第97話 危険な冒険者デビュー戦(その6)

「おい、坊主!」


「……。本当に三割も魔力が回復しているのかな?」


「精神的な疲労のせいで、少なく感じるんだよ。モチベーションを維持しろ」





 ゴーレム殲滅のために効率よく魔法を使っていたが、とにかくゴーレムの数が多すぎて、いくら倒してもキリがないような気がしてきた。

 それが余計に精神を摩耗させるのであろう。

 『逆さ縛り殺し』攻略開始から五日後、俺は多分十回目だと思われる仮眠から強制的に覚醒させられていた。

 正直、目覚めは最悪である。

 間違いなく規定量の魔力は回復しているそうだが、精神的に疲れているのでまったくそう感じられないからだ。

 肉体的な疲労もエリーゼの治癒魔法で回復しているはずなのに、まるで体が鉛のように重たかった。

 

「次は俺が仮眠を取る。あとは頼むぜ」


「わかりました」

 

 ブランタークさんに『睡眠』をかけると、いつの間にか隣にいたエリーゼが続けて『疲労軽減』の魔法もかける。

 この魔法をかけてから睡眠を取ると、短い時間で肉体に由来する疲労感が取れるのだが、こんな環境で強制的に寝たり起きたりを繰り返していると、精神的な理由で疲労感が抜けていないように感じてしまう。

 それでも体はちゃんと動くので、魔法と仮眠の効果があるのだと確認できた。

 しかし、魔法でドーピングをして長時間戦闘を続けることが体にいいわけない。

 これはあくまでも緊急避難的処置であり、こんなこと続けていたら寿命が縮みそうだな。


「ヴェンデリン様」


「すまない」


 ブランタークさんの意識が落ちたのを確認すると、エリーゼが俺に食事を差し出した。

 食事とはいっても、メニューはハンバーガーモドキに、砂糖と塩を少量を混ぜた冷たい水のみであった。

 十メートルほど先でエルたちがゴーレムと剣を交えている音が聞こえるような状態では、お茶を淹れることすら難しかったからだ。

 しかも、そう食事の時間もとれない。

 俺は、前世の商社マン時代のように一分以内にハンガーガーモドキを口に押し込み、スポーツドリンクモドキ水で一気に喉の奥に流し込む。

 早く温かいご飯が食べたいものだ。


「ヴェル!」


「ちっ! もう効果が切れたのか!」


 俺はすぐに前に出て、形状を変化させた『魔法障壁』をかける。

 この『魔法障壁』は、ゴーレムたちの前進を完全に防ぐものではない。

 わざと一部分に穴を空け、そこから少しずつゴーレムが侵入して来るようにしているのだ。

 そうして数を絞ったゴーレムを、前衛の三人が順番に各個撃破していく。

 最初は後方で待機しているゴーレムに攻撃魔法をかけていたのだが、それは無駄なのでもうやめていた。

 なぜなら、彼らには数以外にも恐ろしい特技が存在していたからだ。


『倒しても、倒しても。ゴーレムが一向に減らないわね』


『もしかして、隠されている秘密の工房で生産していたりな』


『それだ!』


『ヴェル、マジかよ!』


 俺たちがその事実に気がつくまで、かなりの時間を無駄にしてしまった。 

 時間をかけて戦力分析をしたところ、その階層で待機しているゴーレムの総数は、そのフロアに最初から配備されているゴーレムの五分の一ほどしかなかった。

 そして倒しても倒しても、フロアの壁や床の穴から増援が現れるのだ。

 俺たちが苦労して撃破したゴーレムの残骸も、すぐさまそれを回収していくゴーレムが存在するのだ。


『壊された味方を持ち帰って、修理しているようだな』


『それって、エンドレスじゃじゃいか!』


 エルが叫びたくなるのも無理はない。

 ゴーレムは、頭部に内蔵している人工人格を破壊するか、もっと簡単な方法としては、人間と同じように首を切り落せば活動が停止する。

 人工人格が、人間でいうところの脳に相当するからだ。


『エル! 首を切り落すだけじゃ駄目だ!』

 

 イーナによる槍の撃で、ゴーレムの頭部にある人工人格の結晶を破壊した個体は回収されていない点から考えて、修理には人工人格とある程度の体が残っていることが必要なようだ。


