第146話 魔の森の地下遺跡(前編)

「あなたたちも、なかなかやるようですわね。前の発言を撤回して心から謝罪いたしますわ。あと、私も今回の探索に参加することになりました。大船に乗った気持ちで安心してくださいまし」




 魔の森で導師によって発見された未知の遺跡の探索が始まる直前、俺が参加を要請したカタリーナが、イーナたちに前回の暴言に対し謝罪した。

 元々の性格なのか、もう少し柔らかく言えばいいのにと思ってしまう俺は、日本人気質が抜けていないのかもしれない。

 前世も含めた俺のそれほど豊富でない人生経験から推測するに、彼女はこういう風にしか言えない人なのであろう。

 それでもイーナたちは、ちゃんと謝った点だけは認めているようであった。


「多少のモヤモヤ感はあるけど……」


「イーナちゃんは真面目だからね。ボクはこういう人、結構面白くて好き」


「俺は戦力になるのなら、特になんとも」


 真面目なイーナからするとカタリーナの暴言は許せない部分はあるが、一応謝っているから仕方がないのかなと。

 俺も今本当の十五歳なら彼女と同じ気持ちになるだろうが、前世の経験があるので、御家再興という高い目標を持つ魔法に優れた少女が少々難義な言動をしても、『色々と大変そうだし、こんなものかなぁ』みたいな気持ちになってしまうのだ。

 一方ルイーゼは、このカタリーナという人物に面白さを見つけたようだ。

 イーナとルイーゼは、大分性格が違うから反応が違っても不思議ではない。

 エルは前回の地下遺跡探索の件もあるので、助っ人が戦力になれば問題はないと考えているようだ。

 意外と言うと失礼だが、エルは仕事になると合理的な考えが強くなる。

 同時にカタリーナを、美人ではあるが苦手なタイプだと公言しており、恋愛対象ではないのでどうでもいいようであった。


「ヴェル様、ヒラヒラも仲間に加わるの?」


「とりあえず今回だけね」


「お試し?」


「そんな感じかな?(試供品みたいな言い方だなぁ)」


 ヴィルマは、冒険者なのにヒラヒラのついた皮ドレスを着ているカタリーナを『ヒラヒラ』というあだ名で呼んでいた。

 ドレスではあるが竜の皮が材料であり、マントも竜の幼生から抜けた産毛で編んでいるので防具としては最高峰に近い。

 冒険者としては理に叶った装備なんだが、ヴィルマからすると珍奇な一品に見えるらしい。

 冒険者になってわずか一年でこれだけの防具を手に入れているから、彼女は間違いなく超一流の冒険者だ。

 だが、冒険者としては効率を最優先するドライなヴィルマからすると、カタリーナのやり方はチグハグなものに見えてしまうのであろう。

 彼女の場合、冒険者が終着点でなく、貴族として家を復興させるのが最終目標なので、装備の非合理性については仕方がないのだけど。

 戦国時代に、目立つ格好で戦って戦功をアピールする浪人と同じようなものなのだから。


「ヒラヒラ、結構使えるからいい」


「この娘、私よりも毒舌ですわね……」


 カタリーナは、自分の口調が傲慢であることを自覚はしているようだ。

 ヴィルマの発言に、顔を引き攣らせていた。

 そんな彼女に怒らないのは、ヴィルマの見た目がとても小さくて可愛らしいからのようで、その点においては彼女はもの凄く得をしていると思う。


「ヴィルマさん、これから一緒に探索をする人に『ヒラヒラ』は駄目ですよ」


「はい、エリーゼ様」


「改めまして。カタリーナ・リンダ・フォン・ヴァイゲルと申します」


「これはご丁寧に。エリーゼ・カタリーナ・フォン・ホーエンハイムと申します」


 そして、そんなヴィルマですら頭が上がらない、俺の未来の正妻であるエリーゼと。

 彼女、見た目は『ホーエンハイム家の聖女』の二つ名に相応しい優しげな美しさを備えているが、同時に中央の名門貴族家の令嬢に相応しい芯の強さも兼ね備えていて。

 さすがのカタリーナも、そんなエリーゼのオーラに圧倒されて丁寧に挨拶をした。

 エリーゼも、彼女の過去の暴言などまるで気にもしない体で丁寧に挨拶を返す。

 一度没落してしまった元貴族令嬢と、本物の貴族令嬢との差が出てしまったようだ。

 過去の暴言を一切追求しないというエリーゼの行為は、逆にカタリーナには大きなプレッシャーになる。

 貴族の世界では、『これで貸しが一つ』といった感じであろうか?

