第109話 久々の帰郷(前編)
「さあて、お仕事お仕事。『瞬間移動』を頼むぜ、坊主」
「ブランタークさんは、また俺たちにつき合うわけですね」
「まあな、これも宮仕えの辛さってやつさ。じきに坊主もわかるようになる」
「わかりたくないですけど(そんなのは会社で経験済みだけど、ないに越したことはないものなぁ……)」
本当に極秘なのかは怪しいところだが、俺たち『ドラゴンバスターズ』の面々は、ブライヒレーダー辺境伯から半ば強制的に依頼を受ける羽目になっていた。
その依頼の内容とは、先代ブライヒレーダー辺境伯が俺の実家バウマイスター騎士爵家をも巻き込み多くの人たちを犠牲にした、リンガイア大陸最南東部にある魔の森遠征という愚行の後始末だ。
ブライヒレーダー辺境伯家はその無謀な遠征で二千人近くの死者を出したが、魔の森に残された二千体もの遺体がアンデッドと化し、そのまま数百年もの歳月が流れてしまったら……。
アンデッドは、発生してから長い年月が経てば経つほど、未練、悲しみ、怨念などが増幅されて厄介な存在になっていく。
王都にあった数々の瑕疵物件を見れば、誰にでも理解できる話だ。
リンガイア大陸において、もっとも南部に領地があるバウマイスター騎士爵家の人が住んでいる領域から、広大な未開発地を数百キロも挟んでいる関係で、もし次に魔の森に人が入るとすれば、最低でも数百年はかかるはずだ。
もしその間に、アンデッドがまるで蟲毒のようにその怨念を募らせて強化されてしまえば。
魔の森のアンデッドによって冒険者に犠牲者が多数出れば、当然その履歴が調べられ、その原因であるブライヒレーダー辺境伯家が悪評を得るはず。
『その数百年後に、ブライヒレーダー辺境伯家が残っているのか?』と問われると確信は持てないのだが、現時点でブライヒレーダー辺境伯家は千二百年の歴史があると聞いたので、家が続く可能性はかなり高い。
まだ見ぬ子孫のため、魔の森で彷徨う元遠征軍兵士たちのアンデッドを、まださほど強力ではないうちに討伐、浄化する。
そのために、俺たちが現地へ赴くことになったわけだ。
こういう大貴族家の恥部に関する依頼を頼まれる点からも、どうやら俺たちはブライヒレーダー辺境伯からそれなりに信用されているようだ。
報酬も、口止め料込みなので結構な額になっていた。
「でもさ、この少人数で大丈夫なのかな?」
「大丈夫だ」
エルの疑念に、ブランタークさんが即答する。
多くの魔物たちが住まう領域に、少人数の冒険者パーティで挑む理由は前に話したとおりだ。
あまり大勢で押しかけると、それに呼応して魔物が大群で現れてしまうからだ。
昔の遠征軍の失敗は、ただその一点にあった。
実は他にもあるけど、今はあまり関係ないので、言わないでおくことにしよう。
「少数で侵入すれば、向こうもそれなりの数しか出ないんだよ」
「それは、ここのところの討伐で経験済みですが、それだと二千体ものアンデッドは倒せないんじゃないかな? 出てこなくて」
「大丈夫だよ。そのための、エリーゼの嬢ちゃんと坊主だ」
もういい加減成人したので『坊主』は止めてほしいのだが、ブランタークさんにその気はないらしい。
彼からすれば、俺は弟子の弟子である。
坊主扱いなのは仕方ないし、これでいて、普段公の席では男爵である俺に無礼な口を利くわけでもない。
人生経験が豊富だからであろうが、その辺は弁えているのだ。
「ヴェルとエリーゼが?」
「ああ、そうだ。一気に油虫を退治するようにな」
彼が考えた今回の作戦は、チマチマと一体ずつ倒すのではなく、集まってくるアンデッドたちを一気に殲滅させるつもりのようだ。
「坊主は、広域拡散魔法はできるよな?」
「ええ、師匠に教わりました」
広域拡散魔法とは、簡単に言えば広範囲に魔法の効果を広げる魔法のことだ。
魔法の効果を広範囲に広げるので、当然大量の魔力を使い、適切な魔法を使わないと意味がない。
それに、属性の相性も関係する。
火属性なら広範囲に火が広がるので、これで広範囲の魔物を焼き殺すことも可能だが、たまに自分が広げた魔法の炎に囲まれ、そのまま焼け死んでしまう人もいるのだそうだ。
風系統の『竜巻』なども同様の事故があり、逆にあまり広域拡散魔法の意味がないのは、土や水系統の魔法であろう。
ただすべてに意味がないわけでもなく、土系統では土木魔法などであろうか?
