋敷にいる時間は短くなり、用事がない場所には極力近寄らなかったのも大きかった。

 記憶が曖昧な場所もあったので、作戦を確実に実行するには地図で確認する必要があった。


「ヘルマン殿とマルレーネさんと子供たち。屋敷にいた家臣と使用人など合計十一名が食堂に集められていて、入り口に四名の監視役がいる。あとは屋敷の各部屋と周囲に設置した柵の前で警備に当たっている者たちもいるな。合計で二十八名といったところだ」


「クラウスの居場所はわかりますか?」


「ああ、食堂の中心部にいる」


 反乱の首謀者らしく、人質に自分の持論などを語っているのであろうか?

 それにしても、この人数からクラウスを特定できるなんて、さすがはブランタークさんだな。


「三人でやれば案外楽勝だな」


「『エリアスタン』ですか?」


「そういうこと」


「死人を出さないようにするには、最適な魔法だな」


 『エリアスタン』とは、その名のとおり電撃で相手を痺れさせて動けなくする魔法だ。

 中級レベルの魔力があれば大半の人が使えるが、実はコントロールがとても難しい魔法であった。

 治安組織では暴徒鎮圧目的などで大変重宝されるのだが、威力が弱すぎて少しビリっとしただけ、逆に強すぎて感電死、範囲のコントロールが下手で無関係の人まで痺れさせてしまう、逆に範囲が狭すぎて大半の標的が痺れもしなかったり。

 こんな事例が、山ほど報告されている魔法なのだ。


「三人で、『エリアスタン』をかける対象を事前に分担しておくぞ」


「食堂の中は手が出せませんわね」


「クラウスの野郎、やっぱりいけ好かないな」


 食堂にはヘルマン兄さんを始めとする人質が閉じ込められており、しかもその中心にクラウスが確認できた。

 こいつはちゃんと、『エリアスタン』を警戒しているのだから。


「とはいえ、クラウス一人だけ痺れずに済んでも、あとでどうとでもなる。念のため、俺は食堂入り口を見張る四人を標的にする。屋敷の内外は、伯爵様とカタリーナの嬢ちゃんで分担してくれ」


「わかりました」


「わかりりましたわ。ですが、本当にクラウスという方はよろしいのですか? 一人だけになると、女性や子供を人質にする可能性がありますが」


「その時は、心おきなく処分すればいいさ」


 その能力は認めるが、信用はできないクラウスだ。

 やらかしてくれたのなら、人質に被害が出る前に魔法で狙い撃ちして行動不能にしてしまえばいいのだから。

 ちょっと勢い余って死んでしまったとしても、それは不可抗力であろう。


「やらかさなければ、安定した余生を送れたのに」


「年寄りが人生の最後でミスをする。よくある話さ」


 人生経験豊富なブランタークさんに言わせれば、クラウスのかく乱も想定の範囲内というわけか。

 それにしても、孫可愛さに最後でミスをするとは……まだ引っかかる点もあるけど……とにかく始めよう。


「私、スタンの威力が少し強すぎるのが欠点でして」


「感電死させなければ、エリーゼがなんとかするさ」


「弱くしすぎて麻痺させられなばければ、それはそれで問題でしょうから、強めにいきますわ」


 俺たちは、それぞれに一番『エリアスタン』をかけやすい位置に陣取った。

 さらに俺は、『エリアスタン』発動後、反乱者たちを捕らえる役割を与えられたモーリッツやライヒたちに命じておいた。


「痺れて動けなくなっているはずだが、油断はしないように。あと、ヘルマン兄さんたちの安全確保を最優先で頼む」


「了解しました」


「お館様たちに傷一つつけさせませんとも」


 カタリーナが『エリアスタン』を発動させる場所へと歩いて行き、俺とブランタークさんがその後ろ姿を見ながら歩いていると、彼が小さな声で話しかけてきた。

 なにか作戦の漏れがあったのか?


