バウマイスター伯爵

第140話 バウマイスター伯爵領開発開始

 実家が関わる様々な騒動や事件の処理も終わり、未開地の開発がようやくスタートした。

 未開地の大半を下賜された俺は、王家からの命令でバウマイスター伯爵となり、バウマイスター本家を相続する身となった。

 どこが本家で分家かなんて細かい話だが、ちゃんと決めておかないとヘルマン兄さんが継いだ騎士爵家が本家で、伯爵家が分家という奇妙な状態になり、そこにいらぬケチをつけてくる貴族がいて……まあ、とにかく面倒なわけだ。

 本家と分家の交代は、たまに発生する。

 時代の変化による栄枯盛衰……奢れる平家も久しからず……バウマイスター本家が交代しただけで滅んでいないし、一族全体としては発展しつつあるので実害は少ないのか。

 同じように本家と分家が交代した貴族家において、元本家が今の本家から本家の地位を取り戻すために暗躍するってケースも多いそうだが、元々バウマイスター騎士爵家自体が大した家でもないので、その可能性がないのは将来楽かもしれない。

 ヘルマン兄さんも、いちいちそんなことに拘らないだろうから。


 本家、分家と分かれているが、これはその一族同士の取り決めでしかなく、王国の正式な制度ではなかった。

 だから実質別の家なので、今回のような事件があった場合、共犯でもなければ連座制になるなんて話もない。

 さすがに肩身は狭いだろうけど。

 反乱でも起こせば別だろうが、いちいち一族全部を処罰していたらキリがないし、無事な家に残された一族の面倒を見させ、次の罪の目を摘む目的もあるそうだ。

 貴族家による一種の保険制度であるが、抱える一族が多いと大貴族でも財政的に大変だろうからな。


 結局バウマイスター騎士爵家は、王国の偉い人たちが談合して、現当主である父は隠居した。

 そして俺に対し暗殺未遂事件を犯したクルトは廃嫡、ヘルマン兄さんが新しい当主になることとなったわけだ。

 クルトの罪状を考えると、色々と忖度が……その代わり、『未開地の開発が始まって、潤う貴族も多くなると思うので文句言うな!』ってことなんだろう。

 被害者であるルックナー会計監査長自体がやらかしているから、というのもあるのか。

 本当、貴族というのは本当に面倒だな。


 こうしてリーグ大山脈以南の未開地は、伯爵になった俺が本家で寄親に。

 その寄子として、将来的には男爵になる予定のヘルマン兄さんが継いだ旧バウマイスター本家と、パウル兄さんに分与された準男爵家。

 さらに先々では、アマーリエ義姉さんの子供たちにも騎士爵領を分与する予定になっている。

 ただ甥たちは、バウマイスターの姓を名乗れない。

 共に、アマーリエ義姉さんの実家であるマインバッハの姓を名乗ることになっていた。

 家臣たちも、マインバッハ騎士爵家の縁からある程度受け入れる。

 あそこはクルトのせいで利権がパーになったので、それなりに配慮しないといけないからだ。

 肝心のアマーリエ義姉さん自身の処遇であったが、子供たちを養育するため、ここに残るそうだ。


「まだお若いですし、再婚などは考えないのですか?」


「子供を二人も生んだ出戻りの再嫁先なんて、よくてご隠居様の後添えか、下手をすると商人の妾がせいぜいだもの。もう結婚はしないわ。子供たちをちゃんと育てていこうと思います」


