第121話 バウマイスター領滞在と、クルトとのトラブル(その3)

「えっ! この巨大熊の首を一撃で? ヴィルマが?」


「はい。それはもう見事に」


「……今度から、ヴィルマさんって呼ぼうかな?」




 その日の夜。

 大量の獲物を材料に色々と料理をしていると、形だけの領内視察を終えたパウル兄さんたちが戻ってきた。

 今日は夕方まで領内を、父とクルトの案内で巡っていたそうで、みんな肉体的よりも精神的に疲れているようだ。

 堅苦しいうえに、形式上のものなので面倒で仕方がないだろうからな。


「こんな視察、必要ないですよね」


「とはいえ、形式は重要だぞ。俺たちは地方巡検視様御一行なんだからな」


 必要もない視察で疲れたようで、ジークハルトさんは不満そうな表情を浮かべる。

 そしてそれを、年長者であるオットマーさんが窘めていた。


「それよりも飯だな。お腹が減った」


 もう終わった視察など、どうでもよいらしい。

 ゴットハルトさんの一言に反応したかのように、エリーゼたちが準備した夕食がテーブルの上ズラリと並べられた。


「これは、予想以上のご馳走じゃないか」


 パウル兄さんも俺と同じく、またあの薄い塩味の野菜スープとボソボソの黒パンだと思っていたらしい。

 だがそれを避けるため、俺たちは父の許可を得て狩りをしていたのだから。

 それにまともな食材を仕入れるお金がないわけでもないし、調味料は魔法の袋に大量に仕舞われている。

 同じメニューになるわけがないのだ。

 なにより俺が嫌だし。


「俺は王都で警備隊に勤務しつつ慎ましやかな生活を送っていて、それは結婚しても同じだけど、うちの実家よりはマシな飯が食えるからな」


 そう言いながら、パウル兄さんは熊肉の味噌煮込みを美味しそうに食べていた。

 ちなみに今日のメニューは、猪肉と山菜の鍋(醤油味)、熊肉の味噌煮込み、自然薯とホロホロ鳥の挟み焼き、ホロホロ鳥のロースト、草原ウサギ肉のワイン煮など。

 野イチゴのジュースやジャムも作っており、パンは焼くのが面倒なので、大量に王都のパン屋で購入して魔法の袋に入れてあった。

 なので、常に焼き立てを食べられるようになっている。

 あと、俺の希望でご飯も炊いてあるので、どちらでも自由に食べられるようになっていた。

 デザートも手作りだと面倒だから、王都の店で購入したものを自由に食べられるようにするつもりだ。


「調理が大変じゃなかったのか?」


「うちは女性陣が多いので」


 エリーゼは料理が上手であったし、イーナとルイーゼも十分に手慣れている。 

 ヴィルマも、獲物の解体や下ごしらえなどでその実力を発揮していた。

 以前から自分で、森で獲った獲物を自分で解体、調理して食べていたそうだ。

 調理器具も、この家に置いてあった埃っぽい竈ではなく、師匠の遺産である野営や野外パーティーなどで使える小さ目の魔導コンロがあったので、それを使用していた。


「エリーゼ様の料理の方が美味しい」


 ヴィルマは、エリーゼが作った料理を美味しそうに食べていた。


「いっぱい食べてくださいね、ヴィルマさん」 


「うん、いっぱい食べる」


「確かに、この量は我々だけでは無理ですな」


 パウル兄さんの従兵ではあったが、この状況で給仕などしてもらっても意味がないからという理由で一緒に食事をしているルーディさんは、テーブルの上にある料理の量に驚いていた。


