第133話 決着

「おおっ! 業火で焼かれても、バウマイスター男爵への怒りで成仏できないとは! 恐ろしい執念である!」


「(感心している場合じゃないでしょうに!)」




 導師も、クルトの執念に驚いているようだ。

 なにしろ、他の五人が埋め込まれていた巨人の手足には、もうその姿が見えなくなっていたのだから。

 多分、もうクルトにはつき合いきれないと、先にあの世に行ってしまったのであろう。


「ヴェンデリン! コロス!」


 レイスになったクルトは、笛を咥えたままなのになぜか喋れた。

 レイスだからか?

 すでに、怨嗟の笛は勝手に動いているという事実は確認できた。


「うわぁ、お前マジで恨まれてるな」


「半分以上、向こうの勝手な思い込みだ!」


「俺も、兄貴たちを差し置いて跡を継いだりしていたら、このくらい恨まれていたのかもな。そんなことはまずあり得ないけど」


 家や領地を継げるか、継げないか。

 この差のせいで、時には殺人や暗殺事件まで発生することがあるそうなので、兄たちに疎まれていたエルからすれば、今回の件は他人事ではないようだ。

 ただ、クルトの場合は黙っていれば領主になれた身なので、零細貴族の五男であるエルとはまるで立場が違うのだけど……。


「導師は……まあ頑張ったのかな? 早く浄化してしまえ」


 コントロール部分がクルトのレイスに変化した黒い煙の巨人は、余計に恨みが増大したようで、無茶苦茶に腕を振り回しながら俺たちに攻撃を続けていた。

 攻撃自体は、ブランタークさんの『魔法障壁』によって完全に防がれていたが、巨人が自分に向けて腕を振り下ろすシーンは、見ていて心臓によくないのであろう。

 早く浄化してしまえと言われてしまった。


「わかりました。エリーゼ」


「はい」


 俺とエリーゼは、同時に聖魔法の準備を開始する。

 『聖光』の効果範囲を狭めて密度を増した状態で黒い煙の巨人を包み込み、さらに大量の魔力を使って威力を上げたものを、順番に重ね掛けする。

 同時に『聖光』をかけないのは、黒い煙の巨人に回避されないようにだ。

 聖魔法に慣れているエリーゼが最初に魔法をかけ、まずは黒い煙の巨人を完全に『聖光』で包んでしまう。

 次に俺が、エリーゼの『聖光』に包まれて動きを止めた黒い煙の巨人に『聖光』を重ね掛けすれば、かなりの可能性で浄化できるはず。

 エリーゼが先なのは、標的を確実に『聖光』で包み込む技量と経験があるからだ。

 俺が先だと、経験の差で失敗するかもしれないからな。


「ヴェンデリン! シネェーーー!」


 もはや理性すら残ってなさそうな、俺たちに向かって両手を振り下ろし続けている黒い煙の巨人なので、他所で暴れられでもしたら面倒になりそうだからだ。

 なにかの間違いでバウマイスター騎士爵領に向かわれたら、下手をすれば領民たちが皆殺しにされてしまう可能性が高かった。

 クルトは、自分を裏切った……と思い込んでいる領民たちも恨んでいたからだ。


「とはいえ、今のところは他所に逃げる心配はなさそうだけどな」


 ブランタークさんの『魔法障壁』で防がれているのに、黒い煙の巨人は他の方法を考えるでもなく、まるで機械のように両手を振り下ろし続けていたからだ。


「もしかしたらではなく、領民たちよりも怨んでいる俺とパウルがいるからってのもあるのか……なるほど、仇討ち用の魔導具か……俺も標的なんだろうな」


「俺も、ヘルムートもそうなんだろうなぁ……」


「しかし、あまりにも理不尽な恨みというか……」


「なにもしなければ普通にバウマイスター騎士爵領を継げたのに、勝手に俺たちに嫉妬して自爆……クルトの兄貴、同情はしないぞ」


 ヘルマン兄さんとパウル兄さんは、クルトの悲惨な死に様に動揺する以上に、狂ったように両手を振り下ろす黒い煙の巨人に恐怖し、理不尽さを感じ、ただ残念に思っていた。

 なぜなら、もし『魔法障壁』が壊されてしまったら、向こうの勝手な恨みのせいで叩き潰されてしまうからだ。

 クルトより武芸に優れているとはいっても、今のクルト相手にそれは通用するはずもなく、黒い煙の巨人の理不尽な暴力から逃げられるはずもない。

 まさしく、己の身を犠牲にする価値がある仇討ち用の魔道具だったわけだが、唯一魔法使いへの対処には隙があったようだな。


「ただ、聖魔法がないと詰むけど」


