第129話 マヨネーズとアームストロング伯爵家

 これはまだ、ヴェルを含めた俺たちが、王都で留学という名の囲い込みをされていた頃のこと。

 今日も俺は、王城内の訓練所でワーレン様から剣の指導を受けており、終了後、同じく槍の指導を受けていたイーナと共に、お互い今日の訓練の様子を話しながら屋敷に戻った。

 すると屋敷の台所では、ヴェルがまた奇妙な調味料の作成をしていた。


「マヨネーズは至高! だが、ここは派生した仲間たちを忘れてはならない!」


 どうやらヴェルも、導師との特訓が終了したようだな。

 その解放感からか、屋敷の台所で『マヨネーズ』なる調味料の作成に勤しんでいたのだ。

 作業台の上では大き目のボールが宙に浮いており、その中では泡だて器が高速で素早く材料をかき混ぜていた。

 このマヨネーズという調味料の美味しさは衝撃的であったが、作るには意外と手間がかかる。

 前に、『エル、腕の鍛錬になるぞ』とヴェルから言われて大量に作成し、翌日に腕が筋肉痛になったのを思い出した。




『さすがにエルは根性あるな。剣術をしているから力もあるし』


『なあ、ヴェルが魔法で攪拌すればよくないか?』


『実は、今日の導師との特訓がかなりきつくて、魔力が不足していたんだ』




 なら翌日でもいいような気もしたし、なにより『こんなに作らせるなよ!』とも思ったのを思い出した。

 卵黄、酢、塩、胡椒をよく混ぜたものが入ったボールに、少しずつ油を入れて根気よく攪拌していく。

 ボールと共に、油の入った容器も宙に浮き。

 傾けられた容器の注ぎ口からは、糸のように細い油が少しずつボールに投入され、高速で回転する泡だて器で攪拌されていく。

 手に触らずに対象物を宙に浮かせたり自在に動かす『念力』の魔法は、ヴェルに言わせると基本的な魔法に入るらしい。

 そういえば以前商業街の広場で、初級クラスの魔法使いが手品だと言って、『念力』がネタの手品で、町行く人たちからお金を集めようとしていたのを思い出す。

 ネタが簡単にわかる手品だったが、魔法使い自体が少ないので思ったよりもお金が集まっていた。

 ヴェルは、『普通に手品をやれよ!』と言いながら銅貨一枚しか渡していなかったけど。


「マヨネーズは、油断すると失敗する。とにかく根気よく攪拌するんだ」


「はあ……」 


 マヨネーズとは、ヴェルに言わせると『苦役のあとの極楽』なのだそうだ。

 確かに、それは俺も実感している。

 その成果の多くが、マヨネーズ作りになると逃げ出すルイーゼに食べられてしまってもだ。


「ルイーゼも少しは手伝えよ」


「マヨネーズ作りは、男性の仕事だと思うな。ボクは貧弱だから」


「んなわけあるか! ならもっと食うのを遠慮しろ!」


「ボクはほら。もっと食べないと成長できないから」


 ルイーゼの体は、同年代女性の平均よりも圧倒的に小さい。

 もう少しで十四歳になるのに、いまだに初見の人から十二歳以上に見られたことがないのだ。

 そのせいか、普段からなるべく沢山食べて早く成長するというスタンスを取っているのだけど、少なくとも今のところはその成果は見受けられなかった。


「(しかし、マヨネーズって成長の役に立つのか? 油が多いから太る……太るのと成長は違うか。ルイーゼって太りもしないものなぁ)一日でも早く、ヴェルがレシピを売った商会が製品を販売することを心から祈るよ」


