第115話 依頼達成と、バウマイスター騎士爵家の混乱(その1)

「坊主の兄貴、開き直ったら暴言の嵐だな」


「他の貴族とつき合わず、領地に引き篭もっていても成立するので、貴族を怒らせるデメリットが理解できないんです。逆に言うと、それが強みでもありますし……」


「それにしても、酷すぎだ!」




 翌日の早朝。

 色々なことがあってお腹一杯のバウマイスター騎士爵領から、俺たちは『瞬間移動』で魔の森へと飛んでいた。

 俺は幼少の頃から、広大な未開地の探索を魔法の訓練と平行して行っていた。

 そのおかげで、未開地のほぼすべての領域に『瞬間移動』で移動可能になっている。

 当時はまだ未成年だったのと、一人で魔の森に入って万が一のことがあったら大変なので森の中には入っていないが、その外縁部はすべて把握済みであった。

 例の遠征軍の侵入ルートも、その痕跡から大分昔に把握している。

 さすがに当時遠征軍が切り開いた木々や下草などは、その旺盛な繁殖力によってすでに回復しているが、大軍でもなんとか侵入可能なくらいには開けていた。

 大木がないので、入りやすかったのであろう。

 その代わり、侵入後の生命の保証は、遠征軍の最後を見ればわかると思うが、まったくできなかったけど。


「元々社交界に参加する気すらない。寄親はいるがつき合いに顔すら出さない。うちのお館様もよく忘れなかったものだ」


「遠征軍のことを考えると、忘れられないのは確かですよ」


「それもそうだな」


 十二歳になり、ブライヒブルクの冒険者予備校に通い始めた俺が代理として初めて招待を受けたのだから、よほどの引き篭もり体質だと世間からは思われているはず。

 まさか、ブライヒレーダー辺境伯家の園遊会に初めて出席したバウマイスター騎士爵家の人間が俺だとは。

 うちの実家だからこそできる快挙……この王国も広いから、零細貴族の中にはうちと同じようなところも……あったからって、なんだって話なんだけど。

 ただ一つだけ擁護させてもらえば、パーティーがあると言われても、会場に到着するのに山脈越えで一ヵ月以上もかかるのだから、参加できなくても仕方がない部分もあった。

 俺のように、『瞬間移動』が使える者は貴重なのだ。

 多分その点も含めて、名主のクラウスなどは、俺に当主になってもらいたいのであろう。


「もう頭にきた! あのバカを次期当主にしたくねえ! お館様に言って、坊主に挿げ替えてやる!」


「そんな、ブランタークさん。俺は嫌ですからね」


 俺は、侵入予定地点から内部を『探知』で探りながら、ブランタークさんの暴言に反論する。

 そんなことをしたら、クラウスは大喜びであろうが、クルトが暴発しかねない。

 彼には、超保守主義である本村落優位主義者たちという支持基盤もあるので、最悪武器を取って抵抗しかねないからだ。

 立て篭もるくらいならまだマシであろうが、クラウスや他の村落の人たちと衝突でもされたら、死人が出てしまう可能性がある。

 そんな犠牲はゴメンであり、俺はあんな領地は継ぎたくないと断言する。

 というか、いくら魔法が使えても、領地の経営には色々なノウハウが必要なのだ。

 さらに多くの人材も必要となる。

 これらすべて、新興法衣貴族で小所帯の俺が持っていないものであった。


「しかしだな。下手をすると、もう事態は動いている可能性があるんだぞ」


「ううっ……」


 おかげで、二千体ものアンデッドの浄化という大仕事なのに、実家の情勢の方が気になって仕方がない。

 しかもそれは俺だけではなく、全員がまったく同じ気持ちなのだから。


「分家に被害が出ないでほしいよなぁ。ハチミツ酒的に」


「どれだけ、気に入ったんですか……」


 酒好きすぎるブランタークさんの発言にエルは呆れていたが、確かにアレは美味しいものであった。

 この世界では十五歳で成人なので、昨晩俺たちも味見させてもらったが、甘みと酸味のバランスがよく、つい飲み過ぎてしまった。


「あの領地は、ヘルマン殿に任せればいいんだよ」


「そんな、暴論を……」


 ブランタークさんに言わせると、バウマイスター騎士爵領は強制隠居で父やクルトを押し込め。

 ヘルマン兄さんに任せた方が、よっぽど建設的に話が進むのだそうだ。

 俺も実はそう思っているけど。 


「建前上、坊主の親父と長男の体制を崩すのはよくないか」


「そうですよ。建前は大切です」


 なにしろ、ここ二百年以上戦争がないのだ。

 ちゃんと継承順位を守った方が、つまりクルトに継がせた方が領地は安定はするはず。


「クルトのアンポンタンは、まだ完全に破綻はしていないからな。だから性質が悪いんだよ。王宮はなにか介入できる名分が欲しいんだろうな」


 俺たちやブライヒレーダー辺境伯とは揉めたが、内部で決定的な騒動が発生したわけではない。

 中央からすれば、なにか起こってくれないと介入しにくいわけか。