『最低でも、頭部は回収』


『うわぁ! ハードル上がったぁ!』


 短時間の仮眠のみで戦い続けている、エルの魂の叫びであった。

 それ以降、俺たちは撃破したゴーレムの人工人格の回収に、フロアを次の階の階段目がけて前進する際に、ゴーレムの他の残骸も回収して魔法の袋に放り込んでいた。

 上の階で、その残骸が復活して再び襲いかかるという悪夢を避けるためだ。

 だが、そのせいでまた前進速度は落ちている。

 この五日間で、攻略したフロアは九つ。

 次第に、機動力のある騎馬騎士型ゴーレムの比率も増え、全員の疲労も限界に近かった。


「これで最後だといいな」


 約三時間後、目を醒ましたブランタークさんが漏らした一言に全員が首を縦に振った。

 九つ目のフロアをクリアーし、本当にこれで最後であってほしいと上の階層に階段で昇る。

 すると、十個目のフロアーには、埋め尽くすような兵士型と騎馬騎士型のゴーレム軍団は存在しなかった。


「あれ? これで終わり?」


 拍子抜けしたような表情のエルであったが、同時に他全員は、知りたくもない事実に気がついてしまう。

 広いフロアの奥に、再びアレが鎮座していたのだ。

 強制移転前に、俺たちが魔力切れにして活動停止に追い込んだ。   

 いや、そうせざるを得なかった、ドラゴンゴーレムの巨大な姿がそこにあった。

 これだけ疲労させられた後に、再びドラゴンゴーレムを配置するなど、この地下遺跡を造った人は間違いなく性格がひん曲がっていると思われる。


「もしかして、前のよりも性能は上とか?」


「エル……お前、今それを言うか?」 


「アレよりも、後に置いてあるんだ。そう考えても不思議はないじゃないか!」


 確かにそうなのだが、今それは言わないでほしかった。

 みんな疲労と寝不足が深刻で、なんとか気力で体を支えている状態なのだから。

 この五日間の精神的な疲労感で今にも倒れてしまいそうなのに、そんなことを言われたら……。


「エル、空気読まなすぎ」


「悪かったな!」


 ルイーゼのツッコミに、エルが強く反論した。

 元気が残っていて羨ましい。


「とにかく、アレを倒さないとベッドで寝られないのは確かだ」


 エルが無理やり締めくくるが、これで終わりじゃなければ詰むかもしれないな。

 結局この五日間、普通に寝られる時間は存在しなかった。

 フロアーのゴーレムたちをすべて倒し、上の階へ続く階段を昇るのだが、昇った時点で階段が消えて床が閉じ、下の階へ行けなくなってしまうのだ。

 強引に魔法で床をぶち壊し、下の階で休むことも検討したが、それをすると上のフロアーから押し寄せるゴーレム軍団を防げない。

 それだけでなく、下の階からまたガチャガチャと音が聞こえてくるので、一度倒したはずのゴーレムたちが罠として再配置されたようだ。

 下に逃げても詰むな、これは。

 多分ダンジョンの仕掛けとして、どこか別の場所に保管していたゴーレムたちが、再び配置されたのだと思う。

 まさしく『前門の虎、後門の狼』で、俺たちは前に進むしか選択肢がなかったのだ。


「とにかく、あのブレスは厄介ですね」


「前と同じくな」


 フロアーを前進する俺たちに気がついた二体目のドラゴンゴーレムは、やはり強烈なブレスを放ってくる。

 先ほどもそう思ったが、まるで強力な砲台のようだな。

 ドラゴンゴーレムが動くと無駄な魔力を使ってしまうからか、相変わらず機動性は皆無に近いが、このフロアーで縦横無尽に動こうとしてもあの巨体では動きにくいだろうし、ならばブレスを吐き続けている方が侵入者を効率よく始末できると、製作者は思ったようだ。