元から広域に作用する魔法なので、広域拡散をする意味がない、むしろ魔力の無駄遣いという事実は存在していたのだが。
水系統だと、治癒魔法の広域拡散が一番役に立つかな。
過去に戦争があった時代、負傷者を集めて一気に治癒するのに便利であったようだ。
魔力量の関係ですぐに広域拡散魔法が使えなくなるとか、軽傷者は完全に治せるけど、重傷者は治しきれないなどの問題があったそうだが、それでも魔力量が多い魔法使いからすれば時間が節約できるので重宝されたとも。
ただ、魔力量の関係で広域拡散魔法を使いこなせる魔法使いは非常に少なかった。
魔法の効果が広がりきる前に、魔力が尽きてしまうからだ。
逆にいえば、魔力量が多い魔法使いは大変に頼りにされていたとも言える。
「坊主の広域拡散魔法は、他人の魔法にも使えるよな?」
「ええ、大丈夫です」
「じゃあ、意外と楽な仕事になるな」
ブランタークさんが、作戦を説明する。
まずは、エリーゼが聖属性の『浄化』を使い、それを俺が広域拡散魔法で魔の森中に広げる。
途中でエリーゼの魔力が尽きたら、ブランタークさんが彼しか使えない魔力補充を行う。
エルとイーナとルイーゼは、俺たちに魔物が近づかないよう、その排除が主な任務だ。
「それでブランタークさんは助っ人なんですね」
「さすがにこの人数だからな。少数精鋭が基本となるし、助っ人には相応の実力と口の堅さが求められるわけだ」
アンデッドの殲滅に成功すればなんの問題もないのだが、失敗する可能性も考慮して、助っ人にはブライヒレーダー辺境伯家に仕えるブランタークさんが選ばれたのであろう。
「では、さっさと行きますか」
「いや、待て」
六歳になってから十二歳になるまで。
ボッチだった俺は、無人である未開地の探索を、魔法の鍛錬と並行して進めていた。
そのおかげで、まだ魔の森の中には入ったことはないが、その外縁部ならほぼ全域に渡って自由に『瞬間移動』で移動可能であったのだ。
なので、さっさと依頼を済ませてしまおうとした俺であったが、なぜかブランタークさんに止められてしまう。
「えっ、どうしてです? 急ぎ魔の森に行きましょうよ」
「あのな、坊主。その前に行かないといけない場所があるだろうが」
「行かないといけない場所ですか?」
「あの魔の森は、一応はバウマイスター騎士爵領内にあるからな。領主に挨拶に行くのは普通だ」
「いや、それはそうなんですけどね……」
確かに魔の森は、公的にはバウマイスター騎士爵家の領地ということになっている。
当然俺も知ってはいたが、実家への挨拶は正直気が進まなかった。
というか、こちらはブライヒレーダー辺境伯家の恥を処理しに行くのだから、バウマイスター騎士爵家の寄親である依頼者が、先に挨拶を済ませてくれればいいのにと思ってしまうのだ。
「はあ……」
「我慢してくれ」
いくら開発どころか調査もできていない未開地と魔の森でも、書類上はバウマイスター騎士爵家のものになっている以上、挨拶に行って許可を取り、獲物の分け前を交渉する必要があった。
ブライヒブルクのように、そこに冒険者ギルドの支部があれば必要ない。
冒険者登録さえしていれば、あとは冒険者ギルドが交渉して税金まで払ってくれるからだ。
だが、バウマイスター騎士爵領と未開地には冒険者ギルドが存在しない。
そのため領主と直接交渉を行い、たとえば今回であると、アンデッドの浄化の過程で得た兵士たちの遺品や遠征軍の遺留物、襲いかかってきた魔物から得た魔石と素材、魔の森で採集した薬草など。
得た物すべてから、どのくらいのアガリを収めるのか?
支払いは、現物を貴族に直接納めるのか?
ブライヒブルクの冒険者ギルドで売却後、確定した支払額を現金で納めるのか?
