第92話 危険な冒険者デビュー戦(その1)

「ブランターク様。この遺跡って確か……」


「もうとっくに、アカデミーの学術調査は終わっている遺跡だな」




 王都から、『瞬間移動』と徒歩で合計半日ほど。

 俺たち新冒険者パーティ『ドラゴンバスターズ』とブランタークさんは、先年にグレードグランドを討伐したパルケニア草原内にある古代遺跡へと到着した。

 『瞬間移動』と徒歩を併用したのは、俺がこの地下遺跡に来たことがなかったからだ。

 この二年半ほどで、パルケニア草原は大規模な開墾作業を続ける多くの人たちで賑わっている。

 彼らが移動する道や、住む町や村などの建設も進み、その経済効果は計り知れないものとなっていた。

 今回訪れた古代遺跡は、そのパルケニア草原でも比較的王都寄りの場所で見つかったそうだ。

 ざっと見た感じ、地下遺跡の入り口を覆う石造りの神殿風建造物は、長年放置されていたせいで風化し、天井や壁が崩れて空が見えている状態であった。


「上物の部分は、半分観光地にまでなっていた古代遺跡だったんだ」


 ブランタークさんは、俺たちには顔馴染みで新鮮味がないと言っていたくせに、エリーゼには愛想よく答えている。

 よく見るとその視線がたまに胸に行っていたので、やはり女性は胸なのであろう。

 その点は、俺も否定はしないけど。

 人の婚約者の胸をジロジロと見てほしくないのだが、直接見ているわけでもないし、俺だって出会った女性が巨乳なら視線はそちらに行ってしまう。

 同じ男性として、文句を言うのもどうかと思ったのだ。


「この遺跡でしたら、以前に私のお友達も学術調査で出向いたそうです」


「学者見習いの、登竜門みたいな遺跡らしいからな」  


「よくご存じですね」


「昔組んだ冒険者が、元学者志望でアカデミーに通っていてな。アカデミーの生徒は、必ずこの古代遺跡のレポートを書かされるんだと」


 王都にあるアカデミーで考古学を学ぶ生徒たちが、レポートを書くため遠足で来るほど安全な古代遺跡だったが、ある生徒がなんとなしに古代遺跡の石を触ったところ、突然地下遺跡の入り口が開いてしまったそうだ。

 一応『古代遺跡には触れるな』というルールがあったので、その学生はルール違反をしたわけだ。

 厳しい監視があるわけでもないので、みんなが守っているのかは怪しいところだけど。

 だがそのおかげで、地下遺跡への道が開いたとも言え、その学生には賞賛もお咎めもなかったと聞く。


「その瞬間から、古代遺跡はご覧のとおりだ」


 空いた入り口から魔物が湧き出してこないという保証もなかったので、今は入り口を中心に数名の兵士たちが警備を行っている状態であった。


「当然冒険者ギルドは、すぐに連絡が取れたベテランパーティを送り込んだのさ」


 冒険者ギルド内でも、かなり実力のあるパーティを二つ合同で。

 合計で十一名を送り込んだ。


「あの……。もしかして帰って来なかったとか?」


「でなきゃあ、坊主たちに強制依頼なんてこないさ。帰って来なかったんだよ」


「「「「「……」」」」」


 ブランタークさんの言うとおり、ちゃんと戻って来たら俺たちに出番はないのだけど、俺も含めてパーティメンバー全員が、感情面ではまるで納得できなかった。

 そんな危険な地下遺跡なら、もっとベテランの冒険者たちを送るべきなのだから。


「最初の失敗で、冒険者ギルドも懲りればよかったんだがな。王国の介入を嫌がったって理由もある」


 冒険者ギルドとしては、王国側がアームストロング導師を投入することを恐れたらしい。

 そうでなくても、二年前に二匹の竜を冒険者が倒せなかった件で相当プライドを傷つけられているとの、ブランタークさんからの話であった。


「でも、導師って昔は冒険者で……」


「今は違うじゃないか。ついでに言うと、俺も元冒険者なんだけどな」


 しかも、後者のグレードグランドに至っては、貴族枠で参加させられた俺が、ブライヒブルクの冒険者予備校ではまだ半人前扱いの見習い冒険者であった件も、相当冒険者ギルド側を刺激したらしい。

