第118話 依頼達成と、バウマイスター騎士爵家の混乱(その4)

「えっ! そんなことがあったのかい!」


「クルト兄貴……それは駄目だろうに……」


「なにも起こらずとはいかなかったか……」




 魔の森での依頼を終えた俺たちは、その足で王都にあるブラント邸まで『瞬間移動』で飛んだ。

 突然屋敷の庭に現れた俺たちを見て、ルートガーさんや屋敷の使用人たちは驚いていたが、すぐにただならぬ状況であると察し、エーリッヒ兄さんが仕事から戻って来るまで、お茶とお菓子でもと屋敷の中に案内してくれた。

 そして使用人たちを、パウル兄さんとヘルムート兄さんの元にも差し向けてくれたようだ。

 それから約二時間後。

 三人の兄さんたちは俺から領地で起こった出来事を聞き、一様に深刻そうな表情を浮かべていた。


「エーリッヒ兄さん?」


「ある程度予想はしていたけど……しかし、ここでまたクラウスか……」


 エーリッヒ兄さんに言わせると、クルトの言動はある程度想定の範囲内であったらしい。

 予想よりも愚物度は上がっていたが、それでも父が抑えればなんとかなると思っていたようだ。

 あくまでも、しばらくはという条件つきではあったが。


「ところで、クラウスの話は本当なんですか?」


「跡取り息子と、レイラさんの婚約者の件かい? 事実だよ。ねえ、パウル兄さん?」


「ああ。俺も当時まだ四歳だから、あとで聞いたんだけどな」


 やはり、人の口に扉は立てられないらしい。

 父が緘口令を敷いたせいで、余計に話が領内に広まってしまったようだ。

 あんなろくに娯楽もない領地なので、真相を推理して楽しんだのかもしれない。


「ただ、二人が同時に崖から落ちて死んだのは事実でも、それに父が絡んでいた証拠はない。噂では、本村落以外の住民以外はほぼ100パーセント父の仕業だと思ったみたいだ」


 被害者が本村落の名主であるクラウスの息子たちなので、あまり同情はしないが、領内の統治体制を強化するために領主様ならやりかねない。

 彼らの二の舞はゴメンなので、あまり表立って批判もできないし、静かにしていた方が利口であろう。

 という風に思っている領民たちは、とても多いそうだ。


「ヴェルも知っているだろう? あの崖では岩茸が採れるのを」


「ええ、岩茸は美味しいですよね」


「ヴェルは、食べ物の話が好きだなぁ」


「そうは言うがルイーゼ、バウマイスター騎士爵領では本当に娯楽が少ないんだよ。岩茸採りは楽しいのさ」


「実家にいた時には、俺も楽しみにしていたよなぁ」


 パウル兄さんの言うとおりで、その崖では確かに岩茸という茸が採れるのだ。

 あの薄い塩スープに入れるといい出汁が取れるので、みんな競って採集していたはず。

 岩茸はなかなか成長しないので大変に貴重なのと、崖の斜面に生えるので採取に危険が伴うという事実が、余計に岩茸の希少性を高めていた。


「ですが、それとクラウスの息子たちの死の真相になにか関係があるんですか?」


 父とクラウスの息子たちはあくまでも狩猟をしていたのであって、岩茸を目的にしていたわけではない。

 ところがその日。

 父に忠実な本村落の村人数名が、岩茸採りでその岩場に行っていたらしいのだ。

 クラウスが言っていた目撃者とは、彼らのことなのであろう。


「父がその村人たちにやらせたという可能性は捨てきれない。でも彼らは、クラウスが管理している本村落の人たちだ。その跡取りの殺害に手を貸すとは思えない。ただ、領主命令ならやってしまうかもしれないけど……バウマイスター騎士爵領は田舎だから……」


