第105話 魔導ギルド(前編)

「魔導ギルドからの招待状ですか。でもどうして?」


「どうしてって、坊主に会いたいんだろうな。魔導ギルドの連中が」


「それなら直接、うちの屋敷に招待状を送ればいいのに……」


「魔導ギルドってのは、少々特殊なギルドでな。普通なら新興男爵に招待状なんて送らないのさ。だからまず、王都ブライヒレーダー辺境伯邸にいる俺に招待状を送り、俺から坊主へという流れだ。実は俺は、魔導ギルドの会員でな」


「面倒くさいですね。魔法使いのギルドなのに、どうしてそんな大貴族みたいなことを……(紹介システムなのか……)」


「中で直接仕事をしている連中は違うが、管理部門には貴族やその子弟が多い。組織ってのは、そこに所属している人たちの色が出るからな」




 あの地獄の地下迷宮を何とか攻略し、ようやく褒賞などの件が片付いた直後。

 俺はブランタークさんから、魔導ギルド本部から送られた招待状を手渡された。

 確かに、宛て先を見ると俺になっているな。


「ブランタークさんって、魔導ギルドの会員だったんですね」


「別に好きでなったわけじゃねえぞ。向こうが入れてやるって言ってきてな。大変にありがたいお誘いを受けたので、ありがたく会員になったわけだ」


「なんか、毒がある言い方ですね」


 ブランタークさんは、別に魔導ギルドの会員になんてなれなくても問題ないと思っているようだ。

 俺のつたない知識によると、魔導ギルドとは、文字どおり魔導に関するギルド、魔法が使える魔法使いが所属するギルドである。

 会員数は、約二千人ほどと聞く。

 魔法使いの全数から考えると少ないような気がするが、地方の農民で火種を出せる程度の人は会員にはならないからだ。

 さらに、魔道具が作れる人は魔道具ギルドに所属してしまうので、その分も人数は少なくなっていた。


「あれ? 二つのギルドに所属できないんですか? 普通は大丈夫のはず……」


 他のギルドだと、たとえば俺は子供の頃に商業ギルドの会員証を発行してもらったし、今は冒険者ギルドの会員証も持っている。

 他にも複数のギルドを掛け持ちしている人は多く、ギルド側も会員数が多い方が組織を大きく見せられるし、補助金などの条件も有利になるで、なにも言わないどころか掛け持ちウエルカムなところも。

 それが、魔導ギルドと魔道具ギルドだけは兼任できない。

 不思議な話ではあった。


「昔はできたし、今もできないわけでもないんだが……ああも仲が悪いと、両方に所属した場合、色々と大変でな。今は一人もいないんじゃないかな? 両方に所属している奴は」


「魔導ギルドと魔導具ギルドって、仲が悪いんですか?」


「今はもの凄く悪い!」


 ブランタークさんによると、昔はそれほど仲が悪くなかったそうだが、今はある理由から両者の仲は険悪になっているらしい。

 

「予算の配分でな……」


「金の問題は深刻ですね……」


「そうだよな。『お金お金言うな!』と言う奴は多いが、お金の問題は深刻だぞ」


 ヘルムート王国が成立してからしばらくの後、余裕ができた王国政府は、古代魔法文明時代の優れた魔法技術を復活させるため、魔導技術の研究に多額の予算をつけるようになった。

