第141話 開発とお見合い

「お館様、今日は港の浚渫工事です」


「わかった。急ぎ執り行うこととしよう(伯爵、めんどい……)」




 未開地の開発が始まってから、およそ三ヵ月の月日が流れた。

 その間、俺は週に一度の休みを除き、朝から晩まで未開地中を駆け巡って土木魔法を行使し続けている。

 すぐにでも町や村が建設可能なように、整地や地盤の強化、区画割りなどを行い。

 それらを繋ぐ道の建設に、大規模な畑や田んぼの開墾に、用水路の掘削、野生動物避けの土壁と溝の作成。

 河川の治水工事各種に、岩山での石材の切り出し、森林での木材の切り出し等々。

 海岸沿いでも大規模製塩事業を始めるそうで、それに必要な工事と、作った塩を積み出せる港も大小十箇所以上作る計画だそうだ。

 大型船が着岸できるように海底の浚渫も必要であったし、港町建設のための基礎工事もある。

 魔の森を越えた南部では、海に出ると大小数十の島があり、そこでは野生のサトウキビが大量に生えていたので、製糖事業と合わせて産業化するために港や村や町も必要となった。

 全部、俺の仕事である。


「ところで、お館様の地図に書かれた鉱山の位置ですが……」


「この未開地って、かなり鉱物資源が豊富だよね」


「誰も手をつけていませんでしたからな。鉱山技師たちに頼む手間が省けましたが」


 入り組んだ場所にあり、埋蔵量や含有量が微妙な鉱山は、魔法の練習のために廃鉱になるまで資源を採取していたが、その他人力でも簡単に採掘可能な鉱山は、調査だけして地図に場所を記載するだけにしてある。

 『抽出』魔法の練習や、魔力量を上げるための魔法使用では、採算性の低い鉱山の方が練習になるからだ。

 実は、魔力を上げるのに一番効果がある練習は、その辺の地面からひたすら砂鉄を集めることだったりする。

 集められるだけ集めて塊にし、最後にその鉄の塊から不純物を取り除くのだ。

 この方法は、師匠が子供の頃にやっていた方法だと教えてもらった。 

 小さい頃の師匠は人気のない場所で砂鉄を集め、できあがった鉄の塊を鍛冶屋に持って行って売り、自分のお小遣いにしていたと語っていた。

 ちなみに俺は、銀に大量の魔力を篭めて人工的にミスリルを精製する方法や、辛うじて金属類を含む岩山から所定の金属だけを集める、という方法を好んで実践していたけど。


「早急に人を手配します。ですが、魔法とはもの凄いものですな」


 普通鉱山を探すには、鉱山技師を含めた大規模な調査団を現地に送り、最低数ヵ月間は念入りに調べる必要があるからだ。

 だが魔法で調査すれば、採取可能な金属の種類に、大まかな含有量や埋蔵量までわかってしまう。

 そのため、詳細な『探知』が使える鉱山技師は、死ぬまでスケジュールが詰っていると言われるほど忙しい仕事なのだそうだ。


「とにかく、今は開発第一ですな」


「そうだな」


「今夜は、アルノーのモツ焼き屋で飲み会でもしましょう」


「それはいいな」


 朝、パーティを組んで魔の森に出かけるエルたちを『瞬間移動』で送り出してから、俺もバウルブルクへと出勤して、ローデリヒから今日の仕事内容を聞くのが日課となっていた。

