第91話 冒険者登録

「ついに俺たちも、十五歳になって成人扱いとなった。ようやく冒険者としての一歩を歩みだすわけだ」




 ブライヒブルクにある冒険者予備校に入学したのに、なぜか夏休みにエーリッヒ兄さんの結婚式に出ようと王都に行ったら、色々とあってそのまま戻れなくなってしまった。

 実は屋敷が心配なので、定期的に『瞬間移動』でブライヒブルクには戻ってはいたけれど、冒険者予備校は転校扱いにされるし、それにしては転校先の王都の冒険者予備校にまるで行っていなかったり。

 それなのに卒業はしているという、大人の都合でわけのわからない状態になっていたのだ。

 その分、学校生活よりも過酷な訓練を、約二年半もの間続ける羽目になったので、決して楽をしていたわけではない。

 エルも、近衛騎士団で中隊長をしているワーレンさんから剣や実戦の指導を。

 イーナは、近衛騎士団に所属している槍術の達人から同じく槍と実戦の指導を。

 そして俺とルイーゼは、ある意味一番の貧乏クジかもしれなかった。

 王宮筆頭魔導師なのに暇人……じゃなかった。

 貴重な時間を割いてくれて……にしては、週に一度しか休みがなかったけど……ほぼ毎日アームストロング導師から実戦形式で厳しい修行を受けていたのだから。

 

 『しかし、この人はろくに王宮に顔も出さないくせに、よくクビにならないよなぁ……』などと俺とルイーゼは思いはしたが、成人したのでそれを口にすることはなかった。

 実利優先で、彼の得意魔法である『身体能力強化』、『高速飛翔』、『魔道機動甲冑』を駆使した、前世で見たバトル漫画の戦闘シーンのような訓練に取り組むこととなる。

 教えているアームシトロング導師の方も、俺とルイーゼを利用して魔力量の向上をはたしたのだから、いい性格をしていると思う。

 この見た目筋肉親父が、その普段の言動からは想像できないほど、実はかなりの策士である証拠でもあった。

 お互いにまだ魔力量の限界には到達していなかったが、それはこれからも修行を続けることとして、今優先すべきは冒険者登録である。

 冒険者になるには、まず冒険者ギルドに登録しなければならない。

 勝手に冒険者を自称し、武器や防具を装備して魔物の領域内に狩りや探索に行ってはいけないのだ。

 とはいえ、実はその辺の管理は少し甘い部分も多い。

 自分が住んでいる場所の近くで農民が狩りを行い、その成果を街のバザーで売っても狩猟なので別に咎められたりはしない。

 俺も七歳の頃から、ブライヒブルクで商業ギルドの許可証のみでそれを行っていた。

 だが、たまに冒険者登録をしていないのに、小遣い稼ぎのために魔物の領域に入り込んでしまう人もいた。

 主に地方在住の農民とかだが、地方の冒険者ギルド支部もその成果を買い取ってしまうところが多いのだ。

 『なら冒険者登録をすればいいのでは?』と思う人は多いと思うけど、『冒険者なんて仕事は根無し草なので嫌!』と思う農民は多い。

 地方の冒険者ギルド支部も、『まあ、素材は素材だから。知り合いだし』と言って買い取ってしまう。

 その代わり、運悪く魔物に殺されてしまっても完全に自己責任の世界だけど。

 ワイドショーで、『冒険者の管理と安全対策がいい加減な冒険者ギルドを糾弾する!』なんてやらないので、都市部周辺以外はかなり緩かった。

 ブライヒブルクの冒険者予備校時代には、予備校側から通常の狩りについては仮の許可証が出ていたが、別になくても魔物の領域に入らなければ特に問題はない。

 現代日本に比べると、そういう部分はかなり甘いわけだ。

 その原因の一つに、魔物の領域と人口増加のせいでこの大陸では畜産を行う余裕があまりないというのもあった。

 狩りで得られる獲物は貴重な蛋白源であり、それを売りに来る人をなるべく阻害したくない。

 というのが本音なのであろう。


「でも、本当に王都の冒険者ギルド本部で登録を行ってもいいんですか?」


 俺は、付き添いで来ていたブランタークさんに問い質していた。

 俺たちは形式上、王都の冒険者予備校を卒業したことになっているが、冒険者としての活動はブライヒブルク周辺で行う予定だ。

 王国政府の都合でブライヒブルクの予備校は俺たちを取られた格好になっているわけだから、『ここは気を使って、ブライヒブルクの支部で登録を行った方がよいのでは?』……考えすぎかな?


