第154話 ヴァイゲル家復興(その3)

「あの……ホーエンハイム枢機卿?」


「あの男、最近気苦労が多かったからな。さすがに限界を超えたのかもしれないな」


「大貴族って大変ですねぇ」


「婿殿もそうなんだがの」




 肝心のヴァイゲル騎士爵家復活交渉は、わずかな時間で終了した。 

 多分、俺が陛下に頼めばすぐに認められるはずだが、貴族社会とは面倒なもので、事前にヴァイゲル騎士爵家を改易したルックナー侯爵家にも根回しが必要らしい。

 これを怠ると、臍を曲げて邪魔に入る可能性もあるそうだ。

 バカらしいとは思うが、こんなことは商社時代でもよくあった。

 新しい人事やプロジェクトで、ちゃんと事前説明をしないと、あとになって『俺は聞いてない! 俺を誰だと思っているんだ!』と怒鳴り込んで来た挙句、邪魔までするお偉いさんが実在していたからだ。

 人間のプライドとは厄介なもので、そういう事前の根回しも必要というわけだ。

 効率は落ちるけど。

 そう思って屋敷に行ったのに、なぜかルックナー財務卿は俺たちを見るなりゲンナリとした表情を浮かべた。

 正確に言うと、俺たちと一緒にいたカタリーナにであろうか。


『なぜ、バウマイスター伯爵とヴァイゲル騎士爵家の娘が? どうして?』


 さすがは、大物貴族と言うべきであろうか。

 ルックナー財務卿は、カタリーナのことを知っていた。


『カタリーナさんを嫁にして、生まれた子供にヴァイゲル騎士爵家を継がせるから許可してください』


『呪われろ! クソ親父!』


 どうやらルックナー財務卿からすると、弟のみならず父親も自分の足を引っ張る人物であったようだ。

 多分弟と同じで、ルックナー侯爵家の利益のためには、他人などどれだけ足蹴りにしても構わないという人だったのであろう。

 その理念は理解できるのだが、やり過ぎはよくないと思う。

 ルックナー財務卿の父親はそういう人物であったようで、目先の利益のために敵を多く作ってしまい、代替わりしたルックナー財務卿は父親の不始末の処理に奔走する羽目になったのであろう。


『駄目ですか?』


『いや、許可する……』


 こういう交渉では、相手が弱っている時に畳み掛けた方が上手く行くケースが多い。

 それに後ろでは、ホーエンハイム枢機卿が構えているのだ。

 なにも心配することはなかった。


『それとですね。子供が生まれるまでは、カタリーナを名誉準男爵にね。ほら、大物貴族の娘とか王族だと、そういう制度あったでしょう?』


『ワシが推薦状を書くのか?』


『ええ』


『というか、ヴァイゲル家は騎士爵家で……』


『領地って、俺の未開地から分与なんですよ。開発で苦労するし、ここはサービスでね』


 俺もいくつか貴族を命名する枠を持っているが、なるべくなら使わないでとっておいた方があとで楽になるはずだと、元からある家の復活という方法で交渉をしたわけだ。


『わかった……』


『あとですね』


『まだあるのか!』


『実は、旧ヴァイゲル騎士爵領の家臣や住民たちがですね。カタリーナについて行くと言っているんですよ』


 別に引っ越すのは、違法でもなんでもない。

 だが、旧ヴァイゲル騎士爵領の代官はルックナー財務卿のハトコだそうで、引越しの際に余計や軋轢や衝突を防ぐ必要があった。

 ルックナー財務卿の許可があれば、代官も文句が言えない ので一筆書いてねということだ。


『まさか止めるわけにもいくまい。わかった、代官であるケルナーにはワシから伝えておく』


 ケルナーとは、ルックナー財務卿のハトコの名前であった。


『あと、ヴァイゲル準男爵家にも開発援助金を補助してほしいなかって』


『ヴァイゲル騎士爵家のか……』


『ヴァイゲル準男爵家のですよ』


『……ヴァイゲル準男爵家のだな……補助金申請につける添え状を書く』


 このおっさん、弱ってるのにケチ臭く条件を下げようとするのは本能かもしれないな。

 資金の大半を俺が出して行っている未開地開発なので、少なくとも王国政府は悪いと思ったのであろう。

 何種類かの補助金制度を作ってくれた。

 余っている貴族の子弟たちが大量に仕官できたので、彼らへの給金を数年間保障する制度や、甥たちやパウル兄さんのように一から領地を開発しないといけない家もあるので、それに対する補助金など。

