第143話 『暴風』という名の女(後編)

「とはいえ、久しぶりの狩りだ。これはもう休暇みたいなものだな」




 数分後。

 俺は、自分が楽しめれば休暇なんだと思いなおしつつ、『飛翔』で魔物の反応が多数確認できたポイントの上空へと移動、着陸して狩りに備えた。

 上空を見ると、導師が宙に浮いたままで俺を監視しているのが確認できる。

 ただ手持無沙汰のようで、自分の魔法の袋からお弁当を取り出し、それをドカ食いしながら大量のマテ茶を飲み干している。

 見ていても胸焼けがするだけなので、早速に魔物を狩り始める。

 まず最初に、一頭の全高が二メートルを超える巨大な鹿に似た魔物を発見し、素早く集束させた『ウィンドカッター』でその首を切り落とした。


「ええと、この魔物は……」


 ブランタークさんから借りた図解魔物・産物大全によると、ワイルドインパラという名前の魔物らしい。

 前世で、アフリカの野生動物を紹介するテレビ番組で見ていた時、これに似た動物がチーターなどに狩られていたのを思い出す。

 図解魔物・産物大全によると、このワイルドインパラは他の大型肉食魔物の餌でしかないそうだ。

 こんなに大きな鹿なのに、魔の森だと食物連鎖の下の方というのが凄いと思う。


「この魔の森は、生息するすべての生物の大きさが間違っているよな」


 などと思いつつも、俺は首を切り落としたワイルドインパラを魔法で宙に浮かせ。

 切り落とした首を下にして、そのまま血抜きを始める。

 魔法の袋に入れれば鮮度が落ちないので今する必要はないのだが、実は今回に限っては、この場にワイルドインパラの血を撒くことが重要であった。

 なぜなら、この血の臭いに釣られて大型肉食魔物たちが誘い寄せられるからだ。


「サーベルタイガーが金になるからな」


 前に、ブランタークさんが引率して行った調査で狩られたサーベルタイガーという魔物は、持ち込んだギルドでは値段がつけられず、後日オークションが行われたそうだ。

 落札者は西部の金満伯爵で、その人は屋敷のリビングにサーベルタイガーの毛皮を置いて、来客たちに自慢気に見せていると聞いた。

 それと肉食獣なのに、なぜか肉や内臓も美味らしい。

 俺は肉は臭いと踏んでいたのだが、これは意外だった。

 サーベルタイガーの肉料理をパーティーで出し、競り落とした金満伯爵は十分に元は取れたと、嬉しそうに語っていたそうだ。

 昔の図鑑にしか記載されていない魔物で、しかも狩れたのは元は超一流の冒険者であったブランタークさんと、魔闘流を使うルイーゼとの共闘による一匹のみ。

 二人がその気になればもっと狩れるはずだが、その時は調査が主目的で、自分たちに襲いかかってきた個体しか相手にしなかった。

 さらにここ三ヵ月ほどは、主にカカオの実を集める仕事をメインにした結果、冒険者ギルドには『サーベルタイガー高額買い取ります』の張り紙が出されるようになり、一攫千金を夢見た結果、犠牲者も多く出るようになってしまった。

 あの大きさで普通の人間よりも遙かに素早いそうだから、当然とも言えるか。

 滅多に狩れる人がいないので、サーベルタイガーの相場は高止まりしたままだ。

 つまり、サーベルタイガーを狩り続ければあの女に勝てるはず。

 

