第89話 武芸大会本番
「……」
「あの、ヴェンデリン様?」
「わあい、今日のお弁当、楽しみだなぁ」
ついに始まった武芸大会初日。
今日は、多数ある予選を消化する予定となっていた。
なにしろ出場者が多いし、槍術、弓術、格闘技の部門もあるので、一日で終わるはずがないからだ。
予選突破者による本選は、前に俺がヘルター公爵と決闘を行った王立コロシアムで行われる。
本選なので、二日間かけてゆっくりと行われる予定だそうだ。
なので、ここで試合をできる人は本選出場者のみであった。
王都各地にある道場や演習場などが指定されて、そこで沢山ある予選試合が消化される。
「弁当よりも、試合の方を気にしろよ」
「ほぼ負ける予定の試合に、気などかけん! 労力が惜しいからだ」
「そこまで言いきるかね……」
「あっ、もしかしたら予選一回戦くらいは突破できるかも」
対戦相手が俺と同じくらい弱い奴なら、という条件がつくけど。
「志が低いなぁ……」
「そんなものが高かろうが低かろうが、負ける時は負ける」
「それはそうなんだろうけどさ……」
俺の発言に呆れるエルであったが、事実なので仕方がない。
予選開始時刻に間に合うよう、俺とエルは剣術部門の予選に、イーナは槍術部門の予選に、ルイーゼは格闘技部門の予選にと屋敷を出発していく。
部門によって参加人数に隔たりがあるものの、先に負けた人間がこのコロシアムに戻って来る予定だ。
今日は、一番参加人数が少ない格闘技部門の本選一回戦がコロシアムで行われる予定だからだ。
そして、それから二時間後。
「少年、一回戦負けであるか?」
「はい……」
一応男爵なので、俺は関係者が纏まって座れるように大会期間三日間分のボックスシートを購入していた。
このボックスシートならば、十数名ほどが余裕で観戦できるからだ。
飲み物や食事なども出入りの業者から注文可能であったが、うちには食事とお茶のプロであるエリーゼが存在している。
彼女は朝早くから起きて、大量のお弁当やお菓子などの準備をしていたようだ。
「聞いた。ワーレン様が相手だったって……」
「予選一回戦から、近衛騎士団の中隊長が対戦相手って、ヴェルのトーナメント運って……」
万を超える人間が出場する剣術部門において、予選一回戦でエルの剣術の師匠であるワーレンさんと当たってしまう。
こんな不幸があってもいいものなのであろうか?
理不尽すぎる。
俺のあまりの不幸ぶりに、パウル兄さんとヘルムート兄さんも絶句していたほどだ。
魔力剣の使い手であるワーレンさんには、魔力を使えないという不利がある。
それは俺も同等で、条件的には互角なのだが、元から持っている剣技に差がありすぎた。
伊達にその実力を買われ、近衛騎士団に推薦されたわけではないようだ。
試合開始数秒後、気がついたら喉元に剣先を突き付けられて降参する羽目になっていた。
魔法さえ使えれば、『魔法障壁』で防げる攻撃であったのだが……。
これを、世間では負け惜しみとも言う。
『ええと、すまないとしか言いようが……』
『はははっ、俺には魔法がありますし』
『竜を倒せる凄さだからね』
試合後の、ワーレンさんと会話が虚しかった。
会場の観客たちも、話題の竜殺しの英雄の呆気ない一回戦負けという結果に唖然としている。
だが、俺の剣術なんて所詮はこんなものなのだ。
実家で行っていた早朝の訓練は、アレはきっと基礎体力トレーニングだったのであろうと。
「試合前に色々と頭の中で、『ああ動こう』、『こう動こう』とか考えていたんですよ」
いわゆる脳内シミュレーションというやつだが、そんなものはまったく役に立たなかったな。
「そもそも、最初から坊主の剣術に期待している人なんていないからよ。エルヴィンの坊主はどうなんだ?」
あまりに酷いブランタークさんの発言ではあったが、事実なのでまったく否定できなかった。
「一回戦は、余裕で勝っていましたよ」
同じボックスシート内に座るブランタークさんに、エルの現状を説明する。
完全に行楽気分なのであろう。
彼は、エリーゼが用意したお弁当の中からオツマミに向くおかずを食べながら、俺が自作した酒をホロ酔い気分で飲み続けていたからだ。
