第142話 『暴風』という名の女(前編)

「ヴェルも悪党だな。ローデリヒさんを動揺させている間にトンズラなんてさ」


「いやいや、主君としては筆頭家臣に早く身を固めてもらわないとね。それに俺はオーバーワークだったから、休みが必要なのさ」


「素直に三ヵ月も働き続けるヴェルにも驚きだけどな」


「ああ……(社畜のくせが抜けきってない……)」




 大量の見合い写真を渡されて絶叫するローデリヒを置いて、『瞬間移動』で魔の森に向かった俺は、無事エルたちとの合流に成功した。

 三ヵ月ぶりの狩りに参加した俺に、エルはよく抜け出せたなと言ってきたので、ローデリヒを煙に巻いた方法を教えると、なぜか酷い奴扱いされてしまった。

 俺の方がよほど酷い目に遭っていたんだけど、ローデリヒがお見合いをしなければいけないのは事実であるし、そもそもエルも他人ごとではないのだから。


「俺? なんで俺もなんだよ?」


「当たり前だろうが! エルは、俺の警備隊長なんだぞ」


 剣の腕はなかなかだが、まだ俺と同じ年で警備隊を率いたり、諸侯軍の指揮を執るなんて不可能であろうという理由から、エルは公式な役職を俺の警備隊長へと変えていた。

 俺がまだ冒険者稼業を続けるので、常に俺から離れずに護衛を行うのがエルの正式な仕事となった。

 それもこれまでのように名ばかり家臣ではなく、正式に俺の家臣となったのだから。

 正式に家臣になった以上は義務もついてくるわけで、俺が冒険者を引退しても俺の周辺警護の仕事に変わりはないと思われるが、そのうち軍人としての仕事も覚えなければならない。