「(あの女は、どうやって狩りをしているのかな?)」


 優秀な魔法使いが、必ずしも優秀な冒険者になれるという保証はなかった。

 可能性はかなり高かったが、たとえば火魔法が得意な魔法使いが、得意の火魔法で魔物を焼き殺したとする。

 普通の動物よりも遙かに生命力が強い魔物を殺せるほどの火炎なので、当然魔物は黒焦げとなる。

 結果、あまり使える部位がなく、大した金額にならなかったりするからだ。

 なるべく魔物に傷をつけないで殺す。

 これが基本であり、そのためには自分よりも弱い動物や魔物を相手にする必要があるということだ。

 そこが理解できず、強い魔物を倒す時に魔法でボロボロにしてしまい、なぜか稼げない魔法使いというのがたまにいるのだ。

 しかも、誰かが忠告しても聞く耳持たなかったりする。

 優秀な魔法使いには自信がある人が多いので、魔法使いでない人の忠告を受け入れないケースも少なくなかった。

 冒険者としての忠告なのに、そこがわからない人がいるのだ。


「あの女も、実はそんなタイプだったりして」


 などと考えているうちに、視界に数匹の魔物の姿が見えた。


「サーベルタイガーか……」


 合計で四匹が見える。

 図鑑によると、サーベルタイガーは基本単独行動を取るらしいから、先ほど撒いたワイルドインパラの血に釣られたのであろう。

 サーベルタイガーたちは、ワイルドインパラの血溜まりまで接近し、その血を少し舐めてから、今度は一斉に俺に襲い掛かってくる。

 あまり毛がない人間は、量は少なくとも彼らにとっては食べやすいご馳走なのだと図鑑には書かれており、それは事実のようであった。

 サーベルタイガーたちからすれば、俺はご馳走に見えるのであろう。


「おっかねえなぁ」


 四匹のサーベルタイガーたちは、順番に獲物である俺に襲いかかるが、その攻撃はすべて『魔法障壁』によって防がれた。

 サーベルタイガーが『魔法障壁』をガリガリと引っかく光景を見上げながら、今度はこちらが攻撃をする番である。

 不思議と恐怖感はなかった。

 それもそのはずで、王都での導師との修行の方がよほど恐怖を感じたからだ。

 あの人に一度でも実戦形式の戦闘訓練で襲いかかられれば、誰にでも理解してもらえるはず……その前に大抵の人は死んでしまうか……。


「とにかく今は、こいつらを狩らないとな」


 この場合、なるべく獲物を傷つけないことが大切であった。

 そのため、ここは対象を切り裂いてしまう『ウィンドカッター』ではなく、子供の頃によく狩りで使った、矢を飛ばす魔法の改良版を使うことにする。

 矢は、その辺にある木の枝を魔法で圧縮してから先端を尖らせ、それですべての生物の急所である延髄の部分を後ろから狙う。

 獲物である俺に夢中なくせに、最初は後ろから飛ばした矢を避けられてしまったり、刺さっても急所から外れたりと大分失敗を重ねたが。

 負傷してもサーベルタイガーたちは攻撃をやめなかったこともあり、二十分ほどかかって四匹のサーベルタイガーたちは、急所である延髄部分を後方から飛ばした矢で破壊され、そのまま生命活動を停止させた。


「思ったよりも、正確なところに刺すのが難しいな。これはしばらく練習が必要だな」


 俺は、倒れ伏した四匹のサーベルタイガーたちの死体を魔法の袋に入れてから、次のポイントへと移動する。

 