 そしてその日の現地に飛んで作業を行い、場合によっては複数の仕事をこなし、夕方になったらまたエルたちを迎えにいく。

 日によっては、夕食はローデリヒを含む家臣たちや、他の工事関係者たちととることもある。

 世界は変われど、仕事仲間とコミュニケーションを取っていくことは、円滑に仕事を進めるために必要なことだ。

 大体が支給される食事や酒を楽しむのだが、たまに外食になることもあった。

 とはいえ、まだバウルブルクに本格的な飲食店は存在しない。

 商機に目敏い人たちが屋台を引いているので、そこで食べることが多かった。

 普通の貴族は行かないが、俺は所詮成り上り貴族。

 というか忙しいくて大変なので、せめて食べる物くらい自由にさせてくれ。

 俺が特にお気に入りなのは、モツ焼きの屋台であった。

 ここの店主は、野生動物駆除や狩りで出た動物の内臓を安く買い取り、それを丁寧に下処理して、煮込みや串焼きにして出してくれるのだ。

 味は塩、味噌、醤油と三種類あって、ブライヒブルクにいる工事関係者たちにも人気のお店となっていた。

 下品ではあるが美味しいモツ料理を食べ、アルコール度数が高い酒を飲みつつ、野郎しかいない席で色々な話をする。

 別に俺は同性愛者ではないが、男だけで行う下ネタ込みの飲み会というものも楽しいものであった。

 非常に楽しいのだが……。


「今、ふと思った。俺って冒険者だよな?」


「はい、お館様は冒険者です」


 冒険者なのにこの三ヵ月以上、ただひたすら未開地の土木工事しかしていないような気が……うん、してないな。

 はたして、これが冒険者の仕事と言えるのであろうか?