 父の命令に逆らったら、もうバウマイスター騎士爵領では生きていけない。

 そう考えたのかもしれないわけか。


「もう一つ、噂があったな」


 ヘルムート兄さんは、もう一つ嫌な噂を聞いたことがあるそうだ。


「レイラさんは美人で、領内の男性たちに人気があった。自分の嫁に欲しいと願う村人たちも多かったそうだ」


 つまり岩茸採りに来ていた領民たちは、レイラさんの婚約者だけを亡き者にしようとし、なんかのミスで、クラウスの息子も殺してしまったのではないかというものだ。


「それだと、父は無関係の可能性がありますね」


「そうなんだ。でも、真相は不明なんだよ。まさか父を拷問して吐かせるわけにもいかないしね」


 拷問は極端な意見だと思うが、結局証拠がないので父から真相を聞くしかないのも事実であった。

 聞いたところで、父が真実を話す保証もないのだけど。

 

「エーリッヒ兄さんは、よく知っていますね。聞きに来てよかった」


「あくまでも、事件のあらましとその後の噂だけだよ。真相はクラウスでもわからないだろう」


 いまだ真相は不明だが、奇妙な事件のせいで自分の愛する息子と娘の婚約者を失ってしまったのだ。

 彼からすれば、父を恨むことで精神の均衡を保っているのかもしれない。


「父の悪癖と、レイラさんの件ですけど……」


「それもなぁ。きっと本村落以外の連中は、そうなんだろうなって思っているよ。でも他の可能性もあってね」


 エーリッヒ兄さんは、あくまでも自分の考えであると前置きしてから、その考えを述べた。

 

「本村落の名主であるクラウスは、跡取り息子と娘の婚約者を同時に失ったわけだ」


 そうなると、クラウスの跡を継ぐ次の本村落の名主は、レイラさんの新しい婿ということになる。

 クラウスには、他に子供はいないそうだ。


「残り二つの村落の名主たちが、自分の次男以下の息子を押し込もうとしたという噂があってね」


 もしそれが実現すれば、本村落優位の領内の体制に楔を打ち込める可能性が高い。

 だが、さすがにそれはクラウスが容認しないだろう。

 そして本村落出身の婿候補者たちは、不思議なことにあの岩茸採集に出ていた人たちなのだそうだ。


「レイラさんからすれば、容疑者たちが新しい婿になるのは嫌だと思うよ」


 自分の婚約者を殺した疑惑のある男たちと結婚するなど、確かに誰でも嫌なはずだ。


「かといって、他の村落出身者の婿だと、当然本村落の人たちから不満が出るよね。父も許可しないはず。だから、父がそういうことにしたんじゃないのかな?」


 領主の庶子に継がせるのなら、本村落の候補者たちは言うまでもなく、他の村落の名主たちも文句は言えないはず。

 だが、父が露骨に手をあげると、さすがに風聞というものが気になってしまう。

 だからクラウスの方から話を切り出したことにして、父がそのお礼として徴税業務の独占を褒美として彼に与えたわけか。

 なんのお礼かは、父に美しいレイラさんを差し出したことではなく、そういうことにしてクラウスが事前に本村落の名主の家督争いを防いだ件だけど、当事者同士にしかわからないことだから他人には誤解はされるよなぁ。

 父からすれば、将来的に自分の子供が徴税業務に関われるのは得になるという利点もあった。

 状況的に仕方がないとはいえ、息子たちの喪も明けないうちからの提案なので、クラウスは内心では気に入らなかったはずだ。

 だが話を先延ばしにすると、本村落以外の連中がうるさくなってしまうので、仕方がなかった面もある……という説だ。


「そういう事情だとしたら、納得はできるかな」


「でも、これも推論でしかない。結局真実は、父とクラウスしか知らないんだよね」


 かといって、探偵みたいに調査などしても領内が騒ぎになるだけであろう。

 クルトから領内を掻き乱す迷惑者と思われ、また嫌味でも言われるのは勘弁してほしかった。

 二時間ものの推理ドラマではないので、素人の俺たちが調査したところで真相に辿り着ける可能性は極めて低いのだから。

 もし調査を始めると、『冒険者男爵の事件簿。バウマイスター騎士爵領殺人事件~名主の息子たちはなぜ死んだのか? その影に領主の陰謀と美女の涙を見た~』とかいうタイトルになるのかもしれない。