 これをヴァイゲル準男爵家が貰えれば、開発が早く進むはずだ。


『しかし、カタリーナ嬢は相当に稼いでいるはずなんだが……』


『俺もそうですが、それとこれとは話が別でしょう。ここは財務卿閣下がバーーーンと許可を出して、ヴァイゲル準男爵家との関係を修復しないと』


『駄目でしたら、リリエンタール伯爵家に陳情を……』


 今はルックナー侯爵家が財務卿をしているとはいえ、リリエンタール伯爵家も財務閥の重鎮である。

 それに、あと二年でルックナー財務卿の任期が切れてリリエンタール伯爵が財務卿になる。

 どちらに陳情しても同じ結果になるのなら、ルックナー侯爵家が嫌ならリリエンタール伯爵家に陳情しても構わないわけだ。

 ルックナー財務卿は嫌がるだろうけど、許可を出さないのであれば仕方がない。


『ううっ……それだけは、絶対に止めてくれーーー!』


 勿論、ルックナー財務卿がそれを認められるわけがない。 

 カタリーナの陳情に俺がついて行けば、共にリリエンタール伯爵家と俺に縁ができてしまうからだ。

 もっとも、カタリーナとリリエンタール伯爵家との関係は、過去の不始末のせいで断絶してしまっているのだが、本音ではルックナー財務卿に頼んだ方が楽ではある。

 わざわざ彼に、それを言うつもりはなかったけど。


『わかったから! 補助金も出すから!』


『それはよかった。カタリーナもお礼を言わないと』


『ヴァイゲル準男爵家の復興を許していただき感謝いたしますわ。旦那様と交友関係があるルックナー侯爵家を、私がずっと恨み続けるのはよくないことだと思いますので、これで水に流そうと思います』