「くそっ! さっきよりもブレスの威力が上がっているぞ!」


「高性能なのでしょうか?」


「そんなところだな。こういうのは、後に戦う方が強いってのが相場だ」


 一体目と見た目は変わらないのに、ドラゴンゴーレムのブレスの威力は強くなっていた。

 当然その分、『魔法障壁』で使用する魔力量が増えてしまう。

 そしてその魔力が尽きた時、俺たちにブレスを防ぐ手段は存在しない。

 あの二組のベテラン冒険者たちと同じく、骨まで燃え尽きてしまうだけだ。


「どうする? 坊主」


「また、燃料切れ待ちですかね?」


「いやあ、それは不可能っぽいな」


 ブランタークさんの指差した先には、ドラゴンゴーレムと繋がっているケーブルの存在があった。

 ようするに、今回は外付けエネルギー源付きというわけだ。

 外部にある魔晶石からでも、魔力の供給を受けているのであろう。

 あの万を超えるゴーレムの群れを見るに、この地下遺跡には大量の魔力がなんらかの形で蓄えられているはず。


「イーナ!」


「任せて!」


 このドラゴンゴーレムが、エネルギー源である魔力を外部からのみ供給されているのか?

 ケーブルが切断された時のことも考えて、魔晶石も内臓されているのか? 

 どちらかはわからないが、急ぎ切断してしまうに限る。

 イーナに作戦を説明しながら、俺は魔法の袋から予備の槍を取り出して彼女に放り投げた。

 それを受け取った彼女は、狙いを定めると一気にケーブル目がけて槍を投擲した。

 俺は『魔方障壁』の一部を槍のために開け、ブランタークさんにはなにも言わなくても、その槍の威力を風の系統魔法で強化してくれた。

 さすがはベテラン。

 イーナの狙いも正確だったので、槍は見事にケーブルを切断した。

 ケーブルの外部はミスリル製なので、魔法には強いが、物理的な強度には限度がある。

 ケーブルの直径から考えてもオリハルコンは使用していないはずなので、無事にケーブルは切断された。


「予備で魔晶石も内蔵しているな。ドラゴンゴーレムの動きが止まらない」


「外から、魔力の供給がなくなっただけでもよしとしないとな。幾分マシになった」


 ケーブル切断で動きが止まれば御の字だったが、やはりそこまで甘くはないようだ。

 ガッカリする俺に、ブランタークさんが慰めるように声をかけてくる。


「あとは、根競べだな」


 だが、またしてもここで、戦況はこう着状態となってしまう。

 半日以上も、連続して高威力のブレスを吐き続けるドラゴンゴーレムに、それを『魔法障壁』で防ぎ続ける俺とブランタークさん。

 その間に、他のメンバーは交代で休養が取れていたが、ドラゴンゴーレムの方は一向に活動を停止する気配がない。

 外部から魔力供給を絶たれたのに、最初のドラゴンゴーレムよりも高威力のブレスを同じ時間吐き続けて停止しないということは、よほど高性能で巨大な魔晶石が内臓されているのであろう。


「まだ粘りますか?」


「いや、時間がなくなった……」


 これまで、ドラゴンゴーレムのブレスを防ぐことしかしていなかったツケとでも言うべきか。

 俺たちは、この地下遺跡を造った臍曲がりの怒りを買ったらしい。

 突然、今までは消えていた下の階へ続く階段が再出現し、さらにその手前に横一列に並んだゴーレムたちの姿をブランタークさんが確認したのだ。


「えっ! 今度は下から!」


 俺たちが何日もかけて破壊した、大量のゴーレムたち。

 その損害の修理と補給が終わり、ゴーレムたちは地下遺跡の創造者の命令により、最上階でドラゴンゴーレムのブレスを防ぎ続けるという、つまらない戦闘を続けていた俺たちの排除に動いたようだ。

