第108話 始まった冒険者生活と、新たな依頼

「久しぶりに、ブライヒブルクに戻って来たって感じだな」


「俺は『瞬間移動』で定期的に戻ってたし、先週に荷物を運んでる」


「ヴェルはな……」




 突然の二年半にも及ぶ王都留学。

 さらに冒険者デビューで初めて地下遺跡探索に参加したら、ドラゴンゴーレムとゴーレム軍団の猛攻で死にかけたりと。

 王都の大人たちの無茶振りを無事にこなした俺たちは、ようやくブライヒブルクにある自分の屋敷へと帰還した。

 実は、『瞬間移動』を使って定期的に屋敷に戻っていたのだが、冒険者として必要な学習と訓練に忙しく、さらに休み日もエリーゼたちとのデートなどがあったので、ただ様子を見に来ただけだったのだ。

 ゴーレムたちのおかげで泥棒の心配はほばなかったし、掃除もまだ師匠の『状態保存』の効果が続いていたので必要なかったのだ。

 そんなわけで、せっかく素晴らしい屋敷なのに二年半も使えなくて少々残念だったけど、晴れて自分の屋敷に腰を据えることが可能になった。

 初仕事で厄介な地下遺跡の攻略を終えた俺たちは、発見した物や施設に対する報酬を受け取ると、エーリッヒ兄さん、パウル兄さん、ヘルムート兄さん、ブラント騎士爵家の人々。

 それに、アームストロング導師やワーレンさんなど。

 王都でお世話になった人たちに挨拶をしてから、『瞬間移動』でブライヒブルクに戻った。

 その過程で、エルたち三人が得た報酬の大半を俺に返すという事件が発生した。

 あまりに大金すぎて厄介の種になるからいらないという考えは、中身が代々庶民である俺には理解できるけど、俺はどうなるの?

 しかもご丁寧に、冒険者ギルドの分配金異議申し立て制度まで利用して。

 この制度を使わないと公式に記録が残らないので、次第に噂が広がって三人が大金を持っているという噂だけが広がってしまうからであろう。

 前世でも、宝クジに当たった人や、商売に成功した人は色々と大変だって聞くからな。

 エリーゼに至っては、得た大金の大半を俺に預けてしまっている。

 『私の財は、ヴェンデリン様のものなので』と言っていたが、この世界だと特におかしな考え方でもないのか。


 そんなわけで、俺の分と合わせてエリーゼたちが貰った王国政府発行の『王国札』五枚は魔法の袋の中だ。

 さすがに王国でも、あれだけの大金をすべて白金貨で支払うなんて不可能なので、支払いは二十年分割であり、さらに魔導具の仕組みを利用して作られた木製の札を渡された。

 昔で言うところの、藩札のようなものだろうな。

 これを王城に持参すると白金貨や金貨に交換してくれるそうだけど、今のところはその必要がなかった。

 アンデッド骨竜、グレードグランド討伐の報酬ですら、魔法の袋の肥やし状態だったからだ。 

 王国札に魔道具の技術が使われているのは偽造対策だと思われるが、持っている人自体が稀少だそうで、担当者が所有者の顔を簡単に覚えられるので、偽造事件はこれまで今まで一件も発生していないそうだ。

 バレやすい王国札の偽造で、贋金造りは死刑という王国の法に挑戦する人は存在しないのであろう。

 金貨、銀貨などはたまに偽造事件が発生し、犯人が捕まって処刑されているという話は聞いたことがあるけど。

 そもそも、大貴族ですら王国札なんて見たことがない人が多いのだ。

 そんなものを偽造しても、お店で使えないから偽造しても意味がないという理由もあるのだろうけど。

 ちなみに、今回の王国札の額面は一枚十億セント。

 なので俺は、一億セント以上の報酬を遠慮したエルたちに自分が持っていた白金貨百枚を渡し、この王国札を受け取った。

 エルたちはもう一つ報酬の桁が低くても問題はないと言ったのだけど、さすがにそれだと報酬の分配比率が小さすぎてしまう。

 なので、半ば強引に一億セントを渡していた。

 お金の問題は面倒だな。

 少なすぎても、多すぎても、問題が発生してしまうのだから。

 