 甥たちがクルトのようになられても困るので、しっかりと貴族としての教育を施すのだそうだ。


「それに、戻れないのよね。実家の家族からなにを言われるか……」


 マインバッハ騎士爵家からすれば、今回のクルトの失態は晴天の霹靂であったはず。

 普通に対応をしていれば、嫁ぎ先のバウマイスター騎士爵領は未開地開発特需で潤っていたのに、今では嫁がせた娘が暗殺未遂犯の元妻になってしまった。

 当然立場的に、うちに利益供与などは求められない。

 アマーリエ義姉さんが実家に戻っても、ただの邪魔者でしかなく、針の筵状態なのは確実であった。


「私はパウル様の新領地に、お義父様やお義母様と一緒に移ります」


 隠居した父であったが、そのままバウマイスター騎士爵領に残るとヘルマン兄さんがやり難かろうということで、パウル兄さんが開発を始める領地に移住することになっていた。

 パウル兄さんの領地も完全に一からスタートなので、父の領主としての経験も生きるはずである。

 さらに、クルトと一緒に俺の襲撃に参加した共犯者の家族たちも一緒に移住することが決まった。

 間違いなく、一番の被害者は彼らであろう。

 いきなり自分の祖父や父が、貴族に対する暗殺未遂事件の共犯者になってしまったのだから。

 共犯者は極秘裏に襲撃に参加をしていたので、家族などに一切相談していなかったようだ。

 気軽に家族に相談できる話でもなかったが、知った時には一家の主はもうこの世からいなくなっており、残された彼らは一気に立場が悪くなってしまった。

 犯罪者の家族が周囲から偏見を受けるのは、どこの世界でも同じである。 

 それを避けるため、新しい領地に移住することになったのだ。

 とはいえ、パウル兄さんの新領地はバウマイスター騎士爵領からそう離れていない。

 土地を調査した結果、いい水田になりそうな湿地帯があり、俺がなるべく早くにある程度の開墾などを魔法で済ます予定である。

 家屋などは、またもレンブラント男爵が移築してくれた。


『最近、バウマイスター伯爵はんは大忙しでんな』


 相変わらず奇妙な関西弁であったが、どうやらルックナー財務卿が便宜を図ってくれたようだ。

 そのくらいはしないと、弟の件もあって利権を大幅に削られる可能性があるのかもしれないけど。


「お土産でも持って、遊びに行きますよ」


「是非お願いします。あの子たちにとっては、バウマイスター伯爵様は竜殺しの英雄ですから」


「親殺しの仇でもあるんですけどね……」


「その辺の話は、もっと大きくなってからちゃんと話します。きっと理解してくれるはずです」





 父、母、アマーリエ義姉さんたちがパウル兄さんの新領地へと引越したのを見届けてから、ようやく本格的にバウマイスター伯爵領の開発が始まる。

 まず一番初めにやらないといけないことは、伯爵領の本拠地をどこに置くか決めることであった。


「本拠地は、海沿いにでも置くの? 海があると港も作れるじゃない」


「いや、魔の森で分断されているからやめておこう。サーペントが出るかもしれないから」


 イーナが言うように海沿いという意見は多かったのだが、間に魔の森があるせいで、広い土地を確保するのが難しいという事情があった。

 将来の拡張性を考えると、海沿いは難しいというのもある。

 そこで、魔導飛行船で移動すると割り切って、本拠地は中央部の平地に作ることが決定した。

 地盤は安定しているがなにもない草原に、ブライヒブルクよりも人口が増えた時のことを考慮して、区画整理された大都市を作るのだ。

 そして隣には、大小複数の魔導飛行船が運用可能な港も作る。

 港は水上船の分も合わせて海沿いにも作り、内陸部には大小数十箇所作って領内の移動を便利にするのだ。

 幸いにも、魔導飛行船のあてはあった。

 地下遺跡探索で使用可能なものを何隻も確保していたので、新しい航路を作ってもなんの問題もないそうだ。

 王都~ブライヒブルク~バウルブルク航路が、一週間に一便。

 なお、このバウルブルクとは、バウマイスター伯爵領の本拠地が置かれる中心都市の名前である。