 俺に親族はともかく友達が少ないせいで、エルへの期待は大きかった。

 将来はバウマイスター伯爵家諸侯軍の幹部になることは確定しており、当然だがいつまでも独身というわけにはいかなかったのだ。


「俺、まだ結婚とかいいや」


「無理! まず無理!」


 しかし、ブランタークさんも悪い遊びを教えたものだ。

 以前エルは、ブランタークさんから王都の歓楽街に何回か案内されたようで、今はまだ身を固めるよりも、適当に遊んだ方が面白いと思っているらしい。

 ブランタークさんはそれでいいとして……よくないけど、エルは駄目だろう。


「ヴェルも、まだ遊びたいだろう?」


「……」


 否定はしないが不可能なので、俺は無言を貫いた。

 もしそんな場所で遊んで、あとで『この子はバウマイスター伯爵様の子です』などと、元夜の女性が名乗り出でもしたら大変だからだ。

 ちょっと前にエドガー軍務卿が、そういうことになって家庭が修羅場になる貴族がいるから気をつけろよと、俺に忠告してきたのだ。

 ちなみにルックナー財務卿はなにも言ってこなかった。

 死んだ弟がローデリヒを放置していたので、『他人に偉そうに言う前に、弟に注意しとけよ!』と言われるのを恐れたのだと思う。

 それとエルは、周りをよく見てから発言した方がいいと思う。


「えっ? なに? 女遊びがどうかしたの? エル、真面目なヴェルを悪の道に引きずり込まないでね」


「エル、ヴェルに妙なことを吹き込まないでほしいな」


「エルさん、ヴェンデリン様は責任のある立場になられたのです。側室ならともかく、遊びの女性はいけません」


 槍を構えるイーナ、拳をポキポキとならすルイーゼ、普段は使わないメイスを構えるエリーゼに囲まれ、エルは顔を青くしながら冷や汗を流していた。

 なお、このところ毎日エルたちの狩りに参加していたブランタークさんであったが、今日は急用でお休みだそうだ。

 危機に対する嗅覚のよさが、彼をチョイ悪オヤジにしている最大の要因かもしれないな。

 俺もその嗅覚が欲しい。


「遊び? 木登りとか、釣り?」


「あのね、ヴィルマ。そういう遊びじゃないから」


 この前、晴れて四人目の婚約者になったヴィルマは、最初に会った頃には夜伽をするとか言っていたくせに、その手の知識は皆無であったようだ。

 よく意味もわからないまま、言葉だけエドガー軍務卿あたりに教えられたのであろう。

 遊びイコール子供のものという感覚しかないようで、イーナたちがエルに怒った理由がよくわかっていないようであった。


「大人の遊び……よくわからない」


「とにかく、今日はこの面子で魔の森に行こうぜ。じゃあエルはこれね」


 今のヴィルマにあまり詳しく説明するのもどうかと思ったので、俺は誤魔化すように話題を変えた。


「なにこれ?」


「お見合い写真だよ。最低二人は選べってさ。ローデリヒと他の家臣たちがそう言ってた」


「なぜ、貧乏騎士の五男でしかない俺が……」


「元貧乏騎士の五男でも、今は俺の家臣だからだろうなぁ」


「だよなぁ……。見た目はともかく、写真では内面がよくわからないし、こう心ときめくものがないな」


「……エルはなにを言ってるの? 私とヴェルはつき合い長いけど」


「お見合いでしょう? ボクとイーナちゃんは、ヴェルとの初めての出会いで狼の群れに救われて運命だったけど」


 イーナとルイーゼは、エルの言い分に呆れていた。

 この世界って、恋愛結婚が少ないからなぁ。

 しかもこういう時って、女性の方がドライだったりする。

 あと、二人を狼の群れから救った時、エルもいたんだ。

 思い出してあげてくれ。


「俺の運命の人……実感わかねぇ」


 エルは、俺が渡した二百枚ほどのお見合い写真を適当に眺めていた。

 あちこちから送られてきたそうだけど、写真だけで選ぶって、結構強引ではあるよな。

 エル自身に選ばせるしかないが、これでも大分厳選しているってのが凄いと思う。


『みんな、こぞってお見合い写真を持参して、拙者に自分の娘や妹の素晴らしさを力説するんです。全部聞いている私って、相当に我慢強いでしょう?』


 ローデリヒの仕事も楽じゃないよなぁ。

 俺はそんなことに時間をかけたくない。

 商社マン時代、貴重な休日に先輩の家に招待され、嫁さんや生まれたばかりの娘自慢をされたことがあったが、その時の気持ちに似ているのかもしれない。

 本人は可愛いいんだろうけど、他人からしたら苦痛でしかないという。

  

「俺もエルも立場が変わったんだ。諦めて選んでおけ。できなくても、一ヵ月以内くらいで相手を決めてほしいってさ」


「できなくてもってなんだよ?」


「無理やり決められちゃうとか?」


「それは嫌だな。それなら独身の方が……」


「無理だって」


 領地持ち伯爵の重臣になるのに、独身で子供がいないなんて許されるはずがなかったのだから。

 ブランタークさんは滅多にない例外であり、しかも彼の場合、それが許される魔法があった。

 無理やり結婚させようとしたら逐電してしまった。

 そういう魔法使いが、過去にいないわけでもないと聞いたことがある。


「ヴェルの鬼!」


「なんとでも言え! ローデリヒと一緒に、お見合いのスケジュールを組んでやる」


 大量のお見合い写真を抱えたエルも含めて、パーティで魔の森の入り口まで『瞬間移動』で飛ぶ。

 いつも行く、西側の巨大フルーツが採れる森の海岸側の入り口では、小さいながらも港町が建設中であり、同じく魔導飛行船用と水上船の港も、大型船舶に対応可能なように工事が進んでいる最中であった。


「ヴェル、あそこが冒険者ギルドの支部だよ」


「できたてなのにボロいな」


「掘っ建て小屋とも言うからね。今のところは、受付業務ができれば問題ないからね」


 ルイーゼが指差す先には、粗末な小屋ながらも冒険者ギルドの支部があり、そこには数十名の冒険者たちが出入りしていた。

 彼らの活動拠点の変更手続きを行い、その日の計画を申請し……これを出していけば、もし行方不明になってもそこで死んだことがわかるからだ。おっと、救助に期待してはいけないぞ……その成果を買い取るだけなので、今は掘っ建て小屋でも問題ないのであろう。

 買い取った品を入れる倉庫も、魔法の袋があるので必要ない。

 魔物の解体なども、現在はブライヒブルクや王都の施設で行っているそうだ。


「しかし、予想以上に人が多いな……」 

 