「よかったじゃないか。このおかずは酒に合うなぁ」
「完全な酔っ払い……」
「今日は、坊主が災難に巻き込まれないだろうからな。このまま休養モードで行く」
「もし、またなにかあったら?」
「知らん。導師も傍にいるから大丈夫だろう?」
おかしな公爵に決闘を申し込まれたり、胡散臭い不動産屋に浄化ばかりさせられたり、変なカバの保護を依頼されたりと。
本当、王都にいるとろくでもない事件ばかりに巻き込まれるのだ。
なお導師であったが、彼も同じボックスシート内でエリーゼが作ったお菓子を食べながらマテ茶をガブ飲みしている。
導師にかかると、かなりいいお茶のはずなのに、まるで井戸の水でもガブ飲みしているかのようだ。
お菓子の方も、次々と容赦なく口に入れ続けていて、見ているだけで胸焼けがしそうであった。
「エルの坊主なら、一回戦で負けるってことはねえだろう」
「エルヴィン少年は、努力していたのである! きっと、結果はついてくるのである!」
エルは、初戦から中堅レベルのベテラン冒険者と当たってしまい、俺はてっきり苦戦すると思ったのだが、数分ほどで呆気なく相手の剣を弾き飛ばしていた。
俺はエルの日頃の訓練など見ていないので、まさかここまで強くなっているとはと、驚きを隠せなかった。
「まずは順当に勝ちか」
陛下からの要請という理由もあったが、ワーレンさんに言わせるとエルには剣術の才能があるそうだ。
王都に来てから一年と少しで、もう俺なんて相手にもならないほどの技量を手に入れたのも頷けた。
先生がとてもいいわけだし、努力もしている。
そしてなにより、俺の剣術が全然大したことなくて、比べるのもどうかと思うほど大きな差があった、という事実もあったのだけど。
「坊主以外、誰も戻って来ないな」
「見ればわかるので、あえてそれを言わないでくださいよ」
「いいじゃないか。戻って来ないってことは勝っているって証拠なんだから」
しかし、時間が午後三時を越えると、最初にルイーゼが戻って来た。
彼女は不本意そうな表情を崩しもしないで、俺の膝の上に座る。
まるで、慰めてほしい子猫のようだ。
「魔力使用なしは、魔闘流習得者には不利だと思うんだ……」
ルイーゼは懸命に、今までに習った魔闘流の型だけで戦ったそうだ。
体が小さく力もないので、スピードで翻弄し、相手の力を利用するような技を連発。
おかげで予選四回戦までは突破したが、五回戦で同流派のベテランに敗れてしまったと、悔しそうに話した。
「十三歳で、初出場で、予選四回戦突破は凄えな。坊主の四倍以上凄え」
そこまで残れると、騎士爵や準男爵などで家臣を雇いたい人がリストに入れるレベルだそうだ。
若くて才能のありそうな若者を青田買いし、時間をかけて自家の家風に合った人材に育てる。
この世界でも、新卒、未経験者採用で似たようなことをする貴族がいると聞いた。
いくら強くても、年配者のベテランだと、癖があって使い難いケースも多かったからだ。
「言われると思った。しかし、傷だらけだなぁ」
格闘技部門なので、どうしても相手の攻撃が掠ってしまうことも多かったからだ。
ルイーゼの腕や顔には、薄く痣や傷などが残っていた。
「ヴェル、治してよ」
「会場にいる神官から、治してもらえばよかったのに」
試合で怪我をする人は多いので、会場には教会が派遣している治癒魔法使いが複数待機している。
俺はてっきり、その魔法使いに治してもらっているとばかり思っていたのだ。
「そこは素直に、可愛い婚約者を治したいと言ってほしいけど」
「はいはい、治療でございますね。お嬢様」
「道着の中にも傷があるんだけど、見てみたい?」
「場所を弁えたまえ」
「でも、本音では?」
「見たいがな!」
俺は、水系統の治癒魔法で一気にルイーゼの傷をすべて治した。
普段あまり使わないけど、この程度の傷なら問題なく治るな。
「ヴェルの治癒魔法って、エリーゼのと同じくらい効くね」
「ヴェンデリン様は、魔力が強いですから」
効率の問題もあるが、それは魔力を十使うよりも五十使った方が効き目は強いはず。
ルイーゼの傷はかすり傷程度なので、特に苦労もなくすべての傷が綺麗に治ったというわけだ。