『それは大変にありがたい……』


 ありがたくはあるが、ルックナー財務卿の顔は渋い。

 貴族社会で、ヴァイゲル騎士爵家が理不尽な理由で改易された事実を知らない人などいない。

 そんな理由で改易したからこそ、ルックナー侯爵家は家の名誉のため、ヴァイゲル騎士爵家の復興を許可などできない。

 ルックナー侯爵家が過去のこととはいえ間違いを認めると、それをネタに政敵に攻撃されるかもしれないからだ。

 通常ならそうなるところなのに、ルックナー侯爵家がヴァイゲル家の復興を許し、しかも準男爵に陞爵させると言うのだ。

 余計な詮索をする貴族が増えるはずだが、ここでカタリーナがルックナー侯爵家を許し、将来婚姻関係を結ぶとまで公言する。

 しかもその話は、今たまたまいるホーエンハイム枢機卿から教会経由で世間に流れることとなる。

 人々は、父親の間違いを正したルックナー侯爵の決断を褒めることとなる。

 カタリーナもルックナー財務卿の決断を評価し、以後は恨みっこなしで親戚関係になることが決まった。

 こうやって貴族たちは、自分たちの評判を世間に流して行動の正当化を達成するわけだ。

 世論拡散装置である教会の力が強い理由がよくわかるというか……。

 人が沢山集まるから、噂を流しやすいわけだ。

 貴族社会は建て前を大切にするので、どうしてもヴァイゲル準男爵家の方が度量が大きいと思われてしまう。

 それに気がついているルックナー財務卿としては、痛し痒しといった表情を浮かべていた。


『次に、カタリーナの産んだ次期ヴァイゲル準男爵家の当主と、年齢的に釣り合いが取れたルックナー侯爵家のお嬢さんとの婚姻を……』


『大変に結構ですな……』


 これでもう、ヴァイゲル準男爵家の復興を邪魔する存在はいなくなったはず。

 一番の懸案であったルックナー侯爵家が、ヴァイゲル準男爵家に嫁を出すと約束したのだ。

 まさか、一族の嫁ぎ先を潰すなんてことはできないのだから。


『無事に纏まってよかったですね』


『そうだな、バウマイスター伯爵殿』


 一人だけ顔色の悪い人がいたが、とにかくも無事に交渉は成立したのであった。

 ルックナー財務卿の精神状態については、これからは落ち着くんじゃないかな。





「まあ、交渉は無事に成立したのだ。問題あるまいて」


 カタリーナが子供を生むまでの暫定的な処置であったが、彼女には名誉準男爵位が与えられることとなった。

 明日にも王宮から使者が来て爵位を与えられるそうだが、女性なので謁見の間で陛下から直々にとならないのは、この国の閉鎖的な部分なのであろう。

 とはいえ、これで用事は済んだので今はホーエンハイム子爵家の屋敷にお邪魔してお茶やお菓子をご馳走になっていた。

 こちらも、魔の森産のフルーツなどをお土産に渡している。

 ルックナーの財務卿にも渡したのだが、彼がそれを心から味わえる心境になるのは何日後のことであろうか?

 家族のために苦労するという点においては俺にも似た部分があったので、少し同情してしまうな。


「婿殿、領地の開発は順調かね?」


「はい、計画よりも大分進んでいます」


 やはり、土木魔法で行う開発はスピードが全然違う。

 それに加え、俺ほどではないが土木魔法が使えるカタリーナの存在もある。

 彼女が新ヴァイゲル準男爵領と一緒に開発に邁進すれば、さらに計画が早まる可能性が高いのだから。


「そうか、それは素晴らしいことだな」


「自分の縄張りですからね」


「まあ、領主貴族とはそういうものだ」


 カタリーナが名誉準男爵位を貰うまでホーエンハイム子爵邸でお世話になったあとは、新ヴァイゲル準男爵領の確定と、引越し準備のため急ぎバウマイスター伯爵領へと戻ったのであった。




「なるほど、これはルックナー財務卿も泣くわな」


 暫定的に名誉準男爵位を貰い、俺との間にできた子供を継がせる条件で得た新しいヴァイゲル準男爵領の位置は、バウルブルク郊外に決定した。

 なぜなら、旧領地と同じ条件にして開発速度を速めるためだ。

 北方にあるリーグ大山脈沿いのバウマイスター分家二家に、甥たちが継ぐ予定のマインバッハ騎士爵領との人と物の流れが活発になった時、街道沿いにあったおかげで宿場町の運営経験が豊富で、バウルブルクに食料を供給する農地も維持できるヴァイゲル準男爵家の役割は決定した。

 街道自体はすでに作ってあるので、その脇に新ヴァイゲル準男爵領が誕生し、そこでは多くの領民たちが宿場町や農地の整備に奔走していた。


「わて、久しぶりにバテバテですがな」


「いやあ、すみませんね。レンブラント男爵」


「しかし、バウマイスター伯爵はんもやりますな。新領地を与えると言って、経験のある人材を丸ごと引っこ抜きとは。新しい嫁はんも、魔法使いで綺麗な人やし」


 なにもない土地に、一から宿場町や農地を作ると時間がかかる。

 そこで、ルックナー侯爵から得た許可が役に立つのだ。 

 新領地開発について行きたい人がいるから、移動の許可をくれと。

 勿論人の移動に制限などかけられないが、彼らが移動する時には普通なら旧領地に残った宿屋や農地を手放さなければならない。

 だが、この世界には移築の魔法が存在する。

 今度はホーエンハイム枢機卿のツテで予約に割り込み、俺も協力して旧ヴァイゲル騎士爵領にあった大半の家、宿屋、商店などは新しい領地に移転した。

 農地も、麦の収穫が終わるのと同時に畑の土をすべて持って来ている。

 新しい農地の開墾で一番ネックになるのが、土作りである。

 俺の魔法で大分短縮は可能だが、もうできている土を持って来た方が楽なのは明白であった。


「あそこ。王都に近い宿場町なのに、えらく過疎になりましたなぁ」


 旧ヴァイゲル騎士爵領の領民たちは、あの神立地を捨ててまでほぼ全員が新しい領地に引っ越した。 

 レンブラント男爵の手によってバウルブルクと北方を繋ぐ街道沿いに新しい宿場町ができ、俺やカタリーナが開墾した農地に向こうから持ってきた土を入れて春麦を作る準備も始まっている。