「介入ですか? 物騒な話ですね」


 やっぱり王国は介入する気満々のようだな。

 広大な未開地を開発するため、クルトは邪魔だと思われているのであろう。

 開発資金にしても、俺が十分に持っているわけだし。

 ただ、いきなり王家から父の強制隠居とクルトの廃嫡を命じるのは、他の小領主たちへの動揺が大きくなる。

 できれば、介入の理由となるなにかが起こり、さらにこっそりと介入したいんだろうな。

 それも、できるだけ早くに。


「あり得るのは……無血蜂起かな? ただ、クルトが大人しくしているかな?」


 まずは、父やクルトに悲観した領民たちが決起すること。

 本村落以外の領民有志という可能性は低いが、クラウスが扇動するかもしれないし、分家が動く可能性も捨てきれない。

 そのどれが蜂起しても、本村落以外が呼応する可能性があった。

 死人が出るような展開はないように願いたいので、せめて大多数で決起して、父たちに強制隠居を迫る、という流れになってほしいものだとブランタークさんは語った。

 次にありそうなのは、領民たちか分家の無血蜂起の可能性を考慮したクルトたちが、先手を打って反対派の弾圧に走ることだ。

 これは、下手をすると多数の犠牲者が出る可能性がある。


「嫌な話だが、後者の方が王国には都合がいいんだよ。うちのお館様もそうだな」


 その理由は、クルトと父に責任を取らせて、最低でも爵位と領地を剥奪できるからだ。

 未開地を含めた領地を俺に任せるにしても、前任者の臭いをできるだけ取り払った方が後々楽であろうというわけだ。

 王都で中央にいる貴族たちは、そんな風に考えるらしい。

 他人事だと思って……。

 死者が出たらどうするんだ?


「二人を悪党にした方が、新領主になる坊主への期待度が上がって後々やりやすくなるって考えるのがあの連中だ」


「人死にを軽く考えやがって!」


「あいつらは、実際に死体を見ないからな」


 それもあるが、距離感の問題なのかもしれない。

 王都の貴族たちからすれば、バウマイスター騎士爵領は人口が千人以下の小さな領地でしかない。

 内乱になっても、大した死傷者など出ないと考えるのであろう。

 もし死者が出ても書類上の数字だけのことでしかなく、気にならないのでさっさとクルトには消えてほしいと考える。

 会社のトップの考え方に近い。

 ところが俺たちは、クラウスの誘導で実際に領民たちと接してしまっている。

 情が湧いて、彼らが死傷するような事態は避けたいと願ってしまうのだ。


「ヘルマン兄さんに継がせて、領地もある程度余裕を残す」


 開発の糊代をある程度残し、そこの開発を援助する。

 上手く開発すれば、男爵くらいにはなれるように。


「そんなところだな。それで、残りの未開地は坊主の担当だ」


「こうなるのは、避けたかったんだけどなぁ……」


 あれだけの土地を開発するとなれば、下手をすると一生かかっても終わらない。

 将来は領主としての仕事で、自由を奪われてしまう可能性があるのだ。

 そう考えると憂鬱ではある。


「あの、ヴェンデリン様」


「なんだい? エリーゼ」


「なにも今から、無理に領主の仕事に没頭する必要もないのでは?」


「それはどういう?」


「いくらヴェンデリン様が優れた魔法使いでも、領主としては未経験者なのです。いきなり完璧にやれとは言われませんよ」

 

 エリーゼに言わせると、いくら俺が強力な魔法使いでも、成人直後の十五歳の若造が陣頭に立って、領地を一から開発する必要はないと言うのだ。


「領地と資金は、100%ヴェンデリン様のものです。人手に関しては、お祖父様たちが勝手に集めてくれると思いますよ」


「こう言うとエリーゼに悪いかもしれないけど、利権争いで開発進まずということにならないかな?」


 あの莫大すぎて実感がないお金を家臣に預けて、完全に委任してしまっても構わないのだが。

 そのせいで、汚職に走ってでも利益を得ようとするバカな貴族やその係累が出ると、のちに面倒なことになりそうではある。

 陛下から叱られそうだ。

 無駄な争いばかり増えて、未開地の開発は進まずでは、俺が領主になったりお金を出す意味がないばかりか、最悪戦犯扱いされかねなかった。


「その可能性はゼロとは言いませんが、酷い方はすぐに排除されるので大丈夫です」


 軸になる代理人に能力があれば、その種の不手際はほぼ防げるそうだ。


「となると、ローデリヒか」


「はい、あの方を家宰にして任せればよろしいかと」


 他の人材にしても、送り出す貴族たちもあまり変な奴は出してこないはずであるとエリーゼは言う。


「みなさんは、新領地開発で合法的に利益と利権を得たいわけですから」


 この貴族が余り気味の王国で、せっかく能力があるのに無駄飯食らいに甘んじている縁戚や係累を新領地開発に送り出し、バウマイスター男爵家と縁を結び、開発特需や貿易などで利権を増やす。

