第101話 地下遺跡攻略後の後日談
「ブランターク殿。バウマイスター男爵たちは、命からがら辛うじて地下遺跡を攻略したと?」
「そういうことになりますね。ついでに言うのなら、俺も死を覚悟しましたよ」
「そうか……」
「(他になにかないのかよ?)」
新しく結成された坊主の冒険者パーティに指南役として付いて行った俺は、人生で何度目かの、死ぬかと思うほどの目に遭った。
現役時代でも未経験だった、吸収魔法陣による『逆さ縛り殺し』への強制移転。
続けて、万を超えるゴーレム軍団や二体ものドラゴンゴーレムとの死闘と。
まさか、坊主に魔力をすべて渡すため、魔力切れからくる気絶を経験するとは思わなかった。
気絶など、普通は駆け出しの魔法使いしかしないものだからだ。
現役時代にもヤバイと思った経験は何度かあったが、今回は老火竜を倒した時を超える危険度だったと思う。
それでもなんとか地下遺跡の攻略に成功したので、俺が先行して王城や冒険者ギルド本部に報告に戻ったわけだ。
別に坊主たちと一緒に戻ってもよかったんだが、今回の件は下手をすれば大きな責任問題に発展するはず。
坊主たちも、内心では相当頭にきているはずなので、少し冷却期間を置いた方がいいだろう。
若者は、激高しやすいからなぁ。
ただああ見えて、普段の坊主は王都のお偉いさんたちに表立って不満を言うようなことはしない。
元の性格が慎重なのと、いくら向こうが悪くても、口に出してしまえば問題になるのがわかっているからなんだろう。
若いのに、老成している部分があるんだよな。
ところが、今回は冒険者ギルドのトップや王国政府への不満を珍しく言った。
ここは俺が大人として、お偉いさんたちに坊主の心情を伝えるべきであろう。
向こうも悪いと思っているからこそ、こうして非公式ながら関係者たちが集まって話し合いを始めるのだから。
「(いつもの謁見の間ではないのか……。あんまり、大っぴらに話せないからな)」
そのためであろう。
今、俺は王城の謁見の間ではなく、とある防諜装備の整った会議室の中にいる。
室内にいるのは、陛下、アームストロング導師、ルックナー財務卿、ホーエンハイム枢機卿、冒険者ギルドの総帥、副総帥に最高幹部数名であった。
俺は、冒険者ギルド本部のトップとは仲が悪いんだが、連中は俺に嫌味を言う余裕もないようだ。
先に二組も優秀な合同パーティを全滅させ、危うく坊主たちすら全滅させるところだったのだから。
特に坊主は、陛下が期待をかけている存在だ。
いきなり死なせてしまえば、どんな不興を被るか。
それを考えただけで、背筋が凍る思いだと思う。
随分と大人しいが、俺からすれば、ザマぁだな。
このクソったれな連中は、俺の参加がなければ二流の剣士を一人だけ指南役につけてお茶を濁す予定であったのを、陛下に知られてしまったのだ。
しかし、どうしてそんなバカなことをしようとしたのかね?
陛下と導師に心当たりがあるように見えるが、冒険者ギルド幹部たちの話を聞くと違っていたらしい。
なぜか首を傾げていた。
「つまり、優秀な魔法使いが一人に、治癒魔法の名手である聖女に、魔闘流の名手もいたから、前の二組のパーティよりは実力が上であろうと判断したわけだ」
「冒険者ギルドとしましては、先の損害で通常の業務に支障が……」
一流の冒険者が十数名も死んだので、その穴埋めで大忙しなのだそうだ。
オドオドした表情で説明をする冒険者ギルドの総帥たちであったが、こいつらが一昔前までは、一流の冒険者であった事実を誰が信じるであろうか?