 まだ農地が余っているので、こちらは稲作の準備も始まっていた。

 稲作の人手は、主に旧ヴァイゲル騎士爵領時代、農地や仕事が足りなくて領地を出て行った領民の子供たちやその家族があたっている。


「旧ヴァイゲル騎士爵領は、もうあれ以上の発展は望めませんか」


「王都郊外はどこもあんな感じやで。バウマイスター伯爵はんが開放したパルケニア草原は別として」


 旧ヴァイゲル騎士爵領時代は、千人を超えた人は養えないので、領地を出ていかなければならない。

 だが、周囲の土地も大体似たような状態なので、かなり遠方まで引っ越さなければならなかった。

 若者が王都に憧れて上京してみるも、暫くするとスラムの住民などというケースも少なくないそうだ。


「これでも、パルケニア草原があるからマシになったんやで」


「でも、土地は余っていますよね?」


「ド田舎で新規の開墾って、大変なんやで。ここは、バウマイスター伯爵はんのおかげで大分楽やけど」


 それに、情報伝達速度の差もある。

 王都から大分離れた土地で開墾をする開拓民の募集を貴族が行うにしても、ではそれをどうやって新しい農地が欲しい人たちに宣伝するのか、という問題も出てくるからだ。

 この世界に求人広告は……ないわけでもないけど、せいぜい王都や大都市でしか見かけないのが普通であった。


「確かに、土地は余りまくっているんや。でも、それを開墾して収入を得るようにするのは大変なんやで」


 そんなに簡単にそれができたら、貴族の子弟たちが就職先がなくて泣くなんてことはあり得ないと、レンブラント男爵は述べていた。


「ワイかてしがない騎士爵家の四男で、魔法の才能があったから助かったクチやで」


 もし魔法が使えなければ、間違いなく子供は平民に落ちていたであろうと。


「旧ヴァイゲル騎士爵領では頭打ち。でも、ここなら子供や孫たちも近場で暮らせる。実際、引っ越しの際に子供や孫やその家族も呼び寄せたようやし」


 旧ヴァイゲル騎士爵領の領民約千人の中から、この新領地に引っ越して来たのは約九百人。

 なのに、今の新ヴァイゲル準男爵領の領民は千二百人だ。

 これに加えて、俺の要請でバウルブルク周辺で新しい宿屋の建設と経営に、バウルブルク郊外の農地を耕してくれる旧領民たちも千人近く存在していた。

 旧家臣たちの子弟で、バウマイスター伯爵家に仕えてくれることになった者たちも少数ではあるが存在している。

 ローデリヒの言うとおり、ヴァイゲル準男爵家の再興はバウマイスター伯爵家にも利益をもたらしたのだ。

 ただ、その代わりに割を食った人がいる。

 人口が百人ほどに減り、ほとんどの建物が消え、農地も土作りから始めないといけない旧ヴァイゲル騎士爵領で、親戚が代官をしているルックナー財務卿であった。


『王都郊外の有名な宿場町がいきなり過疎地になって、ワシは全閣僚に嫌味を言われたのだが……』


『ちゃんと、引越しの許可は得たじゃないですか。そもそも、引越しは違法ではありません。ですが、俺はルックナー侯爵だからこそ、念のために承諾を得たのに……』


『わかったから! バウマイスター伯爵の誠意は理解したから!』


 先日の魔の森の地下遺跡探索で大量に得た成果の内、魔導携帯通信機は知己の貴族などに格安で販売していた。

 この魔導携帯通信機は既存のものよりも大分性能が優れており、早速ルックナー財務卿はそれを使って苦情の電話をかけてきたようだ。

 最初の通話は引越しで過疎になった旧ヴァイゲル騎士爵領の現状というのが、現在の彼の悲哀を物語っていたが。

 もしかしたら、ハトコである代官にも嫌味を言われたのかもしれない。


『場所はいいんですし、移住者を募集したらすぐに埋まりますよ』


『実際、すぐに移住希望者は殺到したが、また補助金を出さないと……』


 実際に場所はいいので、土地はそれなりの値段で売れ、農地も俺が他所から持ってきた土を魔法で『土壌改良』して補填しておいたので、二~三年も使っていればほぼ元の収量に戻るはず。