 ゴーレムは、横一列になって階段を昇ってきた。


「エル!」


「本当に後門の狼が出た!」


 休息は取ったので、今は元気なエル、イーナ、ルイーゼの三人は階段付近に陣取り、下からガチャガチャと音を立てながら上がってくるゴーレムたちとの戦闘に入る。

 階段前で、エル、イーナ、ルイーゼの三人は横並びになり、下の階から上がってくるゴーレムたちを破壊しつつ階段下へと突き落としていく。


「命中!」


「巻き込み事故は危険よ」


 ルイーゼが蹴り落とし、イーナが頭部の人工人格を槍による一撃で破壊したゴーレムたちが階段を落ちていき、次に上がってこようとしたゴーレムたちを巻き込んで落下した。

 ところが喜んだのもつかの間、倒しても倒しても、新しいゴーレムたちが次々と階段を昇ってくる。

 次第に、エルたちの表情に焦りと疲労の色が滲み出始めていた。


「ヴェル、このままだと全滅よ!」


「しまった! 追い詰められたか……」


 なまじ、前のドラゴンゴーレムを倒す時に、魔力切れを狙った持久策が成功したのがよくなかったのかもしれない。 

 前のドラゴンゴーレムを活動停止にした時には他のゴーレムたちは存在しておらず、前提条件が違うのに同じ戦闘方法を取ってしまった俺のミスでもあるのだ。


「多少の危険を承知で、攻勢に出ていれば……」


「坊主、嘆くな。時間を惜しんで攻勢に出ても、失敗していた可能性もあったんだ。それよりも、今どうするのかを考えろ」


 こんな危機的な状況でも、ブランタークさんは冷静なままであった。

 さすがは、長年一流の冒険者として活躍していただけのことはある。

 俺は、さすがは師匠の師匠だと感心していた。


「後方の三人は、そう長時間は支えられないぞ」


 続々と階段を上がってくる、多数の兵士型ゴーレムたちを順番に撃破しながら侵攻を防いでいるが、いつ果てるともわからないので、疲れ果てていつか限界がきてしまうからだ。

 この五日間、魔法と薬でドーピングをして睡眠時間を削ったのもよくなかった。

 エリーゼが三人の後ろから『疲労軽減』をかけているが、もう最初の頃のような効果はなかった。

 俺も同じだが、もう精神的に限界がきており、長時間の戦闘は難しくなっていた。


「ならば、短時間でドラゴンゴーレムを倒します!」


「それしかねえな」


 倒せば、最悪でも前に逃げられる。

 もしかすると、ドラゴンゴーレムが倒れるとクリアー条件を満たすかもしれない。

 一種の賭けであったが、このままブレスを防ぎ続けるよりは勝算が高いのかもしれない。

  俺は、覚悟を決めることにした。


「俺は、『魔法障壁』を止めます」


「大丈夫か?」


 ブランタークさんは心配しているが、むろん補佐はしてもらうつもりだ。

 ドラゴンゴーレムが吐き続けているブレスは、基本的に無属性の魔力を前に吐き出しているだけの代物だ。

 それでも、超高速で吐き出されている魔力と、それを浴びた対象との摩擦によって超高温状態となり、人間などは骨も残らないはずだ。

 全滅した二組の合同パーティの末路を見れば、それはあきらかであった。

 

「ドラゴンゴーレムのブレスを再現してそれにぶつけ。押し返して、その頭部を破壊します」


 無属性の魔力同士でも、ブレス同士がぶつかれば膨大な熱が発生する。

 なので、それはブランタークさんに防いでもらうつもりだ。

 もし一秒でも速くドラゴンゴーレムのブレスを押し返せれば、その分ブランタークさんへの負担は減るはず。

 元々、ブランタークさんのみでドラゴンゴーレムのブレスを防ぐ『魔法障壁』を展開すると、魔力量の関係でそう長時間は保たない。

 だが短時間で俺がドラゴンゴーレムを倒せれば、些末な問題でしかなかった。

 

「俺は大丈夫だがよ。坊主の残存魔力はどうなんだ?」


 ここ五日間の無茶で、多少は魔力量の上限は上がっているはず。

 だが今は、半日にも及ぶ『魔法障壁』の展開で、魔力は二割ほどしか残っていなかった。


「駄目ですかね?」


「坊主が、いかに速くブレスを遠方に押し返せるかによるな」


 それにより、ブランタークさんは『魔法障壁』の展開が必要なくなる。

 もしそうなったら、ブランタークさんから残りの魔力を分けてもらうという作戦なのだ。


「最初に『ブースト』をかけますよ!」


 そう言いながら、俺は魔法の袋から魔晶石を一つ取り出した。

 万が一のことを考えて、就寝前に魔力に余裕がある時、自分の魔力をそこに貯め込んでいたのだ。

 実はもう四つあったのだが、それはもう使用して空っぽであった。

 ゴーレム軍団との戦闘で、魔力の回復が間に合わないので使ってしまってのだ。


「あとは……」


 以前に、パルケニア草原にいた魔物から採取した魔石も何個か残っていた。

 エネルギー効率を考えると勿体なかったが、命には変えられない。

 魔晶石に加工していない魔石からすべての魔力が抜けると、まるで灰にようになってから崩れてしまい、二度と使えなくなるのだから。

 

