第131話 クルトの最期

「あのう……クルト様。一つよろしいでしょうか?」


「なんだ? エックハルト」




 どうにか情報を入手した。

 今日は、ヴェンデリン一行による未開地への視察が行われるそうだ。

 場所は未開地の大分奥のようで、そこならば例の『竜使いの笛』とやらを使っても問題ないはずだ。

 今回、俺に同行している者たちは合計五名。

 俺と同じくもうあとがないエックハルトに、比較的老齢の豪農が四名。

 みな、ヴェンデリンが来る前のバウマイスター騎士爵領を支持している者たちであった。

 世の中変化を求める声が大きいと言うし、そういえば分家の手先と化したヘルマンもあれこれとうるさかったのを思い出す。

 だがもし変えた結果、今よりも状況が悪くなったら誰が責任を取るというのだ。

 実際に本村落の領民たちは、ヘルマンの言う変化を望まなかった。

 だから俺は変えないことを選択したというのに、いざヴェンデリンが魔法で色々と変えてしまったら途端に裏切りやがって!

 それでも、俺に従ってくれる者たちもいる。

 みな、戦時招集される際に装着する槍や剣や鎧を装備して、俺の計画に参加してくれた。

 最初、密かに計画を実行するために単独での行動も考えたのだが、やはりこのくらいの人数で行動しないと、未開地の野生動物は俺たちにとって脅威であった。


「本当に、暗殺など成功するのですか?」


「するさ。この『竜使いの笛』ならな。これがあれば成功する確率は非常に高い」


「これが、王都から届けられたもの凄い魔道具なのですね」


「我々に協力してくれる王都の大貴族様もいるのか」


「なら安心だな」


 確かに、ヴェンデリンの魔法は恐ろしい威力を持っている。

 だが、いくら奴でも数の暴力には勝てないはず。

 『竜使いの笛』は、周辺の飛竜やワイバーンを呼び寄せる。

 リーグ大山脈に住む竜たちを大量に呼び寄せれば、いくらヴェンデリンとて生き残れないはずだ。


「そんなに大量の竜を、魔物の領域から引き剥がしても大丈夫なのでしょうか?」


「大丈夫だ。俺たちはな」


「ええと……それはつまり……」


 相変わらず、察しの悪いバカな男だな。

 鍛冶屋としても二流で、家臣にするにしても二流とは……。

 とはいえ、無能な人間の方が俺に捨てられないように頑張るし、余計な野心も抱かないから使いやすいか。


「それなりに被害は出るだろうな」


「そんな!」


「おいおい。特別な偉業を成すのに、なんもリスクを取らないつもりなのか?」


 確かに、今ここでヴェンデリンに向けて『竜使いの笛』を吹けば、山脈から大量のワイバーンと飛竜たちが飛来して、ヴェンデリン一行はおろか、大量の領民たちを殺すであろう。


「だが、俺たちが生き残れば勝ちなのさ」


 あのクソガキに媚を売るようになった領民たちも、親父も、生意気なヘルマンや分家の人間たちも抹殺して不穏分子を駆除し、ヴェンデリンの遺産を受け継ぎ、一から新しいバウマイスター騎士爵領が始まるのだ。

 いや、生まれ変わるのだと。


「しかし家族が……」


「そんなものは、また作ればいいじゃないか。若い妻が欲しくないか?」


 年老いた魅力のない妻など、新しいバウマイスター騎士爵領には相応しくない。

 新しい領地には、新しい若い妻というわけだ。


「俺とエックハルトは、まだ三十代半ば。残りのお前たちも、まだ五十歳にはなっていないだろう? 今なら十分にやり直せるぞ」

 