「それで、父の悪癖なんですけど……」


 俺の実家生活時代は極めて特殊なものだったので、真相など知る由もない。 

 だが、兄さんたちはなにかを知っている可能性があった。


「俺たち以外に兄弟姉妹がいるかって? 絶対にないとは言えないなぁ……」


 正妻である母に男ばかり六人、妾であるレイラさんに男二人と女二人。

 この世界は、平成日本よりも出生率が遙かに高いことを考慮しても、平均よりもかなり多い子供の数だ。

 確かに、子供がいなくて家が絶えるのも問題であったが、うちのような零細貴族で子供が多すぎるのも同じくらい問題だ。

 あまりに相続、財産争いが酷くなると、これも醜聞として噂になってしまうし、あまりに酷いと改易の原因にもなってしまう。

 ルックナー兄弟を見れば、それはよくわかるはずだ。

 あの家は、兄弟の数はあまり関係ないようだけど。

 そんな事情もあり、子供の数をちゃんとコントロールことも、優秀な貴族の必須条件であったのだから。


「ヴェルと揉めているルックナー会計監査長だって。相続で揉める要因になるから、ローデリヒさんを認知しなかったでしょう?」


 決して褒められたやり方ではないが、相続で揉めるよりはマシだと非情に徹する。

 これも貴族なのだと、エーリッヒ兄さんは言う。


「側室を増やさないで済むように愛人を囲ったり、貴族御用達のお店もあるからね」


 値段は高いが避妊薬もあるし、早ければ子供を堕ろすという方法もある。

 だがそれができるのは、都市部の貴族たちや、地方では大物貴族や金持ちだけであった。


「地方の零細貴族が、あまり家族計画とかは考えないよね」


 常に田舎暮らしで、自分にヘイコラする領民たちしかおらず、狩猟くらいしか娯楽もない。 

 そんな環境なので、領内の綺麗な女性に走る者も多いらしい。

 そのため、『父に限って隠し子なんていない!』と言いきれるほど、兄さんたちは確証を持てないのであろう。

 まさか父とて、本屋敷に女性など連れ込まないであろうし、兄さんたちに直接見られるようなドジもしないであろう。


「あと。うちは、他所から移民した者たちの寄り合い所帯だろう?」


 パウル兄さんの話によると、王都周辺や北方などは違うそうだが、南部寄りの田舎の農村とかだと、住民が性にルーズだったりするそうだ。

 江戸時代の農村と、似たような感じらしい。

 

「本村落以外の連中で、南部や西部寄りの農村部から来た連中だな」


 婚姻前の娘に手を出すのはご法度らしいが、結婚して跡取りが生まれると、男も女も結構自由に浮気をする風習があるらしい。


「跡取りはいるから、それで浮気相手の子供が生まれても、『まあ、いいか』くらいの感覚なんだと。バウマイスター騎士爵領は他の地域の出身者も多いから、もうほとんどない風習だけどな。ヘルマンの兄貴や俺が子供の頃には、ギリギリ残っていたかも」


 ちょうどその頃にようやく教会ができ、王都から一度引退した年寄りとはいえ司祭が赴任するようになると、そういう風習は鳴りを潜めたそうだ。


「教会は、不義密通を嫌うからな」


 そんなことをするくらいなら、正式に側室と認めて囲えという教義なので、地球のキリスト教とは差異が存在しているのだけど。 

 移民初期には、それが当たり前の住民とそんな風習がない住民たちとで、よくトラブルになったらしい。

 それは、自分の奥さんに誘いをかける妻子ある間男の存在など容認できないであろう。


「その仲裁で、クラウスは若い頃に苦労したんじゃないかな?」


「それで父は?」


「若気の至り? 母が妊娠している時とかに?」


 名主のクラウスからすれば、本村落や、他の村落でもそんな風習などない人たちに配慮しないといけないが。

 父は、そういう風習のある人たちに配慮したのかもしれない。


「特に、女性から誘われたら断るのはご法度だったそうだ」


「いいなぁ。その風習」


「あの、ルイーゼさん……」


 一人危ない女がいるが気にしないことにして、もし老婆に誘われても断れないのであれば、それは拷問なのではないかと思ってしまう。

 そういう特殊な趣味の人を除くとしてだ。

 少なくとも、俺には一切存在しないから勘弁してほしい。


「父は、そういう女性たちからの誘いを断らなかった。領主として、できる限り陳情を受け入れるという趣旨と。実は誘惑に抗えなかったと?」


「どっちだろうね?」


 エーリッヒ兄さんが苦笑いを浮かべた。

 他にも、その後に相手の女性が妊娠した時にトラブルがあったのかもしれない。

 風習からすれば、その子はその女性の家の子供。

 つまり、旦那の子供ということになる。

 だが、領主の子供ということになれば、風習を無視して権利を主張する女性がいたのかもしれない。

 