「本来の魔力含有量の二十分の一以下しか魔力を補給できず。勿体ないなぁ。高品質の魔石なのに……」


「その分も、冒険者ギルドと王宮の連中に請求してやれ」


「ですよねぇ。では、いきます!」


 合図と同時に、まず俺が『魔法障壁』を解き、同時にブランタークさんが全力で『魔法障壁』を展開する。


「坊主、この威力だとそうは保たねえ!」


「了解です!」


 俺は脳裏にドラゴンゴーレムのブレスを思い浮かべ、それを正確に再現しようとする。

 まったくのぶっつけ本番であったが、自然と不安はなかった。

 まるで根拠はなかったが、自分ではできると信じていたからだ。


「(そういえば、師匠も大丈夫だと言っていたな)」


 まさか、口から魔法を吐くわけにもいかないので、両腕の手の平をドラゴンゴーレムへと向け、同時に体内の魔力を加速させながら前方へと放出するイメージを頭に浮かべる。

 すると、すぐにブレスに似た無属性の魔法が両手の平から吐き出され、ドラゴンゴーレムのブレスと激突して眩いばかりの光を放つ。


「坊主、魔法の威力を上げろ! 初手でケチると余計に魔力を消耗してしまうぞ!」


「わかりました!」


 あとは最初の計画どおり、無属性魔法でドラゴンゴーレムのブレスを押し返さないといけない。

 まずは、自分に残った魔力を遠慮せずに使い、続けて一個だけある魔晶石から魔力を抜き出して使用する。

 俺の無属性魔法は徐々にドラゴンゴーレムのブレスを押し返していくが、魔力の消費が激しいので、すぐに意識が朦朧としてきた。


「これは思った以上にキツイ……」


「坊主! しっかりしろ!」 

 

 ブランタークさんの叫び声がおぼろげに聞こえる中、俺の記憶は一時的に過去へと飛んでいた。 




『魔法において、即応性は非常に重宝されます。たとえば、敵対する相手が初めて見る魔法を使ったとする。ヴェルは、どうするかな?』


 まだ子供の頃、短い期間ではあったが忘れられない思い出である、師匠との修行の日々。

 休憩中に、俺は師匠からこのように尋ねられていた。

 師匠は、たまに俺が考え込んでしまうであろう、難しい質問をぶつけてくるのだ。


『防いで、様子見ですかね?』


『初手はそれで十分かな。だが、先の手がないといつかは魔力が尽きて倒される。次にヴェルはどうするのかな?』


『……』


『戦いはの環境は、すぐに変化する。下手な考えはなにもしていないのに等しい。一つの答えとして、相手の魔法を瞬時に察知して同じ魔法をぶつけてしまうという手がある。あくまでも即応なので、似たような魔法でも構わないよ。この場合の利点は……』


『相手の動揺を誘えるですか?』


『そういうことだね。そして、また冷静になって考えるんだ。相手は、どの属性の魔法を使っているのかと』


『その属性が負ける属性の魔法に切り替えるんですね?』


『正解だ。火魔法には水魔法を。土魔法には風魔法をだね。ただ、ヴェルが冒険者になると出会うかもしれないのだけど……』

 

