第158話 紛争以上? 戦争未満?

「事前に連絡は受けていたのでお待ちしていましたが、思ったよりも早かったですね」


「そうですか?」


「あの規模の反乱を、わずか一日で鎮圧できる貴族はそういませんからね。さすがはバウマイスター伯爵」




 ブライヒレーダー辺境伯家諸侯軍が駐屯するエチャゴ草原に到着し、俺が先に『飛翔』で上空の魔導飛行船から降りると、ブライヒレーダー辺境伯とその家臣たちが出迎えてくれた。

 新米でも伯爵は伯爵なので、俺は気を使われる存在なわけだ。

 一部、成り上りの俺が気に食わない家臣たちがいるのは知っているし、ブライヒレーダー辺境伯に見えていないのをいいことに顔を歪ませている者もいたが、いちいち相手にしていられない。

 大貴族の重臣や一族には面倒な人が多い。

 田舎の小さな領地を営む騎士爵なんかよりも裕福な者が多いのに、彼らは王国から半貴族のような扱いをされるので、それに不満がある者も多いからだ。

 人間のプライドとは複雑なものであった。


「ブランタークさんが協力してくれたからですよ。彼を派遣してくれたブライヒレーダー辺境伯には、感謝の言葉しかありません」


「彼が優秀だからこそです。私は大したことはしていませんし、うちもバウマイスター伯爵にはお世話になっていますから」


 俺に万が一のことがあると未開地開発が頓挫しかねないので、ブライヒレーダー辺境伯は、虎の子のブランタークさんを俺につけてくれた。

 自身の護衛は他に雇っている複数の魔法使いたちに任せているようだが、これに不満がある重臣や一族も多いだろうから、ちゃんとお礼を言わないとな。

 ただの挨拶なのに、大貴族というのも大変だ。


「それで、件の反乱分子たちですが……」


 俺は、反乱の経緯や、その後捕らえられたトーマスたちをクラウスが上手く説得してこちらに仕官させた話などをする。


「やはり、ブロワ辺境伯家側の後方かく乱要員ですか」


「いえ、要員というか捨て駒扱いでした」


「あそこは経済が停滞していますからね。余剰人員の始末も兼ねてですか……」


 未開地開発利権に加われず、南部との人、物、金の動きがかなり減っているせいで、下級陪臣家の三男以下の働き口が余計になくなっているらしい。

 元々余っている人間なので、使い捨てにして俺の動きを封じることができれば儲け物くらいに思ったのであろう。

 使い捨てにされる方は堪ったものではないと思うが、それを判断する人たちは自分が痛い思いをするわけではない。

 双方がわかり合うことは決してないだろうな。


「全員を追い出して冒険者に、というわけにもいきません。適性もありますからね。この手の問題はブライヒレーダー辺境伯家にもありましてね。ですから、バウマイスター伯爵には感謝しているんです」


 ヘルムート王国のみならず、今の時点で人手が足りない貴族家などうち以外ではほぼ存在しないそうだ。

 まれに、一から荒地を開墾して貴族を目指しているような人もいるのだが、その人が貴族になれるかどうかは未知数なので仕官希望者たちには人気がないし、求人情報誌があるわけでもないので、その情報を知るのが難しい。

 結果、多くの職にあぶれる陪臣の子弟たちが発生するわけだ。

 

「今回の出兵ですが、ブロワ辺境伯家はかなり追い込まれていると見るべきです」


「実質最後の手段ですからね」


「ええ、王国政府からしたら自分たちも喧嘩を売られたようなものですから」


 二人で話をしているうちに、エルたちも魔導飛行船から降りて来たので、すぐに本陣に移って話を続ける。


「現在、我々が布陣しているのは東部と南部領域に跨るエチャゴ草原の境界線近くです。兵力は、七家混合で四千人ほど。もう一週間もすると追加で援軍も来ますが、それで合計六千人ほどですかね」

 

 数が少ないような気もするが、軍勢を整えて配置するだけで大金が飛んでいくので仕方がない。

 大勢の常備兵を抱えている貴族は少ないので、兵士たちの多くが徴兵した領民であるが、彼らが働かなければ税収が落ちるし、領主として彼らになにも支払わないわけにいかない。

 手当てが必要だし、兵士はいるだけで毎日飲み食いする。

 その食費は、当然兵を集めた貴族家の負担になる。

 戦争というのは、とにかく金がかかるのだ。

 

