第100話 地下遺跡の戦利品(後編)
「無事にドラゴンゴーレムも破壊され、一番奥の居住エリアに到着したと」
「俺たちは、なんとか命拾いしたわけだ」
「本当にギリギリでしたよね」
「俺も一瞬、これは駄目かもしれないと思ったほどだ」
ドラゴンゴーレムの頭部を吹き飛ばした直後、魔力が尽きて気絶していた俺は、丸一日ぶりに目を醒ました。
一週間弱ぶりのまともな睡眠がとれ、昨日のように精神的な疲労からくる体のダルさもなく、久しぶりの爽快な目覚めだ。
同時に、魔力切れギリギリの状態を何度も経験し、精神的にもかなり緊迫していたようで、自分でもわかるほど魔力量が上がっているのも実感できた。
前世で読んだ漫画のごとく、危機を乗り越える度に成長する主人公……俺は、主人公って柄ではないけど。
無事に地下遺跡の防衛システムも解除できたわけだし、生き残ることもできた。
いきなり素人にこんな依頼を寄越す王城の連中に文句も言いたくなるが、それはあとだ。
なにしろ、今の俺にはもっと切迫した事情が存在するのだから。
「ヴェンデリン様、おはようございます」
いつの間にか、見知らぬベットで大の字に寝ていた俺。
その右隣では、エリーゼが俺の腕を枕に寝ていて、ほぼ同時に目を醒ましていた。
「おはよう。エリーゼは、体調とか大丈夫?」
「はい、魔力もほぼ回復しています。あの、ご飯をお作りしますね。ヴェンデリン様も、温かい御飯が食べたいでしょうから」
「そうだな。お腹が減ったなぁ……」
丸一日以上なにも食べていないので、俺の腹はグーグーと鳴りっ放しであった。
「……ヴェル、起きたのね?」
続けてすぐに、俺の左隣で寝ていたイーナも目を醒ます。
彼女も、俺の腕を枕に寝ていたようだ。
というか、いつの間にこういうことになっていたのであろうか?
「ヴェル、大丈夫なの?」
「これだけ寝ればね。イーナの方は?」
「久しぶりにちゃんと寝たような感じ」
「だよなぁ。こんな無茶はもう御免したいところだ」
「そうよね」
この二人はいいのだ。
腕枕で両方の腕は痺れていたが、前世でそれは男にとっては嬉しい痺れだと聞いている。
実際に、とても心地いいものであった。
特に、前世における痺れ経験が正座によるものだけだったので、精神的には大変に幸運な時間だったのだから。
だが一人だけ、とんでもない位置で寝ている人物がいた。
俺の内太腿を枕に、ルイーゼが寝息を立てていたのだ。
正直、その位置は大変に危険……早く対処する必要があるのだ。
「おい、ルイーゼ。起きなさい」
「もう少し時間が経たないと、目を醒まさないと思うぞ。寝ている坊主たちの見張りをして、最後に寝入ったんだから」
一向に目を醒まさないルイーゼに、ブランタークさんはニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべていた。
この人も、完全睡眠で魔力は完全に回復しているようであった。
「寝るのはともかく、場所が危ない!」
「同じ男として、大変だなとは思う」
「そんな他人事のように……」
「残念ながら他人事なんだな、これが」
このままでは色々と不都合があるのでルイーゼの頭の位置をズラそうとすると、彼女は眠ったまま俺の胴体に抱きつき、まるで抱き枕のようにされてしまった。
「さすがは、武芸経験者。寝技の達人だな」
「ブランタークさん……」
実際、体の小さいルイーゼに対し、俺がなんら対抗できなかったのも事実だ。
寝たままの彼女に抱き枕扱いされ、それを解こうにも、まるで金縛りにでもあったかのように体が動かない。
しかも、それで体のどこかが絞められて苦しいというわけでもないのだ。
むしろ、ルイーゼの体温とフローラルな匂いが伝わってきて、とても心地よい感じであった。
「なあ、イーナ」
「私も、子供の頃に同じことをやられたのよ。まず外すのは不可能だから」
イーナも、ルイーゼの家に泊まった時に同じように寝たまま抱きつかれ、一向に外せなかった経験があるそうだ。
