第96話 危険な冒険者デビュー戦(その5)

「……ブランタークさん……ここは?」


「さあな? 強制転移先としかわからん。いきなり魔物に襲われなくてよかった」


「よかったんですか?」


「死んでないから、よかったんだ。ただし、これから先はそう言い切れる保証はないぞ」




 パルケニア草原にある地下遺跡で、ドラゴンゴーレムの活動を停止させることに成功したものの、油断しながら先に進んだら探知不可能な強制転移魔法陣によってどこかに飛ばされてしまった。

 これが、今俺の把握している現在の状況であった。

 目を醒ますと、ブランタークさんが声をかけてきた。

 周囲を見回すと他のみんなの姿も全員確認でき、どうやらバラバラの場所に飛ばされる事態は避けられたようだ。


「あの魔法陣は、魔力吸収型の魔法陣だったようだな」


「魔力吸収型ですか?」


「ああ。魔力吸収型の魔法陣とは、普段はそれが描かれていることにすら気がつけないものだ。肉眼での目視は不可能で、それを探れる魔導具も……一部の試作品以外で聞いたことないな。まず手に入らないと思っていい。その上に一定以上の魔力を持つ魔法使いが乗ると、そこから魔力を吸収して発動する」


「魔法使い専用の、殺し罠ですか……」


「直接殺傷型でなくて……よくはないか……」


 魔力吸収型の魔法陣の中には、突然攻撃魔法が発動するケースもあるそうだ。

 ところが、それならば逆に対応は簡単だとブランタークさんは語る。


「『魔法障壁』で防げば終わりだからな」


 攻撃魔法で反撃すると、すぐに魔法陣が壊れてしまうらしい。

 魔法陣が壊れれば攻撃魔法は止むので、むしろ今回のような強制移転魔法陣の方が脅威なのだそうだ。


「ここって、どこなんでしょうね?」


 先ほどとあまり変わらない造りの、同じくらいの大きさの部屋に見える。

 唯一違うのは、昇り階段とその前に設置されたプレートであろう。


「プレートには、なんて書いてあるんです?」


「『逆さ縛り殺しへようこそ』と書かれているな」


 古代魔法文明時代の文字や言語は、今とそう違うわけではない。

 たとえば、『い』が『ヰ』だったり、『え』が『ゑ』だったり。

 あとは、言い回しが古いくらいだ。

 その割には、古代魔法文明について研究をしている王国アカデミーの成果は少ないと評判だ。

 冷静に見れば相応の成果は出ていると思うが、貴族やその子弟の有力な就職先なので、『無駄飯食らいたちの天下り先』と世間から見られてしまうせいで評価が低いのであろう。

 責任問題になるので無責任な発表をせず、『調査中』とか『不明』と質問に答えることも多く、それも口の悪い人たちから『水晶占いレベル』と批判される原因でもあった。

 話が反れたな。


「『逆さ縛り殺し』ですか?」


「死出の旅にようこそというやつさ」


 このように、強制的に他の場所に造られた地下遺跡へと飛ばされて、そこを突破しないと生きて帰れない。

 『逆さ縛り』の由来は、本来ならば下に向かって降りて行くのが地下遺跡なのに、最下層に飛ばされて地上を目指さないと生き残れないからであった。


「俺も、実は文献でしか知らないんだけどな」


 とにかく大規模な罠なので、そう滅多にはお目にかかれない……現役時代のブランタークさんもお目にかかれていないからな。

 ブランタークさんも、あくまでも書籍からの知識だけしか知らなかった。


「これだけの罠だからな。その先にはお宝があるかもしれませんね」


「エルの坊主、でも死ねば終わりだぜ」


「ひえぇーーー」


 お宝はあるだろうが、その分危険も大きい。

 それを得る前に死んでしまう可能性もあると、ブランタークさんはエルを脅した。

 しかし、こんな時でもお宝の話をしてしまうブランタークさんは、やはり根っからの冒険者なのであろう。


「言うまでもないことだが、上に昇る時には……」


「時には?」


「この罠を設置した人物が仕掛けた魔物か、罠か、古代魔法文明時代の地下遺跡だとゴーレムがいる可能性が高いな。実際に、ドラゴンゴーレムはあったんだから」


 この地下遺跡を造った人物は、相当ゴーレムに自信がある人のようなので、間違いなく他のゴーレムも配置されているはず。

 古代魔法文明時代に作られたゴーレムは、今のものより複雑な命令をこなすことができる。

 装備されている人工人格が、圧倒的に優れているからだ。


「では、地上を目指して上がるとするか。数時間気絶していたから、魔力もある程度回復したはずだ」


「魔力もほぼ回復したし、これならなんとかなりそうですね」


「だといいが、上になにがどれだけ待ち構えているかわからない以上、かなり厳しい状況に追いやられることも覚悟しておかないとな。次も魔力を回復させられる時間があることを祈ってくれや、行くぞ」