 現在、攪拌などの作業を魔道具で行える工房を急ピッチで建設中らしい。

 そしてその工房が稼動すれば、ヴェルには毎月決まった量のマヨネーズがその商会から上納されることになっていた。


「ボクの他にも、マヨネーズ消費量が多い人がいるしね」


「ああ、あの人は半分中毒だと思う」 


 それともう一人、異常なまでのマヨネーズ好きが誕生していた。


「焼いた肉にも、洗っただけの野菜にでも。御飯やパンにもよく合うのである! バウマイスター男爵! 某にもっとマヨネーズを!」


 修行中の昼食の席で、ヴェルとルイーゼが鹿の焼き肉にマヨネーズをつけて食べていたのを貰って以来、導師はなんにでもマヨネーズをかけて食べるようになってしまった。

 ヴェルは『マヨラーだ!』と言っていたが、そのあだ名はなんとなくわかるような気がする。

 ただ、導師は絶望的なまでに不器用であり、自作をすると大半の材料を無駄にしてしまうので、定期的に屋敷に貰いに来るようになっていた。

 そんなわけで、ヴェルは導師のためにまたマヨネーズ作りをしているようだ。

 ただ、今日は何か新しいマヨネーズに挑戦するらしい。


「派生型? どういうことなの? ヴェル」


「マヨネーズにもう一工夫で、さらなる極楽を目指すのさ」


 そうイーナの質問に答えるヴェルであったが、彼女の方は意味不明なようで首を傾げていた。


「さあ、マヨネーズファミリーの完成だ!」


 以前ヴェルが手に入れたワサビを混ぜた『ワサビマヨ』に、マスタード入りの『マスタードマヨ』、シソ入りの『シソマヨ』、そしてユズ入りの『ユズマヨ』など。

 そして一番のお勧めが、カレー粉入りの『カレーマヨネーズ』なのだそうだ。


「本当によく考えるよな」


「人は、食べねば生きていけないからな」


「別に人は、マヨネーズがなくても生きていけるじゃないか」


「マヨネーズがあった方が人生も楽しいだろうからさ」


 どうせ食事は必須なのだから、それを楽しまなければ損だ。

 ヴェルは、珍しく哲学的な事を語っていた。


 食べ物の話なので、本当は哲学的ではないのだが。


「それで、その新作は導師に味見させて実験とか?」


「勿論、もう試食しているし」


 台所にいないと思ったら、もう導師はエリーゼの給仕で試食を始めているそうだ。

 あと、実験の部分は否定しないらしい。

 別に薬とかではないので、最悪不味いくらいで死ぬ心配もないのだけど。

 導師の場合、少々の猛毒くらいでは死ななそうなイメージがあるから余計に気にしないか。

 リビングにあるテーブルの上には皿に載った大量のカラアゲが置かれ、導師はそれにマヨネーズを浸しながら次々と口に放り込んでいた。


「うげっ!」


「よく胸焼けしないわね……」


 ヴェルが考案したカラアゲは俺もイーナも好きだったが、一人で一度に何キロも食べるのはどうかと思う。


「マスタード入りは、ピリっとした辛さが……。ワサビ入りも、マスタードとは違う落ち着いた辛さで……。シソとユズ入りは、これもサッパリとしていていいアイデアである。そしてなにより……」