「魔力の節約は進歩はしているが、普段使わない魔法だと少し甘くなるな。要修行継続ってことさ」
ただし、ブランタークさんからは駄目出しを食らってしまったけど。
「それは自覚していますから」
「ならいいが」
「ねえ、イーナちゃんも戻って来たよ」
戻って来た時間から考えて、かなりいい所までは行ったはずのイーナなのに、なぜか彼女は腑に落ちない表情を浮かべたままであった。
「イーナ?」
「予選六回戦、これで勝てば本選というところで負け」
「六回戦は凄い!」
トーナメント運もあったが、イーナもここ一年ほどで相当に腕を上げたようだ。
「不本意かもしれないけど、初出場にしてはいい成績じゃないか」
「それは、そうなんだけど……」
「じゃあ、なにが不満なんだ?」
「不満というか、納得がいかないと言うか……」
イーナの六回戦の相手は、なんとあの一時期屋敷の前で雇ってほしいアピールを続けていた『槍術大車輪』の人であったらしい。
しかも彼は、とても強かったそうだ。
「私の槍術の先生にも負けていないと思う。むしろ、もっと強いかも……」
「あの人、そんなに強かったんだ……」
あの常識ある人を引かせるパフォーマンスのせいで、彼は諸侯軍編成の際にも選ばれていないし、その後もしばらく屋敷の前で雇ってほしいアピールを続けていたが、さすがに彼を雇うのはどうかなと思い、思わず無視してしまった。
「あんなパフォーマンスをしないで、普通に応募すればいいのに……」
たまにいるタイプである。
結構スペックは高いのに、なにかを間違えて目的を達成できない人なのであろう。
「それで、試合後に話をしたんだけど……」
あの槍術大車輪の人は、その名をローデリヒさんと言うそうだ。
しかも、意外な人物と縁戚であるらしい。
「ルックナー財務卿の?」
「弟が、商人の娘に産ませた子らしいわ」
甥ということになるのだが、母親が正式な側室でもなく、貴族の血を引いているが貴族籍にも入っていないそうだ。
「話してみると、意外と多才な人で……」
まず、母親の実家である商家で育てられているので、読み書き計算に、一とおり商人の仕事をすべてこなせるらしい。
帳簿付けに、決算処理に、各種税金の計算までできるそうだ。
商法や、商売に関連する法律などにも詳しいと……イーナにアピールしたんだろうな。
「ある意味、ルックナー財務卿の甥だよね。でも、どうして彼は槍術を?」
「子供の頃は体が弱ったから、その鍛錬のためにだって」
「はあ?」
あとは、どうして貴族家への仕官を目指しているのか。
これは、自分の母親の兄がすでに商会の当主に就任しており、彼は才能があっても甥であるローデリヒではなく、自分の子供に商会を継がせたい。
親心ではあるが、そのせいで邪魔者扱いされてしまったらしい。
なまじローデリヒさんのできがよかったのも、伯父の猜疑心を生んでしまったのであろう。
自分の息子の部下にして、下克上でもされたら困るというわけだ。
さらに、ルックナー財務卿からの支援も難しいらしい。
なんでも、爵位継承や財産相続、役職に関するゴタゴタで、ルックナー財務卿と弟の仲の悪さは宮廷でも有名だそうだ。
ルックナー財務卿も、甥であるローデリヒに支援なんてできない。
どおりで、紹介状一つ持っていないわけだ。
「商人の世界も大変だなぁ……。でも、体を鍛えるための槍術で本選出場?」
真面目に槍術に人生を賭けている人から見ると、少し不愉快な人物に見えるのかもしれない。
たとえ、本人に悪気はなくともだ。
「ヴェル、私なんて彼に負けたんだけど」
「ええと、予想外の才人であったから仕方がないということで……」
「でも、変な人なのよねぇ……」
確かに、まだ遠目でしか見たことがなかったが、なぜに槍で大車輪をするのか理解に苦しむ人ではあるな。
大車輪は、常識的に考えたら隙だらけになるだろうから。
彼の外見は、身長百八十センチほど、中肉中背ながらもよく鍛えられているように見える。
この世界でも珍しい緑色の髪の好青年で、『槍術大車輪』の掛け声からして、相当健康そうにも見える。
それで才能もあるのだから、これは買いなのか?