「そこまで気を使う必要はないさ。どこで冒険者登録をしても、冒険者は冒険者だからな」


 そう答えるブランタークさんであったが、彼は俺たちの件で主君であるブライヒレーダー辺境伯と王都の貴族たちとの間で板ばさみに遭い、かなり苦労していると聞いたことがあった。

 ブランタークさんほどの実力を持つ魔法使いでも宮仕えは大変であり、でも俺も将来は……今は考えないようにしておこう。


「ブライヒブルクに戻った時に、向こうの支部に到着の報告を行う。それで、ブライヒブルク支部は坊主たちがブライヒブルクを活動拠点にした事実に気がつくさ。魔物の素材が納品されれば文句は出ないだろうぜ」


「そういうものなのですか」


「そういうものなんだよ。さあ登録だ」


 案内役のブランタークさんと一緒に冒険者ギルド本部へと入る俺たちであったが、その中はまるで役所のようであった。

 十ヵ所ほどある受付には若い女性職員が座り、冒険者らしき人たちに色々と説明をしたり、書類を受理したり、逆になにかの書類を渡したりと。

 まるで役所のようであった。


「随分とちゃんとした組織なんですね」


「人員や予算の都合で、田舎の支部だとこうはいかないから、全然違うけどな」


「ヴェル、俺の実家の領地には冒険者ギルドなんてなくて、近くの子爵領にはあるんだけど、受付なんて洒落たものはないぜ。小屋にいるおっさんに話しかけるだけだ」


「まあ、地方の支部だとそんなものだよな」


 それでも、全国規模の組織だから凄くはあるのだけど。


「次の方、どうぞ」


 すべて受付が埋まっていたので、ブランタークさんやエルと話をしながら暫く並んで待っていると、ようやく俺たちの出番が回ってきた。


「本日のご用件は?」


「新規の冒険者とパーティ登録です」


「畏まりました」


 受付の若い金髪のお姉さんは、俺が持参した書類に視線を送り、その記述内容に驚いているようであった。

 以前に竜を二匹も倒したので、俺はかなり有名な存在になってしまったからだ。

 ただ仕事中なので、むやみに大騒ぎはしなかった。

 本部の職員なので、ちゃんと教育を受けているのであろう。


「人数分の冒険者登録用紙は受け取りました。すぐに記載事項の確認を行います。新しいパーティ構成員は五名ですね」


「はい」


 本当は、俺、エル、イーナ、ルイーゼの四名でパーティーを組む予定だったのに、色々と回避できない理由でパーティメンバーは五人に増えていた。


「あの……エリーゼ様もですか?」


 さすがにギルドの受付も、巷で『ホーエンハイム家の聖女』と称されるエリーゼの冒険者登録には驚きを隠せないようであった。

 聖職者が冒険者登録を行う事自体は特に珍しいことでもないので、それが問題というわけではないのだが。


「はい。私もヴェンデリン様の婚約者として、共に冒険者になる決意をしました」


 エリーゼはいい子なので、その発言にはまるで表裏がない。

 本当に俺の婚約者として、一緒にいたいだけのようだ。

 この二年半ほど、俺とエリーゼは同じ屋敷に住んでいたし、最低でも週に一回はデートをしている。

 だが、残りのほぼすべてはアームストロング導師との修行であったので、自分も冒険者にならないと、俺と一緒にいられる時間がますます少なくなると思ったから?

 冒険者として活動するイーナとルイーゼと、一緒にいられる時間に差が出てしまうというのもあるのかな?