「これは、土木ギルドと冒険者ギルドの合同依頼です」


 現在、掘っ立て小屋ではあるが、実はバウルブルクに冒険者ギルドが支部を出していた。

 そこに土木ギルドから、凶暴な野生動物も出るし、現場に赴くのが困難な工事予定地での作業だから冒険者に任せたいと、ローデリヒ経由で俺に依頼がくる。

 土木工事なのになぜか冒険者ギルドから依頼を請けた俺が、ひたすら未開地で仕事に勤しむ。

 無事にノルマをこなした俺はローデリヒから報酬を貰い、一部を手数料として冒険者ギルドに納める。

 ついでに、土木ギルドもそこから分け前を貰う。

 色々と金と仕事の流れがややこしいのだが、ローデリヒに聞いたら『それでみんなが幸せになるんです』って言っていた。


「なるほど、冒険者ギルドの仕事でもあるって……あるかい!」


 土木工事は、全然冒険者の仕事ではなかった。

 おかげで、昨日エルから『ヴェルって、土木ギルドのエースだな』って言われてしまったのだから。


「エルヴィンも、酷いことを言いますな。お館様は冒険者なのに」


 そこは無理を押し通すんだな、ローデリヒは。


「エルも酷いが、ローデリヒも酷いと思う」


 領主としての仕事をしなくてもいいという話だったからバウマイスター伯爵家の当主になったのに、くる依頼はすべて領地開発に関わるものばかりなのだから。


「お館様、土木工事は領主の仕事ではありません。指揮は執りますが、自ら汗を流すことなど……」


「父上は?」


 自分で開墾もしていたけど。


「おほんっ、本来そういうことはあってはいけないのです。それにお館様は伯爵ですから」


「でも、実際には作業しているけど」


「今のお館様は、冒険者ですから」


 なるほど。

 見事なまでの理論武装だな、ローデリヒよ。


「とにかく、我々は公共の利益のために動いているのですよ。伯爵であるお館様は、領民たちの安定した暮らしを確保しなければいけないのですから 」


「正論すぎるな!」


 こんな言い争いをしていても埒があかないので、俺は一つ疑問に思ったことを聞いてみた。


「とはいえ、この前やった河の治水工事全般。全然、仕上げに入っていないじゃないか」


 俺が担当するのは、効率を重視して一番手間のかかる基礎工事ばかりであった。

 つい一週間ほど前、ここから大分離れた河を三日かけて工事したのだが、その仕上げ工事が一向に始まっていなかったのだ。


「河の流れを変え、川底を浚渫し、遊水地を造り、浚渫した土砂で堤防を造り。苦労したのに、仕上げ工事に入ってないじゃない」


 せめて、堤防を石材とコンクリートで補強する工事くらいはしてほしいものだ。

 公共の利益とやらを優先するのであれば。


「あれだけの出来栄えですから、よほどの大洪水でもこなければしばらくは大丈夫ですよ。工事には優先順位がありますからね」


「そうなのか」


 俺は生憎と、公共工事には詳しくないからなぁ。

 前世で働いていた商社ごときが、そこに食い込めるわけがなかったのだけど。

 なぜかローデリヒは詳しい……謎だな。


「資材等の都合もあるのですよ。バウルブルクが浸水する危険がなければいいので、今はバウルブルクが最優先です」


 現在も、バウルブクル郊外に完成した港から、魔導飛行船で大量の人と物資が運び込まれていたが、まだ足りないみたいだ。

 魔の森を越えた海岸沿いでも複数の港町の建築も始まっているが、三分割されているとわかった魔の森の開放は、今は危険なのでしないことが決まっていた。

 貴重な魔物や産物の多い、東と西はそのままにして中央部の開放を検討したのだけど、中央部とその他二ヵ所の森では、生息する魔物や植生がまるで違う。

 下手に中央領域のボスを倒して魔物たちの統制を破壊すると、東と西の魔物の領域に逃げ込まず、大挙して南の海沿いや北の未開地中央部に流れ込む危険があったからだ。

 結局、上空数百メートル以上を魔導飛行船で移動すれば魔物に遭遇しないことがわかり、今は海岸部と内陸部を定期的に航行する小型魔導飛行船の運行が試験的に行われている。

 港の建設も複数ヵ所行われ、今でもなく俺が基礎工事をした。

 魔の森は、貴重な産物や魔物が多い。

 計画としては冒険者たちに開放して狩りを推奨し、その素材を冒険者ギルドに卸させ、そこから税金を徴収する。

 すでに魔の森外縁部に建設中の複数の町には冒険者ギルドが仮支部(掘っ立て小屋)を置いていて、目敏い冒険者たちが魔の森に潜っているそうだ。

 ただ見慣れぬ魔物が多いので、早くも犠牲者が数名出ていると報告があった。

 エルたちは大丈夫だと思うが、なにより俺も、一日でも早く魔の森に潜ってみたかった。

 考えてみたら、ブランタークさんやエルたちが魔の森の果物などをお土産に持って帰ってくれるけど、それを食べたら実際に見てみて、採取してみたいと思うのが人情じゃないか。

 

「お館様による基礎工事が進んでいる理由は、もしお館様が土木工事依頼を数ヵ月受けられなくても、開発計画に遅延をきたさないためです」


 俺がいない間は、仕上げ工事などを集中的に行えばいいという計画なのか。

 そのために、前倒しして俺に基礎工事をさせている。


「(よく考えているよなぁ……。ローデリヒって、実は俺よりも貴族に向いているかも……)」


「拙者は、お館様の家臣で十分に満足しておりますので」


 心の声を読まれたか?

 実はルックナー財務卿から、『ローデリヒにその気があるのなら、ルックナー男爵家の復活も……』という話があったのだが、彼にその気は微塵もないようだからなぁ。

 トップに立つよりも、その下で辣腕を振るうのに向いているタイプなのかも。


「現実的に考えても、あんな失態を犯した家など継ぎたくもありません。実入り的に考えても、お館様の家宰の方が圧倒的に優れておりますので」

 

 家宰職を任せる都合上、その職にある限りは高額の役職給をローデリヒに支払っていた。

 その額は、王都にいる法衣伯爵が『代わってほしい』というほどだが、丸投げにしている以上、その間はそれに見合う報酬を払う必要があったからだ。

 俺が冒険者を引退して領主の仕事を始めれば、減額の必要はあるのである……待てよ。俺が冒険者として稼げば、ローデリヒに丸投げし続けても大丈夫なのでは?


「二十年ほどは任せるさ(俺の跡継ぎの教育も任せてしまえば、一生丸投げ可能か?)」


「やり甲斐のある仕事なので頑張ります……お館様、なにかよからぬことを考えておられませんか?」


「そんなことはないよ。冒険者稼業はいつまでもできないからな。第二の人生についてはちゃんと考えているから(魔法使いって、結構年になるまで活動できるんじゃぁ……あっ、でも。今はそういう体にしておいた方がいいと思うな。)これを見てくれよ」


 そう言いながら、俺は魔法の袋から大量の冊子のような物を取り出してローデリヒに渡す。

 その数は、多分五百冊は超えるであろう。

 その量の多さに、ローデリヒも驚いているようであった。


「お館様。これは?」


「お見合い写真だ。この前、エドガー軍務卿とルックナー財務卿に会いに行った時に押しつけられた。俺に渡せば義理ははたしたから、断ってもいいぞって言ってたけど」


 この世界には、カメラが存在している。

 古代に製造されたものしか現存していない魔道具なので、王族、大貴族、大商人くらいしか持っていなかったが、貴族はこれでお見合い写真を撮影するのだそうだ。

 幸いにしてフィルム製造技術の復興には成功したので、貴族たちはフィルムを買って、寄親や、寄親から紹介された貴族の屋敷に出向いて撮影を行う。

 フィルムの値段が一千セントほどと高いのが難点であったが、どうしてもライバルに負けられない貴族が、気合を入れて娘や妹の撮影を頼むのだそうだ。

 お見合い相手としても、相手の顔がわかるので重宝するらしい。

 お見合い相手側から、『うちの娘はとても美しいですよ』と言われても知己でなければ相手の顔などわからないわけで、写真があって実際に綺麗ならば選ばれやすいのは……人間の正直な行動というか。