確かにこれは……どうやっても一向に外れないな……。
「力じゃなくて、体の支点を抑えられているから絶対に外せないわ。ルイーゼが起きるまで寝てなさい」
「しゃあない。二度寝も贅沢のうちだと言うからな」
それから数時間。
続けて俺はルイーゼに抱きつかれながら眠る羽目になり、結局パーティメンバー内で一番遅くに目を醒ますことになるのであった。
「やっと、探索に入れるか」
贅沢な二度寝の後。
全員が十分に睡眠をとったので、探索を再開することにした。
だがその前に、起床後、エリーゼが今も普通に使える居住エリアのキッチンで作った食事を堪能し、探索後の食事も彼女が担当すると言うので任せることにして、他全員で探索に入る。
ドラゴンゴーレムが守っていた扉の奥は、地下遺跡の終着点であった。
数千年以上も前のもののはずなのに、まるでつい先程まで誰かが使っていたようにも見える書斎。
他にも室内には、地下水を吸い上げてからろ過をして出す水道に、魔晶石を利用したコンロ、お風呂やシャワー、洗濯機、冷蔵庫なども置かれ、この中に篭って生活ができるようになっていたのだ。
しかも設備はすべて生きており、実際エリーゼがキッチンで甲斐甲斐しく食事を作っている。
「隣は作業場だな」
部屋には他に二つのドアがあり、片方はエルが作業場のような部屋だと教えてくれた。
ブランタークさんと共に見てみると、王都で見たこともある魔道具の製造工房に造りが似ている。
「魔道具の工房か?」
「らしいですね」
書斎の本を見ていたイーナが、その中から一冊の日記を見つけてブランタークさんに渡した。
「イシュルバーグ伯爵か……」
その日記の持ち主の名前らしいが、もし本当ならかなりの有名人である。
古代魔法文明時代における魔道具造りの第一人者で、今でも現存している彼の作品は高い評価を受けている。
実は、現在稼動している魔導飛行船はそのほとんどが彼が設計をしたものであった。
なるほど。
あれほど複雑で危険な防衛システムを構築できるのだから、イシュルバーグ伯爵が天才なのは確かなようだ。
この世の天才の宿命として、相当人間性に問題がありそうな人ではあったようだが。
「それで、この部屋も工房も綺麗なのか……」
『現状保存』がかかっているのだが、その効果が数千年以上も持続しているのは驚異的だ。
師匠も俺もこの世界の魔法使いたちも、『状態保存』の効果を一日でも長く伸ばそうと苦労して研究を重ねているというのに。
それだけで、イシュルバーグ伯爵がいかに優秀な魔法使いであったのかを証明したようなものだ。
「この書斎の本を詳細に分析すれば、魔道具作りの技術進歩に繋がるかもしれないと?」
「その可能性は高いな」
よく見ると、魔法や魔道具関連の書籍が多い。
一部の本棚には、彼の研究ノートらしきものが数千冊も収められていたのだから。
「ねえ、もう一つの部屋だけど」
もう一つの部屋の様子を見に行ったルイーゼも戻って来るが、その報告は驚きの内容であった。
「向こうの部屋は、格納庫の入り口だったんだ」
ルイーゼの案内でもう一つのドアを開けると、そこにはドラゴンゴーレムが置かれた広場よりも広大な空間が広がっていた。
その部屋というよりも空間は、まるで造船所のような造りになっていて、造船用のドックが十以上も連なり、それぞれに重量物専用の魔導クレーンが複数設置されていた。
「壮大な光景だな」
船渠は半分以上が空いていたが、それでも数えると七隻の魔導飛行船で埋まっていた。
その大きさは、俺たちが王都まで乗ってきた、定期飛行をしている魔導飛行船とほぼ同じ大きさに見える。
どうやらこの施設は、魔導飛行船専用の建造、整備ドッグのようだ。
「見た目では、完成しているようですね」
「問題は、中身の巨大魔晶石が無事かどうかだな」
過去の遺産である魔導飛行船が再就役可能かどうかは、機関部に使っている魔晶石が無事かどうかにかかっている。
