第144話 腕比べ(前編)
「勝負のルールは、日が落ちるまでに狩猟と採集で得た成果の総評価額だ。五日間あるから、ペース配分を忘れるなよ」
「五日間ですか……長丁場ですから、注意しないといけませんわね」
「(ブランタークさん)」
「(さすがは、西部一と言われている冒険者だな。ただ若さだけで突っ走ったわけではないようだ。思った以上に冷静でもある)」
「(普通は三日も稼働したら、丸一日休暇を入れますからね)」
「(魔力と肉体的な疲労は食事と睡眠で回復できても、気力が回復しきらないで注意散漫となり、思わぬミスをする冒険者は多い。かといって、時には五日連続の稼働が必要な時もある。ペース配分が重要な鍵となるが、初心者には難しいからな)」
「(あのカタリーナっていう貴族趣味の魔法使いには、そんなことできるんだ)」
「(エルの坊主よりも、一年ほど先輩だからな。それに……)」
「「(それに?)」」
「(一人で活動しているから、仲間のフォローがない。コンディションの管理には人一倍慎重になって当然さ)」
「(それはつまり、ボッチだから。俺と同じだ! 未開地で一人で修業してた俺と同じかぁ……)」
翌日の早朝。
元ベテラン冒険者であったブランタークさんの挨拶から、仕切り直された勝負が始まろうとしていた。
参加チームは、俺とカタリーナと導師は個人で一チームとなり、エルたちは五人でチームを組んで戦う。
昨日、珍しくカタリーナの暴言にキレたイーナであったが、さすがに一人では彼女に勝てるはずもない。
五人でチームを組んだのは、仕方のないことであった。
そのくらい、強力な魔法使いとは圧倒的な力を持つのだから。
「イーナ、無理するなよ」
「勿論、私だってそこまでバカじゃないわよ」
「というと?」
「うちは数で補う。あと、採集をメインにね」
なるほど、実に上手い手を考えたものだ。
大型の魔物を狩ると単価は高いが、手間がかかる。
ならば、狩猟は自衛的手段に限定して、フルーツ類や高価な薬草などの採集に絞って数を稼ぐべきであろうと。
冷静なイーナらしい作戦でもあった。
「上手く、単価が高いものがある場所を見つけるのが勝負の鍵ね」
「随分な啖呵を切ったかと思えば、随分とセコい手ですわね」
「あなたこそ、冒険者は派手に魔法をぶっ放して魔物を倒せばいいとだけ思っているのだから、単細胞よね」
「なんですって!」
カタリーナがイーナを挑発するが、逆にイーナに反論されて逆上してしまう。
確かに、イーナの言い分は正しい。
冒険者が派手に強力な魔物を討伐すれば、素人目には格好よく見えるのであろうが、なにもそれだけが冒険者の仕事ではないからだ。
冒険者の仕事とは、とにかく売れるものを獲得することにある。
それは竜や強力な魔物を倒せればお金にはなるが、そんなことができる冒険者は少ないわけで、実は大半の冒険者は、採集物から得られる収入の方が多かったりする。
冒険者ギルド側としても、無謀な討伐で大怪我をしたり死なれてばかりでは困るわけで、なるべく長期に渡ってコンスタントに稼ぐ冒険者は大歓迎であった。
超一流の冒険者とは、少数しかいないから超一流なのだ。
いかに、普通の冒険者たちに効率よく稼いでもらうかが重要なわけだ。
実際、一度も魔物の領域に入らず、人里離れた森などで高価な採集物を効率よく集め続け、生涯収入が一千万セントを超えた冒険者なども過去には存在している。
そういう人は超一流冒険者の影に隠れてしまうが、隠れた成功者であるのは間違いなかった。
「嬢ちゃん方、喧嘩は禁止だからな。勝負でそういうのは晴らすように」
「わかりました」
「わかりましたわ」
さすがのカタリーナも、高名な冒険者であったブランタークさんの注意は素直に聞き入れていた。
文句のつけようがない実績を持っている彼に、偉そうに反論などできないであろうからだ。
「それじゃあ、スタートだな」
ブランタークさんのなんとも気が抜けそうな合図で勝負は始まるのだが、俺は特に変わったことをするわけではない。