 カタリーナもそれに気がついたようで、普段の口調も大分引っ込んでしまっていた。

 ただ、王都には貴族令嬢らし過ぎて面倒な人たちも沢山存在しており、彼女たちの相手をするのに比べれば、カタリーナなんてまだ可愛い方であろう。


「さてと、挨拶はそのくらいにして遺跡に入るぞ」


「左様! 新しい遺跡探索のことを考えていて、昨日はあまり眠れなかったのである!」


 ブランタークさんに促されたので早速遺跡に入ることにするが、もう一人の大人兼監視役である導師は、遺跡探索をとても楽しみにしていたらしい。

 しかし、ワクワクして昨晩眠れなかったとか、正直『子供かよ!』と思ってしまった。


「では、遺跡まで移動するのである!」


 俺が地下遺跡を発見したわけではないので、導師の案内でそこまで移動する必要があったからだ。

 道中、ここ数日間で相当に間引いたので魔物はほとんど出現しなかったが、それでもゼロというわけではない。

 ただその数は少ないので、全部ルイーゼが省エネ魔闘流格闘術で仕留めていた。


「まだ地下遺跡に着いていないのに、魔法使いに魔力を消耗させるわけにはいかないしね」


「悪いな、ルイーゼ」


「数が少ないから大丈夫。きっと、導師が大量に狩ってしまったんだね」


「ルイーゼ嬢の言うとおりである! 地下遺跡の中ではなにがあるかわからないのであるから、極力魔力は節約するのである!」


 約一時間後。

 導師の案内で、無事に地下遺跡の入り口に到着した。

 その場所は、冒険者ギルド支部のある村からは大分離れていたが、魔の森の広さを考えると中心部にも到着していないといった感じか。

 その入り口はとても小さく、しかも大量に繁茂したナンポウシダなどに覆われており、導師はよく見つけたなと感心してしまった。


「たまたま小便を催したので、ここでしようと思ったのである!」


「はあ、そうですか……」


 導師独特の遺跡発見方法があるのかと思えば、本当に偶然に見つけたのか……。

 きっと今、導師以外の全員が心の中で感心して損をしたと思っているはずだ。


「それで、この入り口って誰が開けるんだ?」


 入り口に付いているドアは閉まっており、エルは誰が開けるのかと尋ねた。


「その前に、罠の確認である! これを忘れて酷い目に遭う冒険者は多いのである!」


 導師の言うとおりで、ドアに触れた瞬間にドカンでは溜まらない。

 罠の有無を調べる必要があった。


「ここは俺の出番だな」


 素早くブランタークさんが前に出て、『感知』を使ってドアを調べ始めた。

 さすがは元一流の冒険者だけあって、『探知』を応用して様々な状況に対応できるのは凄いと思ってしまう。

 

「罠はないみたいだな。ただ、これは面倒な……」


「面倒?」


「ああ、この錠前を見てみろよ」


 ブランタークさんは、ドアにかかった錠前を指差した。

 鍵は必要ないようだが、四つのダイヤルがついていて、0から9までの数字に切り変えることが可能になっている。

 一番解りやすい言い方をすると、自転車の数字式のロックに似ているのだ。


「数字を間違えると、『ドカーーーン!』とか?」


「そういう罠は確認できないな。魔法が発動して爆発するタイプの罠は、『探知』すると、魔法の発動に必要な魔力の塊が探知できるのさ。これにはそういう反応はないから、鍵が開く数字を合わせるだけだろう……毒針が出てくるなどの仕掛けもなさそうだな」