年数が経っているので、質の悪い魔晶石だとすでに壊れているケースが多いからだ。
現在の技術で、魔導飛行船を飛ばせる大きさの魔晶石を造ることは難しい。
過去にあった、小さい魔石を複数材料にして大きな魔晶石を造る技術がすでに失われているからだ。
滅多に手に入らない、属性竜以上の魔物から得た巨大魔石からでないと、それは造れないのだ。
二年前。
俺が倒した二匹の竜の魔石が、強制的に王国によって買い上げられた理由でもあった。
「これ以上の調査は、王国側に任せるか」
「地下遺跡の様子も、見に行かないと駄目だろう」
「あのゴーレムたち、再稼動しませんよね?」
「さあな?」
どうせ俺たちに、魔導飛行船やその専用ドックに関する知識などないので、今度は『逆さ縛り殺し』の地下遺跡に戻って調査をすることにした。
結局全地下十階であることがあらためて確認され、各フロアーは巨大な長方形の石壁で覆われた空間であり、数十箇所に防衛用のゴーレムを供給する穴が開いている。
各フロア内には、俺たちが突破後に再配備されていたゴーレムが活動を停止したまま立ち尽くしていた。
俺たちが近付いても無反応で、ブランタークさんの推論どおり、あのドラゴンゴーレムの頭部に防衛システムの大元が内蔵されていたのであろう。
「ミスリル含有の鋼で作られ、動力は頭部に人工人格の結晶と並立配置された魔晶石か」
全員で停止中のゴーレムを一体バラし、中の構造を確認した。
「でも、このくらいの造りなら今でも」
「問題は、人工人格の性能だな」
人工人格は、見た目は透明な水晶の結晶に似ている。
この中に、特殊な魔術言語を特殊な魔法で記録させるのだそうだ。
当然、魔術言語を理解していないとそれは不可能だ。
理解していても、『記録』が使えないと結晶に記録できないし、その前に人工人格の結晶が作れないと意味がない。
現在では作れる人が非常に少ないのだ。
特に難しいのは魔術言語だそうで、前世で言うところのコンピュータ言語に似ているのだが、その手の分野が苦手な俺にはサッパリ理解不能であった。
文字ではなく、数万種類にも及ぶ模様のようなものがビッシリと書かれている本を見たことあるが、基本的な法則とか以前に、魔術言語自体を見ているだけで頭が沸騰しそうになるのだ。
師匠ですら、『全然わからないよね? 私もこういうのは全然駄目でね』と笑っていたくらいなのだから。
それにどうせ理解できたとしても、今の魔道具職人の技術力だと、ここにあるゴーレムのような動きはできない。
今のゴーレムが、戦争で突撃させるか、拠点防衛くらいにしか使えない理由は、そこにもあったのだ。
「しかし、イシュルバーグ伯爵もなにを全力で守りたかったのか……」
「この地下遺跡全部でしょうね」
使っているミスリルとオリハルコンの材料費だけでも目の玉が飛び出るほどコストがかかったドラゴンゴーレム二体に、合計で万を超える兵士型と騎馬騎士型のゴーレム。
さらなる調査で、地下十階部分に隣接している、ゴーレムを修理して補給する無人工房まで設置されているのを確認している。
そこでは、損傷したゴーレムを運搬専用ゴーレムがベルトコンベアーの端に載せ。
コンベアーを移動中に、上半身だけの修理用ゴーレムが効率よく修理を行う。
修理が終わったゴーレムは、自力で移動用の専用通路から侵入者がいる階層へと向かう仕組みになっていた。
「オーバーテクノロジーの極みだな。久々の大発見でもある」
そして、これらの設備すべてを動かすための魔力を供給する、巨大な魔晶石の存在も確認された。
その大きさは、前に倒した骨古代竜の魔石を遙かに超えていた。
あれだけ派手にブレスを吐き続けたのに、その巨大魔晶石はいまだに赤く輝き続けていたのだから。
多分、相当気合を入れて魔力を補填していたのであろう。
「イシュルバーグ伯爵は、全財産と全研究成果をこの地下遺跡に隠したと?」
「うあぁ、偏屈な人だなぁ」
家族が、信用できなかったのか?