 名前が『なんちゃってドイツ風』なのは、中央の偉い人たちのネーミングセンスのせいだと思う。

 あとは、小回りが利く小型船をブライヒブルクからバウルブルクに週に三便運行することが決まった。

 現在ブライヒブルクでは、魔導飛行船用の港の拡張工事を急いでいるそうだ。

 バウマイスター伯爵領内においては、ある規模以上の町には魔導飛行船専用の港がある、というのが定番になりそうだ。

 魔導飛行船用の港は、作るのにそこまで手間はかからないからな。

 これで、開発に必要な物資の輸送を行う。

 魔導飛行船とそれを動かす人員は王国が提供し、動かす船は小型船をうちが買い取り、人員も空軍のベテラン軍人たちが、うちで雇用した新人たちを訓練する予定になっていた。

 将来的には、大型船以外はバウマイスター伯爵家で独自に運用をしてほしいのだそうだ。

 他にも、領内を網羅する道路の建設、海沿いには海上船舶専用の港も必要か。

 これが整備できれば、外部から船便で荷が運べる。

 東部や西部の海沿いに領地を持つ貴族たちも、交易量の増加などを多いに期待しているようだ。

 工事を行う労働者たちなどを、早速船で送り出してきた。

 彼らは農作業を家族に任せた農民や、失業対策でこちらに送り込まれている都市部の下層民と失業者たちであった。

 働いて報酬を得た彼らが、故郷に戻って稼いだお金を使えば、それだけで経済対策にもなるというわけだ。

 バウマイスター伯爵領内にある大型河川の中には、大雨が降ると氾濫や浸水しやすいものもあり、河川の改修を含めた治水工事も必要だ。

 治水という言葉のごとく、水を治めてこその領主だからな。

 バウルブルクから、ヘルマン兄さんが新領主になったバウマイスター騎士爵領や、パウル兄さんが開発する準男爵領へと続く道も必要だ。

 順調に領地が発展して人口が増えたら、新しい町や村も作らないといけない。


「計画だけ見ても、もの凄く時間がかかるだろうな」


「普通に考えれば、そうでしょうな」


「普通に?」


「状況が状況なので、多少作業を早める計画です」


「そうなんだ」


 俺の家宰にして筆頭家臣になる予定のローデリヒは、自分の机の上に大量に積まれた開発計画書を一旦横にずらし、そのあとにその三倍ほどの高さにまで積み上げられた財務と人事関連の書類を確認し始めた。

 前世で商社マンをしていた時でも、見なかったレベルの書類の多さだ。

 俺の防衛本能が素早く、『ローデリヒ、頑張れ!』という温かい言葉を心の中で呟かせた。

 これも、家宰である彼への試練であると。

 そして俺は、なるべく参加したくないなって。


「応援の人員や、紹介された人材なども到着して開発は始まるのですが……」

 

 まずは、バウルブルクの建設予定地に、政庁も兼ねる巨大な石造りの住居を作る予定なのだそうだ。

 他にも、周囲には拡張性を持たせた町の建設に、魔導飛行船用の港の建設もある。


「とにかく、これが終わらないと話が始まりませんので」


「そうか。頑張ってくれ」


 多くの人たちが参加する大規模な工事に胸をワクワクさせながら、俺は魔の森に狩りに出かけようしたら、ローデリヒが俺の肩をガッチリと掴んできた。


「ローデリヒさん、彼らの仕事を奪うのはよくないですよぉ」


 だって、失業対策でもあるのだから。

 俺が働いちゃ意味がない。


「工期の短縮のため、お館様に強制依頼です。それに、お館様が働いても仕事は山ほどあるので、彼らが暇になることはありませんから安心してください」


「待て! 俺は冒険者ギルドの所属だぞ!」


「お館様はバウマイスター騎士爵領開発の際、念のため土木ギルドにも登録したではありませんか」


 各種ギルド支部のバウルブルク進出はまだ先のことであったが、手続きなどあとでどうとでもなるそうだ。

 

「バウマイスター騎士爵領の開発では報酬が発生しませんでしたが、なんと今回は依頼料が発生しますのでご安心を」


「ローデリヒ、俺が報酬を貰って……あっ……」


 俺が出した開発資金から、俺へ工事の報酬が支払われ、それがまた開発資金へと回り……実質無料みたいなものだ。

 俺、今気がついた!