「それで、ブロワ辺境伯家側は?」


「五千人ほどですね。そこまで兵数差もないですし、まさか全面衝突するわけにもいかず、睨み合いですよ」


 決戦など双方が望んでいないし、すれば被害が甚大になるのは、昔クラウスが参加した大規模紛争で経験済みだ。

 積極的に打てる手は少なく、こうやって睨み合いになっているわけだ。

 俺も他に手なんて思いつかない。


「実は、他にも紛争の場があるんですよ」


 そう言いながらブライヒレーダー辺境伯は、南部と東部の境界線一帯の詳細な地図を机の上に広げた。


「ここから北西に約三百キロ。ここでは、ブロワ辺境伯家の寄子であるヘンケル準男爵家と、うちの寄子であるランセル準男爵家が銅山を巡って睨み合っています」


 そもそものことの起こりは、このような境界付近における利権争いの再発から始まったそうだ。

 

「両家の境界線上にある銅山は、素晴らしい産出量を誇っているそうです。当然、過去に取り合いになりまして……」


 昔なら幾度も衝突があったそうだが、今はとりあえず折半という形になっているらしい。


「それが突然……」


 ブロワ辺境伯家側のヘンケル準男爵家が軍勢を出し、ランセル準男爵家側の鉱山夫たちや警備していた家臣たちを銅山から追放してしまった。

 そして今は、銅山を占拠するヘンケル準男爵家側の軍勢と、その奪還を目指して軍を出したランセル準男爵家側で睨み合いが続いているそうだ。


「幸いにして死人は出ていませんけど、ランセル準男爵家は銅山の権利を半分取り戻さなければ一気に貧乏になってしまいます。意地でも引けないでしょうね。寄親であるうちも、それを容認できません」


 争いなのに死人が出なくて幸いだと言うのは、下手に人死にが出ると争いの収拾が着け難くなるからだ。

 だが、以前のように銅山の権利は半々という状態に戻さなければ、いつ人死にが出てもおかしくはないという。

 ランセル準男爵家からすれば、オマンマの食い上げになってしまうからだ。


「どちらかが永遠に独占というのも難しいで、だから半々なんですよ。寝た子を起こされたような話で、私たちも困惑しています」


 たまに双方が言い争ってガス抜きをしつつ、やっぱり分け方は半々という結論になって双方が渋々納得する。

 これまで両家は、そうやってきた。

 そしてそんなやり方が、戦争がないこの時代の争い方のマナーというわけだ。


「そういうわけですから、武器は訓練用のものでお願いします」


 なんと、今回の争いに参加しているすべての兵たちは、両軍共に武器は刃を丸めた訓練用のものを使用するのが決まりだそうだ。

 まさか死人を出さないために、ここまで徹底しているとは思わなかった。


「えっ? 訓練用ですか?」


 用意してたかな?


「大丈夫です。ヘンリック殿の船に積んであります」


 横にいるモーリッツが、ヘンリックの船に人数分が積んであったと報告した。 

 なんでも、トリスタンが気を利かせて事前に積んでくれたらしい。

 さすがは元王国軍人だな。


「トリスタン殿はエドガー軍務卿のご子息なので、そういう事情にも詳しいのです」


「助かったが、あの連中の分がないな」


「二十名ちょっと分なら、予備を売りますけど」


「是非お願いします」


 新規仕官組の武器も確保できたので、さらにブライヒレーダー辺境伯の話は続く。


「勿論、刃が丸めてあっても鈍器のようなものです。当たり所が悪くて死ぬ人もたまにはいます。事故の類なので、ゼロにするのは難しいですね」


 紛争では互いに敵を捕らえて数を減らし、あとで和解金を交渉して支払ってもらうか、戦況が不利なら支払うこともあるらしい。

 中世欧州の貴族のように、身代金で解決を図るわけか。

 中世の騎士と傭兵主体の戦場だと、戦いをしたのに死者が両軍で一名しか出なかったとか、普通にあったと前世で本で見たことがあった。

 殺すよりも、捕らえて身代金を要求する方が金になるからだ。

 この世界でも、王国も隣国のアーカート神聖帝国も、なるべく死者が出ない戦いを裏で推奨しているそうだ。

 裏なのは、公の場では『お前ら争うな!』だから仕方がない。

 

「こんな感じで、境界境で揉めごとを抱えている貴族たちは双方で八十家を超えます。今回は、ブロワ辺境伯家側の貴族が突如軍を繰り出してうちの統括下にある貴族の利権を分捕って占拠し、それを取り戻すべくこちら側の貴族たちが軍を集めて睨み合いを続けている、といった感じです。こういう、軍勢の動員数が数十から数百の小さな戦場が四十ヵ所ほどもあるのです」