 冒険者の仕事には、古代魔法文明時代の遺跡探索というものもある。

 そしてその遺跡には、ある特殊な敵が存在する。

 古代魔法文明の優れた魔導技術を用いた、世間一般ではゴーレムと呼ばれる人工生命体とも呼ぶべき存在。

 魔力をエネルギー源にして動く、恐れを知らない無慈悲なカラクリ兵器が、冒険者という侵入者から遺跡や収蔵物を守ろうとするのだと、師匠は説明してくれた。


『ゴーレムの中には、魔法を使うものもある』


 正確には、魔力を流すと魔法が発動する魔道具を仕込んであるとでも言うべきであろうが。


『その中でも、一番多いのは無属性の魔法だね』


 貯めた魔力を、敵に向けて超高速で加速して飛ばすだけなので、魔道具の仕掛けが複雑にならないらしい。 

 他の属性魔法だと、魔法の属性具現で必要な魔道具の仕組みや使用魔力の量が増えてしまい、運用コストが上がってしまうので多くは存在しないそうだ。


『無属性には、それに強い属性がない。だが逆に、弱い属性もないわけだ』


 どの属性が相手でも、一定の効果が望めるのだそうだ。


『闇属性の親戚ですか?』


『いや、闇とは違うね。属性がつく前の魔力をただ放っているだけなのだから。闇は伝承扱いだけど、ちゃんと闇属性に変化すると思うんだよ。私は』


『なるほど、それで無属性魔法への対処方法ですか』


『強い属性も弱い属性もないからどの属性魔法でもいいけど、高い威力で跳ね返すか、打ち消すという方法もある。ヴェルくらい魔力量が多く、即応できれば生き残れる可能性は高い。あとは、ヴェルが無属性魔法を放てるようにするかだね。同じ無属性同士なら、魔力消費効率もいい。少ない差だけど、これが生き残れる鍵になるかもしれない。でも、無属性は逆に難しいからなぁ……。聖ほどではないんだけど……。ヴェルならいけるかな?』




  

 そういえば、あの時には結局使えなかったのだが、人間危機が迫ると案外使えるようになるらしい。

 

 『師匠、出ましたよ。無属性の魔法が』と思ったところで、突然肩を揺さぶられて目を醒ました。

 肩を揺すっていたのは、ブタンラークさんであった。

     

「坊主、魔力不足で意識が飛びかけたな?」


「すみません」


「いや、体はちゃんと動いていたさ。それに、意識が飛んだ時間は一秒もなかった」


 いつの間にか片膝はついていたが、両手の平を前に出し、無意識で無属性魔法を放ち続けていたようだ。

 そして肝心の魔力であったが、大分ドラゴンゴーレムのブレスを押し返したおかげで『魔法障壁』が必要なくなり、ブランタークさんが俺の両肩に手を置いて魔力を補充している最中であった。


「ブランタークさん」


「俺も、予備の魔晶石は全部使い切っている。こうなったら、気絶するまで魔力をお前に渡すしかねえ」


「わかりました」


 俺もブランタークさんも、これで魔力の在庫は終了だ。

 これらをすべて使い切る前に、ドラゴンゴーレムのブレスを完全に押し返してドラゴンゴーレムの頭部を破壊できるのか?

 できなければ、再び押し返されたブレスで全員が骨まで消滅するだけであった。


「ヴェル! 魔力ならボクが!」


「ルイーゼは、駄目だ!」

 

 ルイーゼは、後方の階段を昇って迫ってくるゴーレム軍団迎撃の要なので、こちらに来られても困る。 

 ドラゴンゴーレム破壊前に、後方からゴーレムたちに蹂躙されてしまえば意味がないからだ。

 同時にエルとイーナも、俺に分けられるほど魔力を持っているわけでもない。

 そもそもルイーゼが俺にすべての魔力を渡しても、変換効率のせいで大して足しにもならなかった。

 

「今、冷静に計算した結果、魔力が足りないかも」


「とにかく前に放て! 俺は全部魔力を渡すから、あとはよろしくな」


 そう言い終わるのと同時に、ブランタークさんは意識を失って倒れてしまった。

 これで残りは、俺が持っている魔力だけとなってしまう。

 手の平から放ち続けている無属性魔法は、徐々にドラゴンゴーレムのブレスを押し返し、目標であるドラゴンゴーレムの頭部までもう十メートルほど。

 ところが、それに危機感を覚えたドラゴンゴーレムがさらにブレスの威力を増大させ、それに対応するために俺も魔力を大量に使用する。

 急激な魔力使用量の増加に、俺は内心焦りで一杯となっていた。

 ジリジリと魔力が減っていく感覚が、二年半の修行のおかげで鋭敏にわかるようになっていたからだ。

 

「(まずい! とにかく一秒でも早く完全に押し返さないと!)」


 ところが、いくら焦ってもそう簡単に押し返せるものではなく、内心密かに危機感を募らせていると、再び両肩に誰かの手が置かれる。


「ヴェンデリン様」


 それはエリーゼの手であった。

 

「以前に、ヴェンデリン様から買って頂いた指輪が役に立つ時がきました」


 そういえば、婚約した直後に魔力を貯められる指輪をプレゼントしていたのを、今になって再び思い出した。

 エリーゼの手から、次第に魔力が流れ込んでくるのが確認でき、どうやら魔力切れという最悪の事態は、今は避けられそうであった。

 ところが……。


「一向に押し返しきれねぇ……」


 人工人格に心があるのかどうか不明であったが、ドラゴンゴーレムは三度ブレスの威力を増した。

 もしかすると、自分を破壊されたくないのかも……生き物ではないから、人口人格が破壊を防ごうとしているだけか。

 というか、どれほど巨大な魔晶石を内臓しているのであろうか?