『ブライヒブルクに戻るのなら、俺も連れて行ってくれ。経費削減をお館様から言われているんだよ』


 話しを戻すが、ブランタークさんからも一緒に連れて行くように頼まれたので、俺は彼も連れてブライヒブルクに戻っていた。

 俺の『瞬間移動』は、導師との特訓の合間に訓練を続けた結果、自分を含めて六人まで運べるようになっていたので、今回はギリギリで一回の移動で済んでいる。


『今度から、王都に用事がある時には坊主に頼むことにするわ』


『俺が、冒険者の仕事でいない時にはどうするんですか?』


『一日、二日待っても早いからな。経費も節約できるし。ブライヒレーダー辺境伯家は大貴族だけど、だからこそ経費にはうるさいのさ』 


 前世の会社もなぁ……もう終わったことだが。

 とにかく『瞬間移動』大変便利なので、ブランタークさんとその雇い主であるブライヒレーダー辺境伯にまで目をつけられてしまったようだ。

 どうせ『瞬間移動』や『通信』が使える魔法使いは、在野にある人物でもその登録が義務付けられるので、隠しようもないし、魔法を教わってるブランタークさんに隠せるわけがないのだけど。

 

 登録制があるのは、有事の際に徴集される可能性が高いからだそうだ。

 もっとも、その徴集自体が二百年以上もされていないそうだけど。

 有事でなければ、王国軍が抱え込んでいる人材で十分なのであろう。

 そんなわけで、俺はブランタークさんも連れてブライヒブルクへと戻り、すぐにブライヒレーダー辺境伯へと報告。

 続けてその足で、冒険者ギルドブライヒブルク支部へと移転届けを出し、この数日、ブライヒブルクから一番近い魔物の領域で普通に魔物を狩っていた。

 いきなり最初から王国強制依頼を受けさせられる冒険者など本来はあり得ず、普通はこのように地道に魔物を狩るものなのだ。

 冒険者ギルドから教わった魔物の領域である森へと向かい、そこで次々と魔物を狩っていく。

 熊に似た魔物に、狼に似た魔物、猪に似た魔物。

 この手の魔物は、長生きした野生動物がなぜか魔物の領域に誘われ。

 そこで突然変異を起こし、魔物へと変化するらしい。

 勿論それだけだとあんなに数が多いわけがないので、魔物同士も繁殖に励んでいるそうだけど。

 その他の特徴としては、普通の野生動物の数倍もの大きさであることと、その体内に魔石を持っていること。

 その肉や骨や毛皮や牙などの素材が高く売れることであろうか。

 ただ、通常の数倍の大きさの熊など、普通の人間にどうこうできるものではない。

 下手をすれば、人間など腕の一振りで即死してしまう。

 そういう危険があってこその、高額の報酬を得られる冒険者稼業でもあったのだ。


「エルとイーナ、張り切ってるなぁ」


「デビュー戦が、あまりに常識外れだったからだと……ようやく本来の生活に戻ったと思っていらっしゃるからでしょう」


「本来の生活かぁ……確かになぁ……」


 確かにエリーゼの言うとおりで、地下遺跡探索ではエルもイーナも極限状態を経験している。

 二体目のドラゴンゴーレム戦でも、俺とブランタークさんが長時間魔法で戦っている間、迫り来るゴーレム軍団の相手で奔走していた。