「そうだな。攻撃は防げても、聖魔法が使えないと黒い煙の巨人を倒す術がない。『魔法障壁』の展開だって、魔力が尽きれば黒い煙の巨人に殺されてしまうのだから」


 大抵の人間ならば確実に殺してしまういう点において、怨嗟の笛はお上に取り締まられるのに相応しい魔道具というわけか。


「それでこんな時に導師は、時間稼ぎでもしているのか?」


「多分……。ただ、本当に自力で倒そうとしている節も……」


「いや、聖魔法がないと無理だろう!」


 俺とエリーゼが『重ね掛け聖光』のための溜めを行い、ブランタークさんが『魔法障壁』を展開して全員を守る。

 その中で唯一の例外が、導師の存在であった。

 自分一人なら『魔法障壁』を展開可能なので、それと『身体能力強化』を併用し、『高速飛翔』で黒い煙の巨人の周囲を飛び回りながら、火系統の高集束弾を放ち続けていたのだ。

 ただ、黒い煙の巨人に命中して一時的にその部分に穴を開けても、元が黒い煙なのですぐに塞がってしまう。

 やはり、聖魔法でないと効果がないようだ。


「導師って、聖魔法は……」


「ボクは、使っているところを見たことがないけどね」


 王都での修行時にも、俺もルイーゼも見た記憶がなかった。

 ただ以前に、使えるには使えるけど、威力がイマイチどころではないので、むしろ使えない方がマシだという話は聞いていたけど。

 今使っても、黒い煙の巨人には効果ないか……。


「実は、嘘をついていて高威力の聖魔法が使えるとか?」


「別に隠す意味はないよね?」


「確かに……」


 ルイーゼに正論で突っ込まれている間に、俺とエリーゼは魔力の溜めが終了した。

 まずはエリーゼが、黒い煙の巨人が立っている場所とそのわずかな周囲に効果を限定した『聖光』を発動する。


「コレハ……クソォーーー! カラダガウゴカナイ!」


 聖魔法特有の青白い光によって、黒い煙の巨人はその構成要素である黒い煙が徐々に溶けるように消えていき、次第にその身を小さくさせていく。

 胸に埋め込まれたクルトのレイスがその場からの移動を試みるが、ダメージが大きすぎるせいか足を動かそうとすると、その形状を保てないようだ。

 悔しそうに、エリーゼの『聖光』に焼かれ続けていた。


「やるな、エリーゼの嬢ちゃん! 行けるぞ、坊主!」


「はい!」


 続けて、俺も同じ魔法をエリーゼの『聖光』に重ね掛けする。

 さすがに標的を外すことはなく、さらに威力を増した青白い光によって黒い煙が浄化されていく速度が増し、もう数十秒で完全に消えるであろうと予想したその時、悲鳴だけをあげていたクルトのレイスが、最後の抵抗を開始する。


「ヴェンデリィーーーン!」


 再び怨嗟の笛の音を強くなり、また周囲から徐々に黒い煙が集まって来たのだ。


「回復できるのかよ!」


「怨念なんて、どこにでもあるからなぁ。坊主、エリーゼ、気合入れていけよ」


 極少量とはいえ、どんな土地にも存在するものを広範囲から集めているせいで、巨人の体が小さくなる速度が完全に止まってしまう。

 こうなると、あとは俺たちの魔力が先に尽きるか。

 クルトのレイスが、怨念を集めきれなくなって消滅するか。

 完全な根競べになってしまったのだ。 


「坊主、エリーゼの嬢ちゃん、残りの魔力量は大丈夫か?」


「俺は大丈夫なんですけど……」


 エリーゼの魔力は中級の上くらいなので、このままだとそう長くは保たないはずだ。

 俺がプレゼントしたの指輪に溜めておいた魔力と、先日の地下遺跡探索での反省を生かして所持している予備の魔晶石も合わせても、あと何分保つか。

 黒い煙の巨人が、これまでに出会ったアンデッドの中で最強の存在である証拠であった。

 もしエリーゼが脱落すると、黒い霧の巨人が再び元の大きさに戻ってしまう可能性があった。

 そうなったら、今度はこちらがジリ貧になってしまうだろう。


「あれ? ブランタークさん、これって大ピンチなのでは?」


 骨竜やドラゴンゴーレムの時よりも、ピンチかもしれない。 

 これは予想外だった。


「ああ……俺のこれまでの経験から考察しても、かなりヤバイと思う。まさか、怨嗟の笛という特別な魔法具があったとはいえ、一人の人間の恨みがここまで強力なアンデッドを生み出すとはなぁ……。人生なにがあるかわからんものだ。クルトの野郎、その恨みをもっと別の方向に向ければよかったのによぉ」