魔の森に入り、俺に襲いかかってくる魔物を綺麗に殺すだけである。
後背から延髄や急所に、木の枝で作った矢を魔法で突き刺す手法にも変わりはなかった。
他の魔法だと、どうしても効率が悪いからな。
昨日の夕方くらいから、矢にする前に魔法で木の枝を全体的に圧縮する方法を思いついたので、矢の硬度と貫通力が増して、魔物たちからすれば不幸……楽に死ねるようにはなったはず。
「しかし、こいつらは学ばないというか……」
もう少し頭がいいと思っていたのだが、魔物は相変わらず俺が展開した『魔法障壁』を破ろうと、ガリガリと爪を立てていた。
そして気づかないうちに、後ろから急所を刺されて死んでく。
他の魔物も、先に攻撃した魔物の最後を見ているのだから諦めるか学べばいいのに、まったく同じ攻撃を繰り返し、やはり同じ方法で倒されていく。
頭が悪いというよりも、闘争本能が強すぎて、そうしないと気が済まないのかもしれない。
「ふう、やはりオニギリは梅干だな」
昨日と同じく、魔物が『魔法障壁』をガリガリとやっている最中で昼食を食べているが、もう慣れたものだ。
討伐効率が上がって昨日よりも多く倒せているから、カタリーナには負けないであろう。
ただ、彼女もこのまま手を拱いているはずもなく、油断は禁物であったが。
「というか、俺は勝負なんてどうでもよかったんだ」
それよりも、この休暇をどうやって過ごすかが重要なのだから。
あとは、なぜか参戦した導師……お祭りじゃないんだから、いきなり参戦するなよって思ってしまう。
ただ、あの人も勝負に参加しているんだよなぁ。
勝てるかどうか……導師に勝てれば名誉なのか?
ただ彼は王宮筆頭魔導師なので、油断してなにかあると一緒に勝負した俺の責任になるのは嫌だ。
「まああの人が死ぬわけないし、勝負には全然関係ないから放置でいいか」
今頃、この前の飛竜のように魔物を傷つけないようにその首をへし折りながら、虐殺タイムを繰り広げているはずだ。
一体どっちが魔物なのやら……。
先ほど、連続して魔物らしき断末魔の声を聞いたが、精神衛生上あまり気にしないようにしよう。
あとは、エルたちがどれだけ採集優先で効率よく稼ぎ、カタリーナの成果に迫るかであった。
「ごちそうさま。明日は味噌肉オニギリを作るかな。さて、狩りを続けるか」
その日の午後も効率よく狩りを進めて夕方となり一日目が終わったが、それがあと四日間も続く。
成果を入れた魔法の袋はズルがないように冒険者ギルドの職員に預け、前世のクイズ番組のように成績の途中経過発表とかはしないようだ。
「いやあ、これだけの成果。毎日、勝負してくれませんかね」
今回の勝負では、随分と冒険者ギルドが協力的だった。
彼らからすれば、三名もの魔法使いが全力で成果を競うというのは、実入りが増えて好ましいことなのであろう。
そう頻繁にできないけど。
「魔の森の魔物の素材や採集物は、まったく需要を満たしていませんからね。一つででも多く手に入るのであれば、協力を惜しみませんよ」
魔の森に侵入可能になったのはよかったのだが、難易度が高くて未熟な冒険者では屍を曝すだけ。
魔の森を目指す冒険者は増える一方だが、簡単に一攫千金になると思っているような冒険者だと、犠牲ばかりが多くてなかなか成果が増えないのが現状であった。
他の地域から乗り込んで来る超一流のベテランもいないことないが……カタリーナもそうだ……そういう超一流な冒険者の大半は、元々活動拠点にしている地域で稼げているので、わざわざここに移る人が少なかった。
現地で活動し続けていると、色々と優遇処置もあるからな。
お得意様優先なのは、冒険者の世界でも変わりはなかった。
「あと、ここってなにもないですからね……」
「娯楽があるかないか、以前の問題だからなぁ」
魔道飛行船は定期的にやって来るが、元々魔の森に潜る冒険者目当てで作った町なので、インフラや建物がまったく整備されていなかった。
冒険者ギルド支部ですら掘っ立て小屋なので、いきなり豪華な大邸宅があるわけないのだけど。
娯楽施設も、まだないに等しい。