 役に立たないと評価されるよりはマシだと思うが、デビュー戦でいきなりアレはないと思うのが常識なわけで。

 間違いなく、普通の冒険者稼業に戻れた嬉しさで張り切っているのであろう。

 ルイーゼはいつもあんな感じなので変化はなかったし、エリーゼは回復役なので誰かが怪我をしないと出番がなかった。

 食事当番では一番奮闘しているけど。


「さて、もう結構狩ったから帰るか」


 森に入った直後からエルとイーナは最前線で魔物を狩り続けていて、ルイーゼはその補佐を。

 俺とエリーゼは、後方で俺が展開した『魔法障壁』の中で万が一に備えて待機していたけど、出番はなかった。

 もう十分に成果は得たので、撤収をみんなに薦めた。


「そうだね。もう十分に狩ったみたいだし」


「あの、ルイーゼさんは狩りをしなくてもいいのですか?」


「あの二人に譲って補佐に入っているし、ボク個人の出番がなくてもパーティとして十分な成果が出たから十分だよ」


 この数日。

 エルとイーナが中心となって、結構な数の獲物を狩っていた。

 本人たちの希望であり、これだけ狩れば十分に満足したであろうし、その成果も俺、エリーゼ、ルイーゼの補佐があったればこそ。

 別に俺たちは手を抜いているわけでも、先日の依頼のせいで気が抜けたままというわけでもなかった。


「他所の無責任な外野が、エルたちに文句タラタラなんだよね」


 どの世界でも、恐ろしきは他人の嫉妬というやつであった。

 竜を退治した俺に対しても、『ガキが幸運に恵まれた』と陰口を叩く貴族や魔法使いがいると聞く。

 ルイーゼに対しても、『未熟なガキ』だと批判する古参の魔闘流師範などがいるそうだ。

 さすがに聖女扱いされているエリーゼに対する悪評は出ていなかったが、特にエルとイーナに対して、酷い悪口を言う連中がいたのだ。


『大した腕もないくせに、運よくバウマイスター男爵についていただけで……俺でも同じ結果だったさ。いや、俺ならもっと活躍できていたな』


 地下遺跡探索で二人が多額の報酬を得てしまった件で、そんなことを言う冒険者たちがいるそうだ。

 エルとイーナが、ワーレンさんや近衛騎士団に所属する槍術の名人に直接指導を受けたという件でも、二人はズルいと批判する騎士見習いもいるそうで、本当人間の嫉妬とは恐ろしいものであった。

 だがそのせいで、いきなりデビュー戦で酷い目に遭ったわけだが、二人を批判する連中は『自分ならもっと上手くやれた』と平気で言い放つ。

 地下遺跡で見つかったものが大変に貴重な品ばかりで、王国が独占するために高く買い取ったという点も大きかった。

 報酬の大半を辞退して俺に押しつけた事実が判明しても、その額は一人白金貨百枚なので、日本円にしておよそ百億円。

 普通の冒険者が一生死ぬ気で努力しても得られない大金だったので、余計に非難が集まってしまったのだ。

 俺にも、『あんな若造や小娘よりも、俺たちの方が使えますぜ』、『私の方がバウマイスター男爵様のお役に立てますよ。公私共に……』などと抜かす、おかしな老若男女が多数湧いて、俺も難儀したものだ。