その家族すら、実はいなかったのか?
真相は不明だが、案外天才とはそんなものかもしれなかった。
孤高の天才というやつかもしれない。
「粗方の調査は終えたんだがな。坊主は、これからどうする?」
「どうすると言われても……」
安全に地下遺跡のすべてに入れるようになったし、お宝の大半が、魔導飛行船やら、ミスリルとオリハルコンを大量に使用した巨大な魔晶石で動いているドラゴンゴーレムというのもまずい。
残されていた文献なども、場合によっては国家機密になってしまう可能性もあり、俺たちはここで調査を止めることにした。
すでに、この遺跡にある全ての物の権利は俺達に確定しているわけで、あとはプロの査定が必要になっていたのだ。
「俺が一足先に王都に戻って、王城から調査団を送るように言いに行く。坊主たちは、見張りでもしながら待っていろ」
「はあ……」
結局、俺たちの冒険者初仕事は、もう少しで死ぬ所であった上に、ワクワクするような金銀財宝なども得られなかった。
それよりも高額なお宝を見つけてはいたのだが、これを唯一換金可能なのは、この依頼を寄越した王国というのも性質が悪い。
それと、この地下遺跡の出口であったが、呆気ないほど簡単に見つかった。
あの魔導飛行船専用ドックの屋根には開放装置があり、レバーを入れると天井部分が開いて日の光が差し込んだのだから。
魔導飛行船のドッグが地下深くにあっても仕方がないので、当たり前と言えば当たり前なんだけど。
地下遺跡の場所も、最初の遺跡より王都側に位置する台形状の巨大な岩山の中というオチで。
正直、今までよく発見されなかったと思う。
パルケニア草原内にあり、この二年半は草原内の開発に忙しかったからか。
普通に考えて、こんな岩山の中とその地下に巨大な地下遺跡があるとは誰も思わなかったのであろう。
「ヴェンデリン様、夕食の支度ができましたよ」
「美味しそうな匂いだな。腹減ったし、飯にしようぜ」
「頂いた材料で、味噌煮込みを作りました」
すでに、この地下遺跡に脅威など存在していなかったので、エリーゼは一人居住エリアに残って食事の支度をしていた。
さすがに、ハンバーガーモドキとスポーツドリンクモドキ水だけの食事はしばらく勘弁してほしいと思っていたので、みんな喜んでいる。
料理は、エル以外はある程度できるのだけど、やはり一番腕がいいのはエリーゼであり、彼女が料理担当になることが多かった。
「俺も、飯食ってから外に出るわ」
「落ち着いて食える飯の、素晴らしさよ」
「ヴェルは、食事に拘るのよね。確かに、毎食肉挟みパンだと飽きるのは確かね」
「エリーゼ、次はボクとイーナちゃんで作るから」
「そうね、エリーゼに任せきりなのも悪いし」
その後、ブランタークさんが王城と冒険者ギルドに地下遺跡攻略の報告に向かい、その間俺たちは過酷な初仕事で疲れた体を休養で癒すのであった。
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