 導師が一番気に入ったのは、カレー粉入りのマヨネーズであった。

 残り数キロ分のカラアゲに大量に塗し、かき込むように食べ続けている。


「富貴病にならないのかな?」


 富貴病とは貴族や金持ちが中年以降によくかかる病気で、症状が進むと手足が壊疽したり、失明したりする怖い病気であった。

 ただ、一般人にはあまり縁のない病気ではあったのだけど、導師は貴族なうえによく食べるからなぁ……。

 その分動くけど、年を取ったら富貴病になるかも。


「この前のカレーライスといい、カレー粉とは素晴らしいものであるな! これをもっと融通して欲しいのである! 他のマヨネーズ各種も忘れずに!」


 導師は、かなり強い口調と勢いでヴェルにお願いをしていた。

 そのお願いをヴェルは断れないのだけど、どうせ俺でも断れないからな。


「ええと、カレー粉はそんなにないんですよ」


 この『カレー粉』も、ヴェルが休日に台所に篭って自作した黄色い奇妙な粉であった。

 その独特の香りと、辛さと、底深い美味しさに、俺たちは大きな衝撃を受けたものだ。

 さらに、これを元にカレーライスなるシチューの親戚のような料理も開発していたが、このカレー粉には大きな弱点があった。


「香辛料が高い!」


 南方でしか栽培できないものが多く、薬として流通しているものも多かったので、王都だとどうしても仕入れが高くなってしまうのだそうだ。




『勿論高くても使い道はあるからな。男爵様、レシピを売ってくれ!』


『まあいいですけど……』


『カレー粉は保存が利くから、これからは無料で提供するよ』


『わーーーい!』


『早速、新しいお店で出すかな』   




 ヴェルのアイデアで儲けているアルテリオさんは、『カレー粉』を高級品として販売するようになっていた。

 あとは、カレー粉を使ったフルコースメニューを出す高級レストランの経営だ。

 一人前百セントで、最初にカレー粉を使った肉料理などを出し、最後にカレーライスを出す。

 さすがに、サラダやデザートにはカレー粉は使っていなかったが、店は毎日賑わうようになったそうだ。


「カレー粉には、常習性がある!」


「それって、ヤバい薬なのでは?」


「そういう違法性はないけど、カレー粉の匂いを嗅ぐとまたお店に行きたくなる中毒性はある」


 ヴェルの言ったとおりで、そのお店には常連客が徐々に増えているそうだ。

 料理は高価なのに、お持ち帰り用のカレー粉も含めて飛ぶように売れているらしい。

 当然、ヴェルの懐にも大金がもたらされていた。

 正直、そんなに大金を得てなにに使うのか疑問に思ってしまうが、多分肝心のヴェルもよくわかっていないはずだ。


「(もしかして、高価な杖でも買うのかな?)」


 俺は暇があれば、武器屋を巡って良い剣を探している。 

 剣士にとって、良い剣とは己の命を預ける半ば分身のようなものだからだ。

 良い剣を得るには、時間と手間と金がかかる。

 とはいえ、己の分身となる、長ければ一生使うものなので、その吟味に手を抜くわけにはいかないのだ。


「あれ? でも、ヴェルって……」


 今、ふと思ったのだが。

 台所でマヨネーズを魔法で作っている時にも、導師と修行をしている時にも。

 ヴェルが杖を使っているのを見たことがなかった。

 魔法使いといえば、ローブ姿で杖を持っているイメージが強い。

 導師は紫色のローブに身を包み、その見た目に相応しいゴツイ杖を装備している。

 ローブの紫色は、昔からヘルムート王国では高貴な色とされているそうで、王宮に仕える魔導師の中でも、筆頭である導師にしか着用が認められていない。

 他の魔導師たちは、見習いや下位者は青のローブで、上級者は赤と決まっているのだそうだ。

 実は、剣の稽古で王城に入るようになってから、初めて王宮に仕える魔導師を目にして、ワーレン様に魔導師のローブの色について教えてもらったのだけど。


「ヴェルが魔法を使う時に、杖を使っているのを見たことがないような……」


 確かヴェルは、師匠から遺産として何本かの杖を貰っていたはずなのに、それを普段使っている形跡がまったくなかったのだ。


「俺の杖がなんだって?」


「今、ふと思った。ヴェルはなぜ杖を使わないだ?」


「ああ、杖ねえ……」 


 ヴェルの説明によると、彼ほど魔力量が多いと、杖を使わなくても魔法の威力にまつたく差がないらしい。

 ただ、だからと言って、杖がまったく必要ないということもないそうだ。


「新しい魔法の練習では、杖は必須アイテムだから。師匠が残した、火竜のヒゲにミスリルをコーティングした杖は、新しい魔法の習得が早まる効果がある。フェニックスの尾に水竜の硝子体をコーティングした杖は……」


「その杖は?」


 フェニックス、水竜共に、半ば伝説扱いで材料の入手は困難を極める。

 そのため、それを材料にした杖を公式の席で持っていると、その魔法使いが超一流であることが一目瞭然なのだそうだ。


「偉い人たちと謁見する時に、非常に見栄えがいい。同席した魔法使いも驚く」


「魔法の練習用と、典礼用かよ!」


「そうだけど、あまり力量のない魔法使いが、高価な杖を入手できるはずもない。高い杖を持つことは、優れた魔法使いの証拠なのさ」


「確かに、それは言えているな」


 魔法使いといえば杖だと思っていた俺に、ヴェルが衝撃の事実を語った。

 優秀な魔法使いほど、普段は杖を使わないって……。

 どうせ実力が低い魔法使いでは、高価な杖など入手できないのも事実であった。


「いや、別にすべての魔法使いがそうではないのである!」


 とそこに、カラアゲとマヨネーズのお代わりを求めて、導師が台所に入ってきた。

 というか、まだ食べるのかい!