 ルイーゼに関しては、あのアームストロング導師の弟子という時点で表立って非難する連中は存在しなかった。

 あの導師に、正々堂々と喧嘩を売る人はいないらしい。

 そんなことがあったので、俺たちは人気のない魔物の領域で仕事ができる喜びに満ち溢れていたわけだ。


「あれだけの成果をあげたパーティにいて、報酬の大半を辞退したのにですか?」


 善性の人であるエリーゼからしたら、世間の欲深い、嫉妬に塗れた人たちは理解しにくいのかもしれないな。


「それでも一億セントだからね。文句を言いたい人も多いんでしょう」


「得た成果に比べたら、随分とささやかな報酬なのですが……」


「それがわからない人もいるのさ」 


 エリーゼは納得いかないようであったが、一部でもとんでもない金額だから仕方がない。

 特にあのお宝の中でも、魔導飛行船の価値は大きい。

 現在稼動に成功した新しい魔導飛行船は、既存の便の増便か、新しい目的地へと向かう便の新設などが行われ、すでに旅客船として利用され始めていた。

 運賃で維持費や船員の給料を賄い、修理や運用技術などの習得も行える。

 普段は王国内の流通に貢献し、戦時には有力な遊撃戦力や兵站維持などにも役に立つ。

 ヘルムート王国では、俺たちが王都に行く前までは予備も含めて八隻が稼動状態にあった。

 それが、アンデット古代竜から出た超巨大魔石が手に入り、今までは究極の場所塞ぎであった超巨大魔導飛行船の就役に成功。

 この船は、俺たちが住まう大陸、リンガイアの名をつけられ、現在は王国軍で訓練が進んでいる。

 続けて、グレートグランドから出た魔石でもう一隻が就役可能となり、この船はすでに既存の航路を飛行している。

 そして今度は、地下遺跡のドラゴンゴーレム二体から出た魔晶石二個と、地下遺跡の動力源であった二つの魔晶石と合わせてもう四隻が稼動可能になった。

 つまり、俺たちの悪運のおかげで、王国は稼動可能な魔導飛行船が倍近い十五隻となっており、さらに王国軍でも一隻の超巨大魔導飛行船の戦力化が進んでいる。

 北方にあるアーカート神聖帝国に対し、かなり軍事的に優位に立てたはずで、それだけの報酬を貰う権利があるということなのだ。

 むしろ少ないよなぁ。

 エルやイーナを非難する連中からすれば、その運のよさが気入らないのであろうが、もし連中ならとっくに死んでいたかもしれないというのに。


「これだけ狩ればいいか。明日も狩りだから、そろそろ帰るか」


 エルも、もう十分だと思ったらしい。

 剣を布で拭いながら俺たちに声をかけてきた。

 しかしまあ、よく剣だけであんなに魔物を倒せるものだ。

 俺も導師から鍛えられた自覚はあるが、パワーや持久力ではエルの足元にも及ばない。


「いい斬れ味の剣みたいだな」


「せっかく大金を得たんだ。いい得物を買うさ」


「そうか……俺は金があっても買わないけど」


「貴族としてはどうなんだろうな? それ」


 エルは、獲得した報酬でいい剣を購入したようだ。

 元々エルは、暇さえあれば武器屋で剣を眺めているし、予備も含めて十本近い剣を所持している。

 なんでも、子供の頃は兄たちが使い古したボロボロの剣しか使えなかったそうで、つい新しい剣が欲しくなってしまうのだそうだ。


「俺には剣の良し悪しがよくわからん。『鑑定』を使わないとな」


