第135話 末路
「ふふふっ、大成功であったな」
「左様ですな、父上」
財務卿である実の兄との面談を終えた私は、その日の夜、自分の家族や同じ派閥に属する者たちを呼んでパーティーを開いていた。
参加者は、自分の正妻に、跡取り息子と娘が一人ずつ。
他は財務系の仕事を生業とする、反主流派に属する準男爵や騎士爵位を持つ法衣貴族が十二名ほど。
彼らも家族や主だった家臣たちを連れて来ており、みんな大いにパーティーを楽しんでいる。
朗報があったからな。
私の家臣たちは会場の警備を担当しているが、本来必要もない仕事なので、酒や食事を楽しんでいる者たちもいた。
まあ、今日は構うまい。
屋敷で働くメイドや使用人たちは給仕に大忙しであったが、あとで小遣いでも出しておくかな。
私は今、非常に機嫌がよかった。
「そういえば、あのバウマイスター騎士爵家の長男は死んだようですな」
「そういう魔道具だからな。もしかすると、ろくに魔道具すら使えない無能ではないかと心配したが、さすがにそれはなかったか」
「田舎貴族は所作見苦しいばかりでなく、頭が悪いですからな。父上の懸念もごもっとも」
「ふんっ、我らのように、日々王国を支えているわけでもないくせに、プライドばかり一人前の泥人形だからな」
バウマイスター騎士爵家の長男に、『竜使いの笛』だと嘘をついて『怨嗟の笛』を渡し、アンデッドにしてしまい、バウマイスター男爵に始末させる。
向こうとて、あの長男には暴発してほしいと願っていたのだし、むしろこちらは彼らに協力したとも言えるのだ。
そのお礼はちゃんといただかねばな。
バウマイスター男爵が地下遺跡から生還してからの路線変更であったが、騙す相手が無能なので実に上手くいった。
「問題はあの冒険者ですか?」
「アレならば、始末する予定だ」
現在、数名の腕の立つ家臣たちをリーグ大山脈の途中に配置している。
依頼を終えて山道を進んでくるフリーの冒険者は、確実に始末されるはずであった。
いくら腕が立つとはいっても、こちらは不意打ちをかけられるからな。
死体は、装備品を剝ぎ取って山中に放置しておけば、動物たちが始末してくれるだろう。
証拠隠滅も完璧だな。
「あんな高地にある山道だ。負傷した時点でまずき残れないだろうな」
そして、多数生息する動物たちに始末される。
多少の残骸が残ったところで、死人には口無しなので証拠にはならないはずだ。
「あの者は、父上が重用していたのでは?」
「便利な駒ではあったな。口も堅いのでな。ただあの程度の冒険者、代わりなどいくらでもいるからな」
冒険者本人はワシの秘密を知る立場にいるいせいで、自分が他の冒険者たちとは違うと思っていたようであったが、金で動くどこの馬の骨とも知れない冒険者など、使い捨ての駒に決まっていよう。
「所詮は、吹き溜まりの中でマシな部類の人間であったというくらい。そもそも、冒険者とは魔物を狩ってナンボの商売だ。私の汚い依頼を受ける時点で、チンピラに毛が生えた程度の存在しかない。代わりなどいくらでもいるからとっとと始末するに限る」
「それは、あの長男もですか?」
「アレはもっとバカだ。いくら弟が魔法の才能に長けているとはいえ、まだ十五~六歳の若造だぞ。心の中で舌を出して頭を下げれば大儲けなのに、それができない時点で貴族失格なのだ」
息子よ。
お前は、私が跡取りと見込んだ男だ。
優秀なあ奴よりも、あえてお前を跡取りに選んだのだから、私のやり方をよく聞いて以後も実践してくれよ。
「所詮は田舎者というわけだ。お山の大将でないと我慢できない。なら努力をすればいいのに、それもできない。つける薬がないバカとは、ああいう男のことを指すのだ」
「だから利用して捨てたと?」
「あのバカにでも利用価値があったのだ。むしろ感謝してほしいところだ」
パーティー会場では、みんなが明るい表情で談笑し、料理や酒を楽しんでいた。
まったく縁がないと思っていた未開地開発で、私が奮闘していくばくかの利権を、犬猿の仲である実の兄から勝ち取った。
この派閥は反主流派で、これを率いる私の才覚のみで運営している。
だからこそ、派閥の維持のために私は奮闘し、久々に実入りのよさそうな話に全員が気をよくしていた。
しばらくは、私の派閥の安泰かな。
「それにしても、あの下女の子供を認知するとは……」
「認知はしても遺産など一セントも渡さないし、爵位の継承もあり得ない。だが、ローデリヒと我らに血縁がある以上、彼を家宰にするというバウマイスター男爵は、私たちになにかしらの便宜を図る必要がある。いくらローデリヒが拒否したくても、それが貴族の世界というものだ」
父である私の温情で、庶子であった次男ローデリヒを認知した。
貴族の世界では、みんなが私の寛容さを褒め称え、ローデリヒを雇ったバウマイスター男爵もそれに応えなければならない。
我ながらバカらしい慣習だとは思うが、明日は我が身と考える多くの貴族たちが、私のやり方を支持してくれるわけだ。
ローデリヒをクビにする?
