第122話 バウマイスター領滞在と、クルトとのトラブル(その4)

 色々と取り決めてから約一時間後。

 みんながそれぞれに宴会に向けて準備をしている最中、俺はヴィルマと共に魔の森南方の海岸に立っていた。

 南方の海は本来魔の森を越えないと来れないのだが、子供の頃に『飛翔』で森の上空を突破してポイントを覚えたので、『瞬間移動』で瞬時に移動可能であった。

 昔、魔法で大量に塩を作ったり、海産物を獲ってから焼いて食べたのを思い出す。


「海」


「海と言えば?」


「海の幸、ご馳走、王都だと高い」


「正解だ……まあ、高いな」


 王都は内陸部にあるので、海から新鮮な魚を運ぶには、魔法で氷を作るか、内部では時間が経過しない魔法の袋で運ぶしかない。

 魚を捌くのが上手だった魔導ギルド職員デリア実家である鮮魚店からよく新鮮な魚を買っていたけど、日本ではあり得ないほど高額だったのを思い出す。


「私、沢山食べるから、お義父様も食べさせてくれなかった」


「そうか……」


 いくらエドガー軍務卿が大貴族でもなぁ。

 ヴィルマにお腹いっぱい海の幸を食べさせたら、その出費に泣く羽目になるはずだ。

 そんなわけで、肉類の確保は他の人たちに任せるとして、俺はヴィルマを使って魚介類を確保しようとしていた。

 せっかくの宴会なので、珍しいご馳走があった方がいいと考えたのと。

 俺が単純に食べたかったからだ。


「お魚、食べたい」


「魚を食べたことがないのか?」


「コヌルとか、ナマサはある」


 コヌルとナマサとは、地球でいうところの鯉とナマズのことであった。

 河川で大量に獲れるので、王都では比較的安価で売られている。

 綺麗な水で泥抜きをしてから、塩や香味野菜と共に煮込んだり、フライのように油で揚げて食べるのが一般的な調理方法だ。

 味は正直なところ俺は苦手で、高価でも海産物を購入することが多かった。

 他にも、ウトクと呼ばれるウグイに。 

 フーハと呼ばれるフナなどが、庶民の味となっていた。

 共に、やはり俺は苦手であったが。


「今日は、海の魚介類を食べるぞ」


「おーーーっ」


 少々抜けた感じがするヴィルマの返事であったが、その目はいつもの食べ物を貪欲に欲する目となっていた。


「海に潜って獲るの?」


「まさか」


 肉類に人数を回したせいで二人しかいないが、俺は魔法が使えるし、ヴィルマは怪力の持ち主である。

 ならば、あの手しかあり得なかった。


「二人だけの、地引き網作戦です」


「網で獲るの?」


 事前に使うことがあるかもしれないと、魔法の袋に購入しておいた地引き網を入れていたので、それを『飛翔』を用いて海上から投入。

 すぐに、ヴィルマと魔法で身体機能を強化した俺とで引くという作戦になっていた。

 網の投入ポイントは、生憎と俺は漁業に詳しくないので知らなかったけど、色々試してみればそのうちわかるようになるだろう、と思うことにする。

 

「ヴィルマ、この地引き網の片方の紐を持っていて」


「わかった」


 早速俺は、もう片方の引き綱と網を持って『飛翔』で海上へと向かう。

 持っている網を沖合いで弧状に投入してから、ヴィルマの待つ砂浜へと戻って来た。

 厳密にやると網船なども必要なのだが、今回は『飛翔』用いた海上からの網の投下で対応することにしよう。


「駄目なら、何回か試すさ」


 元々怪力であるヴィルマと、身体機能を魔法で強化した俺で海上に弧状に撒いた網を引き寄せていく。

 重たいが、水の抵抗なのか、獲物が大量に入っているのかがよくわからない。


「お魚」


「ゆっくりと、俺とタイミングを合わせて引け」

 

 本当に獲れるのか心配だったが、今までに誰もこの海域に網を入れていなかったのが幸いしたのか?