「お前も、俺と同じく騎士の家の子じゃないか。しかも今は男爵で、剣に気を使わないのか?」


「もし言われたら、高そうな剣を買うさ」


「王都で見た大貴族に、装飾だけ素晴らしい剣を差している人がいたなぁ。ヴェルもそれに続くか」


 剣にまるで無頓着な俺に、エルが笑いながら半分冗談で文句を言う。

 確かに十二歳くらいまでは、毎朝一時間ほどの基礎訓練は欠かさずしてはいた。

 だがまるで才能がないことが判明したので、今では魔法と弓に完全にシフトしてしまっていただけだ。


「俺はそんなものなので、子供でも生まれたらいい家庭教師を雇って教えさせるさ」


 俺も一応、男爵という身分にある。

 魔法の才能が子に伝わるのが奇跡のような確率である以上、子供には普通の貴族教育をしなければいけないと思っていたのだ。

 その時には、剣もちゃんと教えさせるさ。


「じゃあ、俺が教えようかな」


「そういえば、エルは俺の家臣だったよな」


 今のところは家臣としての実績がないため、無給で名目のみであったが、エルたちは俺の家臣ということにはなっていた。

 将来エルが俺の子供に剣を教えれば、彼もバウマイスター男爵家の正式な家臣ということになるな。


「でもさ。せっかく大金を得たんだから、領地でも開拓したら?」


 王国において、金で爵位を買う行為は忌避されている。

 他人に売るのであれば、その前に継承可能な親族に譲るか、養子を取るか、王国に返上するのが筋だからだ。

 さらに抜け穴の一つである婿養子も、成り上がりの商人などが爵位を金で買うのを防ぐため、婿養子になれる血筋などの条件が厳しくなっている。

 エーリッヒ兄さんの場合、兄さんが貴族の子供だったので比較的簡単に認められたにすぎない。

 いきなり商人が貴族の家に婿養子に入ろうとすれば、すぐにお上から不許可という判定が下ってしまうからだ。

 あとは、自分で無人の地を開墾してそこを領地に認めてもらうという手もある。

 王国の領地拡大に貢献しているので、これは血筋など関係なく誰でも貴族にはなれるが、無人の地を一から開発して行くのだ。

 当然、並大抵の努力では成功は覚束なかった。

 単に腕っ節が強かったり、魔法が得意だったり、金があればいいというものではないのだ。

 多くの人たちを、逃げられないように効率よく使っていく手腕。

 それがなければ、ただ単に金を無駄にしてしまう。

 それに大金をかけて領有を認められても、その資金回収には数十年規模でかかり、その間は手弁当で、手持ちの資金ばかり減っていくことも多い。

 開発資金回収に焦って領民たちに重税をかけ、まだ土地に愛着がない彼らに逃げられてしまい、領地を荒廃させてしまう領主も意外と多いそうだ。

 当然、それが王国にバレれば、その領主は統治能力なしと判断され、爵位と領地を没収されてしまう。

 つまり、かけたお金が無駄になってしまうのだ。

 王国は、無制限に貴族を増やさないために厳しいルールを定めている。

 大分、既得権益に配慮したルールと言えなくもないが、ルールを定めるのが貴族なので、それは仕方のないことなのかもしれない。

 それに、領地開発に成功して貴族になっている人も実在するのだから。


「成功も覚束ない領地開発で金を使いたくない。現金で残せば、相続する子孫も自由に使えるし」

  