「ここで問題なのは、浮気したからって100%父の子という保証もないからね」


 単純に、本来の旦那の子供か、他の浮気相手の子供という可能性もあるのだ。


「旦那の方も、その子が父の子として優遇されたらいい思いができるかもしれないと、一緒に権利を主張したのかもしれない。それでその後始末だけど……」


 そんな風習は領内の秩序を乱すと考え嫌っている、クラウスの仕事だったのであろう。

 結局、その生まれた子供は、継承争いの元になりかねないので領外に出す羽目になった。

 人口的にも、生産力的にも。

 クラウスからすれば、苦労ばかりさせられて『ふざけるな!』と思ったのであろう。


「ただ、これも推論なんだよね」


 どのみち、真相など調べようがないのだ。

 個人的には、『息子と娘の婚約者を失ったクラウスには同情するけれど……』というものになってしまう。

 父に関しては、『もっと、怪しまれないように行動しろよ!』としか言えなかった。


「もうヴェルが行ってみるしかないよ。なにしろ今のヴェルは、あの領地の情勢を左右する大物になっているわけだし。クラウスの言う父への恨みとか、父の悪癖が事実かなんて。もう本当に瑣末な問題になっているんだと思う。本人たちには悪いけどね」


 今までならどうにか現状維持でいけたバウマイスター騎士爵領であったが、俺が再びあの領地に足を踏み入れた時点で、その箍が外れつつあるのだと、エーリッヒ兄さんは言うのだ。


「領民たちだってバカじゃないんだ。今のヴェルが、もう別家の当主だなんて事実はとっくに理解している。でも、ヴェルが領主になれば滅多に来ない商隊を待ちわびる日々も終わる。未開地の開発が進んで、他の土地との交流も始まるかもしれない。そのためなら、混乱が起こる可能性も、それで死ぬ人が出る可能性があってもね。だから……」


「だから?」


「ヴェルが収めるしかない。これも、青い血に生まれた宿命だと思って」


「はい……」

 

 もうこうなったら、俺がなんとかするしかないと、エーリッヒ兄さんに言われてしまう。

 とはいえ、まだなにか事件が起きているわけでもないので、今はとにかくバウマイスター騎士爵領に戻ってみるしかない。

 

 ただ、戻れば確実になにかが起きる可能性があるのだと。


「今日はもう泊って行くといい。あとパウル兄さん」


「やっぱり、なにか起こる可能性があるのか。エーリッヒに言われて公休届けを出したけど、上司が文句一つ言わないどころか、『頑張れよ』だってさ」


 その上司には、多分エドガー軍務卿から私的に通達が来ているのであろう。

 ついでにとばかり、警備隊の同僚や部下で腕がいいのを数名押し付けられたそうだ。


「俺だけだと、心許ないからな。ヴェルの今の立場を考えると、俺も含めて肉の盾だな。ヴェリに万が一にも死なれると、みんなもの凄く困るわけだし」


 うちのパーティの戦力を考えるとそう不覚は取らないはずであったが、不意を突かれないために護衛も必要であろうと。

 というか、うちの領地でクルトがバカをほざいている状況など知らないはずなのに……いや、エドガー軍務卿はすでに情報を掴んでいるのか?

