閑話1 男女器合わせ事情

「なんと言えばいいのでしょうか? こんなにアッサリと決まるものなのですか?」


「話が早く進むとこんなものさ。王都の大人たちは忙しいから」


「そうなのですか……」




 ヴァイゲル準男爵家の復興は、恐ろしいほど早いスピードで決まった。

 ルックナー財務卿の強い推薦もあり、誰も反対した貴族がいなかった……本当はいたかもしれないけど、表に出ないようになっている。

 陛下自身が、『バウマイスター伯爵家の安定化は急務であるため、特に反対する理由もない。領地もバウマイスター伯爵が自分の領地から分け与えるのだから』と発言したため、すぐに決定したらしい。

 なおその際に、次代ヴァイゲル準男爵家当主と、ルックナー侯爵家の娘との婚姻も許可されたそうだ。

 ヴァイゲル準男爵家関連では貧乏クジばかり引いていたルックナー財務卿であったが、この件では大いに面目が保てたらしい。

 逆に、ヘマをしたリリエンタール伯爵は渋い顔をしていたそうだが。

 以上のような経緯ののち、カタリーナの元に王宮から使者が来て名誉準男爵位が授爵された。


『カタリーナ殿』


『はい。我は、次代のヴァイゲル準男爵の母となり。陛下のため、王国のため、民のための礎となる』


 男性が爵位を得る時に宣言する言葉と大分文言が違うが、それだけヘルムート王国で女性が貴族になるというのは特殊な事例だという証拠でもあった。

 『もし子供が生まれなかったら?』という疑問もあるが、そこは最悪養子という手もあるのであまり気にはされないと聞く。

 要は、その家が続けばいいのだから。

 簡単に名誉爵位が貰えたので暇になった俺たちは、ホーエンハイム子爵家の庭先で簡単な魔法のトレーニングをしながら話をしていた。


「大貴族様は知らないが、俺が準男爵になった時だって、陛下の前で同じようなやり取りをして終わりだったけどな。他の話題の方が多かったくらいだ」


「陛下もお忙しいでしょうから、一人の貴族にそこまで時間をかけられないでしょう。他のお話ができる、ヴェンデリンさんの方が凄いと思いますけど……」


「骨竜の素材を王国に売るかどうかのお話だからなぁ。利益になるから話をしてくれたんだと思う」


「たとえそうだとしても、一国の王が一人の貴族に時間を取ってくれることは少ないのですから。それだけ、ヴェンデリンさんが期待されているのだと思いますわ」


 カタリーナは、俺から教わった座禅を組みながら体内の魔力を循環させる訓練を続けていた。

 まさか人様の家の庭で魔法をぶっ放すわけにはいかないので、周囲に迷惑をかけない修練をしていたのだ。


「ところで、ヘルマン様はいつ襲爵を?」


「向こうは、色々とあるからなぁ……。もう少し情勢が落ち着いてからという話になっている」


 クルトの事件の後始末や、お隣で領地を開発しているパウル兄さんへの手助けに、新規の領地開発計画など。

 とにかく忙しいので、王城からはもう少し情勢が落ち着いてからにすると言われていた。

 あと、ヘルマン兄さんは側室を最低一人は貰わないといけない。

 パウル兄さんも同じで、選定作業にも時間がかかる。

 すでに本妻がいてしかもその身分が低いので、出しゃばらない側室を選ぶというのは案外骨が折れる作業なのだそうだ。

 側室の候補者は、王都にいる法衣騎士爵家の次女以降で、あまり裕福ではない家で、できれば無役が好ましいらしい。

 その家は側室を入れた代わりに、仕送りを受けたり、役職を得る活動を助けてもらったり、その兄弟や親類などを陪臣として雇い入れてもらえるという恩恵を受ける。

 候補は、ルックナー財務卿、エドガー軍務卿、アームストロング伯爵などが探してくれるそうだ。

 結婚する話なのに夢も希望もないが、恋愛とは違うからなぁ……。 

 日本だって婚活をすると、年齢とか、長男かそれ以外かとか、年収とか、条件の話が出てくるから、案外同じなのかもしれないな。


「二人とも、できればいらないと言ってたなぁ」


 仕事が忙しいし、俺の兄弟たちは父に似ず好色ではない。

 父に関しては、当時の状況的に仕方のない部分もあったが、ちゃんとしていることはしているので、母などに言わせればやっぱり女好き扱いであった。

 兄弟の中では、俺が一番婚約者が多くて女性関係では一番父に似たと言われているが、それは濡れ衣だと声を大にして言いたい。

 この世界で出世すると、周囲が放置してくれないのだ。


「ヘルマン様も、大分後ではありますが準男爵に陞爵する予定ですし。奥さんが一人なのは……」


 極少数の例外で、我を貫いて奥さんが一人という大物貴族もいるが、大抵は奥さんを複数持つのが普通だ。

 家や領地を潤滑に運営するため、他家と関係を結ぶ。