現役を退いたあと、ろくに鍛錬もしていないのでお腹が弛み、保身のために陛下の前でオロオロとした表情で説明をする。
俺が早くに、現役を退きたいと願う理由の一つでもあった。
俺は冒険者ギルドの幹部なんてゴメンだね。
こういう連中を、老害と言うのだ。
「それはあんたらのミスだし、なんとかするしかないよな。まあその件はいいさ。それよりも、俺が強引について行かなかったら、バウマイスター男爵たちも死んでいたぜ。なぜ最初、俺の同行を止めようとしたんだ? うちのお館様の要請なのに一回却下したよな? そのあと俺が強引にねじ込んでなんとかなったが」
こんな事実、坊主たちには言えねえな。
「その件に関しましては、陛下とブライヒレーダー辺境伯様に対し、お詫びのしようもなく……」
「勿論、ブランターク殿へも」
ペコペコと頭を下げる冒険者ギルドの幹部たちであったが、本心では俺に頭を下げるなんて、屈辱以外の何物でもないと思っているはず。
心なしか、顔が少し赤いような気がする。
敵対していた俺に謝らないといけないから、心の中ではキレているのかもな。
「冒険者ギルドの見解は、単純な必要戦力の算定ミスだと言いたいわけだ」
「はい」
「そうであるか」
陛下はいまだに首を傾げているが、なにか他の情報でも得ているのであろうか?
同じく、アームストロング導師とルックナー財務卿も、不思議そうな表情を浮かべていた。
「しかしながら、冒険者ギルドのみならず我らにも責任が……」
続けて、アームストロング導師が発言をする。
「某もついて行けば……。この二年半で、バウマイスター男爵もルイーゼ嬢も強くなった。それゆえ、大丈夫だと思ったのです」
「それを言うと、余にも責任があるがの。アームストロングだけの意見を聞いて、ブランタークだけで十分だと判断した」
全員に責任があるので、あまり個人を特定して追及するのはどうかという空気が流れつつあった。
かく言う俺にも、追加で助っ人を頼まなかった責任がある。
坊主の魔法使いとしての力量から、冒険者としての実力を過大評価してしまったのであろう。
そしてそのミスのせいで、俺自身も死にかけたわけだ。
「ところで、ウェルナー総帥」
「はい、なんでしょうか?」
ここでようやく、ルックナー財務卿がギルドマスターに質問を開始した。
なにか、聞きたいことがあるようだ。
「指南役の人選、とある会計監査長が絡んではおるまいな?」
「いえ。冒険者ギルドの運営で、そのような口出しを認めるわけには……」
ルックナー財務卿にしては、珍しくストレートに質問をしているようだ。
この会議室にいる関係者も少なく、防諜も完璧だからであろう。
しかし驚いた。
ここで、ルックナー財務卿と不仲の弟の話が出てくるとは。
あの男の評判はあまりよろしくない。
兄であるルックナー財務卿との不仲も有名で、兄とその派閥への攻撃のために、坊主への指南役をわざと手薄にしようとしたという疑惑があるらしい。
だが、さすがにそれは陰謀論であろう。
なぜなら、基本的に冒険者ギルドは、貴族や王国からの干渉をえらく嫌うからだ。
すでに冒険者を引退した俺が指南役になるのに、こいつらはえらく反発した。
俺が、陛下とお館様の意向を受けていたからだ。
ところが本人たちを目の前にすると、その件で文句を言うでもなく、大人しいものであった。
さすがに会計監査長の役付きとはいえ、男爵程度の圧力に屈するほど連中も軟弱ではないはずだ。
「嘘はないと信じるが、嘘なら陛下も許さぬと仰せである」
「神に誓って」
基本的に、ウェルナー総帥は小心者だ。
陛下相手に、嘘をつくはずがない。
それと、冒険者が小心者でもなんの問題もなかった。
小心は慎重に繋がり、それは冒険者として得難き資質でもあるからだ。
現役を引退すると途端に情けなく見えてしまうのだが、それは仕方のないことだ。
「あの男、ギャンブルが下手だな」
「ギャンブルが下手?」
俺が思わず口に出した疑問に、ルックナー財務卿が言葉を返す。
「あの男は、ワシを財務卿の地位から追い落として自分が後釜に座りたいわけだ。なのに決して無茶をしない」
