第145話 腕比べ(後編)
「長い五日間だったな。それでは結果を発表する」
「いよいよか」
長かった五日間にも渡る熱闘が終了し……って!
スポーツの大会か!
カタリーナとの魔物狩り勝負は無事終了し、いよいよその結果発表の時間がやってきた……特にワクワクもしないけど。
冒険者ギルドの職員が、魔法の袋に仕舞われた五日間の成果を数えて発表するのだ。
「まずは、ヴェンデリンさん」
ヴェンデリンさん呼ばわりなのは、今の俺が冒険者だからだ。
まずは俺の成果であったが、なるべく奥地で大型の魔物ばかりを狩った結果、カタリーナの三倍ほどの成果をあげていた。
『瞬間移動』の使用による魔力量の不利は、魔力消費効率の改善と、魔物を傷つけずに倒せる魔法に慣れることで補った。
金になるサーベルタイガーを沢山狩ったが、残念なことに白子は初日に一匹狩ったのみ。
やはり、初日はたまたま運がよかっただけなのであろう。
遭遇すれば確実に仕留めただろうが、いないものは倒しようがないので仕方がなかった。
「圧倒的ですね」
「くくっ……」
カタリーナも懸命に狩りをしたのであろうが、やはり元からの魔力量の差が大きかったようだ。
成果の中に超高額になりそうな白子もいないことから、オークションにかける前に勝負あったというやつであろう。
「えーーーと、次にエルヴィンさんたちですね」
「苦労したぜ」
「五日連続は厳しいよね」
「でも、満足できる成果が出たわね」
「果物とカカオがいっぱい、お菓子食べたい」
「ヴィルマさん、あとで作ってあげますから」
「わーーーい」
カタリーナの成果にどれだけ迫れたかがポイントであったが、成果のカウントをしているギルド職員は意外な結果を口にした。
「カタリーナさんよりも、ほぼ間違いなく評価額は上ですね」
「なっ! どういうことですの!」
「いや、そこは数で補ったとしか……それに、採集物にも高価なものは少なくないので」
需要が多くて単価が高いカカオやフルーツ類を大量に採取し、他にも高額で売れる薬草類を大量に集めていたようだ。
薬草の見分け方については、教会で治療の手伝いもしていたエリーゼが大きく貢献した。
この種類の薬草は、こういう場所によく生えているとか、そういう知識を上手く生かしたようだ。
さすがはエリーゼ、地味に完璧超人ぶりを発揮したらしい。
そして、予想よりも狩った獲物の数も多かった。
「サーベルタイガーも何頭かいますね。しかも傷がない」
「あるにはあるんだけど、ヴェルと同じだね」
サーベルタイガーは、すべてルイーゼが狩ったようだ。
その突進や攻撃を、優れた動体視力を生かして最小の動きでかわし、後方に回り込んで魔力を篭めた一撃で倒す。
外傷がないのは、魔闘流の極意である内部破壊で延髄だけをズタズタに引き裂いているからだ。
見た目には、まったくわからないけど。
ルイーゼは、まるで〇ンシロウみたいだと思った。
「なにそれ、地味に怖い」
「ある程度魔力がないと使えない技なんだよ。導師の指導が大いに役に立ったね」
そういえばそうだった。
ルイーゼは中級から上級の間くらいの魔力を持ち、それを魔闘流で極力節約しながら戦う。
俺や導師は、敵の攻撃を受けても大丈夫なようにあらかじめ『魔法障壁』を張ってしまうが、ルイーゼはその判断が百分の一秒単位で行える。
かわせる攻撃なら、『魔法障壁』など張らないで回避してしまうのだ。
「四人で採集して、ボクが周囲の監視役。数が多いと、ヴィルマとイーナちゃんに応援を頼むのが基本だったかな」
ルイーゼは、一番の脅威であるサーベルタイガーを専門的に狩っていたようだ。
他の魔物を見ると、綺麗に首を斬り落とされているのがヴィルマの成果で、頭部や心臓部分近くに刺し傷があるのがイーナの成果だと思われる。
「現在、魔の森産のフルーツなどは価格が上昇傾向にありますからね。これだけあると、大商人などがオークションで値を吊り上げると思います」
大商人は、汎用の魔法の袋を幾つも持っている。
入れておけば鮮度が落ちないので、生鮮食品でも買える時に大量購入するのだそうだ。
価格が安い時に購入し、高い時に放出することで利益をあげるのが目的である。
在庫を大量に抱えても資金力があるので経営を圧迫しないし、魔の森産の品はしばらく価格の下落など起こり得ないそうだ。
ここでしか採れないし、供給が需要を超える日がくるのは……いつなんだろう?