「ただいまっと」


 とそこに、領内に到着してから姿を消していたブランタークさんが戻ってくる。

 彼の右手には、例のハチミツ酒の瓶が握られていた。


「ブランタークさん、お酒は禁止ですよ」


「わかっているさ。これはハチミツ水で酒じゃねえよ」


 領内にいる間はどんなことが起こるのかわからないので、俺は全員に禁酒を言い渡していた。

 酒に酔っている間に背中からズブリという最期など、少なくとも俺は迎えたくなかったからだ。


「ブランタークさん、甘い物も得意なんですか?」


「少しは飲めるが、これはみんなに差し入れだよ」


 そう言いつつ、まずブランタークさんはハチミツ水をコップに注ぎ、ヴィルマに手渡していた。


「甘くて美味しい」


「これもあの分家の名物なんだよ。なあ? ヘルマン殿」


「名物もなにも、ただ綺麗で冷たい湧き水で薄めて飲むだけですけどね。よう、地方巡検使殿」


 どうやらブランタークさんは、ヘルマン兄さんを客人として連れて来たようだ。

 続けて入ってきた。


「ヘルマンの兄貴か。なんか貫禄ついたな。噂では、嫁さんの尻に敷かれているそうだけど」


「新婚のパウルはまだわかってないな。男は普段は女に譲歩しつつも、ここぞと言う時にはガツンと行くんだよ」


「なにをガツンとなの?」


「いや、なんでもない」


「どこが、ガツンなんだよ」


「いいじゃないか! じきにお前もそうなるんだから」


 ヘルマン兄さんのみならず、奥さんのマルレーネ義姉さんと、主だった親族たちとその家族も一緒であった。


「この人数だと、飯が足りなくなるか」


「追加で作りますね」


「ヴェル、仕舞っている食材をちょうだい」


「ボクも手伝うよ」


「私たちも手伝うわ」


 エリーゼたちのみならず、マルレーネ義姉さんたちも協力して、追加で大量の料理を作り始める。

 今日獲った獲物のほとんどが調理されていき、さらに追加で魔法の袋に仕舞ってあった食材なども提供することになったが、大した量ではないので問題ない。


「こんなに沢山、お肉が食べられるなんてね」


「獲物なら、いっぱいいるじゃないですか」


 領内の森でも未開地でも。

 人口が少ないので捕獲される動物の数が少なく、その気になればふんだんに獲物を恵んでくれるからだ。

 乱獲で数を減らす可能性も、今の時点はまずあり得ないだろう。


「それはヴェルたちが優れた冒険者だからだよ。領民たちは危険だから、絶対に未開地には入らないからな」


 未開地には危険な動物が多い。

 今日も熊が出たし、実は猪も危険な猛獣なのは冒険者予備校で教わっていた。

 単身だとプロの猟師でも危険で、過去には獲物を得ようと未開地に入った結果、猪に突進されて体中の骨がバラバラになって死んだ者たちもいたそうだ。

 過去のバウマイスター騎士爵家にはそういう最期を迎えた人たちがいて、だから家訓のように未開地には入らないという前提になっているのだと、ヘルマン兄さんが教えてくれた。