 そこまでわかるとは、さすがはブランタークさんだ。

 導師とは違って、みんな彼に尊敬の眼差しを向けていた。


「お酒ばかり飲んでいるわけじゃないんだね」


「ルイーゼの嬢ちゃん、お酒を買うにはお金がいるんだぜ」


 お酒を買うくらいのお金なら、無理に冒険者にならなくても稼げる。

 ブランタークさん流の切り返し方であった。

 この鍵は時間稼ぎには使えるので、地味に嫌な罠とは言える。

 多分、このドアに錠前をセットした人間はかなり性格が悪いのであろう。


「吹き飛ばすという策もあるのである!」


「その先になにがあるのかわからん。ドアを吹き飛ばすのは論外だ」


 魔法でドアを吹き飛ばし、もし内部で危険なものが見つかってドアを封印しなければならない事態になった時。

 ドアが壊れていたら、封印作業が困難になってしまうからだ。


「一つずつ、試すしかないだろうな」


「間違えると、ペナルティーとかありますか?」


「そういう罠は探知できなかったな。そもそも、そんな高性能な罠は効率が悪い」


 ダイヤルを一つ間違える度になにかが起こる罠など、コストの問題で設置など現実的にあり得ないそうだ。

 それと、古代魔法文明時代の遺跡の大半は、内部に手間のかかる罠を仕掛ける傾向が強いそうだ。

 そういえば、あの地下遺跡の『強制転移魔法陣』や『逆さ縛り殺し』の罠などは内部に設置されていたのを思い出す。


「えーーーっ! ダイヤルを一つずつ?」


 0000から9999までを一つずつ回して、ドアが開く番号を確認するのだ。

 大変に地味で、時間ばかりかかる嫌な作業である。


「えーーーと」


 俺が他のみんなと目を合わせると、全員が視線を反らしてしまった。 

 エリーゼでもそうだったので、誰もやりたくないのであろう。

 当然俺だって嫌だ。


「こういう場合は、新入りに任せるとか?」

 

 エルの発言により、全員の目が一斉にカタリーナへと向かう。


「そんな酷い話がありますか! 平等にクジで決めるべきですわ!」


 言うまでもなくカタリーナも嫌がったが、その代わりにいいアイデアを出してくれた。

 クジ引きで平等に決めた方が、確かに不満も出にくいはず。


「ヴェル様、ジャンケンで決めよう」


 ヴィルマが俺のローブを引っ張りながら、ジャンケンでの決着を提案した。

 この世界にジャンケンは存在しなかったが、前にふと空いた時間にヴィルマに教えたら、もの凄く気に入ってしまったのだ。

 それ以来ヴィルマは、なにか決め事があると、必ずジャンケンで決めようと言うようになっていた。

 イーナたちも、これなら平等に誰にするか決められるので、今ではなにか決め事があるとジャンケンをするようになっていた。

 この世界では、こういう時にはクジ引きかコイントスで決めることが多いのだが、ジャンケンはなにも準備しなくていいので、手間がかからなくていいのであろう。


「えーーーっ! ジャンケン!」


 唯一の例外だが、エルはジャンケンでの決着にかなり不満があるようだ。

 その理由は、エルが恐ろしいほどジャンケンに弱いからだ。

 というか、俺はエルがジャンケンで勝っている場面を見たことない。

 よくヴィルマに負けて、オヤツを奪われているのを目撃していた。


「エルが意地汚く、ヴィルマからオヤツを巻き上げようとするから……」


「一回でいいから、ヴィルマに勝ちたかったんだよぉーーー!」


「それで連敗していれば意味ないけどね」


 エルの場合、ヴィルマにジャンケンに負けて負けん気に火が点いたばかりに、連敗を重ねて傷を広げてしまった。

 それで懲りたようで、すっかりジャンケンが嫌いになったようだが安心してほしい。

 エルは、コイントスもクジ引きも弱いじゃないか。


「とにかく時間が惜しい。ジャンケンだ」


「しゃあねえ、新入りもいるからさすがに負けないだろうし……」


 エルも渋々と認め、ダイヤルを回す人を決めるジャンケンが始まるのであった。






「9995! 9996! 開かねえ!」


 それからまた約二時間後。

 やはりジャンケンに負けたエルは……みんな、なんとなくそういう予感はしていたけど……懸命にドアについた数字式のダイヤル錠を一心不乱に回していた。

 なお、その間に残りのメンバーは見張りを除いて休憩をしている。

 二時間も緊張していたら身が保たないので、見張り以外はエリーゼが入れたお茶とお菓子を楽しんでいた。


「このチョコレート菓子は、甘さ控えめで美味しいわね」


「それは、アルテリオさんが送って来た試作品」


「あの人、とことん突っ走るわね」


 イーナは、アルテリオさんの商売根性に感心していた。

 これまで、俺が提案した商売はなにを始めても失敗知らずなので、多分暫くこのまま走り続けるだろう。


「でも、ちょっとエルに悪いかも」


「負けたから仕方がない」


「ヴィルマは、真実をズブリと貫くな。ボクも、代わってあげようとか一切思ってないけど」


 ジャンケンに負けた以上、義務は果たさないとな。


「冒険者なのですから、敗北は素直に受け入れませんと」


「ここで、カタリーナの深いのか深くないのかよくわからない発言」


「別に、そんなもの狙ってはいませんわよ」


 狙ってはいないのか。


「お前ら、人が苦労している間に……」


 お菓子を摘み、お茶を楽しんでいる女性陣に文句を言うエルであったが、所詮はジャンケンに負けた負け犬の遠吠えなので、誰からも相手にされていなかった。


「9997! これも駄目だ!」


 0000から回し、実は9999というオチがあるかもと最初に回したようだがそれはなく、また0001から回し始めるが結果は9998であった。

 当然エルは激怒しながら、ドアから外れたダイアル錠を地面に叩き付けた。


「これを作った奴は、性格がひん曲がっている!」


「時間稼ぎですかね?」


「そうだろうな」


 俺の問いに、ブランタークさんはテンションが低いままで答える。

 休憩で、お酒が飲めなかったからであろうか?

