第99話 地下遺跡の戦利品(前編)

「あーーーあ、ヴェルは重たいよなぁ」


「エルの場合、ヴェルが男性だから重いんでしょう? だいたい家臣なんだから、ちゃんと運ばないと駄目よ」


「わかってますよ。ふと思ったんだが、エリーゼなら背負い甲斐もあるというものだ」


「……ヴェルに言いつけちゃうぞ。ボクなんてか弱い乙女なのに、頑張ってエリーゼを背負って……おおっ、背中に感じる柔らかい感触は……」


「……誰が乙女だって?」


「ここにいるじゃん! 乙女が!」



 ブランタークさん、エリーゼ、ヴェルと。

 三人の魔法使いが全員、すべての魔力を消耗して意識を失っており、俺たちは頭部を破壊されたドラゴンゴーレムの後ろにある扉まで彼らを背負って移動しているが、男を背負うと余計に重たく感じるぜ。

 エリーゼが使用した『奇跡の光』によって魔力をある程度回復させたヴェルは、そのすべてを無属性魔法としてドラゴンゴーレムに叩きつけた。

 もうあとがないヴェルの一撃は、ドラゴンゴーレムが口から吐く無属性のブレスを見事に押し返し、逆にその口腔内を蹂躙し、大爆発を起こす。

 その結果、ドラゴンゴーレムの頭部は大爆発の後に完全に吹き飛ぶこととなった。

 ドラゴンゴーレムの頭部には、高度で上位の人工人格が搭載されているって、イーナが言っているな。

 俺にはよくわからんが、頭部を失ったドラゴンゴーレムは動きを止め、続けて俺たちが階段前で防いでいたゴーレムたちも一斉に停止してしまった。

 どうやらドラゴンゴーレムが、この地下遺跡の防衛装置のボスってことだったようだ。

 なにはともわれ、まだ動ける三人で意識を失っている三人を背負って逃げる羽目にならないで助かった。

 正直なところ、この五日間か六日間……でいいんだよな?……で俺たちは疲労の極地にあったのだから。


「地下遺跡の探索は、ヴェルたちが目を醒ましてからだな」


「ブランタークさんもまだ寝ていて、私たちだとよくわからないってのもあるわ」


 その前に、ちゃんと休める場所を確保しないといけないな。

 地上への出口も探さないと。

 大量のゴーレムたちが停止してくれて助かった。

 罠に注意しながらさらに先にある扉を開けると、そこには直前まで人が住んでいたかのような居住空間が広がっていた。


「大昔の地下遺跡の部屋なのに、どうしてこんなに綺麗なんだろう?」


 ルイーゼは、埃一つない書斎やリビング、キッチン、バスルームなどに驚いていた。

 古代魔法文明時代の遺跡では、そんなに珍しい現象ってわけではないらしいけど。

 ブランタークさんに教わったんだけど、地下遺跡の最深部にある重要区画はロストマジック扱いになっている『状態保存』の魔法がかけられているからだそうだ。

 この魔法が効いていると、数千年前のものでもまるで劣化しないらしい。

 実は『状態保存』はヴェルの師匠が自分の屋敷にも施していたので、正確には『数千年も効果が継続する状態保存』がロストマジックなんだそうだ。

 ヴェルや師匠では数十年が限界で、ヴェルはその時間を伸ばそうと魔法を研究しているそうだけど。


「とにかく、三人を寝かせないと」


「そうだな」


 見つかった居住空間にある寝室にはベッドが四つ置かれていたので、その一つにイーナが背負っていたブランタークさんを。

 もう一つに、俺が背負っていたヴェルを寝かせる。


「うーーーん、今回の功労者だからなぁ」


 続けて、エリーゼを背負っていたルイーゼであったが。

 彼女は少し悩んでから、エリーゼをヴェルの隣に寝かせた。

 婚約者同士だから別にいいと思うんだが、そこは複雑な乙女心ってやつかね?


