第117話 依頼達成と、バウマイスター騎士爵家の混乱(その3)

「一体、何匹いるんだよ?」


「知るか! 向こうに聞いてくれ」


「できるか!」


「エルの坊主は手を動かせ!」


「誰よりも動かしてますよ」



 それからまた数時間後。

 俺たちはエリーゼが展開した『エリア浄化』の中で、次々と迫り来るゾンビたちと対峙していた。

 予想していたことだが、やはりその大半が魔物がアンデッド化したものであり、それに混じって、粗末な鎧に錆びた槍などを持つ人間のゾンビも存在している。

 彼らはその姿格好からして、間違いなく旧バウマイスター騎士爵家諸侯軍の兵士たちであろう。


「ヴェル、混合軍だ」


「嫌な混合軍だな」


 ルイーゼ。

 死んでから魔物とわかり合って協力し合っても意味ないじゃないか。


「エリーゼがいなかったら、大苦戦だった」


 魔法の展開で一歩も動けず、集中のために一言も発していないエリーゼのおかげで、旧ブライヒレーダー辺境伯諸侯軍の時には直接戦闘はゼロ。

 今も、『エリア浄化』の光に当たっても消え失せない、ワイバーンなどのアンデッドと戦うだけで済んでいる。

 エル、イーナ、ルイーゼが直接攻撃で、俺とブランタークさんが『集束火矢』でワイバーンアンデッドの頭部を焼き、破壊していく。

 活動が停止したワイバーンアンデッドは、効果を発揮し続ける『エリア浄化』によって消毒され、魔石と骨を残す。

 他の魔物は魔石だけだが、さすがは小型でも竜というべきであろう。

 素材となる骨が残されていたのだから。

 アンデッドの時にはドス黒かった骨が、浄化されると綺麗な白色になる。

 見ていると、実に不思議な光景であった。


「ちっ! 飛竜のアンデッドって!」


「そういえば、アルがいたんだったな!」


 大叔父に、優れた統率力はあったようだ。

 だが、普通の人間や魔物のアンデッド如きが、ワイバーンや飛竜相手になんとかできるはずもない。

 ならばなぜ、ワイバーンと飛竜が一定数混じっているのか?

 その答えは、この数千もの魔物アンデッド軍団は、師匠が死ぬまでに殺した魔物たちなのであろう。


「ヴェルの師匠って、化け物かよ!」


 力尽きるかまでに、数千にも魔物を次々と殺していく。

 俺がやれと言われたら、できなくもないが迷惑な広域魔法で周辺の森ごと消滅させるしかない。

 だが当時の師匠には、先代ブライヒレーダー辺境伯以下、守るべき存在が二千人も存在した。

 味方を巻き込む魔法が使えず、しかも先代ブライヒレーダー辺境伯は守らないといけない。

 俺に同じ条件で戦えと言われても、相当難しいはずでだ。

 少なくとも今の俺では、そんな器用な芸当は不可能であった。


「時間差をつけて、一瞬で自分と守備目標に脅威になり得る個体や少集団を順番に撃破していく。だから、アームストロング導師などはアルを認めていたんだ」


 魔力量では勝てても、まったく油断ならない超技巧派の魔法使い。

 それが師匠であったようだ。

 しかも、ブランタークさんよりも魔力量が多いのだから凄い。


「でも、その師匠さんのせいでボク達が大変……」


 ブランタークさんの『集束火矢』で動きが鈍ったアンデッド飛竜の頭部に、ルイーゼが愚痴りながら、魔力の篭った拳で一撃を加えて粉々にする。

 頭部を失ったアンデッド飛竜は、すぐにその動きを止めた。

 いくらゾンビでも、頭がなくなれば活動できなくなるわけだ。


「いや、これは試練なんだ! 師匠が俺たちに課した!」


「うわっ! ヴェルが、忠実なお弟子さんモードになっている!」


「先日のゴーレム軍団に比べれば、なにほどのことか!」


「今は浄化の依頼よりも、実家の情勢の方が難易度高いかもしれないわね」


「うわぁ! それもあった!」


「ヴェル、忘れてたの?」


「集中して戦っていたから」


 エル、イーナ、ルイーゼの動きもよく、前回の反省を生かして魔力補充用の魔晶石の数を増やしたこともあって、第二陣のアンデッド軍団も数時間ほどで全滅させることに成功した。

 いや、最後に残った個体があった。

 錆びたフルプレートに、同じく赤茶けたロングソードを構えた初老の男性が俺たちの目の前に立っていたのだ。

 普通のゾンビであれば、エリーゼの『エリア浄化』の障壁を突破してなんともないなんてことはあり得ない。

 つまり、ゾンビの上位種なのであろう。


「相当に恨みが深いんだな。気持ちはよくわかるぜ」


「そうですね……」


「間違いなく、先代従士長だろうな」


「ええ」


 ブランタークさんと俺は、そのアンデッドがバウマイスター騎士爵家の先代従士長であることを確認した。

 主命とはいえ、無謀な遠征で自分のみならずすべての息子と多くの領民たちを犠牲にしたのだ。

 分家では、この先代従士長の孫娘たち以外にも、婿を迎え入れている女性が多かった。

 彼女たちは、分家に仕える従士を勤める家の娘だ。

 みんな、父を兄弟を親戚を失い、家を保つために他所から婿を迎え入れ、男性と同じく苦しい仕事に耐えてきた。

 従士の家とはいえ、田舎領地なので普段は普通の農家でしかない。

 増えた開墾作業などで、大変に苦労をしたのであろう。

 それがあっての、彼女たちの反本家の姿勢でもあったのだ。

 そして、この目の前の先代従士長には、それが理解できているのかもしれない。

 剣を構えながらも、こちらを攻撃してこなかった。


「リッチにまでなっているのか! こんな短い期間で!」

  