それは絶対にない。
なぜならローデリヒは非常に優秀な男で、そう替えが利く存在ではなかったからだ。
今から、バウマイスター男爵が新しい家宰候補を探すのは不可能であろう。
未開地開発の遅延が許されない以上、バウマイスター男爵はローデリヒを使い、その縁で私たちは利権を得られる。
そして多くの貴族たちが、それを渋々ながら認める。
兄上。
こういう戦い方もあるのだよ。
「逆に、あの下女の子供からは親子の縁は切れない。あの下女の子供が未開地開発で代官を任される以上、逃げてこちらと接触を断つわけにもいかず。バウマイスター男爵も、渋々ながら認めるしかないというわけだ」
親が子供と縁を切るのは容易だが、その逆はできない。
それほど、貴族家の当主とは家族に対し強力な権限を持っているのだ。
「急ぎ、一から代わりの代官を探し始めてたとしても、どいつもこいつも誰かの紐付きで、バウマイスター男爵も頭を抱えるでしょうね」
わかっているではないか、息子よ。
私のことを批判する上品な大貴族たちとて、中身はほぼ変わらないというわけだ。
それに、ローデリヒは優秀だ。
そう簡単に手放したくはないと、バウマイスター男爵も思うであろう。
「相変わらず、悪辣ですな」
「平和な時代が続き、上に大物貴族たちが詰って、なかなか入れ替えもない時代だ。バウマイスター男爵のように強力な魔法が使えるわけでもなし、人と違うことをしなければ成り上れないさ」
でなければ、いくら現財務卿の弟でも、次男が派閥など作れるはずもない。
どんなに悪辣でも、派閥が生き残れて大きくなれば勝ち。
それが世の中の現実というものだ。
「さて、そろそろみなに挨拶をするか。まずは……」
「きゃぁーーー!」
「何ごとだ?」
私と息子が、パーティーに参加している面々に挨拶をしようとしたその時。
パーティー会場の窓際にいた、パーレー準男爵夫人が突然大きな悲鳴をあげる。
全員がその方を見ると、窓の外一杯に黒い煙のようなもので構成された巨大な顔が映し出されていた。
その目はルビーのように赤く光っており、さらに強く光った瞬間。
パーティー会場の窓が破られ、黒い煙の顔は中に入ってきた。
そしてそれと同時に、会場中をその黒い煙が覆い始めていた。
「化け物め、成敗してくれる!」
「お館様たちは後ろに下がってください!」
不気味な化け物の侵入に反応し、家臣や警備の兵士たちが剣を抜いて斬りかかるが、相手は煙のようなものなのでまったくダメージを与えられなかった。
どれだけ斬りつけても、剣が宙を切るばかり。
逆にその体を黒い煙で包まれ、ほんの数秒で糸の切れたマリオネットのように倒れてしまった。
私が倒れた家臣や警備の兵士たちの顔を見ると、すでに彼らは絶命しており、その体の色は土気色に変色していた。
「ひっ!」
さらに悪いことは続く。
パーティー会場中に漂っていた黒い煙は、今度は家族や他の貴族たちなど。
自分を除くすべの参加者たちを包み込み、彼ら全員の命をあっという間に奪ってしまった。
「ひぃーーーっ!」
一分経たず、パーティー会場にいた五十名以上の人間が一瞬の内に絶命してしまう。
あまりの恐怖に、私は転がるように逃げることしかできず、さらに気が動転していたのであろう。
なにかに躓いて転んでしまうが、それをよく見ると、苦悶の表情のまま絶命した自分の息子であった。
「ハック! どうして? 一体私になんの恨みが?」
「ヴェンデリン! ルックナーダンシャク! コロス!」
「お前……もしかして……」
未開地で怨嗟の笛を使わせて始末したはずの、バウマイスター騎士爵家の長男なのか?