 それが目的なのに、明らかに駄目な人は送り出さないはずだとエリーゼは言うのだ。


「そんな人がいて悪さをしますと、お祖父様なら喜んで攻撃するはずです」


『○○家の出した連中は仕事でも使えないし、金や物資をちょろまかして懐に入れておるようだ。神の前で悪さとは困ったものだな。思うに○○家は、陛下も注視しているこの開発事業に人を出す資格などないのでは?』


 他の貴族と組んで攻撃し、新領地開発から締め出してしまう可能性が高いそうだ。

 そして、その空いた枠を他の貴族たちと奪い合う。

 悲しいかな。

 貴族とは、そういう生き物らしい。


「ですからヴェンデリン様は、一番上でドッシリと構えていればいいのですよ」


「そういうものなんだ。ドッシリとね」


「はい。ヴェンデリン様は魔法使いなので、特に」


 確かに、あれほどの大金。

 なにに使っていいのかもわからないし、余所者が大半になる家臣団が悪さをしないようにいちいち細かいチェックをするとか、面倒であり得なかった。

 元々、あってないようなお金だ。

 さらに死蔵していると、文句が次々と出てくるお金なのだ。

 せいぜい派手にばら撒いて、この国の貴族が使い物になるのか、高みの見学といこうではないか。

 金はまた魔法で稼げばいいし、最悪面倒なら海外旅行感覚でアーカート神聖帝国に亡命してしまえばいい。


「私はヴェンデリン様の妻なので、ずっとお供させて頂きます。私がいなくなっても、ホーエンハイム子爵家が断絶するわけでもありませんし」


「俺、なにも言っていないけどね」


「あくまでも独り言です」


「ふーーーん、独り言ね」


「はい」


 どうやら、思った以上にエリーゼは貴族の血が濃いようだ。

 そして、なかなかにおっかない女性でもあった。

 もしかすると、こういう女性を重たい女と言うのかもしれないな。


「うわぁ、我が主君の正妻殿はおっかないな」


「そういう従士長はどうするんだ?」


「冒険者として稼げるし、貯えは十分すぎるし。外国暮らしでも全然大丈夫。あの腐れ兄貴と腹黒名主次第じゃねえ?」


「一応、まだ父が当主なんだけど……」


「ヴェルの親父の悪癖が事実かは知らないけど。あの人って、半分傍観者みたいに感じるんだよ。だから、あの腐れ兄貴に呆れても罰したりしないんだと思う」


 エルの言うとおりかもしれないが、クルトが健在だと次からのバザーは引き受けにくいような気もするのだ。

 これがヘルマン兄さんなら、月に一度くらいならまるで苦にはならないのだけど。

 それと、この現状に一番責任がある父であるが、不思議と積極的に手を打っているようには見えなかった。

 顔には出さないが、内心では迷っているのかもしれない。

 クルトを、次期当主のままにするのか?

 それとも、変化を決断するのか?

 その迷いが、クルトの暴言を許しているという可能性もあるのだ。


「このパーティなら、どこでも通用するしね。というか、私が一番戦力になってないか」


「イーナちゃんがいないと。このメンバーって、ちょっと常識の枠から外れてしまうから」


「ルイーゼ。俺も常識枠なんだけど……」


「エルは、たまに怒りの沸点が低いから」


「それだけじゃないか」


 色々と強力で便利な魔法は使えるが、どこか前世の常識に引き摺られてこの世界では浮いている感のある俺。

 浄化と治癒魔法の名手で、美人で巨乳で聖女とまで呼ばれ、家事などの女性の嗜みも完璧なのに、たまに大物貴族の娘として怖い面も見せるエリーゼ。

 その外見のせいで一見無邪気に見えるものの、どこか計算高い腕っ節の権化でもあるルイーゼと。

 確かにイーナとエルが混じらないと、周囲の普通の人達は『近寄り難い』と思ってしまうかもしれない。


「色々とあったから、つい先のことも考えてしまうけど。結局、実際になにかあってからじゃないと対応できないしね。まずはお仕事でしょう」


「ルイーゼの言うとおりだな。考えすぎて不覚でも取ると大変だし」


「それが一番よくないわよ」


「それもそうだ」


 結局、なるようにしかならないという結論に至った俺たちは、しばし『探知』で周囲を探ってから、魔の森への侵入をはたすのであった。

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