 俺も、エックハルトも、他の連中も。

 新しい統治体制に合わせて、外から若い嫁を貰えば済む話だ。

 子供など、また作ればいい。


「エックハルト。新しい従士長には、新しい妻が必要だと思うがな。他のみんなも、それぞれ重臣として働いてもらう。なにか異存はあるか?」


「いえ、我らはクルト様の命令に従うのみです」


「新しいバウマイスター騎士爵領かぁ。いいですね」


「若い妻かぁ。いいなぁ」


「しがない農民の俺が重臣……重臣かぁ」


「クルト様、我々はどこまでもついていく所存です」


 そうだ、それでいいんだ。

 とはいえ実は、『竜使いの笛』の笛を吹いたあと、笛に守られるのは俺だけなのだがな。

 運良く生き残ったら、重臣にしてやる約束はちゃんと守ってやるさ。

 俺は約束を守る男だからな。


「クルト様」


「来たか……」


 無理をして、早めにこの場所に伏せていた甲斐があったというものだ。 

 視界の先では、ヴェンデリンたちがなにかを話ながら、土地の状態などを確認しているようだ。

 お供はいつものメンバーと、なにを貰う約束をしたのか?

 意地汚い乞食のように護衛しているパウルたちと、想定外ではあったがヘルマンも数名の従士たちと共に周囲を固めていた。


「ヘルマン様がいますね」


「丁度いい。弟に媚びるバカは一緒に死ね!」

  

 もう憂いはない。

 ヴェンデリンも、それに媚びるパウルもヘルマンも。

 クソ親父も、バカな領民たちも。

 すべて、この『竜使いの笛』を使って浄化する時がきたのだ。


「では、いくぞ」


 『竜使いの笛』を口に咥えて息を吐くと、すぐに聞きなれないメロディーのようなものが流れ始める。

 音の質は、普通のオカリナとそう違わないようだな。

 俺には楽器の素養などなかったが、三日前に屋敷裏の森に笛を持参した陰気な冒険者の言っていたとおり、魔道具なので口に咥えて少し息を送り込めば、勝手にメロディーが演奏された。

 さすがは魔導具というわけか。

 このメロディーは、笛から音が出ているのかを人間が判別するために出ているらしい。

 竜を怒らせる音とは、人間の耳には本来聞こえないものなのだそうだ。

 だが、そんなことはどうでもいいのだ。

 あの小生意気なヴェンデリンさえ死んでくれれば、ただそれで十分なのだから。


「オカリナの音? ヴェル]


「エルも聞こえたか。突然どこからだ?」


 さすがは、一流の魔法使いや冒険者が揃っているだけのことはある。

 すぐにオカリナの音から、ヴェンデリンたちは俺たちの存在を見つけてしまったようだ。

 だが、いまだ俺たちの姿を確認できていないし、笛を吹いた時点でもう手遅れだ。

 もうすでに、竜たちはこちらに向かっているはずなのだから。


「これは……。もしや、なにかを呼び寄せる笛か?」


 ブライヒレーダー辺境伯の飼い犬が、俺が吹く『竜使いの笛』を見て呟いていた。

 