 正妻に子供が生まれなかった時に備える。

 そして実はこれが一番重要らしいが、余裕がある貴族は、余っている貴族の女性を受け入れて養うという、弱者救済的な理由もあった。

 これは陪臣の娘などにもあてはまり、みんながイーナやルイーゼみたいに『冒険者として身を立てるぞ!』とは簡単に行かなかったのだから。

 女性の身で魔物と戦うのは大変だし、才能の問題が一番大きいからだ。


「エーリッヒ兄さんも、ヘルムート兄さんも。側室は避けられないだろうな」


 あの二人も別段好色でもないので、慣習だからという理由で渋々受け入れるのであろうが。


「その点、私は女なので楽ですわ」


 夫を増やすわけにもいかないので、確かにその点では羨ましいと思う人もいるはずであった。

 後腐れなく遊べるいい女に憧れるのが男の性であったが、側室として生活を共にすると面倒事も多くなる。

 そういう風に考えている男は、かなり多いような気がするのだ。

 結婚には、契約の一面もあるからなぁ。

 外で、お金を出して女性と遊ぶのとはまったく違う。


「よう、地味に修行してるな。お二人さん」


 とそこに、昨晩一緒にホーエンハイム子爵邸に泊っていたブランタークさんが顔を出す。

 彼は朝一番で、ブライヒレーダー辺境伯にカタリーナの叙爵が終わったと通信していたようだ。


「地味って……ブランタークさんが毎日やれって言うからですよ」


 その前に、師匠からも言われていたけど。


「当然だ。俺だって毎日やってるからな」


 どんなに忙しくても、ブランタークさんも毎日魔力を体内に循環させる訓練は欠かしていなかった。

 この修練を続けることで、魔力のコントロール力が維持、上昇するからだ。

 彼に言わせると、この修練は死ぬまで続けることを推奨する、だそうだ。

 ただ、座禅を組んで魔力循環を行うのは、俺が前世から得たオリジナルの手法であった。

 この方法で行うと効率がいいようで、今ではブランタークさんや導師も採用している。

 師匠に教えた時も、『よく思いつくものだね。小さいのに感心するよ』と語っていたほどなのだから。


「魔力の使用効率、精度、威力に直結するからな。毎日修練を怠るなよ」


 魔力量の増加が止まっても、毎日続けた方がいい訓練方法というわけだ。


「それに加えて私の場合、魔力量はいまだ成長途中ですから努力を重ねませんと」


 カタリーナはまだ十六歳であった。

 元々才能があったのと、魔力量は普通に修練していれば二十歳戦後まで増え続けるケースが多い。

 実際今も、魔力量の上昇は続いていた。


「羨ましい限りだな」


 ブランタークさんは優れた魔法使いであったが、本人は、もう少し魔力量が欲しかったなと常々口にしていた。

 同時に、こればかりは生まれつき決まっているものなので仕方がない、ともよく溢していたのを思い出す。


「ですが、さすがにもうそろそろ限界だと思いますわ」


 カタリーナの魔力は、上級でもかなり上の方だ。

 もう劇的な伸びは期待できないであろうとも、本人は語っていた。


「それなら、坊主と器合わせでもしたらどうだ?」


「うっ! 器合わせですか!」


 ブランタークさんがカタリーナに俺との器合わせを勧めると、彼女は顔を真っ赤にさせながら俯いてしまう。

 俺には、なぜ彼女がそこまで恥ずかしがるのか理解できなかった。


「別に恥ずかしがることじゃないだろうに。お前さんらは夫婦になるんだから」


「あの……いまいち事情が飲み込めないですけど……」


「なんだぁ? アルの奴、ちゃんと話していなかったのか」


 魔法使いの世界は狭いので、器合わせにまつわる特別な風習があるのを俺は知らなかった。

 師匠も、時間がなかったので教える余裕がなかったのであろう。

 忘れていたという可能性もあったが。


「男と女が器合わせをするというのは、まあその……」


 半分こじ付けだとは思うが、ある種の性行為を想像できるからか。

 異性同士だと、ただ師弟関係にあるだけではなく、恋人同士や夫婦かそれに準ずる関係がないと器合わせをしないそうだ。


「男同士だと、純粋な師弟関係としか見なされん。女性の場合、師匠が同じ女性か、兄弟や父親と器合わせをするなら問題ない」


「そんな、魔法の才能は遺伝しないのに……」


 いくら師匠とでも、異性同士だと恋人、婚約者、夫婦のような関係でないと器合わせは不可であるらしい。

 なぜなら、周囲からそういう関係なのだと思われてしまうから。

 異性同士の師弟関係だと難しいわけか。

 責任取って弟子を奥さんにしてしまうか、もしくは女性の師匠が年下の美少年を……なんてケースもあるのかね?