 王国では相続税が存在しないので、現金や貴金属、家や収穫可能な田畑などで持っていた方が有利なのだ。


 お金が社会に出回り難いかもしれないが、そのお金を回すのが貴族や金持ちの放蕩息子の役割になっているので、この世界ではそれでバランスが取れていた。


「だよなぁ。領地運営には手間がかかるし」


「有能で信頼できる代官でも見つければ別だけど」


 狩った獲物を魔法の袋に仕舞いながら、俺とエルは共に領地運営には手を出さない方針で意見の一致を見ていた。

 ただ、俺を取り巻く環境は、次第に厳しさを増しているのも事実。

 このまま冒険者だけしていたい。


「しかし、今日は大猟でよかった」


 獲物を仕舞う魔法の袋であったが、これは俺が別にいくつか製作していた。

 基本的に才能が必要な魔道具だが、魔法の袋は比較的簡単に作れる。

 『魔法使い専用』という条件はあったが。

 一般人程度の魔力量では汎用品しか使えないが、その汎用品は俺ではまったく手が出ないほど作るのが難しい。

 だが、ルイーゼやエリーゼくらい魔力がある人が使うなら、俺にでも簡単に作れるのだ。


「魔物だから、普通の動物のお肉よりも高く売れますしね」


「現状で、俺たちにさほど金は必要ないけどな」


 それでも、お金がなくて首が回らないよりはマシと考え、エリーゼが持っている魔法の袋に獲物を回収してから、俺たちはブライヒブルクへの帰途に着く。

 『瞬間移動』で一気にブライヒブルクの冒険者ギルドの裏庭まで飛び、受付に獲物を納めてから商業街へと向かう。

 今日はみんなで仕事をしたので、夕食はレストランで済ますことにしたのだ。

 いつもは、なるべく女性陣が作ろうとするのだけど、彼女たちも俺たちと同じ条件で冒険者として働いているのだ。

 家事で余計な負担をかけるべきではない。

 俺もエルも、そのように考えていた。


「俺たち、結構魔物との戦闘にも慣れたと思うけどな」


「そうね」


 元々エルもイーナも、他のパーティにいればすぐに超一流の強さを持つ冒険者として認識される存在だ。

 もう魔物の領域の入り口近くで、戦闘に慣れるための狩りは必要ないはずだ。


「もう少し魔物の領域の奥で戦うとか?」


「でもルイーゼ、そんなに魔物の種類は変わらないと思うけど」


 よほど奥に入らないと魔物の種類などそう変わるものでもないし、どちらかというと生息する魔物の種類は、地形や地域差の方が大きいからだ。

 あとは、属性竜などのその領域のボスにして食物連鎖のトップが魔物たちを纏めているのは常識であったが、その存在が発見されることは滅多にない。

 そう簡単にボスが見つかって討伐されていたら、とっくに魔物の領域など全滅しているはずだ。


「冒険者稼業なんて、大半がこれだしな」


 今さら近場で、そう新しい遺跡や迷宮など見つからないのが普通だ。

 そういうものを見つけたければ遠出をしないといけないし、もし見つかっても遠方に探索に出かけるには、相応の実力がないと難しい。

 人里離れているので、野営や戦闘の機会が増えるため、新人冒険者には難易度が高かったからだ。


「よう、坊主たちじゃねえか」


「「「「「ブランタークさん?」」」」」


 いきなり後ろから声をかけられたので振り返ると、そこにはえらく笑顔のブランタークさんが立っていた。

 昔は凄腕の冒険者として、今はブライヒレーダー辺境伯のお抱え魔法使いとして。

 後者の仕事はえらく苦労しているようであり、だからこそ、今の彼の笑顔を見るとただ嫌な予感しかしない。

 多分、ブライヒレーダー辺境伯の依頼で俺たちを待っていたのであろう。


「夕食なら、ブライヒレーダー辺境伯邸でご馳走するってよ」


「嫌な予感しかしませんけど」


「そう言うなよ。うちのお館様は坊主の寄親じゃねえか」


「ブランタークさん、本当にそう思ってます?」


「……」


 顔を引き攣らせるブランタークさんを見ながら、俺たちは心の底から宮仕えって大変だよなと思ってしまうのであった。





「まだ日は浅いですけど、君たちの評判は上々ですね。私も、寄親として誇りに思いますよ」


「貴族と冒険者の評価基準って同じなんですか?」


「……人によると思いますよ。バウマイスター男爵は、竜を倒した冒険者ですから」




 ブランタークさんによって半ば強引にブライヒレーダー辺境伯邸に案内された俺たちは、そこで贅を尽くした料理を振舞われていた。

 ブライヒレーダー辺境伯は、俺の婚約者であるエリーゼにもご機嫌な表情で料理を勧めている。

 内心では色々と思うところもあるのであろうが、下手に教会のお偉いさんの孫娘を敵に回すわけにもいかないのも事実。