 

「やる気なさそうですね」


「入り口がこの手の遺跡は、ほぼ100%外れだからだよ」


 古代遺跡にも色々な種類があるのだが、入り口に鍵がかかっているパターンで、比較的簡単に外せるものはあまり価値のあるお宝が見つからないそうだ。

 貴重な品を保管しているのなら、入り口をわかりにくくするか、厳重に鍵をかけるのが常識なのだから。


「まれに当たりがあるんだけどな。本当にまれだけどな」


 以前に、同じような鍵を外して遺跡に中に入ったそうだが、そこは昔の食料倉庫であったらしい。


「一万年以上も前のだからな。なにも残っていなかったのさ」


 それだけ時間が経つと、食料など腐るを通り越して、なにも残っていなかったわけだ。


「それはかなり奥地にある遺跡だったから、俺もパーティメンバーも期待したんだけどな。運が悪かったんだろう」


「食料倉庫だったんですか? 地下遺跡なのに?」


「そういう地下遺跡もあるんだよ」


 以前に潜った、地下遺跡に見せかけておいて、実は古代の偉人の秘密基地だったとか、極端な例は別として。

 普通に文化的な価値のある地下建造物だったり、個人が作った地下室だったり、昔の公共設備だったりと。

 魔道具やお宝が出るのは、その地下遺跡を作った人や組織や商会の財産であったり、備品などが残っていたからだそうだ。

 なぜ魔物の領域の内部に集中しているのかというと、それ以外の遺跡はほぼ発掘されてしまったから。

 皮肉にも、人が入り難いから残っていたわけだ。


「古代魔法文明時代は、魔物の領域にも人が住んでいたと?」


「そういうことなんだろうな。証拠もあるようだし」


 魔物の領域でなくても、たまに前人未踏の僻地などでも遺跡が見つかるケースがあるらしい。

 ただ現在では、人間が到達していない未開地はあまり残っておらず、近年では滅多に発見報告もないそうだが。


「酒の倉庫だといいのに」


「またそんな。自分が好きだからって」


「酒なら、まだ可能性があるんだよなぁ。酒は腐らないから」


 前に、大昔の貴族が所有していた地下式のワインセラーが遺跡として見つかり、そこに保存されていたワインの大半が無事だったことががあったそうだ。


「古代魔法文明時代のビンテージワインだからな。目の玉が飛び出るほどの値段がついたと聞く」


 貴族や大商人たちが、こぞってオークションで競り落としたそうだ。


「という可能性を夢見つつ、探索開始だな」


「安全のために、某が前に出るのである!」


 導師なら突然魔物に襲われても大丈夫だろうというわけで、彼を先頭に。

 その次に俺とブランタークさんが横並びで彼に続き、万が一に備える。

 念のため、ブランタークさんと一緒に『探知』を使いながら暗い通路を前へと進んで行くが、人二人がなんとか横並びで進めるくらいの長い通路には、魔物の気配が一切なかった。


「やっぱり、ただの倉庫だな」


 ブランタークさんが、あからさまに残念そうな表情を浮かべる。

 地下遺跡を作った人に財力があると、遺跡の中の品を守るため、大量の罠や、ゴーレムなどが配置されているそうだ。

 魔物が出現することもあるが、これは意図的に仕掛けられたのではなく、地下遺跡に入り込んでねぐらにしてしまったからであった。


「経年劣化で地下遺跡の入り口や通風孔が壊れて、外の魔物が遺跡内に入り込んでいるケースが大半だな。まれに、変わった魔物が出ることもある。俺も遭遇したことがあるが、苦労して倒しても冒険者ギルドが調査のために魔物の死体を回収してしまうけど……眩しいな、導師」