自分の会計監査長の椅子を守りつつ、余ったものを使ってセコいギャンブルを続けている。
今の体制で、彼が兄を追い落として財務卿の椅子に座れる可能性は低い。
ならば、時には大きな悪行に身を染めても賭けに出るべきであろうと。
だが、それができないからギャンブルが下手なのだと、ルックナー財務卿は語った。
「あの男、ワシよりも優秀だと自認しておるのにな」
「さすがにそれはないかと……」
「兄弟だからわかるが、それほど能力に差はなかろう。ただワシが兄として先に生まれただけだが、兄弟の順番は自分で決めたわけではない。まさしく神の思し召しだからな。そして、それを逆にするということは神に逆らうようなもの。大きく動かねば、事を成せぬに決まっているではないか」
「確かに……」
「あいつも、それは自覚しているはずだが……」
自覚しているからこそ、すでに地位が能力を作ってしまっている兄を蹴落とすなど不可能に近いと気がついている。
それでも、ポーズとしては兄と敵対して財務卿の椅子に未練を見せる。
俺からすると、不可解な男でもあった。
安全な場所から、さも自分は賢いとばかりに小細工を繰り返している。
いつか、予想外のしっぺ返しを食らうのではないかと思ってしまうのだ。
「プライドが高いから、『やっぱり無理です』とは言えないのであろう。財務卿の椅子が目標ではなく、財務卿の椅子を目指していると周囲にポースを見せるのが目的になっておる」
「それで、派閥を維持していると?」
「貴族にはよくある話だ。敵がいるとよく派閥が纏まる」
それで派閥を維持できれば、なんの問題もないのであろう。
だが本人は、まだ心のどこかで財務卿の椅子を狙えると思っているはず。
そう思うことで、やる気を保つタイプなのかもしれないな。
「あの男のセコいギャンブルで、犠牲になる男もいるのだが……。まあ、それは後にしよう。ところで……」
問題はあるが、とりあえずバウマイスター男爵は生き残った。
そうなると、次の問題が発生する。
「ブランタークよ。その地下遺跡にあったものの概要に間違いはないのか?」
「はい、間違いありません」
実際に自分も見て回ったので、間違いは無い。
魔導飛行船専用のドックに、魔道具工房に、魔道具関連の研究資料など。
専門家に見てもらわないと正確な評価を出せないものも多いので、俺が先行して報告しているという理由もあったのだ。
「大発見だな」
確かに、ルックナー財務卿の言うとおりだ。
普通の冒険者なら、引退するまで活動してもあのドラゴンゴーレムの足一本分も稼げない。
そんな厳しい世界で、デビューしたての坊主たちがとてつもない成果を挙げた。
優秀な魔法使いであることを差し引いても、あの坊主には、なにか人とは違う運がついているのかもしれない。
坊主自身がよく、悪運だと言っているものだ。
「(その悪運とやらに、俺もよく巻き込まれるものだがな……)」
「しかし困った……」
同時に、困る部分もあった。
少し考えれば、王国の財政に詳しくない俺にでもわかる事実だ。
それだけの成果を査定した後に、その評価額を坊主たちに支払わなければいけないのだ。
王家は、大陸一の資産家である。
その資産額は、東、西、南部を任されている辺境伯が謀反を起す気すら思わせないレベルであり、唯一対抗可能な隣国アーカート神聖帝国の皇家ですら及ばない。
あの国は、皇家の他に選帝侯に指定されている公爵家が七つもあり、次期皇帝を決める時にはそこからも候補者が出て、貴族や大商人が主体となっている貴族会議の投票が行われる。
王家ほど、強固な中央集権国家ではないのだ。
つまりなにを言いたいのかというと、その王家でも今回の成果にちゃんと報酬が払えるのかという点にある。
払えなくもないし、買い取った成果を王家が有効に活用すれば払った金は確実に取り戻せるであろう。
いや、もっと資産が増えるかもしれない。
だが、決済用の白金貨が大量に坊主の魔法の袋に入るのは、王国の経済上よろしくないとルックナー財務卿は考えているようだ。
一時的にでも、王家が所持する現金資産が一気に減るのを容認できないのであろう。