「優しいじゃないか」


「少々の嫉妬はあっても、エリーゼの『奇跡の光』のおかげでみんな生き残れたわけだし、背負っていた時に背中の感じた、あの大きな柔らかさへ敬意を表してだよ」


「それも大切なんだな……」


 ちょっと羨ましいと感じるのと同時に、ルイーゼはおっさん臭いと感じてしまった。

 確かに、エリーゼがいなければパーティは全滅していただろうな。

 あそこでヴェルだけが犠牲になって俺たちを一時的に生き延びさせても、後の展開にまるで希望が持てなかったからだ。


「『奇跡の光』か。もの凄い魔法なんだよな?」


「当たり前でしょう。その教会に一人使える人がいれば、信徒たちから拝まれるレベルの魔法なのよ」


 どんな重傷者でも一発で全快させるので、それは使えれば信徒たちに頼りにされて当然か。

 というか、イーナはよく知っていたな。


「教会も宣伝に使うから、昔の本によく書かれているもの」


「なるほどな」

 

 イーナによると、馬車に轢かれて瀕死の重傷を負った子供を、母親が抱き抱えながら教会に駆け込む。

 泣きながら、子供を助けて欲しいと神官に願う母親。

 するとそこに、『奇跡の光』の使い手である別の神官が登場。

 素早く子供を治療し、子供は元気に走り回る。

 教会発行の聖人列伝にも記載されている、現実でもたまにある奇跡の光景というやつだ。

 目に見える奇跡なので、信徒たちにも人気の物語だそうだ。

 必ず子供や老人が治療対象で、神官が全員美男美女なのはお約束だとイーナが教えてくれた。

 その方が人気が出るのも現実で、ただエリーゼの場合、色々と装飾しなくても列伝に記録を残せそうだよな。


「へえ、そうなんだ。でも変だね」


「ルイーゼ、なにが変なのかしら?」


「『奇跡の光』って、キスをしないと効果がないの? ボク、そんな魔法聞いたことないけど」


「そう言われると確かにそうね……」


 キスをしないと発動しないとなると、上の奇跡の構図がおかしなことになるな。

 もし『奇跡の光』を使える魔法使いが、子供や老人にキスをしながら魔法を使う……教会でも禁忌となっている、同性愛的な組み合わせになる可能性が半々になってしまう。

 これでは、聖人列伝への掲載は難しい……そもそもキスしないと発動しない魔法なんて、俺も聞いたことなかった。


「あーーーっ! どさくさに紛れて!」


「キスしないと発動しない魔法なんて、そんなのあるわけないじゃない!」


 ルイーゼばかりでなく、珍しくイーナも大声を上げて怒っているな。

 どうやらエリーゼはあの危機的な状況を利用し、ちゃっかりとヴェルにキスをして自分の願望を叶えつつ、ヴェルの気を魅いたわけか。  

 それに加えて、気絶することを厭わずに残存魔力をすべて使っての献身的な魔力回復かぁ。

 そこまでやられて、落ちない男などいないのではないかと。

 少なくとも俺は、ヴェルがもの凄く羨ましいと感じていた。

 エリーゼが、本物の天使に見えるような光景であったからだ。


「(エリーゼって、実はもの凄く自分の女の魅力を理解しているよな……)」


 逆にいえば、もうヴェルはエリーゼから逃げられないような気もする。

 ヴェルも基本的にはエリーゼが好きなので、本人はなんの疑問も不満も抱かないだろうけど。


「(ホーエンハイム枢機卿、あんたの孫娘教育は間違ってないんだな……)」


 エリーゼの魅力にどっぷりと浸かり、そこから抜け出すつもりもない、半ば尻に敷かれつつあるヴェルという親友兼主君。

 可哀想に、俺とはもう住む世界が違うようだ。


「(今度、ブランタークさんが楽しい大人のお店に連れて行ってくれるそうだし。ヴェルは勿論不参加で)」 

    