「ええと、使えそうな人だからキープしておこうか?」
「ヴェルがそう言うと思って、連絡先は聞いておいたわ」
どうせ成人したら冒険者になるので、王都の屋敷を任せる人を探していたからだ。
金勘定ができて腕っ節もいいのだから、候補に入れておくのも悪くない。
「ついでに、槍術でも教えてもらったら?」
「あの人って、強いんだけど……」
ローデリヒの大車輪だが、普通の人が真似をするとかえって隙ができてしまうのだとイーナが教えてくれた。
「それもそうか」
「常人は真似しない方がいいわよ。私が知っている槍術の流派にあんな技ないもの」
大車輪がどこの流派かと問われても、イーナにもわからないらしい。
間違いなくオリジナルだと思われるけど。
「常人には真似できずか……。まあ、いいところまで行けたんだから」
「それもそうよね」
「次があるかは知らないけど」
少なくとも、俺には次はない。
もし誘われても、武芸大会には二度と参加しないと決めたのだから。
「ところで、ヴェルはどうだったの?」
「ふっ、よくぞ聞いてくれた!」
対戦相手は、近衛騎士団で中隊長に任じられている魔法剣の名人ワーレン卿。
彼は、魔力を使わなくてもその剣技に一点の曇りもなく、試合開始直後から鋭い剣を振るってくる。
そのあまりに素早さに、それでも六歳の頃から毎日……たまに休みはしたけれど、実家で剣の基礎修練に取り組んでいた俺は……。
「負けたのね?」
「呆気ないほど簡単に負けた」
冷静な表情で聞くイーナに、俺も冷静な表情で答える。
「一回戦で?」
「決まっているじゃないか」
「そこで、自慢気に即答しなくても!」
考えてみるに、次男のヘルマンが少し強いくらいで、うちの実家に剣に長けた人間などいないのだ。
バウマイスター騎士爵家に代々伝わる修練方法とは言いつつも、朝に一時間くらい本当に基礎的なことをするだけ。
あの程度で、厳しい剣術の世界で通用するわけがない。
中国の老人が朝にする太極拳や、日本のラジオ体操レベルであったのであろう。
何事にも、技術の習得には努力が必要なのだ。
魔法なら毎日日が暮れるまで、いくらでも時間をかけて練習しているけど、才能と必要性がない剣術にそこまで熱中できないな。
「俺を、剣術部門に出すこと自体が間違っている」
「確かにそうかも。でも、魔法部門なんて聞いたことがないけど」
「それには、理由があるのである!」
イーナの疑問に、すぐにアームストロング導師が答えた。
その手には、自分専用の大きなティーカップと、エリーゼ特製のスコーンが握られていたけど。
「魔法使いは少ないゆえに、一度に大勢で王都に集まれないのである!」
人数が少ないのに任せる仕事は沢山あるので、大会で優劣など競っている時間と魔力が惜しいのだそうだ。
「あとは、死人が出る可能性もあるのである!」
剣術でも死者が出るケースがあるが、魔法に比べれば圧倒的に少ない。
さらに会場内で魔法を撃ち合うので、強力な『魔法障壁』を張れる魔法使いを用意しないといけないなど。
大会を開催するには、とてもハードルが高かった。
「本選参加者の魔法を防げる『魔法障壁』を張れる魔法使いは、本選に出られる実力がある奴だ。大会開催の手間が尋常じゃないんだよ」
ブランタークさんが追加で入れた説明に、俺たちは大いに納得してしまった。
「納得しましたけど、エルはどうなったんでしょうね?」
「戻って来ないってことは、まだ残っているはずだけど……」
そうイーナが答えている間に、試合会場では格闘技部門の本選一回戦が始まっていた。
初日にまったくコロシアムで試合をしないのも観客から苦情が出るので、必ず格闘技部門の本選一回戦が行われるそうだ。
元々の身体能力の差なのか?