「開発が進めば、未開地でも猟ができるようになるはずです」


「開発が進めばな。実現はなかなかに難しい」


 追加で作った料理を食べながら、俺たちはそんな話を続ける。

 普通に考えれば、領内に滞在する地方巡検使一行と冒険者パーティを、この領地の従士長一家が尋ねて食事会になっただけのはず。

 だが、その地方巡検視と、冒険者パーティのリーダーと、従士長は兄弟であった。

 この事実に過剰な反応をする人物は確実にいて、言うまでもなく次第に領内に波紋を広げることとなる。




「ヴェンデリン、兄弟で仲良く結構なことだな」


「それでなにか、クルト殿に不都合なことでも? ただの食事会ですけど」


「……ふんっ!」


 翌日の早朝。

 俺たちは再び本屋敷の父を尋ねた。

 その席にオマケのように参加したクルトは、昨日俺たちとヘルマン兄さんたちが食事会をしていたことが気に食わないようだ。

 顔を合わせるなり文句を言ってくるが、俺はわざととぼけた返事をして誤魔化しておいた。

 もうこうなってしまったら、今回の滞在中にケリをつけなければならない。

 そのために、俺はわざとヘルマン兄さんの一家と食事会を開いたのだから。


「いつまでいるつもりなんだ?」


「少なくとも、例の成果の換金が済むまでですね」


 昨日の夕方。

 クラウスの通達で集まった遠征戦死者の遺族たちは、俺たちが集めて来た錆びた武器や防具に、所持品やサイフなどを持ち帰った。

 誰の所持品だったかは、ブライヒレーダー辺境伯家諸侯軍とは違って統一した軍装でなかったことが幸いし、さほど混乱もなく終了する。

 むしろ、装備が統一されているブライヒレーダー辺境伯家諸侯軍の方が判別が困難であろう。

 そっちが終わるまで、なぜか俺たちはバウマイスター騎士爵領に滞在するしかないのだ。

 ブライヒレーダー辺境伯から、ブライヒレーダー辺境伯領内の滞在許可が出ていないから仕方がないという。


『ヴェンデリン様、ありがとうございます』


『父は、ようやく家に戻って来れました』


 遺族たちは、遺品を持ち帰った俺たちに大いに感謝していた。

 だが、ここでまたバカが余計なことをする。

 クルトが、自分と同じ年齢くらいの領民たちを数名引き連れて姿を現したのだ。


『やはり、このままで再利用は不可能か……』


『はい。ですが、鋳熔して再利用すれば十分に役立ちます』


『なるほど。鍛冶屋のお前がそう言うのだからそうなんだろうな』


 クルトの問いにその男性の領民が答えたが、どうやら彼は本村落の鍛冶屋のようだ。


『では、そうするか。その錆びた鎧や折れた剣は、鍛冶屋のエックハルトに差し出すように。それと、遺品で金になるものは税金が半分かかるからな。誤魔化さずに申告して、来週までに収めるのだ』