 もし俺の魔力が尽きるまでに巨人が消えないと、もう残りは『魔法障壁』を展開するブランタークさんだけになってしまう。

 彼は聖魔法を使えないのであとは守るだけになってしまい、魔力が尽きれば全員ペシャンコにされてしまうだろう。


「この状況を打破するには、こちらも切り札を使うしかない。導師!」


「何事であるか? ブランターク殿」


「このままだと負けるぞ!」 


 黒い煙の巨人の周囲を飛び回りながら牽制を続ける導師に、ブランタークさんが大声で事情を説明した。


「なるほど、この開けた未開地が逆に仇となるとは!」


「開けていても、怨念ってそんなに早く飛んで来るんですか?」


「普通のものではないゆえ。怨念の強さ、集まる速さは、集める人間の恨みの深さに比例するのである!」


 少量の怨念は、普段は透明で人間にも動物にも見えない。

 ある一定以上の濃度になると黒い煙状となり、さらにそれが集まって人間に悪い影響を及ぼすようになる。

 そして強い怨念の塊は、周囲から加速度的に怨念を呼び寄せてさらに成長しようとする。

 特に、クルトのような核になる存在があると、その速度が爆発的に増すらしい。

 今がその状態ってわけか。


「怨念が深ければ深いほど、遠方にある縁起の悪い土地や、魔の森からも怨念が集まって来るのである!」


 そういえば、昔未開地を探索した時、野生動物の墓場になっている場所や、水があって日当たりもいいのに、なぜか植物が一切生えない場所があった。

 多分、そういう場所には大量の怨念が溜まっていたのであろう。


「恨みは恨みを、利息つきで呼ぶのである!」


「絶妙な例えですね」


 完全な言いがかりだとしても、クルトの俺への恨みは相当なものがあり、それが黒い霧の巨人を消させまいと必死に抵抗していた。

 

「どうしましょうか?」


「某は、魔力を他人に補充するのは苦手なのである!」


 やはり、『魔力補充』には特別な才能が必要なようだ。

 導師は、自分には使えないと断言した。


「となると、余裕がある今のうちに一時撤退でしょうか?」


 倒しきれないとなると、ここは一時撤退という選択肢も考えなければいけなくなってきた。

 そうなると、バウマイスター騎士爵領の領民たちに避難命令を出さないといけないな。

 領地が荒らされてしまうが、それはあとでいくらでも挽回できる。

 人命を最優先しないと。


「簡単なことである! 某が聖魔法を使えばいいのである!」


「えっ? 導師って、ちゃんとした聖魔法を使えたんですか?」


 衝撃の事実であった。

 究極の戦闘マシーンで、強力ながらもほぼ対単体用の魔法しか使えない導師が、以前に自ら苦手だと明言していた聖魔法を使うというのだから。


「いや、某の四十年と少々の人生において、わずかな期間しか聖魔法を試みた経験はないのである!」


 その時、あまりにショボい『聖光』しか出なかったので、それ以上の訓練を諦めてしまったそうだ。


「あのようぉ……導師。遊びでやってんじゃないからな」


 こっちが、撤退という苦渋の選択を考えている時に、導師が久々に聖魔法を試してみるなんて言うものだから、俺を含めて全員が脱力してしまった。

 そして、ブランタークさんが代表して抗議の言葉を口にした。


「遊びではないのである!」


「なお悪いわ! 以前使って全然駄目で、今この時に普通に使えるか試すなんて無謀にもほどがあるだろう。聖魔法のみならず、新しい魔法ってのは、使えても慣れるのに時間がかかるんだからよ」