 ところが、魔法使いは数が不足している。

 いくら公の機関でも、そう簡単に人は集まらなかった。

 そこで、魔導ギルドと魔道具ギルドの双方に予算を渡し、魔法技術研究を依頼するようになったわけだ。

 この瞬間から、両ギルドは半公的機関として世間に認知されるようになっていく。

 二つのギルドに予算を分けたのは、競争させる狙いもあったのかもしれない。


「どちらが成果をあげたかという評価と、予算配分率などで大いに揉めてな。あとはごらんの有様さ」


 微妙に情けない話ではあったが、そう珍しい話ではない。

 どこの世界でもある、人間の性というやつであろう。 


「魔導ギルドは魔道具ギルドに対抗すべく、会員数の増加を図ったわけだ」


 もう一方の魔道具ギルドであるが、ここは魔道具が作れない人には用事のない組織である。

 それも、少なくとも汎用の魔道具が作れないと会員になれないそうだ。

 よって会員数は魔導ギルドよりも少ないが、魔道具は世間から引っ張り凧なので、魔導具ギルドの存在感は揺らぎもしない。

 魔導ギルドとしては、高名な魔法使いを無理矢理会員にしてでも、魔道具ギルドに張り合う必要があるのだそうだ。


「心の底からどうでもいい話ですね」


「俺も心底、そう思う」


 魔法とは、基本的に個人で習得していくものである。

 師匠がいる人も多いが、そうなると余計に魔導ギルドなんかなくても魔法使いはやっていけるわけで。

 黙っていると、誰も会員登録に来ないそうだ。

 それは、主に地方で活動している魔法使いがわざわざ旅費と時間をかけ、王都にある魔導ギルドに会員登録に来ると思う方がどうかしている。

 かく言う俺も、魔導ギルドの存在など記憶の片隅にも存在していなかったのだから。


「師匠は会員だったのでしょうか?」


「勝手に登録されたと言っていたな。俺も同じだけど」


「よくそんな組織が、半公的機関扱いされますね」


「共用魔法陣の研究を委託されているからな。少数だが、優れた魔法使いもいるんだよ」


 共用魔法陣とは、魔法使い個人の思考、想像能力に頼っている魔法を、魔力があれば誰にでも使えるようにするためのものである。

 先日の、強制移転魔法陣と同じようなもの、といえばわかりやすいだろう。

 他の魔法が発動するように魔法陣を改良し、最終的には魔力を篭めるだけで様々な魔法が発動する『魔法陣全集』を作り出すことが目的なのだそうだ。


「なるほど、魔法陣の本を捲って使いたい魔法のページを探し、それに魔力を篭めて発動とは効率いいですね。本人の魔法の得意不得意関係なく、魔力を消費すれば一定の威力と効果がある魔法が放てるのが便利です」


「魔力量が少なければ、魔晶石で補填することもできるようにしたいらしい」


 バッテリー扱いの魔晶石と組み合わせて、少ない魔力量しか持たない魔法使いが高威力の魔法を放てるようにする……王国軍が欲しがりそうだな。

 本を開く動作があるので即応性には劣るが、軍隊で使うのなら問題ないのか。

 同じ魔法を横一列で一斉に放って火力を稼ぐなんて使い方もできるので、軍では重宝されるだろう。


「ただ、古代魔法文明時代の魔法陣はなぁ……」


 見つかっているのは『移転』か『強制移転』のみで、攻撃魔法用の魔法陣は、トラップ発動後に大部分が消えて効果がなくなってしまったものくらいしか回収されていないそうだ。


「魔法陣に書かれている見たこともない文字や記号、意味不明な模様や絵に似たものもある。パターンが複雑すぎて、いまだ解析できていないのが現状だ」


 魔導ギルドの研究成果はイマイチなのに、もう一方の魔道具ギルドの方は、徐々にではあるが成果をあげている。

 世間にそれなりの種類の魔道具が量産され、普及しているので、これは誰にでもわかる成果であろう。

 なるほど、魔導キルドが焦るはずだ。


「そこでだ。先日の地下迷宮攻略の際に新しい魔法陣を獲得し、それを売却してくれた坊主への感謝の気持ちと共に……」


「会員にしてやると?」


「正解だ」


 そんな理由で、俺とブランタークさんは王都の中心地にある魔導ギルドの本部を訪ねた。

 本部の建物は、事前の説明から想像した規模よりもはるかに立派であった。

 半ばお上だけあって、随分と豪華な建物だな。

 そして、その対面に同じくらい豪華な建物が建っていた。


「そっちは、魔道具ギルドの本部な」


「嫌い合っているのなら、なぜ向かい合って……」


「先に引っ越すと、世間様に逃げた印象を与えるからだと」


「ちなみに、建物のクレードや階層も同じですね」


「張り合い続けると無駄な予算が飛ぶから、裏で話し合って同じような建物にしたんだと。バカらしい話だろう?」


「仲がいいんだか、悪いんだか……」


 あまりにバカバカしい話をブランタークさんから聞いてしまったので俺は呆れつつ、俺たちは一階の受付で来訪目的を告げてから、会長が待つ最上階の会長室へと移動する。

 さすがに魔導ギルドは、トップが総帥などという大仰しい肩書きではなかった。


「初めまして、ベルント・カールハインツ・ヴァラハです」


 魔導ギルドの会長は、どこにでもいそうな白髪の老人であった。

 魔法使いなのでローブ姿ではあるが、あまり大した魔法使いにも見えない。

 よくて、初級と中級の間くらいの魔力量であろうか?

