第152話 ヴァイゲル家復興(その1)

「爵位と領地を取り上げられた貴族を復活させる方法ですか?」


「そう」


「カタリーナ嬢のことですな?」


「ああ、そうだ」




 出会った当初はその言動のせいで損をしていたカタリーナであったが、彼女はなかなかに優秀な魔法使いであったし、つき合ってみるとそう悪い奴でもなかった。

 ならば、それを囲い込んで使わない手はない。

 なにしろ俺は、広大な領地に責任を持つ貴族なのだから。

 あと、俺という人間が安定思考だからという理由もある。

 より良き人生を送るために、味方が多いに越したことはなかったからだ。

 そのためにカタリーナに恩を売る方法が必要だと、バウマイスター伯爵である俺は感じたわけだが、彼女自身は優れた魔法使いなので金銭だと弱い気がする。

 自分一人でいくらでも稼げるからだ。

 となると、その方法は一つしかない。

 御家復興のために動いているカタリーナのため、ヴァイゲル家の領地と爵位を復活させるのだ。

 とはいえ、このヘルムート王国において女性が貴族になるのはほぼ不可能なので、抜け道を探すしかない。

 『ほぼ』不可能なのであって、絶対ではないというわけだ。

 彼女が納得する方法を探らなければいけないが、一番現実的な方法としては、彼女の産んだ子供が爵位と領地を継承可能にすることであろうか。


「しかし、それを拙者に聞きますか?」


「それは、ローデリヒは家宰だから聞くだろうさ」


「拙者に、審判の時が訪れようとしておりますので……思考が上手く纏まりませんな」


 バウマイスター伯爵家の友好貴族が増えるかどうかの問題なので筆頭家臣であるローデリヒに聞いているのだが、彼の表情は暗い。

 なぜなら、来週にはお見合いの会が開かれるからだ。

 しかもこのお見合いの会。

 かなりの大規模になる予定になっている。 

 エルも参加する予定で、うちに仕官した独身者は強制参加となっていた。

 貴族たちが気合を入れて千枚以上の見合い写真を送ったのに、その大半が無駄になるのもどうかと思い、彼らに『うちの若い家臣たちでも構わない人は?』と聞いたところ、ほぼ全員が了承したからだ。

 いつの間にか形成されていたバウマイスター伯爵家の家臣団であったが、重臣候補に全閣僚の子供たちが混じっており、家伝である得意分野の仕事をしていた。

 あの導師の子供であるコルネリウスも、警備隊の幹部になっている。

 その仕事ぶりは優秀であったが、彼らは三男以下の余り者が多かったのでいまだ独身の者たちが多かった。

 これから忙しくなることもあり、その前に大お見合い会が開かれることとなったのだ。

 我ながらナイスアイデアだと思うのだが、自分のお見合い会の準備を進めるローデリヒには、どこか納得がいかない部分があるのであろう。

 『女性魔法使いどころじゃないんだけどなぁ……』と言った表情を浮かべていた。


「どうだろう? ローデリヒがカタリーナを嫁に貰って、産んだ子を貴族にするというのは?」


「なぜ拙者なのです? エルヴィンでも構わないではないですか」


 結局紆余曲折を経て、次代ルックナー男爵家当主の父になることが確定しているローデリヒなので、カタリーナと子供を作ってその子を貴族にしてもなんの問題もないはず。

 それに、カタリーナの家が改易された要因の一つに、ルックナー侯爵家の嫌がらせもあった。


「先代の罪とはいえ、ルックナー侯爵家も、その親戚であるローデリヒにも多少の責任はあると思うなぁ」


「はあ……エルヴィンでいいでしょう」


 ただ、ローデリヒはこれ以上の難儀を背負いたくないらしい。

 あからさまに嫌そうな顔をしており、しかもエルに押しつける気満々であった。


「エルはなぁ……」


 いい奴なんだが、ブランタークさんのせいで女遊びを覚えてしまったのがよくなかった。

 カタリーナがその辺に敏感で、エルと距離を置いてしまっているのだ。

 パーティを組む仲間としてはアリだが、男性としては嫌ということらしい。


「あの跳っ返り、案外ウブなのですな」


 確かに、荒くれが多い冒険者の中でトップクラスの実績をあげ、その分け前を奪おうとする寄生虫やヤクザのような連中を実力で排除してきた割には、あまり男性に免疫がないようなのだ。