 そんな都合よく、久しぶりに使ってみたら黒い煙の巨人に通用しました、なんてあり得ない。

 導師の作戦は、無謀以外の何物でもなかった。


「こうなったら、一時撤退が妥当な策だろうな」


「いや、それは勘弁してください」


「とはいえ、ヘルマン殿よ。ここで踏ん張り続けて俺たちが死ぬと、もっと悲惨なことになるかもしれないぞ。急ぎ領民たちを避難させなければ」


「……」


 犠牲者が出ないように領民たちは避難させ、田畑や家屋に損害が出ても魔法で作り直せばいい。

 もしくは俺が金を出す。

 ここは一時撤退して再び魔力を回復させ、あらためて黒い煙の巨人にリベンジに臨む。 

 確かに、一番現実的な作戦かもしれない。

 俺があとで補償するとは言っても、恨みが強い黒い煙の巨人がバウマイスター騎士爵領を徹底的に破壊するかもしれず、ヘルマン兄さんとしては反対意見を述べたくなるのが心情であった。


「某が、聖魔法を成功させればいいのである! バウマイスター男爵よ。アルフレッドの本を!」


「そこからなんですね……(駄目元だな。通信教育レベルだし……)」


 俺がイーナに向かって頷くと、彼女は俺がその口を広く開けた魔法の袋から師匠から貰った本を取り出し、それを導師に向かって勢いよく放り投げた。

 見事それを受け取った導師は、上空に浮きながら聖魔法の項目を読み始めた。


「なるほど、さすがはアルフレッド。実にわかりやすいのである!」


「マジかよ……」


 エルの突っ込みを聞かなかったことにしつつ、再び導師に視線を向けると。

 彼は、上空でなにか踏ん張るような動作を行っていた。


「頭の血管が、切れるんじゃないか?」


 エルがまた酷いことを言っていたが、俺から見ても、気合を入れるというよりは、ただ血圧を上げているようにしか見えなかった。


「駄目そうだな」


 それからおよそ三十秒後。

 ブランタークさんが匙を投げたのと同時に、導師の状態に変化があった。

 突然、導師が前に突き出していた両腕から青白い光が湧き上がり、続けて両手の平から『聖光』でできた矢が飛び出したのだ。


「本当に、ちゃんとした威力の聖魔法が出た!」


 ブランタークさんは、導師が少量ながら『聖光』を放出可能なことを認めたが、その表情には呆れに近いものが浮かんでいた。

 なぜなら……。


「小さい! 挙句に遅い!」


 導師の気合の入れようは相当なものであったが、いざ放出された『聖光』の大きさはキュウリ程度で、その速度も人が歩く速さと大差なかった。

 導師の両の手の平から放出された『聖光』の矢は、ゆっくりとした速度のまま黒い巨人に当たり、わずかな黒い煙を浄化して消滅してしまう。

 正直なところ、本当に黒い煙が消えたのかどうか、遠くにいる俺たちには確認できなかった。

 一応発動はしているので、まったく効果がないはずはない……よね?