 とりあえず、こちらも自己紹介をしておく。


「本日はよくお越しくださいました。早速ですが……」


 俺が最初にここで行ったのは、魔導ギルドへの会員登録であった。

 会長が呼び鈴を鳴らすと、すぐに二十歳前くらいの若い女性職員が入って来て、俺に会員証を手渡してくれた。


「あの……なにか記入しなくても?」


「はい、バウマイスター男爵様の身元は確実ですので」


「そうなんですか」


 ただ若い女性職員から会員証のみ渡され、手続きは終了となる。

 どうやら、本当に入会して欲しいと思われると、必要事項の記入すら向こうで勝手にしてくれるようだ。

 手渡された会員証をよく見ると、そこには名誉役員という表記も見える。

 いきなり会員ではなく、名誉つきとはいえ役員にされてしまったらしい。


「あの……名誉役員って?」


「はい、バウマイスター男爵様は優れた魔法使いですから」


 ようするに、魔導ギルドの宣伝のために名前を貸せということのようだ。

 だが、その名誉役員とやらの仕事で時間を取られるのも嫌なので、これは断ろうと思う。

 だが敵も然るもの、すぐにこちらの意図を予想して反論してきた。


「名誉役員は本当に名前だけですので。お隣にいらっしゃるブランターク殿を見ればわかると思いますが」


「実は俺も名誉役員だけどな。仕事なんてなにもないぜ」


 その代わり。報酬などもないらしいが。

 さらに、他のギルドのように会費なども一切ないと説明された。

 あまり用事のないギルドなので、年会費を徴収すると脱会する会員が増えるらしい。

 しかし、話を聞けば聞くほど、一体なんのためにあるのかわからない組織のように思えてしまう。


「研究部門では、現在大車輪で魔法陣研究が進んでおりますです。はい」


 俺たちが見つけた、あの新しい様式の強制移転魔法陣の解析もそこで行っているらしい。

 研究のために王国政府から出る補助金と、ごく一部の奇特な方々からの寄付で魔導ギルドは運営されているそうだ。


「早速案内させましょう」


 別に見たいとも思わないが、向こうがそう言うので断るのもどうかと思い、先ほどの若い女性職員の案内で、研究部門がある地下階へと移動した。


「ブランタークさん、あの会長なんですけど……」


 言っては悪いが、どう見ても大した魔法使いには見えなかった。

 なので、その理由をブランタークさんに聞いてみたのだ。


「そりゃあ、優秀な魔法使いなら現場に出るか、これから行く研究部門行きだからな」


 ブランタークさんによると、魔法使いとしては微妙だが、事務能力や金勘定に長けた人が組織運営を行うそうだ。

 そのため、会長だからといって、必ずしも優れた魔法使いなんてこともないのだと言う。


「あとは、貴族の子弟の就職先な」


 税金が投入されている組織なので、辛うじて魔力はあるけど現場で活躍するのは難しい。

 そういう貴族の子弟たちも、組織運営の方に入るそうだ。


「教育は受けているから、事務仕事なんかはこなせるわけだ。他は……」


 ブランタークさんは、俺たちの前を案内のために歩く若い女性職員を顎で指す。

 王都に住む、辛うじて魔法使い扱いされる女性が、結婚するまで腰掛けで働くか、人によっては結婚後も職員として残るケースも多いそうだ。


「事務や管理部門なんて、基本お役所仕事だからな。魔法はあまり関係ないのさ」


「魔導ギルドって、つまり……」


 優秀な人は、現場か研究部門へ。

 そうでない人は、魔導ギルドを運営する部門へと。

 適材適所なので、非常に合理的ではあった。


「こちらになります」


 お姉さんの案内で地下にある研究室に入ると、そこではいかにもな魔法使いの男女が、新しい魔法陣の試作や、解析などで忙しく働いている。

 魔力の方も、見た感じでは中級クラスも複数存在していた。


「ここが魔導ギルドの心臓部なのさ」


 言っては悪いが、今この上の階がすべて吹き飛んで会長以下の職員たちが全滅しても、まったく魔導ギルドの運営には支障を来さない。

 彼ら研究部門こそが、この魔導ギルドの肝であると。

 ブランタークさんは、小声で俺に説明をした。

 あまり口に出して言えないか。


「おおっ! 新しい魔法陣を売ってくれたバウマイスター男爵殿か!」


 俺達の到着に気が付いた、一人の初老の男性が声をかけてくる。

 白髪混じりのボサボサの髪を無造作にオールバックにしている、いかにも研究者と言った感じのその人は、研究部門のトップであるルーカス・ゲッツ・ベッケンバウアーだと名乗っていた。