黒い煙になっているということは、悪霊?
いや、怨念と化しているのか?
「しかしあいつは、私の顔など知らないはず……」
さらにおかしな点といえば、私の作戦どおりに事が進んでいたとして、まだバウマイスター騎士爵家の長男が怨嗟の笛を使ってから、およそ二日ほどしか経っていないはず。
それだけの短期間で、リンガイア大陸南端からこの王都まで飛んで来て、さらに顔を見たこともない私を探り当てただと!
アンデッドと化したバウマイスター騎士爵家の長男が、バウマイスター男爵、その婚約者であるホーエンハイム子爵家の聖女、ブライヒレーダー辺境伯のお抱え魔法使い、そしてアームストロング導師。
これほどの面子と戦って生き残ったということは……この惨状を作り出せる力があって当然というわけか。
そして私は、確実にバウマイスター騎士爵家の長男によって殺されるだろう。
これほどの恐怖を、私は感じたことがない。
「私が、無能な田舎貴族に殺されるだと! そんなことがあってはいかんのだ!」
「オマエモ、シネェーーー!」
黒い煙で殺されるのかと思ったが、意外にも黒い煙を操る悪霊はなにもしてこなかった。
不思議に思うのと同時に、もしかして力尽きたのでは? などと考えた私であったが、すぐにその考えが甘かったことを知る。
「ニクゥーーー!」
「シンセンナニクゥーーー!」
先に殺された、他の貴族たちや、使用人たちや、息子を含む家族のゾンビたちが一斉に起き上がり、私に襲いかかってきたのだ。
「そんな! こんな酷い話があっていいものかぁーーー!」
ゾンビと化した息子、家族、使用人たち、そして同じ派閥の貴族たちのゾンビに体中を貪り食われながら死んでいく。
そうか……バウマイスター騎士爵家の長男……クルトだったか……。
お前もそうやって死んだわけだな。
だから同じ方法で、恨みある私を殺すわけか……。
クソッ!
せっかくあの兄を出し抜き、これから逆転するはずだったのに……。
すでに痛みも感じず、段々と意識が……保てなくなって……。
「はあ? 弟とその家族と使用人たち。そして、多くの貴族たちやがゾンビになった?」
「ええ、それも突然にです。ルックナー男爵邸に謎の黒い煙が発生し、それに触れた者たち全員が、だそうです」
ブライヒレーダー辺境伯やエドガー軍務卿などに、あの憎き弟の分の利権をどう認めさせるかで悩んでいたワシの元に、突然その弟の訃報が入ってきた。
まさかの報告に、最初ワシはなにを言っているのかわからなかったほどだ。
愚物とはいえ弟は、バウマイスター騎士爵家の長男を踏み台とし、今までずっと放置していた庶子を認知するという荒業で、貴族としてのピンチを切り抜けた。
周囲が引くほどの手まで使ってバウマイスター男爵と縁を作り、強引に利権に割り込む策が成功したので、その成功を祝し、子分たちを集めてパーティーを開いていた時、この惨劇に見舞われたと報告を受けた。
警備隊に属する知り合いの騎士から報告を受けたワシは、急ぎ現場へと直行した。
惨劇の舞台となった弟の屋敷では、黒焦げになった五十体以上の死体の身元確認が警備隊員によって行われており、普段死体に慣れていないワシは胃の奥から込み上げてくるものと懸命に戦う羽目になっていた。
ワシよりも先に駆けつけた聖職者や魔法使いたちの中に、ホーエンハイム枢機卿の姿も確認できた。
「ホーエンハイム枢機卿」
「卿の弟ならば、あそこにいるぞ」
不機嫌そうな表情を崩しもしないホーエンハイム枢機卿は、ワシに弟の死体が置かれている場所を顎で指差した。
見ると、ほぼ骨しか残っていない死体が一体倒れている。