 冒険者としての活動を始めると、各地に『いい仲の女性』を作ってしまう、俺からしたら『どうやったらそんなことができるの? マニュアルを教えてくれ!』みたいなモテ男冒険者もいるから、それを警戒したとか?

 いまだ俺に、妹や娘を押し付けようとする貴族や大商人が後を絶たず、そちらへの警戒もあるのであろう。

 本当に彼らはしつこく、俺の休日の安寧はホーエンハイム枢機卿と、エーリッヒ兄さんとその上にいる財務系法衣貴族たちに頼ることになってしまったくらいなのだから。


 なんか、パルケニア草原が解放された実績のせいで、農務閥の貴族たちが俺を抱え込もうとして、裏でバチバチやっていたみたいだ。

 確か、バルトハウト家のデイジーとかいう子だったな。

 面白い子ではあったんだけど。

 そもそも俺に農業のことを聞かれてもなぁ……と思ったのだけど、ようは『もっと魔物の領域を解放して農地を供給してくれ、代わりにうちの娘をやるから!』ということだったらしい。

 アームストロング導師がモテモテで羨ましいと言っていたけど、俺にはおじさんにチヤホヤされて喜ぶ趣味なんてないから!

 それに、導師の意図はわかっている。

 俺との修行で自分も強くなるという欲望を叶えつつ、俺に他の女性が近寄れないようにしていたのだから。

 姪であるエリーゼのためにもなっていて、あのおっさんは本当に油断できないよな。

 俺に接近したい貴族たちも導師の妨害に歯軋りしていると、以前エーリッヒ兄さんが言っていたほどだ。


『竜殺しの英雄殿を、今夜は我がバルトハウザー伯爵家の園遊会に招待したく……』


『その日の夜は、バウマイスター男爵殿は忙しいのである! 婚約者の実家であるホーエンハイム子爵家の晩餐に招待されているのである!』


 見た目は脳筋なのに、俺のスケジュール管理を怠っていなかった。

 そういう部分が、あの筋肉導師の食えない部分なのだ。


「ええと、パーティ名は『ドラゴンバスターズ』ですね」


 受付のお姉さんは、俺を一瞥してから冷静な声でパーティ名の確認を行った。

 冒険者とは、田舎者や貧乏人が一攫千金や立身出世を目論んでなる要素の強い仕事だ。

 そのため、日本の某地方の成人式が如く、服装やパーティ名などで張り切る人たちも多く、その度に受付やその場にいた同業者たちから微笑ましく見られるケースも多かった。

 若さゆえの過ちというか、若者なら誰でも通る道だと。

 だが、俺はすでに竜を二匹も倒しているので、受付のお姉さんも特におかしいとは思わなかったようだ。

 この辺の冷静さは職業病とでもいうべきか、役人によく似ているなと、俺は思っていた。


「メンバーですが、リーダーはヴェンデリンさんですね」


 この二年半ほどで百七十五センチほどまで伸びた身長に、中肉中背で顔はまあまあいい部類に入るであろうという程度の俺であったが、実家があの田舎者のバウマイスター騎士爵家なので、これでも上出来な方であろう。

 この世界では平均的な身長であり、実は前世の俺と同じ身長だった。

 装備品は、師匠が残してくれた高価なローブや杖などを装備してるが、ローブは師匠が俺よりも十センチほど背が高かったので、防具屋で調整して貰う羽目になっていた。

 その時に防具屋の主人が、詰めた端材を売ってほしいと妙にしつこかったのを記憶している。

 なんでも、フェニックスの羽やら、竜の子供の初毛と。

 色々と貴重な素材で編まれているらしく、魔法攻撃のみならず、物理攻撃もかなり軽減してくれるそうだ。 

 端材だけあっても俺には加工できないので承諾したら、ローブの調整代金は無料となって金板を五枚も渡されている。

 切れ端でも、防具の裏側に張れば対物理、魔法防御力が全然違うのだそうだ。


『また端切れでも構いませんので、素材がございましたら』


『あったらね……』


 そう都合よく端材が出るとは思わないけど、俺は師匠の凄さを再確認することとなった。


「次は、エルヴィンさん」


「はい」


 エルは、ワーレンさんといういい師匠を得て剣の達人になっていた。

 どの程度の実力なのかは、俺の剣の腕前などたかが知れているので把握できなかったが、剣を教えてくれたワーレンさんが、『推薦するから、通常の騎士団だが入らないか?』と言われるくらいまでにはなっているらしい。