 ただの軍人バカではない、ということなのであろう。


「王都の警備隊は、俺がいなくても回るからな。追加の助っ人数名くらい、余裕で出せもする。そんなわけで、明日の朝に一緒に連れて行ってくれ」


「わかりました」


 予定では、パウル兄さんと五名の助っ人が同伴するらしい。

 指揮能力よりも、個人的な武芸に優れたメンバーを選んだそうだが、一人警備隊に所属していない人がいるらしい。


「うちの上司から連れて行くようにって言われたんだけど、間違いなくエドガー軍務卿の推薦だと聞いている。戦斧の達人らしいぜ」


 人数的に、『瞬間移動』で二往復する必要があるな。

 それと、いきなり屋敷の入り口付近に移動すると騒ぎになるかもしれないので、明日はまず屋敷裏の森へと飛ぶか。

 

「では、明日の早朝にこのブラント邸の庭で」


「わかった。助っ人たちには伝えておく」


「できれば、なにも起きないといいんですけどね」


「頭が悪い俺でも、それは望み薄だとわかるけどな」


 一通り打ち合わせを終えた俺たちは、出された夕食をとると、明日に備えて早めに就寝してしまった。

 そして、その翌日の早朝。



「おはよう、ヴェル。護衛たちを紹介するよ」


 時間どおりに、パウル兄さんは五名の護衛たちを連れてやって来た。

 彼らはエドガー軍務卿の命により、最悪盾になっても俺を守るのが仕事なのだそうだ。


「少し、大げさな気もしますけど」


「大げさじゃないから。ヴェルが死んだら、ホーエンハイム枢機卿とか、ルックナー財務卿とか、エドガー軍務卿とか。みんな卒倒するから。万が一なにも起きなくても、護衛は絶対条件だから」


 事情を聞いたエーリッヒ兄さんの中では、すでにバウマイスター騎士爵領は半内乱状態にあると認識しているらしい。

 そんな場所にパーティメンバーだけで行くなんて、まずあり得ないそうだ。

 貴族としての自覚が足りないと。

 ただ、この護衛の料金が高くつくのも貴族なのだ。

 絶対に口にしないけど。


「そういうことなら。よろしくお願いします」


「紹介するよ」


 合計十二名にまで膨らんだ、バウマイスター騎士爵領訪問ツアー御一行は、お互いに自己紹介を始める。


「ジークハルト・フォン・ヴィクトール・ルンマーです。ルンマー騎士爵家の三男です」


 まずは、年齢は十八歳くらいであろうか?