「では、王権で取り上げますか?」
「さすがにそれはできない」
その時点で、あの坊主は王国に未練などなくすであろう。
元々、無一文で荒野に放置しても生活可能な力を持つ人間で、それを逆に楽しみそうなくらい、あの坊主は逞しい根性をしている。
でなければ、十二歳になるまであの家で育って、あそこまで達観しているはずがないのだから。
以前、エーリッヒ殿から大まかな坊主の実家生活を聞いて、俺は驚きを隠せなかったのだ。
もし俺が坊主の立場なら、今の坊主みたいに育つ自信がなかった。
必ず人格に問題が出ていたはずだ。
坊主の鷹揚さは、限界がくれば王国など鼻糞のように見捨てて、明日から新天地でなに食わぬ顔でその生活を楽しめであろう心の強さからきている。
さすがにそのくらいは、陛下もルックナー財務卿も重々承知なのであろう。
そしてその新天地とは、間違いなく隣国アーカート神聖帝国になるはずだ。
向こうも、優秀な魔法使いなら喜んで受け入れるであろうし、仮想敵国の戦力ダウンで笑いが止まらないはず。
坊主を、丁重に受け入れるだろうな。
「まずは、専門家を派遣して評価額の算定ですか」
「防衛も必要でしょう」
魔導飛行船の建造、整備ドックに、七隻の使えそうな魔導飛行船にと。
さらにその場所が、予想以上に王都から近かった。
これまでよく見つからなかったものだ。
整備すれば、平時は空軍の重要拠点になり、王都に危機が迫った時には、臨時の王宮や政府すら移転可能であった。
他にも、あの大量のゴーレム軍団に、その無人修理工房もある。
ドラゴンゴーレムの現物もあるし、あのイシュルバーグ伯爵の研究資料や、工房には彼の試作品などもあるのだ。
持ち出しを謀る輩が出ると困るので、早急に警備を強化する必要があった。
「台形岩山とその地下に、あれだけの軍事拠点があったとはな。とんだ盲点であったか」
「陛下、どうせグレードグランドが倒せなんだら、気がつくこともなかったのです。気にする必要はありませんな」
「これからどう活用するかだな。確実にバウマイスター男爵から買い取る必要があります」
はたして、どれだけの評価額になるのか俺にも見当がつかないほどだ。
「(まさか、引退後に冒険者としての夢だと思うレベルのお宝に遭遇するとは……)」
逆に凄すぎて、こうして面倒なことになってしまってもいるんだが。
「それで、ぼう……じゃなかった。バウマイスター男爵様たちへの報酬なんですけど……」
「うーーーん、困った……」
正当な報酬を支払わないわけにはいかないが、その影響を考えると……いうことらしい。
しばらく唸った後に、ルックナー財務卿はウェルナー総帥に視線を送る。
その視線で、ウェルナー総帥は再び冷や汗をかいていた。
冒険者ギルドは王国や貴族からの干渉を嫌うが、ここはホームではないので、ウェルナー総帥もタジタジなのであろう。
曲がりなりにも、現役時代は高名な冒険者だったのに、その臆病ぶりに溜息が出る。
現場では、『王族や貴族がなんだってんだ! クソ食らえ!』みたいな連中も多いのだが、現場から管理職になるとこうなる人は多い。
年を取って社会の現実に気がついたとも言えるのだが、現場の連中からすれば必要以上に貴族たちに媚びているようにも見え、それが上層部不支持へと繋がっていく。
難しい問題だな。
「バウマイスター男爵に渡す報酬の算定は、しばらく時間がかかる。それが確定してからのことなのだが……」
ルックナー財務卿は、ウェルナー総帥との相談に入る。
冒険者ギルドのトップには、総帥などと言う大仰しい名称が付いている。
まだ小規模で、海千山千のアウトローたちの溜まり場であった頃の名残りなのだ。
今はこの体たらくであったが、それでもどうにか王国や貴族たちの機嫌を損ねないよう、冒険者ギルドの独立性を保とうと努力はしている。
それが感じられないと、下から『辞めちまえ!』と突き上げを食うけどな。
上層部に関わらない俺は現場の連中とは悪くなく関係だったが、それを見たウェルナー総帥たちは俺に幹部の地位を奪われると思い、追い出し工作に必死だった。