 制度上、いきなり近衛騎士団には入れないので、まずは普通の騎士団で経験を積み、そこから推薦を受けて近衛騎士団に入る。

 その出世コースを勧めてくれたのだ。


『すみません、俺はバウマイスター男爵家の従士長なので』


『淡い期待に賭けて声をかけただけだから、気にしなくていいさ。でも惜しいな』


 エルは、ワーレンさんからの誘いを断った。

 この二年半で身長は百八十センチほどにまで伸び、細身ながらも筋肉質で軽減化の魔法がかかったプレートメイルに両手持ちのバスターソードを持っている。

 あとは、背中に同じく軽減化の魔法がかかったラウンドシールドを背負い、ロングソードも予備として腰に差していた。

 エルは、状況に応じて両手剣と片手剣を使い分けるようだ。

 俺には、一生できそうにもない器用な芸当であった。


「次は、イーナさん」


 イーナもこの二年半で、燃えるような赤い髪が目立つ、豹のようなしなやかなスタイルをした美人へと成長していた。

 背は俺よりも五センチほど低いが、それを感じさせないオーラを感じさせるほどだ。

 武器は、メインとして槍を使い、予備で腰に二本のショートソードを装備している。

 槍を失った時には、二刀流で戦うらしい。

 剣の指導も、空いている時間に受けていたようだ。

 防具は、軽減化のかかったハーフプレートが主なものとなっていた。


「ルイーゼさん」


「はーーーい!」


 俺と共にアームストロング導師の犠牲者でもあるルイーゼであったが、彼女は身長は百五十センチくらいまでは伸びたが、相変わらず体型はお子様のままだった。

 本人は『意外と胸はある』と豪語しているが、誰が見てもそうは思えない。

 無ではないが、微と言った感じだ。

 だが、それを口にしてはいけない。

 彼女ほどの強さを持つ武芸家など、そうは存在しないからだ。

 正直なところ、彼女に気配を消されて奇襲を受けたら、俺もアームストロング導師も魔法など関係なしで戦闘不能にされてしまうであろう。

 彼女は、魔法防御のためにいい素材が使ってある道着に、両手には手甲を装着し、いかにも武芸者といった格好をしている。

 冒険者ギルド本部に入った瞬間、彼女の幼い容姿を見て『子供が来るところじゃないぜ。早くママのところに帰りな』とからかってきた男性冒険者たちがいたのだが、ルイーゼのひと睨みで彼らは後ずさってしまった。

 もし彼女に殴られでもしたら、骨折くらいは覚悟しないといけないので、彼らは運がよかったとも言える。


「最後に、エリーゼ様ですね」


 お姉さんは、俺の申請書を見てエリーゼがパーティに加わるのに不自然さを感じないようになったらしい。

 エリーゼの手続きも、迅速に進めていた。

 エリーゼもこの二年で身長が百六十センチほどにまで伸び、聖女と呼ばれるに相応しい美人さんへと成長していた。

 あと、特筆すべきはやはり胸であろうか。

 十三歳時点で推定Fカップだったのに、今ではどう少なく見積もってもGカップには成長していたからだ。

 装備は、祖父ホーエンハイム枢機卿がプレゼントした魔法防御力に長けた修道着なので、体型はわかり難くなるのが普通である。

 なのに彼女は、その自己主張の強い胸のせいで胸の大きさが丸わかりであった。

 武器は、メイスやナイフなどを装備している。

 こう見えてエリーゼは意外と力はあるし、武器の扱いなども教会で聖堂騎士団から習っているので、そこいらの素人冒険者よりはよほど強かったりするのだ。

 少なくとも、自分の身を自分で守るくらいはできるはずだ。

 でなければ、俺がパーティ入りを許可するはずもない。

 エリーゼに武器の扱いを指導してくれた聖堂騎士団とは、簡単にいえば教会を守るために設置されている警備隊である。

 王国軍の所属ではないので正式な騎士団ではなく、教会の私設警備隊という扱いになるのだけど、そこは国教指定されている教会を守っているのだからという理由で、騎士団と呼ぶのが黙認されている。