「全部が全部、サーベルタイガーというわけにもいかないか……」


 それから十回ほど、同じ戦法で魔物を狩っていく。

 サーベルタイガーの他に、同じくらいの大きさのヒョウに似たナンポウヒョウや、ライノーという巨大なサイに、ヘルコンドルという巨鳥。

 せっかく血を撒いて肉食の魔物だけを呼び寄せるつもりだったのに、雑食や草食の魔物たちも集まって来ては、俺を攻撃した。

 多分、縄張り荒らしである俺に、制裁を課そうと集まっているのであろう。

 集まって来た魔物たちの攻撃を『魔法障壁』で防ぎつつ、木の枝を魔法で矢にして飛ばし、魔物の後背から急所である延髄に深く突き刺す。

 傍から見れば面白味の欠片もない戦法なのであろうが、この方法なら魔物の体をあまり傷つけずに殺せるので、あとで素材が高く売れる。

 それに、世間の仕事の大半とは、大体似たような作業の繰り返し、ルーチンワークなので、俺としてはサラリーマン時代に戻ったようで落ち着くのだ。


「一旦休憩かな、飯でも食うか」


 ある程度成果があがったので、俺は『魔法障壁』を展開しながら、地面に魔法の袋から取り出したゴザを敷き、その上で弁当を広げて食べ始めた。

 メニューはシンプルに、この前製造に成功した梅干が入った大き目のオニギリが三つと、水筒に入れた麦茶だけであった。

 仕事中なので、昼飯はシンプルにした方が効率いいからな。

 ご馳走は、夕食でエリーゼたちと楽しもう。


「導師は……姿が見えないな……」


 オニギリを食べながら上空を見ると、少なくとも視界には導師の姿がなかった。

 多分、あの女の監視にでも行っているのであろう。


「まあ、勝負なんてどうでもいいんだけど」


 俺は冒険者として狩りをしに来たのであって、決してあの女との勝負が目的ではないのだから。

 それに、別に負けてもなんの問題もない。

 あの女が俺に勝ってナンバー1を名乗ったところで、『ふーーーん、そうですか』という感覚しかない。

 そもそも、俺に勝ったからナンバー1冒険者って考えも暴論だろう。

 この世界は広いので、他の地域に俺たちよりも優れた冒険者がいるかもしれないのだから。


「オニギリは美味いなぁ。さてと、また狩りを始めるか」


 昼食と昼休みを終えた俺は、再び狩りを再開する。

 少しポイントを移動して、そこで魔物を一匹倒してからその血を盛大にばら撒き、寄って来た魔物たちを次々と倒していく。

 肉食系の魔物ばかりでなく、雑食、草食系の魔物たちまで引き寄せられるのは不思議だが、すべての例外なく、俺を食うか襲おうと『魔法障壁』をガリガリやっている間に、後方から延髄を木の枝で作った矢で貫かれて死んでいく。

 夕方までそれは続き、俺は魔法を使って一人で狩りをする方法の確立に成功した。

 これができれば、万が一アーカート神聖帝国に亡命したとしても、十分に冒険者としてやっていけるというものだ。

 上空にはいつの間にか導師が戻っており、彼は貪るように自分で採取した巨大マンゴーを頬張っていた。

 俺の監視は続けているようだが、自分もそれなりに楽しんでいるようだ。


「もう夕方か……」


 まだ魔力には余裕があったが、さすがにもうすぐ夕暮れなので戻ることにする。

 これだけ狩ればいいだろう。

 