「導師……」


「二十年ぶりに試してみたが、以前よりは威力が上がっているのである! 好機!」


「おい……」


 再び全員が脱力し、ブランタークさんが冷静に突っ込みを入れている中、導師は気にもせずに気合を入れて『聖光』の矢を連射した。

 ところが何発撃っても、黒い霧の巨人は気にせずに己の回復に集中している。

 導師をまるで脅威と感じていないのであろう。

 完全に無視されていた。


「あの人、もの凄くポジティブだよなぁ……」


 エルの言う通りで、ブランタークさんからの冷たい視線など気にもせず、導師はキュウリ大の『聖光』を連続で発射した。

 当然命中しても、黒い煙の巨人に目立った変化はない。

 相手の大きさに対して、導師の『聖光』の矢の威力が低すぎるのだ。


「導師、魔力が勿体ねえよ」


 ブランタークさんからすれば、最悪撤退するにしても導師には魔力を温存しておいてほしいのであろう。

 これ以上無駄なことはするなと、軽く釘を刺していた。


「いやしかし……。ここで、あの黒い煙の巨人を食い止めねば……」


 導師も、ヘルマン兄さんと同じ意見らしい。

 ここで黒い霧の巨人を始末しないと、バウマイスター騎士爵領に大きな被害が出ると思っているようだ。


「ヴェル、なにか策はないの?」


「策ねえ……」


 ルイーゼは簡単に言ってくれるが、魔法使いが魔法を習得する時には、己の想像力やセンスに大きく影響される。

 ここで俺が使う方法を知らせたとて、導師に効果があるとは思えないのだ。


「ルイーゼ、魔法は個性そのものだと教えただろう?」


「個性ねぇ。じゃあ導師の個性って?」


 導師の戦法を見るに、己の戦闘能力を極限まで魔法で強化して単体で戦う、究極の魔法闘士と言える。

 とにかく相手を直接ぶん殴り、放出系の魔法は苦手なようで、さっき使っていた蛇の形をした高集束弾は、敵の牽制が主目的になっていた。

 苦手とはいえあの魔力量なので、威力はその辺の中級魔法使いでは相手にもならない威力ではあったが。

 それを踏まえると。

 俺は次第に、そんな導師が『聖光』を矢にして飛ばすこと自体が間違っているような気がしてきた。


「無理に、矢の形にして飛ばすから駄目なのか?」


「おおっ! 我が弟子ながら素晴らしい意見である! では早速に!」


「あの……導師?」


 遠方からボソっと呟いただけなのに、それを聞いた導師は早速に再び気合を入れ始める。

 己の魔力を燃やして発生させた『聖光』を、その身に纏って循環させる。

 多分、そんなイメージを続けているのであろう。

 導師の体の周囲に、徐々に青白い炎が纏わりつき始めていた。


「なんか急に凄くなったけど、もの凄く変!」


 ルイーゼが訝しむのも無理はない。

 青白く光る炎は聖魔法で間違いなかったが、聖魔法を炎の形で具現化させる人は、間違いなく導師だけであろうからだ。


「うむ。どうやら、『聖光』を放出はしない方が威力が上がるのである! ならば!」


 己の聖魔法の特性に気がついた導師は、体中に纏わせている『聖光』の出力をさらに上げ、そのまま黒い煙の巨人の体に抱きつくという無茶な攻撃を開始して、みんなを驚かせた。