なので、今は買えるだけ買ってしまう。
他のライバルたちに買い負けないよう、オークションで競り値を上げることにも躊躇しないのだそうだ。
「あとは、ルイーゼさんは運がいいんですね……」
ギルド職員の視線の先には、サーベルタイガーの白子が一体置かれていた。
これで二匹目であったが、その大きさは俺が狩った個体よりもまた一回り大きかった。
「しかも、まったくの無傷ですね」
「内部は無傷じゃないけどね」
「それを言うと、アームストロング導師なんですけど……」
もう一人、勝手に参戦した導師であったが、その戦果は驚異的であった。
恐ろしい数の魔物の死体が、すべて苦悶の表情を浮かべた状態で並べられ、数名のギルド職員たちが懸命に査定を行っていたからだから。
「あの……導師?」
「昔から、某はこれで大量の魔物を狩っていたのである!」
導師は、勢いよく自分の拳を前に突き出した。
簡単に言うと、魔力を篭めた拳で魔物を殴り殺し、蹴り殺し、首をへし折ったわけか。
単純明快で時間もかからないのであろうが、この世界でそんなことができる人は間違いなく導師くらいであろう。
俺は、その攻撃が自分に向かないことだけを願っていた。
「あと、森の奥に遺跡を見つけたのである! 明日にでも、バウマイスター伯爵たちと探索に行こうと思うのである!」
「決定事項?」
明日が最後のお休みだから、俺は王都でノンビリしようかと……。
導師の誘いが断れない以上、それは夢と消えるのであったが。
「なんだ、導師が圧倒的に一位じゃないか」
まさしくエルの言うとおりであった。
獲物の数も俺すら圧倒していて、さらに未発見の遺跡まで見つけているのだ。
さすがは、勝手に参戦しただけのことはあるのかもしれない。
「導師、あまり若い者たちの仕事を奪うなよ」
「そうは思うのであるが。実は、二番目の妻と三番目の妻が妊娠していたらしく、転ばぬ先のなんとやらで稼いでおこうと思ったのである!」
「ええと? 二十人目だっけか?」
「然り。今度こそは、女の子が欲しいのである!」
導師の大戦果を見て、ブランタークさんが若い冒険者たちの稼ぎを奪わないようにと窘めるのだが、それに導師は子供がまた生まれるから物入りだと反論した。
どうやら導師は、うちの父以上に家族計画など考えていないようだ。
ただ、甲斐性は超一流なので、いくら子供が増えても生活に困ることはないのだけど。
「女の子が生まれたら、バウマイスター伯爵に嫁がせてもいいのである!」
「えっ?」
「(導師似の女の子が、ヴェルの奥さんに?)」
導師の娘を嫁にする。
まず年齢差云々よりも、エルがボソっと漏らした一言の方が気になってしまう。
「(導師似の娘?)」
すぐに頭の中で思い浮かんだのは、筋肉ムキムキで顔も導師ソックリの女の子であった。
「(それは勘弁してほしい。勃つ自信がない……)」
下世話な話で申し訳ないが、初夜で導師の娘に背骨を折られそうなイメージしか浮かばなかったのだ。
「あの導師様、エリーゼの前でその発言はちょっと……」
「おおっ、そうであったな。子供や孫の婚姻は考えておいてほしいのである!」
どう返事をしようか迷っていた時に、助け舟を出してくれたのはイーナであった。
可愛がっている姪のエリーゼの名前を出して、遠まわしに断ってくれたからだ。
「(イーナ! 助かった! 凄く助かったよ!)」
「ちょっ! ヴェル!」
思わずそのままイーナに抱きついてしまったのだが、導師以外はもの凄く納得したような表情を浮かべていた。
やはり皆、導師の娘のイメージは女装版導師そのものであったようだ。
「まあ、勝負は無事についたわけで」
一位が導師、二位が俺、三位がエルたちと。
導師は元……今もか……超一流の冒険者なので、こういう結果になるのは仕方がない。
なにしろ年季が違うのだから。
「別に、順位なんてどうでもいいんだろう?」
「どうでもいい、は語弊がありますけどね」
ブランタークさんが傍にいたギルド職員に尋ねると、彼は曖昧な返事に終始していた。
俺たちが魔物狩りで勝負をすれば、沢山の成果が得られる。
ただそれにしか興味がないようだ。
「これだけの大量の品が、王都でオークションにかけられて高額の値段がつく。すると、他の地域に噂が流れますからね」
地元よりも稼げると知られれば、超一流の冒険者たちが集まってくる可能性は高い。