「とにかく、バウルブルクがある程度完成しませんと、お館様がたの引っ越しすらできません。何卒!」


「わかったよ……」


 結局断り切れず、俺はバウルブルク建設予定現場で一人整地作業に没頭していた。

 ローデリヒや新しく雇用した建築に詳しい家臣の指示で、広大な平地を魔法で平坦にし、政庁を兼ねた屋敷の敷地や町や幹線道路などを区切っていく。

 さらに、魔導飛行船専用の港の位置も決め、続けて彼らを連れてとある場所まで『瞬間移動』で飛んた。

 ローデリヒもだが、他の家臣たちも人遣いが荒いな。


「なるほど、いい石材が大量に採れそうですな」


 未開地のとある場所に、鉱物は出ないが質のいい石材が採れる岩場があり、そこにローデリヒたちを案内していたのだ。


「それで、どのくらい必要なんだ?」


「できるだけいっぱいです!」


「……いっぱい?」


「はい、いくらあっても困りませんから」


「はい……」 


 ローデリヒの無茶な要求により、俺は石材の採取を開始する。

 大きなものは、風系統の魔法である『ウィンドカッター』でカットした。

 小さなものは、水系統のオリジナル魔法である『ウォーターカッター』で形を整えていく。

 この『ウォーターカッター』は、前世で水圧で素材を切る機械を見た時の様子をヒントに考案した。

 そして、ある程度加工済みの石材ができあがると、魔法の袋に入れてバウルブルク建設予定地にある石材置き場に積んでいく。

 整地や区画割りの作業と平行してこの作業もやっていると、三日後くらいから、ボチボチとバウルブルクの建設工事は始まったようだ。

 港はなくても、魔導飛行船は大型でなければ、平坦な土地ならば人と荷物くらいは降ろせる。

 早速第一陣が、労働者用の仮設住居を建てながら、同時にバウマイスター伯爵邸の基礎工事を始めていた。

 屋敷とはいっても、有事には防衛拠点も兼ねる城に近いものとなる予定なので、しっかりと地面を堀り起こし、土台から工事を始めていたのだ。


「お館様、土台の工事に時間がかかりすぎです。強制依頼です」


「お前なぁ……」


 ローデリヒに言われ、巨大で頑丈な土台を埋める穴を掘ることになる。

 どうやらローデリヒは、あのことはあまり気にしていないようだな。

 勝手に故ルックナー男爵に認知されたことを知った時には、『拙者には、あんな男の血など一滴も流れていませんから』と言い放ち、『爵位も財産も結構』と激高して宥めるのに大変だったのだから。

 結局ルックナー男爵家は断絶となり、財産もすべて没収されたから、溜飲が下がったのかもしれない。

 