 砂浜へと引き揚げた網には、大小数百匹にも及ぶ魚が入っていた。

 サバに似た魚、アジに似た魚、ヒラメに似た魚。

 他にも沢山いるが、今は急ぎ準備した魔法の袋に仕舞っていく。

 『探知』で怪しい魚は除外していたところ、網の中には変わった獲物もかかっていた。


「カメさん」


「実は、それも食べられるそうだ」


「海の亀は美味しいの?」


「美味しいらしい」


「ポンカメよりも?」


 ポンカメは、確かスッポンに似た亀のことだ。

 ウミガメとスッポンかぁ……。

 食べ比べたことがないので断定はできないか。


「食べ比べてみないとわからないなぁ」


「じゃあ、食べ比べてみる」


 全長二メートルほどの海亀が網に引っかかっていたので、ヴィルマが網から外して確保した。

 ウミガメの肉は食べられると聞いたし、甲羅はべっ甲細工の材料として王都では高額で取り引きされているとも聞く。


「食べる」


 ヴィルマは躊躇することなく、海亀にトドメを刺してから魔法の袋に放り込んだ。

 さすがはこれまで、自分の食い扶持は自分で稼いできた少女。

 実に逞しい性格をしているようだ。


「もっとお魚が欲しい」


「そうだな。もっとあった方がいいよなぁ」


 思ったよりは獲れていたが、もう少し魚はあった方がいいかもしれない。

 そう思った俺たちは、もう三回ほど別のポイントで地引き網漁を行った。

 その結果、結構な量の魚が獲れたのでもう十分と判断。

 次は近くの岩場で、エビ、カニ、貝類などを獲ることにした。


「今度は、カニ獲り用の網でも準備しておくかな」


「今日は私が獲る」


 そう言うなり、ヴィルマは着ている服を脱いでから岩場近くの海へと飛び込んだ。

 こう言うと多くの人たち……誰だよ!……はヴィルマのヌードでも予想しがちだが、彼女は服の下に全身タイツのようなアンダーウェアを着ていた。

 川の魚を獲っていたと聞くので当然か。

 残念……じゃないよ! 

 俺は紳士な貴族なんだから。


「ヴィルマは泳ぎが上手だなぁ」


「川や湖や沼でも獲物を獲るから。ゴーーー」


 少しでも沢山食べるために魚を手に入れるべく、ヴィルマは泳ぎも達者であった。

 海に潜ってから数秒後、まず最初の一匹が海上から顔を出す。

 随分と大きなエビで食べ応えがありそうだ。


「ヴェル様、いっぱいいる」


「大きいのだけを獲ってくれよ」


「わかってる」


 ヴィルマだけに任せるのもなんだったので、俺は素早く『水中呼吸』を唱えてから海へと潜って行った。

 別に泳げないわけでもないが、ヴィルマのように海中で漁をしながらというのは難しかったからだ。

 その点、この『水中呼吸』があれば海中でも地上と同じように行動が可能だ。

 なにしろこの魔法は、自分の周囲を空気の層で覆ってしまうのだから。


「一杯いるなぁ」


 俺も漁に加わり、二人で全長一メートル近いエビに、同じく全長一メートルを超えるカニ。

 リンゴほどの大きさのサザエに、全長三十センチほどもあるアワビなどを次々と採取していく。

 確か、正式名称を前に図鑑で見たような気もするのだが……それはあとでいいか。

 今は食材の確保に集中しよう。


「ヴェル様、美味しそう」


「試食するか?」


「食べる」


 結構な量が獲れたので、は一休みすることにした。

 魔法の袋からバーベキュー用の金網を取り出し、それを竈型に組んだ岩の上に乗っけてから、火を着けた炭をくべていく。

 ある程度金網が熱せられてから、そこに貝や切り分けたエビやカニなどを載せ。

 しばらくすると、ほどよく焼けてきたので、仕上げに少し醤油を垂らせば完成であった。


「ヴェル様、そのお鍋は?」


「汁気がないから、浜鍋を作ろうと思って」


「ハマナベ?」


「美味しい魚料理だよ」


 網で魚を獲ると小さいものも沢山獲れる。

 漁業資源保護のため元気なものは放流したが、中には弱ったり死んでしまった魚も多い。

 こういう小さな魚の滑り、ウロコ、内臓を取ってからブツ切りにして、同じく食べやすい大きさにカットした野菜や、鍋底に塗ってから火をかけ、少し焦げるまで焼いて香ばしさを出した自家製味噌、酒、砂糖などと共に煮込んでいく。