「「「「「はいっ!」」」」」


 ブランタークさんの発言に不安を感じながらも、いまだ地下遺跡のことがよくわかっていない俺たちは、彼について上の階へと続く階段を上がっていく。

 その先に、とんでもない状況が待ち構えているとも知らずに。

 

 ほぼ魔力が満タンなのを確認してから俺たちが階段を昇ると、その先の小部屋にはまたドアがあった。

 それを開けると、再びドラゴンゴーレムが設置されていたフロアと同じく広大な空間が広がっているのが確認できた。

 そしてそこを埋め尽くすかのように、数百体以上の兵士の姿格好をしたゴーレムが待ち構えていたのだ。

 すべて金属でできた、鎧を付けた兵士型ゴーレムの大群は、剣、槍、バトルアックス、フレイル、弓など多彩な武器を装備しており、数十体に一体、金属製の馬型ゴーレムに跨ってランスを構えている騎士型ゴーレムも混じっていた。

 まさに、『ゴーレム軍団』といった感じだ。


「これは厳しいですね……」


「ああ、普通の軍隊よりも性質が悪いな」


「ブランタークさんは、これを予想していたんですね」


「経験の賜物だな。吸着型魔法陣、逆さ縛り殺し。そんなものが用意できる奴だ。このくらいは用意できるはずだってな」


 ゴーレムは作り物なので恐怖など感じず、全滅するまで戦う。

 人間の軍隊のように、士気が崩壊して逃走するなんてあり得ない。

 いくら犠牲が出ても、ゴーレムは仲間の死、破壊に動揺などしないからだ。

 人間の兵士なら怪我をすれば痛みで戦意がなくなる可能性もあるが、ゴーレムは痛みなど感じないので、人工人格さえ無事ならば気にせずに戦闘を続行する。

 つまり、全滅させる必要があった。


「それに、ゴーレムの材質も贅沢なようだな。硬そうだ」


 兵士型ゴーレムの材料は、鋼に極微量のミスリルが混ぜてあるらしい。

 『探知』を駆使したブランタークさんは、すぐに気がついたようだ。


「一定以上の物理的ダメージを与えるか、魔法でも威力が不足すると効果がなくて魔力の無駄遣いになる。これは、魔法使いを消耗させる意図でやっているんだろうな」


 混ぜてあるミスリルの量は少ないのでそれほど硬度が上がったわけではないが、数が多いので、長い目で見れば大量の魔力を消耗することになる。

 加えて、指揮官クラスの騎馬騎士型ゴーレムは、もう少し材料に混ぜられているミスリルの量が多いようだ。

 

「長期戦で、魔法使いを消耗させるんですね」


「そういうことだ。坊主、兵士型ゴーレムと騎馬騎士型ゴーレムの素材に含まれるミスリル含有量の差がわかるか?」


「ここで宿題……なんとかわかります」


 『探知』の魔法で探ると、兵士型ゴーレムの魔力反射反応が薄い。

 この薄さで、対魔法防御力が高いミスリルの含有比率を探るのも、ベテランの魔法使いの得意技であった。

 俺もある程度はわかるが、まだブランタークさんには及ばないようだ。


「練習すればもっとわかるようになるが、それにはまず生還しないとな。さてと、これから後戻りはできないぞ。攻略に何日かかるか不明だが、完全休養などできないと思え」


「えっ、マジで!」


 ブランタークさんの説明を聞き、エルが驚きの声をあげる。

 強制転移先には、あの吸収型の魔法陣は存在しなかった。

 完全な一方通行である以上、自分で上の階を目指して進まなければいけない。

 ショートカットに期待するなということであろう。


「ブランタークさん、『瞬間移動』で戻れないの?」


「坊主、ルイーゼの嬢ちゃんに説明してやれ」


 ルイーゼは、こんな危険な地下遺跡からは早く脱出すべきだと意見するが、それは俺の『瞬間移動』があると思っているからだ。  

 ところが残念なことに、『瞬間移動』は使えなかった。


「勘違いしている人も多いんだけど、『瞬間移動』を使うには二つ条件がある」


 移動先の完全な把握は当然として、もう一つ、今自分がどこにいるのか?