「(あの暴れ馬を上手く乗りこなしているじゃないか)」


「(暴れ馬ですか? 実際、そこまでではないと思いますよ)」


 上級でもかなり上の魔力量を誇り、それなのに器用に多くの魔法を使いこなすカタリーナであったが、ブランタークさんが言うような暴れ馬というイメージを俺は抱いていない。

 ちょっと普段の言葉がキツイ時もあるが、御家再興という目的のために強がってきたのだと思えば可愛いと思えてしまうのは、俺の中身がおじさんだからかもしれないな。

 ブランタークさんがそう思わないのは、実際に接した時間が短いからなのか?


「たまに思うが、伯爵様は見た目よりも年齢が上に感じてしまうことがあるな。普通の人は、カタリーナの嬢ちゃんはキツイと思うぜ」


「そうかな?」


「自分は貴族に向いていないとか言っているが、そういうところを見ると、器が大きいと思う人がいるものだ。暴風の態度は強がりというか。若気の至りって印象を受けるな。今回の反乱に参加しているバカたちもそうか」


 同じ若気の至りでも、カタリーナはある種の娯楽を提供してくれたが、ヴァルターとカールたちからは迷惑しか被っていない。

 同じとは思えないのだけど……。


「まあ、やり過ぎるなよってことだ」


 ブランタークさんは、いくら腹が立っても、クラウスとヴァルターとカールたちは極力殺さない方がいいと釘を刺してくれたのか。

 ブライヒレーダー辺境伯もきっと同じ意見なのであろう。

 事前に俺の頭を冷ましてくれたわけだ。


「あの冒険者たちもですか?」


「あいつらは、片道キップの特攻みたいなものだから、使い捨てだろうな」


 この状況で、ブロワ辺境伯領へと生還など絶望的である。

 鎮圧の過程で殺されるか、捕らえられて処刑されるかのどちらかだ。

 それでも、こんな無謀な外部からの救援が一切期待できない籠城策をとるしかなかった。

 確かにちょっと可哀想だな。


「多分、拷問されてもただの冒険者だと言えと言われているはずだ。あいつらは、坊主の動きを封じるのと同時に、お館様の注意を分散させるための捨て駒だ」


「悲惨すぎる……」


「陪臣でも下の方。一般兵士と大差ないような家の次男以下ばかりだろうぜ」


 その陪臣家も継げず、部屋住みの居候として燻っているような連中ばかりであろうと、ブランタークさんは予想していた。


「冒険者にでもなればいいのに」


「みんながみんな、そうは思わないんだよ」


 前世でも、恐ろしいまでの情熱で親方日の丸(公務員など)を目指す人は多かった。

 きっと彼らも、それと同じ人種なのであろう。


「いつか自分も実家の居候ではなく、独立した一家を立てたい。そう思いながら勉学や鍛錬に励み、主家からたまにアルバイトで仕事を貰い、結婚もしないで年老いて死んでいく。そんなのが結構いるのさ」


 そしてそんな人たちは余剰人員なので、こういう作戦で使い潰すには最適なのだそうだ。


「悲惨ですねぇ……」


「伯爵様のところで道場を開いた、イーナの嬢ちゃんとルイーゼの嬢ちゃんの兄弟たちを見ればわかるだろう? そんな奴はかなり多い」


 少し目線を変えて、農民なり、職人なり、商人なりに転職する人も多いが、それは逃げだと思って、独立した陪臣家を立てることに執着する。

 能力が高い人も多いが、いくら大貴族家とはいえそう陪臣家の枠は増やせないわけで、結局死ぬまで燻ったままの人が多いそうだ。


「そんな彼らの、一発逆転の舞台がコレですか……」


「もの凄く勝算は薄いけどな」


 それでも、彼らからすればこれはチャンスなのだそうだ。

 どう考えてもチャンスには見えないのだが、そのくらい彼らは追い込まれている人たちということだ。


「坊主みたいに、魔法の才能でもあれば別だがな。暴風の件でもそうだ。あんなお転婆、そうそう嫁に貰おうと考えるかよ」


 大貴族のバカ息子ならば、実家の力を利用してそんなことも考えるであろう。

 だが、普通の男があれほど強い魔法使いを妻として迎え入れるのは難しいのだと、ブランタークさんは説明する。


「夫婦喧嘩で死ぬ可能性がある嫁なんて嫌だろうが」


「確かに……」


「坊主なら、その心配もないからな」


「ブランタークさんも、その心配はないですけど」


「俺は、ああいうのは好みじゃねえから。それに、貴族である坊主には必要な手駒でもある」


 取り込めれば使い勝手のいい人材なんだが、そういうことを考えてしまう貴族的な思考が、将来師匠の名に恥じない偉大な魔法使いになるぞ、という夢から外れているような気もするのだ。