「危険でも、実入りが大きいからよ。目指せ、一攫千金ってね」

 

 イーナの説明どおり、珍しくて高く売れる魔物や採集物が多いので、危険度は高くても東側と西側の魔の森に挑む冒険者は多かった。

 すでに犠牲者が出ているけど、腕がよくて多くの成果を持ち帰る冒険者も多かった。

 冒険者は個人事業主であり、無駄死にするのも、成果を得て大金を得るのも。

 それは、完全な自己責任となっていたのだ。


「そういえば、初期の探索で得た品が高く売れたんだっけ?」


「ええ。ヘルマンさんも感謝していたわ」


 イーナたちは、俺が土木冒険者として奮闘している間、魔の森での狩りや採集を集中して行っていた。

 その結果、魔物の素材は王都でオークションに掛けられて大金で売れ、それはフルーツ類なども同じであったと聞く。

 当時の稼ぎから支払う税はバウマイスター騎士爵家に収められていたので、これでさらに領地の開発が進められると、ヘルマン兄さんがとても嬉しそうだったのを思い出す。

 現在、王都の富裕層向けの食材店や製菓店では、フルーツそのものや、それらを使ったデザートなどがもの凄い値段にもかかわらず、飛ぶように売れているらしい。

 金になると聞けば、それを目指してここまでやって来る冒険者は増える一方というわけだ。


「でも、使い道に困った品もあったわよね。ヴェルがなんとかしたけど」


 それはカカオの実であったが、確かに加工方法がわからなければただの実と種なので、イーナが心配したのもよくわかるというものだ。


「ココアとチョコレートって、高いけど美味しいのねぇ……」


 俺が製法をアルテリオさんに伝え、彼が口が堅いお菓子職人などを抱え込んで製造したココアやチョコレートも、材料の一つであるミルクが元々高級品だったこともあって、非常に高価であった。

 カカオの種子を果肉ごと取り出してから、バナナの葉に包んで発酵させ、低温で焙煎してから種皮と胚芽を取り除き、とか。

 一応は商社マン時代に会社が輸入もしていたので勉強させられたのだが、俺に作れるわけがない。

 実際の作業はすべてプロの菓子職人に任せており、彼らは何回かの失敗の後に、質のいいチョコレートを作ってくれた。

 おかげで、王都では高価なココアやチョコレートも、アルテリオさんからのパテント料と込みで無料で貰うことができた。


「イーナちゃんの言う通りだね。つい食べすぎてしまうから注意しないと」


「ホットチョコレート、美味しいですよね」


「チョコレート美味しい」


 どの世界でも、女性の甘い物好きは共通のものらしい。

 うちの女性陣は、携帯食料としてココアとチョコレートを持参するようになった。

 品質の関係で前はブランタークさんの、今は俺の魔法の袋に大量に仕舞ってある。


「カカオの実を採りに行こうよ」


「実際、需要が多いからな」


 昨日エルは、あの掘っ立て小屋な冒険者ギルドに入って掲示板を見てきたそうだが、アルテリオさんが、カカオの実が足りないので持って来たら高く買い取ると、独自に依頼を出していたそうだ。


「じゃあ、主にカカオの実だな」


 当然、採集作業中に魔物の襲撃があるのだが、それは冒険者の宿命というやつであろう。

 その魔物も狩れれば利益になるので、腕のいい冒険者からしたらお金がやってくるようなものであった。

 勿論魔物に負ければ、自分が屍を晒すことになるけど。


「昨日まではブランタークさんがいたし、今日はヴェルがいるからな。大変に心強いじゃないか」


 冒険者パーティに強力な魔法使いがいると、狩りの効率が断然違ってくる。

 安全性については、言うまでもなかった。


「じゃあ、エルたちがここのトップパーティなのか?」


「一応な。ブランタークさんに下駄を履かせてもらってだけど」


 あの人は、元々超一流の冒険者であった。

 そのため、狩りの効率が全然違うのだそうだ。


「まだ冒険者としては未熟な俺に、そこまで期待するなよ」


「あらあら、竜殺しの英雄さんは意外と謙虚ですのね」


「誰だ?」


 突然話に割ってこられたので、俺はその声の主の正体を探し始める。 

 うしろを振り向くと、そこには若い女性……美少女が立っていた。


「私、カタリーナ・リンダ・フォン・ヴァイゲルと申しますの」


 俺は、すぐにこの女性が魔法使いであることに気がつく。

 しかも、かなりの魔力量と腕前を持っているはずだ。

 年齢は十八歳くらいであろうか?