 クルトからの一切の慈悲もない宣言に、遺族たち全員の顔が歪んだ。

 彼らの中から一人の老人が代表して前に出て、クルトに発言を翻すよう説得を始めた。


『クルト様、税金はともかく、遺品である軍装品の提供は勘弁していただきたく』


『なぜだ?』


『戦死者には遺骨がありません。代わりにお墓に埋めようかと……』


 アンデッドになった人間を聖魔法で浄化すると体が崩れ去ってしまうので、遺骨は一切持ち帰れなかったのだ。

 なので、代わりに遺品を墓に埋めてもらうしかなかった。


『なにをバカなことを』


『クルト様、なぜ我らがバカなのです?』


『その軍装品を鋳熔かして農機具などにすれば、領地発展の役に立つではないか。ユルゲンともあろう者が、死んだ者の品にいつまで拘るのだ?』


 どうやら、このユルゲンという老人は他の村落の名主らしい。

 彼も、息子を遠征で失っていたようだ。


『しかしながら、この軍装品は我らが自前で揃えたものですので、墓に埋めてもなんの問題もないと思う次第でして……』


 装備がバラバラなので気になってはいたのだが、バウマイスター騎士爵家諸侯軍は装備品すら自前らしい。

 ブライヒレーダー辺境伯家諸侯軍のように、統一された軍装品の貸与などはしていないようだ。

 自前で用意した武具なら、いくら次期領主でも取り上げていい道理はないよな。


『問題ならある。我が領では鉄が大いに不足している。さっさと、その鎧をエックハルトに渡すのだ』


『それはあまりにご無体です』


 我が兄とはいえ、清々しいくらいに小物臭を漂わせた挙句の、ケチケチ発言であった。

 確かに遺品の鉄を鋳熔かして再利用すれば、領内では少量の赤石くらいしか採れないバウマイスター騎士爵領の鉄不足も少しは改善するはず。

 だからといって、遺族から遺品を取り上げる行為には感心しなかった。

 地方の領主にはこの手の輩も多いそうだし、税金の徴収に関しても別におかしな点もない。

 バウマイスター騎士爵領においては、父やクルトの考えこそが法なのだから。

 ただ、遺族から遺品を取り上げるほどのバカは少ない。

 そこまでしてしまうと、領民たちの心を痛めつけるのに等しい行為になってしまうからだ。

 普通の零細領主は、領民たちに無体をすると逃亡や逃散の危険を考える。

 だが、バウマイスター騎士爵領においては領地から逃げ出すのも命がけだ。

 どうせ領民たちが逃げ出さないとわかっての、無体な命令なのであろう。


『クルト殿』


『なんだ? ヴェンデリン?』


 運がいいのか悪いのか。 

 この場に父がいないのと、次期領主路して舐められないよう、領民たちに対しては強気に出た方がいい考えたのであろうが……。

 しかもクルトは、俺を昔のようにヴェンデリンと呼び捨てにした。

 ここが、他の貴族の目がない場所でよかったと思う。


『貴重な鉄資源を再利用するという考え方は理解できます』


『なら、余所者が余計な口を出すな』


『それで、後ろの鍛冶屋の方は、いかほどで鉄を引き取るのですか?』


『しかるべき値段だ!』


 間違いなく、無料に近い値段で買い叩かれるはず。

 このエックハルトという鍛冶屋は、クルトとほぼ同年代に見える。

 多分、幼少の頃から仲がよかったのであろう。

 間違いなく、そのコネを利用して遺品の軍装品を遺族から買い叩こうとしているのだ。

 先日のバザーの時、ブランタークさんが見たクルトに陳情に赴いた連中。

 その中の一人で、本村落の住民であり、領内唯一の鍛冶屋というわけか。

 彼はこの閉鎖された領内において、唯一の鍛冶屋として稼いでいる。

 前にその商品を見たことがあるが、正直腕前は二流の下くらいだ。

 ブライヒブルクや王都では、商品が売れず即座に潰れてしまうはず。

 その前に、修行先からの独立すら認められないであろう。

 それでも彼が鍛冶屋としてやっていけるのは、一家が入植時からの代々鍛冶屋であり、バウマイスター騎士爵家に忠実であったからだ。

 他の村落の住民に鍛冶屋をやらせないよう、彼を徹底的に優遇している結果でもあった。

 鍛冶屋では、鉄製の武器を作ることができる。

 そのため、こんな僻地では腕前よりも忠誠心なのであろう。

 他の村落出身の鍛冶屋が、反乱を企てて武器でも密かに作られると困ってしまうからだ。

 そんな彼からしたら、父からクルトの継承体制を支持して鍛冶屋の仕事を独占しなければならない。

 他の兄弟が領主を継いで外部との交流が増えると、自身は廃業の危機に追い込まれてしまうからだ。


『とにかくだ クルト様の命令なのだから文句を言うな!』


『しかしな、エックハルトよ……』


『文句があるのなら、クルト様に言え! そうですよね? クルト様』


『そうだな』


 エックハルトという鍛冶師は、クルトの後ろ盾があるのをいいことに、大した品質でもない農機具などを高く売って領民たちに嫌われているようだ。

 さらにその態度も、次期当主であるクルトの威を借るなんとやらで、俺はあまりいい印象を持てなかった。


『つまり、鉄があればよろしいので?』


『あればの話だがな! 冒険者であるヴェンデリンが鉄を持っているというのか? ないだろうなぁ』


 そして俺に対し、鉄がないのに綺麗事を言う余所者だという態度を崩さないクルト。

 そこまで言うのなら出してやろうじゃないか。


『鉄ならありますよ』


 俺は、子供時代に自分で精製してみた鉄の塊を魔法の袋から取り出し、それをエックハルトの目の前に『念力』で放り投げる。

 一メートル四方ほどの鉄の塊が、目の前にドスンと音を立てて落下したエックハルトは、その場で腰を抜かしてしまった。


『ひぃ!』


『それだけあれば十分でしょう?』


『危ないじゃないか!』


『鍛冶屋なのですから、鉄の扱いには長けているのでしょう?』

 