「そんなことを気にしているのか? アルだって、魔法をある程度極めたからこその、ブライヒレーダー辺境伯家への仕官だったんだぞ」


 別に師匠は、とことん自由な冒険者としての生活に拘ったわけでもなく、だからお抱えとして仕官したのだとブランタークさんは説明する。


「アルの仕官を、先代は大いに喜んだ。あの遠征で戻ったら、アニータ様との婚姻と新陪臣家の新設を考えていたそうだ」


 アニータとは、先代ブライヒレーダー辺境伯の末の妹で、今は四十歳超えのお嬢様兼家事手伝いである。

 今では完全な嫁き遅れであったが、師匠が仕官した当時はなんとか二十代であり、年齢的にも釣り合いが取れていたので、二人の婚姻話は水面下で進んでいたそうだ。

 

「アルと先代の戦死で駄目になったけどな。ついでに、アニータ様もお一人様街道驀進中だ」


 結婚とはタイミングである。

 前世で、会社の上司が語っていたのを思い出す俺であった。


「毎日魔法の訓練はしているのだし、土木工事と狩りで魔法も使っているじゃないか。今もこうして、『エリアスタン』で大活躍だ」


「それもそうですね」


「人生の先なんて誰もわからん。坊主は若いんだから、今は好きにやれ。アルだって、坊主くらいの頃には好き勝手やっていた」


 少々人生の悩みがあった俺であったが、ブランタークさんのアドバイスで気分は楽になったような気がする。

 彼とも別れて所定の位置につくと、早速『エリアスタン』発動の準備を始める。

 包囲網の前線に魔法使い三人の姿が見え、屋敷の周囲にある柵の前で警戒している冒険者たちに緊張が走ったようだが、俺たちがなにをしようとしているのかはわからないらしく、ただ睨み合うだけになってしまった。