「この前もなぁ……」


 先日。

 早朝にエルと弓の鍛錬をしたあと、暑かったので上半身裸になって中庭で涼みながら冷たい水を飲んでいたら、同じく魔法の鍛錬をしていたカタリーナから苦情を入れられてしまったのだ。


『ヴェンデリンさん! 貴族ともあろう者が外で裸になるなど!』


『上半身だけだし、貴族も裸になる時がないわけではないと思う』


『ここは、他人の目がある庭です! 駄目に決まっているではありませんか!』


『カタリーナは真面目なんだから』


『真面目かそうかではなく、常識の問題です!』

 

 言い方はいつも通りだったが、カタリーナの顔は真っ赤であった。

 要するに、そういう免疫があまりないのであろう。

 夜のお姉さんのいるお店に遊びに行くエルという存在自体が容認できない……前世で、接待で風俗店に行った先輩が、奥さんにバレて離婚されかかったのを思い出す。

 そういうのが駄目な女性っているんだよね。


「という事情からエルは難しいと思う」


「なら、お館様でよろしいではないですか」


「俺?」


「はい。ちょうど条件にも合致していますし」


 元々超一流の冒険者なので、俺の狩りについて来れる。

 カタリーナからしても、エルよりも俺との間に子を作ってヴァイゲル家の当主にした方が王宮での工作が上手くいく。

 お互いに利益があると、ローデリヒは言うのだ。

 元平成日本人から言わせてもらうと少しドライに感じるが、この世界ではそう間違った判断基準とも言えなかった。

 結婚とは、家同士の繋がりと子孫繁栄が最大の目的であり、本人たちの相性などは二の次であったからだ。

 恋愛至上主義も悪くはないと思うが、それも理由で日本は婚姻率や少子化が問題になっているのかもしれない……これは、前世非モテであった俺の勝手な思い込みかもしれないけど。

 とにかく、この世界で一定以上の地位と財力を持つ男性が独身を貫くのは難しいわけだ。

 カタリーナも覚悟を決めないと駄目だと、ローデリヒは語っていた。

 自分も結婚させられるからな。


「ヴァイゲル家を準一族扱いにして、バウマイスター伯爵家の陣容を厚くする必要があります」


 ローデリヒは筆頭家臣なので、急速に大規模化しているバウマイスター伯爵家の安定化は急ぎ取り組みたい課題のようだ。

 俺が死んだあとも、バウマイスター伯爵家は続くのだから。

 

「しかし、それは本人の意志を確認する必要があるだろう」


 貴族同士のお見合いとはまた別の話なので、カタリーナには断る権利があるからな。 

 

「とは申せ、一度腹を割って話し合う必要がありますぞ。ところで、その頬に残った跡は消せないのですか?」


「うーーーむ。なぜか、エリーゼに拒否されてな。俺が自分で治療するのも駄目だそうだ」


 実は今日の早朝。

 いつも日課にしている魔法の訓練を終えてから、汗でも流そうと風呂場に入ったところ、そこには、同じく先に訓練を終えて風呂に入っていたカタリーナの姿があった。

 しかも彼女、洗面所の鏡の前で素っ裸でなにやらポーズを取っていたのだ。


『最近、ヴェンデリンさんの家で出る食事が美味しいので、太ったような……』


『そうかな? 俺はそうは思わないけど』


『えっ?』


 ここで、わざわざカタリーナの独り言に返答してしまった俺がバカだったのであろう。

 自分しかいないはずの風呂場の洗面所で俺と顔を合わせてしまったカタリーナは、不用意に入ってしまった俺と数秒間無言で見詰め合ってしまい、双方の間に奇妙な空気が流れてしまう。