等々、細かく交渉する必要があったのだ。
「(なんとなく、今さらな気もするけど……)」
子供の頃、散々魔法の修行を兼ねて未開地で収奪に勤しんでいた俺が言うのもおかしな話だが、その辺はキッチリしないといけないわけか。
ただ、今回の依頼で他の魔物や採集物を狙っている余裕はないし、ブライヒレーダー辺境伯家からのは依頼料は高額であった。
アンデッドが二千体だから魔力量の問題もあるので、なるべく効率よく目標のアンデッドたちだけ浄化して、遺品を持ち帰れるようにしようと思う。
問題は、実家がなにか言ってこないかだな。
子供の頃みたいに獲物を持ち帰って来いはないと思うが、魔の森の素材も沢山獲ってこいとか言われたら……。
俺たちが獲れば獲るだけ、バウマイスター騎士爵家の分け前も増えるのだから。
とにかく平穏な再会と交渉になることを、心から祈るとしよう。
「……」
「あの、ヴェンデリン様?」
「俺もヴェルの気持ちがよくわかるけどな。エリーゼ、少し放っといてやりなよ」
エルも、俺と同じく実家との関係が微妙なので理解してくれたようだ。
いくら仕事のためとはいえ、既に捨てたはずの実家に挨拶に行かなければならず、俺は少し憂鬱な気持ちになってしまうのであった。
「はあ……」
「なんだよ、そんなに嫌なのか?」
「(とにかく緊張してしまうのは、前世から同じだ。小心者だからな!)」
『瞬間移動』で、俺は久しぶりにバウマイスター騎士爵家の屋敷の前に立っていた。
正直、場所なんて忘れて移動できなくても構わなかったのだけど、なまじちゃんと修練をしていたせいで、数年ぶりにも関わらず屋敷への『瞬間移動』は普通に成功していたのだ。
俺とエルは、ほぼ同じような立場にはある。
騎士爵家の相続など不可能な味噌っかすで、己で冒険者として身を立てて独立している身分だ。
エルは成人になったのと同時に、実家の相続権を放棄している。
思わぬ幸運で大金を得ていたが、もうそれは別の家の話なので、エルの実家が意地汚く援助など求めることはないはず。
あの地獄の地下遺跡攻略からまだ一ヵ月ほどなので、じきに実家にエルが大金を稼いだ事実が知られ、なにかおかしな要求がくるかもしれないと、本人はとても心配そうにしていたけど。
翻って、俺の場合はどうであろうか?
以前名主のクラウスから、俺こそが次期領主に相応しいなんて言うとんでもない爆弾を放り投げられたので、俺は早々に相続権の放棄をしている。
どうせ陛下から新しい爵位を貰った時点で、俺は実家となんの関係もなくなっていたのだけど。
一応念のため、急ぎ事務的な手続きを王都にあるお役所に頼んだから万全なはずだ。
なお、それを知った父も兄はなにも言わなかっと聞く。
ブライヒレーダー辺境伯経由の情報なので、間違ってはいないと思う。
実はそのことを手紙に認めて実家に出していたし、返事は来て……アマーリエ義姉さんの字だったな……『了解した、問題ない』と書いてあったのだから。
それに俺には、バウマイスター騎士爵家や両親兄弟への執着とか愛情などはあまりなかった。
当時六歳のヴェンデリンに転生した時、それ以前の記憶が夢で見た知識であったことと、ヴェンデリンという子供自体が元々家族とあまり接触がなく、あきらかに放置されていたこともか。
別に、虐待などはされていない。
家の手伝いなどもしなくてもよく、ただ勉学や魔法の修練に時間を費やし、その成果として得た多少の獲物を飯代として出す。
有り体に言えば、その程度の関係にしか周囲にも見えなかったであろう。
俺が魔法が使えると知ってからは、余計にその傾向が強かったと思う。
最南端の辺境貧乏騎士爵家にとって必要なのは、一族と領民たちによるある種の閉鎖的な協調関係であり、その関係に俺の魔法は邪魔でしかなく。
なので、なるべく早く独立して欲しいというのが家族の本音であったのだから。
「今さら、挨拶ってのもなぁ……」
そんな事情があったので、とにかく家族に会うのが億劫なのだ。
後回しに……はできないけど。
「私は、義父様と義母様にご挨拶をしたいですし」
「私もよ」
「ボクも! 奥さんその3ってことで」
婚約者なので三人が挨拶をしたいのはよくわかるのだが、それだけでクルト兄さんなどに、完全な嫌味だと思われそうな展開である。
妾がいる父とは違って、クルト兄さんの奥さんは、正妻であるアマーリエ義姉さんのみ。
男の嫉妬というか、貴族にとって奥さんの数は力と富のバロメーターなので、俺がエリーゼたちを紹介すると、『お前は貧乏だ!』とクルト兄さんに宣言しているのに等しい。