 またもこの世界でしか見ない、腰まで伸ばした紫色の髪を、昔の少女漫画のお嬢様キャラみたいに縦ロールにしており、頭には水色の宝石を複数付けたカチューシャを装備していた。

 

「(宝石に見えるけど、アレは魔晶石か……)」


 魔力が尽きた時のための、予備ということなのであろう。

 それと、指にも複数の魔晶石が付いた指輪を填めていた。

 服装は、特注であろうと思われる赤い皮製のドレスで、一部ヒモとスカートのヒラヒラ部分が白い布でできている。

 特注品だろうな。

 一見冒険者には不向きな格好に見えるが、服の素材は竜の皮と産毛を使用した、物理、魔法防御力に優れた一品であると俺は分析していた。

 当然目の玉が飛び出るほどお金がかかるのだが、彼女はそれを稼げる超一流の魔法使いなのであろう。

 それに加えて、同じく竜の皮でできていると思われるダークブラウンのロングブーツと、その手には長さ二メートルほどの長い棒状の杖が握られているのだが……。

 俺は、彼女の格好にもの凄く違和感を覚えていた。

 普通の冒険者ではないなと。

 

「(ヴェル、彼女は没落貴族の子孫なんだと思う)」


 エルが小声で耳打ちした内容は、間違いのない事実であろう。

 ヘルムート王国の歴史が始まってから約二千年。

 その間に多くの貴族が誕生したが、同時に滅亡、没落した貴族もそれなりの数存在している。

 爵位と領地を失った彼らはもう貴族ではないが、それでも昔は貴族の家柄だったのだというプライドと、いつか復活するのだという願いを込めて、名前からフォンを外さない人が多かったのだ。