「なかなかに、器用な魔法を使ったようである!」


「派手に切り裂いたり、焼き払うと素材が金になりませんしね」


 冒険者の収入源は、討伐した魔物の素材を売った代金が大半である。

 一部アンデッド以外、常に魔物の領域に篭っている関係で、討伐報酬のようなものは発生しないからだ。


「そうは思っても、魔物は強いのが常識である! そこまで考えて魔物を倒せる魔法使い、冒険者は少ないのである!」


 なるべく素材が高く売れるよう、体を損傷させないで殺す。

 これが基本であり、どうせ無理して強い魔物を倒しても、素材の状態が悪ければ骨折り損になる可能性もある。

 それよりも、格下の魔物をなるべく傷つけないよう、丁寧に倒した方が金になるのがこの世界の常識であった。


「ところで、あの女はどうでした?」


「『暴風』のカタリーナであるか? 派手に魔物を倒していたのである!」


「導師は、彼女のことを知っているのですね」


「西部では、大変に有名な冒険者兼魔法使いである!」


 十五歳で冒険者デビューをし、わずか一年で西部地域のトップ冒険者になったのだそうだ。

 確かに凄い経歴で、多少自信過剰になっても仕方がないのかも。


「知らなかったなぁ」


「まあ、バウマイスター伯爵は仕方がないのである」


 俺は一応貴族でもあるので、高名な冒険者を覚える前に、一人でも多くの貴族を覚えようと努力する生活を今まで送ってきたからだ。

 残念ながら成果は薄く、そちらはエリーゼに一任してるけど。

 冒険者予備校の講義でも、現在高名な冒険者の名前など教えてくれなかった。

 有名な冒険者の名前を覚えるよりも、自分が有名になるように努力するようにというのが教育方針であったからだ。

 そんなもの覚えても、魔物は倒せないから当然か。


「とはいえ、人は勝手にランキングをつけて噂をするのである!」


 導師の言うとおりで、それが人間という生き物だから仕方がない面もあった。


「なににせよ、自分は自分なのがこの業界である! さて、戻るのである!」


「そうですね、疲れましたよ」


 二人で冒険者ギルド支部がある掘っ立て小屋の前まで飛んで行くと、そこにはすでにエルたちとあの女が待っていた。


「ヴェル、言われたとおりカカオは集めておいたから」


「悪いな」


「こいつは稼げるからいいけど。相場が全然下がらないからな」


 現在王都やその周辺では、アルテリオさんがチョコレートやココアをほぼ独占販売していた。

 当然、他の商会にも追随する動きがあり、カカオの実を買い集めて試作や販売を始めていた。

 だが、大体の製法は想像できても、実際に作ると品質に問題があり、まだほとんどシェアを奪えていないそうだ。

 とはいえ、そのうち品質の問題は解決するはずなので、俺はアルテリオさんに『ブランド化』することを勧めていた。




『ブランド化?』


『最初にチョコレートやココアを製造して販売し、品質も一番優れているのですから。そこを強調するのですよ』


 じきに参入業者が増えて薄利多売競争になるので、高品質、高級路線で他との差別化を図るようにとアルテリオさんに勧めていたのだ。


『具体的にはどうするんだ?』


『王室御用達のようなものですよ。アルテリオ商会のチョコは、高いけど他の商会の品とは品質がまるで違いますよと。差別化のため、品質を管理して出荷した商品にアルテリオ印とか付けたり』


『なるほど』


『あと、取り扱っているお店に看板を出すことを許すんですよ。当店では、アルテリオ商会のチョコレートを扱っていますよって』


『しかし、よくそんなアイデアを思いつくよな』


 別に、俺が一番最初に思いついた意見でもない。 

 王国でも、王家御用達とか、〇〇公爵家御用達とか。

 王族や貴族が使っていますよと宣伝して、商品の高級感を宣伝しているお店や工房は多かったからだ。


『じゃあうちは、バウマイスター伯爵家御用達と印でいくから』


『なぜうちの名前なんです?』


『アルテリオ印とかにすると、周囲からの嫉妬で面倒だからな。それに、チョコやココアを無料で提供しているのは、伯爵様のところだけなんだぜ』


 元々調味料で大儲けしているのに、新たに立ち上がったバウマイスター伯爵領の御用商人にも内定しているので、自分の名前を冠したブランドなど出したら周囲からの嫉妬が余計に激しくなる。

 人間の嫉妬とは恐ろしいものだな。


『ただ、嫉妬だけしていればいいんだけどな』


 商売の邪魔をされると面倒なので、カカオが魔の森でしか採れない特産品であるのを理由に、チョコレートやココアのブランド名は『バウマイスター印』に決定したというわけだ。


 


「アルテリオさんも、大忙しだな」


 エルの指摘どおり、これまでの商いに、調味料や食材の販売、レストランやフランチャイズ形式の飲食店の展開に、チョコレートやココアの製造と販売と。

 さらにこれに、うちの御用商人としての仕事も増えるのだから。

 たださすがにオーバーワークなので、一部の業務を中小の商会に委託して上納金を受け取るシステムに変更し始めたそうだ。

 大物貴族の御用商人になると忙しさが跳ね上がるから、上手くアウトソーシングしたってことだろうな。

 さすがに、大物貴族の御用商人なので独占ではないが、俺と何年もつき合いがあり、商会の規模もかなり拡大している。

 結局大半の取引を任せることから、しばらく忙しくなるのは当然であった。


「そんなわけで、カカオはよく売れるわけだ」


「チョコの材料が足りないわけだな」


 なら無理をして、魔物を積極的に狩る必要などないのだと俺は思っていた。

 実は、前にカカオの木を持ち帰り、栽培方法の研究をバウマイスター伯爵家でスカウトした農家に依頼している。

 だが、結果が出るまでに年数はかかるし、そもそもカカオの木は熱帯の日陰でジメジメした場所でないと育たない。

 生産地では、バナナなどの木の陰に植えて育てるのが基本であった。

 そのため、自然とバナナやマンゴーなどの栽培研究も始まっており、バウマイスター伯爵領の南方に実験農場を作り、まずは移植した木を育てるところから始めていた。

 元は魔の森で巨大化した木であることもあり、ハッキリ言っていつ成果が出るかもわからないわけで、その間は魔の森で採集する必要があるであろう。


「あらあら、あまりに覇気のない発言ですわね」


 エルとそんな話をしていると、そこに同じく狩りを終えて待っていたカタリーナが割り込んできた。

 そんなに男同士の会話が気になるのかな?