 戦死者の遺品に使われている鉄を、クルトの威を借りてボッタクリ価格で奪い取ろうとした。

 俺は、こんな奴とまともに話をするだけ無駄だと感じていた。

 剣などの武器はともかく、鎧などはほとんどが皮製でろくに金属など使われていないのだ。

 数があるので、集めればそれなりの量にはなるというくらい。

 少数回収した盾なども、一部に金属が使われていてもほとんどが木製でほぼ腐っている状態なので、これなら墓に埋めてもなんの問題もないと思うのだ。


『頑張っていい製品を作ってくださいね。さっと見た感じ、俺はあなたがまだ本気を出しているとは思えません。もし王都なら、恥ずかしくて店頭には並べられないレベルの品物ですしね』


『貴様! なにを根拠に!』


『この前のバザーで、出品した品を見ればわかるでしょう?』


『うっ……』


 あの品々は、別に高級品というわけでもない。

 みんな、ブライヒブルクや王都ではそこそこの値段で買えるものばかりだ。 

 それなのに領民たちは、今度はいつ買えるかわからないと言って大量に購入していた。

 他の生活雑貨などもそうで、それでも彼らが領内で独占的な商売ができるのは、本村落出身で、跡継ぎや世帯主であり、クルトの有力な支持者になっていたからだ。

 彼らからすれば、外の商品を持ち込む俺は不倶戴天の敵なのであろう。


『これからも、バウマイスター卿と本村落の名主クラウス殿の依頼で定期的に領内でバザーを開くことになると思います。なんで今のうちに腕を磨かないと、廃業しなければいけなくなるかもしれませんよ』


 俺の挑発に、エックハルトはおろか、その後ろにいたクルトも顔を真っ赤にさせて激怒していた。


『エックハルト! その鉄で素晴らしい農機具を作るのだ! 他の返還された現金収入については、五割の税を収めることを忘れないように!』


 まるで捨て台詞を吐くかのようにその場から立ち去るクルトとエックハルトの背中に、遺族たちは侮蔑の視線を向けた。

 しかし、クルトたちは気がついているのであろうか?

 この件で、百人以上の領民たちが彼らに対し敵意を向けたことを。

 俺がいなければ我慢していたかもしれないが、不運にもそこには俺がいた。

 実は気がついていたのかもしれないが、俺に対して領民たちの前で下手に出るわけにもいかず、結局は同じ結末に至ったであろうが……。

 とにかく、昨日そんな出来事があり、クルトと直接顔を合わせるのは億劫でしかなかったというわけだ。




「とにかくだ! さっさと換金して税を持って来い!」


「それはブライヒレーダー辺境伯に言ってくださいよ……」


「ふんっ! 誤魔化さなければいいがな!」


「クルト!」


 さすがに、寄親への表立った批判はまずいと思ったのであろう。

 すぐさま父が、クルトを一喝した。


「聞かなかったことにしますが。それで本日の予定なのですが……」


 まずは、昨日遺品が戻った遺族たちがお墓にそれを埋めるので、その葬儀というか納骨、埋葬式に参加する許可を。

 この式典には、領内にある教会を管理する神父マイスター殿が出席するのだが、彼はもう八十歳を超えた老人である。

 一人だと負担が大きいので、エリーゼが手伝うことになっていたのだ。


「その式典には私も顔を出そう。クルトには例の用水路工事の監督を任せる」


「わかりました」


 クルトとて、俺とこれ以上顔など合わせたくもないのであろう。

 父の命令に対し、素直に頷いていた。


「あとは……」


 クラウスからの依頼で父が許可を出したので、これからも定期的にバザーを開くことや、領内に滞在中に魔の森や未開地で狩りや採集をする権利など。

 表向きは、領内で自由に冒険者として活動をする許可を。

 裏では、将来の禍根を絶つ目的ためにクルトを挑発するため、領主からの正式な領内での行動許可を得る狙いがあった。

 はたして父は、俺の裏の目的に気がついているのか? 

 最終的に、クルトの廃嫡を容認する気はあるのか?