 外部から魔力を補給するケーブルはすでに絶っており、一体目と同じく頭や背中に装備している、空気中から魔力を集めるミラーは、あくまでも補助でしかない。

 それだけ、ドラゴンゴーレムの内部に巨大な魔晶石が埋め込まれている証拠であった。


「またも魔力が……」


 ブランタークさんはもう気絶しているし、エリーゼ自身にどれだけ魔力が残っているのか不明だが、彼女は治癒魔法の名手でも、魔力付与には長けていないと以前に聞いている。

 なので、ここで彼女から普通に魔力を分けてもらっても、ルイーゼと同じくあまり足しにならなかったのだ。


「ヴェンデリン様!」


「もしかすると押し返されるかも。ブランタークさんを引っ張って、ブレスの射線から外れてくれ。エルたちもだ!」


 このままブレスが押し返されると、俺は間違いなく骨まで消し炭だが、同時に後方の階段を上がってゴーレムたちも巻き添えであろう。

 それに、いくらなんでもドラゴンゴーレムの残存魔力量に余裕などないはず。

 上手く立ち回れば、俺の犠牲だけで他の全員が生き残れる可能性があった。


「そんな……ヴェンデリン様を置いてなど……」


「ヴェルも、一緒に逃げればいいだろうが!」


「無理だな。エリーゼもエルもわかっているはずだ。お互いに全力で魔力を放出し続けて、相手を破壊しようとしているのだから」


 逃げるために、魔力の放出を少しでも弱めたら、俺は一秒とかからず押し返されたブレスで燃やされてしまう。

 逃げるも死で、前に進むのも死、である以上、一人でも犠牲者を減らす努力は怠るべきではなかった。

 それが冒険者であろう。


「ヴェル、やっぱりボクの魔力を!」


「それは温存しておけ!」


 魔力が空で意識もないブランタークさんに、魔力は治癒魔法のために温存が基本なエリーゼ。

 俺が死んだ後に備えて、一番戦闘能力に長けているルイーゼも余計な消耗をすべきではなかった。


「ヴェル、あなた……」


「すまんな、イーナ」


 イーナは、ゴーレムを倒しながらも懸命に最善の手を考えているようだ。

 とても彼女らしいとも言えるが、もう策は尽きたのだ。


「あの世で、師匠からまた魔法でも習うかな」


「そんな物騒なセリフを吐くな!」


 エルが激怒するが、やはりどう計算しても少し魔力量が足りないようだ。

 俺の魔力が尽きるのは、ドラゴンゴーレムの頭部から一メートルほど手前の位置。

 なまじ、計算が可能なので絶望も大きかった。


「ヴェンデリン様……」


 あの曲者の祖父のせいで、優しいエリーゼは常に苦労していた。

 もし俺が死んでも、まだ婚約状態なのでいくらでもいい嫁ぎ先はあるはず。

 ここで、俺につき合って死ぬことなどないのだ。


「(死か……)」


 怖くないと言えば嘘になるが、もしかするとまた一宮信吾として目を醒ます可能性がなくもない。

 このヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターの人生は長い夢で、俺は再び二流商社マン生活に戻るのではないか。

 そんな気がしてくるのだ。


「ヴェンデリン様……」


「エリーゼは美人なんだし。ここで俺につき合わなくても、他にいくらでも嫁ぎ先が……」


「いえ! 私は、ヴェンデリン様の妻になります! だから、ヴェンデリン様も諦めないで!」


「ええっ!」


 まさかここで、エリーゼがこんなに声を荒げるとは予想だにしなかった。

 続けて、俺の視界をエリーゼの顔が塞いだ。

 彼女は後ろから両腕を俺に首に回し、顔を前に出して俺の唇を自分の唇で塞いできたのだ。

 これは、後ろからキスをされたというシチュエーションであった。


「なぜに!」


「エリーゼ、大胆」


「羨ましい……」


 エリーゼの突然の行動に、エルたちも驚きを隠せないようであった。


「(なっ!)」

 

 俺が驚くのと同時に、なぜか体の奥から魔力が湧き上がってくるのが感じられた。

 この魔力はどこから現れたのだ?