「具現化した怨念に直接触れると死ぬんだけどな……」


「というか、普通に殴ればいいのに……」


「それでも、拳に怨念が直接触れると死ぬけどな」


「……」


 ブランタークさんほどのベテランなら絶対にやらない……導師もかなりのベテラン……導師なら場合によってはやってしまうのか。

 全身を濃密な『聖光』で覆ってバリアーにしつつ、黒い煙の巨人に抱き着いてその体を直接焼いていく。

 一番効率がよくはあるが、下手に出力が落ちて体が直接怨念に触れると即死するので、あまりお勧めはできない戦法であった。

 少なくとも、いきなり本番でやることはお勧めできなかった。

 導師はやってしまうのだけど。


「しかし、どうしてあんなに攻撃的なんだろうな」


「俺は、アンデッドに抱きつく時点であり得ません」


「だよなぁ……」


「私もさすがにそれは……」


 ブランタークさんが言いたいことは、俺やエリーゼにはよく理解できた。

 基本的に聖魔法とは、アンデッドを相手にする系統魔法である。

 そのため、直接ゾンビやレイスを殴るにも危険が伴う。

 ましてや直接触れると死ぬ怨念に直接抱きつくなど、普通は考えられなかった。

 だからこそ、『聖光』や『エリア浄化』などが発達しているのだ。

 そのせいで導師はその習得に苦戦し、一時は諦めてしまったようでだが、直接抱きつく方が上手く行くなんて、この人は本当に規格外だな。


「三人同時の聖魔法にて、地獄に落ちるがいい!」


「あの伯父様……。『悪事を悔いて天に昇り、次に生まれる時には』です……」


 エリーゼからすると、導師は魔法では尊敬できる伯父なのだが、神への信仰心でいえばあまり褒められた存在ではないようだ。

 そもそも、あの年齢で二十年以上も聖魔法を試みていなかった点からして、あきらかに教会と関わりたくないと思っている節があった。

 聖魔法をちゃんと使える魔法使いには、教会からのアプローチがうるさいほど来る。

 それも、二十年以上聖魔法の習得を放置していた理由かもしれない。


「ヴェンデリン!」


「某が死んだ時に、こんなのが先輩面していると鬱陶しいのである! 地獄に落ちるのである!」


「導師って、天国に行く気があるんだ……」


「ヴェンデリィーーーン!」


 また聞こえてきた、エルの突っ込みを聞かなかったことにして。

 導師が、その体から放出する『聖光』の威力を上げると、まずは抱きついた黒い胴体の部分から、急激に黒い煙が浄化されて消えていく。

 続けて、俺とエリーゼで一気に『聖光』の出力を上げると、黒い巨人は足元から徐々に消え始めた。

 導師が加わったことにより、浄化が回復の速度を上回ったようだ。

 そして、その消滅が胸部に埋め込まれたクルトのレイスにまで及んだ時、今までに聞いたことがない断末魔の叫び声が聞こえた。


「ヴェンデリィーーーン!」


「ふむ。悪は滅ぶのである!」


 胸部のクルトが消えてしまうと、そこからは驚異的な速さで頭部が完全に消え去ってしまい、ようやく黒い煙の巨人は完全消滅した。


「だが、我らの魔力も限界ではある……」


 予想以上の苦戦に、『魔法障壁』を展開していたブランタークさんも含め、ルイーゼを除く魔法使い全員が魔力不足で疲労困憊の状態に陥ってしまった。

 だからなのであろう。

 油断もあったと思うのだが、俺たちは思わぬ失敗をしてしまうことになる。


「バウマイスター男爵、あの魔道具が落ちていたのである!」


 導師が、黒い煙の巨人が立っていた場所でクルトが吹いていた魔法具のオカリナを発見した。

 見ると完全に黒焦げであり、それでも原型が残ったのは、やはり魔道具だからであろう。

 しかも一度しか使えない魔道具だそうで、今はただの焦げたオカリナと化していた。

 それでも証拠にはなるはずと、それを拾おうとした瞬間、オカリナの内部に潜んでいたわずかな黒い煙の塊が突然飛び出し、恐ろしい速度でリーグ大山脈上空へと飛んで行ってしまう。

 黒い煙の塊が飛んで行った方角は間違いなく王都方面であったが、今の俺たちでは魔力不足で追いかけることすら侭ならない状態であった。


「導師、逃げたアレはどうしましょうか?」


「あのような残りカスでは、できることなどたかが知れてるのである! 王都の教会に任せてしまえばいいのである!」


「それもそうですね、追撃は無理か……」


「俺も導師も、坊主も無理で、ルイーゼの嬢ちゃんは、追いついても浄化できないしな」


「むむむっ、無念。王都の人たちに任せるしかないね」


 誰のせいで俺たちがこんなに苦労しているのかを考えると、怨念の残りカスくらいなら、教会に任せても構うまいと思うことにした。

 そしてなにより、俺にはもっと大変な仕事が残されていた。


「父と母と、アマーリエ義姉さんに、報告しないとな」


 クルトが俺の暗殺を試みたが、失敗して死んだ。

 クルト本人には罪悪感など覚えなかったが、父と母、特にアマーリエ姉さんや甥たちには、報告するのを他人に任せたくて仕方がない。

 こういうのには慣れてしない……こんな経験、する奴の方が希少かぁ。


「それは、ヴェルが言わないとな。エックハルトたちの家族には、俺から説明しておく」


「ヘルマン兄さん……」


「クルトに協力して、使い捨てにされて殺された。正直に言うのは、気が引けるなぁ……」


「とはいえ、暗殺未遂事件の共犯だ。無罪放免とはいかないぞ」


 パウル兄さんは警備隊勤務らしく、クルトに協力したエックハルトたちを無罪放免にするのは不可能だと断言する。

 彼らはすでに死んでいるので処罰はできないが、不名誉な記録が残るのは避けられなかった。

 残された家族も、これまでどおりの生活とはいかないはずだ。 


「ですが、残された家族が迫害を受けるのはよくないかなと……」


「ヴェル。残念だが、もしエックハルトたちの罪をなかったことにしても、すぐに真実は噂として領民たちに広がってしまう。この領地がよりよい方向に変わろうとしているのを阻止しようとしたのだから余計にな。……エックハルトたちの家族は、領外に出した方がいいかもしれない。これも父に相談しないと……はあ……。俺は別に従士長のままでよかったんだが……今さらなにを言っても愚痴でしかないか……」


「とにかく全員が無事でよかった。俺は任務をまっとうした。それでいい……いいことにしないとな。ヴェル、領地に戻ろうか」


「はい……」


 無事、黒い煙の巨人は倒せたが、これからのことを考えるとまったく心が晴れなかった。

 これからやらなければいけない大仕事が多数残っており、クルトに関係する仕事はまだ半分も終わっていない。

 ラスボスを倒したあとも、その後始末が沢山あるのが現実であり、昔見たアニメとは違うんだなと、今さらながらにして思う俺であった。

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