 人は見た目が九割って本が、前世にもあったからなぁ。


「数が多いですな」


「だからさ。俺はあまり当主っぽいことをしない方がいいんだよ。執務室に押しかけられたら大変じゃないか」


「確かにそうですな」


「(もう一押しだ!)あと、これ俺の分だけじゃないから。ローデリヒの分も含めてね」


「拙者が……そんな予感はしましたが」


 バウマイスター伯爵領で家宰を務め、筆頭家臣でもあるローデリヒにはお見合い話が殺到していた。

 俺にもその数倍のお見合い話がきていたが、これは今さらだな。

 陛下や王都の大貴族の方々の意向もあってそれは受けられないけど、ローデリヒでも構わないという人は、すべて彼のお見合い話に変更してしまった。

 誤解なきように言っておくが、俺の策じゃないぞ。

 王都の大貴族たちの入れ知恵だから仕方がないんだよ。

 『俺の妻になるには、魔の森で狩りができないと駄目』というハードルと共に、ローデリヒ防壁はとても有効なようだ。


「ローデリヒもこれからさらに忙しくなるわけだし、早く結婚しないとな。だいたい、俺よりも年上なんだから」


「それはわかっているのですが……」


 ローデリヒがなんとなしに一枚目の冊子を開けると、そこにはまだ幼い女の子が写っていた。


「お館様……この子は……」


「ルックナー財務卿の孫娘だって」


 最初、俺に押しつけようとした八歳の孫娘を、そのままローデリヒに押しつける計画に変更した。

 酷い話のように思えるが、これにはちゃんとした理由もあった。


「せっかくルックナー一族が持っていた法衣男爵枠だからね。失いたくないんじゃないの?」


 ローデリヒが継がないと言った以上、この孫娘との間にできた子供に継いでもらう。

 それなら王宮も、法衣男爵を一つ減らすと言わないはず。

 当主不在の家はルックナー財務卿が管理して、ローデリヒと孫娘の間に生まれた子供が成人したら引き渡す。

 そんな計画だと聞いていた。


「他の財務閥の貴族同士で、勢力比率に偏りが出ると困るんだってさ」


「上級貴族とは面倒ですな」


 兄弟で対立はしていても、あの法衣男爵家はルックナー一族の枠という考えがあるようだ。

 失態を犯したのだから取り上げてもいいような気もするが、五大財務閥家の間ではある種の談合が成立しているらしい。

 下手に争ってその枠を他の一族が取っても、今度は他の四つの財務閥一族から標的にされてしまう。

 無用な争いはコストばかりかかって実入りが少ないので、互いにある程度の権益を相互保障している……談合だな。


「上で談合して結束していると、成り上がり貴族の下克上が防ぎやすいですからな」


 そのせいで仕官に苦労したローデリヒは溜息をつくが、そんな堅苦しい貴族社会の閉塞感を打破したのが、竜を退治して未開地の開発を始めた俺なのだそうだ。


「そんなわけで、ルックナー財務卿は一族である法衣男爵家維持のため、他の五大財務閥家に借りを作りつつも、家を維持するわけか」


「あの男爵家を維持するのとしないのと。どちらが得なのやら。しかし、拙者が政略結婚とは……」


 断れないと悟ったローデリヒは、盛大に溜息をついていた。


「その点に関しては、俺の方が先輩だな。その娘が正妻で、あと最低一人は貰ってね。じゃあ、俺は明日から狩りに行くから。予定では一週間ほど」


「そうですね……予定では一週間ほど……それは長いですよ! お館様ぁーーー!」


「数ヵ月は大丈夫なんだろう? 頑張れよぉーーー!」


「大丈夫ですけど、工事の前倒し!」


「人間、急ぎすぎはよくないのです。サラバ!」


 長々と話してローデリヒの気を反らしておいて大成功だ。

 無事に一週間の休暇の獲得に成功した俺は、お見合い写真の束を抱えて叫ぶローデリヒを放置して、一気に『瞬間移動』で魔の森へと飛んでいくのであった。

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