 俺と同くらいの背丈で、金髪碧眼でイケメンな少年が自己紹介をする。

 彼は、武芸大会で本選二回戦にまで進んだ経験がある剣の達人なのだそうだ。


「後輩だけど。職階は俺と同じ小隊長で、数十名の部下持ちなんだよ」


「武芸大会本選二回戦……。予選一回戦の俺とは、住む世界が違うぜ……」


「私からすると、魔法が使えるバウマイスター男爵殿の方が羨ましいですけどね」


 次は、身長百七十センチほど、ポッチャリ体型とノッペリとした黒髪が特徴の、二十代半ばほどに見える男性であった。


「オットマー・フォン・ブライプトロイです。ブライプトロイ準男爵家の四男です」


 彼は、貴族では珍しい大木槌の使い手なのだそうだ。

 それと、剣もある程度は使えるらしい。

 やはり、パウル兄さんと同じ警備隊小隊長の職にある人物であった。


「パウル兄さん……」


「言うな。警備隊って、俺も含めてこんな境遇の奴が多いんだ。ちなみに、俺と同期でもある」


 貴族の次男以下で食い詰めると、まずは王国軍関係へ。

 どこの世界でも、それは同じようであった。


「持つべき者は同期の友人。パウルがあの竜殺しの英雄の兄とはな。同じ家名の別人だと思ってた」


「うるさいわ」


「まあ、そう邪険にするな。貧乏法衣準男爵家の四男に巡ってきた人生最大のチャンス。ここは殉職したとしても、バウマイスター男爵殿を命がけで守るべし」


「いや! 殉職とかしないで!」


 目の前で死なれると心が折れそうなので、それはやめてほしかった。


「ゴットハルト・テオドリヒ・フィリップス」


 三人目は、身長百八十センチほど。

 白に近い銀髪を腰まで伸ばしている、細身のぶっきらぼうな口調が特徴の、二十歳前後に見える男性であった。

 彼は、父親がフィリップス子爵家の三男で八位の階位を持っているそうだ。

 父親は死ぬまでは貴族扱いだが陞爵は難しそうなので、自分は逆立ちしても貴族にはなれない身分らしい。

 その前に、父親の生死を問わずに自分は平民なのだそうだ。

 それでも警備隊に職があるだけマシだと、やはりぶっきらぼうに説明していて、細身の突きが主体の剣と、ナイフの扱いも得意だとも語っていた。


「ルーディ・ウルバーン・ライスターです。よろしくお願いします」


 三十代半ばほどであろうか。

 くすんだブラウンの髪をした、どこにでもいそうな普通のオジさんに見える。

 実家は小さな食料品店で、自分は次男で跡を継げないから警備隊に入ったそうだ。

 平民なのに苗字があるのは、祖先が貴族の子供であったから。

 『少しでも、商売の役に立つのかな?』と思って名乗っているらしい。

 実際に役に立っているのかは、不明なのだそうだが。


「入隊以来、従兵一筋二十年ですわ。あまり腕っ節には期待せんでください」


「じゃあ、どうして選ばれたのですか?」


「パウル様は、地方巡検視扱いでのバウマイスター騎士爵領行きですからね。形式上従兵が必要であろうと。そういうわけなのです」


 警備隊を公休扱いとはいえ、パウル兄さんがバウマイスター騎士爵領に入るには名目が必要となるらしい。

 一人で私的に里帰りならともかく、彼ら護衛を連れているからだ。

 そこで、地方巡検視制度を利用するそうだ。

 

「でも、半分形骸化した制度じゃないか」


「エルが知っているとは驚きだ!」


「ルイーゼ、何気に失礼」


 地方巡検視とは、王国政府が貴族がちゃんと領地を治めているのかを確認するため、定期的に視察を送る制度であった。

 戦乱期にはある程度作用していた制度なのだが、今では完全に形骸化している。

 貴族たちも余所者に入り込まれて、税率がどうの、治安がどうのと言われるのが嫌であったし、彼らは万が一その貴族が離反した時のために情報収集も行っていた。

 地方巡検視の滞在費用が、視察される貴族側の負担であったことも要因となり、平和な時代になると徐々に形骸化されていったという歴史があったのだ。


「うちの実家にも来たことがあるしな」


 今では、十年に一度来るかも怪しくなっているらしい。

 視察自体も、領主が準備した場所だけを形式的に見て終わるそうだ。

 あとは、食事と宿泊費用くらいは出してもらう。

 ブライヒレーダー辺境伯くらいの大物だと毎年視察あるが、地方の零細領主だとエルの実家のようになるわけだ。


「お館様は、制度に名を借りたタカリだと溢しているけど……」


 この制度がなくならないのは、金が足りない貴族の子弟たちの臨時アルバイトになっているからだ。

 遠方に行くことも多いので王国からの報酬は悪くないし、移動中も、視察先に滞在中にも、無料で生活できる。

 