掘っ立て小屋の宿屋で酒が出るか、冒険者目当ての行商や飲食屋台くらいであった。
口の悪い冒険者たちは、『町? まだ村にもなってねえよ!』と言っているほどであった。
「資金や資材がないわけではない。時間が、時間が足りないんだ……」
「他にも、開発が必要な場所も多そうですしね。我々は気長に待ちますよ」
元々なにもない未開地だったので、どうしても最初はバウルブルク周辺を優先してしまう。
もう少し我慢して欲しいと、俺はギルド職員に話をした。
「今のところはなんとか生活できているから問題ないですよ。そのうち、大工や商売人もやって来るでしょうから」
一日目が終わり、俺たちは『瞬間移動』でまだバウマイスター騎士爵領内にある屋敷に戻った。
できたばかりの冒険者の町での宿泊は、女性が多いので多少治安に問題があるのと、宿屋が掘っ立て小屋なので単純に嫌だったのと、そんな宿屋でもいっぱいで泊まれなかったからだ。
魔の森と屋敷とを往復する『瞬間移動』の魔力分、勝負で不利な気がしなくもないが、だからと言って必要もない野宿をする意義を感じられず、俺たちとブランタークさんは屋敷で夕食をとり、寛いでいた。
「ヴェル、導師は?」
「あの人は、野宿したいんだってさ」
「そういえば、そういう人だったよね……」
導師はそういう人だからな。
今頃、夜の魔の森外縁部での野宿を楽しんでいると思う。
「導師が一人で野宿しても危険はないというか、逆に襲いかかった連中が危険だと思うけど、カタリーナとかいう女も野宿なのかね?」
「宿屋を予約したんじゃないのか?」
魔の森付近の冒険者の村はできたばかりで宿が足りず、さらにあちこちから身元もよくわからない冒険者たちが集まっている。
冒険者ではない不埒なことを企む連中がいないとも言えず、警備隊に巡回はさせているけど、女性一人で野宿は危険だ。
カタリーナも宿を取っているはず。
「どのみち、俺たちは彼女に売られた喧嘩を買って勝負している最中だ。まさか屋敷に招待するわけにもいくまい」
「ヴェルの言うとおりなんだけどな」
「先輩なんだから、その辺の対応も完璧なんだと思うことにしよう」
「あれほど大見栄きっておいて、無策のわけないしね」
イーナの言うとおりだと思うので、俺たちは食後のデザートを食べてから、早めに休んで二日目の勝負に備えるとしよう。
「……初日の成果はまずまずですわ」
昨日、バウマイスター伯爵に思わぬ敗北を喫してしまったので、今日は魔法の効率に注意して、より多くの獲物を狩ることに成功しましたわ。
本当はもう少し成果が欲しいところでしたが、いくらバウマイスター伯爵でも四日間の途中で息切れするはず。
さらに、現場近くで野宿する私とは違って、お得意の『瞬間移動』で遠方のお屋敷に帰られてしまったとか。
明日、バウマイスター伯爵が『瞬間移動』でここまで飛んでくるのに必要な魔力量を計算すると、私に十分な勝機があるはず!
「必ずや、バウマイスター伯爵に勝利してみせましょう! おっと、煮込んでいたシチューからいい香りが。お肉も柔らかく煮えたようですわ」
「美味そうなシチューである! 某の焼いた肉と交換しないかなのである!」
「ええと……シチューでしたら遠慮なくどうぞ……(この方、王宮筆頭魔導師なのに、どうしてろくに血抜きもしない魔物の肉を塩で焼いただけのものを? 確か子爵のはずですのに……)」
「おおっ! すまぬのである! では、バウマイスター伯爵が魔法で作った酒をあげるのである!」
「ありがとうございます……(お酒……料理に使えますわね)」
あと四日間。
私のような単独行動の女性冒険者は、このような成立間もない冒険者村では注意しなければいけません。
女性冒険者たちの間で見た目に反して紳士だと評価されているアームストロング導師様の近くでの野宿して、明日に備えることとしましょう。
必ずや、バウマイスター伯爵に勝利してみせますわ!
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