 一定の精度以上で知る必要があるのだ。

 普通なら、今自分がどこにいるのかわからない人はいない。

 なので、この条件を気にする『瞬間移動』の使い手はいないと思うのだけど……。


「強制移転で飛ばされてしまったから、ここがどこなのかわからないんだ。パルケニア草原内の地下だとしても、正確な座標がわからない。もしかしたら、別の大陸の地下かもしれないから」


「相手は、魔法使いをよく知っているのね……」


 イーナは察しがいいようだ。

 魔法使いをよく知り、それを殺すために作られた罠。

 俺がこの地下遺跡に抱いた最初のイメージだが、同時にどこか違和感も覚え始めていた。

 そしてそれは、ルイーゼとエリーゼも同じようであった。


「ねえ、ならどうして移転先は安全なの?」


 ルイーゼの言うとおり、移転先の部屋にゴーレムは押し掛けてこない。

 もし容赦なく俺たちを殺すつもりなら、移転直後に攻撃可能なようにゴーレムを配置するはずだ。

 移転先の部屋は安全で、俺たちは何時間も気絶していられたのだから。


「地下遺跡の製作者の意図に、攻略者が誕生してほしいというものがあるのかもしれません」


「エリーゼの言うとおりだとしても、その条件は相当厳しいよね」


 ルイーゼの言うように、攻略は不可能ではないにしても、その条件は途方もなく厳しい。

 俺たちが今まで生きてきた時間か、それ以上の年月冒険者をしていたベテランたちが、ここに辿り着けもしなかったのだ。

 攻略確率は、そう高くないはずだ。


「なんか試されているようで、正直いい気分しないね」


「そうだな」


 移転先は、ゲームでいうところのスタート地点。

 だから、敵は存在していない。

 そういう考え方もできるが、地下遺跡の製作者にもて遊ばれているようで、いい気分はしないな。


「みんな、安全な部屋へと続くドアが開かなくなっているぞ。試練のスタートだとよ」


 そんなことを考えている間に、安全なスタート地点が使えなくなった事実が判明した。

 今エルが、スタート地点とこの階層を繋ぐドアが開かない事実に気がついたのだ。


「閉まったドアを魔法で吹き飛ばして、スタート地点に休憩に戻るのはありかな?」


「壊れたドアからゴーレムたちが押し寄せたら、逆に追い込まれると思うぞ」


「確かにヴェルの言うとおりだ」

 

 最初の休憩は、この地下遺跡を造った人の好意であり、それができるのは一回だけ。

 俺は、エルの楽観論を否定した。


「何階上がってゴールかも不明だ。戦闘は効率よく。特に俺と坊主とエリーゼ」


 治癒が使える俺とエリーゼと、魔力を他人に分け与えられるブランタークさん。

 魔力は極力節約しながら戦い、場合によっては三時間ほどの強制仮眠も必要になるはずだ。


「目の前で、仲間が戦闘中なのに仮眠を取るんですか?」


「そうだ、眠りの魔法で強制的に意識を落としてでもだ。魔力を回復させないと全滅するのなら、無理やりでも寝るしかない」


 経験的に、三時間の仮眠を取れば、魔力は三割ほど回復する。

 だが、目前でエルたち前衛要員がゴーレム軍団と剣を交わしている中で眠るのは、悪い気もするし、うるさくて寝られるのか不安もあった。


「エルさんたちは、いつ休むのですか?」


「俺の計算だと、一日に一回三時間の仮眠のみだ」


「それだけですか……」


 王国軍の規定で、従軍中の兵士は最低でも一日六時間の睡眠が義務化される。

 エルたちは、ここを脱出するまでその半分の睡眠しか取れない。

 疲労感との戦いになるな。

 