だからこそ、冒険者ギルドは俺たちとカタリーナの勝負を手伝ったのであろう。
「遺跡か」
「はい。魔の森の探索は始まったばかり、他にも未知の遺跡は複数あるはずです」
もし導師が見つけた遺跡から多くの成果があがれば、これも多くの冒険者たちが集まる要因となるであろう。
未知の遺跡とは、それだけ稼げる可能性が高いからだ。
つまり、冒険者ギルドも導師も、魔の森周辺に腕のいい冒険者を集めて開発を助けようとしていたようだ。
稼げる冒険者が家族と共に移住して来て、どこかに家を建てて生活を始める。
高額の納税もするし、彼ら目当てで商売人たちも来るので、地域の活性化に繋がるわけだ。
「では、明日に遺跡を探索するのである!」
「メンバーは、この面子でいいよな?」
以前に死にかけた地下遺跡探索時よりも、ヴィルマと導師が加わって戦力は増している。
よほどのことがなければ大丈夫なはずだ。
「では、明日も早いし帰りますか」
「某も、屋敷に泊めてほしいのである! 野宿はもう十分堪能したのである!」
「俺もだな。『瞬間移動』で運んでくれ」
「いいですよ。最近、『瞬間移動』で運べる人数が増えましたから」
「ちゃんと練習したんだな。感心、感心」
ブランタークさんに珍しく褒められた。
黒い煙のアンデッド巨人との戦闘や、その後の土木魔法の駆使などで、魔力量と魔法の精度が上がったらしく、一度に自分を除いて十人まで運べるようになっていたのだ。
「そりゃあ便利だな。じゃあ、頼むわ」
「わかりました」
俺たちは明日の遺跡探索に備えて早めに休もうと、『瞬間移動』で屋敷へと戻った。
だが次第に、なにか大切なことを忘れているような感覚に襲われてきた。
俺は一体、なにを忘れてしまったのであろうか?
「ヴェンデリン様?」
「エリーゼ、俺ってなにか大切なことを忘れていなかったっけ?」
「一つあるとすれば、勝負をしていたカタリーナさんのことではないかと」
「それだよ! 忘れてた!」
そういえば、カタリーナと狩猟勝負を五日間もしていたのを思い出した。
最後に導師のインパクトが強すぎて、俺も含めて全員が彼女のことを忘れてしまったのだ。
エリーゼがカタリーナのことを覚えているのは、彼女が導師の姪で免疫がついているからだと思われる。
「戻りますか?」
「面倒だから明日でいいでしょう。なあヴィルマ」
「しぶとそうだから、一日くらい放置しても大丈夫だと思う」
「お前とヴィルマは、たまにもの凄く酷いよな。あの女も大概口が悪かったけど」
エルはそう言うが、俺はあの女のためにわざわざ戻る気などまったくなかった。
誰がナンバー1かを決めるために勝負するとか、そういう週刊誌の漫画みたいな暑苦しいのは勘弁してほしい。
俺がカタリーナとの勝負を受けたのは、狩りをするついでだったのと、受けないとうるさそうだなぁ……と思ったからだ。
「エルが相手してやれよ」
「嫌だよ。あの女、美人だけどうるさいし」
「お前も大概だよなぁ」
結局その日は、忘れたものは仕方がない。
急ぐ話でもないし、明日でいいやという結論に至った。
屋敷に戻ってみんなでドミニクが作った食事を食べ、彼女が作ったマンゴータルトを、ヘルムート兄さんから贈られてきた森林マテ茶と共に満喫。
ほどよく眠くなってきたのでちゃんと睡眠を取り、翌日にまた魔の森近くの冒険者ギルド支部前に集合した。
するとそこには、カタリーナが不機嫌そうな表情で待ち構えていた。
「勝負の結果も言わずに私を放置とは! 一体なにを考えていますの!」
「やっぱり、怒っていたか」
「当たり前です!」
わざわざこちらに喧嘩を売ってくるのだから、無視されるのは嫌だったようだ。
「でもさ、導師の言動に唖然として、なにも言わなかったじゃない」
「それは……」
あの時に、『私を忘れるな!』くらい言ってくれれば忘れなかったのだが、彼女が導師に免疫がなかったために、その場で唖然として立ち尽くしてしまったのがよくなかった。
「俺たちだってもう何年もつき合いがあるけど、あの人は定期的に衝撃的な事実が判明するから」
元は……今もだ……超一流の冒険者であったとは聞いていたが、まさかここまで凄いというか、王宮筆頭魔導師なのにたまにアルバイトで狩りをしているのだから衝撃的でもあった。
王城の誰か止めないのであろうか?