 

「別に、覇気なんてあってもなくても、結果はあまり変わらないだろう」


 前世でも無意味に熱血な上司は苦手だったし、今世でも行動力ばかりあって、こちらの迷惑にしかならない貴族など沢山見ているのだ。

 やる気だけあればいいという話ではないのだと、俺は思っている。

 というか、いきなり人に勝負だとか言っているこの女こそ、気合が空回りしていると思うのだ。


「とにかく、早く成果を比べて解散な」


「なっ! 勝敗は?」


「別に、どっちが勝ちでもいいじゃない」


 ナンバー1でないと魔の森に入れなくなるわけでもないし、それぞれに自分のペースで冒険者を続けていけばいいだけの話なのだから。

 どちらが優れているか勝負すること自体、俺から言わせれば時間の無駄でしかなかった。


「はいはい、鑑定鑑定」


 この魔の森近くの冒険者ギルド支部は、建物こそ掘っ立て小屋であったが、王都での魔の森産物品や魔物の素材の需要が増えていたので、人手と所持する魔法の袋を増やしていた。

 買い取った素材は魔法の袋に入れて鮮度が落ちるのを防ぎ、定期的に魔導飛行船に載せて必要な場所へと届ける。

 今はほぼ100パーセント、王都の冒険者ギルド本部からオークションで競り落とした商人たちへと渡っているようであったが。


「では、私からですわね」


 まずは、カタリーナという女が魔法の袋から自分の成果を取り出していくが、その数はかなり多い。

 さすがは、『暴風』という二つ名を持つだけあって風系統の魔法が得意らしく、鋭利で高威力の『ウィンドカッター』を用い、獲物の頚動脈を一撃で切り裂いて出血死させていた。