実際に、それが原因で刃傷沙汰になった貴族もいると聞いている。
俺にそんな意図がまったくなくても、向こうがそう感じてしまえば同じことなのだから。
だから俺は、挨拶になど行きたくないのだ。
「表向きは、坊主とアルトゥル殿は同じお館様の寄子だからな。わずかな年月で立場が大きく変わると、向こうもやり辛いだろうしな」
血の繋がりでは永遠に親子なのであろうが、公の立場としては共にブライヒレーダー辺境伯の寄子同士でもある。
しかも一応は、貴族同士は同じ陛下の家臣という建て前が存在しているので同じ立場にあるということになっている。
だが実際には、公爵と騎士爵が同じ立場のわけがない。
領地の広さや経済力に大きな差があるので、大抵は公爵の方が偉ぶっているのが普通だ。
俺は男爵であり、父は騎士爵でしかない。
経済力についても、言うまでもないであろう。
気分的に、こんなにやり難いのは初めてだ。
前世で中年の課長が、『今度、一度定年退職した部長が再雇用で部下になるんだけど、どうしようか?』と思い悩んでいたのを思い出してしまう。
「面倒くさいなぁ……」
親が騎士爵で、子が男爵。
奇妙な逆転現象が発生しているせいで、俺の気分はとにかく晴れなかった。
「仕事なんだから、諦めろや」
「わかりましたよ」
再びブランタークさんに言われたので、俺は屋敷のドアをノックする。
一応は貴族なので屋敷と呼んではいるが、相変わらずバウマイスター騎士爵家は零細貴族であり……そんな急に変わるわけないが……屋敷の大きさは豪農の家に毛が生えた程度のレベルでしかなかった。
「はい、どちら様で?」
約三年ぶりの実家であったが、ドアを開けて出て来たメイドに変化はなかった。
メイドとは呼んではいるが、近所の農家から手伝いに来ているただの老婆なので、三年くらいではそう年を取ったように見えなかったのだ。
ちなみに彼女は、メイド服すら着ていない。
七十歳超えの老婆なので、あまり彼女のメイド服姿を見たいとも思わなかったけど。
「これは、ヴェンデリン様!」
「やあ、ヘレナ。久しぶりだね」
思えば俺は、家族よりも使用人たちとの会話の方が多い子供であった。
魔法の鍛錬の成果で得た獲物を渡しながら、普通に世間話くらいはしていたのだから。
「この前、この領地にやって来た商隊の方々が、ヴェンデリン様の噂をしておりました」
アンデッドになった古代竜に、王国近辺の魔物の住まう領域を縄張りにしていた老属性竜を討ち、それによって多くの褒賞と爵位を得たこと。
教会の実力者であるホーエンハイム枢機卿の孫娘と婚約したことなど。
他にも王都滞在中に起こった、武芸大会や決闘騒ぎの詳細までヘレナは知っていた。
さすがは、商人と言うべきであろうか?
かなり正確に、俺の情報を南部辺境にまで持ち込んでいたのだから。
「おい、ヘレナさんや……。おおっ! ヴェンデリン様!」
狭い屋敷ではあるし、仕えている者の大半はすでに農作業をリタイアしている老人たちでしかなく、俺が戻った情報はすぐに他の使用人たちにも伝わっていった。
さすがは、外部の情報には疎いが、噂が流れる速度は光ファイバー並の田舎。
続けて、執事のロブスも顔を出す。
当然執事服など着ておらず、彼も農作業をリタイアした七十歳超えの老人であった。
ここでは、ある程度読み書き計算ができて父の補佐ができれば、あまり高度な知識や技術を求められないので、簡単に勤まってしまうのだ。
「大きくなられましたな。ヴェンデリン様」
「ロブスも元気そうだね」
「いつ、お迎えが来るかわかりませんけどな。ところで、魔法使いとして大きな功績を挙げられたとかで。ヴェンデリン様は、我らの誇りであります」
家を出るまでは世話になっていたので、俺はなるべく彼らとは笑顔で接していた。
いや、こういう言い方をすると俺が彼らを鬱陶しいと思っているように感じてしまうかもしれないが、寧ろ逆だ。
彼らがこれからも安定した生活を送れるよう、俺を褒めるのをやめて欲しいと思っていた。
父はとにかく、クルト兄さんのことを考えると、ついそう思ってしまうのだ。
「聞けば、綺麗な婚約者様もいらっしゃるとかで」
「さすがは、王都やブライヒブルクのお嬢様たちですね。お綺麗な方ばかりだ」
「お子が生まれるのが楽しみですねぇ」
ロブスも、ヘレナも、他の使用人たちも。
エリーゼ、イーナ、ルイーゼを見て、目を細めながら喜んでいた。
あまりに喜んでいるので、俺はもう他の家の当主なんですとは言えない空気になってしまったほどだ。
「とにかくめでたい」