「貧乏な貴族の子弟たち専用の、臨時アルバイトというわけだな。視察なんて形式だけで、昔ほどじゃないけど時間と金を使うわけだ」


 ブランタークさんは、『お金はともかく、時間が勿体ない』と溢しているブライヒレーダー辺境伯を見たことがあるそうだ。

 たとえ形式だけでも王国政府が派遣した巡検使なので、常に忙しいブライヒレーダー辺境伯自身が時間を割いて彼らを案内する必要があるからであろう。


「それでも、来るだけマシだろう」


「マシなんですか?」


「うちの実家に、そんなものが来たことはないぞ。ヴェルも見たことないだろう?」


「はい」


 パウル兄さんが言うには、バウマイスター騎士爵領にそんなものが来た試しはないそうだ。

 俺の場合、そういう人たちが来ても気がつかなかった可能性も……さすがにないか。


「治安もクソもない領地だし、誰も行きたくないからな」


 確かに、リーグ大山脈を往復三ヵ月かけてまで、視察に訪れる価値のある領地でもなかった。

 反乱の可能性はほぼゼロなわけだし、もし反乱しても気がついてもらえなさそうなのだから。

 というか、もし反乱されても今までなら、『ふーーーん、そう』で終わってしまいそうなのが怖かった。


「ゆえに、俺が初めてバウマイスター領の地方巡検視に命じられたわけだ。本命は、ヴェルの護衛だとしてもな」


「形骸化したとはいえ、地方巡検視は貴族様の大切なお仕事なわけでして。こうして、私が従兵としてパウル様のお世話をさせていただくわけです。はい」


「本当、形式だけなわけだ」


 パウル兄さんは、うちの次男以下の扱いを見ればわかるが、自分のことくらいは自分でできる。

 それでも立場が以前とは違うので、こうして従兵がつけられたわけだ。


「ねえ、お腹空いた」


「今、紹介してからな」


 そして最後に、第五の護衛の紹介なわけだが、その存在は異質ともいえた。

 王国軍には所属はしていないが、エドガー軍務卿の推薦で戦斧の達人だと聞いていたので、もの凄く屈強な男性だと俺たちは思っていたからだ。

 それなのに目の前には、パウル兄さんの服の袖を引きながら、『お腹空いた

』を連呼する少女の姿があった。


「あの……。この娘は、誰か護衛さんの見送りとかでは?」


「それが、第五の護衛ってこの娘なんだよ」


「お腹空いた。ヴィルマ・エトル・フォン・アスガハン」


 自己紹介の前に『お腹空いた』を入れるほど、お腹が空いているらしい。 

 パウル兄さんに食べ物を強請る様子は、体の大きさがルイーゼとあまり違わないこともあって、まるで彼の娘のように見えてしまう。


「懐かれましたね」


「そうなのか? とにかくよく食べるんだよ。この娘」


 昨晩。

 エドガー軍務卿の家臣が、その娘を銀板と共にパウル兄さんの家に置いていったそうだ。


「銀板は食費だったってわけだ。さすがはエドガー軍務卿、太っ腹って最初は思ったんだけどなぁ……」


 エドガー軍務卿が寄越したお客さんだし、事前に高額の食費も貰っている。

 パウル兄さんの奥さんは、夕食を豪華にしたそうだ。

 ところが……。


「追加で、何回か作り直す羽目になってな。あの銀板がなければ、今月のうちの家計は詰んでた……」


 それと、今もお腹が減ったと言っているが、朝食は五人前を平らげているそうだ。


「そうなんですか……」


 一見、とても戦斧の達人には見えないのだが、パウル兄さんの服の袖を引いている反対側の手で、彼女の身長を超える長さとの柄と、巨大な両刃に、先端にも鋭い穂先の付いた特製の戦斧を持っている。

 あんな重たそうな戦斧など、少なくとも俺には持つことすら不可能だ。


「よくそんな重たい戦斧が持てるよなぁ……」


 見た目よりも、はるかに力があるのであろう。

 

「ヴィルマさんは……」


「ヴィルマでいい」


「ヴィルマは、いくつなんだ?」


「十三歳。お腹空いた」


「了解!」

 

 とにかくお腹が減ったらしい。

 俺が魔法の袋からバザーで売れ残ったお菓子などを渡すと、彼女はそれをボリボリと食べ始める。

 その様子は、まるで子リスのようであった。

 ピンク色の髪をお団子状に纏めているので、桃色お団子リスというわけだ。

 前世とは違い、この世界には変わった色の髪をした人が多いので面白い。


「甘さ控えめで、美味しい」


「そうか、よかったな」


「お代わり」


「はい……」


 よく食べるようだが、味音痴というわけでもないようだ。

 お菓子は王都でも有名な店の品であったが、ヴィルマは遠慮なしに食べ続けていた。


「あの、パウル兄さん……」


「言うなよ……」


 内乱が起きるかもしれない場所に、十三歳の未成年を連れて行く。

 よくないことではあるが、エドガー軍務卿の推薦なので、パウル兄さんにはどうにもできなかったようだ。

 世界は違えど、上司に意見するのは難しいよな。


「でも、この娘が今回の護衛の中で一番強いから」


「えっ! そうなんですか?」


「パウルさんの言うとおりですね。この娘、ワーレン様でも勝つのに苦労する実力の持ち主ですから」


 腕自慢な他の護衛達から文句が出るのかと思ったら、ジークハルトさんなどは、とっくにその事実を認めていた。

 ヴィルマと彼らとの間には、大きな実力差があるってことか。


「その娘、英雄症候群なんですよ」


「英雄症候群かぁ……さすがの俺も初めて会ったな」


 本の記述でしか見たことがないのだから当然か。

 英雄症候群とは、一種の遺伝病とも言えるかもしれない。

 前世で似ている症状を探すと、ヘラクレス症候群であろうか?