 少なくとも、無下に扱うということはないようだ。

 もしそんな真似をされたら、俺たちは席を立たないといけないので当然か。 

 とにかく彼はニコニコしながら、エリーゼにデザートのケーキも勧めていた。


「竜に、ゴーレムに、色々な魔物にと。苦戦している様子はないようですね」


「今のところは……」


 いや、実際には大苦戦している。

 死にかけたほどだ。

 あんな際物は、もう二度と出ないで欲しいと思う俺たちであった。


「竜を倒せるのなら、他の魔物もほぼ大丈夫ですかね?」


「条件によります」


 本当に、条件によるのだ。

 非業の死を遂げた師匠だって、普段なら竜に遅れを取ることなどあり得ない。

 もし倒せなかったとしても、逃げるくらいは余裕でできたはずなのだから。

 守るべき主君や味方の軍勢があったせいで、師匠は魔物の群れによる数の暴力には抗えなかった。

 自分一人ならすぐに逃げ出せたであろうが、雇い主とその軍勢を置いていけなかった。

 宮仕えの辛さだよな。

 そんな師匠よりも未熟な俺なので、条件によっては彼よりも呆気なく死んでしまうであろう。


「そうですね、条件によりますよね。君に一つお願いしたいことがありまして……」


 そのブライヒレーダー辺境伯のお願いとは、わざわざここに呼び出したことから考えても、間違いなく冒険者ギルドを通さない依頼であろう。

 本当であれば、依頼者が直に冒険者に依頼することを冒険者ギルドは嫌がるのだけど、ブライヒレーダー辺境伯はブライヒブルクの統治者であるし、多分冒険者ギルドとはすでに相談が済んでいる可能性が高かった。


「それで、どのような依頼でしょうか?」


 この場合、断るという選択肢はあり得なかった。

 駄目なら撤退して、失敗と報告した方がマシなのだから。

 それにこの依頼は冒険者ギルドを通していないので、失敗しても経歴に傷がつかないのが素晴らしい。


「ある種の討伐依頼ですね」


「ある種のですか?」


「我が父の後始末ですよ」


 その一言だけで、俺はすべてを察した。

 ブライヒレーダー辺境伯の依頼とは、先代ブライヒレーダー辺境伯の我が侭から始まり、俺の師匠と実家をも巻き込んだ、あの無謀な魔の森への遠征の後始末であろう。


「二千人近くの人間が死んで、魔物の領域に残されたのです。これの後始末が必要となります」


 正確に言うと、ほぼ間違いなくアンデッド化しているであろう、彼らの浄化が主な依頼となるはずだ。

 師匠のように強い自我を持ったまま、語り死人になる例は非常に少ない。

 大半は、ゾンビからグール、スケルトンやレイスなどへと順に進化していく。

 悪霊化した魂が数百個も纏まって集合体になったら、もう俺やエリーゼクラスの聖魔法でないと浄化は困難になる。

 集合体にならなくとも、魔の森のアンデッドは数が多いので、浄化は非常に困難なはずだ。

 そもそも、魔の森の場所が問題だ。

 ここから南の山脈を越えたバウマイスター騎士爵領から、さらに広大な未開地を南に数百キロ。

 南のはてにあるのが、魔の森なのだから。


「バウマイスター男爵は、『瞬間移動』で魔の森に行けますよね?」


「ええ、まあ……」


 普通の冒険者なら、魔の森へ行くだけで骨だ。

 ところが俺は、子供の頃からの探索の成果があって、『瞬間移動』で自由に魔の森の入り口まで行ける。

 その辺の事情が、すでにブライヒレーダー辺境伯にも知られているようだ。


「(本当、よく調べるものだ……)ええと……。でも、勝手にバウマイスター騎士爵領内にある魔の森の探索は……」


「大丈夫です。あなたのお父上は、寄親の頼みは断りませんから」


 確かに、あの超保守的で領地の保全しか考えていない父が、寄親であるブライヒレーダー辺境伯の頼みを断るはずがないからだ。

 それに今回のケースでは、俺たちだけで魔の森に行くわけで、父たちに援軍を求めているわけでもない。

 許可だけ出せばいいので、そう面倒なことにはならないはずだ。


「もし数百年後くらいに、あの森に冒険者が入るようになったとして。共食いで強化されたアンデットが侵入者を襲い、その原因がうちだと知れると評判が落ちますしね」


「(大物貴族の面子って、面倒だな。これで断る望みが消えたか……。しかし、最低でもアンデットが二千体って……)」


 まあ、駄目なら逃げればいいかと思いながら、俺はせめてもの仕返しに出された料理のお替りを要求したのであった。  

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