「さすがは、西部でナンバー1の冒険者」


 獲物を検分しているギルド職員たちも、カタリーナの実力に感心しているようだ。


「ほぼ無傷なので、いい素材が取れますから」


 頚動脈を一撃なので、他に損傷している箇所がない。

 そのため、最近王都の大貴族たちの間で流行しつつある、魔の森産の魔物の飾りに最適であった。

 貴族とは、基本的に見栄っ張りが多い。

 高価で珍しいものをコレクションし、他の貴族たちに自慢して己の力を誇るのが好きだった。

 前から飛竜の首を剥製にしたものが最高峰と言われており、値段は高いが多くの貴族たちが競うように手に入れていた。

 値段が張るのは、飛竜の首の皮や、眼球、牙などにも使い道があり、なかなか需要を満たせないので相場が高いからだ。

 役に立つので不足している素材を飾りにしてしまうなど、財力のある大貴族でないとできないというわけだ。

 ところが、王国建国から二千年も経ち、さすがに大半の大貴族が飛竜の首の剥製を持つようになった。

 なので希少性の面では、すでにそれほどでもなくなっていた。

 相手が持っているものを自慢しても、あまり意味がないからだ。

 そこで、一部の大貴族がワイルドウルフの毛皮の敷物などに活路を見出そうとするが、竜に比べればインパクトが落ちる。

 困っていたところで、初期の探索で狩られたサーベルタイガーが一頭だけオークションにかけられた。

 その特徴的な長い牙に、ワイルドウルフの倍以上はある大きさ。

 そして、今のところは魔の森にしか生存が確認されておらず、並の冒険者では狩りに行っても逆に食われるだけ。

 最初に手に入れて毛皮を敷物にした西部の金満貴族は、その名を社交界に轟かせることになる。


「そんなわけでして、サーベルタイガーのなるべく傷が少ない個体を必要としているわけです」


 敷物にするので、あまり傷があると敷物にできないからだ。

 それでも他の用途には十分使えるので、多少買い取り金額が落ちても、他の魔物よりは稼げるそうだが。


「傷口が首だけなのはありがたい。ただ……」


「ただなんですの?」


「魔の森の産物や魔物は、すべてオークションで評価額が決まるんです」


 ここでしか獲れず、しかも超一流の冒険者でないとただの無駄死になってしまう。

 その結果、魔の森の産物は需要を満たせず、オークションで金がある人しか購入できない仕組みになっていた。


「勝敗の行方が楽しみですわね」


 カタリーナは、相当に自信があるようであった。

 そして、次は俺の出番となる。


「これは……。さらに傷が少ないですね」


 しかも、魔物はほとんど出血していない。

 後頭部から延髄を、木の枝で作った矢で貫かれて殺害されているからだ。


「ということは、血も採れますね」


「はい」


 死んだ直後に魔法の袋に入れたので、まだ死後硬直や血液の凝固も始まっていない。

 魔物の血は、薬の材料や魔道具造りの材料や触媒になるものが多く、これもあればあるだけ買い取ってもらえた。

 ただすぐに固まってしまうので、新鮮な魔物の血液は手に入りにくかったけど。


「それに数も多いですね」


「数は、あまり意識してなかったなぁ」


 今日は、なるべく魔物を傷つけないで倒す魔法の練習だと割り切っていたからだ。

 勝負に関しては、やれば向こうは満足するかな、くらいにしか思っていなかった。


「数は倍近いですし、コレなんてもの凄い値段になりますよ」


「ああ、白子のサーベルタイガーがいたんだよな」


 狩った魔物の中に、一匹だけアルビノ種のサーベルタイガーが混じっていたのだ。 

 いくら巨大な魔物とはいえ、自然界で白子が生き残るは珍しい。

 他の個体よりも一回り大きいので、それが原因だったのかもしれない。


「白子の毛皮は、欲しい貴族が多いでしょう。競争になりますね」


 同じサーベルタイガーの毛皮を自慢するにしても、さらに稀少な白子の毛皮ならば余計に自慢できるからだ。

 それに、白子というよりは銀色に近いので見栄えも大変よかった。


「もう数頭、狩れませんかね?」


「白子をか? かなり運の要素が混じるしなぁ。いれば?」


 多分、その割合は数千から数万に一頭だ。

 魔の森は餌が豊富で、サーベルタイガーのような大型肉食獣でも恐ろしい密度で生息、成長しているが、毎日狩りをしても何年もやらなければ出てこないはずだ。

 運の要素が……俺の悪運はいい方に作用しにくいからなぁ。


「確かにそうですね……」


 もう勝負に関しては、詳しい評価額を計算するまでもなかった。

 魔物の種類も数も、俺が倍近く狩っていたからだ。

 もう勝負あったので、ギルドの職員と狩れた白子について話をしていると、無視されたカタリーナが、怒り交じりでまた話に割って入ってきた。


「もう勝った気でおりますの!」


「見ればわかると思うんだけど……」


 今日の成果を見れば一目瞭然だし、別に俺に勝てなくても一人でこれだけ魔の森の魔物を狩れるのだ。

 十分に超一流の冒険者なので、無理に張り合わなくてもいいような気がしてしまうのは、俺が傲慢だからか?


「冒険者とはある程度の期間、コンスタントに成果をあげることが必要ですわ! 勝負は、一週間の成果で!」


「ええっーーー!」


 突然のルール変更であった。

 そういえば、子供の頃にこんな奴がいたのを思い出す。

 ジャンケンをして勝つと、『やっぱり三回勝負で!』と突然言い始めるのだ。

 さらに勝つと、今度は五回勝負になったりしたのを思い出す。

 きっとこのカタリーナも、かなりの負けず嫌いなのであろう。


「別にいいけど」


「俺はよくない!」


 俺はローデリヒに、狩猟の期間は一週間ほどだと言ってあるから問題ない。

 ただ俺の護衛を担当するエルからすると、俺が一人で狩りをすることは容認しがたいようであった。


「あんた、パーティメンバーとかいないのか?」


 同人数のパーティ同士による団体戦にすれば。

 エルは自分も参加できると思って質問したようだが、カタリーナの返答は呆気なくも残酷なものであった。


「私ほどの超一流の冒険者ともなりますと、なかなか同レベルの仲間など見つかりませんの」


「えっ? 今までにパーティを組んだ経験は?」


「ありませんわ! 私は、私一人でこれまでの成果をあげてきたのです!」


 ようするにカタリーナは、昔の俺と同じでボッチであった。

 元々優秀な魔法使いは、単独でも稼げるので孤立しやすい傾向にある。

 孤高の天才ってやつ?