 貴族の子弟たちの、有力な就職先であるという理由もあったのだが。

 

「パーティメンバーは五名ですね。登録はこれで完了しました」


 お姉さんにより、書類上の手続きは呆気ないほど簡単に終わってしまった。

 ここは冒険者ギルド本部なので、毎日デビューする冒険者や新規に結成されるパーティも少なくない。

 一人一人にいちいち時間をかけていられないのであろう。


「細かい規定などは、こちらの小冊子をご覧ください」


 最後に、人数分の小冊子を渡されて登録は終わった。


「なんとも、アッサリとした登録ね」


 登録終了後。

 俺たちは、冒険者ギルド本部近くの喫茶店で小冊子を読みながらお茶を飲んでいた。

 イーナは、せっかく冒険者になったのだからもっと色々とあってもいいような……と言った表情だ。


「受付で、長々と説明されるよりはいいよ」


「それは、そうなんだけど……」


 この冊子に書かれているルールなどは、すでに予備校で講習を受けていたので、すべて理解していた。

 それほど難しいものはなく、大半が人として生きて行く際に守るべき常識的なものでしかない。

 他の冒険者の妨害をするなとか、殺して財貨を奪うなとか、仕事の途中で寄った町や村などで迷惑をかけたり、犯罪を犯すなとか。

 冒険者なので、どうしても海千山千の人材が集まる傾向にあり、念のために記載されている事項が多い。

 なにより冒険者とは、この戦争なき時代における、主に若者向けの不満吸収装置なので、どうしても無茶をする者が集まる傾向にあった。

 だから念のため注意を促しているわけだ。

 どうしても、ルールを守れない冒険者も出てしまうそうだが。


「次は、ランク制度」


 ランク制度とはいっても、前世で読んだネット小説のようにSからFまでが存在し……とか、そういうランクは存在しないそうだ。

 ただ渡された個人とパーティ用の冒険者カードに、達成した依頼数、失敗した依頼数、合計報酬が書かれるのみであった。


「ある意味、怖い制度だな」


 冒険者の仕事の大半は、人がいない場所での狩りや採集である。

 その中でも強い冒険者やパーティが、危険だが報酬がいい魔物の領域に入り、そこでより高価な魔物の素材を狩ったり、貴重な採集物を手に入れるかだ。

 たまに冒険者ギルドで、在庫が危うい素材などの急募を行うケースもあったが、基本的には自分の力量に合った場所で狩りや採集を行い、その成果を冒険者ギルドに買い取ってもらう。