『ルックナー男爵の財産を貰ったけど、渡した方がいいのかな?』


『いえ。あんな男が触れた金など、一セントとしていりません。開発に使えば浄化されるでしょう』


 商人の娘を母に持ち、経済観念なども優れた男であったが、父親の財産だけは絶対に欲しくないとか、よほど怨んでいたんだな。

 ただ、ルックナー財務卿も悪いと思ったのであろう。

 後日、自腹を切って、ある程度纏まった現金をローデリヒに渡していたようであったが。


「次は、町のメインストリートとなる中心道路の造成ですね。これもお館様の魔法で」


「あのなぁ……」


 それでも仕事なので……俺も大概社畜精神豊富だよなぁ……。

 俺は土木魔法で道路を整え、その両脇に雨水を排水する溝を掘っていく。

 そのあと、雇われた労働者たちが道に石材を敷き、隙間をコンクリートで塞いでいった。

 ようするに大まかな部分だけ俺がやり、残りの細かな作業を人海戦術でやってしまう作戦なのか。


「お館様は、依頼料で大儲けですな」


「そうだな(んなわけあるかい!)」


 確かに土木工事の報酬は得られるが、俺は大半の資産をローデリヒに預けている。

 俺の資産……というか、バウマイスター伯爵家の資産だから俺が勝手に使えない……わけでもないが、領地開発のため無駄遣いは避けた方がいいだろう。

 俺が仕事で土木工事をすると、ローデリヒがバウマイスター伯爵家の資産から依頼料を払い、それがまたバウマイスター伯爵家の資産となって領地開発に使われていく。

 間違いなく、こんな奇妙なことを経験している貴族など、俺以外にほとんどいないはずである。

 なら個人の資産とバウマイスター伯爵家の資産を別にすればいいと思うのだが、貴族にはそういう考え方はないらしい。

 自分のお小遣いの額を決めている律儀な貴族もいるそうだが、大半は領地経営に金を使うも、己で放蕩するも自分次第になっていた。

 ローデリヒの金の管理が厳しい理由だな。

 どうせ無駄遣いなんてしないけどな。


「工事は早く進むし、別に人を使っていないわけではない。支出は少なくなるが、その分は第二期以降の計画を前倒しすればいいわけで。でもなんか奇妙だな?」


「お館様。明日はこの近くを流れる河川の改修工事の予定となっております」


 そう言われてローデリヒから図面を渡されるが、当然この世界にも治水の概念は存在する。

 河の流れを変えたり、川底を浚渫したり、遊水地を作ったり、堤防を築いたりと。

 さほど、地球にある国や地域で行われていたものと差はないはずだ。

 あと、バウルブルクに用水路を引く計画だそうで、その基礎工事も必要であった。


「この図面の通りにやればいいのか?」


「はい。細かな補修作業などは、後日に人を送りますので」


 ここでも大まかな基礎工事は俺で、残りは人海戦術という基本に変化はないようだな。


「それは明日にやるとして、まずはバウルブルクの整地と道路工事だな」


 懸命な努力の結果、三日ほどでバウルブルクの整地と近くある河川の改修工事は終了した。

 ただ今の時点では、舗装もされていない道が碁盤の目状に広がるだだっ広い平地だけしか存在しなかった。

 例外として、建設中の石造りの屋敷と工事関係者が寝泊りする多くの仮設住宅が広がっており、あとはレンブラント男爵が移築したわずかな建物だけか。

 早速工事関係者目当てに商売人が小型魔導飛行船に乗って姿を見せていたが、彼らはゴザの上に品物を置いて売っている状態であった。


「募集した警備隊の第一陣ですが、予想よりも精鋭揃いですな」


 それは、養女にしたヴィルマを俺の側室に送り出してまでバウマイスター伯爵家と縁を結んだエドガー軍務卿が推薦する人材ばかりなので当然であろう。

 最初に変な人を送り出してしまうと、次がなくなってしまうのだから。

 みんな軍系貴族の子弟でよく鍛えられているうえに、王国軍を辞めてまでここに来ているのだから。

 第一陣は将来発足するバウマイスター伯爵家諸侯軍の幹部候補でもあり、彼らは治安維持のために領内のパトロールを行い、工事関係者などを野生動物から守るため率先して狩りを行い、工兵訓練の名目で工事の手伝いまでしていた。


「なんでもできるんだな」


「ちゃんとした貴族というのは、下の子たちもちゃんと教育しますから。そうしなければ、役人や軍人として役に立ちませんので」


 大貴族って、バウマイスター騎士爵家とは違うんだな。


「野生動物も駆除してくれるのはありがたい。凶暴なのも多いからな」


 元軍人だからか、彼らは集団で効率よく狩りをしていた。


「そこで依頼です」


「彼らで十分じゃないか?」


「ここは、お館様の雄姿を彼らに披露していただきたく」


「マウンティング?」


「大丈夫とは思いますが、お館様が舐められていると、のちのち面倒ですから」


「わかったよ(猿の群れみたいだな……)」


「おおっ! 鹿の群れが一度にあんなに!」


「この方が我らのお館様」


 もの凄くベタだが、俺は上空から『アイスランス』の連射で鹿の群れや、熊、猪を次々と倒していった。

 その様子を見ていた警備隊員たちは感心していたようなので、これで十分だろう。


「次は……」


「まだ?」


 バウルブルクを守るために作られる予定の外壁建設予定地に、野生動物の侵入を防ぐための土壁を作る依頼が増え、そのせいでこの日は魔力が尽きて屋敷に戻れなくなってしまった。


「ちょうどよかったです。この土塁は、明日石製の壁と交換しますから」


「誰が?」


「それは当然、お館様です」


「当然なんだ……」


「石壁ができれば、バウルブルク内の工事が安心してできるというもの。お館様、異論はございますか?」


「ないけどね」


 多分、石材が足りなくなるから、またそこに切り出しに行かないと駄目だろうな。


「今夜は、仮設用の住居がありますから。ここで就寝すれば、明日もすぐに作業が始められますとも』


「お前は鬼だな、ローデリヒ」


 戻れない以上仕方がないので、今日は仮設住居に泊っていくことにした。

 未開地は夜でも寒くならないので、仮設住居とはいってもテントに毛が生えた程度のものが人数分並んでいるだけ。

 だが俺は冒険者なので、大して気にならなかった。

 風呂も、警備隊が河から汲んできた水で体を拭くくらい。

 俺だけは少し休んでわずかに回復させた魔力で『浄化』を使って体を綺麗にするが、このくらいの特権は許されるはずだ。

 食事は、雇い入れた料理人に、警備隊で料理の上手な人が手伝って完成させたようだ。

 パンを大量に焼き、ご飯も大量に炊く。

 野菜が大量に入った味噌仕立てのスープに、俺がローデリヒに貸している汎用の魔法の袋に入った肉や魚も調理され、警備隊がこの辺の野生動物駆除のために狩った獲物も解体され、醤油や味噌で味付けされてから焼かれて提供される。