どうやら、五十体以上ものゾンビに肉をすべて食われてしまったようだ。
憎き弟ながら、哀れな最期だな。
ワシからすべてを奪おうとしたのに、最期は肉すら剥ぎ取られて死んでしまうなんて。
これほどの皮肉はないと思いつつ、死体を見た気持ち悪さから、先ほど食べた夕食を吐きそうになってしまう。
「これほどの人数を殺したアンデッドとは?」
「ワシは、孫娘とアームストロング導師から通報を受けていてな」
二日ほど前、未開地におけるバウマイスター騎士爵家の長男によるバウマイスター男爵暗殺未遂事件の結末と。
王都方面に逃げてしまった怨念の残りカスの存在。
なにもできないとは思うが、万が一のことがあるかもしれないので注意してほしいと。
ブライヒレーダー辺境伯が雇っている通信用の魔法使いから、緊急で連絡が入ったそうだ。
「念のため、聖魔法を使える神官を複数名待機させていたのだ。エドガー軍務卿も、パウル殿から通報を受けていてな。同じく念のため、強力な火魔法が使える魔法使いを数名待機させていた」
その甲斐もあり、被害はパーティーに参加していた人たち以外には一人も出ていなかった。
膨れ上がるアンデッドの存在を探知した神官たちが会場に駆け込み、ゾンビたちに生きたまま食われているルックナー男爵を見ながら高笑いをしていた黒い煙の塊を一瞬にして『聖光』で浄化。
続けて飛び込んで来た数名の魔法使いたちが、数十体ものゾンビたちを一体残らず焼き払ったとの話であった。
「そんな……ワシにはなんの報告も……」
「できると思うかね? このような惨劇に見舞われた卿の弟には哀悼の意を表するが、もし事前に王都に向かうバウマイスター騎士爵家の長男の怨念の存在を知った卿の弟がこの惨劇を回避した場合。ますます頭に乗っておかしな要求をしてきたはず」
「それはつまり……」
ホーエンハイム枢機卿。
もしや、弟たちがバウマイスター騎士爵家の長男の怨念に皆殺しにされるのを待ってから、神官たちに浄化させたというのか?
生臭が!
「誤解もいいところだな。そんな理由でこれほど沢山の人間を見殺しにするわけがない。怨念が王都に到達したのが早すぎたのだ。それにローデリヒの件は、いかようにも突っぱねようがあった。卿が手を抜いただけだ。憎んでも弟か……」
「それは……それはない!」
それは絶対にないのだ!
ここまでやらかされて、ワシだって弟を……いや、ワシは弟殺しという悪評を多くの貴族たちから受けるのが嫌だったのかもしれない。
そして今、弟が悲惨な最期を遂げて、どこか安心している自分もいた。
「ワシは卿の弟に斟酌する理由はないのでな。それに卿の弟のせいで、ワシの孫娘とその婚約者であるバウマイスター男爵が死にかけた。それをあやふやにして処分もせず、向こうの奇手に怯えて利権を認めろだと? 卿は、自分だけ手を汚さずに濡れ手に粟を狙っているのかね?」
「いえ、そんなことは……」
ワシは政府閣僚で侯爵でもあったが、ホーエンハイム枢機卿は子爵ながらも教会の枢機卿である。
しかも、ミスをしてるのはワシなのでなにも言い返せず、ただ恐縮するばかりであった。
「未開地の開発には財務卿である卿の協力も必要なので、これ以上はなにも言わぬが、それなりの誠意が必要であるとワシは思うのだよ」
そこまで言うと、ホーエンハイム枢機卿はエドガー軍務卿の命で駆け付けた魔法使いたちに丁寧にお礼を言い、神官たちに念入りに屋敷の浄化するようにと命じてから帰路についていた。
その後ろ姿を、ワシは肩を落としながら見送るしかできなかったのであった。
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