 ゾンビがここまで理性的なはずがなく、よくて先ほどの先代ブライヒレーダ辺境伯くらいで、それすら滅多にいないのだから。


「ミンナ、シンダ……」


「十五年以上も前にな。今、俺たちが浄化していて、最後に残ったのがあなただ」


「マゴ……」


「旦那を尻に敷いて、元気にしているよ」


 リッチともなれば危険なので、普段の俺であればすぐに『聖光』で浄化してしまうはず。

 だが、この先代従士長である大叔父は、とても悲しそうな目をしていた。

 そして、俺に視線を合わせてくるのだ。

 そのあまりに悲しそうな目に、『あんな集団をけしかけるなよ!』などとは言えなくなってしまった。

 

「わかっているんですかね?」


「さあな。実力差を本能で理解して、体が動かないというケースもある」


 本能が前に出るので、獣と同じく敵が強すぎると動きを止めてしまうケースがあるらしい。

 ゾンビやグールでは不可能な、リッチレベルでしか見られない現象のようだが。

 ブランタークさんからすれば、先に数千ものアンデッドをけしかけているので、大叔父のリッチに隙を見せたくないのであろう。

 あくまでもリッチが萎縮しているだけだと予想して、警戒態勢を緩めなかった。


「ヒマゴ……」


「跡取りと、妹が生まれてたよ。元気だった。あんたに似ている」


「ソウカ……オナジチ……」


 やはり、理解しているらしい。 

 さらに、俺が血縁者であることにも気がついたようだ。


「タノム……」


 最後にそう言うと、先代従士長のリッチは剣を地面に下ろし、そのまま動かなくなってしまう。

 攻撃はしないので、そのまま浄化しろということらしい。


「怒りがもの凄くて、この短期間にリッチにまでなったけど、親族から家族の話が聞けて満足したのかな?」


「かもしれないし、坊主に勝てないと悟ったのかもしれない」


「では、『聖光』を」


 俺の『聖光』より、先代従士長のリッチも完全に浄化され、あとにはその装備品だけが残される。


「マルレーネ義姉さんたちの元に返してあげないとな……」


 彼女たちの祖父の最期の話をしてあげないとな。

 もしリッチにまでなった大叔父と戦闘をしていれば、勝てなくはないがかなりの労力を要したはず。

 だが、結局大叔父は俺たちと戦わなかった。

 湧き上がる恨みからくる殺戮衝動に耐えながら残された家族のことを聞き、無事だと知ると俺に『タノム』とまで言った。


「まさか、リッチがあそこまで殺戮衝動を抑えるとは思わなかった」


 大叔父を攻撃するために強力な『火炎』を用意していたブランタークさんも、初めての経験に驚いているようだ。


「『タノム』か……」

 

 彼の頼むは、家族を頼むということであろう。

 というか、他にはあり得ない。

 それはつまり今回の訪問だけで終わらず、今後もという意味……死者の頼みは断りにくいので困ってしまうな。

 俺は、この仕事が終わったら実家と関わり合いたくないのが本音なのに……。


「仕事も終わったし、バウマイスター騎士爵領に戻るか……」


「そうですね」


「あーーー、腹減った」


「ヴェル、夕食はなにがいいの?」


「ボクとイーナちゃんが、腕によりをかけて作るよ。エルは下働きで」


「腹減ったからなんでもするぜ」


 大叔父の装備品をすべて回収した俺たちは、なるべく早くにバウマイスター騎士爵領に戻ろうとした。

 朝から魔の森に侵入し、食事もとらずに大規模な二つのアンデッド集団と戦闘をしていたせいで、えらくお腹が減っていたからだ。

 木々の間から見える空の色は、時刻がもう夕方前であることを示していた。


「そうだな、早く森を出て戻ろうぜ」


 ブランタークさんも早くバウマイスター騎士爵領に戻ることに賛成のようだ。


「早く酒が飲みたいな」


 このエリアを占領していた数千体ものアンデッドが消えたので、その空白を埋めるように普通の魔物たちが押し寄せるのも時間の問題であった。

 消耗した身で第三回戦は厳しいので、早く戻った方がいいというわけだ。


「だが、その前に寄るところがある」


「寄るところ? ああ、エーリッヒ兄さんか!」


「そうだ。彼ならなにか知っているか、知らなくてもいいアドバイスを貰えるだろう」


 バウマイスター騎士爵領の問題に関しては、俺たちでは知らないことが多すぎる。

 もしかすると、エーリッヒ兄さんたちがなにかを知っている可能性もあり、ブランタークさんは、それを確認してから戻っても遅くはないと意見したのだ。


「困った時のエーリッヒ兄さんか。年齢の関係で、パウル兄さんやヘルムート兄さんもなにか知っている可能性があるな」


 ブランタークさんの案を受け入れた俺は、その場で全員を呼び寄せると、一気に王都のブラント邸まで瞬間移動で飛ぶのであった。

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