 果物だけであったがデザートもあるし、酒も警備隊員で夜の見回りがない者には出された。

 ただ輸送量の関係で、一人当たりの量はかなり少なかったけど。


「それでも酒が飲めるので、みなお館様に感謝していますよ」


「(酒で忠誠心が上がるってこと?)」


 その日の夜。

 俺は、ローデリヒや警備隊の主だった幹部たちと食事をとりながら話をしていた。

 こんな状態なので全員同じメニューであったが、彼らは特に不満もなく食べているようだ。


「普段の食事からすれば、ご馳走ですな」


「ええっ! そうなの?」


「軍の食事は、質よりも量ですからね。美味しくはないですよ。お館様も経験済みでは?」


「そういえばそうだったな」


 以前、グレードグランド討伐で軍の駐屯地でお世話になった時。 

 量ばかり多くて、味は微妙な食事を出されたのを思い出す。


「ミソやショウユは、王都で買うと高いですからな。いまだに王国軍では、料理を塩でしか味付けしませんので」


「味がないかしょっぱいか。作る人によってさらに不味くなりますからね」


 幹部候補たちは、みんな王国軍で出る不味い飯に苦労していたようだ。


「その点、トリスタンの家はいいよな。実家が裕福だから」


「みんなが思っているほど、日々の食卓で素晴らしい飯なんて出ないさ。パーティーとかで見栄を張っている時ならともかくな」


 実は、このトリスタンという二十代前半の若者は、エドガー軍務卿の四男なのだそうだ。

 しかも母親が側室で、このまま王国軍内で燻っているよりはと。

 父の勧めに従って、今回の募集に応募したらしい。

 事前にエドガー軍務卿が紹介状を書いていたので、まず落ちる心配はなかったけど。


「軍系貴族が普段あまり豪勢なご馳走は食べないのを、お前らも知っているだろう?」


「そうだったな」


 軍系貴族たちは、普段から体を鍛えてパーティー以外であまり豪勢な食事を取らないのだそうだ。

 節約という理由もあったが、軍系貴族やその子弟が太っていると、外部からあまりいい評価を受けないからだ。

 特に出世したい人は、定期的にある閲兵の儀式などで見た目がよくないと、その時点で出世コースからは外れてしまうので気をつけていると聞いた。

 軍人の能力と体型に関係はないと思うのだけど、そういう人は補給や参謀コースに進むことになっているそうだ。

 そこでも出世は可能だが、やはり軍人は若い内は前線で軍勢の指揮を執り、ある程度年を取ったら指揮官になることこそが花形だと思われていた。

 ただこの二百年ほどは、演習以外であまり指揮官の出番もなかったのだけど。


「トリスタンの家は、侯爵家だからな。例外かと思った」


「あの親父が、そんな無駄遣いなんてしないさ」


「確かにトリスタンは、エドガー軍務卿に似ているな」


「お館様、私はうちの親父ほど悪知恵は働きませんから」


 トリスタンさんの言う悪知恵とは、父であるエドガー軍務卿がヴィルマを自分の養女にし、俺の側室に押し込んでしまった件であろう。


「いくら強くてもあの娘はまだ未成年なのに、親父も強引なことをする」


「ということは、トリスタンさんは俺の義理の兄になるのか?」


「お館様、私のことは呼び捨てにしてください。一応、そうなりますけどね。あの娘は養女ですし、あまり気にしない方がいいと思いますよ」


 実の娘を押しつければ関係が深くなってしまうが、義理の娘ならば微妙な距離感を保てる。

 エドガー軍務卿なりの計算か……。

 ホーエンハイム枢機卿への配慮もあるのであろうが。

 確かに、なかなかに油断できない筋肉達磨である。


「実の娘を嫁がせたって、縁が繋がるのはその代と次くらいですしね」


「そうなのか」


「キリがないんですよ」


 歴史の長い貴族家ほど、他の貴族家と婚姻を重ねている。

 そのため、古い代の親戚など気にしていたらキリがないので、そこは無関係ということにしてしまうそうだ。


「とはいえ、なにか交渉事があると古い話を引っ張り出すのも貴族ですからね」


 確かにローデリヒの言うとおりで、そういうものもできる限り有効活用していくのも貴族なんだろうなと思う。

 