「(そのようだな)」


 これでも、三年近く王都で生活してきたのだ。

 俺にでもその貴族が本物か偽物かくらい、見分けられるようになっていた。

 彼女のように、お嬢様風縦ロールな髪型の貴族令嬢はそれなりの数見たことがあったし、顔は少しキツ目には見えるが、彼女たちに負けない高貴な顔をした美少女でもある。 

 肌も白くて綺麗だし、装備品も彼女が着るとエレガントに見えるくらいだ。

 以上の点から、彼女が本物の貴族令嬢かと問われればそれは違う。

 なぜなら彼女は、不自然なものまで装着していたからだ。

 それは、幼竜の産毛で織られたと思われる、純白のマントであった。


「(本当の貴族なら、あのマントはないよなぁ)」


 このヘルムート王国において、マントの着用規定はもの凄く厳しかった。

 王族は当然として、伯爵家以上の当主と、軍において将官になれた者、そして現役の閣僚だけしか着けられなかったのだから。

 しかも、将官は退役すれば着用はできず、閣僚も、辞任後に自分が伯爵家以上の当主でなければ着用は認められない。

 あと言うまでもなく、女性にその権利は存在しなかった。

 たまに平民が、格好つけたいからと遊びやファッション感覚で着けるそうだが、それに王族や貴族も特に目くじらは立てないらしい。

 なぜならあまりに着用規定が厳しいので、平民がマントなど着けても完全に浮いてしまい、すぐに不自然だと思われてしまうからからだ。

 マントを着けてる自分に酔おうとしたら、周囲から陰口と小さな笑い声しか聞こえなかった。

 こうして若者たちは、過去のマント姿を黒歴史として葬り去るのが恒例になっているそうだ。

 彼女はどうだが知らないけど。


「(ヴェルでも、マントなんて着けていないのにな……)」


「(今の俺はあくまでも冒険者だし、あんなもの、いちいち着けるのが面倒だろう)」


 それにマントは、着用可能になると王国が予備も含めてすべて支給するのが決まりになっている。

 『せっかく貴族の家に生まれたのだから、できれば陛下からマントを下賜されるような存在になりたい』と、野心のある貴族たちは全員思うのだそうだ。

 ちなみに俺も陛下から下賜されていたが、今は冒険者として仕事をしているので着用していなかった。

 領地の視察などで、二~三回着用したのみだったのだ。

 ヒラヒラして邪魔だしな。

 当然冒険者として活動している時は着けないし、冒険者ギルド側も俺がマントを着けていない時は、なるべく普通の冒険者として扱う。

 これが、俺と冒険者ギルド側との決まり事になっていた。


「(でも、あのマントはいい品だよな)」


 王国から支給されるものよりも圧倒的に高級品であったし、高い対魔法防御力も期待できる逸品でもある。

 だが、女性の身でそれを着けていること自体が、彼女が貴族ではないことを証明していたのだ。

 前世だと女性差別とか言われるんだろうけど、この世界はそうなのだから仕方がない。


「それで、そのヴァイゲルさんがどのようなご用件で?」


「同じ冒険者として、ご挨拶をと思いまして」


「それはどうもご丁寧に」


 ところがその表情は、あきらかに俺に対抗心を燃やしているようにしか見えなかった。

 身長は百七十センチほどと、女性にしては高身長……イーナくらいか。

 俺よりも五センチくらい低いが、懸命にその大きな胸を張って、俺を見下ろしている風に見せようとしていたからだ。

 しかし、彼女はなかなかにスタイルがいいな。

 胸も、エリーゼより少し小さいくらいか。

 服装のチグハグさとキツそうな目線がなければ、十分に美少女と呼ぶに値する存在であった。


「ヴェンデリンさんは竜を二匹退治したとはいえ、まだまだ冒険者としては素人」


「はあ……でしょうねぇ」


 そんなことは自分でも重々承知しているが、それをわざわざ指摘してなんになるのであろうか?

 不思議に思っていると、エルが小声でその意図を指摘してくれる。


「(狩り場を変えてここに来たけど、私はお前よりも上だぞって言いたいのさ)」


「(宣戦布告なのか……)」


「(わからないか?)」


「(そう言われてみるとそんな気がしてきた)」


 冒険者なのだから勝手に狩りをして実績を稼げばいいのに、なぜこのカタリーナという少女は俺を挑発するような態度に出るのであろうか?

 俺には、ただ時間を無駄にする行為にしか見えなかった。


「(こういう人、多いよねぇ……)」


 ルイーゼもボソっと俺に呟くが、確かに冒険者にはこういう人が多いと聞く。

 元々海千山千なうえに、能力はピンキリと世間から評価されている業界だ。

 そのせいか、妙に自意識過剰というか、常に自分の実力や立ち位置を確認していないと不安になってしまう人が一定数いるというわけだ。


「(なにより、貴族であるヴェルに思うところがあるんだろうね)」


 没落貴族の子孫であろう彼女は、自己紹介の時にフルネームを名乗った。

 今は没落しているが将来は必ず貴族に復帰するという野心を持ち、今は平民だけど先祖が貴族であった頃の誇りを忘れないとアピールしたり。

 そんな理由で、昔の名前を決して捨てない没落貴族の子孫は多かった。

 過去に失ってしまったものなので、余計に拘りと憧れがあるのであろう。

 成り行きで貴族になってしまった俺には理解できない考えだ。


「(あと、間違いなくヴェルに嫉妬しているんだと思う)」


 最後のイーナの一言に、彼女の態度はすべて表されていた。

 彼女ほどの魔法使いならば、そのうち貴族になれる可能性が高い。

 最低でも、どこかの貴族家で世襲可能な陪臣くらいなら余裕でなれるはずだ。

 ただし、男ならばという条件がつく。

 このヘルムート王国では、女性に爵位が与えられる可能性はほぼゼロであった。

 たまに、王族や大貴族の女性が一代爵位を貰ったり、男系の継続が困難な時に期限つきで代理世襲したりするくらいで、残念だがこのチグハグでエレガント風な格好をした彼女には絶対に届かないものであった。