「ヴェンデリン様がお戻りならば、このバウマイスター騎士爵家も安泰ですな」
しかも、話が妙な方向に進んでいってしまう。
どうやら彼らは、俺が王都での功績を掲げて故郷に凱旋して来たと思っているようなのだ。
このバウマイスター騎士爵家の家臣か、もしかすると当主として。
「ヴェンデリン様が、未開地の開発にお入りになられれば……」
「ここも、豊かになりますとも」
さらに、話がヤバい方向に進んでいく。
以前、俺にこのバウマイスター騎士爵家を継いでほしいと懇願してきた名主のクラウス。
この問題は、俺が法衣貴族として別家を立てた時点で終わっている。
ところが今度は、名目上はバウマイスター騎士爵家の領地になっていても、まるで手が出せない未開地の開発に俺が当たればという結論に至ったらしい。
どうせ持て余している土地なので、それを分与なり売却してしまえばいいのだと。
一体、領民たちに誰が入れ知恵を……とも思わないでもないが、このくらいの考えなら誰にでも思いつくはず。
うちの父や兄クルトからすれば、もの凄く不愉快な話なのであろうが。
「(この話題は色々とまずいだろうに……)いや、俺は冒険者として依頼でここに来ているんだ。父上を呼んで欲しい」
「お館様をですか? 少々お待ちください」
話を切り上げて父を呼んでもらったが、奥から現れた父は前よりも頭に白髪が増えてた。
確か、今は五十五歳くらいであったはず。
この世界ではまだ現役の人も多いが、そろそろ老後のことも考えなければいけない微妙な年頃になっていた。
「久しぶりだな、ヴェンデリン」
「お久しぶりです、父上」
三年ぶりに会ったのだが、正直なにを話していいのかわからない。
それは向こうも同じようで、二人の会話はそれだけで終わってしまっていた。
「失礼、バウマイスター卿。本日は、ブライヒレーダー辺境伯様からの要請を聞いていただきたく、こうして参上しました」
「要請か……」
あくまでもブライヒレーダー辺境伯からの使いであるという態度を崩さないブランタークさんに、父は俺と交互に視線を送りながら渋い顔をしていた。
父からすれば、今世の俺が生まれた頃くらいから、バウマイスター騎士爵家は寄親であるブライヒレーダー辺境伯家によってろくな目に遭わされていない。
いくら先代の罪とはいえ、そう簡単に割り切れるものではないのだろう。
「父上っ、来客ですか? っ! ヴェンデリン! どうして生きているのだ?」
「はあ?」
「控えよ、クルト! バウマイスター男爵殿である」
続けて室内に入って来た長男クルトは、俺を見て大変に驚いているようであった。
しかし、『どうして生きている!』は正直ないと思うのだが。
「兄上、どういうことなのです?」
「いや、それがだな……」
なにか、情報に大きな齟齬が生じているらしい。
あきらかに慌てているクルト兄さんにわわって、父が説明を始める。
「中央から、ある噂が流れてきてな。バウマイスター男爵たちが、地下遺跡探索で命を落としたかもしれないというものだ」
間違いなく、情報元はルックナー弟であろう。
俺たちが、初めての依頼で地下迷宮に入ってから一ヶ月と少し。
この僻地に『瞬間移動』以外で情報を流すとなると、商隊では片道でも一ヵ月半かかる。
だが、もし腕のいい冒険者などが、己の身一つで山道を急ぎ情報を伝えたとなると、もう少し速度は上がるはずだ。
クルト兄さんはギリギリで、俺が死んだかもしれないという噂は得られているはずであった。
その後の、実は生きていて、とんでもない額の大金を押しつけられた事実は伝わっていないようであったが。
「その噂はいつ届いたのですか?」
「昨日だ」
またえらくタイミングが悪い。
それと俺は、今度は明らかに残念そうな表情をしているクルトを見て悟ってしまう。
この兄は、俺の死を心から望んでいたのであろうと。
多分財産目当てなのであろうが、どうせ俺が死んでもクルトの係累には一セントも入ってこない。
そういう遺言にしているからだが、彼の態度を見るに、それを丁寧に教えてあげる義理もないな。
「(嫌な現実を見たな……)」
このまま一生顔を合わせなければ、知らずに済んだ事実を知ってしまう。
正直、ブライヒレーダー辺境伯を恨んでしまいそうになる俺であった。
「(坊主、すまん……)」
そして、そんな俺の気持ちに気づいてか。
ブランタークさんは、俺に申し訳なさそうな表情を向けていた。
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