第132話 怨嗟の笛

「ブランタークさん、あの黒い竜巻の中では、いったいなにか起きているのでしょうか?」


「具体的に説明することは、冒険者歴と魔法使い歴が長い俺もできないが、間違いなくあの中で、ろくでもないことが起こっているのだけはわかる」


「ろくでもないことですか……」




 ルックナー弟から、謎の魔道具を手に入れたクルトを暴発させるため、俺たちはわざと未開地に視察に出ていた。

 視察自体は必要なものではあった。

 現在のバウマイスター騎士爵領と、パウル兄さんが独立する準男爵領、そして俺が未開地の大半を分与される予定の伯爵領の三つ。

 その境目は今はただの平原であり、ご丁寧に線など引いていない。

 元から線が引いてあったら、多くの貴族たちが領地境を巡って紛争なんて起こさない……でもないか。

 将来起こるかもしれない子孫たちによる領地境を巡る争いを避けるため、しっかりと現地を検分し、当主たちが確認しておく必要があったからだ。

 ただ、別に今日である必要はなく、やはりクルトを暴発させるのが最大の目的となっていた。


『問題なく……という方も変か。とにかく奴は潜んでいるようだな。お供は五名』


『意外と多いな』


『エルの坊主、奴は一応次期領主なんだぜ。そのくらいの支持者がいないと悲しいじゃないか』


 さすがに一人では来ないか。

 極秘裏にことを進める必要があるにしても、ここは野生動物が多いのである程度の人数はいた方がいい。

 人間が多いと、遭遇した動物たちが逃げてくれるケースが多いからだ。

 俺と揉めたエックハルトはいると思うけど、他は誰だか見当がつかない。

 本村落の誰かであろうが、そこは次期領主というわけか。

 クルトたちは暗い内から領地を出て、事前にこの辺に潜んでいたのであろう。

 ブランタークさんの『探知』にかかれば、そんな行動は筒抜けなのだけど。

 俺も、視察予定地に到着した直後から、少し離れた藪の中に六人分の反応に気がついていたが、あえて気づかないフリをしながら視察を続けていた。

 さて、クルトがどんな魔道具を使うのかと内心では身構えていると、突然彼らがいると思われる藪の中からオナリナと思しきメロディーが聞こえてきた。

 そしてすぐ、周辺の地面からなにか黒い煙?モヤ?雲?の塊のようなものが多数噴出し、それらが一旦天に昇ってから、次々とクルトたちがいる藪へと集まっていく。

 集まった黒い霧は、クルトたちが潜んでいる藪全体を包み込む巨大な竜巻と化し、その中の様子がわからなくなってしまった。


『いきなり自爆?』


『いや、さすがに竜巻の中は安全はなず……。仮にも魔道具の使用者だし、まだ彼らは『探知』できるからな……いやしかし惨い……』


『ブランタークさん?』


『あくまでも、クルトだけは無事だってことだ』 


 どうやら台風の目と同じで、中心地は黒い煙の影響を受けないようだ。

 ただし、クルトだけはという注釈がつくらしい。

 黒い煙の影響であろう。

 すぐに、エックハルトたちと思われる悲鳴が聞こえてきて、その直後『探知』できなくなった。

 どうやらエックハルトたちは死んだようだな。

 実際にエックハルトの死を目撃したわけではないので、推定でご愁傷様といった感想を抱くしかなかったのだが。


『自分だけ無事なら、ついてきた部下たちは全員死んでも構わないなんて、あいつは人でなしだな』


『人の上に立つ器じゃないわね』


『わかりやすい小物だよ!』


『『……』』


 エル、イーナ、ルイーゼのクルト評を聞き、パウル兄さんとヘルマン兄さんは複雑な表情を浮かべていた。

 俺もそうだが、ここまで追い込まれなければ、自分についてくる領民たちを使い捨てにするような兄ではなかったのだと……いや、そう思いたいだけなのかも。


『……残念だが、いざという時にその人の本性ってのが出てしまうものさ。クルトは、自分をそういう状況に追い込まないようにしなければいけなかったんだ。追い込まれてしまった結果がこの様で、あいつが評価を落としたのは自業自得だろうぜ』