 冒険者になり立ての頃、寄生目的で擦り寄って来るような輩が多いと、その傾向はさらに顕著になる。

 ましてや、カタリーナは女性だ。

 中には、ヒモ目的の男性冒険者も多かったはず。

 多分、カタリーナレベルの才能があると、過去に色々と人間不信を増強するような出来事があったのかもしれない。


「どこぞの男爵家の四男とやらが、俺と組めば家が復興できるとか言い寄って来ましたけど……」


 女性冒険者は、間違いなく属性竜を複数匹倒しても爵位は得られない。

 そこで、家を継げないような貴族の息子が、彼女の功績と資産を狙って擦り寄って来たのであろう。

 自分が名目上の当主をやるから、その成果を自分に寄越せと。

 こういう輩を信じると、まずその結果は悲惨なものとなるので、彼女の判断は間違ってはいない。

 ただ、逆に一人でも貴族家の復興など不可能なわけで。

 彼女は、とにかく目立って稼げば道は開けると思っているようだが……。


「それが世の中だと言えばそれまでですけど。バウマイスター伯爵にも、似たような方々がいらっしゃいましたわね」


 とここで、急に流れがおかしな方向になる。

 カタリーナは、エルたちに挑発的な視線を向けたのだ。


「優秀な魔法使いに負んぶに抱っこの、パーティメンバーさんたち」


「言ってくれるわね!」


 一番最初に反応したのは、意外にも一番沈着冷静なイーナであった。


「自分が一人ぼっちだからって、人のパーティにケチをつけないでほしいわね!」


「私は、駄目な方々に寄生されるくらいなら一人の方がマシだと思っただけですわ。誰のことなのかは、具体的には言いませんけど……」


「ヴェルに言われたのなら甘受するけど、あなたには言われたくない! そういう偏屈な性格をしているから一人のくせに! 栄光ある孤立のフリだけでしょう!」


「(イーナ、もうやめてやれ……)」


 俺もカタリーナもそうなのだが、自分と対等の実力を持つ冒険者をパーティメンバーにしようとすると、間違いなく詰んでしまう。

 そもそもその条件に拘ると、会社だって、商会だって、貴族家だって成立しなくなってしまうだろう。

 多少の打算は、人としては当たり前の生存本能であって、最終的に両者の折り合いがついて上手く行けばいいわけで。

 俺は中身がおっさんなのでそういう風に割り切っているが、カタリーナは多感な時期にそういう連中と接しすぎて、人を信じられなくなっているのかもしれなかった。


「私は魔法も使えないし、あなたほど冒険者として稼げないかもしれない! でも、一応プライドってものがあるのよ! 勝負しなさい!」


「ええっーーー!」


 まさか、イーナが勝負云々言い出だすとは思わなかった。

 と同時に、カタリーナとイーナでは勝負にもならないことも理解している。

 彼女は槍の名手だが、そんなものでは容易に追いつけないほど、魔法とは圧倒的な力であったからだ。


「じゃあ、俺も加わる。非魔法使いの意地だぜ!」


「ボクも同じく寄生虫扱いされたからね、参加するよ」


「私も、回復役は必要でしょうから」


「エリーゼ様を守る」


 やはりイーナ単独では無理なので、エル、ルイーゼ、エリーゼ、ヴィルマの五人で勝負を挑むと宣言した。


「エル、俺の護衛は?」


「導師にお願いする」


「いや、某も参加するのである!」


「なぜ、そうなりますか……」


 俺と、カタリーナと、エルたちの三組で獲物狩り競争を行う。

 だから導師には安全対策を兼ねた審判をお願いしたいのに、どういうわけか彼も突然参戦を表明してしまったのだから。


「一体、なにを考えておりますの……」

 

 俺たちばかりか、カタリーナですら困惑の表情を浮かべていた。

 気持ちはよくわかるし、まだ俺たちでは導師を完全に理解しきれていないのかも。


「なぜかと問われれば、とても楽しそうだからである!」


「……そうですか……」


 俺は心の中で、『あんたは子供か!』と叫んでいた。


「監視兼審判役は?」


「ブランターク殿にお願いするのである!」


 結局、導師の強引な参戦も認められ、明日から仕切り直しで獲物狩り競争がスタートすることになった。 

 これから五日間で得た獲物の評価額が一番多いチームが勝ちとなるルールなのだが、ならば今日一日の成果は一体なんだったのであろうか?

 普通に狩りをしたのだと考えても、どこか釈然としないものを感じてしまう。


「俺、そんなに暇じゃないんだけどなぁ……」


 そして、もう一人導師の気まぐれの犠牲者が発生していた。

 夜、屋敷に戻ってからブランタークさんに相談すると、彼は渋々とであるが要請を受け入れた。

 導師案件だからか?

 俺に万が一のことがあると、ブライヒレーダー辺境伯から怒られる程度では済まないので、引き受けざるを得なかったのであろう。


「自意識過剰の没落貴族のお嬢様に、ここまで引きずられるか?」


「どうせ狩り三昧の予定でしたし、一度大差をつけて勝てば大人しくなるでしょう」


「だといいがな……」


 とは言いつつも、ブランタークさんの顔には『面倒臭ぇ……』という気持ちがありありと浮かんでいたのであった。

 一週間のお休みで、一日くらいは完全休養できるといいな。

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