 カードには他にも、倒した動物や魔物の種類や数。

 それで得た報酬の総額が記載されるだけであった。


「冒険者は、狩りをしてナンボなんだね」


 ルイーゼの言うとおりで、前世のゲームなどで見た雑多な依頼などというものは存在しない。

 犬の探索や、屋根の修理や、赤ん坊の世話など。

 そんな仕事は、冒険者でなくても他にいくらでもしてくれる人がいるからだ。

 むしろその手の仕事にもギルドがあるので、そういう仕事をしたければそっちに登録すればいいのだから。

 犬の散歩は、小規模ながらペット関連のギルドが。

 屋根の修理は、大工のギルドがある。

 赤ん坊の世話は、メイドを派遣するギルドの一部門にベビーシッター部門が存在した。

 冒険者がそこに手を出せば、彼らに喧嘩を売ることになってしまうのだから。


「あとは、封印遺跡の探索か……」


 唯一の例外として、古代魔法文明時代に作られた建造物やダンジョンの探索に指名されることもある。

 その大半がなぜか魔物が住む領域に存在し、その中には厄介な罠や強力な魔物が徘徊しているので、普段は王国側の判断で侵入禁止となっている。

 たまに未発見のものも見つかるが、それに浮かれてろくな準備もしないまま侵入し、そのまま帰って来ないというケースもよくあると聞く。


「封印遺跡は、王国から探索の依頼が冒険者ギルドに入り、冒険者ギルドが相応しい冒険者かパーティに依頼を行うか……」


「つまり、遺跡探索を依頼されるくらいの実績は、ただ強い魔物を多く狩って稼ぐしかないわけですか」


「エルの坊主の言うとおりだな。ただ、お前らは少し状況が違う」


 俺たちにつき合ってコーヒーを飲んでいたブランタークさんは、そう言いながら一枚の紙を差し出す。

 そこには、王国強制依頼の文字がデカデカと書かれていた。


「王国強制依頼? まさか……」


「そのまさかさ。王国側が、遺跡探索をするパーティを指名してしまうのさ」


「そういうのは、普通ベテランに任せません?」 


「普通なら、そうなんだけどな……」


 今、冒険者登録とパーティ結成をしたばかりの素人に、いきなり王国側が探索パーティを指名するほどに危険な封印遺跡の探索を任せる。

 普通に考えたら、こんなバカな決定はあり得ないはずだ。


「普通は、ボチボチと近場の狩りからですよね?」


「エルの坊主の意見も正しいんだがな……」


 自分が指名したわけではないので、ブランタークさんは俺とエルの質問にタジタジになってしまった。

 

「坊主は、竜を二匹も倒しているから。それは実績じゃないか」


 だからと言って、冒険者になったばかりの俺たちをいきなり封印遺跡に放り込む理由にはならない。

 いくら俺の魔法が竜を殺せるとは言っても、そんな大威力の魔法を無条件で遺跡で使える保証もないし、この二年半ほどは個々で鍛錬に励んでいたが、連携を含む集団戦にはこれから慣れていかなければいけないのだから。

 なにより、冒険者としては素人の俺たちは、遺跡には付き物の罠に弱いのだから。


「ブランタークさん、新規の冒険者には付き添いが付くそうですね」


 イーナが、念を押して尋ねた。

 これは、冒険者が比較的初期に死傷する事例が多いので創設された制度だ。

 三回ほど、新規のパーティは近場の魔物の領域に狩りに出かけ、その際にベテランのパーティか冒険者が指南役として付いて来るのだ。

 そして新人時代を乗り切った冒険者は、今度はギルドの指名で自分が新人の指南役になって狩りに付いて行く。

 こうやって、なるべく冒険者が初期に死んでしまうことを防いでいるわけだ。

 ただ、それでも初心者の死傷率は高いし、慣れてきた頃が一番危ないのは、どの業界でも同じであった。


「当然、指南役は付いてくるんだよね?」


「ああ、ベテランの冒険者がな」


「えっ? それってもしかして?」


「そのまさかだ。お互い、あまり新鮮味もないけどな」


 ルイーゼの懸念どおり、俺たちの指南役はブランタークさんに決まっていた。

 多分、すでに冒険者を引退しているブランタークさんも寝耳に水だったはずなので、俺たちはなにも突っ込まず、静かに出発の準備を進めるのであった。


「駄目そうなら、逃げ帰りましょう」


「坊主の、その判断は正しい」


「えっ! そんなんでいいんですか?」


「アホッ! 死んだ冒険者なんて、一セントも稼げないじゃねえか! 駄目なら即時撤退は基本だぞ!」


 『逃げ帰っても問題ないんですか?』と聞いてきたエルを、ブランタークさんが怒鳴り付けた。

 命あっての物種とはよく言ったものだ。

 いきなり最初から、そんなハードな依頼を強制する王国と冒険者ギルドなので、死ぬまで義理堅く付き合う理由も存在しないのだから。

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