「まさか、『竜使いの笛』では? だとすればである!」


「導師、そんな物は滅多なことでは手に入らんよ。なにか他のものを呼び寄せる魔道具だと思う」


 この魔道具の正体に気がついたのは、紫色のローブを着た大男であった。

 だがそれを、バカなブライヒレーダー辺境伯の飼い犬が否定してしまう。

 本当に、賢いつもりのバカには笑うしかないな。

 よくそれで、ブライヒレーダー辺境伯家の筆頭お抱え魔法使いなどできるものだ。

 判断を誤って、そのまま竜の大群に食い千切られればいいのだ。


「ねえ、あれは?」


 ヴェンデリンの側室候補とやらのチビがなにかを見つけたらしく、空を指差していた。

 間違いなく、リーグ大山脈に住む竜たちがこの笛に呼ばれて集まって来たのだ。


「(お前らの命は、今日までだったようだな!)」


 竜の大群に襲われ、多勢に無勢で食われるヴェンデリンたちに、皆殺しにされるしかないバカな領民や家族たち。

 だが、そこからバウマイスター騎士爵領を復興させる中興の祖となる俺。

 最低でも伯爵になり、広大な領地に多数の新しい領民たち。

 多くの側室も含めて若く美しい妻たちに囲まれ、毎日貴族に相応しい贅沢な生活を送る。

 そしてそんな俺に、ブライヒレーダー辺境伯や中央の大貴族たちも一目置くようになるのだ。


「(俺のために、みんな死ね!)」


「あのクルト様……」


「(なんだ?)」


 人がせっかく気分よく笛を吹いているのに、邪魔をしてくるバカがいる。

 相変わらず使えない、愚か者のエックハルトであった。


「あれは、竜ではないのでは……」


「(はあ?)」


 竜を呼ぶ笛なのに、竜ではないものが接近していると、エックハルトも他の連中も騒ぎ始めていた。

 そんなわけがあるかと空を見ると、上空からなにか黒い煙のようなものがこちらに迫って来ているのが見える。


「(なんだ? あの黒い煙は?)」


「クルト様?」


 その黒い煙のようなものは、笛の音によってかなり広範囲から引き寄せられているらしい。

 大きさは、小さいものは小石程度で、大きくても拳大くらいであろうか?

 ただその数が尋常ではなく、それが雲霞のように群れでこちらに迫っていたのだ。


「クルト様、その笛を吹くのをやめた方がよろしいのでは? 話が大分違うような……」


 なにをバカなことを。

 確かにアレは竜ではないかもしれないが、あの禍々しさならばヴェンデリンを確実に殺せるはず。

 なにより、俺はあの黒い煙の被害を受けないのだから。


「(それに見てみろ! ヴェンデリンたちの慌てようと言ったらないではないか!)」

    

 次第に集まって来る黒い煙の塊に、ヴェンデリンたちは慌てて魔法で防御を開始した。

 つまり、彼らにとってそれほど危険なものということだ。


「クルト様! もうこれ以上は!」


「なんだ? これは!」


 笛を吹いている間、俺を守るようにと命じていたエックハルトたちであったが、所詮は卑しい平民。

 黒い煙の群れに恐怖して、その場から逃げ出そうとした。

 だが、こちらにやって来た黒い煙の群れに捕まってしまい、その体を覆い隠されてしまう。


「クルト様ぁーーー!」


「助けてぇーーー!」


 エックハルトたちから断末魔のような叫びが聞こえ、俺はこの笛でヴェンデリンを確実に殺せると再確認した。

 せっかく家臣にしてやると言ったのに恐怖で逃げ出した愚か者たちであったが、あの黒い煙の効果をその身で示してくれた点だけは褒めてやる。

 俺が伯爵になったら、せめていい墓を建ててやるとしよう。


「(この黒い煙が、ヴェンデリンたちの魔力が尽きるまで攻撃を続ければ……)」


 いくらヴェンデリンとて、数の暴力には抗えまい。

 竜を呼ぶ笛ではなかったが、使える魔道具だったのでよしとしよう。


「(このまま、ヴェンデリンたちを攻撃するんだ!)」


 俺は、さらに息を篭めて笛の音を大きくする。

 空を見上げると、まだ周囲から大量の黒い煙の群れが集まっており、それはまるで蝗の群れがこちらに向かってくるかのようだ。


「(エックハルトたちは、死んだのか?)」


 エックハルトたちを襲っていた黒い煙はすでに標的から離れ、新しく集まってきた黒い煙と合流して、俺の周囲にまるで竜巻のように渦巻いていた。

 俺は黒い煙の竜巻の中心部にいる形となったが、本当に笛のおかげでなんともなかった。

 一方ヴェンデリンたちは、懸命に魔法で黒い煙を防ぎ続けているようだ。


「(死んだようだな)」

 