前世の格闘技の試合とは比べ物にならない迫力の試合展開であったが、特に知り合いもいないので、流して見ていただけであった。
「なんか年配の人が多いな」
「技を競うからだよ」
ルイーゼの説明によると、あくまでも技量重視の大会なので、本選にはベテランが残りやすいそうだ。
特に、道場で学んでいる参加者が多い格闘技部門では、その傾向が顕著なのだそうだ。
ルールを守って試合をするという土壌が整っているのであろう。
「でも、現実の強さは違うと?」
「大半の本選出場者に負ける気はしないけどね、ボク」
ルイーゼには中級上位から上級下位くらいの魔力があって、それを魔闘流に使用できるのだから当然と言えた。
「じゃあ、なんでこの大会ってあるんだ?」
「『総合戦闘力ではイマイチだけど、毎日真面目に鍛錬して技術は優れているから!』と証明するためだと思う」
「ルイーゼ嬢の言うとおりである! 我らが全力で戦闘を行えば、まず勝てる人間などおらぬのである!」
技量が優れているということは、その人を雇えば、他の人たちに指導をしてくれるということになる。
在野の浪人の売り込みと、技量を後進へと伝える指南役としてのアピール。
この二つが、武芸大会出場者たちの主な目的なようだ。
「それを聞いたら、なんかつまらなくなった」
普通、こういう武芸大会というのは大いに盛り上がるはずなのに、事情を聞くと途端につまらなくなってしまうから不思議だ。
俺は、エリーゼが作ってきたお弁当の中身の方が気になり始める。
中でも、味噌漬けにした猪肉を焼いたおかずが御飯と合って美味しそうであった。
ちなみに、その調理方法を教えたのは俺である。
「それは、坊主が一回戦で負けたからだろう。武芸大会を楽しみにしている人は多いんだから」
「そんなことはないですよ」
「俺は、十分に楽しんでいるけどな」
ブランタークさんの場合、美味しいツマミとお酒があればどこでも楽しいはずなので、まったくあてにはならないな。
日本にだって、格闘技の試合にまったく興味ない人は多いのだから。
「あとは、関係者はエルだけか」
「あのさ、話の途中で悪いけど……」
「いたのか、エル」
いつの間にか、エルは戻って来ていたようだ。
しかも、少し申し訳なさそうな表情も浮かべていた。
「負けたのか?」
「六回戦で、ワーレン先生に当たった」
「お前もかよ!」
さすがに、まだ技量と経験の差が大きすぎて、剣の師匠であるワーレンさんには勝てなかったようだ。
俺に至っては、どうすれば勝てるのか?
というレベルなのだが。
「なんか終わった感が一杯だなぁ」
前世で、自分の高校の野球部が、甲子園の予選で敗退した直後に感じるような感覚。
とでも言えばいいのであろうか?
「六回戦まで行ったんなら、問題はなくないか? しかし、なんでみんなこんなに楽しそうなのかね?」
前世で読んだファンタジー小説や漫画では、武芸大会ともなると大変に盛り上がるものであった。
だが、この世界の魔法が使えない武芸大会はどこかつまらない。
それなのに、観客たちは固唾を飲んで試合を見守っている。
俺は、少し不思議に思っていた。
なにが彼らをそこまで懸命に応援させるのだと。
「この武芸大会では、王国が胴元になって盛大に賭けを行うからな。収益は、慈善活動の資金にするらしいけど」
「聞かなきゃよかった……」
残り二日で、武芸大会は予定どおりすべての試合を終了させた。
なんとも盛り上がらないという俺の感情とは別に、ルイーゼは一人小躍りしていたようであったが……。
「やったぁーーー! 格闘技部門の賭けで当たりだ! 倍率二十三倍!」
「賭けてたのかよ……」
その後二日間の試合も、特になんのトラブルもなく終了。
俺たちのしたことと言えば、試合会場のボックスシートに関係者たちで陣取り、エリーゼ特製のお弁当とお菓子とお茶に、俺が用意した酒を楽しむ宴会のみであった。
試合は、ただの風景と化していたのだ。
「でも、試合に出ている連中が変にチラチラとこちらを見るな」
「そりゃあ、坊主に雇ってほしいんだよ」
「そんなに脳筋ばかりいらないですよ」
俺がほしいのは、王都の屋敷を維持し、使用人たちを統率する人材なのだ。
いくら剣の技術が優れていようと、それは雇用のミスマッチというやつであろう。
「あの『槍術大車輪』は?」
「最有力候補ですね」
「護衛じゃなくて?」
ブランタークさんも、以前屋敷の前で槍を振り回していた『槍術大車輪』さんを見ていたようだ。
王都屋敷の管理人にする話をすると、意外そうな顔を見せていた。
「あの人、帳簿とかもつけられますから」
「人は見かけによらねぇな」
この三日間の武芸大会で俺が得たものは、王都屋敷の管理人と、人は見かけによらないという言葉の実地体験のみであった。
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