 さて、次の一手はどうしたものか……と思ったら、都合よくカタリーナが先に話しかけてくれた。


『ヴェンデリンさん?』


『あくまでも一般論だけど、男は女性の多少の体重の増減には気がつかないから』


『……』


『これもあくまでも一般論だけど、女性と男性の理想体型の差というのもある。あまり痩せすぎると、男はかえってその女性に魅力を感じないぞ』


『ヴェンデリンさん?』


『じゃあ俺はこれで』


 どうやら俺は、風呂場の入り口にかけられた『入浴中』の札を見落としていたらしい。

 実はたまにやるのだが、エルは男だからなんの問題もないし、エリーゼたちならさらに問題はなかった。

 決してわざとではないし、みんなわかってくれたのだ。

 カタリーナを除き。


『ヴェル、実はわざとやってない? 別に私は構わないけど……』

 

『大変だぁ。ボクの裸に欲情したヴェルに襲われるぅーーー。って、ノリが悪いなぁ』


『ヴェンデリン様、こういうことは正式に式を挙げてからにした方が』


『ヴェル様、一緒に入ろう』


 四人は婚約者なのでまったく問題にならなかったのだが、やはりカタリーナでは誤魔化しが効かなかったようだ。

 

『ヴェンデリンさん……』


『悪い、ちょっとしたミス』


『嫁入り前の乙女の肌を見て、それで済ますつもりですか!』


 カタリーナの魔法は飛び出さなかったが、彼女の渾身のビンタを思いっきり頬に受けてしまった。

 その気になればかわせたと思うが、それをしてはいけないような気がして、つい食らってしまったのだ。

 役得はあったので、頬にモミジができても、罰としてエリーゼからモミジを治癒魔法で治してはいけないと言われても、まあ仕方がないかなと。


「なんと言いますか……。お館様も運がいいのか悪いのか……」


 同じ男であるローデリヒの感想はそんなものであった。

 ビンタは不幸だが、いいものは見れたのだから、という考えだと思う。

 貴族にビンタなどして不敬だから処罰する、という流れも不可能ではなかったが、それをすると俺の覗き行為がバレてしまう。

 家臣たちに知られると恥ずかしいし、他の貴族たちに知られたら、間違いなく赤っ恥をかくのは俺になるであろう。


「しかも、カタリーナが意外となぁ……」


 俺に盛大にビンタをまかした後は、柄にもなくエリーゼに縋りついて泣いていたのだから。


『私、もうお嫁に行けませんわ!』


『ヴェンデリン様!』


『そういうキャラじゃないんじゃないかと……。すみません、なんでもないです……』


『ヴェル、いい加減入浴中のプレートを確実に確認するようにしなさいよ』


『わざと説浮上かも』


『……ヴェル様、私と毎日一緒に入る?』


 エリーゼたちに怒られてしまった……ヴィルマは少し違うか……ので、俺は言葉を引っ込めた。

 そもそも、少し裸を見られたくらいで嫁に行けないのなら、日本で結婚できる女性なんてほとんどいなくなってしまうはず。

 というか、こんな女がラノベやアニメ以外に実在するのが驚きだと俺は思ってしまったのだが、女性陣は全員がカタリーナの味方であった。

 この世界の女性は、身分が高いほど貞操観念が高い。

 そのため、恋人や妻でもないカタリーナの裸を見た俺は悪い男なのだ。


『ヴェンデリン様。今日一日はお顔はそのままにしていてください』


『さすがに、そのままは……』


『ヴェンデリン様には、反省をしていただきます』


 珍しくエリーゼから強く言われてしまい、俺は自分で頬についたモミジの治療すらできず、バウマイスター伯爵としての権威は台無しである。


『駄目よ、ヴェル。エリーゼが強く言う時は特別なんだから』


 確かにイーナの言うとおりだ。

 普段は優しく、常に俺を立てる古風な女性なのに、今は泣き縋るカタリーナを慰めつつ、俺に冷静に制裁を課している。

 こういう部分も、彼女が俺の正妻に選ばれた理由なのかもしれなかった。


『私たちなら問題ないけど、カタリーナは駄目じゃない』


『入浴中の札に名前欄でも入れるか?』


『ヴェルは、入浴札自体を確認しないから同じでしょう。それに、カタリーナ以外なら入るの?』