 エックハルトを含めた五人は、もう死んでしまったようだ。

 ピクリとも動かず、肌も土気色になっていた。

 それにしても、もの凄い効果じゃないか。

 じきに、ヴェンデリンも肌が土気色になって死んでしまうと思うと、自然と笑みが零れてきた。


「(この黒い煙はなんなのだろうな? まあ使えるからいいか)」


 さて、このまま次はヴェンデリンたちをと思ったその時。

 ふとエックハルトの死体を見ると、手足がピクピクと動き始めているのに気がついた。


「(エックハルトたちは、実は生きていたとか?)」


 エックハルトたちは始めは手足を動かしていただけであったが、今度はノロノロとであったが、立ち上がって顔をこちらに向けた。

 

「(生きていたか。約束だから家臣にはしてやろう)」


 だが、起き上がったエックハルトたちの顔を見て、俺はあきらかになにかがおかしいと感じ始める。

 なぜなら、彼らの目の焦点はまるで合っておらず、口からは涎を、鼻からは鼻水を垂れ流していたからだ。

 それに加えて糞尿すら漏らしているようで、次第にその嫌な臭いが周囲に漂い始めた。


「クイモノ!」


「ニクゥーーー!」


「(はあ? お前たち、一体どうなって!)」


 五人は、よたよたとした足取りで俺に向かって歩いて来る。

 挙句の果ての、人を食い物だと?

 しばし混乱した後に、俺はあることを思い出していた。


『バウマイスター騎士爵家諸侯軍の戦死者は、ほとんどゾンビと化していたそうだ』


 最初に、ヴェンデリンが冒険者としてバウマイスター騎士爵領にやって来た理由。

 それは、遠征軍の戦死者が魔の森でアンデッド化しているので、それを浄化するためであったはず。


『ゾンビは、人間が持つ欲望の。特に、食欲に特化してしまうらしい。早めに浄化できてよかった』


 親父は俺に、ヴェンデリンが報告した内容を後になってから語った。

 その中で、ゾンビの生態についての話があったのだが、奴等は食べても栄養にもならないのにひたすら食べ物を求め、時には共食いまでするそうだ。


「(もしかして……)」


 もう死んだと思ったエックハルトたちが突然起き上がり、『クイモノ』と言いながら、俺に向かってくる。

 つまりこいつらは、黒い煙で殺されてゾンビとなり、俺を食らおうとしているのではないか?

 

「(バカな! だとしたらやめるんだ!)」


 慌てて奴等にやめるようにと声をかけるが、そういえば俺は笛を吹いているのであった。

 一旦笛を吹くのをやめようと、笛を口から外そうとするのだが、そこでとんでもない事実が判明する。

 笛が、口から外れないのだ。

 笛を吹くために添えた両手も離れず、笛の音を止めようと思って息を止めても、笛の音は止まらなかった。


「(息を吹き付けていないのに笛の音が……魔道具だからか!)」


 一旦口を付けて息を送り始めれば、あとは目的を達するまで笛の音は止まらないというのか?

 そんな風に考えた次の瞬間、俺は体中に激痛を感じていた。


「ニクゥーーー!」


 なんと、ゾンビと化したエックハルトたちが、俺の腕や足や首筋に喰らいついていたのだ。


「(こら! 離れろ! 次期領主に傷などつけて! お前らは死刑だぞ!)」


 ところがゾンビたちは、俺の体を貪り食うのを止めなかった。

 容赦なく体中の肉を食い千切り、俺は激痛のあまり、その場に倒れこんでしまう。 


「(とにかく逃げないと……)」


 だが、もう体に力が入らなかった。

 そういえば逃げようにも、周囲は竜巻状になった黒い煙で覆われている。

 なるほど、この笛は目標を殺す代わりに俺の命をも奪うようだ。


「(だから、中央の貴族など当てにならんのだ! ちくしょう! 俺の夢が! 希望が!)」


 ヴェデリンの遺産を使って、バウマイスター家中興の祖となる。

 そんな夢が音を立てて崩れ落ちるのを、俺は感じていた。


「(こうなったら道連れだ! 犠牲は一人でも多く! 死ね、ヴェンデリン! 死ね、ヘルマン! 死ね、パウル!)」


 俺が人生の最後に見たのは、首筋の急所に喰らいつこうとするゾンビ化したエックハルトの大きな口であった。 

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