 ブランタークさんの、クルトへの評価は厳しかった。

 ただ、冒険者時代にもこの手の輩は珍しくなかったようで、特に思うところはないようだ。


『このあきらかにヤバそうな黒い霧の竜巻。あれの中心部にいて、いつまでも無事なわけがない』


『えっ? それって……』


『じきにあいつも……』


 ブランタークさんの予想が当たり、すぐにクルトと思われる断末魔の声が聞こえてきた。

 随分と禍々しい竜巻なので、あの中にいるクルト自身もいつまでも無事なわけがないか。

 どうやらクルトは、俺たちに姿も見せないまま、勝手に魔道具に殺されてしまったようだ。

 なんとも締まらない結末だが、どう考えてもこのままで済むわけがない。

 なぜなら、彼が死んでも黒い霧の竜巻が消えどころか、ますます周囲の黒い霧を集めて大きくなり続けていたからだ。

 そして、なぜかオカリナのメロディーは一切乱れることなく演奏され続けていた。


『オカリナの演奏が消えない、ヴェル様?』


『ヴィルマ、どうやらこれは戦わないといけないみたいだな』


『食べられないのに……』


 俺たちは、まだ巨大化していく竜巻を確認しながら、自らの身を守るべく戦闘態勢を整るのであった。



 

「なんとなく、どういう魔道具か理解できた。やっぱりクルトなんて、使い捨ての道具だったんだな。みんな、絶対にあの黒い霧に触れるなよ」


 どうやらあの黒い煙は、直接触ると危険なもののようだ。

 クルトが絶命してからもあちこちの地面から湧き続け、遠方の空からも大量にやって来ては、竜巻と合流して大きくなっていく。

 触れると大変なことになるということで、黒い煙状の物体から身を守るべく、ブランタークさんと共に俺は『魔法障壁』を展開した。

 視察に来ていた全員が、急ぎ『魔法障壁』の中に入る。


「これ、虫? 雲? 霧? なんだ?」


「エルさん、これは怨念が顕在化したものです」


 エルの疑問に、この分野には詳しいエリーゼが答えていた。


「えっ? 怨念って顕在化するの?」


「それは、あの笛の力だとしか……」


 イーナの疑問に、エリーゼは少し曖昧に答えていた。

 さすがの彼女も、魔道具にはさほど詳しくなかったからだ。


「ねえ、導師様は知っているの?」


「多分アレは、『怨嗟の笛』である!」


「怨嗟の笛?」


 意外というか失礼だが、導師はクルトが吹いている魔道具に心当たりがあるようだ。


「怨嗟の笛とは、古代に製造された仇討ち用の魔道具なのである!」


「仇討ち用ですか……(俺って、恨まれてるなぁ……)」


「本人の強い恨みと、笛の音色で周囲から集めた怨念をもってして、自分の身を強力なアンデッドと化し、その目標を確実に殺す。自分の身を犠牲にしてまでも討ちたい相手を確実に殺すための魔道具である!」