「エリーゼの嬢ちゃん、治癒魔法には疲労軽減もあるじゃないか」


 疲労軽減は、使えば丸一日くらいは戦闘を続けられる。

 ただ精神的な疲労感には効果がなく、多用しても限界がくれば最低数時間は動けなくなってしまう。

 疲労軽減というよりは、元気な時間の前倒しという方が正解なのだ。


「その動けない時間に、坊主の眠りの魔法で強制的に意識を落として、同時にエリーゼの嬢ちゃんの回復魔法も重ねがけする」

 

「うわぁ、相当肉体的には辛いな」


「辛いってことは、まだ死んでないってことだ。エルの坊主は、死んで楽になりたくないだろう?」


「当然です!」


「長くても一週間だ」


「つまりそれは、一週間で終わりそうだと?」


「終わらなくても、そのくらいが人間の限界だから、自然と一週間で終わる予定だ」


「ひでえ」


 体に悪そうだが死ぬよりはマシと考え、強制的に三時間仮眠で戦闘に復帰させる。

 こんな無茶をずっとは続けられないが、一週間くらいなら若いので大丈夫だと、ブランタークさんは断言した。

 それ以上続けるのは無理って意味でもあるんだけど。


「冒険者生活が長いとな、たまにこんな無茶もするんだ」


「デビュー戦でやることじゃないですよ」


「先か後かの違いだと思うんだな」


 睡眠時間を十分に確保して死ぬか?

 体には悪そうだが、薬と魔法でドーピングをして睡眠時間を減らして生き残るか? 

 ブランタークさんの現役時代にもそんなことがあったそうだが、デビュー戦ではないはずなので、やはり俺たちは不幸だ。


「最初の部屋みたいに、眠れるスペースがあればこんなことはしないけどな」


 だが、そう現実は甘くないであろうと、ブランタークさんは予想していた。

 俺も同じ意見だけど。


「前衛は、エル、イーナ、ルイーゼで。仮眠時間で二人になる時間帯があるな。中衛は俺と坊主だが、前衛の仮眠時間と被らないように。それでも、魔力が減ったら強引に意識を落す」


「あの私は?」


「エリーゼの嬢ちゃんは後衛だ」


 彼女の仕事は、仮眠をするメンバーの護衛に、常に治癒魔法が使えるように魔力の温存。

 あとは、簡単に食べられる戦闘糧食の準備などがあった。

 

「悪いが、エリーゼの嬢ちゃんをゴーレム攻撃に当ててもな。後方支援担当だ」


 相手が一体ならともかく、数百、数千体なので戦闘力が低いエリーゼには無理なのだ。  

 それに、治癒魔法の使い手が死ねば、俺たちは終わってしまう。

 魔力温存の関係で、攻撃にも参加する俺が治癒を担当するわけにはいかないからだ。


「そういうわけだから、後方支援を頼むぞ」


「はい」


「前衛メンバーに、俺と坊主もだ。エリーゼの嬢ちゃんが、ゴーレムに襲いかかられたら負けだからな」


 小規模ながら、これは軍事組織による敵軍との戦闘によく似ている。

 本陣であるエリーゼが落とされたら、あとは休憩すら取れなくなって、俺たちの敗北が確定してしまう。

 相手は、敗走などしない恐怖すら感じない人工物なので、勝利条件は敵の全滅以外になく、条件は相当に厳しい。


「バウマイスター男爵家の、初代当主就任期間は長い方がいいな、ボク」


「俺もルイーゼの意見に賛成!」


 今の時点で、実はバウマイスター男爵家が断絶する可能性はない。

 他に兄弟もいるし、エーリッヒ兄さんたちには子供が生まれたり、これから生まれる予定だからだ。

 だからといって、死んでも構わないなんて微塵も思わないけど。


「当たり前だ。そのためにこっちは体を張るんだから。久しぶりにしんどいぜ」


「ボク、結婚もしないで死にたくないし」


「士気が崩壊したり、敗走はないけど。人工物を何体バラしても、罪悪感を感じないのはいいわね」


「私も、ヴェンデリン様との結婚を楽しみにしていますから」


「なら、目の前の敵を効率よく、作業のように排除せよ!」


 普段からはとても想像できない厳しい声で、ブランタークさんが俺たちに指示を下す。

 エル、イーナ、ルイーゼの前衛三人が、一斉に一番前列にいるゴーレムに斬りかかり、俺とブランタークさんが、後方で待機中のゴーレムたちに攻撃魔法を炸裂させる。

 ついに、『逆さ縛り殺し』の攻略がスタートしたのであった。

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