 『エリアスタン』の発動タイミングは、最初に突入をするモーリッツとライヒに任せていた。

 俺の隣にいる兵士が肩に手を置いてから三秒後だ。


「(っ! 1.2.3!)」


 打ち合わせどおり俺の肩に兵士が手を置き、三つ数えたあと、『エリアスタン』を発動させる。

 直後に屋敷とその周囲の地面が青白く光り、一秒と経たず警備している冒険者たちがその場に倒れ伏した。


「突入!」


 モーリッツの合図で、選抜された兵士たちが屋敷の内部へと強硬突入する。

 屋敷の外で麻痺して倒れている冒険者たちはその捕縛を包囲部隊に任せ、俺も不測の事態に備えて屋敷の中に突入する作戦だ。


「エル! イーナ!」


「了解!」


「任せて!」


 エルとイーナを護衛に、窓から屋敷の内部に突入した。

 作戦目標は、食堂に集められている人質の安全確保と……。


「クラウスが、どんな屁理屈を捏ねるか楽しみだな!」


「ヴェルって、クラウスさんが嫌いなのね」


 嫌いとか、そういうレベルの話ではない。

 あのジジイは、俺の人生の邪魔しかしないのだから。


「どうせ、俺が庇っても縛り首だからな。末期の言葉くらい聞いてやる!」


 いくらブランタークさんが俺を落ち着かせても、さすがに首謀者の処罰は避けられないのだから。

 普段はほとんど使われていない書斎の窓から突入し、そこをを出て廊下を進むと、『エリアスタン』で麻痺している冒険者たちの姿があった。

 彼らも同時に突入したモーリッツたちに任せるとして、食堂へと急ぐと、その入り口ではヴァルターとカール他二名の領民らしき若者たちが倒れている。

 彼らは、ブランタークさんの『エリアスタン』で麻痺して動けないようだ。


「さすがは、ブランタークさん」


 食堂の中で手足を縛られて監禁されていたヘルマン兄さんたちには、『エリアスタン』がかかっていなかった。

 精密な『探知』で見張りだけを特定し、『エリアスタン』で行動不能にする。

 もう少し鍛錬しないと、俺やカタリーナではまずできない芸当であった。


「縛っておいてくれ」


「わかった」


「わかったわ」


 ヴァルターとカールたちの捕縛はエルとイーナに任せて食堂に入ると、そこでは意外な光景が広がっていた。

 この反乱の首謀者であるクラウスが、人質にしていたヘルマン兄さんたちを縛っている縄を切っていたからだ。


「クラウス、その程度のことで無罪放免になるとか考えているのか?」


「なにを仰いますか、バウマイスター伯爵様。私は、お館様の命令で芝居を打っただけでございます」


「はあ?」


 やはり、クラウスはクラウスだった。

 俺の顔を見るなり、この反乱が芝居であったと言い放つのだから。


「これだけの騒ぎを起こして芝居だと? そんなに縛り首は嫌か?」


 俺の発言を聞いて、後ろでエルとイーナに縛られていたヴァルターとカールは悲鳴をあげた後に意識を失ってしまう。

 どうやら、やっとことの重大さが理解できたらしい。


「バウマイスター伯爵様のお気持ちはわかりますが、ここはお話を聞いていただけたらと」


「聞くくらいはしてやる。縛り首用の縄と処刑台の準備もあるからな」


 続けて、ヴァルターとカールと一緒にいた若い領民たちもショックのあまり気絶してしまった。

 他の領民たちよりも優遇されようと軽い気持ちで反乱に参加したようで、それが失敗した時のことはあまり考えていなかったようだ。

 若気の至り……バカなのか?

 若い連中は俺の発言で気絶していたが、クラウスは表情一つ変えておらず、どうやら絶対に処刑されない自信があるらしい。

 その表情を見て、少しムカっとする俺であった。


「そちらの準備は、多分必要なくなると思いますが……」


 はたして、クラウスがどんな釈明をするのか?

 俺はただそれを知りたいがために、奴の話を聞くことを決めるのであった。





「反乱を起こした挙句、取引で無罪を要求とはな……」


「いえいえ。無罪ではなくて、ただ死罪を避けてほしいと願うわけでして」


 結局バウマイスター騎士爵領で発生した反乱は、一日で完全に鎮圧された。

 犠牲者も『エリアスタン』のおかげでゼロであり、反乱に参加したクラウス以外の連中は武装解除され、一ヵ所に纏められて兵士たちに監視されていた。

 そして肝心のクラウスであったが、ようやく平穏を取り戻した屋敷の書斎でなに食わぬ顔で堂々と取り引きを要求してきたのだ。

 機密の関係で、現在書斎にいるのは俺、ヘルマン兄さん、エリーゼ、ブランタークさんだけである。

 他のみんなは、反乱の後片付けを手伝っていた。


「クラウス、俺は前に釘を刺したよな?」


 ヘルマン兄さんからすれば、増長するヴァルターとカールに釘を刺すようにとクラウスに命じたのに、なぜか三人に強訴を名乗る反乱を起こされてしまったのだ。

 それを無罪にしろと言われて、怒らないわけがなかった。


「ヴァルターとカールの教育を誤ったのは、正直私の不覚でした。上手く言い聞かせるというのは難しいのです。私の力で抑えるという手も、老い先短い私が死ねば役に立ちません」


 さてどうしたものかと悩んでいた時、ちょうどタイミングよくあの冒険者たちがヴァルターとカールに接触してきたそうだ。


「ブロワ辺境伯家の手の者たちです」


「知っていたのか……」


「ええ、彼らは苦労しているようですね。反乱計画に親身で協力していたら話してくれましたよ」


「……」


 クラウスは、包み隠さず真実を話しているようだ。

 貴族になれると増長したヴァルターとカールを利用しようと接触したブロワ辺境伯家の手の者たちに自らも協力し、その過程で上手く情報を引き出した。

 反乱に参加した連中を見ると、若い者が多い。

 老練なクラウスからすれば、簡単に情報を引き出せるカモに見えたのであろう。

 