「食べないエビの頭も入れると、とてもいい出汁が出るんだ」


「美味しそう」


「火傷しないようにな。はい、浜鍋」


「いただきます」


 ヴィルマは美味しそうに、焼けた貝やエビ、カニと、俺がよそった浜鍋を食べていく。

 予想どおりよく食べるので、次第に焼く作業が間に合わなくなるほどであった。

 浜鍋を作っておいて正解だったな。


「締めとして、残った浜鍋の汁にご飯を投入する」


 焼いた魚介と浜鍋の具はあらかた食べ尽くされたので、次は汁だけになった浜鍋の中に魔法の袋から取り出した冷やご飯を投入した。

 以前炊いて余っていたものを取っておいたのだ。

 

「ご飯が、魚介の出汁が利いた汁を吸って美味しくなるのさ」


「美味しそう……」


 ヴィルマは食い入るように鍋の中を見つめていた。

 

「ご飯が煮えたので鍋を火から下ろし、すぐに溶いた卵を入れる」


 この手の雑炊に溶き卵は必須であろう。

 しかも卵はホロホロ鳥の卵であり、美味しいので高値で取引されているものだ。

 煮すぎて卵がブツブツと固くなると美味しくないが、この世界で卵の生食はリスクがある。

  鍋を火から下ろし、すぐに溶き卵を入れてよく混ぜるのが最適解だと俺は思う。


「はい、味噌魚介卵雑炊の完成だ」


 俺は、器によそった雑炊をヴィルマに手渡した。


「美味しい、お替り」


「はい、どうぞ」


 大量のエビ、カニ、貝と、大鍋に作った浜鍋と締めの雑炊。

 すべてを平げたヴィルマは、満足そうな笑みを浮かべていた。


「ごちそうざま、美味しかった」


「それはよかった」


 ヴィルマのおかげで大量の魚介を確保できたのだ。

 このくらい安いものだ。


「こんなに美味しいもの。初めて食べた。もっといっぱい獲る。エリーゼ様たちの分もいっぱい」


「そうだな、いっぱい獲ろう」


 ヴィルマはよく食べるし怪力であったが、見た目は大変に保護欲を誘う美少女であった。

 俺の中身が三十歳超えで、同級生の中にはヴィルマくらいの娘がいても不思議ではないという事実も影響しているのかもしれない。

 食事休憩後も、二人で漁業を続けた。

 そして数時間後……。

 

「そろそろ帰るか」


「ヴェル様、沢山獲れた」


「今日は大漁だったな」


 宴会で調理して出す分と、しばらく俺たちが食べられる分を確保したので、今日はこれで帰ることにしよう。

 それにしても、ここはいい漁場だな。

 これからも積極的に活用していこうと思う。

 