 実際、新しい住民を集めるのに苦労しないはずだが、なにもないので補助金くらいは必要か。

 ルックナー財務卿の専門分野だから、他の大貴族よりも苦労は少ないはずだ。


『カタリーナはこれで恨みなしとは言っていますが、旧ヴァイゲル騎士爵領の領民たちの感情を考えると、ここは虐められていた方が、あとでルックナー財務卿も楽だと思いますよ』


『それはわかっている。次代のヴァイゲル準男爵にワシの一族の娘を嫁がせるのだからな。嫁になる子が虐められては可哀想だ』


 ただ虐められているように見えて、やはりルックナー財務卿も大貴族なので、半分芝居で虐められているような部分もあった。


「ワイには、大物貴族たちのような腹芸なんて無理ですわ。『移築』を使って稼ぐのが精一杯で。しかし、この新型魔導携帯通信機ですか。使い勝手が最高でんな」


「俺としては、レンブラント男爵が持っていない方が不思議でしたけど」


「小型の魔導通信機は、お金を積んでも買えない人が多いんですわ」


 とにかく造るのが難しく、できあがったものも王宮や軍への納品が最優先される。

 そのため、稼いでいるレンブラント男爵ですら、まったく購入の見通しが立っていなかったそうだ。


「仕事で使えば便利ですからね」


「逆に言うと、仕事に縛られる可能性もありまんな。バウマイスター伯爵はんも、案外その辺の誘導が上手といいますか」


 魔導携帯電話をレンブラント男爵に売ったのは、彼に仕事を頼むケースがこれからも増えることが予想されていたからだ。

 例の地下倉庫で見つかった台数は五百台を超えるが、その販売先はローデリヒがよく見極めた方がいいと言っているので、まだ死蔵している方が多かった。

 所有しているのは、あの探索に加わったメンバーに、陛下にも十台ほど売っていたし、エドガー軍務卿、ルックナー財務卿もそうだ。

 残りの閣僚たちは、陛下から在任中は貸与されるという条件になったそうだ。

 相手が偉い大物貴族だからといって、言われるがままに売っていたらキリがないので、俺が特に世話になっている人に限定したのだ。

 当然ホーエンハイム枢機卿にも五台ほど渡しており、彼は一台を自分の家で所有し、残りは教会に俺の名前で寄贈したようだ。

 教会の力の一つに情報収集能力もあるので、新型の魔導携帯通信機は必須というわけだ。

 元から王家に次ぐ数の魔導通信機を所有しており、あとで豪勢な装飾を施されたお礼状のようなものを、バウルブルクに建設中の教会を任される司祭が持って来た。

 あとは、ブライヒレーダー辺境伯にも三台ほど販売している。


『この新型魔導携帯通信機。素晴らしい性能ですね』


 ブライヒレーダー辺境伯は早速電話をかけてきて、前の古いタイプの魔導小型通信機は、欲しがる金満貴族に売ってしまったと話していた。


『自分で所持していた方がよかったのでは?』


『私が、バウマイスター伯爵から利益供与ばかり受けてズルイと言う貴族も多いのですよ。ですから、虎の子を手放したわけです』


『大金で売ってですか?』


『本来なら大金を積んでも手に入らないものを、大金を出せば手に入るようにしたのです。これは利益供与でしょう?』


 相変わらずの大物貴族らしい発言ではあったが、この地球製の携帯電話に似た魔導携帯通信機は、その機能もソックリであった。

 一体どういう仕組みなのか?

