成人して

第90話 十五歳になり

「疲れた……(あのおっさんは、どうしてあんなに元気なんだろう?)」」


「ボクも……(無限に湧きあがる体力って感じだねぇ……)」


「某は、疲労感などまるでないのである! さあ、某に最高の一撃を!」




 俺たちが王都を拠点としてから約二年半後。

 数日前に十五歳になった俺は、今日もルイーゼと一緒にアームストロング導師との修行に励んでいた。

 『一体、どこの連載バトル漫画だよ!』と言わんばかりの二年半であったが、その成果は十分に出ているはず。

 出ていなければ、この二年半はなんだったんだと、精神面が崩壊してしまうかもしれない。

 魔力量は今も上がり続け、新しい魔法も大量に覚えたが、それは時折『魔法使いとしての特訓なんて導師に期待できないからなぁ』と言いながら教えてくれるブランタークさんのおかげであろう。

 導師との修行で成果がないわけでなく、『身体能力強化』、『高速飛翔』、『魔導機動甲冑』の三つが顕著な成果だと思う。

 魔力はバカ食いするがその威力はお墨付きで、数日前にはアームストロング導師から合格をもらっていたので、実戦でも使用可能であろう。

 

 個人的には練習するのみにして、遠距離魔法ですべてを済ませたいものだ。

 俺は頭脳派でいたいし、これを使わないと戦えない敵とは遭いたくない。

 俺と一緒にアームストロング導師から指導を受けていたルイーゼであったが、彼女も『身体能力強化』、『高速飛翔』、『魔導機動甲冑』、『瞑想』の四つの習得に成功していた。

 かなり魔力が向上した影響で、今までは魔力を体に巡らせるだけであった状態から魔法の習得にも成功したのだ。

 なお、彼女はオリジナル魔法である『瞑想』も習得している。

 これは、瞑想を行って己の傷を治すという、俺やアームストロング導師ですら習得できなかったかなり特殊な魔法でもあった。

 他人を治せないのは残念であったが、自分の傷を治せるので戦闘ではかなり重宝するはず。

 同じパーティのメンバーからしても、複数の負傷者が出た時に自分でなんとかしてくれるメンバーがいると非常に楽なのだ。

 ただ欠点もあって、瞑想しないといけないからその間無防備になってしまう。

 使い方には注意が必要であった。


 以上のような経緯があり、今日は修行の最後の一区切りということで、三人で模擬戦闘訓練を行っていた。

 いや、言葉は正確な方がいいであろう。

 模擬戦闘自体は毎日のように実施しており、今日のは所謂『卒業試験』的なやつであった。

 『最後に某に勝利してみるのである!』的なことをアームストロング導師が言い出し、二人で彼と戦っているわけだ。

 連載漫画なら盛り上がる展開なんだろうけど、実際にやらされるこちらの身にもなってほしい。

 そうでなくてもこの二年半。

 三人でほぼ毎日、王都郊外にある原野で模擬戦闘ばかり行っていたのだから。

 確かに限界まで戦って膨大な魔力を消費すれば魔力量も増えるし、他の訓練は模擬戦闘が終わってから行えばいい……結局アームストロング導師はそのような訓練を微塵も行わず、ブランタークさんが慌てて俺に教えるようになったけど。

 彼に、師匠やブランタークさんのような指導を期待するだけ無駄というか。

 しかも毎日激しく戦うものだから、王国軍から『軍の練兵場が壊れてしまうので、誰もいない場所での訓練を希望します』と苦情を言われてしまった。

 王都郊外に行けば空いている土地が一杯あるので、それでなにか困ったという事実

もないが、同時にそれは、修行の制約がなくなったことも意味した。

 練習場所に事欠かなくなった俺とルイーゼは、ハイテンションなアームストロング導師による地形破壊の共犯となってしまったわけだ。


 なにしろ、アームストロング導師の魔法は規格外だ。

 竜を、魔力でハンマー状に変えた杖や、『魔導機動甲冑』越しとはいえ素手で殴りつけ、その尻尾を掴んで放り投げ、ブレスはハンマーや手刀で防ぎ、切り裂いてしまうのだから。