『ノーコメントです』


 この国の貴族は、教会がうるさいせいもあって婚前交渉を行うのが難しい。

 なので、たまに間違ったフリをして少し裸を覗くくらい可愛い悪戯だと俺は思うのだ。

 どうせ相手は婚約者たちなのだから。


『ヴェル、やっぱりわざとやっているわね……』


『さあて、どうかな?』


『実はこれって、結構問題なのよ』


 こういう状態になると、真面目なエリーゼとイーナに説教をされる構図になってしまうようだな。

 俺も普段は真面目で、ちょっとハメを外しただけなのに……。


『ねえねえ、ヴェル。カタリーナのスタイルはどうだった?』


 ルイーゼは、大概こんな感じだ。

 たまに一緒に風呂に入った他の女性たちのスタイルなどを俺に報告してきて、精神に多少のエロオヤジ成分が含まれていると思われる。


『エリーゼといい勝負で、こうバインバインと』


『そうだよね、ヴェルもそう思うでしょう? ドミニクも結構凄いけど、カタリーナには及ばないから』


『へえ、ドミニクもなかなかなのか』


『結構凄いよ。エリーゼと幼馴染だから、環境のせい?』


 自称女体評論家のルイーゼに言わせると、この屋敷でメイドをしているドミニクもなかなかに着痩せをする性質らしい。

 実にいいスタイルをしているのだと、俺に報告してくれた。

 だからなんだって思う人は、きっと悪しき合理主義論に捕らわれているぞ。

 悔い改めなさい。


『やっぱり、シッカリと見られていますわぁーーー! うわぁーーーん!』


『ルイーゼさん! ヴェンデリン様!』


 ただ、このオヤジ丸出しな会話のせいで再びカタリーナに泣かれてしまい、俺とルイーゼはまたエリーゼから怒られてしまった。

 俺もルイーゼも、懲りない子なのかもしれない。


『とにかく、今日は反省していただきます』


 そんなわけで、俺は今日一日頬にモミジを付けたまま過ごすことが決定したわけだ。

 これを覆す勇気は、俺にはないな。

 

『ヴェル様』


『なんだい? ヴィルマ』


『ヴェル様の頬のヒトデ。王都にお店があるヒトデ焼きに似ている』


『……そうなんだ……確かにそう言われると?』


 そしてやはりヴィルマは、なぜこれほどの大騒ぎになっているのかを理解していないようであった。

 俺の頬のモミジを見て、俺はモミジ焼きをパクって王都に出店させている『ヒトデ焼き』に似ていると喜んでいるのだから。

 なお、なぜヒトデ焼きなのかと言うと、モミジはアーカート神聖帝国領内か、ヘルムート王国領内でも北方の極一部の地域にしかないからである。

 知名度の問題でヒトデにしたわけだ。

 どうせ、同じような形をしているからというのもあった。


「早速、尻に敷かれていますな」


「エリーゼは、普段はここまで強く言わない」


「でしょうな。カタリーナは家の復興を目指しているわけで、その扱いは貴族の令嬢に準じたものにしていたのです。その裸を覗くのは感心できませんぞ」


 だからこそ、不用意に彼女の裸を見た俺を窘めたというわけだ。


「どのみち、カタリーナがいくら努力をしても自分は貴族家の当主にはなれないのです」


 王家や他の貴族たちと交渉しなければいけない以上、どうしても婿を立てて産んだ子供を、という条件にしないと色好い返事が貰えないわけだ。

 逆に言うと、その条件さえ呑めばさほど難しいことでもないのだ。


「ですから、その辺を含めてカタリーナとよく話し合うべきです。あれほどの魔法使い、取り込まねば損ですぞ」


「お前、段々と貴族の家臣らしくなってきたな」


「褒め言葉として受け取っておきましょう」


 なににせよ、俺はカタリーナと一度その辺も含めて話し合いをすることになった。

 あれ? 

 でもその条件だと、俺の嫁が増えるんじゃねえ?


「いやあ、その線で決まりそうでよかったです」


「……」


 結局俺は、ローデリヒの手の平の上で転がされていた。

 このままだと、バカ殿一直線かもしれないな。

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