 あくまでも、似ているだけであったが。

 体の筋肉密度が過剰な上に、その筋肉繊維に極小の魔力粒が効率よく絡みつく体質なのだそうだ。 

  

「導師ほどパワーはないけど、極小の魔力で常人など圧倒するパワーを長時間発揮できる。燃費に限っていえば、導師など比べ物にならん」


 さすがに、ブランタークさんは知っているようだ。

 しかしヴィルマは、見た目には筋肉ムキムキに見えない。

 どこにでもいそうな小さ目の少女だ。

 美少女ではあるか。


「(あっ、ルイーゼよりも胸が大きい)」


 というか、イーナともあまり変わらないかもしれない。

 言うと二人に殴られそうなので、決して口には出さなかったが。


 筋肉の密度と、そこに絡みつく魔力の量が問題なので、英雄症候群は見た目では判別がつかないのだそうだ。

 導師のような巨体マッチョの英雄症候群は存在しないそうだ。


「だから、初級に毛が生えた程度の魔力でもその娘は強いのさ。対人戦闘能力に限って言えば、最強クラスだろうな」


 今回の件で戦闘があるとすれば、それは対人戦闘になる可能性が高い。

 だからこその、ヴィルマ嬢なのであろうと。


「英雄症候群は、一千万人に一人出るか出ないかだ。魔法使いよりも稀少なわけだな」

 

 魔法使い相手を除き対人戦闘ではほぼ最強の存在だが、その代償として過剰なカロリーを摂取しないとすぐに飢えて死んでしまう。

 生まれによっては、その才能を生かす前に飢え死にしてしまうそうだ。


「それで、お腹が減ったなのか……」


「ご馳走様。これで落ち着けた。エドガー様から言われた。バウマイスター男爵様を守れと」


 この娘は、エドガー軍務卿の隠し札というわけだ。

 軍は女性への門戸が狭いし、彼女自身もまだ未成年でしかない。

 普通の仕事には使い難いが、俺の護衛としてなら十分に使える。

 だからエドガ―軍務卿が寄越したのであろう。


「なあ、エリーゼ」


「はい。ヴィルマさんの実家であるアスガハン準男爵家は、代々軍人を輩出するエドガー侯爵家とも縁戚関係にある法衣貴族家ですね」


 ここで俺に死なれると困るのと、実家での騒動解決に手を貸して俺に恩を売り、未開地開発の利権に食い込みたい。

 一見、軍人軍人しているように見えて、やはりエドガー軍務卿も大貴族であるようだ。


「もう一つ、エドガー様からお仕事を頼まれている」


「お仕事?」


「向こうは娯楽もない田舎だから、私がバウマイスター男爵の伽の相手をする」


「……。意味わかって言っているか?」


「なんとなく……。退屈させなければいいって聞いている」


 貴族の娘だし、十三歳にもなれば理解しているはずだが、見た目と喋り方で理解していないようにも見え。

 というか、エリーゼたちの前でそんなことを堂々と言わないでほしい。

 三人とも、冗談だと思って笑っている風に見えて、実は激怒しているかもしれないのだから。


「バウマイスター騎士爵領はお店すらないと聞いた。娯楽は必要」


「どうせ、クルトのせいで退屈はしないさ」


 これから実家で起こる可能性が高い混乱を解決すべく、ようやく決意を固めた俺なのに。

 まさかこんな爆弾を寄越すとは、エドガー軍務卿も相当なタマであるようだ。

 そして、この事態にエリーゼたちは……。




「可愛らしい娘ですね。保護欲を誘いますし」

 

 エリーゼは水筒に入ったマテ茶をヴィルマに渡しているが、先ほどの発言から想像すると、早速飼い慣らそうとしているようにしか見えなかった。


「エリーゼが、ちょっと怖い……」


「ううっ! ボクと同じような背丈。でも、胸がっ! 胸が圧倒的に!」


 イーナは新しい側室候補に溜息をつき、ルイーゼはよく見ると自分よりも胸が大きい年下のヴィルマに危機感を募らせているようであった。

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