こんな組織で上と下に板挟みになるくらいなら、まだお抱えの方がマシだと考え、ブライヒレーダー辺境伯家のお抱えになった事情もあるのだけど。
「ギルドは、冒険者が得た利益の二割を徴収するのが決まりであったと思うが……」
そんなことを、ルックナー財務卿がいちいち確認すること自体がおかしい。
そのくらい、子供でも知っているからだ。
冒険者ギルドは、その二割の上納金で運営されている。
財政状況は悪くない。
他のギルドに比べると、冒険者ギルドには自己責任の観念が強く、初心者への支援以外ではそれほど費用がかからないからだ。
殉職した人間にだって雀の涙ほどの見舞金を渡すくらいで、あの見舞い金では、葬儀代の一部くらいにしかならないのだから。
「上納金については、個別に相談したいものだな」
ルックナー財務卿は相談とは言っているが、事実上の命令とも言える。
『ろくにバウマイスター男爵たちを支援していないのに、高額になるであろう上納金をお前らがタダ取り? 勿論遠慮するよな?』といった趣旨の提案をしたいのであろう。
「特別な案件なので、条件によっては……」
ここで王国側から、冒険者ギルド責任論でも垂れ流されると困ったのであろう。
ウェルナー総帥は、すぐにその条件を呑んでしまった。
こういう部分が小役人的だと批判の原因となり、現場から嫌われる要因なのだ。
「さすがにゼロだと、冒険者ギルド側も厳しいはず。固定の額を、王宮からワシが責任を持って支払う」
いくらなのかは知らないが、これでほぼ上納金の分は坊主たちへの支払いが減額できるわけだ。
これで坊主たちの手取りが減るわけでもないので、文句など出ようはずもない。
弟と才能に差がないとは言うが、そんなはずがないと思えるこの男の恐ろしさでもあった。
冒険者ギルド側の責任を追求しない代わりに、金は渡さない。
王国政府だからできる、無茶ぶりとも言えたのだが。
「冒険者ギルド側が受け入れてくれてよかった」
この言葉で、この席における冒険者ギルド関係者たちの必要性はなくなったのであろう。
ルックナー財務卿に促され、連中は席を立って部屋の外に出て行く。
責任が消えて喜んでいるのか?
それとも、莫大な額の上納金がなくなって落ち込んでいるのか?
俺には、彼らの詳しい心の内を知ることはできないし、興味もないんだな、これが。
だが安心して欲しい。
そんなクソったれな椅子、俺は死んでもゴメンだ。
「さて、これで本音を聞けるか。ブランタークよ」
冒険者ギルド関係者たちが部屋を出ると、すぐさま陛下が俺に声をかけてくる。
本音とは、多分坊主が今回の件をどう思っているかであろう。
「『本気で死に掛けた。この王国強制依頼を出した奴と、容認してブランタークさん以外に応援を寄越さなかった冒険者ギルドの責任者は覚えてろ!』だそうです」
「だそうだ、アームストロング」
「反論できませんな。某でも、同じことを言ったはずですからな」
誰でも、あの立場ならそのくらいは言うであろう。
俺なら、もっとキツイことを言うかもしれない。
「ところで、その王国から強制依頼を出した責任者とは?」
「余以外におると思うか?」
いるとは思わない。
他の誰が出しても、陛下が許可を出せば陛下自身が責任者となるからだ。
「余とて、万能の神ではないのだ。アームストロングが万端に仕上がったと言うから、大丈夫だと余が勝手に判断して許可を出した。陰謀論など存在せぬよ」
「まさか、あれほどの防衛戦力があるとは……」
この世の歴史的な事件の真相など、案外こんなものかもしれない。
後世では、坊主を消すために黒幕が動いたと歴史書に書く学者も多いだろう。
その黒幕候補も色々と出てきて、さぞや楽しい本になるだろうな。
「あの某会計監査長は?」
「あの男は、自分では危険な橋を渡らんよ。バウマイスター男爵の死の可能性に喜び、自分の派閥と、彼の死で利益になると思った貴族たちが騒ぎ、実家の長男にぬか喜びをさせているだけだ」
坊主が生きていたばかりでなく、またも多大な功績を挙げた事実を知れば、彼らはすぐに解散だ。
もしかしたら、恥も外聞もなく坊主に『地下遺跡攻略おめでとうごさいます』とあいさつに行き、そのお零れを要求するくらいしそうだ。