 非常に気になるところではあった。


「未開地や魔の森の成果に関しては、バウマイスター男爵たちや領民が食べる分に関しては代価はいらぬ。外部で換金したものについては、のちに別途税の交渉を行う。冒険者ギルドブライヒブルク支部や、ブライヒレーダー辺境伯殿とも折り合いもあるからな」


「父上!」


「ほう。なら、お前が未開地や魔の森で狩りをして稼ぐと言うのか?」


「それは……」


「現状、未開地や魔の森で狩りをしようなどと考える冒険者は、バウマイスター男爵たちだけなのだ。多少の優遇処置は必要であろう。それとも、お前が冒険者を勧誘してきてくれるのか?」


「それは……」


 珍しく強硬な父の反論で、クルトはその口を閉ざしてしまう。

 しばらくするとクラウスが正式な契約書を持参し、先ほどの条件は無事に認められることとなる

 しかしまぁ。

 俺と父との交渉内容に合わせた契約書を事前に用意するとは……。

 やはりクラウスは油断のならない男だな。


「では、葬儀に赴くとするか。私は葬儀のみに参加するよ」


 父との面会後。

 予定されていた遺品の埋葬が行われることとなった。

 これには父とクラウスも出席し、エリーゼはもはや補助がないと歩けない老神父を支えながら、『戦死者たちを、天国へと誘う言葉』なる祝詞のようなもの唱えた。


「神の子たちよ。汝等はその苦しい最期の時を乗り越え、神とその弟子たちの住まう約束の地へと向かう。そして汝等の導きにより、その親や兄弟や子らも、かの地へと導かれるであろう」


 エリーゼが独特のリズムで唱える祝詞の中で、遺族たちは事前に掘っておいた穴に遺品を入れ、土をかけて埋葬していく。


「エリーゼって、こんなこともできたんだ」


「知らないの? エリーゼは助司祭の資格も持っているのよ」


「知らなかった」


 イーナから『なんで知らないのよ?』という顔をされてしまうが、エリーゼは普段あまり教会や宗教の話をしない。

 俺が興味ないのを理解していて、必要以上に話さないようにしているのであろう。


「ヴェルは、本当に教会とかに興味ないからね」


「ルイーゼは興味あるんだ」


「実はあまりないけど」


 ルイーゼにまで言われてしまうが、ちゃんと寄付などはしているし、そこまで教会や宗教に忌避感があるわけでもない。

 熱心に信仰するつもりがないだけなのだから。

 国教なので信者にはなるが、実はあまり興味はない。

 俺のような考え方をする人は、この世界にも意外と多かった。


「ヴェル様、お供え美味しそう」


「食べるな、不謹慎だぞ」


「それはわかっている」


 遺品を埋めたあと、遺族たちはそれぞれに食べ物などをお供えしており、それを見たヴィルマがとても食べたそうな表情をしていた。


「今夜まで待ってくれ」


「わかった」


 先ほど、どうしてまた未開地での狩りの許可を父から得たのか?

 それは、今夜宴会を開く予定であったからだ。

 戦死者の遺族たちが今日の慰労のため、それぞれに食べ物をなどを持ち寄り宴会を開く予定だ。

 それに俺たちとヘルマン兄さんたちも参加するため、クルトから見ると非常に胡散臭い宴会となっているのだけど。


「(しかし、回りくどいことをするよなぁ)」


 同じく式典に参加していたブランタークさんが、俺の隣に立って小声で話しかけてきた。


「(クルトが先に手を出した。必要な大義名分でしょう?)」


「(それはそうなんだがな)」


 どうせ相手は吹けば飛ぶような小領の次期領主なのだから、王国からの命令で強制的に廃嫡にでもしてしまえばいい。

 だがその方法だと、他の貴族たち影響が大きいので、わざわざ俺たちが領内で派手に動いてクルトたちを暴発させる必要があったのだ。


「(暴発するかね?)」


「(少し時間はかかりますけど、します。確実に)」

 