「『竜使いの笛』ほどではないが、王国では危険な代物であると認定され、そう簡単に手に入るものじゃない。ましてやクルトにはな」


 ブランタークさんが説明をつけ加えた。

 バウマイスター騎士爵領から一歩も出たことがないクルトが、怨念の笛を手に入れるのは非常に難しい。

 やはりルックナー弟が、クルトにあの笛を提供したのか……。


「アレの入手先は裏市場でしょうか?」


「怨嗟の笛は、竜使いの笛よりは入手が容易い……あくまでも比較論であるが、その可能性は高いのである!」


 竜使いの笛を使われれば、最悪その都市が壊滅してしまう。

 だが怨嗟の笛であれば、目標の個人と最悪数名の巻き添えで済むことも多い。

 王国がどちらを危険視するのかは、一目瞭然というわけだ。


「どっちにしても、標的は俺なんですよね?」


「うむ。もの凄い怨念の具現化である! バウマイスター男爵は、相当恨まれていたようである!」


「いや……完全に、向こうの勝手な言い分だと思いますけど……」


 いまだ次々と周囲から集まってくる黒い煙は、ついにはクルトたちがいた藪を中心として、直径五十メートル、高さは百メートルほどの巨大な竜巻に成長してしまった。

 そのあまりの大きさに、俺たちは慌てて後退して距離を離すほどであった。


「伯父様。今思い出したのですが、昔見た本の説明ではもっと竜巻は小さかったような……」


「怨嗟の笛が作り出す怨念の竜巻がここまで大きくなった原因は、いくつか考えられるのであるが……」


 まずは、この未開地が広く開けた土地であったこと。

 怨念とは、比較的簡単に発生するものらしい。

 植物や昆虫が、走っていた鹿に踏み潰される。

 ウサギが狼に狩られる。

 熊が川で溺れ死んだり、子供が育たなくて死んでしまうなど。

 人間社会においても、上司から叱られる。

 日常生活で、家族や友人、知人の言動が気に入らなくてイライラを募らせたなど。

 その時にもわずかではあるが怨念が発生し、それは周辺の土地に染み込むそうだ。


「だが時間が経てば、蒸発する水のように消えてしまうのである」


 普通の場所ならばそうなのだが、いわゆる『よくない土地』などと言われるような場所だと、蓄積した怨念がその土地を利用する者に害をもたらす。

 王都の瑕疵物件のように、殺されて恨みが強い悪霊などが発生すると、その場にある怨念が増幅されて悪霊のエネルギー源となってしまうそうだ。


「つまり、あの男の怨念が予想以上に強く、笛の力を利用して、開けた未開地中から大量の怨念が集まってしまったのである!」


 未開地には、無念にも惨殺された人などおらず……魔の森の遠征軍は、全員浄化してしまったのでカウントしなかったけど……一ヵ所から集められる怨念などわずかな量でしかないが、未開地は広大なので塵も積もればということらしい。


「ということは、ヴェルの兄貴が笛を吹くのをやめさせないと駄目ってことですか?」


「やめさせるというよりは、魔道具か使用者を破壊するしかないのである!」


「えっ、それはどういう?」


 エルは、導師のクルトを殺すではなく、破壊するという発言に違和感を覚えたようだ。


「エルヴィン少年、バウマイスター男爵やブランターク殿が、なぜすぐに『魔法障壁』を張ったと思うのである? あれほど濃厚な怨念を普通の人間が直接その身に受ければ、死は避けられぬからである!」


 導師はエルの質問に答えつつも、もうクルトが生きているはずはないと説明した。

 怨念とはマイナスの要素であり、少量ならば大した影響もないが、大量ならば生物を病気にしたり最悪死に至らしめるからだ。


「あれだけの量の怨念に囲まれてしまうと、常人ならば一瞬で発狂するはずです。一時的に、怨嗟の笛の力でそれを防げていたようですが、結局は短時間で体の機能が停止してしまいます」


 エリーゼが、俺を見ながら申し訳なさそうに説明をする。 

 ようするに、クルトとその取り巻きたちはすでに死んでいる可能性が高い……俺は『探知』のおかげで知っていたけど。


「エリーゼが気にすることなんてないさ。こう言うと悪いかもしれないが、自業自得だ」


 その死を心から望まれながら、今まで散々に嫌がらせを受け、挙句に人の暗殺まで試みたのだ。

 それに、どうせ生き残ってもろくな結末が待っていないはず。

 後顧の憂いを断つべく、ブライヒレーダー辺境伯や中央の大貴族たちがクルトを生かすはずがないのだから。

 もう教会に送り込むことすら不可能だな。

 