もし嘘の情報を流したと批判されても、あくまでもその可能性はかなり高いと言っただけと言い放ち、証拠となる手紙も記述をボカしているのであろう。
それでも責められたら、『確実にそうだとは書いていない』などと言って自分は逃げる。
ぬか喜びする長男が、いい面の皮とも言える。
「なるべく少ない投資でワシの庭を荒らす。この才能にかけては、あの男は天才じゃよ」
ルックナー財務卿によると、実家の長男に苦労して手紙を送ったそうだ。
時間短縮のために魔導飛行船を使い、さらにブライヒブルクからリーグ大山脈を冒険者単独で歩いて越えさせているとか。
一ヵ月半もかけて短縮というのもおかしな話だが、あの領地ならば情報伝達速度は速い方だと言える。
「この時点でまた手紙は届いていないはずだ。そしてバウマイスター男爵は生きている」
そのタイムラグで、なにかおかしなことにならなければいいんだが……。
「バウマイスター男爵本人が生きている以上、バウマイスター男爵家の爵位や遺産など請求しても、彼の兄はいい面の皮だと思うがの」
「確かに……」
おかしなことをしないでほしいと、ただ神に祈るしかない。
うちのお館様の、精神状態の安寧のためにも。
ただ、うちのお館様もあの長男はあまり好きではないらしく、もしかしたら破滅してほしいと願っている節もあるんだよなぁ……。
「報酬額の算定で時間がかかるので、バウマイスター男爵たちは送り出した警備隊や調査団と交代で戻るように伝えてほしい」
「わかりました」
また地下遺跡にトンボ帰りであったが、別に不満などない。
あの悪運が強い坊主と関わってしまった以上は、これも運命なのであろう。
だが、この直後に俺にはある不幸が襲うのだ。
「報酬は分割払いにするしかないの。完全に払い終えるまでは、遺跡の所有権をバウマイスター男爵たちのままにして、使用料名目で少々の色をつけて……」
支払う報酬の計算で唸っているルックナー財務卿であったが、いきなり俺に顔を向けて話を始める。
「ところでブランタークよ。そなたは大損だな」
「大損?」
最初、ルックナー財務卿がなに言っているのかわからなかったが、すぐに恐ろしい事実を思い出す。
それは、冒険者ギルドの規定にある指南役への報酬という項目であった。
「指南役は、行動を共にする新人冒険者パーティの報酬分割に参加しない。ギルド本部から規定の報酬を貰う。あの地下遺跡の報酬は、ブランタークを除く五人で分割だな」
「そうだった……」
実はこの規定、新人冒険者と指南役双方への優遇処置でもあった。
新人パーティがデビュー戦で得られる報酬など高が知れているし、それを指南役も加えて分割となると厳しい現実がある。
そこで、指南役の報酬は冒険者ギルドが規定に基づいて出すことになっていたのだ。
「詳しい規定はワシも知らんが」
「一日、銀板一枚です」
一日一千セントを、新人冒険者が稼ぐのは難しい。
だが、優秀なベテランならそう難しくもない。
新人への指導はある種のボランティアではあるが、報酬を無料にするのは可哀想なので、ある程度の報酬はギルドが出す。
そういう仕組みになっていたのだ。
なお、ベテラン冒険者は新人への指南役を最低でも三回。
合計で一週間以上こなす義務があった。
「俺は現役時代に、義務はすべて履行しているんですけどね……」
ヒヨっ子だらけのパーティで、当時えらく苦労したのを思い出す。
当然パーティメンバーに魔法使いなどいないので、適当に近くにある魔物の領域で戦わせただけなのに、簡単に怪我をしてしまったり、迷いそうになったりと。
坊主たちのようなパーティなど、そう滅多にいるものではないのだ。
「となると、冒険者ギルドが色をつけてくれるものなのか?」
「まずないですね、それは」
ルックナー財務卿も人が悪い。
坊主たちの手取りを減らさないよう、責任論をチラつかせて、冒険者ギルドに収める上納金を辞退させたくせに。
この上、俺への報酬の積み増しなど、あのケチ共がするわけないじゃないか。
「ブランタークに七千セントの報酬は少なすぎだな。予備費から少し出そう」