「そのまま通報すれば、手柄だったろうがな。手遅れじゃないかな? 老練な名主殿」


「そうは思ったのですが、この狭い領地で二十名を超える反乱分子の捕り物です。犠牲は大きかろうと」


 成否以前にあとがない連中なので、死に物狂いで抵抗してくるはず。

 そこで、反乱を起こしてしまうことにした。

 クラウスは、悪びれもせずそう説明した。


「参加人数的に、領内の完全制圧は不可能です。彼らも、ブライヒレーダー辺境伯様の後背を混乱させ、バウマイスター伯爵様の出兵を抑えるための工作なのでそこまでは望みません。籠城策も、実は彼らが最初から試案に入れていたのですよ」


「ブロワ辺境伯有利で紛争を終わらせたあとの和解案で、籠城していた彼らが無罪放免で故郷に戻る。その功績を持ってして、陪臣家の主として独立できる。そんなところか?」


「ええ、かなり難しいと思いますが、彼らはそれに縋るしかなかった。彼らの心情を考えると、つい手を貸してしまいたくなりまして」


 そこで、領主館の占拠に人質を取っての強訴という建て前にして、彼らと共に作戦を実行したわけか。

 クラウスは、優しいのか、実は酷い奴なのか判断に苦しむな。

 しかしブロワ辺境伯家の手の者たちの蜂起を止めることはできないので、犠牲を出さないように上手くコントロールしたとも言える。


「クラウスは、俺たちが反乱を鎮圧してしまうのを確信していたのか……」


「それが、高位の魔法使い様でございましょう」


 人質を取って屋敷に籠城した反乱分子たちを、俺たちが一網打尽にするはず。

 しかも、お互いに犠牲者も出さずに。

 クラウスは、そこまで読んで反乱を起こしたわけか。


「ヴァルターとカールも巻き込んでか?」


「一度、手痛いお灸を据えないと駄目でしょうからな。あとは、二度と二人を利用させないためです」


 俺の異母兄である以上は、またいつか利用しようとする貴族が出てくる可能性もあった。 

 そこで、二度と彼らが利用されないようにする必要があると、クラウスは考えたらしい。


「一度失敗して、辛うじて首が繋がっている状態で監視もある。確かに、余計なことを考える貴族もいないか……。ヴェル、こちらにも問題があって受け入れざるを得ない」


 ヘルマン兄さんにとって一番の問題は、名主やその後継者たちが一気に消えて人材の枯渇してしまうことであった。

 クラウス一家全員の処罰は難しいわけか。


「本村落の名主が消えるからな。次の手配が必要だ」


 クラウスをそのままというわけにはいかず、かと言っていきなり余所者でも問題はあり、今回の反乱に参加しなかった異母妹アグネスの夫ノルベルトに本村落の名主を、同じくコローナの夫ライナーに商店を任せる人事を行いたいそうだ。


「彼らは、クラウスの反乱に反対して縁切りまでされている。領民たちからの反発も小さいと思う」


 クラウスはそこまで読んで、彼女たちを縁切りしたのか……。


「それで、ヴァルターとカールは?」


 完全なスタンドプレーではあったが、確かにクラウスの思惑どおり事を進めた結果、バウマイスター騎士爵領の人間に犠牲者は出なかった。

 もしクラウスが、反乱が起きそうであるとヘルマン兄さんに通報し、兵を集めてブロワ辺境伯の手の者たちを武力で取り押さえようとすると、捨て駒である彼らが必死に抵抗して大きな犠牲が出ていた可能性があるのだ。