 これを誰かに教えようにも、そうは真似できるものではない。

 もし強引に他の魔法使いに教えようとしたら、かえってそれが悪い結果を生んでしまうレベルなのだ。

 通常の魔力しか持たない魔法使いなら、すぐに魔力が切れてしまうからだ。

 

 そのような理由があって、己一人で研鑽を続けていたところに、魔力量は多かったが、当時は一切魔法が使えなかったルイーゼと、魔力量が自分をも上回っている俺が現れた。

 その事実に歓喜した彼はこの二年半、俺とルイーゼを毎日のように過酷な修練で振り回していたのだ。

 だが、そんな日も今日で終わる。

 明日、パーティメンバーで一番誕生日が遅いイーナが十五歳になるので、ついに冒険者としての活動が始まるのだ。

 そんなわけで今日は、アームストロング導師との最後の模擬戦闘が行われていた。

 まだ数分とはいえ、すでに頭の中がアドレナリン全開のアームストロング導師はともかく、俺とルイーゼは急速な魔力の消耗からくる疲労感と戦っている状態であった。

 まだ完全に魔力量が尽きたわけではないが、全力全開な超短期決戦のせいで一気に大量の魔力を消費した弊害だと思う。


「最高の一撃ねぇ……」


「ヴェル。実際問題、ボクはもう一撃で限界だよ。二人ほど魔力量は多くないし、下手に魔力量を節約して戦っていたら、体がバラバラになっていたはずだから」


「では、殺すか」


「えっ! 殺すのはマズくないかな?」


「いや、本当に殺すわけじゃない。そういう気持ちで行かないと駄目だろうって意味だ(あのおっさんが満足しねえ)」


「確かに、殺す気くらいで行かないと駄目だろうね」


 王都郊外にある原野……大分穴ぼこだらけで原野とは言いにくい状態だったが……の上空で、俺とルイーゼは『飛翔』で浮きながらアームストロング導師と対峙していた。

 短時間に共に持てる技のすべてを撃ち続けていたので、この中で一番魔力量の低いルイーゼにはそろそろ限界が訪れていたようだ。

 ならば最後の一撃として、アームストロング導師を殺すつもりで残りすべての魔力をぶつけないといけない。

 別に俺は、導師に恨みがあるわけではない。

 色々とアレな部分も多い人であったが、悪い人ではないし、今は世話にもなっている。

 魔法格闘技の修行のおかげで身体能力も上がっており、以前の武芸大会のように予選の一回戦負けということにはならないと思う。

 二度と参加するつもりはないので、確認のしようがないのだが。


「二年半も、導師から丁寧に指導してもらったんだ。ここは、全力でぶちのめした方が恩を返すことになるというものだ」


 というか、そのくらい全力でやらないとアームストロング導師は戦闘不能にはならないはず。

 なぜなら彼も、ルイーゼから効率のいい動き方や技などを習っていて、以前よりも強くなってしまったからだ。

 魔力も俺と器合わせをした結果増えてしまったので、ますます強敵になっていた。


「二年半も教えてくれた導師に対し、感謝の持ち気持ちを込めた一撃を食らわすことこそが、彼を安心させるだろうということで!」


「(ヴェル、本音は?)」


「(二年半も、俺たちは軍隊の新兵か! 道場の新弟子か! ここでどさくさに紛れてぶちのめして恨みを晴らす!)」


 強くしてもらった恩はあるが、過酷な実戦形式の野外戦闘訓練ばかりだったので、やはり恨み事は沢山存在していたのだ。

 それとこれとは話が別、とも言う。


「(恨み事がないなんて、嘘に決まっているだろうが! バーカ! バーカ!)」


「(ヴェル、子供じゃないんだから……)」


 通常の修行のみならず、毎日昼飯を野外で調達させられ、俺は『どこのレンジャー部隊だよ!』とも思っていたのだから。

 この二年半で、俺は完全に都会派にチェンジしていたので、こんなに辛いことはなかった。 


「では、ルイーゼはどうだったんだ?」