一日一千セントで一週間拘束と考えると、俺への報酬は間違ってはいない。
間違ってはいないのだが、あの苦労を思うと溜息が出てくる額だ。
「余も、残っている年金からある程度は出そう。責任があるからの」
「はい、大変にありがたく……」
やはり、あの坊主にはおかしな悪運がついているらしい。
本来、陛下が自由に使える年金(小遣い)を、俺への報酬の一部として出させてしまうなんて。
この集まりの性質上、一部の金の出所は誤魔化されるのであろうが、知ってしまった俺の胃は痛い。
「ブランタークよ、あまり若者に余計な負担はかけさせぬ方がいいと余は思うのだが、どうかの?」
「陛下の仰るとおりで」
さらに、坊主たちにはこの話し合いで決まった事実を教えない方がいいと、釘まで刺されてしまった。
「(本当に不幸なのは、間違いなく俺だな)」
なにしろ、陛下からの提案を断るなんてことはできないのだから。
お館様には報告するにしても、そんなことは陛下は重々承知であろうし、お館様とて不用意に誰かに漏らすはずがない。
これにて、秘密の共有がなされたわけだ。
できたらこんなおっさん共ではなく、美女と秘密を持ちたいものだが。
「(わかるか、坊主? お前は、こんな魔窟でこんな大人たちと死ぬまでつき合うんだぞ)」
とはいえ、あの坊主のことだ。
いくら大金を貰っても、また使い道がないと言って魔法の袋に仕舞ってしまうのであろうが。
「では、後でブランタークも含めて公式に呼ぶのでな」
「わかりました」
こうして、無駄にストレスばかり溜まる秘密の会合は終了する。
後日、秘密の取り決めどおり俺に追加の報酬が出た。
坊主たちの取り分に比べれば少ないが、世間一般では大金に属する金額だ。
ただこの報酬が、国家予算の予備費と陛下の個人的な年金から出ていると考えると、心が萎えてくる。
柄でもないと言われそうだが、同じお金のはずなのに、これを女遊びなどに使ってはいけないような気がしてくるのだ。
加えて、冒険者ギルドからの報酬であったが……。
「決まりどおり、一週間拘束で七千セント。死ね!」
やはり、あの連中は小役人であった。
多額の上納金を逃したとはいえ、あまりに杓子定規すぎて乾いた笑いしか浮かばない。
というか、あいつら死ねばいいのに。
ただ連中が死んでも、俺は冒険者ギルドの幹部になるつもりなど、これっぽっちもないことだけは宣言はしておく。
最後にもう一つ。
あの会合に顔を出しているのに、一言も発しなかったホーエンハイム枢機卿のことだ。
会合中、まるで能面のような表情で一言も言葉を発せず。
陛下たちに受け答えをしているウェルナー総帥について来た、副総帥以下の幹部連中が顔を青ざめさせてご機嫌を取っていた。
ホーエンハム枢機卿を怒らせると、神官冒険者たちの強制引き上げや、冒険者ギルドのサービスの一つである、治癒魔法による治療ができなくなる可能性があるからだ。
もう少しで、可愛い孫娘とその婚約者まで失うところだったのだ。
彼らに笑顔で接することなど、できないのであろう。
冒険者なのである程度は自己責任なのだが、今回は冒険者ギルドの対応がお粗末すぎて庇う余地もなかった。
『あのホーエンハイム枢機卿?』
『あのぅ……。寄付金の増額を、ギルドとしましては……』
結局、ホーエンハム枢機卿は会合中に一言も発しなかった。
本当になにも言わないので、逆に怖くなったくらいだ。
しかもそんなホーエンハイム枢機卿に、陛下も、アームストロング導師も、ルックナー財務卿も一言も話しかけないのだから。
そして、俺がギルドからのセコイ報酬に激怒してから一週間後、ウェルナー総帥以下の現最高幹部は全員、健康状態を理由に一斉に退職してしまった。
さすがに俺も驚いたがね。
後任の総帥や幹部とは俺も多少の縁があったので話を聞いたが、少しは組織の風通しもよくなったと思うことにしよう。
と同時に、この件も坊主やエリーゼの嬢ちゃんには言えないなぁ……と思ってしまう俺であった。
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