 いくら魔法使いとして実績を挙げても、彼女は絶対に貴族にはなれない。

 あって、小領の貴族が稼いだ金目当てなどで嫁に迎え入れるくらいで、それも正妻などはまずあり得なかった。

 うちの実家を見てもらえばわかると思うが、どんなに貧乏でも貴族が正妻に貴族の娘を迎えるのは常識であったからだ。


「(だからなんだろうな……)」


 彼女は没落貴族の子孫で、多分御家再興を願っているはず。

 そして俺は貧乏貴族の八男で、普通ならばその子は平民に落ちるはずであった。

 共に魔法の才能があってそれを世間に示したが、俺は伯爵になれたのに、彼女は一流とはいえ冒険者のまま。

 その鬱屈した感情を、自分が俺よりも上なのを確認して晴らす。

 よくありそうな話ではあるのだ。


「ここの狩り場の噂を聞き、参上いたしましたの。私が活動をすると、たまにお可哀想な人が出てしまうので」


 自分が稼いだ分、他の冒険者たちの取り分が減るので、その対象になりそうな人に先に謝っておく。

 なるほど、大した自信だなと思うのと同時に、俺に喧嘩を売っているようだ。


「ご心配なく、この魔の森は広いですから」


 他の手狭になったり、魔物が数を減らした場所ならともかく。

 この魔の森は、他の魔物の領域とは一線を隔す部分があって、獲物の数が少なくなるなんて、まず暫くはあり得なかった。


「それに、誰がどのくらい獲ってどのくらい稼いだかなんて、どうでもいい話じゃないですか」


 冒険者ギルドには、ランキング制度のようなものは存在しない。

 誰がいくら稼ぎ、どのくらい上納金を冒険者ギルドに納めたのかなど、一切公表されていない。

 金がある冒険者には、それを狙う妙な連中が付き纏いやすい。

 それを振り払う手間のせいで冒険者ギルドに納める上納金が減ると困るので、冒険者ギルド側も一切公表していないのだ。

 ただ、優れた冒険者は自然と噂にあがって名前が知られていく。

 それだけのことであったし、そもそも冒険者とは『人よりも稼ぐのが目的ではなく、自分がどれだけ稼ぐのか』が大切なのだ。

 他人の目なんて気にしてもなぁ。

 俺には、彼女と張り合う気など一ミリもなかった。


「お互いに頑張って、それぞれに結果が出る。それだけのことでしょう?」


「まあ、随分と自信がおありなのですね」


 とはいえ、人は自分と他人を比べたくなるもの。

 その気持ちを、彼女は強く持ち合わせているようだ。

 特に、俺には負けたくないという感情が強いように感じた。


「自信というか、ただ魔物の領域に潜って狩りや採集をするだけじゃないですか」


「あらあら。竜殺しの英雄さんは、模範解答がお得意な優等生のようですわね」


「あんたなぁ……」


 思わずエルが苦言を呈するが、彼女はエルに視線を向けることすらしなかった。

 なんか最初から相手にしていないような……。


「腰巾着がうるさいようですわね」


「っ!」


 続けて言い放った彼女の暴言に、怒ったエルがと飛び掛かろうするが、それはイーナとルイーゼによって防がれた。

 