「さすがに、ボクも結構辛かったなぁ」


 子供の頃から魔闘流の修行をしていたルイーゼが辛いと言うくらいなのだから、中身が元現代人である俺はもっと辛かったのだ。

 メンタルがモヤシの、元現代人を舐めてはいけないと思う。


「ルイーゼは、俺や導師よりも魔力量が少ないしな」


 それだけ、魔力の節約をしながら導師のパワーに対抗しなければいけないということであった。

 かなり精神的に辛かったと思う。


「だからあと一撃なんだよね。流せば時間は稼げるけど、それだと導師に大きな一撃を入れられなくなるし……。ヴェルはどう?」


「倦怠感さえなんとかできれば、もう数分くらいは大丈夫」


「最近、ますます化け物めいてきたね」


「それは、正面のおっさんに言ってくれ。アレについてこれるルイーゼも相当な進化だけど……」


 この二年半の修行で、ルイーゼは魔力量だけで言えば、上級に近いレベルにまで上昇している。

 俺との器合わせで、魔力量を上げていたからだ。 

 使える魔法は少なかったが、多分今では竜ですら単独で殴り飛ばせるかもしれない。

 元々、魔闘流では師範クラスの実力の持ち主だ。

 有り余る魔力を使って、攻撃力と防御力を嵩上げして強くしている俺やアームストロング導師などよりも、よっぽど器用に上手に効率よく戦えるのだ。


「ヴェルが、高集束魔力弾の連発で牽制。その後に、ボクが渾身の一撃を加えるでケリかな?」


「一番無難で確実な作戦だな」


 『魔導機動甲冑』を覚え、全身を薄い鎧に包んだルイーゼが俺に作戦案を提示する。

 彼女の『魔導機動甲冑』は、三人中では一番薄く防御力が低い。

 魔力量の関係でそうなっているのと、彼女の身体能力と動体視力が優れているので、敵からの攻撃は基本回避で、『魔導機動甲冑』はあくまでも最後の防衛手段であるという点が大きかったからだ。

 魔力量は、俺、アームストロング導師、ルイーゼの順で多く。

 格闘戦闘能力では、ルイーゼ、アームストロング導師、俺の順番であったのだから当然の選択とも言えよう。


「高集束魔力弾は、もうそれは派手にね」


「了解」


 俺がアームストロング導師に接近戦を仕掛けても経験の差で分が悪いので、遠方からの高集束魔力弾を連発し、その動きを止めることにする。

 以前、グレートグランド退治の時に、アームストロング導師が蛇の形をした風系統の高集束魔法を放ったが、それと同じものだ。

 俺からすれば、わざわざ蛇にする理由がわからないのだが、魔法はそのイメージが本人に合えば効果が劇的に増大する。

 なので、蛇型の高集束魔力弾は彼に合っているのであろう。

 俺の場合、前世の影響もあって普通に魔法を超高集束させた砲弾型の高集束魔力弾であったが。

 それを何十発と同時に発生させ、次々とアームストロング導師にぶつけていく。

 こういう魔法では、俺は導師に負けない実力を持っているのだ。


「おおっ! 相変わらずの容赦のない攻撃である!」


 とは言いつつ、アームストロング導師の方は、それを次々とまるで蝿でも振り払うかのように両手で弾いてしまう。

 弾かれた高集束魔力弾が周辺の原野に降り注ぎ、一帯をまるで砲撃跡のようにクレーターだらけにしてしまうが、この世界では環境保護団体からのクレームもないで問題ない。

 近々、この原野で開墾が行われるそうなので、土が掘り返されてもなんの問題もないそうだ。


「相変わらずの、限界知らずな魔力である!」


 もう数百発目なので数えていないが、アームストロング導師は相変わらず余裕な態度を崩さないまま、高集束魔力弾を両手で弾き続けていた。

 

「(この人、マジで四十歳超えてるのか?)」


 いまだに成長を続ける魔力に、それに比例するかのようにますます進化する化け物染みた戦闘能力。

 はたして、この世に彼を殺せる人はいるのであろうか?