 かといって、それを俺に言って機嫌を損ねるわけにもいかず、ならば今回こそはと、無理をして二つ目のベテラン合同パーティを送り込み、また同じ失敗を繰り返すこととなる。


「最初の失敗があったから、次はもっと実績が上のパーティを送り込んだわけだ」


 三組合同で、合計十三名。

 実績では、トップクラスのパーティばかりであったようだ。


「もしかして?」


「誰も帰って来なかったそうだ」


 さすがに、これ以上のベテラン冒険者の喪失は看過できなかったようだ。

 冒険者ギルドは、王国に探索不可能の回答を出した。

 それを受けた王国側は、ここ数週間ほどは兵士たちを派遣して遺跡に人が入らないよう警備をしていた。


「そんな危険な地下遺跡に、素人を投入かぁ……」


「あながち、間違いとも言えないんだよな」


 戻って来ない冒険者パーティは、ギルド内でも屈指の戦闘能力を誇っていたのだと、ブランタークさんは言う。

 そんな彼らが大人数で潜って戻って来ないとなると、あの魔物がいる可能性があるという結論に至るのだと。


「最低でも、幼生状態は抜けた竜がいる」


「竜ですか……」


 竜を倒すとなると、中級以上の魔力を持つ魔法使いが最低でも一人は必要で、他のメンバーも豊富な経験とかなりの戦闘力を必要とするそうだ。


「二つの合同パーティには、中級以上の魔法使いがいなかったからなぁ……。坊主たちは例外なんだよ」


 発生率の関係で魔法使いが沢山いるわけもなく、普通の人はそんなに頻繁に拝めるわけでもない。

 俺とルイーゼとエリーゼのように、一つにパーティに三名の魔法使いがいるなんて幸運、まずあり得ないとブランタークさんは言い切った。


「竜が出ても、余裕で対処可能なパーティだと思われたんだろうな」


 さらに指南役として、ブランタークさんもいるので余計に大丈夫だと思われたのであろう。

 アームストロング導師がいないので、少々不安を感じなくもなかったのだけど。

 あの人は普段の言動はアレだが、戦闘能力では王国髄一だったからだ。

 

「俺の指南役就任は、うちのお館様と陛下が決めてしまわれたからな。宮仕えの俺にはなにも言えん」


 新人の俺たちに、よく知らない自称ベテラン冒険者がつけられ、また地下遺跡から戻って来ないのを恐れたらしい。

 二人が相談して、急遽ブランタークさんを一時現役復帰させた。

 当然、ギルド側はいい顔をしなかったそうだ。

 自分たちの裁量権を冒されているので、当たり前とも言えるのだが。


「俺は、ギルドの上層部に含む部分なんてないぜ。向こうは、俺を嫌っているようだけどな」

 

 現場レベルだと、冒険者稼業が長かったブランタークさんには知己が多い。

 魔法使いの中には、短時間ながらも指導を受けた弟子なども複数いた。

 幹部にも仲がいい人がいて、彼の情報源はそこにあった。

 ただ、今の主流派幹部たちとはもの凄く仲が悪いのだそうだ。

 なんでも、現役引退後のブランタークさんに幹部の席を奪われるかもしれないと、彼らが勝手に危機感を抱き、冒険者ギルドから追い出そうと必死になった過去があったそうだ。


「そういう経緯で、俺は今の冒険者ギルド本部の幹部連中が苦手でな。非主流派の連中や、他の支部の連中とはそうでもないんだけどな」


 ちょうどその頃、師匠が非業の死を迎えたこともあり、さらにブライヒブルクの冒険者から熱心な勧誘を受けたこともあって、これは運命だと感じてブライヒレーダー辺境伯のお抱えになったそうだ。


「そんな連中で大丈夫なんですか?」


「普通に魔物の領域で狩りをしている連中にはなんの問題もない。だが……」


 その代わり、今回のような緊急事態になると、危機管理能力が低くて粗が出てしまうのだと、ブランタークさんは語っていた。

 ようするに、お役人なのだと。

 若い新人冒険者の頃とは違い、冒険者ギルドで幹部になるような人たちは失うものができて保守的になる。

 冒険者ギルド自体も前世でいうところの大企業なので、事なかれ主義と保身が出てしまうのだろう。

 冒険者には一番合わない気質なので、現役冒険者には冒険者ギルド嫌いを公言する人は多かった。

 ただ、そんな人も冒険者ギルドで幹部になると同じく保守的になり、やはり若い冒険者たちに嫌われる。

 大組織の幹部あるあるだ。


「これ以上ここで喋っていても、なんの解決にもなりませんね……」


「そうだな、早速入るか」


「俺は実際に入ってすぐ確認するのが性に合ってるからな」


「ボクも!」


「はたして、どんな化け物が待ち構えているのかしら」


「いよいよ冒険者デビューですね!」


「ヴェル、エリーゼって張り切ってる?」


 少々の理不尽さを感じなくもないが、ここで手を抜くなどできないし、記念すべき冒険者デビューだ。

 俺たちは、地下遺跡の入り口を警備している兵士たちに陛下からの命令書を見せ、そのまま地下遺跡の中へと入っていくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る