 国内どころか、この大陸内ならどこでも音声クリアーで通話可能だと説明書には書かれていたのだ。

 他にも、アドレス機能なども存在している。

 実際に俺の魔導携帯通信機のアドレスを開けると、普段の仲間以外では陛下と全現役閣僚というちょっと怖いリストになっている。

 少し前にエドガー軍務卿から突然電話がかかってきたが、俺は最初ヤクザか右翼からかかってきたのかと思ったほどだ。

 

『ヴィルマは元気か! あと、足りない警備隊関係で何人か送るから! 紹介状も持たせたから、偽物には注意しろよ!』


 とんでもない内容に聞こえるが、実はうちならば仕官可能であろうと、偽物の紹介状を持って現れる輩が実際に出始めていたのだ。


「偽紹介状って……バレるに決まってますがな。なんか、えろう大変なようですな」


「まあ慣れですよ。慣れ」


「達観してまんな。その年齢で」


「ヴェンデリンさぁーーーん!」


 新ヴァイゲル準男爵領の中心部で、移築の仕事を終えたレンブラント男爵と話をしていると、同じく領民たちとの話を終えたカタリーナがこちらに歩いてきた。


「もういいのか?」


「ええ。領内のことは、ハインツの息子アレクシスに任せますから」



 

 名誉つきではあったが、準男爵になったカタリーナはなるべく領地の経営に参加しようとしたが、それはハインツに止められたそうだ。


『まずカタリーナ様が一番しなければならないことは、バウマイスター伯爵様との間にお子をなすことです』


 他にも、妻になるのだから俺の傍から離れるなとも言われたそうだ。

 

『たまにご夫婦でご視察をしてください。あとは、領内の開発状況や資産状況につきましては、半年に一度詳細な報告書を差し上げます。カタリーナ様は、これをバウマイスター伯爵様とご覧になってから指摘などをいただけたらと』


 カタリーナは、ハインツからそう言われたと俺に教えてくれた。


「なにそれ、もの凄く羨ましい。ハインツ、欲しい」


 ハインツは、カタリーナの祖父が改易された時には、若手なのに領内の政務のすべてを取り仕切っていたそうだ。

 有能なので、ヴァイゲル騎士爵家が改易されたあと、他の貴族家から誘いがあったそうだが、それを断り土着までしてヴァイゲル家を支えたそうだ。


「同じく有能だけど、クラウスとは真逆の位置にいる人材だな」


 ただもう六十歳を超えているので、代官の仕事は自分が子供の頃から教育した息子のアレクシスに任せるそうだ。

 となれば、この老練で有能な人材が暇になるわけだ。

 そこで、バウマイスター伯爵領の相談役として、ローデリヒの補佐に付けることにした。 

 なので現在彼は、ローデリヒと共にバウルブルクで開発業務に邁進しているはずだ。


「私は、ヴェンデリンさんと一緒に冒険者としてバリバリ稼ぐのです」


「あまり気張るなよ」


「ヴェンデリンさんは、相変わらず覇気が薄いのですね。その割には、色々と功績が多いようですが……」


「悪運の賜物だな」


 そう、俺には妙な悪運というか、なにか事件に巻き込まれやすい体質なのかもしれない。

 なんて思っていると、またなにか起こりそうな予感がするのだが、実際にまたなにか起きたらしい。

 ブランタークさんが血相を変えて飛び込んでくる。


「坊主! バウマイスター騎士爵領で反乱が起こった!」


「えっ? 反乱?」


 少し前ならいざ知らず、今の状況で反乱などまずあり得ないと思っていたので、俺の頭の中は混乱したままであった。

 

「どうして今なんです? で、誰が首謀者なんですか?」


「それが、クラウスだそうだ」


「はあ? クラウス?」


 先ほど少しクラウスのことを考えたが、それで反乱とは、いくらなんでも悪運が過ぎるような気がしてならない。

 というか、この状況で俺に対し反乱など起こしても勝ち目などまずない。

 誰よりもそれがわかるクラウスが、本当にそんな無謀なことをしたのであろうか?

 なにかの間違って可能性はないのか?

  

「反乱って、兵力は?」


「三十名ほどらしい。領主館を占拠して、ヘルマン殿以下家族が人質になっている」


「まったくもって理解できませんね」


「俺もいまだによく理解できないが、兵を送る必要があるぞ」


「この忙しい時に……」


 とにかく、まずは詳しい状況を把握する必要があるな。

 

「カタリーナ」


「はい」


「一旦屋敷に戻ってから、『瞬間移動』でバウマイスター騎士爵領へと飛ぶぞ」


「わかりましたわ」


 俺はブランタークさんとカタリーナを連れて、急ぎバウルブルクの屋敷へと戻るのであった。

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