 クルト本人だけなら、暴発はしないのかもしれない。 

 先ほどみたいに、父に怒鳴られると萎縮してしまう男だからだ。

 ところが、周囲の支持者たちの存在がある。


「(俺たちがこの領地を開けば開くほど。周囲が加熱していきますので)」


 昨日の鍛冶屋のエックハルトと、他の職人たちとその家族も。

 彼らは本村落出身者で、その腕前ではなくて代々の忠誠心で市場を独占してきた。

 それが、俺たちのせいで崩れかかっている。

 他にも、考え方が保守的で領内の変化など望んでいない人たちなどもいて、彼らはすでに外部の人間になっている俺たちの行動に眉を顰めているはず。


「(支持者たちから突き上げを食らえば、さすがにクルトも動かざるを得ないか)」


「(動かないと、彼らからの支持を失いますからね。なんでもいいんですよ。クルトたちが暴発すればそれで)」


 先に暴発してくれれば、それが介入の口実になるからだ。

 王国政府からすればどんな些細なことでも、俺に少しでも危害が与えられそうになればいいのだから。


「(そのために宴会を?)」


「(宴会ではありません。せっかく故郷に戻った英霊たちを遺族たちと共に慰める会? 食事つきですけどね)」


 そんな話をしている間に、無事埋葬の儀式が終了した。

 出席していた父とクラウスは、ほとんど口を利かなかった。

 遺族たちも、クルトと二流鍛冶屋には思うところがあるようだが、父にはその件では思うところがあるわけではない。

 どうせ文句を言うわけにもいかないが、父を恨んでも仕方がないと思っているようだ。


「今夜は、ヘルマン様とヴェンデリン様も慰霊の食事会に参加されるそうだ。しかも色々と料理などを出すので、遺族は自由に参加してくれと」


「遺族なら、全員参加できるのか」


「じゃあ会場が大きくなるから、設営とか調理の手伝いとかの人を出さないとな」


「俺たちも、なにか食材を持参するべ」


 この領内では娯楽が少ないので、みんなとても楽しそうであった。

 思い思いに話をしながら、それぞれに一旦家に戻って行く。

 昼間は畑仕事を行い、夕方から会場である俺たちの滞在先に集まって準備を手伝うことになった。


「結構参加人数が多くなるだろうな」


「七十七名の戦死者の遺族たちですからね」


「なにより、無理に遺族の範囲を指定する必要ないよなぁ」


 ブランタークさんの言うとおりで、『どの範囲まで遺族として認めるか?』なんてルールは一言も伝えていなかったので、その気になれば大半の領民たちが今夜の宴席に参加可能であった。

 今から遺族の範囲を……面倒だから言いに行く必要もないか。

 大量に食材を用意すればいいのだし、その許可は父から貰っていたのだから。


「じゃあ、俺も準備を手伝うかな」


「エルたちと、無限の狩りに行ってくださいね」


 慰霊の会名目とはいえ、この世界に精進料理の概念は存在しない。

 なのでこういう宴会を行う時には、ここぞとばかりにみんなご馳走を用意して食べるのが普通であった。

 そう滅多にあるものでもないので、全力で用意するというわけだ。


「エリーゼの嬢ちゃんは、あの神父と一緒に祭壇作りか」


 埋葬した死者たちの慰霊会なので、小さいものだが祭壇を作るのが常識であった。

 神父さんにはその知識が十分にあるのだが、いかんせん老齢すぎて体が動かない。

 そこで、エリーゼも手伝うことになったのだ。

 そしてそれが終わったら、マルレーネ義姉さんたちや遺族の女性たちと一緒に、宴会会場の設置や、調理を手伝うことになっていた。

 エリーゼはマルチに活動できて凄いな。


「イーナとルイーゼの嬢ちゃんは、エルたちと狩りの手伝いか」


「任せて、ボクが沢山獲るから」


「参加人数を考えたら、食材は多めに確保した方がいいわね」


 宴会に出す肉類などを、パウル兄さんたちやヘルマン兄さんたちと共に獲りに行くことになっていた。

 大人数を満足させる肉を得るために、ブランタークさんを酷使して頑張ってほしいところだ。


「それで、坊主は?」


「ちょっと、海まで」


「はあ? 海?」


「海には美味しいものが沢山ありますから」


 普段肉ばかり……川魚は例外として……食べているはずなので、今回は趣向を変えて珍しい食材を用意しようと思う。

 そのために、わざわざ父から許可を得たのだから。

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