 さすがに俺の残存魔力量も危なくなってきたが、やはり魔力量では一日の長があったようだ。

 よく見ると、次第にアームストロング導師の『魔導機動甲冑』に皹が入っていくのが確認できる。

 ついに、魔力に限界が訪れたらしい。

 そして、それに合わせるかのようにルイーゼが動いた。


「てぇい!」


 特に、技名などはないらしい。

 というか、技名などを叫ぶと時間の無駄なので、俺はこの世界でそういう武道家を見たことがない。

 ルイーゼはアームストロング導師の隙を突いてその死角に入り、そこからすべての魔力を篭めた渾身の蹴りを加える。

 彼女の蹴りを食らったアームストロング導師の『魔導機動甲冑』が完全に砕け、彼はそのまま地面へ吹き飛ばされてしまう。

 彼が落下した地面には、盛大な土煙や轟音と共に大きなクレーターができていた。


「残念無念、魔力切れである」


 普通の人なら生存を疑うレベルであるが、『魔導機動甲冑』がなくても強力な『身体能力強化』がかかっているため、この程度のダメージでアームストロング導師がどうこうなるはずもない。

 彼は、ローブに付いた土汚れを振り払いながら立ち上がり、笑顔で俺たちに声をかけてきた。


「さすがに、二対一では分が悪いのである」


「でしょうね……」


「無傷……」


 それでも、倒すのに二人がかりなのだ。

 この人がいかに化け物なのかを証明する証拠となろう。

 逆に攻撃したこちらが、疲労と眠気で今にも倒れそうだ。

 二人とも、もう魔力はほぼ尽きた状態であった。


「合格である。だが、少年も某も、まだまだ魔力を鍛えないと駄目であるな。再戦を期待するのである」


 この二年半、俺もアームストロング導師も懸命に魔力量の増大に努めていたのだが、やはりまだ限界は訪れていなかった。

 俺はまだ十五歳なので、むしろ普通の魔法使いはこれから二十歳前くらいまでが最も魔力量の成長がピークを迎える。

 四十歳を超えても、いまだ魔力量が成長し続けるアームストロング導師の方が稀有な例なのだから。

 もしかすると、そのうち魔力が暴走して凶悪な魔物と化す……さすがにないよな?

 勿論、ただの冗談であるが。


「少年たちが、冒険者として大成するのを某は見守っているのである」


 別に見守ってくれなくてもいいような気がするが、とりあえずこの過酷な訓練から逃れられるので、俺とルイーゼは安堵の表情を浮かべるのであった。

 それにしても、もの凄く眠い……。




「さて、修行終了のお祝いを兼ねて、これから派手に飲み食いするのである!」


「「ええっ!」」


「そんなに嬉しいのであるか? 誘ってよかったのである!」


 違うよ!

 俺もルイーゼも、もう眠いから屋敷に戻って寝たいんだよ!

 同じく魔力切れのはずなのに、どうしてアームストロング導師は元気なんだ?


「いい店を知っているのである! 楽しい宴になるのである!」


 このおっさんは基本人の話を聞かないし、言い出したら誰も止められない。

 俺とルイーゼは、彼いきつけのお店で腹がはち切れそうになるまで飲み食いさせられ、屋敷に戻った途端撃沈した。


 お店自体の料理は美味しかったけど、とにかく量が問題で、次からは普通の量を食べようと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る