「ブランターク。アルフレッドの弟子は、素晴らしい魔力の持ち主だな」


「だろう」


 どうやら、この二人は知り合いのようだ。

 お互いに気安く会話をしていた。


「よし、これほど魔力があれば。バウマイスター男爵殿、こちらに」


 ベッケンバウアー氏は、形式どおりに研究部門の案内などするつもりもないようだ。

 俺の手を引き、自分が研究しているスペースへと強引に引っ張っていく。


「ブランタークさん?」


「こういう男なんだよ。所謂、研究バカ?」


 俺の見立てでは、ベッケンバウアー氏の魔力は中級でも上の方だ。

 普通に冒険者でもした方がよっぽど稼げるのに、魔導ギルドでの研究に時間を費やしている。

 ここにいる人たちは、大半がそんな感じのようだが。


「これが先日、バウマイスター男爵殿から購入した魔法陣を改良したものだ」


「ブランタークさん、わかります? どこが改良されているのか」


「いや、間違い探しみたいだな……」


 集中して魔法陣を見ていると眩暈を起こしそうなので、俺とブランタークさんには魔法陣の研究などできないと、瞬時に理解してしまった。


「それで、これはどこに移動を?」


「いや、たまたまの成果なのだが、これは逆の効果が出る魔法陣の試作品なのだ」


「逆ですか?」


「うむ。逆に別の場所にあるものを、こちらに引き寄せる魔法陣なのだよ。『逆強制移転』と言うのが正しいのかな」


 ベッケンバウアー氏の説明によると、この魔法陣は別の場所の人や物を、この魔法陣の上に引き寄せる効果があるらしい。


「効果はわかりますが、どこの物を引き寄せるんですか?」


「その部分が、この魔法陣がまだ試作品扱いである最大の理由だな」


 普通の魔法と同じく、魔法陣を使う魔法使いの想像力にかかっているそうだ。


「ゴタゴタ説明しても意味はないか。試しにやってみることにしよう。まずはこのように……」


 ベッケンバウアー氏が魔法陣の前に立ち、十秒ほど目を閉じながら集中する。

 すると、一瞬だけ魔法陣が青白く光り、次の瞬間には魔法陣の上になにか白い布のようなものが置かれているのが確認できた。


「本当になにか引き寄せられたな。だがこれは……」


「なにコレ?」


「パンツ……だよな?」


 魔法陣の上には、なぜか女性用の白いパンツが置かれていた。

 しかも新品ではなく、直前まで誰かが履いていたようにしか見えないものが。

 ということはつまり……。


「ベッケンバウアーさん?」


「あの女性職員が履いていたであろう、パンツを移動させたのだ」

 

 ベッケンバウアー氏からの衝撃の発言に、研究室内にいる人たちの視線がすべて、俺とブランタークさんをここに案内してくれた女性職員へと向かう。

 突然、しょうもない理由で注目された彼女は、顔を真っ赤にさせながら怒りで体を震わせていた。


「このように、この魔法陣は引き寄せる対象物の大きさ、重さ、距離で必要魔力量が変わるわけだ。理論上は時間や次元を超えることも可能なのだが、魔力の消費量が桁違いに……」


「いきなりなにをするんですか!」


 真面目な顔で説明を続けるベッケンバウアー氏の頬を件の女性職員が派手にビンタして、まるで引っ手繰るように魔法陣の上のパンツを持ち去って行く。

 あとには、頬にビンタの跡がついたベッケンバウアー氏だけが残された。


「ワシ、研究部門のトップ……」


「さすがにあれは、お前が悪いだろう」


 ブランタークさんの正論に、俺たちばかりか他の職員達も同時に首を縦に振るのであった。

 もし日本ならセクハラで処分される案件なので、ベッケンバウアー氏は少し反省した方がいいと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る