 そう考えると、あとの始末も楽しくできるというものだ。

 だがその前に、今は交代で睡眠をとる必要があった。

 ここまで疲れていると、のちの仕事に大きな支障をきたしそうだからだ。


「それでだ。まずは、誰が起きて見張りをするかを決め……って! おい!」


 俺が考え事をしている間に、エリーゼの行動に怒っていたイーナは、自分もちゃっかりとエリーゼの反対側の位置でスヤスヤと寝息を立てていた。

 大の字でベットに眠るヴェルと、その左右の腕を枕にして眠るエリーゼとイーナ。

 少し前に本屋で立ち読みした……そこしか読んでないけどな!……サーガの主人公と同じことをしていて羨ましいじゃないか。

 そういえば、あの主人公も両手に華で楽しそうに見えて、大変に羨ましく思ったのを思い出した。

 他のシーンは退屈なので読んでないけど。 


「羨ましいとは思うが、とにかく今のヴェルには魔力を早く回復してもらわないとな。それでルイーゼ?」


「ボクは、今は寝ないよ」


「偉いな、嫉妬しないのか」


 ヴェルの左右のポジションを二人に取られて怒っているのかと思えば、意外にもルイーゼは冷静そのものであった。

 寝ている四人が起きるまでは、俺と一緒に見張りに参加してくれるそうだ。

 こんな状況だから、俺は一人で見張りをする覚悟をしていた。

 すでにドラゴンゴーレムは破壊され、ゴーレムは一体残らず停止し、この居住エリアは綺麗なままで過去に踏み荒らされた様子もない。

 見張りは念のためであり、別に俺一人でも構わなかったのだから。


「元々、ヴェルを独占なんて無理だしね。ここはエリーゼのように健気に見張りをこなし、あとでヴェルの隣で寝ることにしよう」


「そういうことか、まあいけどな」


 それから半日ほど。

 俺は、最初にブランタークさんが起きるまで、暇潰しと眠気醒ましを兼ねてルイーゼと話をしながら見張りを続けていた。


「おい、どうなった?」


 早速目を醒ましたブランタークさんが、自分が気絶したあとのことを尋ねてくる。

 俺はルイーゼと共に、詳しく状況を説明した。


「最終的には、ヴェルがドラゴンゴーレムの頭部を魔法で吹き飛ばしました」


「ゴーレムたちは?」


「ドラゴンゴーレムの停止と同時に、すべてが動きを止めました」


「そうか。やはりあのドラゴンゴーレムの頭部には、リンク式の人工人格が内蔵されていたんだな」


 そのリンク式の人工人格とは、ドラゴンゴーレム自身だけでなく、ゴーレム軍を用いた地下遺跡の防衛システムのコントロールも兼ねていたらしい。

 だから、その破壊と連動してゴーレム軍団の動きも止まったのであろうと、ブランタークさんは語っていた。

 

「一番破壊が困難な場所に設置する。至極常識的であったわけだ。しかし、エリーゼの嬢ちゃんに救われたな」


 ブランタークさんは、ヴェルの腕枕でスヤスヤと眠っているエリーゼを一瞥しながら『しょうがねえな』と言った風な表情を浮かべる。

 彼の立場だと、エリーゼの正妻としての立場が強くなると困るが、エリーゼ本人がいい娘なうえに、貢献度も上なのでなにも言えないのであろう。

 特にブランタークさんは、自分もエリーゼに助けられているわけだし。

 それに、どうせブライヒレーダー辺境伯様はろくな女性を紹介できないからな。

 俺に言わせると、『もう諦めたら?』といった感じであった。


「さてと。残りの探索やら、地上に続く出入口の捜索は、全員がちゃんと睡眠を取ってからだな。お前らも早く寝ろ」


「正直、助かります」


 ずっと起きてたから、凄く眠いわ。


「ボクも、眠くて……」


 あとはブランタークさん一人でも大丈夫だと言うので、俺は空いているベッドに。

 ルイーゼは、危険なことに大の字で寝ているヴェルの足に間に入り込んですぐに寝息を立てていた。


「ちょっ! ルイーゼ!」


 その位置は、ヴェル的には非常に危険である。

 いくら左右が埋まっているとはいえ、とにかくそこは危険なんだ。

 女性にはわからないかもしれないけどな!


「坊主、大人気だな」


「ルイーゼ、その位置は危険……」


「気にするだけ無駄だ。エルの坊主には刺激が強いか。王都に戻ったらいい店に連れて行ってやるから」


「はあ……」

 

 ブランタークさんとそこまで話をしたところで、俺は突然の睡魔に襲われ、そのまま意識を失ってしまうのであった。

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