「某、『ライト』も体に纏わせないと発現しないのである!」


「難義なものだな。まあ明るいからいいけど」


 通路を進むにつれて暗くなってきたので、導師は『ライト』を使っていた。

 この『ライト』の魔法、当然遺跡探索などではポピュラーな魔法である。

 普通は指先に光の玉を発生させて使うのだけど、導師は全身に光を纏わせて無意味に光り輝いていた。

 エリーゼなら『輝ける女神』とか世間からは言われそうだが、導師だと『天罰を下しにきた光る巨人』にしか見えない。

 常に全身が輝いているので、魔力効率もかなり悪そうだ。

 導師くらい魔力を持っていると、あまり気にならないのであろうが。


「また鍵のかかったドアであるな」


 先頭の導師が、また鍵のかかったドアを発見した。

 しかも今度は、鍵で開ける錠前がついていた。


「壊すしかないのである!」


「今回ばかりは、壊すしかないのかね?」


 罠の存在は『探知』できなかったが、同時に鍵も発見できなかった。

 錠前自体も南京錠モドキであまり貴重品にも見えず、ブランタークさんは壊しても問題はなかろうと判断したようだ。


「お待ちになってください。私は『鍵開け』の魔法が使えますから」


「へえ、珍しい魔法が使えるな」


 ブランタークさんが感心するのも無理もない。 

 この『鍵開け』も、かなり習得が困難な部類に入る魔法であったからだ。

 自分の魔力を塊にしてから固形化し、その錠前に合った鍵の形に変形させ、錠前を壊さずに鍵を開ける。

 恐ろしいほど繊細な魔力のコントロールが必要であり、その割に成果が地味なのですぐに習得を諦めてしまうという、使用者が大変に少ない魔法であったのだ。


「これがあれば、一人で遺跡に潜れるかと」


「いくら凄腕の魔法使いでも、遺跡に一人は危険だぞ」


「わかっておりますわ。おかげで、死蔵していた魔法ですし」


 さすがのカタリーナも、ブランタークさんの忠告は素直に聞いていた。

 彼が、功績では文句のつけようがない超一流の冒険者であった事実を知っていたからだ。

 それと、そんな彼から凄腕と言われて気分もよかったらしい。


「俺はギルド本部の幹部にも知己がいるからな。『暴風』の噂は聞いていた」


 王国西部を仕切るホールミア辺境伯領にある冒険者予備校をトップの成績で卒業し、一年あまりで西部領域一の魔法使いだと噂されるようになった。

 凄い人ではあるんだよなぁ。


「知らなかった」


「坊主は、本当に他の冒険者とかに興味ないよな……」


 基本的に興味がないというか、これは前世における会社勤めのせいだと思っている。

 俺はあまり言われたことがないが、営業成績によっては散々に上司から怒られる先輩、同期などを見ていたせいか、同じ会社でもあるまいし、他の冒険者たちの成績なんて気にしてもしょうがないと思っていたのだ。

 冒険者とは、個人個人が自営業者のようなものなのだし。


「自分が稼げればいいじゃないですか」


「それはそうなんだけどな」


 その代わり、貴族としては柵(しがらみ)だらけで酷い目に遭っているのだから。


「あっ、でも。カタリーナって、まだ冒険者になって一年あまり?」


「なにか不都合でもあるのですか?」


「じゃあ、俺たちとあまり年は変わらないのか」


 カタリーナは十八歳くらいに見えるのだけど、実はまだ十六歳らしい。

 

「私には志があるのです! ヴァイゲル家を貴族家として復興させるという! その責任感が顔に出ているのですわ!」


 ようするに、老けているのではなくて大人びているのだと言いたいのであろう。

 志を果たすため、魔法が使えると知ったその瞬間から、一人で魔法の修練を懸命に行い、十二歳で冒険者予備校に入るまでは狩猟などで金を稼ぎに稼いだ。

 冒険者予備校時代には、同じく狩猟で金を稼ぎまくる。

 勿論その合間にも魔法の修練を怠らず、今も魔力は増え続けているので修練を怠っていないそうだ。 


「なんか、話を聞くと昔のヴェルみたいだな……」


 カタリーナが自慢気に話す昔話を聞いて、エルがボソっと感想を述べる。

 以前に聞いた、俺の昔の生活に似ているのだと言うのだ。


「(なるほど……。カタリーナも俺と同じく、ボッチだったのか……)」


 いや、間違いなく現在進行形でボッチなのであろう。

 なにしろ、パーティも組まずに一人で冒険者をしているのだから。


「鍵開けも、いつか仲間ができて必要になるかと思って会得したんだな……。偉いぞ、カタリーナ」


「なんなのです! 人を友達がいないみたいに!」

 

「実際にいるのか?」


「さあ、鍵を開けましょう!」


 俺の質問を無視して、カタリーナは鍵を開け始めた。

 その誤魔化し方から見て、彼女には本当に友達がいないのだと、俺は気がついてしまったのであった。

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