 その両手には、空になった大皿を持っていた。


「最低でも上級の魔力がないと、杖を使わないと魔法の威力が落ちてしまうのである!」


 魔法の威力や魔力の消費効率が、二割減から半分ほどに落ちてしまうそうだ。

 どのくらい落ちるのかは個人差であったが、なぜか魔力の保有量が上級になると、杖ナシでも落ちなくなるらしい。


「魔力量が中級の上と、上級の下。境目の判別が難しいように思えるが、実はとても簡単なのである!」


 杖を使わなくても、魔法の威力が落ちない。

 そこで明確に線引きをされているのだと、導師は語った。


「つまりブランタークさんは?」


「上級に入っているので、杖を使わなくても魔法の威力は落ちないのである! そもそも杖を使わないと魔法の威力が落ちてしまう魔法使いは、魔法を放つ時にはちゃんと杖を使うのである!」


 ただ、いくら上級魔法使いでも、新しい魔法の習得には杖が必要だそうだ。

 しかも、ブランタークさんはベテラン魔法使いで人生経験も豊富なため、偉い人たちに会う時などのため、高価なローブや杖を複数所持しているそうだ。

 魔法使いにとって、高価なローブと杖とは貴族の礼服に匹敵する。

 冠婚葬祭の際にも着用可能で、ある意味汎用性は高かった。


「ちなみに、ボクは中級の上だね」


 台所でエリーゼと一緒に、おわわり用のカラアゲを揚げていたルイーゼが、俺に左手の薬指に輝く指輪を見せてくれた。


「ルイーゼ嬢は魔力を使った格闘がメインなので、杖代わりにその指輪を使っているのである!」


 杖で片手が塞がるのは、ルイーゼの戦闘スタイルからいえば効率が悪い。

 そこで、ヴェルが婚約指輪の代わりにルイーゼにプレゼントしたそうだ。


「魔法使いの杖も一種の魔道具なのである! 基本を抑えていれば、別に杖である必要はないのである!」


 別のアクセサリーでも、武器や防具や生活用品でも。

 作り方の基本さえ押さえていれば、なんでも杖代わりになるそうだ。


「へえ、知らなかった」


「魔法使いの世界は狭いゆえに、仕方がないのである!」


 魔法使いは人数が少ないし、魔法を使えない人がわざわざ杖のことなど詳しく調べるはずもない。

 たまに姿を見る公式の席などでは普通に杖を持っているし、まさか上級者ほど見栄で高価な杖を持っているなどとは思わないのが普通だろう。


「ですが、導師様は杖を持っていますよね?」


 同じく台所でカレー粉入りマヨネーズを作っていたイーナが、導師の持つ巨大な杖について質問をする。

 彼の杖は長さ二メートルほどで、冒険者時代に集めた大量のミスリルをふんだんに用いているそうだ。

 先端の形状はメイスのようになっていて、同じく先端にある直径五十センチほどの魔晶石を保護するように覆っている。

 魔力など篭めなくてもそのまま人を殴り殺せそうな杖であったが、これに導師が魔力を篭めると形状が巨大なハンマーへと変化するのだ。

 魔力の物質化であるが、この魔法を使える魔法使いはもの凄く数が少ないと、以前ヴェルが教えてくれた。

 それと間違いなく、あんな巨大ハンマーで殴られたら人間はミンチになると思われる。


「某の戦闘スタイルを考えるに、この杖が一番効率がいいのである!」


 杖に付いている巨大な魔晶石が、導師の魔力が尽きた時の補給源にもなっているそうだ。

 ヴェルも、余った魔力を予備の魔晶石に篭めて魔法の袋に保存していたから、それと同じようなものか。


「導師の場合、重たい杖で常に体を鍛錬しているという理由もあるけどね」


 魔闘流を修めるルイーゼが言うには、導師が常にその巨大で重たい杖を持って移動することにより、自然と体の鍛錬を行っているのだそうだ。


「だから、定期的に持っている手を変えている」


「やはりルイーゼ嬢は気がついたのである!」


「魔法使いでも、体が基本ってやつですか?」


「エルヴィン少年の言うとおりではあるが、体の鍛錬については某の実家であるアームストロング伯爵家の伝統とも言えるのである!」


 導師の実家であるアームストロング家は、千年以上の歴史を持つ王国屈指の軍系法衣伯爵家であった。

 世襲する役職は軍系オンリーであり、代々一族の男子は身長二メートルを超え、特に鍛えなくても筋肉隆々の肉体になるらしい。

 加えてそれに慢心せず、代々伝わる独自の鍛錬法によって導師のような外見になってしまう。

 前に一度、城内で導師のお兄さんを見たことがあった。

 彼も街中を歩いていたら、チンピラやゴロツキ程度でははコソコソと逃げて行くはずだ。


「ですが、導師の剣は……」


 以前参加した武芸大会では予選四回戦なので、軍家系の出にしてはお粗末なような気もするのだ。