「奥さんが増える度に面倒が増えるような……。ところで、俺の結婚式ってどうなったの?」


「延期です」


「これまで散々急かされて、それなのにあっさり延期なんで……」


 もう成人もしたし、中央の貴族たちもじれているのではないと思うが、意外にもローデリヒの口から出た言葉は、結婚式はしばらく延期という話であった。


「なぜ?」


「せっかく領地持ちになったので、お屋敷が完成してからそこで行うという話になりました」


「屋敷の完成って、結構先じゃないか?」


 まだ土台を工事中なので、完成時期を計算すると相当先のような気がするのだ。


「予定では、お館様が十六歳の誕生日を迎えた時に合わせて、屋敷の落成式と結婚式を同時に行う予定です」


 その頃には、ヴィルマは十四歳になっているはず。

 十三歳よりはマシだと、エドガー軍務卿などは思ったのかもしれない。


「という大義名分の元、時間ができたので、お館様に側室を押しつけるチャンスをできたと大喜びしている貴族たちもいるでしょう」


 非常に迷惑な話である。

 前世で一人の彼女すら持て余した経験のある俺が、今では四人の婚約者持ちなのだ。

 これ以上増えたら、リア充ではない俺ではまた持て余してしまう。


「間違いなく、ルックナー財務卿が延期を提案したのでしょうな」


「まったく、あの人は……」


 結局、ルックナー男爵によるローデリヒの認知はなかったことにされた。 

 その理由は、本人が頑なに拒絶したのと、未開地開発で家宰を務める人物に余計な仕事を増やさないためだ。

 その結果、ローデリヒにとってルックナー財務卿は伯父でもなんでもなく。

 元から完全な他人だと思っていたこともあって、伯父に対する態度はかなり冷淡なものとなっていた。

 苦しい時にまるで助けていないので、当然なんだけど。


「今回の事件で大きな失点をしていますからね。噂によると、孫娘をお館様の側室に差し出そうと考えているそうで……」


 これはトリスタンが、エドガー軍務卿から手に入れた情報のようだ。

 ライバルの動向には敏感なんだな、大貴族って。


「それ、ホーエンハイム枢機卿が激怒しないかな?」


 ルックナー男爵邸での大量虐殺事件は不幸な結末であったが、もしあの怨念が屋敷の外でも活動していたら大被害となり、ルックナー財務卿への責任論も浮上していたはずだ。

 なのに、大事件を防いだホーエンハイム枢機卿を余計に怒らせて、一体どうしようというのであろうか?


「エリーゼ様の対抗馬を、あえて押し込めるのですかね。それは、ホーエンハイム枢機卿も怒るでしょう。計画倒れの可能性が高いと、親父も言っていましたから」


 その孫娘とはまだ八歳なのだそうだ。

 さすがに、年齢が一桁の女の子とは式を挙げるのは、いくら貴族でも不可能だ。

 できなくはないが、決してよくは思われない。


「お断りだし、こんな開発途上の僻地に来れる貴族のお嬢様なんて、はたしているのかね?』


 なんでも完璧超人のエリーゼはともかく、ルイーゼとイーナは俺と生まれに大した違いもないし、ヴィルマは自分で自分の食い扶持を稼ぐほど逞しい性格をしている。


 『初代で成り上がったバウマイスター伯爵は、最低でも冒険に同行できる娘でないと嫁にしない』と、貴族たちが思ってくれた方が好都合でもあったのだ。


「どのみち、屋敷が完成しないことには……」


「結婚式も挙げられないと」


 もう少し町の建設が進めば、現在はバウマイスター騎士爵領内にある屋敷をここに移築することも可能なわけで、今は結婚式よりもバウルブルクの建設を一日でも早く進める必要があるというわけか。


「というわけでして、お館様にはさらなる奮闘を」


「ローデリヒは、やっぱり鬼だと思う」


 俺は、配給された酒を飲み干してから、割り当てられた仮設住居の中で横になる。

 明日からも仕事は沢山あるので早く寝ないと……俺、本当に伯爵になったのか?

 イマイチ実感が湧かないぜ!

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