 確かに、ブライヒレーダー辺境伯が広げる地図には、多数のメモ書きがされていた。

 『○○騎士爵家の軍勢が、突如共有森林地帯を占拠した○○騎士爵家の軍勢と睨み合い』とか、『○○準男爵家の軍勢が裁定待ちのために人の出入りが禁止となっている○○河の中洲地帯を勝手に占拠し、紛争相手である○○騎士爵家の軍勢が中州から兵を退けと騒いで睨み合っている』とか。

 大半は、ブロワ辺境伯家側の奇襲が想定外であったようで、一方的にブライヒレーダー辺境伯家側の貴族たちが叩き出され、それに納得できない彼らが軍を集めて自分たちの分の利権の奪還を虎視眈々と狙っていた。

 確かに、貴族なら譲れるわけがないものな。


「実際に衝突した貴族家はあるのですか?」


「いえ、まだないです。本格的な衝突がタブー視されていますからね」


 ここが、こういう紛争の面倒な部分だ。

 最初の銅山などはわからないが、所詮はわずかな広さの土地の争いだったり、水源の水をどちらがどのくらい引くか程度の争いだったりするので、本格的に衝突して死傷者が増えると、足が出てしまう。

 死者や怪我人を出さないようにしつつ、自分たちの利権と利益を確保するように動く……ただ戦争するよりも難しいかもしれない。


「かと言って、ここで兵を出さないと向こうの実効支配を認めることになりますからね。兵を出さないという選択肢はあり得ないのですよ。貴族の面子から考えて」


 前世でも、国家同士で領地争いなどいくらでもあったのでそれは理解できる。 

 日本のように『まあまあ』で弱腰だと、相手につけ入られてさらに酷い要求を出されることもあるので、軍を出して対峙するのは当然なのであろう。

 なるほど、貴族というのは色々と金がかかるようだ。


「このままだと、こちらの一方的な敗戦ですか……」


「何家かは、事前に察知して占拠を防げたそうですが、あとはうちのボロ負けです。裁定に入ると一方的に不利になります」


 いきなり兵を進めたブロワ辺境伯家側は悪いが、肝心の争っている利権や領地はブロワ辺境伯家側の貴族たちが実効支配してしまっている。

 これでは、裁定で一方的に不利になるのが目に見えていた。

 卑怯な手段だが、勝ちは勝ちというわけだ。


「逆に言えば、ブロワ辺境伯家側はそこまで追い込まれているわけですね」


「未開地利権を寄子たちに分け与えられないのですから、突き上げを食らったのでしょう。だから他のもので代替した」


 紛争案件の分け前で、ブロワ辺境伯家側の貴族たちが有利になるように兵を出しわけか。


「貴族としては卑怯な奇襲でも、実際に現状勝っているのが……。やはり紛争前に戻したいですよね?」


「ですが、それも難しい」


 ブロワ辺境伯家側の貴族たちの後ろ立てとして、寄親であるブロワ辺境伯家諸侯軍が控えている。

 同じく後方で控えているブライヒレーダー辺境伯家諸侯軍が援軍を出すと、それに呼応して同規模の軍勢を出すはずなので、今はこうやって睨み合っているしかというわけか。


「困りました……。このまま裁定になると、我々が不利になります……」


 軍勢を出しているが、実際に戦うわけにいかない。

 大軍の維持には金がかかる。

 ブロワ辺境伯家側は、ブライヒレーダー辺境伯が根負けするのを狙っているようだな。


「時間切れ、未開地開発の件もあるので、ブライヒレーダー辺境伯が損切りするのを狙っているんですね」


「ええ。それしか考えていないでしょう」


 うちの開発利権にあぶれて不満が出ているので、こういう手段で子分たちの不満を解消しているわけか。

 あとは、ブロワ辺境伯家が貯め込んでいる金を軍事行動で支出して領内に金を回す。

 一種の公共事業的な面もあるのかもしれなかった。


「では、俺が取り戻しましょう」


「頼めますか?」


 傭船している小型魔導飛行船で順番に紛争地帯へと飛び、ブロワ辺境伯家側の貴族たちの軍勢を倒して捕らえまくる。

 途中、ブロワ辺境伯家が援軍でも出してくれたらさらに好都合だ。

 これも捕らえて多額の身代金をふんだくってやれば、ブロワ辺境伯家もうちにチョッカイをかけたことを心から後悔するであろう。

 

「では、お願いします」


「任せてください」


 俺はブライヒレーダー辺境伯から地図を貰い、魔導飛行船で貴族の軍勢同士が睨み合っている地点へと急ぎ出陣するのであった。

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