 

「(なぜだ? エリーゼに魔力付与の才能は……)」


 エリーゼでは、今彼女に残っている魔力をすべて俺に注ぎ込んでも、変換効率が悪いので全体の一%も回復しないはず。

 なのに、今の実感では二割以上は回復しているように感じていた。


「ヴェンデリン様……」


「エリーゼ!」


 唇を離したエリーゼは、半分意識が朦朧としているらしい。

 今にも消え入りそうな声で、俺に話しかけてくる。


「『奇跡の光』を使いましたが、魔力不足で完全には……」

 

「そういうことか」


 『奇跡の光』とは、聖系統の最高級治癒魔法の一種であった。 

 膨大な魔力を使うが、瀕死でも生きていれば完全に回復する。

 教会でも、使い手は五十名ほどしか確保していないそうだ。

 言うまでもなく、エリーゼもその中の一人だ。

 そして、この魔法にはもう一つ効果がある。 

 かけた人の魔力を、ついでのように半分ほど回復させるのだ。

 この魔法、別に俺のように大怪我をしていなくてもかけることは可能である。

 していない怪我は治せないので魔力の無駄になり、今までにそんなことをした人は一人もいないようであったが。

 エリーゼはただ俺の魔力を回復させるためだけに、この魔法を使ったのであろう。 

 ある意味、盲点とも言えた。

 

「これで、少しは魔力を……」


「わかった、エリーゼは安心して寝ているんだ。なっ?」


「はい……」


 その言葉を最後に意識を失ったエリーゼは、俺に負ぶさったような状態でスヤスヤと寝息を立て始める。

 普段の半分ほどの効果でも、『奇跡の光』はエリーゼの残存魔力をすべて奪い去ったようだ。 


「エリーゼ、諦めて済まなかったな。でももう大丈夫」


 俺は、背中に負ぶさったままのエリーゼに優しく声をかけながら、徐々に無属性魔法の威力を上げていく。

 最後の最後で得られた貴重な魔力を、惜しげもなく全力で放出して目の前のブリキ竜をぶち壊す。

 今の俺には、他にすることなど一つも存在しなかった。

 幸いにして、今の俺はキスのおかげで非常にハイテンションであった。


「ドタマ吹き飛ばして死ねい!」


 ここで変に魔力の出し惜しみなどして、また魔力不足になる事態は避けたい。

 後方のゴーレム集団への不安はあったが、それはエルたちに任せるしかなかった。

 最悪、俺たちを背負って前へと逃げて欲しいものだ。

 そんなことを考えている間に、一気に放出した俺の魔力は完全に底を尽きたが、そのコンマ数秒前、ブレスを押し返した俺の無属性魔法が、ドラゴンゴーレムの口から侵入してその内部を蹂躙した。


「ギリギリ魔力が間に合った」


 ドラゴンゴーレムの口腔内にもミスリル装甲が張られているはずだが、狭い口腔内で自分のブレスと俺の無属性魔法が激突して炸裂したのだ。

 いくらミスリルでも、この破壊力に抗えるはずはなかった。

 哀れ、頭部が爆散したドラゴンゴーレムはその動きを止めてしまい、その直後、派手な金属音を立てながら、その体が完全に前のめりになって倒れてしまう。

 そして、頭部を失ったドラゴンゴーレムは微動だにしなくなった。

 続けて……。


「あれ? ゴーレムたちの動きも止まった」


「あのドラゴンゴーレムが、ボスであるという定義でオーケー?」


「そういうことなんでしょうね」


 今まで、次々と押し寄せていた兵士型のゴーレムたちもすべてがその動きを完全に止め、階段の下はまるで死体だらけの戦場跡のような静寂さを迎えていた。


「ヴェル、やったじゃないか」


「ああ……」


 ようやくゴーレム軍団からの脅威から解放され、安心したエルが俺に声をかけてくる。 

 だが俺も、ブランタークさんやエリーゼのように魔力が尽きて、今にも意識を失いそうであった。


「もう意識が飛びそうだ……エル、後は任せるから……」


「ヴェルも限界か。厄介なゴーレムたちも動きを止めたから任せておけ」


「そうか……なら、安心して……」


 目の前の強敵を破壊して安堵した俺は、エルの言葉を聞くとそのまま意識を失ってしまうのであった。 

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