止めても、無駄なような気がしないでもないのだが。
「それに、勝負は俺たちの勝ちでしょう」
カタリーナの成果は、世間一般では超一流の名に恥じないものではあった。
ようするに、相手が悪かっただけなのだ。
「まだ勝負は終わっておりませんわ! ここは一ヵ月間分くらいの成果で!」
「導師と一ヵ月も勝負するの?」
「それは……」
俺は絶対に嫌だし、まず勝ち目のない勝負であろう。
俺たちのパーティとブランタークさんで組めば間違いなく勝てるが、それはもう勝負とは言えないのだから。
「導師に勝てるようになるのは、時間がかかると思うけどね」
「勝負は、しばらくお預けですわ!」
なんとか、勝負の件は撤回させることに成功した。
しかし負けず嫌いというか、俺に勝って名を売ることに執着しているというか。
「このまま普通にここで活動していれば、すぐに有名人になると思うけどね」
「それだけでは、駄目なのです!」
「なぜ?」
「あなたは、活躍すればそのまま功績や爵位に繋がるではありませんか! 私は、あなたすら突き破って活躍してもそれがあるかどうか……」
女性魔法使いならではの悲劇というやつであろう。
いくら活躍しても男性ではないので爵位は貰えず、稼いだ金目当てに変な連中が擦り寄ってくるばかり。
だからパーティを組まず、一人で名をあげることに執着しているのか。
例外扱いされるほど活躍するしか、祖先が失った爵位を取り戻せないと思っているのであろう。
それすらも不確定ではあるが、今はそれに縋るしかないとカタリーナは考えている。
そう考えると、少し彼女が可哀想にはなってきた。
「ええと、役に立つのかは不明だけど……」
俺はカタリーナに、遺跡探索に参加してほしいと要請した。
今回の遺跡探索では導師とヴィルマも加わり、前回よりも圧倒的に戦力は増している。
だが、この世に絶対などというものは存在しない。
だからこそ、超一流の魔法使いであるカタリーナにも参加してほしいと思ったのだ。
実は彼女、少々口は悪いようだが意外と素直な性格をしているし、勝負の際にも一切ズルをしなかった。
仲間に加えても、後ろから刺される心配は皆無のはず。
まず最初に、イーナ達には謝って欲しいところではあるが。
「未知の遺跡だから、なにが飛び出すかは不明だけど」
「遺跡の探索は初めてですが、私は西部では名の通った冒険者。逃げるという選択肢はあり得ませんわ!」
「それは助かる。前回のようなアクシデントはゴメンだからね」
「噂には聞いておりますわ。先日、暗殺未遂事件に関与して改易されたルックナー男爵家が、地下遺跡探索を妨害をしたと」
事実ではないのだが、彼ならばやりかねないという理由で噂は広がっているようだ。
自業自得なので、俺は一切訂正する気にもならなかったが。
「では、早速未知の地下遺跡に潜るとするか」
「私の実力をとくとご覧なさい!」
「(口癖だと思えば、可愛いものか……)」
こうしてカタリーナも仲間に加わり、再び俺たちによる未知の地下遺跡探索が始まるのであった。
お休みの最後の日なので、なにか面白いものが見つかるといいな。
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