 特にアームストロング伯爵家は名門だからなぁ。


「某の一族は、元々剣は苦手なのである!」


「そうだったんですか」


 剣をほとんど使わない代わりに、その恵まれた体やパワーを駆使して敵を撲殺する戦闘スタイルを得意とするそうだ。


「撲殺ですか?」


「左様! 我が実家アームストロング伯爵家には、オリハルコン製の『六角棒』が代々伝えられているのである!」


 昔から、代々のアームストロング伯爵やその一族の男子は、鋼で作られた棒で敵の剣を折り、頭部などを狙って撲殺する戦い方が有名であったそうだ。


「今から三百年ほど前、まだアーカート神聖帝国との戦争があった時代のことである!」


 両軍が激突し、しばらく形勢不利になったヘルムート王国軍は、当時の王様の命令で一時後退が命じられたらしい。

 ところが、その状態からの一時撤退は敵軍による追撃の危険性も孕んでいる。

 そこで当時のアームストロング伯爵は、自ら志願して王国軍の殿を務めたのだそうだ。


「ご先祖様は自慢の鋼製の棒を振り回し、百人を超える敵兵たちを撲殺するもついには……」


 敵軍に囲まれ、ついに討ち取られてしまったそうだ。

 

「戦死ですか……」


「アームストロング伯爵家では、このような状況での戦死は名誉なものとされるのである!」


 アームストロング伯爵の犠牲もあって、王国軍は無事に撤退に成功。

 さらにその戦役では、のちに逆襲にも成功して、有利な条件で講和が結べたのだそうだ。


「講和を結んだのですね。あれ? でも……」


 その割には、もう百年ほど戦争が続いていたような気がするのだが。


「あの当時は、戦っては講和を結び。またどちらかが出兵して、攻められた方も兵を整えて戦う。そんな状態であったのである!」


 なかなか、長期の停戦というのは実現しなかったみたいだな。

 今の平和な時代が信じられないほどだ。

 そしてその講和の席で、当時のアーカート神聖帝国の皇帝が敵であるご先祖様の奮闘を称え、首を繋げた遺体を返してくれた。


「首を繋げてですか……」


「戦争ゆえに、手柄首を集めるのは常識であった。仕方のないことである!」


 当然、敵からも賞賛されたアームストロング伯爵に、王国側も多額の恩賞と新しい武器の下賜で答えたそうだ。


「いつの頃からか王家に伝わっていた『六角棒』が、跡を継いだアームストロング伯爵に下賜されたのである!」


 その六角棒は、長さ二メートル、太さ八センチほどで、素材はすべてオリハルコン製であり、王家に代々伝わる秘宝であったが、死して功績を稼いだアームストロング伯爵家に褒美として渡したわけだ。

 秘宝を下賜された新アームストロング伯爵も、それを用いて戦場で大活躍した。

 敵兵や指揮官である貴族の剣を六角棒の強烈な一撃で叩き折り、狼狽する相手をそのまま撲殺する。

 アーカート神聖帝国の貴族たちは、『撲殺魔』アームストロング伯爵を恐れたそうだ。

 代が代わっても、身長二メートル超えの筋肉巨人が味方の兵や貴族を撲殺し続けたのだから当然とも言える。

 そしてその六角棒は、代々アームストロング伯爵家当主の専用武器となった。


「あとはこの髪型もである!」


 導師の髪型は、なんというか非常に変わっている。

 頭周部は綺麗にカミソリで剃りあげられ、頭頂部のみに硬そうな癖毛が三角形型に天に向かって伸びているのだ。

 例えるなら、後に魔の森の探索で見つけたパイナップルという果物のヘタの部分にソックリであった。


「三百年前に戦死したご先祖様が、この髪型だったのである!」


 その髪型にした理由は、もし戦場で首を討たれても、敵が切り落とした首を持ちやすいようにという配慮と。

 そういう最期を迎える可能性が高いのが、アームストロング伯爵家の当主なのだという覚悟から来ているらしい。

 以後、アームストロング家の男子はすべてこの髪型にするのが決まりとなり、導師も現当主の次男なので子供の頃からその髪型なのだそうだ。


「なんと言うか、凄いお話ですね」


「とはいえ、ここ二百年ほどは戦争もなく。家伝の六角棒も、まったく敵兵の血を吸っていないのである! 父も兄も戦争の準備は怠ってはおらぬが、開店休業状態なのが実情なのである!」


 導師は、それをよかったと思っているのか?

 それとも、嘆かわしいと思っているのか?

 ただ少なくとも俺は、戦場において血塗れの六角棒で敵を撲殺する筋肉大男など見たくもないと思ってしまったのであった。






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