「でも、ならどうして笛の音が鳴り続けているのかしら?」


「単純明快で、笛が魔道具だからである!」


 イーナの疑問に、導師が素早く答えていた。

 怨嗟の笛は魔道具であり、一度息を吐いて稼動させると、あとは稼動させた者が標的にしている人間を殺すまで笛の音は止まらない。

 実際に今も、オカリナのあまり聞いたことがない曲が流れ続けていた。

 普通の人間がオカリナを吹けば、息継ぎが必要なので曲が流れ続けることなんてない。

 これも、怨嗟の笛が魔道具だからであろう。


「あれ? 笛の稼動者が標的にした者を殺すまで? でも、あのお兄さんはもう死んでいるんだよね?」


 ルイーゼが疑問に感じたことは、俺も感じていた。

 もうとっくにクルトは死んでいるのに、なぜ笛や集まった怨念が俺を標的だと認識するのであろうかと。


「その答えは、怨念の集合体を操る存在として、笛の稼動者をアンデッドにするからだ。確実に標的を殺すためにな。坊主、浄化するのは結構な手間だぞ」


 『魔法障壁』の展開に集中していたブランタークさんから、例の巨大な黒い竜巻に変化が生じたという報告が入る。

 見ると、そこには全高さ五十メートルほどの黒い煙で構成された巨人が立っていた。


「怨念の集合体……」


「胸の部分を見てみな」


 ブランタークさんに言われて巨人の胸を見ると、そこには肌が焦げ茶色に変色し、ゾンビと化したクルトが埋め込まれていた。

 クルトは相変わらずあのオカリナを口に咥えており、そこからは例のメロディーが流れ続けている。

 さらによく見ると、首筋や手足の一部が食い千切られたように欠損していて、その傷口がドス黒く変色していた。


「あの取り巻きたちが先にゾンビ化して、食われて死んだようだな。そして死後ゾンビにされて、あの黒い巨人のコアにされる。えげつねえ魔道具だ」 


 確かに、俺ならどんなに追い詰められても絶対に使いたくない魔道具であった。

 それとクルトの取り巻きたちであったが、やはりゾンビ化して黒い巨人の胴体や手足などに、まるで飾りのように埋め込まれていた。

 やはりエックハルトもいたな。

 クルトに従わず、鍛冶屋として腕を磨いていれば……それができないからこうなったのか……。


「なんというか、初めて見るアンデッドだな。ヴェル、これはゾンビなのか? レイスなのか?」


「わからん」


 胸にはクルトのゾンビ、他体中に五体ものゾンビも取り込んでいるからゾンビかもしれないが、体の大半が煙のように質量がない怨念で構成されているからレイスかもしれない。

 巨人はアンデッドではあるが、種類の判別が難しかった。

 はたしてのちに、どういう種類のアンデッドに分類されるのであろうか?


「気持ち悪い。倒しても、肉は取れない。早く倒すべき」


 もっとも、ヴィルマに言わせるとそんなことはどうでもいいようだ。

 食べられる野生動物や魔物なら倒す楽しみがあるが、こんな食えもしないアンデッドは早く倒すべきだと。

 俺のローブの裾を引っ張りながら、早く倒そうと言ってきた。


「でも、強そうじゃないか?」


 ルックナー弟ごときが渡す魔道具なので、大したこともできないはず。

 丁度良い機会だから、クルトの暴発を誘発させてしまえばいい。

 などと言っていた割には、ブランタークさんも合計六体ものゾンビが埋め込まれた黒い煙の巨人の禍々しさに絶句しているのだから。


「ブランタークさん!」


「ああ……すまん。坊主って、もの凄くクルトに恨まれていたんだな」


「そこは今さらでしょうし、さっき導師が同じことを言っていましたよ」


「そうだったかな。人間の逆恨みって怖いのな。この年になって、改めて実感したよ」


 完全に向こうの思い込みであったが、鬱屈した恨みが強すぎて、未開地という地形効果もあって大量の怨念を呼び寄せてしまったのだから。

 向こうにしてみれば、まず俺が生まれたことからして悪なのであろう。

 しかも、そんな悪である俺が大人しく慎ましやかに冒険者として生活していればよかったのに、竜を退治して貴族になるなど。

 クルトからすれば、まず許されないことなのだ。

 なにしろ自分は、本家の跡取りにして長男様なのだから。

 そんなことは間違っているので、俺が持っている金をすべて長男様に差し出し、自分の奴隷のように働けば許さないでもない。

 すべてクルトだけの都合、要望であり、自分の思い通りにならない俺は邪魔な存在なので殺した方がいい。

 そこまで考えている人間を、ただ血の繋がった兄だからと言って容認できるほど、 俺は聖人君子ではなかった。


「それでどうします?」


「どうって……」


 怨嗟の笛の範囲内の未開地からすべての怨念を吸収した黒い煙の巨人は、早速標的である俺目掛け、その拳で連続してパンチを繰り出した。

 だが、ブランタークさんと共同で展開した『魔法障壁』に阻まれ、まるで効果を発揮していない。

 それでも懲りずに、連続して両手を振り下ろし続け、その衝撃で『魔法障壁』がバンバンと大きな音を立てるので、もしかしたら『魔法障壁』が壊されるのではないかと、少し恐怖を感じてしまった。