「あんた。いきなり話しかけてきて、人のパーティメンバーを侮辱とか。頭の中は大丈夫か?」


「あなたこそ、お山の大将気取りで羨ましい限りですわ」


 どうにも話が噛みあわない状態が続くのだが、段々と彼女の求めているものが理解できてくる。

 きっと彼女は、俺と勝負をして自分が上であることを証明したいのであろう。

 そして、女性である自分が俺よりも優れた冒険者であると世間に知らしめ、そこから御家再興の足がかりとなるなにかを掴みたい。

 ようするに、名を売って世間に自分をアピールしたいのだと。

 そのために、わざと俺を挑発しているのだ。


「あんたは、いちいち回りくどい。勝負をすればいいんだろう? ただ……」


「ええ。あなたと草原で魔法勝負なんてしても、一セントにもなりませんので」


 そのくらいの理性はあるようだ。

 この大陸では、魔法使いの数が極端に不足している。

 そのため、魔法使い同士の実戦形式による決闘など、なんの得にもならないどころか、下手に死傷すれば互いに大損、社会の損失に繋がってしまうのだ。


「一日の獲物の評価額でいこう」


「冒険者としては、一番妥当な勝負方法ですわね」


 誰もいない場所で魔法使い同士が魔法を撃ち合っても、ただの魔力の無駄使いでなにも生み出さない。

 魔法は魔物にぶつけた方がいいという、極めて合理的な理由も存在していた。


「では、日が落ちるまでか、魔力が尽きたら早く狩りを終わらせても構いませんわよ」


「それは、俺よりも魔力が少ないあんたが心配することだな」


「魔力とは、ただ多ければいいわけではありませんわよ」


 とは言うものの、彼女の魔力の量は上級でもかなり上の方であると予想される。

 しかも、冒険者としての経験では向こうの方が上なので、まったく油断はできなかった。


「あのよ。護衛役の俺としては、まったく受け入れられないんだけど」


「とはいえ、エルたちがついてくると勝負の公平性が薄れるからなぁ」


 それに一応は貴族の端くれなので、受けた勝負は正々堂々と受けることも必要であろう。

 バウマイスター伯爵としてのプライドのため?

 

「今日一日だけだから」


「ううっ……ローデリヒさんに怒られる……」


「それならば、某に任せるのである!」


 エルからすれば、絶対に守らなければいけない俺が単独行動を取ることなど容認できないらしい。

 だが俺からしても、あの女にズルをしたと思われるのは心外なわけで。

 双方の主張が平行線を辿っていると、そこに突然また隕石のような落下音と共にあの人物が舞い降りてくる。

 落下と同時に衝撃波が発生し、あの女ですらドレスのスカート部分を両手で抑える羽目になっていた。


「導師ですか? あの、今日はまたどうして?」


「いきなり誰ですの?」


「王宮筆頭魔導師である! この勝負の審判を務めるのである!」


「初心者のバウマイスター伯爵殿に、なにかがあると困りますものね。アームストロング導師様」


「理解してもらえてなによりである!」


 意外にもこの女は、導師を見てもまるで動揺した様子を見せていなかった。

 王都では認知度は高かったが、地方に行くと導師の顔や外見を知っている人は少ない。 

 そのせいで、導師がイケメンの美男子か美中年だと勝手に思い、実物を見て絶句する女子供が後を断たなかったからだ。


「なかなかに肝が据わっている女子である! バウマイスター伯爵になにかあると困るため、某が監視をして、危険になったら掻っ攫うつもりである!」


「よろしいでしょう。そうなったら、間違いなく勝負は私の勝ちでしょうし」


「であろうが、あくまでも万が一に備えてのこと。某は、まるで心配していないゆえに! では、勝負を始めるのである!」


 スタートの合図と同時に、俺と彼女は一斉に『飛翔』で魔の森の奥へと移動を開始する。

 入り口付近で獲物を待つよりは、内部のまだ人が入っていないポイントの方が獲物が多いからだ。


「ああ、そうだ。エルたちは、あのポイントでカカオの実を頼む」


「わかったけどよ」


「ヴェルって、勝負よりもカカオの実の方が気になるのね」


「ヴェルがいないから、ボクとヴィルマでパーティを守るね」


「チョコレートのためにも、カカオの実は必要」


 『飛翔』する直前、俺はエルたちに今日はカカオの実を採るようにと指示を出した。

 今日の俺はあの女との勝負の関係上、内部に入って強い魔物を専門に狩った方が評価額も上がるからだ。


「まったく、アルテリオさんからなるべく沢山のカカオが欲しいと頼まれているのに……」


 他の冒険者たちからも冒険者ギルド経由で購入しているようであったが、まるで需要に追いついていないらしく、採っただけ全部買うからと言われていたのに……。

 これも有名税ってか。


「ヴェンデリン様のご無事と御武運を願っております」


「任せておけって」


 没落したとはいえ貴族の子孫に喧嘩を売られたので、エリーゼは将来の正妻に相応しく武運長久を願う言葉を俺にかけてきた。

 彼女は、俺が少しあの女に腹を立てていることにも気がついたようだ。


「では、出発!」


 俺はあの女よりも少し遅れて、魔の森の奥地へと『飛翔』で飛んでいくのであった。

 お休みが潰れた気分だが、魔物は狩れるからいいのか……。

 あっ、狩りって休暇じゃない!

 今、気がついたよ!

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