 独断専行なので、クラウスに功績があったと認めるわけにはいかない。

 だが、そのまま縛り首にすればいい案件でもなくなってしまった。

 クラウスが責任を取って引退する以上、ヴァルターとカールを縛り首にするわけにもいかなかったのだ。


「名主にはしてやるさ」


 クラウスは強制引退で、ヴァルターとカールに新村落の開拓を任せる。

 だが、ヘルマン兄さんからの援助は大幅にカットするし、俺やカタリーナによる手伝いもなしだ。

 一から自分たちだけで田畑を切り開き、村落を作っていく。

 領主からの援助や待遇も、次世代にならないと元に戻さない。

 俺の異母兄たちだから辛うじて処刑は避けられたが、死ぬまで新村落の開墾につきっきりとなる。

 監視の目もあるので、これ以降は余計な野心など考えないであろうという、ヘルマン兄さんの考えだ。

 しかも、この新村落の人口は少ない。

 反乱に参加した者とその家族だけで、新しい移民を募集してもいいがヘルマン兄さんは手を貸さない。

 外にツテがないので、代が代わるまでほぼ彼らだけで新村落の開発を行う。

 ある種の流刑にも近い処罰であった。


「ヴェンデリンはどう思う?」


「そんなところでしょうかねぇ」


 やはり処刑は躊躇われるし、かと言って無罪放免でそのままでは他の領民たちに示しがつかない。

 落とし所としてはいいと思うのだが、クラウスは特に表情を変えるでもなく普通に聞いていた。

 特に反論もなく、まるでこちらの考えを予想していたかのようだ。

 

「クラウスとしては、この条件でいいのか?」


「はい、それは勿論。我らのお命をお助けいただき、誠にありがとうございます」


 バカなことを考えた孫にお灸を据えつつ、100パーセント自力開発なので困難ながらも、新村落の名主にすることに成功した。

 他の村落の手前、代が代わるまでは待遇は低いが、ヴァルターとカールの次の代には解除される。

 本村落の名主も、孫娘の婿たちが継ぐことができた。

 一族縛り首に比べれば、遥かにマシかもしれない。

 クラウスの真の目的とは、バカなことを考え、その暴走を止められなかった孫二人の助命だったのであろうから。


「では、あとのことはヘルマン兄さんに任せます」


「捕まえた反乱分子たちはどうする?」


「使い道があるので、引き取ります」


「助かる。あんな連中を管理して食わせる人手と食費がなぁ……」


 軍事的な訓練を受けている成人男性が二十名以上だ。

 徐々に発展してるとはいえ、今のバウマイスター騎士爵領では持て余す存在であろう。

 かといって全員を処刑するのも、領民たちに強いショックをもたらすこととなる。

 俺が引き取った方がいいし、使い道がなくもなかった。


「バウマイスター伯爵様は、あの連中を使ってブロワ辺境伯に反撃をいたしますので?」


「こっちはもの凄く忙しいのに、下らないことで足を引っ張ってくれたからな」


「左様でございますか。それでしたら、私もなにかお手伝いいたしましょうか?」


「一度、お前の頭の中を覗いてみたいな」


「大したものはありませんよ。今回の事件で、私も強制隠居となって暇ができました。ただ、この年齢でヴァルターとカールを手伝って開墾というのも厳しい年齢になりました。幸いにして、私には多少人様よりも波乱含みな人生経験がございまして。それを生かして、バウマイスター伯爵様に少々のご褒美でもいただけたらなと。自業自得とはいえ、ヴァルターとカールに祖父として多少の援助も必要でありましょうし」


「そうだな」


 他の領民たちからの目もあるので、ヴァルターとカールと反乱に参加した若い領民たちは、新しい村落建設予定地で自分で家を建て、田畑を耕す必要がある。

 クラウスとしては、資金面で彼らに手助けをしたいのであろう。

 

「仕送りのお金を稼ぐアルバイトにございます」


 ハインツのような公式の相談役にすると問題が出るので、俺が私的にアルバイト代を出す相談役。

 位置的には、そんなところであろうか?


「本当に役に立つならボーナスも出すが、立たないなら飯しか出さない」


「引退したジジイですので、食の保障があれば結構にございます」


 こうして、なぜか反乱の首謀者であるクラウスを臨時雇用する羽目になったのだが、上手く彼に嵌められて、彼の思惑どおりに動いているような気がしてしまう。

 俺はやはり、クラウスが苦手なんだな。

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