 それはそうであろう。

 全長五十メートルほどの巨人から、『魔法障壁』で守られているとはいえその巨大な拳を振り下ろされているのだから。


「それならば、某の出番であろう! バウマイウスター男爵の身になにかがあれば、陛下も悲しむというもの! まずは某に任せるのである!」


 導師は俺の護衛の来たので、理論的には間違っていない。

 だが導師の魔法の特性を考えると、この黒い煙の巨人を倒すのは難しいはず。


「某が普段は使わない魔法で、始末するのである!」


 そう言うのと同時に導師は、俺とブランタークさんが展開している『魔法障壁』に開けたら穴を素早くすり抜け、同時に『身体強化』をかけた。

 黒い煙の巨人は、邪魔な『魔法障壁』から出てきた導師を先に始末すべく、その頭上に拳を落とす。

 普通の人ならペシャンコになるほどの威力だが、導師はそれを単体用の『魔法障壁』で防いでしまった。


「導師って、『魔法障壁』を使えたんだな」


「いやいや、あの人は王宮筆頭魔導師だから!」


 エルからすると、導師が『魔法障壁』を使えること自体が初耳であったようだ。

 だが、導師の名誉のために言っていくと、導師は『魔法障壁』が使えないわけではない。

 俺やブランタークさんのように、複数人数をカバーする半円形の『魔法障壁』が使えなかっただけだ。


「ある意味、完全に単体戦闘専用なんだな」


「そういうことになるかな……」


 だからこそ、昔に導師よりも師匠を王宮筆頭魔導師にという声が上がったのだから。

 だが、導師の魔道具への知識などを見るに、別に導師の王宮筆頭魔導師就任は間違っていないとも言えた。

 あの見た目なので頭が悪そうに見えるけど、実は必要なことはすぐに覚えられる頭脳があったからだ。

 むしろ戦争にでもなれば、敵軍を容赦なく惨殺する恐ろしいまでの攻撃力の持ち主なので適任とも言える。


「他の魔法は魔力を大量に消費するゆえに! 紅蓮の火柱にて、完全に焼き尽くしてくれるのである!」


 そう叫びながら、導師が指先を黒い煙の巨人に向けると、突然その足元から強大な火柱が上がり、その体を完全に包み込んでしまった。


「会心のできだったのである! 『バースト・グレート・ライジング』!」


 『バースト・グレート・ライジング』とは、見てのとおり高温の巨大な火柱を標的の足元から発生させる魔法である。

 その威力は、普通の人間ならば骨も残らずに焼き尽くしてしまうほどだ。

 オリジナル魔法かと聞かれれば、そうとも言えるし、言えないとも言える。

 標的を火柱で包み込む魔法を使える魔法使いは複数いるが、『バースト・グレート・ライジング』と名付けているのは導師だけであったし、高さ百メートルにも及ぶ火柱を魔法であげられるのも、導師だけであったからだ。 


「もの凄い魔法だね」


「さすがは、伯父様」


 ルイーゼとエリーゼは、巨大な火柱に包まれて焼かれる黒い煙の巨人を見て導師の実力に感心していたが、ブランタークさんは訝し気な表情をしながら首を横に振っていた。

 俺も実はそうだ。

 『バースト・グレート・ライジング』の魔法自体は、もの凄いと思うのだが……。

 そして、イーナも俺たちと同じことに気がついたようだ。


「ねえ、ヴェル」


「ええと、なにかな?」


「私は魔法なんて使えないのだけど、あの黒い巨人はアンデッドなのよね? なら、聖魔法で浄化しないと駄目なんじゃないの?」


「そういうことになるかな」


 ゾンビのように腐っていても体があるのならともかく、あの大半が黒い煙状の怨念でできている巨人に、火系統の魔法が通用するはずがないのだ。


「伯父様は、黒い巨人を操っているあの人のゾンビを標的にしたのでは?」


 エリーゼは、大半のアンデッドは聖魔法でなければ倒せないという事実を失念していたわけではないようだ。

 あれほどの巨体なので、導師は先に黒い煙の巨人をコントロールをしている、クルトのゾンビを倒そうとしているのではないかと。

 なるほど、確かにそれならば効率がいいかもしれない。

 ただ、火柱が収まった地点には先ほどのままで黒い煙の巨人が立っており。

 加えて、胸の部分には目が血走ったままのクルトが絶叫していた。

 ゾンビではなく、レイスと化した状態で……。


「これは長丁場になりそうである!」


「ですね……」


 火魔法でクルトのゾンビを燃やし尽くしたのに、レイスになってまるで効果がなかった。

 こうなったら、聖魔法でなんとかするしかないな。

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