「もう一つあった。自分の子供と器合わせをするなら構わないな」


「それも非現実的ですね」


「極稀にいるからな。親子で魔法使いって奴も」


 そういえば、以前導師から頼まれて王宮魔導師や見習いの魔導師たちと器合わせをしたことがあったが、全員が男性であったのを記憶していた。


「唯一の例外はいたけど……」


 その例外とは、俺の婚約者であるルイーゼである。

 俺とルイーゼは結婚するものと思われていたから、周囲の人たちはなにも言わなかったんだな。


「ボクの場合、ヴェルの奥さんになるのが確定していたから器合わせができたんだね」


「あれ? そうだっけ?」


 ルイーゼも話に加わってきたが、俺とルイーゼっていつ婚約したんだっけ?

 よく思い出せないな。


「ボクの中ではもう決まっていたから」


「そうなんだ」


 俺はそんな慣習をまったく知らなかったが、一緒に器合わせをした王宮魔導師たちは当然知っている。

 どうやらあの時には、ルイーゼが俺の奥さんになることが確定していたらしい。


「エリーゼもそうだったな」


 そういえば、王都滞在時にエリーゼとも器合わせはしていた。

 残念ながらあまり魔力は上がらなかったが、魔力酔いで二日間ほど寝込んでいたのを記憶している。

 イーナとヴィルマは元々魔力量が少なく、すでに限界まで上昇していたので器合わせはしていなかった。

 魔力量が初級以下で魔法使い扱いされていない人は、そもそも器合わせなどしないのだ。


「エリーゼは、そういう話はしなかったな」


「知っていると思ったんだろう。どうせ夫婦になるからなんの問題もないわけだから。ところで、カタリーナの嬢ちゃんとは器合わせはしないのか?」


「わっ! 私ですか!」


 それはカタリーナ次第だと思って彼女を見ると、なぜかとても動揺しているように見えた。

 さらに、その顔も真っ赤であった。


「俺の勘だと、カタリーナの嬢ちゃんは伯爵様に魔力量では勝てないはずだ。悔しいだろうとは思うが、ここで魔力量を限界まで上げてから、魔法の種類を増やしたり精度を上げてだな……」


 ブランタークさんは、カタリーナと俺が最初に出会った時の事情を知っているので、魔力量で負けるのが悔しくて器合わせに積極的でないと思っているようだ。

 多くの弟子たちを教えた経験を生かし、穏やかに説得を始めた。


「嫌なのか?」


「いえ……そういうわけはなく……」


 カタリーナは、まだ顔を赤くさせながら下を向いてモジモジとしていた。


「なら」


「あのうっ! その前に、お風呂に入って着替えてきますから!」


「はあ?」


 突然妙なことを口走ると、カタリーナは脱兎の勢いでホーエンハイム子爵邸へと戻っていく。

 あとには、まったく事情が理解できない俺とブランタークさん、そして同じくあ然とするルイーゼだけが残された。


「どういうことです?」


「あの嬢ちゃん、どんだけ男に免疫がないんだよ」


 見た目は勝気そうで男など手玉に取りそうなのに、器合わせで俺と手を繋ぐと聞いただけで風呂とか着替えるとか言っている時点で、彼女に男性への免疫など皆無なのがすぐにわかった。


「というか、意識すると駄目なんでしょうね」


「そういうことか」


 俺たちと出会う前に出会った冒険者たちや、土木工事の現場で顔を合わせる男性労働者たち、そして導師やブランタークさんにエル。

 特に動揺した様子も見られなかったので、色恋沙汰や婚約、結婚など男女のことを意識すると、恥ずかしくてスイッチが入ってしまうのであろう。

 見た目では、とてもそういう風には見えないのだけど。


「あの嬢ちゃん、初夜の時とか頭が爆発するんじゃねえ?」


「さすがに、それはないでしょう」


 それから三十分ほど後に、カタリーナは風呂に入り、軽く化粧をし、香水を振ってから戻ってきた。

 服装も普段の皮ドレスではなく、高そうなシルクのドレスを着ていた。

 仄かにバラの香水が漂い、カタリーナの美しさを強調していたが、ブランタークさんも俺も頭の上にクエスチョンマークを浮かべたままであった。

 なぜ、たかが器合わせでそこまでする必要があるのだと。


「(いや、男と女の器合わせはそういうことだけど、なぜめかし込む必要があるんだ?)」


「(さあ? まあ、普通に器合わせができればいいので)」


 やはりどこかズレた部分のあるカタリーナであったが、俺は可愛いものだと思ってすぐに器合わせを行うのであった。




「ねえ、ヴェル。もしかして、カタリーナと庭先で妙なことを……」


「してない! してない!」


 ただ、カタリーナは着替えの際に何種類かの下着の中でどれが一番いいのかをイーナに聞いていたようで、器合わせを終えて屋敷に入ると、彼女から妙な目で見られながら質問をされてしまうのであった。





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