「そうだ、ヴィルマ。服を着る前に」


 海水なので肌や服がベタつくであろうと、俺はヴィルマに『洗浄』をかけて塩分を流してあげた。


「冷たい水で気持ちいい。塩でベタベタしない」


 この魔法は、冒険者は冒険中に風呂に入れないので、それを解決するために開発された魔法であった。

 あまり魔力を消費しないので、初級レベルにでも簡単に使えるのが特徴で、これを使える魔法使いは女性比率が高いパーティでは引っ張り凧になるそうだ。

 冒険中でも身嗜みには気を使いたいというのが、女性心理なのであろう。

 俺も、自分の体に『洗浄』をかけて体についた塩分を流し落す。

 ヴィルマの着替えも終わり、さて帰ろうとしたその時であった。

 突然彼女が愛用の戦斧を構え、海上に向けて鋭い視線を送る。

 続けて俺が海上を見ると、その沿岸には全長二十メートルほどの竜に似た生物がこちらに向かって来るのが確認できた。


「サーペント(海竜)か……」


 サーペントは、見た目は竜に見えるが実は魔物ではない。

 大型海生肉食動物のカテゴリーに入る、海の野生動物であった。

 普段は大型の魚類や、鯨、イルカなどを捕食し、時には海上を飛ぶ海鳥などを食べることもある獰猛な奴だ。

 ただ、基本的に臆病なので、大型の船ならばまず襲われない。

 向こうが先に逃げてしまうからだ。

 それに普段は、人間の活動領域には滅多に姿を見せない。

 普段はこんな海岸付近ではなく、もっと遠洋を生活拠点にしていると、前に見た図鑑には書かれていた。


「デカいな」


 ところが、二十メートルでは平均的な大きさなのだそうだ。

 このくらい大きくないと、鯨など狩れないのであろうが。


「しかし、あのサーペントはなぜ俺たちに向かってくるんだ?」


「餌だと思っている」


「だよなぁ……友好の使者とは思えない」


 たまたま沿岸に来たら、俺たちという餌があったので捕食しようとしている。

 サーペントに限らず、この手の大型肉食獣は毛が少ない人間を見つけると喜んで捕食しようとするのだ。

 そのため、海上で遭難して小船や筏の上でサーペントに遭遇すると、まず生き残れないと考えた方がいいらしい。

 これだけ大きいと、竜と変わらないのだから当然か。


「ヴェル様」


「どうかした?」


「私が倒す」


「えっ! 大丈夫か?」


 サーペントは大きな海生肉食動物なので、当然一般人や漁師たちの手には負えない。

 普段は遠洋にいるので滅多に捕獲されないのだが、肉は味がよい珍味として。

 骨、牙、ウロコなどは、武器や防具の材料として高値で取り引きされていた。


「ここは、私の大技で」


「そこまで言うのなら任せるけど、。駄目そうならすぐに俺に言ってくれ」


「わかった」


 一言頷くと、ヴィルマはこちらに迫り来るサーペントに向かって戦斧を構え、そのまま目を閉じて集中に入る。

 すると数秒後には、徐々にヴィルマの体から探知される魔力の量が増えていた。


「(そうか、一瞬で少ない魔力を爆発させるのか)」


 ヴィルマは、初級から中級の間くらいの魔力しか持っていない。

 魔法も、普段は筋肉に効率よく魔力を循環させるくらいしかできないそうだ。


「(普段は節約しながら使っている魔力を、一時的に大量に燃やすのか)」


 一時的だが爆発的に身体能力が上がるものの、すぐに魔力が枯渇してしまうので、もう本当にあとがない時に使う大技のようだ。

 ヴィルマは、目を瞑ったまま集中を絶やさず。

 その間にサーペントは、こちらの至近にまで迫っていた。

 そして、水際からその長い首をこちらにかまげて俺たちを捕食しようとしたその時、ヴィルマはまるでブーメランでも投げるかのように愛用の戦斧をサーペントに向けて投げた。


「あんなに重い戦斧を投げた!」


 もう少しで二つの餌が食べられると思ったサーペントにとっては、寝耳に水であったと思う。

 わけもわからないまま、ヴィルマによって投擲された戦斧によって首を切り落され、頭部をなくした首の切り口からは血が噴水のように噴き上がった。

 投擲した戦斧が上空で弧を描いてから持ち主であるヴィルマに戻ってくるが、あんなに重たそうなものが戻ってきても彼女は特に避けるでもなく、無造作に戦斧の柄を掴んで回収した。

 恐ろしいまでの動体視力と、驚異的な怪力のなせる技とも言えた。

 俺だったら戦斧を受け止められず、体が真っ二つになっていたかも。


「血抜きは早い方が、お肉が美味しくなる」


「確かにそうだけど……」 


 普段は小リスのように可愛いのに、食料確保になると途端に『首切り公』と化してしまう。

 昨日の熊といい、今日のサーペントといい。

 確かに彼女は、エドガー軍務卿の切り札なのであろう。

 恐ろしいまでの、戦闘能力の持ち主であった。


「もしヴェル様なら、どうやって倒した?」


「そうだなぁ……」


 サーペントは鱗が高く売れるし、大型ではあるが飛竜ほどパワーがあるわけでもない。

 『凍結』させて動けなくしてから、岩の槍を魔法で作って脳天に一撃。

 もしヴィルマが駄目だったら、そんな作戦を考えていたのだと教える。


「私と同じ。ヴェル様も、サーペントの胴体を傷つけると食べられる部分が減ると思った」


「(いや、鱗が傷つくからなんだけど……)まあ、そうだね」


 最後に思わぬアクシデントがあったが、俺たちは無事に大量の海産物を得てバウマイスター騎士爵領へと戻るのであった。

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